1.仏教通観

P15

  仏教通観 

 

 

1. 冊数

   1冊〔初版は上・下巻2冊〕

2. サイズ(タテ×ヨコ)

   186×127mm

3. ページ

   総数:406

   自序: 4

   目次: 17

   本文:385

4. 刊行年月日

   初版 上巻 明治37年6月10日

      下巻 明治37年6月10日

   底本:再版 明治39年9月10日

5. 句読点

   あり

6. その他

  (1) 「せんければ」を「しなけ

(巻頭)

  れば」,「があるです」を「があるのです」などと表記を改めた。

  (2) 目次の項の見出しと本文のそれとが異なっているが,原本のままとした。

  (3) 図の中には,説明文のみがあるもの,赤の格子模様が初版にあって,再版にないなどの問題点があったが,作成・修正した。

  (4) 底本のページは,初版の巻ごとのままであったが,通し番号とした。

       自  序

 振古未曾有の義戦まさにたけなわならんとする今日において、国民たるもの、なんぞ悠然として哲学のごとき閑文字を弄するを得んや。かかる時に当たりて、『仏教哲学』の著述を世に公にするものは、狂者にあらずんば必ず偏人なりとは、けだし世人の通評なるべし。果たしてしかりとせば、余輩あに一言の弁解なくして可ならんや。そもそも仏教は多岐多端に分かるるも、そのかなめは身を生死の外に立たしめ、心を不動の地に置かしむるに外ならず。その理を講ずるもの、これ仏教哲学なり。今や戦国となりて海陸戦を交ゆ。これ勅語のいわゆる一旦緩急、義勇奉公の秋にあらずや。義勇とは、義は忠節の意、勇は武勇の意に解して不可なかるべし。しかして武勇のかなめは身を生死の外に立たしむるにあり、忠節のかなめは心を不動の地に置くにあり。しかれば今日はまさしく仏教哲学を実現するの時なり。ただしその説くところ、由来高尚に過ぎて、通俗をして解し難く知り難からしめたるを遺憾とす。故にその解釈を通俗化して一般に普及の道を開くは、実に目下の急務というべし。これ本書の発行あるゆえんなり。渡辺髯史は、余が先年哲学館において講述せるところを筆記し、これを篋底に蔵するや久し。近頃、時局にかんがみるところありて、更に通俗体に和訳し、余に告ぐるにこれを上梓せんことをもってす。余の浅学なるその講述のいまだ尽くさざるところ多きを知るも、今日の時機あるいは砲丸の一発にも価することあらんかと思い、髯史の筆記を親しく校閲修正し、これを大成して今や上梓するに至れり。故にその責めは著者にあること万々なり。けだし髯史は有髯にして、余は無髯なり。髯史の髯たるや、その深きこと半面を隠し、その長きこと胸部に及ぶ。これを一見するに、ロシア人といえども三舎を避くるの風采あり。余が昨年ロシアに遊びたる節、多髯の露人中に一人の無髯を見るは、あたかも茂林中に一株の禿木を交ゆるがごとく、自らなんとなくみそぼらしき心地せしことあり。このときもし髯史の髯を余に持たしめなば、さぞ意気揚然たるものありしならん。しかるに今や、余の拙劣なる講義が髯史の筆によりて世人の目に触るるに至り、図らずも無髯の余をして有髯の思いをなさしむ。自ら一笑して本書に題す。

  明治三七年五月中旬              妖怪窟主人題す  

第一章 緒 論

       第一節 仏教と哲学との関係

 信州の一農夫が始めて東京にきたり。日本橋区の一旅店に投宿し、たまたま伊豆七島の一漁夫とその室を同じうし、一夕雑談を交えたる際、信州の農夫曰く、太陽は山より出でて山に入るものなりと。七島の漁夫曰く、太陽は海より出でて海に入るものなりと。旅店の下女これを聞きて曰く、ご両人の説みな誤れり、太陽は人家の中より出でて人家の中に入るものなり、と申したという話があるが、世の仏教を評するもの多くはこの農夫や漁夫の説にひとしきように思わる。また世の批評を批評する人の説も、旅店の下女の裁判に類しておる。あるいは仏教は厭世教であるといい、あるいは理外教であるといい、あるいは仏教は厭世教でもなく理外教でもないが、あまり高尚深遠にしてしかも秩序も系統もないから、とても普通のものの研究すべきものではなく、たとえ研究しても分かるものではないなどと申すが、これみな農夫か漁夫か下女の判断に比すべきものでありて、これらはみな外観の話で、内容を知らぬから起こるのである。もっとも諸君が平常、小説や新聞を読むように、たやすく仏教を解することはできぬにもせよ、諸君の想像せらるるように、むずかしくまた分かりにくいものでは決してないので、またそれほどまでに世の人々が批評するようなものではもちろんない。世人がそのように批評をするというものは、すなわち「食わず嫌い」の類いで、群盲撫象を模すると少しもことならない。とにかく批評を下す前に、仏教は果たしていかなるものであるかを一とおり研究の上、堂々たる批評を願いたい。予がここに仏教哲学大意を講ずるも、畢竟群盲のために一道の光明を与えんとの老婆心より出でたるものなれば、その心持ちにて高覧を願いたい。

 題がすでに仏教哲学というのであるから、仏教と哲学とはいかなる関係を持っておるかを研究するのが、本論に入るの初階級と思いますので、ここに先着としてその関係を述べようとおもう。

 なんでこの両者の関係を述べなければならぬかというに、この両者の関係につきては、世の学者間の一問題となっておるところの、すなわち仏教は哲学であるか、あるいは仏教は元来宗教であるから、哲学などという智的分子を含まざる単純の悟的宗教であるかというのであるが、これが一時大問題たるのみならず、全く解決にくるしんだので、宗教と哲学はここに大衝突を起こしました。その衝突の具合はどうであったかというに、前にも一言述べておきましたが、なおこれを詳しくいいますると、かような問題であるのです。すなわち甲のいうところをみるに、仏教はもと釈迦の説いたもので、釈迦は決して哲学というような頭の痛くなる理屈を教えたものではない。ただ多くの人々に安心立命という確固たる宗教の観念を与えるのが目的であった。基礎が宗教的に成り上がっておるから、仏教は全然信仰の一現象である故に、哲学というような方面はちっともない、あくまでも宗教であると主張してやまんのです。しかるに乙のいうのに、いやそれは大いに間違っておる、というものは、釈迦の精神思想は安心立命という信仰であったには相違ない、しかし釈迦の説きし法そのものによって考究するに、大は宇宙の現象より小は精神界の微に至るまで、ことごとく説明して余すところがないといってよろしい。しかもその説明が哲学的にできておるのは、なんびとといえども否定することができない。そしてその説明中、宗教分子の部分が多いか、哲学分子の部分が多いかというに、宗教分子よりも哲学分子ははるかに勝れておる。これが仏教の哲学なるゆえんの証拠であるというように、両々相対して下がらなかったが、この両者の議論は共にみるところの偏頗より起こったものに相違ない。余はこの問題につきてかく答えようと思う。すなわち仏教は一部宗教たるに相違ないが、それと同時に一部は哲学より成立しておるものと断言してはばからない。故に仏教という一つの塊団はその内容、宗教と哲学との相結合してできたものというのである。今この三者(哲学、宗教、仏教)を図にて示すと上のようになるのです。

 甲は哲学を表したもので、もっぱら智的方面に属すべきもの、乙は宗教を表示したもので、もっぱら情的方面に属すべきもの、丙は甲乙二者、相結合するところを表明したもので、智情円融の有様で、仏教の智徳円満とはこの二者契合のところをいうのです。故に仏教は哲学と宗教との結合したるものであって、その内容の豊富なる驚くのみである。故に哲学と宗教とは仏教以外にいくらも多くの種類をもっておることを承知してもらいたい。そこで余が講ぜんとするところは、哲学と宗教との二大区別あるうちで、いずれの部分を講ずるのであるやというに、むろんその名のごとく哲学に属した部分を講ずるのである。宗教に関した部分は世多く講じたもの、またそれぞれ専門家があってさかんに講義もし著述もたくさんありますから、ここにその部分は省いておきます。まずこの仏教が、哲学と宗教とにいかなる関係を持っておるやを明瞭にしなければ、自然、仏教と哲学との関係も不明瞭に陥ることと思いますので、ここに、

 1 哲学と宗教との関係

を述べておく必要がありますから、その大要を略述しておきます。

 およそ哲学と宗教とはその名が異なっていますから、その性質もしたがって異なっておる。そこですべての学問には定義というものがあって、定義とはすなわちその学問の性質、主義等を一定の義解の下に明瞭になるようになっておるもので、今哲学といい宗教というも、そのいかなる義解を持っているかを、あらかじめ知らなければならぬ。定義が一定しませんと、あたかも風船のごとくおちつき場所がない。すべてなにごとによらず、おちつき場所の定まらぬほど困ったものはないので、おちつき場所が定まれば、なにごとでもなすことについて方針が確立するものです。しかしおちつき場所が定まったとて、あながち方針が確立するものと定まらざるがごとく、哲学、宗教の定義を定めたとて、両者の関係が明瞭になるとはきまっておらぬ。故に定義などについて弁舌を労するより、むしろ両者の関係および異同を説明した方が、かえってこの問題につきて捷径であろうと信じまするによって、余はまず、

