【海外サイエンス・実況中継】 1億個の微生物が住む1グラムの「土の世界」 ~ 土壌学
Post date: Jan 09, 2012 5:18:7 PM
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ May 2007 Vol 10 No 1
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
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研究の最前線をお伝えするのも第10回目となりました。今週はミネソタ
大学で博士課程在籍中の石井さんが、土壌学について紹介してくれます。
1グラムあたりにおよそ1億個もの微生物が住むとされている「土」。我々
が何気なく踏んでいる大地に、下に書かれているような、知られざるダイナ
ミックな世界が広がっているとは、なかなか想像できませんでした。
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今日のエキスパートな質問(答えは下にあります)
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1.地球に生命が誕生した時代、どういった過程で、砂漠から「土」になっ
たのでしょうか?
2.「土」に住む微生物のうち、我々が現在知っているものはどのくらいの
割合?
3.大腸菌が生息している場所として知られているところは?石井さんたち
はこの場所の他に、どこに生息していると考えているのでしょうか?
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1億個の微生物が住む1グラムの「土の世界」 ~ 土壌学
石井 聡
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◆土とはなにか?
知り合いに土壌学(Soil Science)を勉強しているというと、魚のドジョウ
の研究をやっているのか、と勘違いされることが結構あります。それほど
マイナーな分野ですが、土壌なしには私たちの生活はありません。
土壌、つまり「土」は地球の1~2mほどの表面を覆っているだけにすぎま
せんが、有機物に富み、雨水をたたえ、植物をはぐくみ、さまざまな動物に
すみかをあたえてくれます。私たちが毎日食べている食料も「土」を通して
育てられた野菜、穀物がほとんどです。肉や卵、牛乳を供給する家畜も「土」
で育った牧草や飼料を食べているでしょう。私たちはまさに「土」のうえに
生きているわけです。
さて、そのような「土」ですが、「土」は一朝一夕にしてできたわけでは
ありません。地球は46億年前に誕生したというのが定説ですが、生命が
誕生して海で大規模な進化を遂げていたときも、陸地は砂漠のままでした。
植物が陸上に進出していくようになってようやく「土」といえるものができ
はじめたと考えられています。なぜなら、植物の死骸が地表に残ることに
よって、「土」の重要な成分である有機物ができるからです。植物と有機物、
そして有機物を食べる小動物・微生物が、岩石や砂の砂漠だった地球の表面
に「土」を作り出し、緑あふれる豊かな地球を生み出したのです。
その大切な「土」が、近年の化学肥料や農薬を多用した近代農業や過剰な
作付けや放牧によって、ダメージを受けています。砂漠化の進行は、土壌の
劣化と密接に結びついています。土壌の劣化は、水質悪化にも影響します。
これらの環境問題や農業・食糧問題を解決するためには、もっと「土」のこ
とをよく知る必要があり、そのために私の研究している土壌学があるのです。
◆土を科学する土壌学
土壌学は主に4つの分野に分かれており、「土」のなかの水分や熱の移動を
研究する土壌物理学(Soil Physics)、「土」の成分を調べる土壌化学
(Soil Chemistry)、「土」の分類や様態・形成を探求する土壌形態学
(Soil Genesis)、そして「土」の生物を研究する土壌生物学(Soil
Biology)、があります。
私が主に研究しているのは土壌生物学、とりわけ土壌微生物学です。微生物
には、細菌(bacteria)、菌類(fungi)、古細菌(archaea)が含まれ、
昆虫や線虫などの小動物や他の生物は、通常は含まれません。
1グラムの「土」のなかには約1億個の微生物がいると言われています。
彼らは、動物や植物の死骸を食べる分解者であったり、動植物に病気を起こ
す病原菌であったり、マツタケやトリュフなどの食べ物を作る菌であったり、
農薬やダイオキシンを分解する掃除屋であったり、その役割は多種多様です。
しかし私たちが現在知っている微生物は、「土」に住む微生物の5%にも満
たないのが現状です。培養によらない微生物の同定方法が導入されるように
