【海外サイエンス・実況中継】サイエンスの Ph.D. はサイエンス以外にも活躍の場はある!

Post date: Jan 30, 2012 7:32:16 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ November 2008, Vol. 39, No. 2

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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今回は「Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには~様々なケースから学ぶこ

と」として、YKさんに金融業界の一例を紹介してもらいます。これまでにも

多くの方が触れていますが、少なくともアメリカでは、博士号取得は必ずしも

アカデミックの世界に残ることを意味していません。またYKさんのように、

博士課程の途中で将来の進路を変える学生も少なからずいます。サイエンスの

世界から金融業界と聞くと、まったく別分野への転身という印象を受けるかも

しれませんが、意外な共通点もあるようです。どうぞ、お楽しみ下さい!

ところで、今年も「まぐまぐ大賞2008」の季節がやってきました。このメー

ルマガジンが、少しでもみなさんのお役に立っているのであれば、ぜひ大賞へ

の推薦をお願いします!推薦や本投票にご協力頂いた方には、プレゼントも当

たるようです。以下のサイトから、どうぞ。

http://www.mag2.com/events/mag2year/2008/form.html

推薦締め切りは、11月18日(火)の18時となっています。

メールマガジンのタイトル:

「海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継」

メールマガジンのID: 0000220966

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Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには~様々なケースから学ぶこと

サイエンスの Ph.D. はサイエンス以外にも活躍の場はある!

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●大波乱の金融業界を将来支えて行くのはサイエンティスト!