 2 哲学と宗教の異同

につき述べようとおもいます。

 まずこの問題に密接なる関係のあるものはなんであるやと問うたらば、なんと答えましょうか。余は本問題にごく密着の関係を持っておるものを世界とするのである。余のいうところの世界とはもっとも広い意味の世界で、人間世界のごとき一方の世界では決してないのだ。故に余は世界を大に分けて二種とするのである。それを哲学上の術語で申しますると、一を可知的世界というので、可知的世界とはわれわれの智識をもって知ることのできる世界ということで、俗にいう娑婆世界すなわちこの世である。この世界は諸君も知らるるとおり、われわれの世界であって、われわれの力によっていかようにもなる。たとえば人力車ができて便利だといったのが、それより便利な馬車ができて、市民は一時大いなる便利を得たが、このごろは電車が一層の便利になったが、この後は空中飛行器でもできて、世界中自由に歩くことができるかも知れぬ。これはただに一例のみであるが、この他百般のことどんなことでも、ほとんど人力をもって左右のできぬことはない。これが娑婆世界すなわち可知的世界の常態である。つぎを不可知的世界と申して、われわれの力にて知ることのできぬ世界です。知ることのできぬ世界とはどんな世界か、そのようなものなら世界という名称は与えることはできまいという人もあろうが、名称はなんでもよい、必ずそういう世界があるとわれわれは信じて疑わんのです。その世界を実体世界とも、あるいは真理界とも申します。仏教でいうところの真如とか、ヤソ教のゴッドなどというものは、この世界の変名に過ぎんのです。その実体界に対して可知界を現象界と申します。現象界という名称はむろん術語でありまして、通俗にいいますれば実体界の印象が現存したという意味であります。故に仏教では現象界のことを水の波にたとえてあります。水はいずれにあっても少しもその本体は変わらない、変わらぬところはちょうど本体界にひとしい。その本体界なる水から現象界という可知界ができておるから波と少しも違わんので、波は風の強弱によって大波小波異なるがごとく、現象界もまた時勢の変遷によって出没変化極まりないのです。それ故に現象界のあらゆる事物は時間の上から申しても、また空間の上から申しても、みな有限のもので決して無限のものではない。いかに鬼をあざむくような大男でも、一度病魔の襲うところとなると、たちまち青苔一片の煙と化し去ってしまうものであるから、人生のごときものは現象界中もっとも時間の短きもの、空間上の充塞も至って範囲の狭いものです。有限中においても石や鉄より比較したときには、一層有限中の有限といわなければならぬ。しかるに実体界はすでに不可知界でありますので、到底われわれの智力でははかり知ることもできぬし、また制限を付することのできない性質のものである。また有限世界は相対であって、無限世界は絶対であります。なぜといいますれば、有限世界はすべての事々物々みな比較上、対待上より成立しております。たとえば甲の人は賢にして乙の人は痴で、一はお役人様で一は平民で、あるものは剛にあるものは柔というように、互いに相対待しておるばかりではない。山の大小高低、海の深浅に至るまで、すべて二者対望して存するものであって、その差別のはなはだしき一つや二つの脳髄にては知り尽くすことができませぬ。「森羅万象」ということばは、この相対界を形容したことばです。差別世界はこのように複雑極まる世界でありますのに、ひとり実体界は差別を離れた平等の体であります。平等体でありますからもとより比較すべきものはない。むかし東の空気と西の空気となにほどの差がありますかと問うた人があったそうだが、空気そのものにおいてはもとより東も西も共に同じでありますごとく、実体界は決して比例とか比較とか軽重とか大小とかいう相対的のものはない。故に仏教にては現象を事相といい、実体を理性といっておりますが、事相とは事々物々の相貌という意味でありまして、理性とは万理の本性という意味に用いたものです。更に仏教にては前者を万法といい、後者を真如といっておりますが、事相理性というより一層具体的にことばを用いております。それ故ことばが異なっても意味は少しも違わんのであります。今この両者の有様を表にて示しましょうならば、左のごとくになります。

  世界可 知 的―現象―有限―相対―差別

      不可知的―実体―無限―絶対―平等

 かように表をもって示したならば、可知界と不可知界の区別はあまりに明瞭になって、ただに異なった点のみをみて、いまだ少しも関係の点を発見することができますまいが、余が今まで講じてきた語につき子細にご研究を願います。さすれば自然と両者の関係が分かります。また前に掲げた表によりましても、両者の関係が判然いたしましょう。もしお分かりにならないと遺憾ですから、更に両者の関係を水と波とに比してお話しいたしておきましょう。すなわち本体界、不可知界は水のようなものであると前に申しておいたが、それと少しも違わぬので、実体界の真相は大海の洋々たる水のごときものに相違なく、大小、醜美、喜怒、哀楽などという比較的のものは少しもないが、さて現象界すなわち可知界とどういう関係があるやというに、本体界が水なれば現象界は波である。そこでその波はいかにして起ききたって怒声を海上に放つかというに、それは風である。風のために本体界の水は動揺する。動揺すればすなわち波という現象になることは明らかでありましょう。果たしてこの比喩が通例ならば、両者の関係は火を見るよりも明らかにして、非常なる密接の関係を持っておりましょう。故に現象界の有様を説明して「一波わずかに動けば万波従いきたる」と申してあるが、実に良き解釈と思います。この説明で両者の関係はよくお分かりであろうと存じますが、そこで哲学と宗教とはいかなる区別を持っておりますか、その区別の点をお話ししなければなりませぬが、哲学と宗教とは元来、

 3 基礎が異なっておる

ので、哲学は可知的から不可知的に及ぼし、宗教は不可知的より可知的に及ぼすもので、両々相反しておるのです。これを図にしますると、つぎのようになります。

 諸君はこの図によって、哲学と宗教との根本基礎の異なっておるのがご明瞭でしょう。一は左よりするものと一は右よりするものと、その道程は京都へ行くものと仙台へ行くものとの状態をなしておる。しかし不可知的の存在は哲学も許しておりますし、宗教はむろんこれを許しております。かように申したならば、自家撞着のはなはだしい説ではないかとおしかりを被るかも知れぬが、決して自家撞着ではないことを一応弁じておきましょう。それは可知的と不可知的との基礎が明らかになれば了解ができようかと思います。まず哲学はどういう基礎の上に成り立っておるかというに、智識という基礎の上にできていまして、絶えず天地人三才の大いなる問題について、研究して進むものでありますから、その状態は「疑」というものになっております。しかるに「疑」がもっとも哲学上には効能があるので、もし天地間の微妙なる問題に遭うて、少しも疑いはなかったならば、更に進むということがなくなるに違いない。故に哲学は絶えず疑いという智識を舟やいかだとして、現象界の可知的世界より漸次に実体界の不可知的世界に及ぼすものであります。かようでありますから、哲学研究の出発点は可知的にあって、その終局は不可知的に終わるものです。かの哲学の祖であるカントが、水という一現象をもって天地宇宙の解釈を試みんとしたのも、全く可知的より不可知的に進んだものであるということは明らかに分かるでしょう。しかるに宗教は哲学とは全然その趣が異なっておる。宗教の基礎すなわち立脚点は実体という不可知的にあるので、その実体を究めんにはどういう梯子によらなければならぬかというに、信仰という梯子によらなければ、実体界の到着はすこぶる困難である。困難ではあるが、ひとたび正信を起こしてその方針に従って行けば、さしたる困難はありますまい。そこで不可知的に至る信仰は、決して疑いというものを許しませぬ。疑っては駄目であるのです。疑わずして信ずるのですから直覚でしょう。直覚であるからむろん研究ではないのです。しかしその方針は不可知的から可知的に運動するのが順序で、一般の宗教はそのようになっております。釈迦が四九年の間、横説縦説したというのも、要するに基礎を信仰に置いた結果であります。かようにその方針、基礎が異なっておるから、宗教と哲学とは石と鉄とのごとく、全然相反しておるもので、決して関係などというものは夢にも発見することができぬという人があるかも知れませぬが、しかしそのように相反し相背馳しておるものではなく、ごく密着の関係を持っておるというのは、不可知的の存在です。不可知的の存在は宗教はむろんこれを許してありまして、哲学は可知的より不可知的に進むというのも、不可知的の実体界あるを認識しておる結果たるに相違ない。かようでありますから、両者の関係の明らかなることは、決して否定することができぬので、それはただに可知的、不可知的より許したのみではない。そこで、

