【海外サイエンス・実況中継】注目される研究分野・研究者と求められる人材 ~材料科学・工学~

Post date: Jan 30, 2012 8:10:17 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ July 2010, Vol. 53, No. 17

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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7月の編集を担当させていただく布施紳一郎です。

今月は二回に分けて、材料科学・工学の領域の

「注目される研究分野・研究者と求められる人材」

の一部について紹介したいと思います。この内容は、Arizona State

UniversityにてPh.D.を取得され、現在JEOL USAにてご活躍の

青木敏洋さんが執筆してくださいました。引き続き、カガクシャ

・ネット著書、「理系大学院留学-アメリカで目指す研究者への道」

からの抜粋です。

ご意見などございましたら、カガクシャ・ネットホームページ経

由、Eメールでもご連絡をお待ちしております。今後配信して欲し

い内容や、その他の要望など大歓迎です。

http://kagakusha.net/

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注目される研究分野・研究者と求められる人材

~材料科学・工学(Materials Science and Engineering)1 of 2 ~

青木敏洋

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材料科学・工学とは

材料科学・工学(Materials Science and Engineering)とは、物理、化学、

生物、工学などの知識を利用して、物質のさまざまな性質を理解する学問です。

また、それを利用して、私たちの生活を豊かにする新素材を開発したり、バイ

オテクノロジー、ナノテクノロジー、情報科学、エレクトロニクス、エネルギ

ー、生産など、幅広い分野のニーズに合う材料・システムを研究・開発したり

します。

求められる人材

材料科学・工学は、従来の金属、ポリマー、セラミックスなどのように簡単

に分類できない他の分野と密接に関連した学際的な学術分野に発展しました。

この分野で今後求められる人材とは、材料科学の基礎に加えて、基礎科学、つ

まり物理、化学、生物、数学をきっちりと身に付けている人であろうと思いま

す。幅広い基礎科学の知識があれば、学部・学科の壁を越えた学際的な分野で

もスムーズに対応できます。

物理や化学の知識の中でも、特に量子力学・量子化学の知識は必須です。近

年、ナノ材料科学・工学が主流となっているため、ナノサイズの小さな領域、

あるいは原子・分子の世界で起こる現象、量子効果や量子閉じ込め効果などを

理解し、応用するには、高度な量子力学・量子化学の知識が必要となります。

また伝統的に、材料科学・工学分野の人は、生物学にあまり強くない傾向が

あります。しかし、近年は、ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの融合に

より、材料科学の医療分野への応用が拡大しており、今後はますます生物学の

知識が重要性を増すと考えられます。

材料科学・工学の分野で成功する人は、しっかりした基礎科学を身に付け、

さらには自分の研究以外のことにも目を向けられる人です。そして、自分の知

識・研究の幅を、時代の要請に応じて、あるいは将来のニーズを先読みする目

を持って、自発的に広げることのできる人です。今後は、地球環境を考慮した

材料やシステム開発を念頭に置くことも重要となることでしょう。

今後注目される研究分野

材料科学は一般的に広く認知されている学問ではないかもしれません。しか

し私たちは、普段、さまざまな材料を利用し、その恩恵を受けて生活していま

す。錆びない鉄、ステンレス鋼、プラスチック、HDテレビに使われる液晶や

ガラス、化合物半導体材料でできた半導体レーザーや発光ダイオード(LED)、

半導体シリコンでできたコンピューターチップなど、例を挙げれば限りがあり

ません。このように非常に幅広い材料を取り扱う材料科学の中から、いくつか

注目されている材料について紹介します。

1.炭素系ナノ材料(Carbon Nanomaterials)

CNT(Carbon Nanotubes)

炭素系ナノ材料は、フラーレン(Fullerene)、カーボンナノチューブ(以下

CNT)などの存在により、常に注目され、活発な研究が行われてきました。

特にCNTは、実験・理論の両方を通じて、理想的な材料であることが示され

ました。例えばCNTは、機械的には鋼の数十倍も強いだけでなく、軽量でし

なやかな性質を持っています。また、原子の配列により、金・銅などの金属よ

りもずっとよく電気を流す金属的性質や、半導体のような性質を発現します。

CNTについて、これまで基礎および応用研究が盛んに行われてきました。例

えば、CNTは非常に良い半導体にもなるので、CNTを用いた電子一個で動作

可能なトランジスタが試作され*1、この技術を用いたエレクトロニクス研究が

盛んに行われています。またCNTは形状が小さいことから電界放射に適して

いると考えられ、高性能ディスプレイに使おうとする研究、あるいは安全に水

素を内部に貯蔵できることから燃料電池などに応用する研究など、さまざまな

試みがなされています。

グラフィン(Graphene)

