【海外サイエンス・実況中継】小さなチップに大きな可能性(中)

Post date: Jan 30, 2012 7:43:48 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ September 2009, Vol. 50, No. 1, Part 2

_/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/

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前号に引き続き、宋さんに「最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な

可能性など」に関連して、マイクロ流体工学のトピック「小さなチップに大き

な可能性」を紹介してもらいます。今回も、図や動画、参考文献が豊富に引用

されています。興味のある方は、ぜひアクセスして、本文と一緒にお楽しみ下

さい。

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最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など

小さなチップに大きな可能性(中)

宋 云柯

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前回のメールマガジンでは、バイオ医学分野では、迅速(ハイスループット)

で費用が安く、そしてオートメーションを可能とする技術が求められているこ

と、そしてマイクロ流体工学は、その需要を満たす技術であることを述べまし

た。今回は、マイクロ流体チップ上に作ることのできる様々なモジュールを、

簡単にご紹介したいと思います。

1.ミクサー

マイクロ流体チップの中には、マイクロ流路が敷き詰められており、その中に

流体を通すことは、前回ご紹介しました。ここで特筆すべき点は、一般に、流

体が流路前後の圧力差にしたがって流れる場合、マイクロ流路中の流れは層流

(Laminar Flow)であるということです(図1、ビデオ1、参考文献1)。

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図1:層流と乱流

http://tinyurl.com/l8nbow

乱流(上:Turbulent Flow)では流体が不規則に(=各流体要素が別個に)運

動する。一般に、管の断面積が大きく、流体の粘性が小さく、また流速が速く

なるほど、乱流になりやすい。層流(下:Laminar Flow)では、流体の各要素

が揃って一方向に運動する。乱流とは反対に、管の断面積が小さく、粘性が大

きく、流速が遅くなるほど、層流になりやすい。層流では、分子はブラウン運

動による拡散によってのみ、管の断面積方向に運動する。一般的に、水溶液が

マイクロ流路中で管前後の圧力差によって流れる場合、その流れは層流である。

ビデオ1:層流と乱流

http://www.youtube.com/watch?v=XOLl2KeDiOg

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ビデオ1では、透明な液体が左から右に流れています。管の中心では、青緑の

インクが、やはり左から右に流れています。層流とは、ビデオの最初の数秒間、

すなわちインクが一本の直線として見えるときの、管の中の流れを言います。

このとき、液体は管の壁から大きな摩擦力を与えられるため、乱れずに管の進

行方向に流れます(各流体要素が揃って運動します)。流速を徐々に上げてい

くと、層流は乱流に遷移します。乱流では、液体が不規則に運動しており、液

体中の分子の混合が速く起こります(図1、ビデオ1)。ビデオ1では、最後

の数秒間が乱流を表しており、インクが管全体に広がっていく様子がわかりま

す。

バイオの実験では、溶液を混ぜて中の分子を反応させるという行為が、非常に

重要です。ボルテックス(チューブを押し当てると振動し、チューブ内の溶液

の混合を機械)を用るのは、チューブ中に乱流を作ることで、分子の混合を助

け、反応を起こしやすくするためです。では、マイクロ流路中の層流の中で溶

液を混合するには、どうしたらよいのでしょう?

実は、図2のような簡単なモジュールを作ることで、この問題を解決すること

ができます。このモジュールは、マイクロ流路からはみ出したダイヤモンド型

の空間で、特定の流速では、液体がこの空間に入ってぐるぐる回り、分子の混

合が促進されます。これまでに、分子の混合を促進するためのモジュールが、

他にもたくさん発明されています。

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図2:ミクサー(参考文献1)