 4 心理学上よりの区別

をしたならば、一層その関係が明瞭になることと思います。心理学の上から哲学と宗教とを区別しますると、われわれが哲学に対する心の作用(はたらき)と、宗教に対する心の作用とにその間相異の点あることを認めておる。それは前にも申したとおり、哲学はわれわれの心の中で智力の作用に基礎を置き、常に天地間の道理を科学的に研究して行くのが哲学の哲学たるゆえんでありまして、宗教はもっぱら感情に基礎を置き、信仰というレールによって実体界に往復をなしておるもので、二者共にその様子は異なっておりますが、その間深き関係があります。それはいかようの関係かというに、たとえ哲学は智力一点張りとは申すものの、その間感情の混じっておらぬことはない。それはかのソクラテスは哲学者にして教育者であったが、一度暴戻なるギリシアの法官のために毒杯の下にたおるるときの行為などというものは、全く宗教的行動であったことに照らしても、哲学は決して感情の分子がないとはいえますまい。それと同時に宗教も基礎が感情であると申しましても、智力分子はまるで欠けておらぬ。否、仏教などは智力分子がかえって多いくらいである。かの『唯識論』とか『倶舎論』のごときものは、全然智的分子のみにてかたまっておるといってもよろしい。

 これは大体の区別でありまして、今はつまびらかに講ずる余地がありませぬが、大体心理学の上にてわれわれの心のはたらきを大別いたしまして、智と情と意との三つに区別することは、すでに世人の熟知するところでありますが、今哲学と宗教とはその三区別のうち、哲学は智力に基づきまして、智力は疑い考うるという思想が基礎となり、すべてあらゆる事柄を思考推理するものですから能動的であります。これに反して、宗教は感情が基礎となって成立しておるものでありますからむろん受動的であって、わが心に他の刺激を感受領納する作用のあるものです。故に智力の上に思想がありますし、感情から信仰というものができます。したがって思想は論理によって生ずるもの、信仰は直覚によるものである。また論理は道理が本で、直覚は天啓が本です。以上を概括しますると左表のような具合になります。

  哲学 智力 思想 論理 道理

  宗教 感情 信仰 直覚 天啓

 諸君がこの区別をご覧になったならば、両者の関係がいよいよ密接であることが明瞭になりましょう。そしてまた、この区別を前の区別と比較照合したならば、哲学と宗教との異同はいよいよ明らかになることとおもいます。そこで哲学が可知的を始めとするは、智力を基礎とするわけであって、智識の及ぶところを可知的といい、及ばぬところを不可知的といいます。しかして哲学は思想論理の力によりまして道理に向かって進み、もって不可知的世界の存在を推究するものであります。また宗教は感情上にただちに不可知的世界の存在を覚知するものでありまして、不可知的なるものはわが心の力によりて探究することができぬ、もっともある程度までは探究も研究もできますが、大体からいいますれば自ら心そのものの上に感知するので、これを啓示といいます。このように哲学と宗教とはおのおの異同がありますが、これその大体の区別にとどまりて、その間に密着の関係を持っておりますことは決して忘却せんように願います。もしこの関係異同がよく分かりませなんだときには、畢竟本書の講義が不明瞭に終わるものとおもわなければなりませぬ。

 なお一層、哲学と宗教との関係を明らかにするために多少の弁を費しておきます。元来哲学は可知的世界を主といたしますが、また不可知的世界をも論ずるものです。こう申しましたならば、諸君は大いに疑って問いなさるでしょう、智力が本である哲学が、いかにして智力以外に存する不可知的世界を知ることができるやと。これもっともの問いでありまして、元来不可知的であるからその内部にはいって研究するということは、容易にでき得べからざることではあるけれども、断じてできぬとはもとより限らぬ。それは可知的より漸々進み行けば、不可知的そのものの存在を知るのみではない、その不可知的の有様もどんな様子であるかは、多少推知することができます。すなわちわれわれは、その不可知なるものはいかなるものであるかを探究して進み行くときには、不覚不可知的の境に到達することができるものです。けれども外面に彷徨して内部に入らんとしたとて、それは到底できるものではない。われわれはむろん諸君の中でも、時にあっては不可知的にこのようなものだろうと、外面より憶測判断を下すことがありましょう。あるいはこれが不可知的ならんと思考することがあるに違いないが、それこれだろうと思い考えておるうちは少しも不可知的が分からんので、かえって可知的のまん中に彷徨しておるものであって、ただその理を無理往生に不可知的に当てはめるに過ぎませぬ。かようなわけでありますから、いにしえより多くの学者がその説明に大いに苦しんだので、仏教においてもまたいろいろの議論があるのです。仏教に小乗大乗と分かれ、半満別円などと区別がついてあるのも、要するにこの二大問題の解決いかんにあるのです。かの『維摩経』にあるところの有名なる維摩と文殊との問答のごときは、その一例であります。それはいかようなる問答であったかというと、あるとき釈迦の弟子数輩が釈迦の命令によって、維摩の病床を問うべく余儀なくせられた。そこで実は、弟子等は維摩の病気を訪うのは気持ちがわるい。なぜというに、当時維摩は教界にても居士であったが、すこぶる勢いがよかった。それ故、うっかり訪うて維摩にやり込められてはという懸念があるもの故、進んで候病の任に当たろうとしないのも無理はないが、師の命令であるからやむをえず維摩の病気を訪うことになった。果たせるかな、釈迦の弟子等は維摩に対しての候病の辞を始め、あらゆる談話が実に浅見薄弱でありまして、大道の一班をも尽くすことが足らぬために、維摩は例の大弁を振るうて弟子等の述ぶるところを論破し、到底その智力のなんの益にも立たぬことを弾斥した。ときに文殊がその弟子等が維摩のためにさんざんやり込められたのを見て憤慨おくあたわずという具合で、たちまち文殊が代わりて維摩と大いに真理の存否を討論せんとおもいまして、まず口を開いていうのに、不可知的の本体は到底われわれの思議することのできない絶言絶慮のものであることを喋々として議論した。文殊はいかに大言壮語、議論を試みても、維摩は黙然としてなんとも答えない。僧家でいうところの維摩の黙とはすなわちこれで、この黙の価は何千両か何万両であるか分からぬ。かような有様であるから、文殊も自己の喋々に照らして到底不可知的の真相は言やなんかで言い尽くせるものではないことを悟った。諸君はこの一条の説話を耳にしてなんと感じますか。公会の演壇に立って雄弁渾辞を弄するものならば、必ず大雄弁である、なかなか演説は上手だなどと評するであろう。もし今日に文殊がおったならば、世人は文殊の大雄弁に拍手喝采するでありましょうが、しかし不可知的なるものは、到底雄弁やお世辞で知ることのできるものではない。知ることのできぬから不可知的なのである。しからば、その不可知的に至るにはいかにしたらよかろうか。それには実地の修業というものが入要です。実地の修業もなにもなくして、口耳三寸の器械で不可知的はこうじゃのなんじゃのといったところ、それは言うだけ野暮で、言ううちは到底不可知的を悟ったものではない。老子のいわゆる知者不言、言者不知といってありますのは、よくうがった言でありまして、「至道難きことなし。ただ揀択を嫌う。」(至道無難唯嫌揀択)と六祖大師が喝破したのも、この不可知的の本体は知識や学問では一歩も知ることができぬという主義で、大道を知るものは口先には決して出さぬ。口先に出せば大道の真相がなくなってしまう。かようなわけであるから、維摩は黙して答えないのであった。まさに当時教界第一流といわるる維摩は、維摩だけの議量を具していたと感服の外はない。しかし今の見地より推すときは、維摩はまだまだ大道を尽くしておらぬとおもわるる。なぜなれば、維摩は大道の本体たる不可知的を口先には出さなかったが、この黙が不可知的の実相だと心の中には思いはかったに相違ない。故に維摩の黙は心にはかって黙したのであるから、まだまだ本黙ではない。もし余がこのときおったならば、ただちに眠りて無念無想の境に入るほか手段がない。このように真の不可知的は口にも言うことができぬし、また心に思うこともできぬもの、言亡慮絶とはこのことです。けれどもわれわれの心に思い口に述ぶるはもとよりやむをえぬので、ただわれわれは不可知的はどのようなものであるかと思議して、多少その様子が察せらるるのです。けれども進んでその本体に入らんとすれば、ただちに反弾せらるるものです。このように哲学も宗教も共に不可知的に関係を持っておりまして、ただその方向だけが違うのですから、諸君はむしろその関係の大なるに注意して深く研究してもらいたい。

 再び心理学の上より宗教はいかなる関係をもっておるかをみましょうならば、元来宗教は信仰が全生命となっておりますので、宗教はなにかと問う人があったなら、信仰と答えても差し支えない。しかしながら少しも智力はないとはいえない。必ず多少智力の作用を備えておるものであります。すなわちどんな宗教を信じましても、多少心に会得した上でなければ信ずることのできぬもので、たとえば愚夫愚婦が天理教を信ずると仮定しても、天理教は実になんの価値もない有害無益の宗教でありますが、愚夫愚婦等がその天理教を信ずるに至るまでも、少しの智識を要しまた相当の思考を要したに相違ない。とにかく愚者は愚者相応に自己の心に領得して信じたものに相違ないが、学者でもやはり愚夫愚婦と同じように信仰はいたしておりますが、その信仰の具合は違うので、学者はその智力に訴え推理考究してのち、その真理たるを確認して信仰したもので、これと同じく智力を主とする哲学も、また信仰によらなければならぬ。たとえば哲学で一の疑問を起こし、これを研究するときに、いやしくも得るところがあったならば、とにかくその説に信をおかなければならぬ。カント、ヘーゲルでも自己の説は万世不変の大真理と信じたに相違ない。そこで諸君に大いなる注意を求めたきは、真理なりと信じた点である。すでに信である上は宗教の信仰とその性質に少しも異なっておらぬ。かの懐疑学の祖先たるヒュームは、懐疑を主張して一切の学説を破斥し、破斥した結果が、真理もなければ物もなく心もなく、なにもあるなしと主張したけれども、そのなにもないというのをヒュームが信仰しておったのだろう。やはり一種の信仰が成立しておるのです。この信仰はすなわち感情に基づくものでありまして、このように哲学と宗教とは大体の区別がありますけれども、細かに詮索するときは密着の関係があることが分かりましょう。そして仏教はことに哲学と宗教とに密接の関係をもちまして、その哲学と関係する点はあまたの宗教中その比例をみないほど密着の関係を持っております。以上大体、哲学と宗教とはいかようの関係を持っておるかをお話しいたしましたから、これより、

