【海外サイエンス・実況中継】実際の体験から思うこといろいろ

Post date: Jan 30, 2012 7:33:21 PM

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

_/

_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ December 2008, Vol. 41, No. 2

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

_/

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

今週は、ミユキさんに「留学本では教えてくれない海外大学院のホント」に関

して書いてもらいました。サブタイトル「実際の体験から思うこといろいろ」

の通り、ミユキさんの大学院時代の思い出話を織り交ぜながら紹介してくれま

す。どうぞお楽しみ下さい!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

留学本では教えてくれない海外大学院のホント

実際の体験から思うこといろいろ

ミユキ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「留学本では教えてくれない海外大学院のホント」という題で書いてください

ね、と頼まれて、早数ヶ月。真っ白な画面に向かってじーっと動かない・・・

という毎日を送っていました(嘘です。本当は、ちらと横目で見ては後回しに

してきた)。さて、そろそろ逃れられないと、腰を落ち着けお題目を見ること

数十分。やっとわかりました。なぜ書けないかが。私、留学本を見たことも読

んだこともないのです。かろうじて、GRE(アメリカ版大学院入試用センター

試験)の過去問集を買って二回分ぐらい解いてみただけ。日本の大学院と比べ

てみようにも、日本で院に行ってないからこれまたよくわからない。留学本で

教えてくれることって、何ですか?

今回ノーベル賞を受賞した日本人博士たち。パスポートを持ったことがない人

がいたかと思えば、グリーンカードでアメリカに住んでいる人がいて、そうか

と思えばアメリカ国籍を取った人もいましたねえ。誰だったかなあ、アメリカ

に行ったのはなぜですか?と聞かれ、「そりゃあ研究費がたっぷりあって、研

究環境が天と地の差だったから」と答えていた人がいました。

そりゃそうでしょうね。戦後何とか復興して、オリンピックを招致して、新幹

線を走らせて、カラーテレビを各家庭にいき渡らせなければならなかった日本

には、基礎研究にたっぷりお金を出せる余裕はなかったでしょう。

「アメリカ国籍をとっていないようですが」と聞かれて「それが何?こちらは

外国人でも住める国なんだ」と答えている人がいました・・・。て、本当にこ

んな言い方だったかなあ。間違っていたら嫌だなあ、とソースを探してみたら、

朝日新聞のインタビューでした。

●(朝日新聞 2008年10月8日)

「化学賞は意外」「クラゲ85万匹採取」下村さん語る)

http://www.asahi.com/special/08015/TKY200810080259.html

引用すると、

----

記者:「国籍は日本のままなんですね」

下村氏:「何でわざわざアメリカ人に変わる必要があるの? 日本人でもアメ

リカに住める。研究費を取るにも差別はなかったし、ほとんど不便は感じない」

----

これ、けんか腰に聞こえますよね。いろいろ新聞側で編集があったんじゃない

かなあ。別にこんな言い訳するような質問じゃないし。だって、これってイエ

ス・ノー・クエスチョンだもの。私は海外在住たったの14年ほどですが、

「国籍は日本のままなんですね」と聞かれたら「そうですよ」と答えて、その

一言で終わりだと思うんだけど。質問と回答の間に、「どうしてアメリカ国籍

取らなかったんですか」「そのほうが仕事がしやすかったんじゃないですか」

「でもアメリカに永住するつもりなんじゃないんですか」「それなのに取らな

かったんですか」「だって他の人は取ってますよ」なーんて、前回書いたよう

な「アメリカ留学都市伝説」の確認を迫られたんじゃないかしら。

なんだか、日本初女性ノーベル賞受賞者のインタビューが想像できてしまう。

「結婚されてないんですね」「やはり仕事と家庭の両立は難しいですか」「普

段はどのような生活を送ってられるんですか」「老後はどうされるつもりです

か」「今までの人生にやり残したことはありませんか」・・・・・・・・この

状況をリアルに想像できるのって、まさか私だけじゃないですよね?

こんな風に斜めに見ながらも、やはり、同業者の、しかも時代が違う時にアメ

リカに来て、地道に研究をして成功していった人のインタビューはおもしろかっ

たです。

インタビュー内容に戻って、研究費に差別・・・ねえ。でもアメリカで学生を

していると、永住権にはまったく結びつかないし、永住権がないとたいていの

グラント(研究計画コンペ)に応募できなかったなー。そのため、私のお給料

は他の学生より少なかった(グラントを取るとご褒美として少しお給料が上が

る制度だった)。しかも学部推薦が必要なグラント募集の要項(外国人応募可)

は私にはまったく回ってこなくて、もらった人に聞いたところ、「先生が持っ

てきたから出したらもらえた」とか、「書類を出しておくからって先生に言わ

れて、いつの間にかもらえることになってた。研究計画なんて書いてない」と

か、もう「コネ」がねばねばしている状態だったっけ。「新しいトレーニング

グラント(学生がもらえるグラント。実際は学生のお給料が少し上がるものの、

ほとんどが院の懐に入る)が取れました!」と報告する院のディレクターに、

「またアメリカ人学生のみですか?外国人学生にはチャンスさえないんですね」

と突っかかったのは、ほかならぬ私なんですが、もちろんその見返りに得たも

のは苦笑のみ。まあアメリカ国籍もカナダ国籍もない全くの外国人学生が1パー

セントを割るであろうわがプログラムに、私が入れただけでも儲けもんでしょ

うか。

わがプログラムは学生の面倒見がよい、と言われていました。でも、それをア

テにして入ってくると、足元を救われてしまいます。黙って落ち込んで引きこ

もってしまっても誰も何にもしてくれないし、試験の点数が悪くて単位を落と

しても、「来年も落とせば退学です」とか「成績の平均がもう1点落ちたら奨

学金を切ります」の通知が来るのみ。

だからといって、助けを求めてすがってくる人を足蹴りにはしないんですけど

ね。英語で教科書が読めず、人から借りた日本語の教科書も全く意味不明であっ

た私は、授業担当(入れ替わりで数回ずつ講義していくスタイルが主だった)

