【海外サイエンス・実況中継】お年寄りの体重の減少と痴呆発症率の関係(後)

Post date: Jan 30, 2012 7:43:3 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ August 2009, Vol. 49, No. 1, Part 2

_/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/

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前回に引き続き、今村さんに「最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的

な可能性など」に関連するトピックとして、お年寄りの体重の減少と痴呆発症

率の関係の後編を紹介してもらいます。前回紹介した新聞記事から、日本と米

英メディアの配信する情報の特徴を比較すると、日本の情報機関が見習うべき

点が見えてきます。どうぞ、お楽しみ下さい!

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最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など

お年寄りの体重の減少と痴呆発症率の関係(後)

今村 文昭

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今回は、前回の体重の減少と痴呆症の進行に関する研究の、報道内容について

述べたいと思います。紹介した研究は、日系アメリカ人の高齢者を対象にした

もので、減少する体重が多いと痴呆症の発症率が高くなるという内容でした。

日本のメディアでは、それほど注目されませんでしたが、欧米の主要なメディ

アではカバーされておりました。

* US News: Rapid Weight Loss in Seniors Signals Higher Dementia Risk

http://tinyurl.com/lemrmj

* BBC: Weight loss link to dementia risk

http://tinyurl.com/q4pn5l

* Headline: Weight Loss In Old Age May Signal Dementia

Link: http://tinyurl.com/qhyopb

Source: Science Daily / American Academy of Neurology

この研究に関する記事を読むと、日本の主だった報道機関による記事との違い

が、次のようにいくつか挙げられると思います。

1.記事が長い

2.基本的な情報が掲載されている

3.リンクが豊富

4.別の研究の成果も記載されている

5.複数の研究者のコメントが掲載されている

6.研究の問題点が記載されている

こうした特徴は、必ずではありませんが、アメリカ・イギリスのニュースサイ

トでは、当たり前のように紹介されている、と私は感じています。

2~3については、「肥満の指標について」「肥満に関する研究」などの情報

にアクセスできるようになっています。過去から蓄積が活かされるような仕組

みです。たとえば、肥満と痴呆に関する過去の報道、肥満の定義などの情報に

すぐにアクセスできます。

では、4~6について触れたいと思います。

まず4として記しましたように、少しではありますが、別の研究成果が載せら

れています。2005年に有名な医学雑誌に報告された研究:

http://www.bmj.com/cgi/content/abstract/bmj.38446.466238.E0v2

では、中高年で肥満であればあるほど、後に痴呆症を患う率が高いというもの

で、既述した日系アメリカ人高齢者の研究と、結論としては相反しています。

これについては、研究開始時の年齢と体重が決めてかと考えられます。

全て掲載するのは不可能とはいえ、こうした関連する研究を紹介することによ

り、報道対象となった研究が一人歩きすることがないよう情報が提供されます。

そして、この情報により、中高年の肥満とお年寄りの肥満とは、別に考えるべ

きということがわかります。

そして、5と6についでですが、まず、研究を行った本人からのコメントが、

引用文として掲載されています。その際に、研究の問題点や、行き過ぎた解釈

をしてはいけないことなど、読み取ることができます。こうして、研究者の言

葉として記事が掲載されているのは、内容の信憑性を汲み取ることができます。

さらに、報道記事には、紹介された研究の実施に関わっていない、その道の専

門家からのコメントも紹介されています。こうした研究当事者ではない第三者

からのコメントは、欧米の報道では多く見られます。このコメントにより、記

事の客観性が保持され、記事に対して好感を持ちやすく、適切な解釈がしやす

いのではないでしょうか。

研究の論文発表・学会発表というのは、その研究が新たな科学的証拠として有

用であるか否か、判断を求める機会と考えるべきでしょう。本来、研究報告に

は未熟な点があるもので、1つの研究成果が一般人にとって役に立ち得る内容

である可能性は、ほんのわずかです。そのため、研究成果の報道において、問

題点が明確にされていない、他の研究と比較検討されていない、そして客観性

に乏しい研究成果に関する報道は、望ましいものではありません。

日本の報道は、一貫して、紹介されている研究報告に関連する過去の研究やそ

の研究の問題点が紹介されない、といった特徴があります。また専門家による

客観的なコメントがありません。どこまで信頼してよいのか、どういった解釈

が妥当なのかわかりません。こうした点を踏まえて、欧米の報道内容を読むと、

日本の報道サイドが欧米から学ぶべきことが非常に多くあるように感じます。

もちろん欧米の報道にも限界・問題はありますし、混乱を招くことはあります

が。

健康に関する報道は、日常の経済活動を動かすほどのもので、報道側もそうし

た傾向による影響を少なからず受けていることでしょう。その報道と社会のつ

ながりの中で、科学性は失われてしまいがちです。科学を学ぶ者の視点からす

ると、改善の余地は多いので、これからのメディアの仕組み・内容は、科学者

にとっても視聴者・読者にとっても改善してほしいと思っています。

「最新の研究を紹介する」というテーマから逸脱した内容ではありますが、最

近の報道を例として、記させて頂きました。これから、健康のニュースなどに

触れる際は、報道・研究の問題点・可能性・客観性を念頭に消化して頂けたら

と思います。

今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=140

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自己紹介

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今村文昭

上智大学理工学部化学科卒

コロンビア大学医学部栄養学科修士課程卒

タフツ大学 Friedman School of Nutrition Science and Policy 博士課程卒

ハーバード大学公衆衛生大学院疫学リサーチフェロー

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編集後記

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後の数十年の間に、ベビーブーム世代は、中高年の世代となり、生活習慣病患

者の絶対数は、上昇していくでしょう。その上昇を食い止めるべく個々人が意

識することはもちろん大切ですが、何より社会環境を変えていくことが重要で

す。科学と公衆と、その間をつなぐ報道や情報網、そして政策がうまく連携し

ていくとよいですね。(今村)

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発行責任者: 杉井 重紀

編集責任者: 山本 智徳

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