http://tinyurl.com/ktqc26

(a) ミクサーモジュールの構造。ダイアモンド型の突起がミクサー。

(b) &(c) ミクサーに蛍光ビーズを流したときの図。特定の流速で流体を流す

と、ビーズ液がミクサーモジュールに入り、ここで混合される。線状の模様は

ビーズの軌道を表している。流速を速くすると、ビーズ液はミクサーモジュー

ルに流入しなくなる(b, 右)。よって、このとき、ダイアモンド型のミクサー

の形は見えない。

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2.分子フィルター

マイクロ流路中の層流を利用した、マイクロ流体工学ならではの技術もありま

す。分子の拡散係数の違いを利用した分子フィルターがその例です。二つのマ

イクロ流路が分岐点で一つに合流すると、それぞれの流路を流れていた層流は、

すぐに混合することなく、そのまま下流に流れ続けていきます(図3)。二つ

の層流間では自由拡散によってのみ、流体中の分子を交換することができます。

そこで、層流Aには複数種類の分子の混合液を流し、層流Bには水またはバッ

ファーのみを流すと、適当な流速下では、層流Aに含まれる小さい分子のみを

層流Bに拡散させ、大きい分子は層流Aに残す、という分子フィルターを作る

ことができます(図4)。

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図3:マイクロ流路中での層流の合流(参考文献2)

http://tinyurl.com/n6kdxy

(A) 分岐点での層流の合流。マイクロ流路の分岐点で層流を合流させても、そ

れぞれの層流は早々に混ざることなく下流に流れていく。(B) Science, Vol.

285, No. 83, 1999 の表紙。層流がそれぞれ7色の色水で可視化されている。

図4:H型分子フィルター(参考文献3)

http://tinyurl.com/q4ryo5

この分子フィルターでは、サンプルから小さい分子(拡散定数の大きい分子)

のみを抽出することができる。左の青のマイクロ流路からはサンプル溶液が、

右の赤のマイクロ流路からはバッファーが注入される。二つの層流が面すると

ころでは、サンプル中の小さい分子のみがバッファー中に拡散する。サンプル

中の大きい分子は拡散が遅いため、バッファー中に拡散する間もなく廃液に流

れる。

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3.濃度勾配作成機

バイオ実験でよく行われる面倒な段階希釈(サンプルを段々と希釈していく操

作)も、マイクロ流路技術では流体の性質を利用すると、簡単かつ華麗に行う

ことができます(図5)。図5の構造はクリスマスツリー構造と呼ばれ、濃度

勾配を作りたい場合によく利用されます。図5では上流(図の上側)から緑、

紫、赤の色水を下流(下側)に流しており、途中で分岐、混合を重ね最終的に

はきれいな色の勾配(グラデーション)が出来上がっています。もちろん、下

流に分岐点を設ければ、この勾配の一部を取り出すことができます。

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図5:クリスマスツリー型濃度勾配作成機(参考文献4)

http://tinyurl.com/lz2fbs

上流から緑、紫、赤の三色の色水を流しており、それぞれの流れが下流で合流

と分裂を繰り返すうちにきれいな色の勾配を作り出す。

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4.バルブ(栓)

日常生活の中で、私たちは蛇口というスイッチを開閉することで、水道から好

きなときに水を出しています。同様に、マイクロ流路中の液体をコントロール

するためにも開閉スイッチが必要です。発明されたいろいろな開閉スイッチの

中でも特に広く利用されているのが、前回もご紹介した、スタンフォード大の

スティーブン・クエイク教授が発明された、バルブ技術(Microfluidic Valve

Technology)です(図6)。この技術のコンセプトは、二つのマイクロ流路を

上下に交差させ、上のマイクロ流路(コントロールチャンネル)に水を流して、

比較的大きな圧力(約10 psi 前後)をかけることで、コントロールチャンネ

ルが柔らかい PDMS の壁を押して膨らみ、下のマイクロ流路(フローチャンネ

ル)を押し潰して塞ぐ、というものです。コントロールチャンネルへの水の注

入を止めると、圧力が取り除かれ、押し潰されていた下のフローチャンネルが

開き、再度液体が通るようになります。この技術は、流体をマイクロ流路の特

定の部分に閉じ込めたり、特定のマイクロ流路中の溶液同士のみを、好きなタ

イミングで反応させたりすることを可能にするスイッチとして、マイクロ流体

工学に革命をもたらしました。

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図6:バルブ(参考文献5)