グラフィンは近年、発見され、CNT以上に注目を集めるようになった材料

です。グラフィンとは、炭素原子が蜂の巣型(ハニーコーン構造)の強い結合

を作った一原子厚しかない2次元材料で、丸めるとゼロ次元材料であるフラー

レンとなり、ロール状に巻くと1次元材料のCNTになります。さらにフラー

レンを何枚も重ねると3次元材料のグラファイトとなります。グラフィンは元

来、単原子層のシートとして存在し得ないと考えられていましたが、2004年

にUniversity of Manchester(UK) とInstitute of Molecular Electronics

(Russia)のチームが偶然グラフィンシートを発見しました。それ以来、グラ

フィンは材料科学および物性物理において最も注目を集める材料となりまし

た。Geim教授と Novoselov博士*2は、論文の中でグラフィンのことを“ Rapidly

rising star on the horizon of materials science and condensed matter

physics(材料科学および物性物理界で急速に台頭する新生)”と呼んでいます。

グラフィンは素晴らしい電気伝導性をもっており、電子の移動度は室温で

15000cm2/Vs と当初報告されました(シリコン内での電子の移動度約

1350cm2/Vs、電子の移動度が速いと言われているガリウム砒素でも8000cm2/

Vs)。しかし近年では、より質の高いグラフィンで200,000 cm2/Vsの超高速

移動度の報告もあります。Boston UniversityのNeto教授*3が、共同研究者と

共にグラフィンの電子特性について詳しいレビューを発表し、グラフィンの優

れた、そして特異な性質が明らかとなりました。

Georgia Techのde Heer教授*4のグループは、シリコンカーバイド(SiC)

基板上にグラフィンを作ることに成功し(それまではセロハンテープを使って

グラファイトからグラフィンを剥がし取っていた)、半導体プロセスを使って

回路を作ることが可能なことを報告しました。University of Manchester の

Schedin 教授ら*5は、グラフィンの表面にガスが吸着、脱着する際に局所的な

電子状態がかわることに着目し、グラフィンをガスセンサー用いる研究に着手

しました。CNTも同様にセンサーに適していると考えられていますが、グラ

フィンの方がよりこの応用に適しています。また、グラフィンはスピントロニ

クスへの適性も良く、University of ManchesterのHill教授ら*6は、グラフィ

ンを用いたスピンバルブ素子について研究をし、将来の可能性を示唆しました。

また、量子コンピューターや水素を吸着する特性を利用した、水素貯蔵用材料

としての研究も検討されています。

グラフィンはまだ新しい材料であり、完全にその特性が明らかとなっていま

せん。しかし理論的・実験的に、これまでの炭素系ナノ材料以上に素晴らしい

特性を持っていることわかってきており、今後の基礎的特性の解明に加えて、

更なる応用研究の発展が期待されます。

2.エネルギー関連材料

温室効果による気候の変動への危惧に加え、不安定な石油供給・価格に対す

る不信感から、代替・クリーンエネルギー開発の研究が世界中で活発に行われ

ています。米国では“維持可能なエネルギー”研究に対して、National

Science Foundation が大きな研究予算を配分し、バイオマス、バイオ燃料、

バイオエネルギー、光起電力効果を利用した太陽エネルギー利用、風力・波力

エネルギー、燃料電池、など、さまざまなクリーン・グリーンエネルギー研究

を活性化しようとしています。

燃料電池(Fuel Cells)

燃料電池は、水素あるいはエタノールなどの燃料から電気を作り出すデバイ

スのことであり、温暖化ガスの排出が少ないことから、石油・石炭などに変わ

る次世代エネルギー源として期待されています。燃料電池にもさまざまな種類

がありますが、基本的な原理は水の電気分解の全く反対の原理を利用すること

です。水の電気分解では、水(電解質)に陽極および陰極の電極を浸し電圧を

かけると陽極側では酸化反応が起こり、酸素が生成し、負極側では還元反応が

起こり、水素が発生します。一方、燃料電池では、陰極側(燃料極)に水素な

どの燃料を供給して、水素をイオン化し、これが陽極側の酸素と反応して水を

作る時に電気を発生します。燃料電池は、燃料である水素、酸素を供給してい

る限り、電気を生成し続けることができます。

この技術の最大のチャレンジは、コスト、耐久性、信頼性に加え、小型化な

どが挙げられます。材料科学は、これらのチャレンジにおいてこの燃料電池内

に使われている材料、例えば電極材料や電極に使われている触媒などの改善に

より、効率を上げてコストを下げるための研究や、ガスのままでは取り扱いが

難しく、貯蔵にも大きなタンクが必要となる水素をより安全で効率的に貯蔵す

るための材料開発(水素吸蔵合金など)に貢献しています。

プラチナにかわる電極触媒の開発

Los Alamos National Laboratoryの Bashyam博士とZelenay博士*7は、こ

れまで使われてきた非常に高価なプラチナ(白金)触媒に替わる、コバルト-

ポリピロール-炭素(Co-PPY-C)ナノコンポジット材料の電極を作製し、コ

バルトを用いた電極触媒の開発を進めています。コバルトは白金に比べ安価な

ので、コスト削減につながります。また、フランスのAlan Le Goff博士ら*8は、

ヒドロゲナーゼ(酵素の一種で非常に効率よく酸化還元反応を促進する)にヒ

ントを得て、プラチナよりもずっと安いニッケル錯体触媒を作成し、これを表

面積の大きいCNT上に堆積して効率を上げた電極開発を試み、成果を得てい

ます。

太陽電池(Solar Cells)