の先生の元に出向き、教えを請う・・・と言うよりは、押しかけて個人授業を

強いることを繰り返していました。

とある先生には、「あなた、こんなことさえ知らないの?ここは院なのよ。あ

なたなんかの居る場所じゃない」と言われたことがありますが、「私は正規の

ステップを踏んで合格しました。文句は学部に言ってください。合格した以上、

知らないことを勉強する権利と義務があるし、あなたには教える義務がありま

すよね。説明してください」と押し切りました。バツで真っ赤の試験用紙を持っ

ていって、「どうして私の計画した実験はダメなのか」を議論し、「まあテク

ニック的に無理なんだけど、理論は正しいから半分点数をあげるか」ともらっ

た点数で再履修を回避したこともありました。

他のラボを間接的に断り、所属ラボを決めたところで、「いやー、自分からやっ

ぱやーめたって言ってくれるんだったらわざわざ言う必要もないかと思って、

それを待ってたんだけどね、まさかこう来るとは。うち、君を雇うお金ないん

だわ」と言われて、頭から湯気が出たままプログラムの偉いさんのところへ直

談判に行き、もう一学期分の奨学金を出してもらい、もうひとつ別のラボのお

試し研究をさせてもらうことになった、なんてこともありました。

最後の最後は先生方が「えーー、それはどうかなあ」と難色を示し、実験遂行

に反対された仮説を、理論で説き伏せて実行の許可を得て実験で証明し、「あ、

本当だったんだ」と言わしめて卒業にこぎつける、という幕の引き方でしたっ

け。あのやり取りは面白かった。意地悪な質問を次々理論武装で撃退、最後に

は「他に質問またはコメントありますか?」の言葉に、5人の教授たちが黙っ

てお互いに顔を見合わせ、「いいんじゃない。やってみれば」と言ったのでし

た(その後、一人は「まあ間違っているにしても」とぼそりと付け足した)。

やっぱり科学者たるもの、理論で戦うものですよね。たとえ学生だって。

なんだか面倒見がいいんだか悪いんだか、プログラムに助けられたんだか落と

し穴に落とされたんだか、全くわからない。ただ、しまった!こまった!と思っ

たときに行動に移していなかったら、そのまま埋もれて朽ち果てていったのは、

間違いないです。ロッククライミングに例えると(すみません、私が最近始め

たもので)、体力か技術がある人はさっさと登って行ってしまうけど、そうで

ない人はあざだらけになりながらも、情けない格好で張り付きながらも、楽で

きるところでちょっと休んだりしながらも、あきらめずにとにかく探し回った

ら、実はつかめるところ、足をかけるところがあちこちに見つかるクラス3と

いう感じ・・・。ああ、我ながらいい例え(って、わかりませんかね)。前に

も後ろにも進めなくなったとき、じっとしているといずれ体力が切れたときに

はがれ落ちるのを待つのみ、誰も助けてくれないけど、何とかしようと模索す

る人には解決策が用意されている、アメリカの大学院。ただ、それが日本の大

学院ではそうはいかないかというと、それはよくわからないんですね、日本の

院に行っていないため。

ノーベル賞から思考が流れていくままに書き付けたのですが、はたして「へえ!

こんなことは留学本には書かれていなかった!」とどこかで思った人が何人か

はいるのでしょうか。甚だ疑問ではありますが、クリスマス前はヨーロッパも

そわそわしていますので、私もこの辺で終わりにします。それでは皆さん、よ

い年始年末を。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

自己紹介

───────────────────────────────────

HNミユキ

日本の大学にて獣医師(D.V.M.)、アメリカの大学院にて畜産学で修士(MS)、

脳神経科学で博士(Ph.D.)を取得。現在ドイツの大学にて研究・教育に従事

する中間管理職。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

編集後記

───────────────────────────────────

雪が降って寒かった日に日本のニュースサイトで「紅葉真っ盛り」と読んで、

一瞬自分が玉手箱を開けてしまった気分でした。あまりにも寒くて、思わずチー

ズフォンデュ器(認知度もステータスもおそらくすき焼き鍋には及ばず、おそ

らく地域性から考えてもたこ焼き器程度)を衝動買いしそうになりました。な

ぜ南の温かい島には大学職が少ないのでしょうか・・・・

(ミユキ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/

(上記サイトで無料ユーザー登録後、バックナンバー閲覧可)

発行者: 山本智徳

メールマガジンの登録と解除: http://www.mag2.com/m/0000220966.html

ご質問・要望・感想等はこちら: http://kagakusha.net/Mailform/mail.html

連絡先: webmaster-at-kagakusha.net (-at-を@に変換してください)

友人・お知り合いへの転送はご自由にして頂いて結構です。

ただし、無断転載は禁じます。転載ご希望の際は必ずご連絡ください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━