 5 仏教上に哲学宗教二者の成立せるゆえん

を略述いたしましょう。仏教と申しまするとなんでも厭世臭いもので、じいさんやばあさんのなぐさみもので、至極ありがたそうなものだと考えておらるる人が多く、仏教はいかなる組織にできておるや、その内容などを知っておる人は千人に一名の割にも当たりますまい。なるほど仏教には厭世臭い部分やら、またはありがたい部分のあることは明らかであるが、それはごく皮相の見でほんの仏教の影のみを見た話である。そこで仏教はいかようの学問から成り立っておるか、科学的であるか非科学的であるかというに、一は科学的であって一は非科学的である。今ここにいいました科学的というのは哲学を指したもので、非科学的というのは宗教を指したもので、哲学は理論で、宗教は実際である。理論と実際は仏教の二大部分であって、理論に属する部分は一宗一宗に立ってある原理原則を理論の上から研究するものでありまして、この部分は哲学に属するものです。実際に属する部分は信仰の方法または修行の行程規則を説くものであって、この部分は純然たる宗教に属するものです。とにかく仏教は理論と実際、すなわち哲学と信仰との二大部分よりできておるものでありますことは、決して疑うことはできませぬ。故に仏教は哲学に深い深い関係をもっておるばかりではない、実に仏教は他の宗教とその根底組織が異なっておることをご承知願いたい。

 すでに仏教の組織ができた上には、その仏教はなにが中心となって、どのような目的を持っておるかというに、仏教の中心は真如にあるのです。しからば真如とはなんであるかというに、涅槃の実在を称したものです。すでに実在であるによって不可知的である。不可知的であるが、よく現象界のすべてのものを開発する不可思議の作用をもっておるが、哲学としてみるときは、その真如は全体いかなるものかということを道理の上から研究するもので、道理上から研究すると、真如と方法との関係というやかましき問題ができますが、真如のことは『起信論』を講述するときに詳しくいたすこととして、進んで、

 6 仏教の目的

は那辺にあるかということを講じましょう。しかしここに注意しておくのは、仏教が涅槃を目的とするわけは宗教であるから涅槃が目的なので、もし仏教を哲学としてみたときには真如が中心となるのです。すべてなにものなにごとによらず、目的のないものはない。もし目的なくして世に存在するものがあったならば、人間ならば飄流の客、事業ならば無鉄砲とでも形容するほか仕方がない。仏教はそのような飄流や無鉄砲ではないのだ。仏教の大目的は、

 7 涅 槃

に達するというのです。仏教各宗はたくさんありますが、この目的を出てませんのです。もしこの目的に背く仏教があったならば、それは仏教ではない、外道異端と排斥せらるるところのものです。しからば、

 8 涅槃とはいかなるものなりや

を研究してみなければならぬ。まず涅槃の字義からお話し申しましょう。涅槃とはインドのことばにて、シナのことばに翻訳すれば滅度ということになる。滅度という意味はすべて我他彼此または善悪の区別を滅し、かの岸すなわち真理の岸にわたるということで、仏陀の境界をいうのです。故に涅槃に達するということは仏陀と同一になることである。しかしそれは涅槃のはたらきであるが、涅槃そのものはなんであるかというに、涅槃のなにものたるやを説明するには、ここに大体の上から三法印のことをおはなししなければならぬ。三法印とは一に無常印、二に無我印、三に寂静印であって、法印とは、印はわれわれでも至極大切な肝要のものであるから、決して他に渡しまたは濫用のできぬものと同じく、今三つの法印なるものは、ほとんど仏教の根本基礎ともいうべきほどの大切な肝要のものであるゆえ法印と称したのですが、まず第一の無常印とはいかなることかというに、すべて法の現象で生滅しないものはない。石や鉄のような堅牢のものでも、時間の経過と共に必ず変化消長は免れない。すなわち生滅変遷して無常なるは著しき事実であるによって、もろもろの現象は決して常住不滅のものではないことはご承知でしょう。それと同時に、無常印ということは天地の一部分の真理として否定することはできませぬ。仏教にこの無常印があるために、楽天家より眺むると厭世教で活世界にはなんの益も立たぬかのようにいえますが、しかし真理である上にはなんともしようがなかろうとおもう。ただ世は無常であるから、無常なるこの世にある上はいかに活動すればよきやを研究して、無常だから到底望みがないというような浅はかの考えをもたぬように教導するのが、目下の急務であろうと考えらるる。これは今日の僧侶方に望みましても、成功するかどうかおぼつかない。つぎに第二の無我印とは我がないということであるが、なぜ我がないかというに、仏教の根本義は、すべて相対的なることには生滅無常の免るるものはない、なぜ免れぬかというに、われわれの肉身は仏教にては六二もしくは一〇〇の元素よりできておるものと説明してある。元来、元素の結塊は肉身である。故にひとたび無常の殺鬼に襲わるるときは、六二の元素はみな離ればなれになってしまう。離ればなれになるべきごくもろき肉身の中に、我というような常一主宰的のものはあるはずはない。しかるに多くの人々は「オレ我」「オレがえらい」などというて、「我」なるものは五体のいずれにかに潜伏しておるかのように考えられておるものがありましょう。そのようなものは仏教にては毛ほどもないと説明するので、試みに諸君が実地に経験してご覧なさい。まずわれわれの肉身はいかにしてできたかというに、肉体と精神との二和合によってできたものに相違ない。しかれば元来仮に和合したものに違いあるまい。根本の組織はかようであるから、我の存在などとは夢にも見ることはできますまい。ために仏教はこの我を嫌悪すること毒蛇よりもはなはだしいのです。つぎに第三の寂静印とは、寂は寂滅など仏教にては注釈するによってもろもろの煩悩妄執のなくなったところ、静は清静であるからその煩悩妄執のなくなったところが静でしょう。故に寂は原因にして静は結果というても差し支えないが、ひるがえって古代インドの外道輩をみるに、当時の外道はみな「我」という考えのないものはなく、また涅槃の考えのないものはなかった。そして涅槃と申しても仏教のいうような涅槃ではなくして、現在世界をうち壊して、なにか別な世界に涅槃というすこぶる奇麗な所でもあるかのごとくに考えておった。その奇麗な所はなんでも至極寂静な所で、とても想像やなにかに浮かばせることも書くこともできぬと考えたに違いない。故に外道の涅槃にも寂静の意義はもちろん十分にありますが、仏教の涅槃と比較しますと雲泥の差があるので、今その一例を挙げてみようならば、外道は多く客観界に涅槃を求むるもので、一種の未来教です。しかるに仏教は主観的に涅槃を考えようとしたもので、いわゆる外道涅槃は我という実在のものより考え出したので、未来の裁判に苦しんだ結果がかように考えた。すなわちこの我ですが、この我をしていろいろと苦境に呻吟せしむる間は生死という二大関門があるのだ。そこでこの二大関門を打ち破って、安楽な涅槃に至るにはいかようにしたらよいかというに、それは我というものの周囲の関係を断ち切ってしまって、独存させなければならぬと考えた。故に外道の涅槃というものは我の独存にあるので、彼らの修行はしたがって我の独存を図るにあるというて差し支えない。けれども仏教ではそんな涅槃は少しも涅槃ではない。かえって我の大反対の無我にならなければいけないと主張してやまぬ。なぜかなれば、もし我があったなら、必ずそこには煩悩というはなはだいけないやつがつきまわる。その忌むべきところの欲しい愛しい可愛い憎いの煩悩があれば、そのところに業というものがある。業という一種のエネルギーがありますと、生死に流転することが免れない。そこで真の涅槃というものは、この生死輪廻の根本を断ち切ってしまったものでなければならぬ。その断ち切ってしまったものはなにかというと、無我の境界である。故に無我は仏教の大涅槃、すなわち仏教の最大目的といわなければなりませぬ。これが仏教の根底であって、涅槃はすなわち釈迦の大悟界である。仏教が幾派の多きに分かれていても、この涅槃という大悟界の思想を汲まぬものはない。そのいろいろな宗派に異なっておるのは、様子だけが異なっておるので、真の根本に至ってはいささかの違いもないのです。