前回までのエッセイでも若干触れましたが、私は日本の大学で薬学を専攻した

後、アメリカは西海岸の大学院に進学し、神経科学を専攻しました。研究内容

は、網膜色素変性症の分子機構でした。私が通っていた学校にはキャンパスが

2つあり、メインキャンパスはロサンゼルスのダウンタウン近く、もうひとつ

のメディカルキャンパスは、ダウンタウンから少し離れたところにあります。

私のラボは後者のキャンパスにあり、そこで働く学生は TA をやらなくてもよ

い、という暗黙の了解もあったためか、在学中はすべて RA と奨学金でサポー

トを頂いていました。おかげで授業が集中する日を除けば、一日のほとんどの

時間を研究に割くことができました。

そんな比較的恵まれた環境の中、大学院2年目が終わろうとしていたころ、贅

沢にも私はある悩み(疑問)を抱えていました。科学というのは、いわば知的

好奇心に基づいて新たな発見に意義を求めます。そしてその「発見」するに

至ったプロセスを詳細にまとめ、論文という形で世に公表します。ところが、

その「発見」は、現在世の中が求めているものとある程度の相関がなければ、

そのインパクトは希薄なものとなってしまいます。当然と言えば当然の話なの

ですが、実際に研究をしていると、「自分のプロジェクトは CNS(Cell, Nat-

ure, Science: バイオ系の三大学術誌)級なんだ!」と一筋になってしまい、

関連研究との繋がりを見失いがちになってしまいます。話をすごく単純化しま

したが、こうした需要と供給のアンバランスな状況を解決するにはどうしたら

いいのか、そんな想いから私はサイエンスの枠組みを超えた部分に興味を持ち

出しました。

話は前後しますが、私はそもそも留学する目的のひとつとして、再生医学のバ

イオベンチャーを将来立ち上げたいという目標がありました。日本の博士課程

にはなくてアメリカのそれにあるもの、その一つにビジネスとの結びつきが挙

げられると思います。昨今では MBA とのジョイント講座を開くプログラムが

多く、学生がグラント申請書の執筆を任されるケースも幾度とあり、ラボの運

営に関してどのように資金繰りをすべきなのか、どのようなコストカットをす

べきなのか、考える機会を与えてくれます。

私は当初の計画として、神経科学で Ph.D. 取得後は直ぐに MBA へ進学し、会

計や経営の基礎勉強をしたいと思っていました。しかし大学院2年目が終わろ

うとしていたころ、私の考え方は徐々に別方向へシフトしていきました。アメ

リカでは、サイエンスの Ph.D. をもった研究者が MBA も取得してバイオベン

チャーを立ち上げたり、バイオ系のコンサルティングファームなどに入社する

ケースが非常に多いですが、経営の本質に関しては、それを専門としたパート

ナーに頼る場合が多く、会社の資産内容やその償却方法、固定費や変動費の詳

細な内訳、限界利益の推移など、会社運営の核となる部分が残念ながら完全に

は把握できません。MBA など学校で学ぶ部分と実際の部分には少なからず隔た

りがあるからです。ケーススタディなどもありますが、実際の分析経験・運用

経験がないと、教科書知識だけで終わってしまいがちです。

確かに、Ph.D. のタイトルがあれば、有利に働く局面が多々あるのも事実です。

その道のエキスパートとしての信頼性だけでなく、大きなプロジェクトをやり

遂げた証にもなるからです。これは紛れもない事実です。しかし、会社を立ち

上げたり、コンサル会社に入社するケースなどにおいては、必ずしも自分がベ

ンチワークをして実験をするわけではありませんし、修士レベルの知識でも研

究の解釈は十分可能であると思います。(現に私は週末など時間のあるときは、

今でもできる限り論文を読み、自分自身の情報をアップデートするように心が

けています。なんだか製薬会社の MR みたいですが。笑。)

