【海外サイエンス・実況中継】ドイツの高等教育システム

Post date: Jan 30, 2012 7:29:16 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ September 2008, Vol. 38, No. 1

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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「留学本では教えてくれない海外大学院のホント~実際の体験から」の8回目

は、山本が紹介させて頂きます。このメルマガの執筆メンバーは、アメリカの

大学院を卒業・在学中の方が多いのですが、分野によっては他国も進学候補に

挙がるでしょう。昨夏、大変幸運なことに、私はミュンヘンへ3ヶ月間の研究

留学する機会を得ました。今回はそのときに感じた、ドイツの高等教育に関し

てお話しさせて頂きます。なお、私の研究分野と大学院留学動機に関しては、

カガクシャネットの過去ログよりご覧下さい(無料ユーザー登録が必要です)。

●ロボットが手術したり介護する時代が来る ~ ロボット工学

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=16

●日本の大学院入試に失敗してはじめて見えた選択肢

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=17

さて、カガクシャネットのサポーターでもあり、南カリフォルニアで有名な日

本語メディアを発刊する、ライトハウス様からのお知らせです。ロサンゼルス

地区、またはテキサス州にお住まいの方で、企業就職に興味のある方は、ぜひ

以下のリンクをご覧下さい。また、該当地域にお知り合いの方がいれば、ご自

由にご転送ください。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=101

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=102

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留学本では教えてくれない海外大学院のホント~実際の体験から

ドイツの高等教育システム

山本 智徳

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国が違うと、教育システムも異なることは珍しくないでしょう。日本とアメリ