 さてその涅槃はもとこれ釈迦の大悟界であるによって、余人はこれを外部からうかがったとて到底分かるものではない。たとえば水の冷淡なる味のごときもので、その水のほんとうの味はどんな味かと尋ねられても、こんな味であるといって、その味の加減を他の人に知らしむることはできますまい。涅槃界はそれと少しも違いない。涅槃界は元来、不可知的世界であるから、われわれは釈迦と同等の人にならなければそのほんとうの味が分からぬ。これを「二面烈破す。」(二面烈破)とか「余人の見ざるところ」(余人所不見)とかいう形容詞でようやく言い尽くしたものだ。かつて釈迦が多き弟子の中に一人を選抜して自己の大法を授けようとして、試みに金婆羅華を拈ぜられておったときに、多くの弟子のうちだれ一人として、その釈迦の真意を了解するものがなく、ただ師匠さんがなにをしておるのだろうくらいの調子であったらしい。ときに迦葉という智徳兼備の高弟がおって、その師匠なる釈迦の様子をご覧になって、なんともいわずただにっこり笑うた。そのにっこり笑うたのが実に千金の価があるので、われわれが笑うのとは雲泥の違いどころじゃない。大法の極致たる涅槃の真相においては、もとより授くべきなく受くべきなく、また言うべく論ずべきがないによって、釈迦拈花し、迦葉微笑して、互いに以心伝心の妙作用を起こしたものだ。畢竟この作用が迦葉において大いに熟練修実していたに相違なかった。それ故釈迦はただちに「われに涅槃妙心実相無相の法門あり、摩訶迦葉に付属す」というおことばと共に、金襴の衣を迦葉に授けられたのであったが、しかしこれは実地上の話であって哲学上の話ではないが、哲学的の解釈または論理上の解釈をいたしますと、涅槃の本体を言い表さんために、いろいろなことばを設けてある。通例用いられておることばには真如というのがある。真如とはもとより具体的の文字ではなく抽象的の文字で、真は真実、如は如是の義にして、通俗にいえばそのままということです。そのままとは少しも疑いも嘘もない天真爛漫の有様で、これを社会に応用すれば君臣父子、夫婦兄弟ちゃんとその関係区別を乱さずに相騈列し和合しておる有様である。こういう点よりいえば、真如または涅槃というても、遠きに求めるには及ばなくなる。われわれの足の下に真如の光が燦然としておるということができる。そこでこの真如について『義林章』には三一の異名を挙げ、『法華玄義』には一六の異名が挙げてある。唯心、中道、般若、一乗、一立体、一依、空性、如来蔵、仏性、自性清浄心、法身、不二法門、不生不滅、不思議、非安立、円成実、真如、法界、法性、不虚妄性、真際、不変異性、平等性、離生性、法定、法住、法位、不思議界、虚空界、無我、勝義(以上『義林章』に出づ)、妙有、真善、妙色、実際、畢定空、如々、涅槃、虚空、仏性、如来蔵、寂滅、中実理心、中道、非有非無、第一蔵論、微妙(以上『法華玄義』に出づ)などといってあるが、みなこれは釈迦の大悟の有様を説明せんとしておこった異名である。このように種々の異名を生じたわけは、仏教研究者の視線がいかに涅槃問題に対し、大いなる注意を払いしかを知ることができると同時に、仏教根本の思想、釈迦の大理想のいずれにあるやを知ることができて、われわれ修行者の方針が一定したといっても差し支えありますまい。すなわちわれわれは涅槃の楽地に至らんと望むものである。涅槃のなにものたるやはこのとおりでありますが、その道理をいかようにしたら説明ができましょうか。しかり涅槃の実在はこれを道理の上から説明しなければならぬので、その説明がすなわち哲学です。まずシナ、日本の仏教中この真如について成立せし宗派で、いかように異名を付け、かつ解釈を施しておりますかというに、法相宗にては唯識といい、三論宗にては八不といい、摂論宗にては菴摩羅識といい、地論宗にては阿梨耶識といい、天台宗にては三体円融といい、華厳宗にては事事無礙といい、真言宗にては阿字本不生といい、また大日如来、六大無礙ともいい、禅宗にては涅槃妙心といい、また正法眼蔵、仏心印といい、日蓮宗にては十界曼荼羅といい、浄土真宗にては極楽、安楽、安養、浄土または無量光明土、阿弥陀如来と種々の異応がついてありますが、これみな釈迦大悟底の涅槃そのものに対する思想の開展であろう。

 釈迦の大悟の境界たる涅槃は無量無辺、思議すべきにあらざるをもって、強いていろいろの名称は付したるも、いまだその真価を尽くしたものではない。もしこの涅槃を宇宙についていわば、宇宙の第一義である。宇宙の第一義はすなわち究竟的真理です。これの故に釈迦の大悟界の上よりいうときは、非説明的のものとなる。非説明的のものである故、言語文章の有形のものにては、到底知ることができぬ。もし言語文章にて意識しようとおもわば、すでに第二義に落ちるもので、これを身に感得領納せんとおもわば、すべからく釈迦になろうて身命を賭して端坐工夫しなければ駄目です。要するにわれわれの思想が有限なれば、言語文章みな有限ならざるものはない。しかるに宇宙の第一義は無限にして絶対であるから、到底有限なる思想や文章をもって尽くすことはできぬ。畢竟、不可思議不可商量になるもので、肇師が「理にあらざれば弁なきも、弁はいうことあたわざるところなり。」(非理無弁、弁所不能言也)とは実によく当たっております。これらのことは理論宗と実際宗を講ずるところにおいて再び講じましょうで、ここにはこれのみで略しておきます。

       第二節 仏教研究の方法

 仏教を研究する方法については、昔と今とは大いに異なっておる。今の仏教研究の方法をみるに、大体は注釈的研究、達意的研究、批評的研究、歴史的研究、比較的研究の五つに分かれておるようだが、そのうち最も学者のとるところは歴史的研究でありまして、達意的研究のごときはすでに過去に属しておる。しかして注釈的研究のごときは、今はほとんどするものがなく絶無という次第で、仏教のある一部の専門家が稍々やっておるに過ぎぬ。故に今日となっては「唯識三年倶舎八年」などという諺は、はやくいずれへか往き去ってしまった。

 さて前段に述べましたごとく、仏教の上に道理を主として説く部分がありますことを申しておきましたが、元来仏教は実行的のもので、決して理屈をいうべく世に出たものではない。しかるに今日となってみると、仏教はまるで理屈を並べる三百代言かのように心得ておらるる人もある。これは仏教にとってはなはだ痛惜の至りであるが、なぜ実行的のものが理屈を並べなければならなかったかというに、それは当時の宗教界の上からみてなんとも仕方がなかったのだ。すなわち当時インドにおいては多くの外道しかも九十五種の外道が、おのおの自家独特の論法をもって、さかんに自家領内の拡張に努めてやまぬときもあったから、釈迦もやむをえず理論をもって、彼らの迷信を打破すると共に仏教の真理を彼らに与えたので、その仏教の真理なるわけを説明したのがすなわち仏教に哲学の部分のあるところで、仏教が他宗教に比して堅牢抜くべからざる基礎のあるは、この哲学あるによって大いに意を強うすることができる。かく申しましたなら、論者あって難詰するでしょう、今日はすでに当時のような外道がおらぬ、おらぬからそのような哲学の部分など講ずる必要はあるまいと。予はこれに答えておかなければならぬ。それはなるほど外道はないが、外道の代わりにほとんど外道以上のいろいろの学問、宗教があって、大いに仏教に打撃を与えておる。しかし一方からみれば仏教のほんとうの研究も始まっておりますが、とにもかくにも仏教の講究は、今日の学問、宗教に対して仏教の真理を示さなければならぬ。その有様はむかしインドにおける外道と仏陀との関係と少しも異ならぬ。これもとよりしようがない。仏教には哲学的分子が多量に含まっておる結果で、なんとも致し方はない。仏教の存在する上はどこまでも研究し練磨しなければなりませぬ。ところが世間にこういうことをいうものがある。仏教はすでに三千年前のむかしにインドにて完成したものであるから、仏教は仏教という一個の固体的のものであるから、もとより独立なものだ、であるから今日となって他の学問を適用して、いかにも仏教を庇護するような具合に、くどくどしく説明などと大騒ぎをする必要はあるまいと。なるほど一応ごもっとものように聞こえますが、予よりみますと論者の言は時勢と境遇とを知らざる妄言とほか受け取れぬ。なぜなれば、今日はむかしインドに行われたような外道の教えはないけれども、その外道に代うるにヤソ教という大敵あり、理学とか科学とかいう実験上の学問があって、仏教の学問に食い込んでくる。先方はかようにして理屈の矢や弓で押し込んでくるから、仏教も哲学や法学を研究して、研究した結果を応用して仏教の真理を証明する必要に迫っておるのは、先方の矢や弓の理論に対して、当方にてもその難に当たるだけの鎗や鋒を磨かなければなるまい。予はかくのごとき方法によって仏教を説明するを名付けて発達的学風といい、むかしの仏教家のように楊子をもって歯をほじくるような研究の仕方を注釈的学風というのです。注釈的学風に重きを置く人をみるに、仏教は善も悪も少しも構わず、なんでも完全なるものと頭から断定してしまって、仏教のある本に首きり入れて一生懸命に注釈だけを試みるのみで、いや倶舎のこの字はどうだの、あの字はなんだのと末の末にのみ拘泥して、他をちっとも顧みない。ためにその識見、往々偏見固陋に陥ってしまって、融通のきかぬ人物を造ることが多い。なるほど仏教部内の専門家にあってはもちろん必要で、決して無用視すべきものではあるまい。けれども過ぎたるは及ばざるがごとしであるから、かかる頑迷は断然排しなければならぬ。かように仏教を研究し宣布したときには、せっかくの仏教も全く死んでしまうほか仕方がない。故に仏教の光輝をしてますます発揚せんとするには、今までのような注釈的学風を一変して発達的学風としなければならぬ。発達的学風は進歩であって、注釈的学風は保守である。これを歴史に照らしまたは事実にかんがみるに、保守のさかんなるところは必ず滅び、進歩の大なるところは必ず栄うるは明らかで、かのインドのような保守国は滅びかかっておるし、合衆国のごとき進歩思想の国は隆々の勢いをもって進みつつあるをみても分かりましょう。故に発達的学風によれる仏教は、諸学に照らして仏教の真理を比較討論するをもって一方は時勢に適し、したがってその精神を発揮することができるから、外の学校に行ってベースボールの競技をやるに似てすこぶる活物となりましょう。しかるに注釈的学風は前者とは大いに異なり、仏教内にとどまりて一字一句の注釈を専門とするに過ぎませんから、あたかも土や石のごとく幾千年を経っても更に成長しない。故に内に篭城するのと少しも異ならぬから、したがって仏教は死物となってしまうのである。今日以後の仏教研究者はすべからくこの点に注意しなければ、璞を抱いて空しく眠っておるのと異ならざるを得まい。