さて、話が大分それてしまいましたが、大学院2年生の終わりがけにこのよう

な思いを募らせていた私は、その年の秋にボストンで開催された留学生向けキャ

リアフォーラムに参加しました。とりあえず話だけでも聞きにいこう、という

ノリで、ビジネス系のファーム数社に事前応募し、インタビューのアポを何件

か頂きました。私はビジネスのバックグラウンドを全く持っておらず、本気で

就職活動に精を出している他の参加者に比べて、明らかに準備不足だったにも

関わらず、当日はいくつかのディナーやランチ等のオファーをいただき、大変

参考になるお話を聞かせて頂きました。

全く新しい世界の話なので、言われること全てが宇宙語のようでしたが、その

中でも強烈な印象を抱いたのは、(後に現在の私の上司となる)とある投資銀

行のセルサイド・アナリストのお話を聞いた時でした。アナリストというのは、

その言葉が示す通り分析屋のことですが、緻密な企業分析を通じて、その上場

会社の株に対して「売り」「中立」「買い」などのレーティングをつける人た

ちのことです。アナリストはそれぞれ担当するセクターが決まっており、その

なかから分析対象とする銘柄を選定(いわゆるカバレッジ銘柄)し、その会社

の決算説明会に出向いたり、Investor Relations (IR) 担当者や役員と取材を

繰り返しながら、将来3年間ほどの業績を予想し、それに基づいた目標株価を

算定、現在の株価とセクター平均との企業価値評価を考慮して、投資判断を下

します。株価は常に変動する、非常にダイナミックな世界です。自分の分析が

市場が求めているものと合致する場合、自分の投資判断は市場に対して非常に

大きなインパクトを持ちます。まさに、需要と供給のシンプルな関係に裏打ち

された世界です。私は迷わず正式選考のための書類をまとめました。

幸いにも私の指導教官は非常に理解のある方で、推薦状も書いて頂けましたし、

博士課程を一旦休学ということにし、その代わりに修士号を頂けるよう計らい

をしてくださいました。今でも本当に頭が上がりません。

さて、そんなわけで、私は大学院に2年6ヶ月在籍したのち、現在は東京のと

ある米系投資銀行(もはや死語ですね・・・)にて、セルサイド・アナリスト

として活動しています。現在の会社に入ってすでに8ヶ月近くが経とうとして

いますが、プライベートの時間が数えるほどしかない激務が続いています。お

まけに、最近では米国経済失速にリーマン・ブラザーズ破綻がさらに拍車をか

け、株式市場は大混乱が続いています。しかし、むしろ不況の際にこそ学ぶこ

とのできる部分は多く、私はなるべくネガティブに捉えないようにしています。

さてさて、話が長くなってしまいましたが、最後に私からの take-home

message(最重要ポイント)です。外資系証券業界において、理系の博士号取

得者が活躍できる場は意外にも数多いです。以下にそれらを簡単に紹介するこ

とで、全4回に渡るエッセイの締め括りとさせて頂くことにします。なおここ

では、フロントオフィス業種のみを紹介しています。

*バイオ系の場合

なんといっても、医薬品セクターのアナリストがフィット。まず大手の米系証

券の同セクターの場合、ほぼ全員がバイオ系の Ph.D. を持っています。他の

セクターに比べて必要とされる専門知識が膨大なことが第一の理由です。意外

かもしれませんが、国内外を問わず、メジャーな学会にもアナリストはかなら

ず参加します。先端の研究内容を吸収することの他に、ファイザー等の製薬会

社やインビトロジェンなどのバイオテック会社の出展を見ることも目的のひと

つです。東京で働いていても、海外オフィスとの連携が命なので、業務の半分

近くが英語になることがよくあります。

*数学系の場合

計算能力に長ける方は、クオンツやトレーダーなどがフィットでしょうか。複

数銘柄を一つのポートフォリオとして取引し、短期間で巨額の利益を生み出す

にはどうしたら良いか戦略を立てます。マクロ経済との関連性、ヒストリカル

の銘柄挙動具合等を高度な数学を駆使して分析します。業界の中で一番リター

ン(報酬)が大きい職種でもあります。

*工学系の場合

あまり知られていないと思いますが、どこの投資銀行にもかならず大規模なテ

クノロジー部署があります。業務内容は、主にトレーディングシステムの構築

や、社内の IT インフラの設計などです。非常に頭の冴えるプログラマーばか

りですので、決してルーチンワークとはならずエキサイティングな職だと思い

ます。

投資銀行での業務は次に挙げる点で、これまでみなさんがサイエンスで培って

きた(or 培ってゆくであろう)スタンスに非常に似ていると思います。

(1)事実を定量的に分析する。現状を把握し、その原因となった事柄を究明

します。

(2)仮説を立て、検証する。リスクやベネフィットを熟慮し、ベストな解決

策を考案します。

(3)常に頭を柔らかく。新しいものを取り込み(input)、また与える

(output)ことで互いに知的興奮を味わうことができます。

私は、研究室という小さな社会を超えて、こうした知的思考が実際にクライア

ント、ひいては世の中をダイナミックに変えるプロセスが醍醐味だと思ってい

ます。

スペースの都合上相当端折った内容となってしまいましたが、お付き合い頂き

ありがとうございました。ご意見・ご質問等ありましたら、お気軽にご連絡く

ださい。サイエンスの Ph.D. が、サイエンス以外の世界で活躍できるケース

の一例をご紹介させていただきました。参考になれば幸いです。

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自己紹介

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筆者

2005年京都大学薬学部卒後、同大学院医学研究科医科学修士課程に3ヶ月

のみ在籍、同年8月に南カリフォルニア大学神経科学科博士課程入学。約2年

半の間学位研究に従事するも、08年2月に修士号と共に休学、帰国。3月よ

り東京の米系投資銀行にてセルサイド・アナリストとして活躍中。

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編集後記

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実はこのエッセーを執筆したのは一ヶ月前でした。その間も株式市場は大混乱

が続き、私の勤める会社でも全従業員の約1割にあたる人員のリストラが実行

されました。学部卒の新卒が就職を目指すには大変厳しい時期ですが、博士号

取得(見込み)者など一部の高度な専門知識を持ち合わせた人材の募集はまだ

依然として行われている模様です。ご興味のある方はぜひ挑戦されてはいかが

でしょうか。この業界は広いようで意外に狭いものです。いつか一緒に仕事を

することがあるかもしれませんね。Bon Voyage!(筆者)

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