【海外サイエンス・実況中継】ひよこ博士が見た「これから」オプション

Post date: Jan 30, 2012 7:32:59 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ November 2008, Vol. 41, No. 1

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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今週は「Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには」についてミユキさんに書

いてもらいました。ミユキさんの研究分野と大学院留学の動機のエッセイに関

しては、カガクシャネットの過去ログからご覧下さい(無料のユーザー登録が

必要です)。

●あなたの心や病気をコントロールする!? ~ホルモン研究のあゆみ

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=13

●日本からドイツ、ドイツからアメリカ、そしてアメリカからドイツへ

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=15

また、ミユキさんは、「アメリカでサイエンス」というメールマガジンを1999

年に創刊されています。興味がある方は、こちらもぜひご覧下さい。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/2291/

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Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには~様々なケースから学ぶこと

ひよこ博士が見た「これから」オプション

ミユキ

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私がアメリカで博士号を取ったからか、良くこんなことを言われ、返答に困っ

てます。

「海外に行って、研究者として成功して、すごいね」

「今どき、海外に行かないと、成功できないよね」

「海外に行ったんだから、成功しないとおかしい」

さらに言葉につまるのは、まじめにこんなことの確認を求められた時。

「アメリカにはお金がたくさんあるから、日本では研究者として生きていけな

くても、アメリカでならやっていけるんでしょう?」

これって「日本人女性は誰でも海外ではモテる」と肩を並べて有名な、留学に

まつわる都市伝説だと思うんですが、信じる人は後を絶ちません。勝手に思い

込んで羨んで、鳴かず飛ばずのワーキングプア学者(私)に向かって嫌味を言っ

てくる輩までいる。そんなわけ、ないってば。第一、成功って何?研究者とし

て生きていくって、どういう意味?

そして色々考えてみたことを、今回は書いてみたいと思います。

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大学院生は半学生半社会人。博士を取ると、ようやくサイエンス会の社会人と

なります。私も新社会人として、大学を中心としたサイエンス会へ足を踏み入

れました。そして自分の居場所を見つけるべく、目を凝らしてあちこち覗き込

んでいるわけです。

日本とアメリカとドイツの大学社会に暮らしてみて感じるのは、大学システム

の違い。そこには、大学世界に君臨してシステムを動かしてきた老獪狡猾な研

究者達の姿の違いと、そうやって作られてきたシステムに対するお上の態度の

違いが見え隠れし、どこを見ても野望をあからさまに、またはこっそり持った

人たちの目がきらりと光り、藁をつかもうとする手があちこちに伸び、希望や

失望や欲や妥協なんかが渦巻いているのです。その中にぼんやりと立ちながら、

ああ、私ってこの世界に向いてなかったー・・・なんてことは良く思うのです

が、まあ大学社会も社会ですから、いろんな人がいて、いろんな人のための場

所があるわけです。大学に限らずどの社会でもそうだけど、「上」のポジショ

ンを得る人が必ずできる人かというと、そうではないんですねえ。必ず何割か、

それなりの割合で「何でこいつが」枠があるんです。とは言え、その枠に入る

ことは避けたいものですな・・・いえいえ、本題から外れました。私がここで

言いたいのは、大学社会は優秀な人には上等な、そうでない人にはそれなりの

席が用意されていて、それぞれが自分なりの成功を収めることができるとい

うことです。

研究者としての成功って、ノーベル賞でしょうか。じゃあ私は降りさせていた

だきます・・・でも、そんなことを成功の基準にしたら、まあ研究者を目指し

ている人たちの99.9%は成功しないでしょう。それにアメリカで大規模ラ

ボを経営してようが、日本の企業で地味に研究していようが、ロシアの山にこ

もって理論をこねくり回していようが、ノーベル賞を取る人は取るでしょうか

ら、何をどうにかして何とかなるってもんじゃあない。

自分のラボを持つことでしょうか。それなら、私にももしかしたらできるかも?