 以上において、予はもっぱら発達的学風は今後の仏教研究者ののっとるべきことであると説明いたしましたが、その発達的学風をとりて仏教を研究しましたなら、

 1 仏教に妨害なきや

というに、決して妨害などは少しもなく、かえって仏教を発揚することができることとおもう。元来注釈的と発達的とはその考えが根本において異なっておる。前にも講じたとおり、注釈的は釈尊の説法をみること玉のごとくにおもい、仏教のあらゆる道理は残らず説き尽くして少しも欠けるところがなく、誠にまどかなものだとのように信じておる。故に注釈的は大いに信仰の分子が含まれておって、釈尊の説といえば一字一句も加減のできぬ神聖のものと考えておるが、それに反して発達的はその名のごとく発達的に仏教を研究する学風であるので、仏教というものは釈迦が始めて種子をちょっぽり下したもので、いくらでも成長発達のできるものである。故にこれを花にたとうれば、前者の考えは仏教という美しい花が釈迦の時ことごとく開いてしまったから、もう再び花が開くどころじゃない、落花の時じゃからわれわれはその花を拾うて花の醜美を見ればそれで十分だという考え、後者は仏教は釈迦がわずかに種子のみを下しておいたのであるから、これからいくらでも成長発育が自由にできるものであると大いに希望を持っておる。けれども前者はすでに絶望である。

 かような次第であるから、仏教にはなんらの妨害はない。否、むしろ仏教に大貢献をいたしておるのです。しかるに世人は、ややもすると発達的の研究を悪しざまにいうものがあって、発達的学風のあるものを捕まえて外道視して、おもむろに排斥せんとする風が行われておるが、はなはだ考えのない愚者の見解と思う。仏教の関門をも通ったことのない人々は、仏教を目して退化の説であるというものがあるが、すべてものには表裏あり善悪あり退化あり進化あり、互いに相対峙しておるのが万物の通則で、万物はまたこの相対差別によってできておるのである。故にその一部分一方面のみをみて、仏教は退化だの進化だのと一概に偏し去るは、はなはだ当を得た説ではない。今仏教もある人々のいうごとく一方は全く退化説に違いないが、他の一方よりみるときは非常な進化説であるのです。全体、退化進化とはいかなることを意味するかというに、進化とは初め単純であってのち複雑になるので、退化というのは初め複雑であってのちに単純になるのである。今これを歴史的に研究してみても、初めは社会の階級がごく単調でなんの差別もなかったのが、ようやくにして士農工商の四つとなったのが、それからそれへと分業ができて、政府の組織ばかりでも数えきれぬほどになり、教育事業やら社会的事業やら、いろいろ複雑なる組織ができたのは社会の進化です。進化というはただ社会のみではない。かの宇宙にも同じく進化があって少しもやまない。すなわち星雲の渾沌たるものより千種万様の現象世界をなすに至ったのは、明らかな進化といわざるをえない。また単純なる一粒の種子より幹となり枝となり、葉が生じ花が開き、実を結ぶのみではない、科学的作用によって種々の植物が次第に繁簇するのはやはり植物の進化でしょう。そこでのちに立ち戻ってお話しをいたしますが、釈迦が始めて仏教という美しい種子を下せりという説からして考えてみますれば、もちろん仏教は進化せるものであって、その従来の歴史をみたならば、進化の原則を追うてきたものであることが明らかになりましょう。すなわち釈迦が在世のときは、もちろん一つほか仏教というものはなかったのが、一度ご入滅になって二〇〇年ほど過ぎるとまず仏教は二つに分かれ、それより次第に仏教がいろいろに分かれ分かれて、今日では十二宗三十余派にも分かれ、その上に新仏教などというような、仏教らしいような儒教らしいような、ヤソ教らしいようなユニテリアンらしいような妙なものができた。これもにわかに仏教の一片に相違ない。かくその組織が複雑になってきては、今後はなにほど複雑になるか予想するにさえ苦しむくらいである故、少しも退化などという分子を発見しないのになぜ、

 2 仏教は退化説を唱うるや

というに、これは見当が異なっておるのだ。前の、仏教は進化であるといったのは仏教を外部からみて断定したもので、退化であるというのは内部からみたものである。人は仏教の宗派がいくつにも分かれるから、仏教はなにほど進化するか分からぬというように、目を外部の運動にのみ注ぐからであるが、翻って内部をみたらどうです。甲の仏教宗派と乙の仏教宗派と形こそ異なっておりましょう。本堂の造りようから衣の様子、読経の末枝に至るまで異なっておりますが、根本主義に至って甲乙同一です。故に甲の主義が退化であれば、むろん乙の主義も退化であることは明々白々です。しかしそれというも、仏教を批判し理解するその人の智力いかんによって、たとえ内部であろうとも進化しないわけはない。そのことをのちにおいて講じまするが、今仏教の進化と退化との二方面を、樹木に比して講じましょう。諸君も知らるるとおりかの種子は外部よりみるときは、花もなく葉もなく枝もなく幹もなく、極めて単純なものである。けれどもその内部よりみるときは、たった一つの種子の中に枝となり葉となり花となり実となるべき、一切の原因はちゃんと包含してあるから、種子よりみたときは実に完全であるということができるも、もし種子がおいおい生長してそろそろ複雑になり、根幹枝葉が相分かるるようになりますと、葉は葉だけで用ができ、枝は枝にてそれ相応の用をなすも、その葉や枝の原因はもはやそのうちにそなわっておらなくなる。これがすなわち進化と退化との二適例であろう。仏教もこれと同じく内部よりみれば退化です。また物理学上に潜勢力と顕勢力との二つがあるが、種子の中には枝葉花実となるべき潜勢力を有するもので、この力が一度外部に発現して枝葉花実となれば顕勢力となるもので、世の進化というのはこの外部の顕勢力からみたものであって、もしその内部の潜勢力よりみたときには退化といわなければならぬ。そこで、

 3 両学風の帰結

を一言申しておきます。注釈的学風はしょせん物理学上の潜勢力をとるものであって、発達的学風は顕勢力をとるものです。故に注釈的学風は退化であって、発達的学風は進化であるが、これは元来その見様が違うのみで、どちらが是であるか非であるか、ほとんど弁別に苦しむものである。けれども今日の時勢に応じて仏教を拡張しようと思うたならば、退化的学風では到底無効で、ぜひその発達的学風によらなければならぬ。なんとなれば、退化的学風は保守で頑固で退嬰で、畢竟融通のきかないもの故、したがって活動の範囲が狭いから、仏教内部にのみ限って研究して決して他にわたらない。眼光豆大のごとしとはこれをいうので、進化的学風は進取的で開発的で達意的で批評的であるから、仏教以外に対して自由討究をなすものである故、いやしくも仏教の隆盛を期するものは、この進化的学風によって事業をしなければならぬ。多くの人の、仏教はどうもむずかしい、ちっとも分からぬと嘆くのは、ただに注釈的の学風のみによったからであったに違いないから、今後の伝道方針と仏教研究の方法は大いに注意しなければなるまいと思う。それについては、