なった結果、近年は「土」のなかの微生物についても、だんだんわかって
くるようになりました。今後、私たちの知らない土壌微生物のなかで、医薬
品の開発や化石燃料を原料としない、プラスチックやエネルギーの創生に
応用できるものがいるのではないかと注目されています。
◆私の研究テーマ
土壌微生物のなかで、私が現在取り組んでいるのは「土」のなかの大腸菌に
ついてです。「あれ?大腸菌って人間の大腸にいるのでは?」と疑問に思っ
たあなた、あなたは正しいです。大腸菌は人間を含めた恒温動物の大腸に
生息する細菌です。
ほとんどの大腸菌は無害ですが、一部に病原菌がいます。大腸菌O157:H7
が有名で、1996年には大阪府堺市の小学校で大腸菌O157:H7大規模な
集団感染がありました。最近では北米でホウレンソウを媒体にした大腸菌
O157:H7の感染がニュースになりました。
大腸菌は糞便とともに体外に出て、川や湖に入り、また動物の口から体内に
取り込まれます。そのような経緯から大腸菌は糞便による水質汚染の指標と
して使われています。言い換えると、水のなかに多くの大腸菌が発見されれ
ば、その水は糞便に汚染されている可能性がある、ということです。それは
つまり、サルモネラや赤痢菌、大腸菌O157:H7等の、糞便に含まれうる
病原菌がいる可能性があるということです。上下水道、プール、温泉、など
の水質汚染の指標として大腸菌が世界中で使われています。
しかし、進化速度の計算によると、恒温動物が生まれるより前に大腸菌は
いたと推測されています。恒温動物の腸内に居場所を見つける以前は、大腸
菌はどうやって生活していたのでしょう?
私たちの研究グループ、大腸菌は「土」でも生息できるのではないかと仮定
して、それを証明すべく研究に励んでいるのです。大腸菌が「土」で生息
できることが立証されれば、糞便由来ではない大腸菌がいることになります
ので、水質汚染の指標として使うには信頼できなくなります。
このように社会的インパクトの大きい研究ですが、土のなかでの大腸菌の
生態、大腸菌の多様性、進化、恒温動物との共生、病原性遺伝子の獲得
など、テーマはさらに発展していく可能性があります。
◆持続的な社会の構築にむけて
試験管のような単純システムと比べると、土壌は非常に複雑です。上記の
大腸菌の例を取っても、大腸菌が土壌で受けるストレスは、養分、温度、
湿度、塩分、外敵、競争、植物、とさまざまです。複雑なだけに敬遠され
がちですが、可能性を大いに秘めていると思います。持続的な農業、持続的
な社会の構築にむけて、土壌学、土壌微生物が今後ますます重要になって
いくでしょう。
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自己紹介
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石井 聡 (いしいさとし)
2001年東京大学生命化学専修(旧農芸化学科)卒業。2003年アイオワ州立
大学 (Iowa State University, Ames, Iowa) 土壌学科にて修士号
取得。現在、ミネソタ大学(University of Minnesota, St. Paul,
Minnesota) で土壌科学(専攻)と微生物生態学(副専攻)の博士課程に
在籍。2007年博士号取得予定。
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今日のポイント(エキスパートな質問の答えです)
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1. 沙漠に進出した植物とその残渣(死骸)である有機物、そして有機物
を食べる小動物・微生物の相互作用が、地球の表面に「土」を作り出した。
2. 「土」に住む微生物のうち、我々が知っているものは5%にも満た
ない。
3. 大腸菌は人間を含めた恒温動物の大腸に生息し、動物の糞便とともに
外に出ることが知られている。しかしそれ以外に、「土」にもそもそも
大腸菌が生息できるのではないかと考えられ、研究が進められている。
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編集後記
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ミネソタは花が咲き乱れ若葉がまぶしい季節になりました。郊外の畑では
種まきが始まっています。ここで育てられた大豆・トウモロコシの一部は
日本へも輸出されていきます。
中西部は物価が安く、人も親切で過ごしやすいです。研究が盛んな大学も
たくさんあるので、東海岸・西海岸だけではなく、中西部の大学もチェック
してみてくださいね。(石井)
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