アメリカでトライなら、できる時は若いうちからできるでしょうね。というよ

り、若いうちにできないと一生できない。アメリカでは何歳になってもやり直

しがきくと言いますが、ポスドクになってすぐの数年でグラントを取れないと、

その先のPI(ボス)への道は閉ざされるそうですよ。言葉を変えると、キャ

リアの始め(キャリアの若いうち)で成功しないと先がないと。厳しいですね。

日本やドイツではかなり年をいってからになるのでしょうが、一度道を外れる

と厳しいというし。どの国においても、ラボヘッドは中小企業の社長だから、

営業トークや接待や顔を広げる社交活動も、いろいろしなければならないでしょ

うね。日本もドイツもコネと年功序列や派閥制度で有名ですが、いま私はドイ

ツで目の当たりにして、「これがシステムというやつか!」と驚愕しています。

日本にもあるんだろうなあ。

「私はピペットさえ握っていれば幸せ。ベンチ作業で食べていければ人生は大

成功」て人に一番向いているのは、アメリカでしょうか。アメリカではPI街

道からこぼれた人用の代替小道が、たくさん用意されています。企業に行くの

も良し、ボスの下でずっとポスドク(役職名は変わるけど)をするのもよし(

移民ポスドクさんたちが取る道はこれが圧倒的に多いですよ)。居心地の良い

ラボでピペットを握って、プール付きの家に住んで人生を謳歌!これを成功と

見る人には、もうアメリカしかない。

これができないのはドイツ。ボス職を取るのを難しくし、何年かの期限が来る

とシステムから蹴り出されます。元々「優秀な人をスクリーンし、凡人には去っ

てもらう」とのコンセプトで始まったらしいこのシステム。本人たちは、うま

くいかない可能性の高さをよーく知っています。結局、今までどおり凡科学者・

優秀政治家がスクリーンを通り抜けることも周知の事実。このため、大量の科

学者が国外に流出し、ドイツのサイエンス界は大打撃を受け、現在改正に向け

て議論中だとか。日本はドクター大量生産でレベルの底上げを図ったようです

が、職にあぶれてさまよう凡科学者+優秀だけど埋もれた科学者を見て、科学

者になろうという気が失せない若者はどれほどいるのでしょう。

アメリカのサイエンス会の強みは天才科学者の脇を凡科学者(サイエンス

Lover)が固めていることにあると、私は思うんですけどね。

自分のラボを持つこと、に戻ると、ラボの構成が気になるところです。私の知

る限り、アメリカの飛ぶ鳥を落とす勢いのPIたちは、ポスドクたち(万年ポ

スドクもPI予備軍も含む)でがっちり武装しています。ドイツはポスドクの

発展系ラボマネージャーがいない代わり、テクニシャンがいます。彼らは、9

時5時のサラリーマンではありますが、アメリカの大多数のテクのように、

「大学院進学までの腰掛け」ではなく、一生大学と添い遂げる、テクの学校で

訓練を受けた職人たちです。彼らへ下請けに出すと、その仕事の速いこと!オー

ダーは細かく指示しなければならないし、トラブルシューティングはこちらの

役目ですが、私のように手が不器用で遅い人間には強力な武器です。脳付きの

手足をたくさん擁するアメリカのPI、特化した強力な手足を擁するドイツの

PI。日本は、いや、すみません、日本では大学院に行っていないんでよく知

りません。ドイツも1ラボしか知らないんで何とも言えないんですが、なんに

せよ、システムは人間を選びますね。自分に向いているのはどの国のどのポジ

ションか、それが鍵です。適材適所。

そんなこと言ったって、外国のしかも社会のことなんて、行ってみなきゃわか

らないのに、行く前から選ぶって不可能。その通りです。だからもう、私は住

みたい場所に行くのがいいよ、と言うことにしています。行ってからシステム

に合わせて自分を強化していけばいい。私生活が充実してりゃ仕事も頑張ろかっ

て思えるものです。住みたい場所がわからない人には、住んでみたい場所に数

年行ってみて、好きになれなかったら日本に帰ればいいのです。故郷はあくま

で故郷。ビザなんて取らなくても、職がしばらくなくても、強制退去になんて

ならない。私の高校時代の友人に、「金持ちになりたい。だから私立の医学部

にいって開業医の息子を捕まえる」と言ったやつがいましたが、基本にあるの

は同じ。このメルマガのテーマが留学なので「海外」に絞って言うのですが、

大学院を出た国でポスドクを見つけるのが一番易しいし、ポスドクをした国か

日本でのPIが一番見つけやすいし、その他のキャリアパスなら、ポスドクを

した土地で見つけるのが一番簡単。私生活や食べ物の嗜好などを考慮に入れつ

