[絶対演劇] フェスティバル

[絶対演劇] フェスティバル チラシより

日時:1992.3.14-22

場所:スタジオ錦糸町

豊島重之

そこで展ぜられる上演に無意味以上のものを感じ得ない時、人はその無意味に意味を見い出そうとするか、ただ、数をかぞえることに心を転ずるか、いずれかであろう。俳優の歩数をかぞえ、衣装のボタンの総計をかぞえ、装置のつぎ目をかぞえ、あと何分で終わるかをかぞえ、今、ここから出ていくために何人の席を横切ることになるのかをかぞえる。数は何をするのか。何よりも、数は規定し、そして規定しない。この分水嶺に絶対演劇は胚胎する。数はその記号性、透明性ゆえに、たちまち過剰な象徴性・身体性・秘教性さえも抱え込む。絶対演劇はそれを拒むのか、それとも泳ぎきるのか。勿論、無意味には大きな意味があるが、さらにその先を突きとめていくと、数という非意味にゆきあたるだろう。無意識が、60〜80年代のアレゴリーだったとすれば、数という非意味、もしくは絶対数は、90年代以降のアレゴリーの一角を占めることになるに違いない。