太陽などの光エネルギーを、材料の光起電力効果を利用して電力に変換する

太陽電池は、理想的なクリーンエネルギー技術です。光を直接、電力に変換す

るため、温室ガスの放出はなく、どこにでも設置することができるので、電線

を張り巡らせる必要もありません。一口に太陽電池と言っても、材料の種類に

よって、単結晶シリコン電池、多結晶シリコン電池、薄膜シリコン電池、

CdTe太陽電池、有機半導体太陽電池、III-V族半導体系、量子ドット電池など、

さまざまなものがあり、それぞれ長所・短所があります。例えば、最も古くか

らある単結晶シリコン太陽電池は、太陽光を電圧に変換できる効率は20%を越

えますが、コストがかかります。多結晶シリコン太陽電池は、変換効率は15

~18%と劣るものの、より安価なため、汎用されています。また、薄膜シリ

コンを用いた太陽電池も、変換効率は劣るものの、大量生産・軽量化・フレキ

シブル化(薄く柔らかいシールのようなものを作れる)可能などの長所がありま

す。

CIGS太陽電池

また、比較的新しい材料であるCIGS系は、Cu(銅)、In(インジウム)、

Ga(ガリウム)、Se(セレン)からなる半導体です。半導体シリコンよりも効

率よく光を吸収するため、太陽電池を作る時にさらに材料の厚みを薄くするこ

とが可能です。このCIGSを用いると、軽量化、およびフレキシブル化が可能

であり、National Renewable Energy LaboratoryのRepins博士ら*9は、CIGS

系の太陽電池で19.9%の高い変換効率を報告しています。

III-V族半導体系電池ほか

変換効率が非常に高い太陽電池に、III-V族半導体系電池(Group III-V

Compound Semiconductor Solar Cells) があります。Fraunhofer Institute

for Solar Energy SystemsのGuter博士ら*10は、GaInP半導体を用いて効率

が41%を超える電池を作製しました。ただし、多結晶シリコンなどに比べ非

常に高価なため、どこにでも使えるというわけではありません。

また近年は、有機半導体(Organic Semiconductors)を用いた太陽電池の

研究が急ピッチで進められています。University of California at Santa

BarbaraのHeeger教授らのグループ*11は、半導体ポリマー製の光吸収特性の

異なる2つセルを縦につなげて、より広い範囲の光を利用できるタンデムポリ

マー太陽電池の試作を報告しています。一方、ポリマーおよび有機系太陽電池

は、長時間の使用により劣化する危惧もあります。従って、変換効率を上げる

こと以外にも劣化を防ぐことが、ポリマー・有機系太陽電池の今後にとって非

常に重要となってきます。

米国National Renewable Energy LaboratoryのNozik博士ら*12は、量子ド

ットを利用した太陽電池を使うことで変換効率を61%くらいまで向上するこ

とが可能との見解を発表し、その後、多くの研究が行われています。量子ドッ

トの太陽電池はまだ実用段階には達していないようですが、今後の更なる発展

が期待されています。

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自己紹介

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布施 紳一郎

慶応義塾大学理工学部卒(2001年)、東京大学院医科学修士(2003年)。

米国ダートマス大学院博士課程修了(2008年5月・微生物学・免疫学専攻)。

モルガン・スタンレーにてサマーインターンを経て、2008年9月より米国ボストン

にてヘルスケア専門の戦略コンサルティング・ファームに勤務。欧米大手製薬

企業、米国バイオテック企業を相手に新規医薬の開発・商業化、提携・M&A戦略

支援、新規市場開拓、営業体制改善などプロジェクトに参画。

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編集後記

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ここ数ヶ月、ファームを代表して、HarvardやMITの大学院生が運営している

コンサルティング・クラブ主催のリクルーティング・イベントに参加する機会

がありました。キャリア・イベントのパネリストを務めたり、MIT対Harvardの

ケース・コンペティションの審査員などの形で参加をさせて頂いています。参加

して学生と交流する度に、やはりアメリカはトップ・タレントの集まる場所なのだな、

としみじみと感じます。同時に、日本の大学院生も国の政策ばかりに頼らず、

このくらい積極的にイベントを開き、リクルーターをイベントに呼び、自ら職を探す

努力をしてもらいたいな、と感じました。

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