屋根裏部屋の“澄明”
屋根裏部屋の“澄明”
太田省吾(劇作家・演出家)
昨年秋、私ははじめてモレキュラーシアターの舞台を見せていただき、貴重な成果と出会うことができました。
上演全体の印象として、私には屋根裏部屋の暗がりのように澄んだ空気が残っています。といっても、実は私は屋根裏部屋というものを実際は知りません。日本にはほとんどないからです。私の知っているのは、本を読んで想像しているヨーロッパのもので、想念や記憶を見つめる者の住む部屋です。
現実生活とは距りをもちながら、しかしそこから梯子をかけて登る部屋——それがもっている一種の澄明なものが伝わってきました。
豊島重之氏が、屋根裏部屋のない日本のどこで屋根裏部屋を見つけ、住むようになったのか知りませんが、日本の、殊に演劇の中では稀なことですし貴重なことだと思います。
言葉が問われています。さまざまの様相でわれわれをつくり、あるいはしばり、あるいはそこから喜びを得ようとしている言葉が、演劇の常識的な手法に頓着することなく追求され、そのことによって独特の演劇的な力が生まれているように思えました。
大久保一恵さんの演技、その深みのある動きはこの舞台には欠かせないものだと思いました。われわれは、彼女の深い目にさそわれて、屋根裏部屋へ足を踏み入れていったのでした。
(初出「f/F・PARASITE」/1987)