http://tinyurl.com/kl7n5j

(A) バルブの作り方。左上の流路は、サンプルを流すための流路(フローチャ

ンネル)であり、右上の流路は、フローチャンネルを開閉するために使われる

流路(コントロールチャンネル)である。この二つの流路を、薄く弾性のある

壁を隔てて交差させる(上下に重ねる)。コントロールチャンネルに水を流し

て圧力を加えると、コントロールチャンネルが膨らむ。流路の交差点では、二

つの流路を隔てている弾性のある壁(つまり、下にあるフローチャンネルの天

井)が下に押されるため、フローチャンネルがふさがる。(B) 押しつぶされた

フローチャンネルの写真。このとき、フローチャンネルは閉じた状態にあり、

中に流体を通すことができない。コントロールチャンネルへの水の注入を中断

すれば、フローチャンネルの天井を下に押していた圧力が取り除かれるため、

フローチャンネルが開き、再度液体を通すようになる。フローチャンネルは瞬

間的に開閉することができる(ミリ秒単位)。

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5.ポンプ

バルブを組み合わせると、マイクロ流路にポンプを作ることができます

(図7)。上記のバルブを数個、少しの間隔をおいて直列に並べ、一定のリズ

ムで順に開閉します。すると、フローチャンネルの上の壁が連続的に上下運動

をすることで、中の流体を少しずつ一定のリズムで、一方向に送り出すポンプ

としての役割を果たします。ポンプは、マイクロ流路中の液体の精細なコント

ロールを可能にします。

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図7:ポンプ(参考文献5)

http://tinyurl.com/lnmzkn

バルブを数個つなげて作ることで、ポンプを作ることができる。赤色のライン

がコントロールチャンネルで、水色のラインがフローチャンネル。バルブを順

に開閉して、フローチャンネルの壁を上下させることで、フローチャンネル中

の流体が壁に押されて一方向に運動する。

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以上、マイクロ流体チップで、バイオ実験を行うために必要な基本的なモジュー

ルをほんのいくつかご紹介しました。もちろんこの他にも、チップには色々な

ユニークで面白いモジュールを作ることができます。それらを組み合わせて、

有用で画期的なチップを作成したり、または新しいモジュールを自分で考え、

それを実際に作って試してみることができるのが、マイクロ流体工学の面白い

ところだと私は思います。

【参考文献】

1. Nature, Vol. 425, No. 6953, pp. 38, 2003.

doi:10.1038/425038a

2. Science, Vol. 285, No. 5424, pp. 83-85, 1999.

doi: 10.1126/science.285.5424.83

3. Nature, Vol. 442, No. 7101, pp. 412, 2006.

doi:10.1038/nature05064

4. PNAS, Vol. 99, No. 20, pp. 12542-12547, 2002.

doi:10.1073/pnas.192457199

5. Stanford Microfluidics Foundry:

http://thebigone.stanford.edu/foundry/index.html

今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=141

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自己紹介

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宋 云柯(そう うんか)

中国北京出身、6歳のときに来日。慶應志木高校、慶應義塾大学理工学部生命

情報学科卒業。現在は Johns Hopkins School of Medicine, Department of

Biomedical Engienering 博士課程2年目。主に Microfluidics, BioMEMS,

Single Molecule Detection に関する研究をしています。

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編集後記

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今年の夏は日本や中国に帰るでもなく、アメリカ国内を旅行するでもなく、ボ

ルチモアで全ての夏休みを過ごしました。夏休みといっても毎日ラボにはいく

のですが、週末に友人を呼んで家でパーティーをしたり、ジムでバトミントン

をしたりと、楽しいこともいっぱいあった夏だったと思います。九月から始ま

る Ph.D. program 二年目も「留学してよかった」と思える年でありますよう

に・・・。(宋)

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