 4 両学風の結合をいかにすべきや

を少々考えてみなければならぬ。この両学風を結合せんとするには、釈迦の説はどうも完全しない。すなわち主観上には完全であっても、客観上には至極不完全である。換言すれば説法をされた釈迦には完全であって、説かるるところの一般の人々には不完全であるということが仮定できる。釈迦その人の思想中には仏教もとより完全であろうが、これを外部に応用せんとするには一般の人々の智識にも応じなければならぬし、言語の制限はむろん受け、その結果は無限絶対の真理もまた有限相対となることは免れぬ。かつ説くところの一般の人々の思想がいまだ十分に足らざるところがあるから、説く方の釈迦の意を了解することが難しい。かの華厳会上これを聞くもの聾のごとく唖のごとしといってあります。であるゆえ予は説く方の釈迦にあっては完全であっても、聞くところの一般の人々にありては不完全であるというのです。たとえばある学校に先生ありと仮定して、その先生が高尚な道理を知っておっても、相手の生徒すなわち説かるるところの人々の智識は、その高尚な道理をいるることができなかったならば、両者の学風を調和し結合することができなくなるのと少しも違いない。果たしてしからば、

 5 両学風の調和を図ることを得ざるや

というに、決してそのように困難のことはあるまいかと思う。すなわち能説の上にありては注釈主義をとって、釈迦の説は金科玉条となし、説かるる方の一般の人々にとりては発達主義をとるときは、両学風は必ず相一致調和することができるだろうと思う。

 今これを釈迦所説の教理変理に照らしてみると、釈迦一代に説きし法は発達的学風を追うて説いたものであって、仏滅後数千年間にわたる歴史もまた全くこの風を追うて発達しておる。それはかような状態だ。釈迦一九歳(異説ありますが)にして出家せられて、三〇にして成道せられ、まず宇宙の第一義に契ることができたによって、欣喜雀躍のあまり相手の人々もなにもおかまいなしに、自己が悟ったままの絶対無限の真理をそのまま説いたものは『華厳経』でありますが、人々の智識がそれまでに進歩しておらず、釈迦も説法の態度に慣れぬものとみえ、やにわに自己の所説を述べたのでしたが、あまり高尚深遠で一般の人々には全く分からなかったから「如聾如唖」と申してあります。畢竟、折角の釈迦の説教も聾唖に終わってしまったから、やむをえないで小乗浅近の法を説いて、いささか仏教の入口を知らしめ、それより大乗の初門に移って段々と順序を追うて、ついに高尚深遠である一乗真実の法を説いたのですから、仏教所説の変遷は大乗・・小乗・・大乗と進歩したのです。これがすなわち釈迦三〇にして成道し、成道のとき始めて仏教の種子をまいて置いたために、それより芽が生じて小乗となり、その芽が生長して、しまいに花実という大乗を全うしたものである。かように釈迦の説法そのものにさえ変遷発達がある故、後世における仏教に発達のあるは当然のことで、釈迦一代の説法は発達的学風というも決して不当ではあるまい。すでに釈迦一代の説法はかようであるが、その釈迦の滅後における今日までいろいろに形が違って発達しておる。すなわち釈迦が滅してのち四〇〇年ごろには小乗教のみ盛んに行われて、大乗の教えを説くものがなかったが、六〇〇年ごろになってから馬鳴という大学者が出て、真如縁起を主張した(当時一般の仏教は真如というものは凝然として石のごとく、なんらの諸法をもなさぬと信じていたときであるから、霹靂の一声ともいうべきである)。これが仏滅後の第一着の大乗主張者で、今日多く行われておる『起信論』の著者です。その後仏滅七〇〇年ごろになって竜樹が出まして盛んに『智度論』『中観論』の主義を鼓吹したために、大乗教はますます隆盛の兆しをきたし、更に仏滅九〇〇年ごろになってから無著が出て大乗を説き、世親が出て『十地論』の主旨を開拓したにより、大乗の法門いよいよ盛んになり、爾後次第に発達して種々の宗派が生じ、三千年の長い時間を経過して今日に至り、わが国においてすら十二宗三十余派の多きに及んだ。これをもってみても、仏教には決して発達的学風のないわけはなく、かかる変遷の具合は全く発達的学風の順序によるもの、否、全くよったものといわなければならぬ。

 このように仏教が漸々発達して大きくなったについては、世人はここに疑いを起こし、仏教のかように大きくなったのは、

 6 他より余説を混加せるにあらずや

という者がありましょう。すべて物は大きくなったとか繁華になったりすると、種々の疑いやら羨望やら生ずるもので、仏教の疑わるるも無理はない。今日、仏教の宗派が十余派に分かれて雑然として相混乱しておるのも、時間上空間上共に一貫の理脈を存しておりまして、たとえ数千年間種々の変遷があっても、「一糸乱れず」で一道の真理がちゃんと備わっておるから、みな一仏教たることが知れる。あたかも豆大の種子と亭々たる喬木との間に、一貫の理脈あるのと少しも違わん。一粒の種子には本来もっておる原形というものがあって、その原形はこれに材質というものがあって、それあるがために生長するもので、すなわち樹木を組織する材質は他の栄養よりとるものであって、形と質とが相合して始めて樹木となるものです。仏教もこの理と少しも異ならぬ。仏教種子の原形内に社会万般の栄養をとり、これを同化して今日仏教の状態を現すものであるから、たとえ宗派の数が多くあっても、その間に一貫の脈絡が貫通しておる。脈絡の貫通しているのは、その形が甲乙共に同じいからである。すなわち原形においては、時間上三年以前も今日も少しも異なるところがなく、今日の幾宗何派と異なっていても空間上みな同一で、その真理においてはなんの異状がない。それは種子たる原理が同じであるからだが、材質に至っては各国の風俗、人情、習慣等によって異ならなければならぬ。かような次第であるから、シナの栄養を得て長ぜるシナの宗旨もあれば、日本の材料をとりてできた日本の宗旨があるのは、あたかも同種の茶でありながらシナの茶、日本の茶といろいろに異なると少しも違わん。けれどもその原形の異ならぬ上は、同一の仏教といわなければならぬ。この形の仏教各宗に遍在せることは、余がこれから説かんとするところであります。諸君はこの異なった点を前もって承知おきを願います。かような有様があるから、決して他より余説を混入しませんことを承知してもらいたい。

 かような見解をもって講究するものを発達的学風といたします。注釈的学風は従来その書籍もたくさんありますのみならず、またその方の専門学者もありますから、その方は仏教専門学者の託するところとして、余はその注釈的の方面には決してくちばしをいれませんで、発達的学風の方面によりて講究しようと思います。なぜ予は発達的学風によるかというに、今日わが仏教の周囲は他の宗教、学術に囲繞せらるるのときであれば、この中に立って仏教の真理を唱えんとするのは、あたかも古代インドに諸派の外道盛んなるときに当たって、これと競争せしような感があるをもって、これらの事情よりして勢い発達的学風によらなければならぬと考えた。けれどもその材質はおのおの国によって異なるごときは、すなわち泰西諸国の哲学である。それゆえ、よしこれをとると申しても、哲学そのものを仏教に混和するわけではない。ただ予は哲学の照魔鏡に照らし、もって仏教内部に包含せる真理を発揮しようという精神であるゆえ、仏教を哲学にしようというごとき見解が少しもないによって、予の本旨を誤らぬよう承知してもらいたい。

第二章 総 論

       第一節 仏教の目的

 前講におきまして、仏教は哲学と宗教との二大要素によってできたものであるということを概説いたしておきましたにより、更に進んで仏教の目的はどこにあるかを講述いたしましょう。もっとも仏教の目的、立脚地は釈迦の大悟界たる涅槃にあることを一言しておきましたが、それは目的を抽象的にお話し申しただけで、いまだ十分な説明ということができませんから、今ここにその目的の要旨を述べておきます。そもそも仏教の目的とするところは、

 1 転迷開悟

にあるのです。転迷開悟というのは仏教上の熟語でありまして、通俗にいわばわれわれの迷を転じて仏陀の悟を開くということである。そこで迷悟とはどういうことであるかというに、迷はマヨイであるから、予が前に述べた可知界すなわちわれわれの現象界です。現象界はすでにわれわれが十分に経験してあるごとく、我他彼此の相対があり、善悪醜美の関係あり、上下左右の区別があって、平等単一というわけには少しも行かぬ。平等でないによって、われわれは不平等なる現象界の波にうごかされて、ここに迷いという精神的異状を起こすので、その結果が憂うべからざるに憂い、笑うべからざるに笑い、悲しむべからざるに悲しむような、誠に浅はかなことをやるので、また少しも頼みとするに足らぬもので、生滅変遷は免れず、時々刻々変化は免れず、ちょうど波の大小あるごとく少しもとどまらぬから現象界を可知界といい、また迷界ともいうものです。しかるに悟界に至ればもちろん涅槃界でありますから、生滅増減の起伏なく、愛憎苦楽の感がなく、茫然平等でありますゆえ、現象界を可知界というに反して、悟界を不可知界といいます。故に可知界たる現象界を万法、有為、有漏、有我、事界ともいい、不可知界たる悟界を実体、無為、無漏、無我、本体ともいうので、転迷開悟というのはこの可知界を転じて不可知界の花を開くというのです。仏教の目的はこれをおいて他に道がないのです。