つ、人生を送るのが楽しい場所を選んで、そこでキャリアの行き先を見据え、

自分が成功したいパターンを吟味するのが良いと思います。

日本に住みたい?でも海外に行ってみたい?それだけでおのずと見えてきます

ね。日本で院まで出て、どこかでポスドクか助手(助教?)になって、学振で

奨学金取って、1~2年アメリカのビッグネームの大学に行って、凱旋帰国。

実際このパターンの人が一番多いです。

成功なんて、人それぞれ。「研究者として生きていく」ために、結局は「科学

者としての成功」よりは「人生の成功」を考えて、その時々に決断をしていけ

ばよいと私は思います。

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「Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには」というテーマで書けと言われて、

まーーったく筆が進まず(そりゃ、成功なんてしたことがないんだもの!)、

思いついたことを書き連ねただけのゆるいエッセイになってしまいましたね。

本人がゆるいものですから。最後に、更にゆるい、つまり誰(私)にでも実行

できて、ばかばかしいようだけど場所(国)を問わず、「成功」するためのコ

ツを二つ挙げておきます。どの「成功」のためか、どのように使うかは、ご自

分の責任で判断してくださいね。

1.スーツを着ること。

「仕事を真剣にやっています」「あなたをリスペクトしています」の意味があ

ります。よく見ると、成功している人でスーツをずっと着てる人、結構いるん

ですよ。私は普段汚い格好をしてますが、ここぞというときに着ます。ここぞ

というときは、年に数回やってきます。相手の態度ががらりと変わります。

2.趣味を持つ。

「これへたすりゃ6-4-3ゲッツーで試合終了。まだ余裕あるんだし、別の

実験考えたら」なんて会話、理解できるに越したことはない。日本のキャリア

ウーマンが半分冗談半分本気で、「野球のこと勉強しないとスムーズな会話が

できない」というのを聞いたことが何度かあり、同じようにアメリカで「アメ

フトのこと知っといたほうがいいよ・・・」と囁かれているのを小耳に挟んだ

ものの、ふんと鼻で笑っていた私でしたが、最近実感しました。私はわりと男

の人が好む趣味をいくつか持っているのですが、デスクトップの写真を見た人

から話を振られ、会話が弾むこと!とある部の部長さんとランチの約束を取り

付けたのを見て、仲介係が驚愕していました。すごく忙しい人だそうで、ラン

チどころかミーティングをすることも叶わないことが多いのだとか。

最後までまとまりませんでしたが、一応メインテーマに沿ったものに・・・なっ

たでしょうか。ということで、今回はここまでにしようと思います。それでは。

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自己紹介

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HNミユキ

日本の大学にて獣医師(D.V.M.)、アメリカの大学院にて畜産学で修士(MS)、

脳神経科学で博士(Ph.D.)を取得。現在ドイツの大学にて研究・教育に従事

する中間管理職。

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編集後記

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ノーベル賞、日本人が取りましたね。いつの日か来るはずだと、首を長くして

待っているのは、一面に大きく踊る、「日本『女性』初ノーベル賞!」の見出

し。まだ来ませんねえ。優秀で働き者の日本人女性たち、たくさんいるんです

よ。いるんですが・・・・皆さん大多数がとってもつつましい・・・。ビジネ

ス界なんかに比べて、サイエンス界の女性はとっても古風な気がするんですが、

気のせいなんでしょうか。「ヒヒヒ、これでノーベル賞はいただきだ」なんて

研究するのはいやらしいけど、もう少し、もうちょっとでいいから、小さな野

望を持って、グラント(懸賞応募用実験計画書)書いてボスになって、優秀な

ポスドクたちにインスピレーションを飛ばし、自分でノーベル賞を取るなり、

取らなくても後の天才が現れたときの地盤固めをしてくれる人が増えてくれた

らなあ・・・と思います。私?私は地盤固めに回ります。つつましい?いえい

え、自分の能力を正しく知ることも重要ですから。(ミユキ)

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