カの大学・大学院の違いは、これまで多くの方がこのメルマガでも書かれてい

ますが、ドイツの高等教育に関してはあまり知られていません。わずか3ヶ月

間の滞在でしたが、日本ともアメリカとも異なっていて、非常に興味深かった

です。理系で留学と言えばアメリカがほとんどでしょうが、これから留学を考

えている方には、ぜひドイツもお勧めしたいと思います。

実際に見て聞いて体験した感じでは、ドイツの高等教育システムは、アメリカ

ほど多様性があるわけではなさそうですが、あくまで私が経験した範囲内、と

いうことをお断りしておきます。間違っている点や異なっている点があれば、

ぜひ文末のリンクから、コメントを書いて頂けると幸いです。

●ドイツの高等教育システム

高等教育といえば、大学・大学院での教育に当たるでしょう。このメルマガの

特性上、大学院のみに特化したいところですが、ドイツの教育システムを考え

るとそうはいきません。というのも、ドイツには伝統的な「ディプロム」と呼

ばれる、いわゆる学部・修士一貫の5~6年間のプログラムがあります。ドイ

ツで大学へ入るためには、アビトゥアという試験をパスすれば、大抵の場合、

誰でもどこへでも入学できるそうです。大学へ入学すると、自然科学・工学系

の場合、ディプロムコースに在籍します。博士号を取得したい場合、ディプロ

ムコースを卒業後、博士課程へ進学する必要があります。アメリカ同様、日本

特有の論文博士というオプションはありません。これが、今までの一貫したド

イツの流れでした。

ところが1999年、ヨーロッパの国々において、それぞれ異なっていた教育

システムを統一するため、ボローニャ宣言がヨーロッパ各国で採択されました。

これに伴い、ドイツにおいても、2010年末までには、ディプロムから一般

的な学士/修士課程へ完全に切り替えるようです。国際的な流れのために取り

入れたボローニャ宣言でしたが、アメリカではドイツのディプロムを真似て、

学部・修士一貫課程を設置している大学が増えてきたので、ちょっと皮肉な結

果でしょうが。。

さて、アメリカの学士号取得に卒業論文が必須なところは極めて稀です。修士

号でも必須と言うところは、それほど多くはありません。一方、ドイツのディ

プロムコース(もしくは修士課程)の場合、卒業論文は必須です。日本の場合、

卒論・修論と言ったら、大学の研究室やゼミに所属して書くのが一般的でしょ

う。一方ドイツの場合、大学の研究室以外に、企業でインターンをして論文を

書き上げるという選択肢もあるようです。特に工学系では、企業でのインター

ンがかなり普及しているように感じました。また、卒業論文を書くために、他

大学へ研究留学することもあります。実際、私が大学院1年目のとき、ミュン

ヘン工科大学からディプロムの学生が来ており、卒業論文を書き上げるため、

私の所属する研究室に半年間在籍していました。

●授業料と財政援助

これまで、ドイツでは授業料はタダでした。これはヨーロッパだと結構一般的

で、大学以降は授業料を無料にしている国が多いようです。ただ最近は、学生

数の増加に伴う財政難や、長く大学に居座る学生を早く社会へ送り出すため、

ドイツでは2006年冬から授業料を徴収し始めました。とは言っても、アメ

リカは言うに及ばず、日本の国公立大学に比べても非常に破格の値段です。州

や大学によって異なるようですが、バイエルン州にあるミュンヘン工科大学で

は、(2007年夏時点で)1セメスターにつき500ユーロとのことでした。

ドイツで一番興味深かったのは、博士課程のシステムです。日本でもアメリカ

でも、博士課程在籍中は、まだ学生という認識が強いと思います。日本とアメ

リカで違うのは、アメリカの方が「働いている」という意識が強いところでしょ

う。実際、多くの博士課程の学生は給料をもらっていますし、日常会話で、研

究すると言う意味で work という動詞をよく使います。これがドイツだとより

顕著に感じました。むしろ、博士課程に在籍する人はもはや学生ではなく、大

学の職員として扱われて、教育者・研究者として働いています。これを初めて

聞いたのが学食(ドイツ語でメンザ)へ行ったときで、あっちは学生用の食堂、

こっちは大学職員の食堂と言って、博士課程の人たちはみんな大学職員用食堂

へ向かったのが印象的でした。

働いているので、当然給料も支払われます。一概には言えませんが、アメリカ

(少なくとも私の学部)よりも結構いい額をもらっているようでした。その代

わり、それに見合った仕事量も当然要求されます。ドイツの博士課程在籍者の

給料は、主に TA(ティーチング・アシスタント)と研究資金付きプロジェク

トに参加することで賄われているそうです。私がミュンヘンでお世話になった

研究室では、多くの博士課程在籍者は毎セメスター TA をしており、講義の補

習や宿題の添削、さらには期末試験問題作成もやっていました。これとは別に、

博士課程在籍者は、ディプロムや修士課程の学生を指導します。彼らが卒論を

書き上げるためにミニプロジェクトを与え、それを指導するのが博士課程在籍

者です。多い人の場合、一度に3~4人も指導していました。そして数ヶ月間

学生を指導し終えて送り出すと、また新たな学生がミニプロジェクトを求めて

やってくるそうです。ちなみにディプロム・修士課程学生の卒論には、『指導

教官』としてその博士課程在籍者の名前が明記されます。アメリカでは、特に

夏休みの間、大学院生が学部生を指導することはありますが、ドイツほどの頻

度ではないと感じます。資金付きプロジェクトは、時としてあくまで給料稼ぎ

のためで、自分の博士論文とテーマが違う場合もあるようです。その場合、TA

に加え、ディプロム・修士学生の指導、給料のためのプロジェクト、そして自

分の研究テーマをこなすことになります。もちろんこれは最悪のケースでしょ

うが、これだけ働くなら、それ相応の給料をもらう権利は十分にあるでしょう。

社会保障の国・ドイツらしいなと思ったことが一つあります。博士論文を仕上

げる段階になると、もう論文を書く作業にだけ集中して、その他の雑務(TA

や資金付きプロジェクト)は一切関わらないそうです。そうなると、当然収入

がなくなります。そんな博士課程在籍者には、なんと失業保険が適用されるん

だそうです。まさに学生としてではなく、独立した教育者・研究者と見なされ

ているのがわかる例でしょう。また、日本やアメリカでもそうでしょうが、そ

れ以上に修士課程以前と博士課程の間に非常に大きな差を感じました。これは

上でも述べている通り、修士までは学生だから授業料を払い勉強し、博士から

は教育者・研究者として、むしろ指導する立場だからなのだと思います。

●ドイツへの大学院留学の可能性

留学生にとって、ドイツへの大学院留学はかなり身近になってきているでしょ

う。ボローニャ宣言の影響のため、修士課程の学生が増えたため、英語用の修

士課程コースも開設され始めています。そのため、英語圏の留学を考えている

人にも、十分選択肢の一つに入り得るでしょう。もちろんドイツで暮らすから

には、当然英語だけでは不十分で、日常生活を送るためにはドイツ語は必要に

なるでしょうが。

アメリカの修士課程と比べて良い点は、徴収が開始されたとは言え、まだまだ

授業料が格安であることが挙げられます。アメリカの有名私立大学だと、年間

$36,000(400万円弱)も授業料が掛かります。授業料が払えなくて安い州立

大学を探すよりは、思い切って授業料が安い、他国の英語プログラムへ応募す

るのもいいのではないでしょうか。もちろん教育の質が下がるのは問題ですが、

分野によってはドイツは十分に強いと思います。

一方、博士課程となると、TA が必須になります。指導する学生はやはりドイ

ツ人主体ですので、当然ドイツ語を話すことが期待されるます。そのため、博

士課程からいきなりドイツというのは少々大変かもしれません。そうは言って

も、学部は中国、修士はイギリスで、博士からドイツに来ていた中国人の友人

は、TA の際でも全部英語で通しているそうです。

もっとドイツの高等教育に興味のある方は、下記のリンクもご覧下さい。

●ドイツ留学日記 Tagebuch meines Aufenthaltes in Deutschland

http://www.jsme.or.jp/ted/NL51/Nishi.pdf

●ドイツ留学ガイド

http://www2.dokkyo.ac.jp/~doky0004/studium/frame-ryu.htm

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自己紹介

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山本智徳

1998年都立日比谷高校卒業。一浪後、東京工業大学第5類入学。2003

年に東京工業大学制御システム工学科を卒業。今度は一年半の院浪生活を経て、

2004年秋より、メリーランド州ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス大

学機械工学科博士課程に在籍。現在、博士課程5年目。

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編集後記

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ロボット系では、IROS と ICRA という国際学会が世界最大規模なのですが、

9月15日が来年春に神戸で開かれる、ICRA の締め切り日です。私の周りだ

けでもかなりの人数が投稿を予定していますが、みんなの間では、「無料航空

券をゲットして日本へ行く!」が合言葉になっています。15日深夜締め切り

ですが、開催場所の日本時間ではなく、アメリカ西海岸時間です。国際学会な

ので、全員に公平にと考えると、投稿者が多い最西端のアメリカ西海岸になる

ようです。となると、東海岸の私は深夜3時まで頑張ることになりそうです。。

(山本)

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