方法の器より出でて

特集・現場からのメッセージ

方法の器より出でて

Emerge into/out of Sacrificed Method

 豊島重之(続恋迷路変)

(1)

都市の風貌というものが今やどこにいっても一様に〝呆気にとられた〟表情を並びたてている時、都市の鼻腔もまたそれに右ならいであるのを見せつけられると、さすがちょっぴり首がだるくなってしまうものだ。

というのは、鼻の穴(無数の毛穴を含めて)が打ちだす換気機能や嗅覚代謝には一種独特な文化的構造が担われているからであって、それは眼窩とか耳孔とか口腔がみるみるうちに文化〝化〟(すなわち対自化のつもりが〝あれあれ!?〟という間に高次即自化)されていったとしても、最後の最後までそれとは無縁にまるで精薄(あくまでゼーウスであって、けっしてセーハクとは読まない)みたいに(低次即自的な)文化であることをやめないからである。

(2)

都市を着飾った田舎を嗤うことはできないし、田舎を着流した都市に目鯨立てることもできない。一方では田舎が都市になり、都市が今まで見たこともない何かとんでもないものになっていき、他方では都市と田舎を質的にも量的にもドラスティックに引き裂いていく文化という暴力があるにちがいない。それを不可抗力と呼ぼうがファシズムと命名しようが、いずれにしろ一個人の暗渠から発したものなのだ。そこに棲む者には自分自身を嗤いとばしている暇はない。

(3)

舞踊が、統合芸術といわれるゆえんは、音楽という時間と、照明装置衣装という空間をまとって構成されるからではなく、舞踊そのものが、舞踊そのものにしか、還元されえないことからくる。

舞踊は、絵画や戯曲のように、いつまでも残ることや、ふたたび見ることを許さない。描きおえる一瞬と、見おえる演じおえる次の一瞬の、二工程を踏むものが、舞踊では、二重の一瞬を、一挙に完遂する。

存在としての、歴史のための、表現についての、舞踊というものはない。しかも、存在の直観=その受容と変容、歴史の創出=その否定と超克、表理の論理=その還元と転位、なしに、舞踊であることはできない。

(4)

たとえば、風を照りかえす姿、その像を個性から普遍性へと吊り上げる力、その構造を、風ではもはやないもの<美>へと、はげしく注ぎこむもの<いのち>。すなわち、舞手において、いのちが美となり、観者において、美をいのちへと揺りもどすものが、鏡のようにせめぎあう意志として、舞踊はある。

文明が、逃げ水のような、地平線の微笑であるならば、舞踊は、その微笑を、垂直にたえず一歩追いこしている、叛乱としての秩序である。

文明が、人間と人類が人間と人類であろうとすればするほど、人間と人類に押しだされるようにして、かぎりなく往きつく、殺風景な物腰であるならば、舞踊は、生存力が自己力に泌みだされて、たえず下降する生活意志(欲望の否定)と、価値力が自己力に灼けだされて、たえず上昇する表現意志(欲望の無化)とを、かぎりなく吹きぬける、爽やかな透景である。

(5)

舞踊における、思想的感性と舞踊的身体とが、どのようにして、あの微笑から自由でありうるか。

第一に、文明への叛乱が、文明にとってなんら無縁で無益な存在、けっして文明には住みこまない歴史、ついに文明には還元せずじまいの表現によって、日々に原生することである。

第二に、叛乱であるからには、自己力と、その関係総体(舞踊体系すら)への、同時に文明そのものへの、二重の叛乱たる価値的構造を踏破することである。

第三に、美といのち、における転位としての峻別と、さらなる還元とを、自覚的に励起することである。

錘のような風へと、風のように錘をおろすもの、としての舞踊は、この三体の、じつはひとつの姿をとりながら、その姿をあざやかに超えていくだろう。

 (初出:「肉体言語」10号/1980.09.01)