 かように申しますれば転迷開悟の解釈もはなはだ単純なるもので、可知界と不可知界とはいかなる関係区別があるや、ほとんど五里霧中に通り過ぎたような感がいたしますによって、今少し、

 2 本体(不可知界)現象(可知界)の関係異同

を講じおくの必要あることと思います。そもそもこの両界の説明については古来いろいろの議論あるところで、今日においてもいまだその解決をみないくらいでありますから、諸君はこの二者の関係異同を十分に研究する必要があることと思う。もしこの二者の説明が完全すれば、仏教の大要は明らかになったものといって差し支えない。

 そもそも本体論は仏教の根本原理であって、また仏教の最高理想の宿るところであるゆえ、釈迦の大悟の境界として考えても、また宇宙の第一義であるとしてみても、仏教界の人々は全力を注いでその研究に従わなければなるまい。もっとも本体論のごとき不可知界の有様を研究せんとするにはなかなか容易のことではなく、すでに研究せんとすれば第二者に落在するものであるから、達磨大師も教外別伝といわれたのです。故にその実地に至らんには相対的個人が絶対無限界に対し、直接的に感応道交し、この個人とかの個人と相一致し、かれこれの間に一髪のいるべきなきに至らなければならぬ。すなわちこれが師資証契即通のところで、言語文章をもって他に知らしめるわけにはいかぬ。

 そこでその本体なるものは一つか二つか、ただし幾個あるかというに、積極的方面よりみるときは一分説より二分説までに分かれておる。まず一分説についてみるに、真理は元来一つである。釈迦の大悟界たる宇宙の第一義は決して二がないので、ただ一つであるに相違なし。けれどもその写象においていろいろ異なった結果が、その第一義に対する名称に種々の異名が与えられたが、なかんずく真如の名称は一番多く普通に用いられておる。しかれども「真如」ということをわれわれが口に発し筆に載する上は、はやすでに第二門に落ちたもので相対的です。思うにわれわれが考うるとか、説くとかいうことはすでに相対を現じておるもので、われわれが真如といえば、はやすでに生滅界を他にみて、比較的に相対する意を含むので、もしこれを哲学的にいえば、絶対といって相対にくらぶことになり、倫理的にいえば、真善と称して罪悪に対することになり、宗教的にいえば、安楽と説いて苦界に対することになり、仏教の上よりいえば、凡夫に対すべく、涅槃と説いて生死に対するようになる。このようにいろいろと名称の変更するわけは、可知的と不可知的とを仮に区分し、可知界すなわちわれわれの境界を標準とし、その反比例として不可知界の本体の名称に変更のできたものとみてよろしかろう。かような次第であるから、ここに二分説が起こるのである。二分説とは、真如は元来、唯一不二にして二つとか三つとか、そのように数の多いものではない。数がいくつもあったならほんものではない。けれども真如を絶対無限としてみると、いよいよもっていろいろの属性が出るので、かつ前にもいったような具合に、説明となるとそれは相対的に下らなければならぬ。相対的になるとその説明が二分にも三分にもなるので、「最清浄法界に於て開て理智二門となす即ち菩提涅槃の異也」(『華厳玄談』)とは明らかに二分ほどの例であろう。しからばその二分する説明はいかにするかというに、それはもとより一定しておらぬ。寂、怒のごとく消極、積極の二方面に分かつものもあれば、止観、定望のごとく主観的精神作用に分かつものもあり、理、智、脱義、金剛のごとく、物質的と精神的と主観客観の二元に分かつものがあり、あるいは法性、方便寿命、光明のごとく、擬人的に体と用とをもって分かつものもあり、かように本体界を説明するために分かつてあるのは、属性のしからしむるところで、もとよりやむをえぬのです。すでに二分した以上には、また分かれて三となるはただ本体説明上のみではない。すべて物の性質はそうである。すでに有形の事物にその発展があるごとく、無形の論理思想においてもこの開展法があるので、もしここに甲と乙との両論相分かるることがありと仮定せんか。ただちに両者の互いに反対の意を含むのであるが、その反対の間を調和すべく第三の調和説が出るのです。かような順序になっていくのはすべて物の性質で、またかくなければならぬのです。それとひとしく真如は唯一であるが、解釈せられて寂と照との二に分かれ、更に三分となるは勢いのしからしむるところ。かようなわけで天台一家においては唯一実相(すなわち真如)を三分して空と仮と中との三諦にしたのです。この空仮中も前の一分、二分説と同じく種々の異名があるけれども、この三諦はのち別に詳述する考えなれば、三分説はただその名を挙ぐるのみにいたしておきます。このほか四分説、五分説等種々ありますが、あまりわずらわしくなるゆえ略しておきます。

 とにかく唯一の真如、すなわち不可知的世界の有様をことばで表さんとしたために、さまざまの説が出ましたが、名は異なってもその意は少しも異ならぬ。みな実体界を説明せんがために、いろいろ異なったことばと文字とを用いられたもので、要するに本体界の不可知的世界は、実地修行底の人でなければよく明了になることはできぬのです。しかしなんとかいわなければ表明することができませぬから、ここにしばらくわれわれの言語をかりて本体界の有様をおぼろげに言い表したものなれば、諸君が実際の悟界を開いてみようと思うには、更に一番工夫しなければならぬ。

 今まで講じましたのは、仏教成立の根本中心たる悟界のことを説明したのでありますが、すでに中心たる根本のある上には、これに対して外観ともいうべき現象界すなわち可知界の説明がなければならぬ。仏教のことばでいえば、迷いの世の中の有様を説明しなければならぬのです。諸君も知らるるごとく、波と水とは元来別物ではあるまい。けれども説明するにはどうする。湛然たる水とそれから怒声を放ちておる水とは、その形において異なっておるでしょう。それと同じく真如の外になにものも存在しておらぬでしょうが、真如が本体であり、かつ中心であるといたしますと、勢いその外観たる現象を説明しなければならぬ。なぜなれば、その現象界を説明せずしてひとり真如界のみ説明しますると、仏教の作用というものが少しも分からなくなる。仏教は常に悟界と迷界との間を入出往還する橋のごときものであるので、真如界たる悟界のみを談ずれば、まるで片ちんばの仏教となって融通のきかぬものとなるはもちろん、仏教組織の系統線がちっとも分からなくなるゆえ、その本体界たる悟界に対して、現象界たる迷界を説明すべきの必要を認むるのです。

 本体と現象との区別を学術界に例をとってみましょうならば、哲学者の担任して研究しようとするものは中心的本体であって、もっぱら不可知的世界の方面にむかって研究の足を進めて行くので、それに反して各学科の分担して研究するものは外観的現象の研究で、その範囲は可知的世界にとどまるのです。およそわれわれの耳に聴き、目に見、口に説くところのものは、生死、凡聖、苦楽善悪、上下、醜美というように、物がみな相対的にできておるが、これに反して中心的本体たる不可知的世界は真如絶対、真善の名の下にできておる。一言にしていいますれば、現象はわれわれの経験し得るいわゆる娑婆世界なりと知ればよろしい。

 かように申せば、本体と現象とは全然別物のように考えらるるでしょうが、元来本体と現象とは別物ではない、ただこれをみる智識の程度によって異なるのである。故にこの二個の区別についても少しでも進歩した智識のある人は、その人の心の写象いかんによって、本体となし、また現象ともみなすのである。これによってみると、われわれの智識の程度にいくたの階級ありとすれば、したがって本体といい現象というもの、いくたの段階がありと仮定しなければならぬ。すでに仮定であるから、外観たるべきものも比較上本体というべく、また本体たるべきものも比較上現象ということはできぬ。たとえば下地獄界より上仏界に至るまで十界の階級がありますが、この十界の階級というものは主観的智識の段階をもって分かちしものというべく、また道徳的高下の善悪によって分かつたものだということができる。これを本体と現象との二つに区別するは比較的仮定説である。それ故、ある方面に比較して外観的現象というも、更に他の方面よりみて中心的本体ということもできましょう。かようにその人のみる智識の程度いかんによって、いろいろと見様が違う。同じ一つの富士山であっても、見るところの場所が異なれば、その形が違うのと少しも異ならぬ。しかしその中心の極はなんだかというに真理である。真理の極はしからばなにかというに真善の極である。真善の極は真美の極であって、真善美の極はすなわち仏界(悟界)と称することができますが、これに反する外観現象の極はなにかというに妄想です。妄想の極は罪悪、罪悪の極は苦痛、苦痛の極は地獄(現象界の一部)ということができますが、このように解釈するのは哲学思想の実際的応用に出でたる宗教的解釈であるということができる。故に現象界は十界にも区別されておるが、要するにわれわれ精神作用の差別であるというて差し支えない。

 上来は実体と現象との区別だけをお話ししたのであるが、これにてやめておいては両者の関係異同がほとんど不明了に終わる傾きがあるゆえ、簡略に、

 3 本体現象の異同について

一言しておく必要があることと思う。けだし両界の異同論は古来哲学上の大問題であって、わが仏教界においても古来より二派に分かれて大いに諍論しきたるものであれば、今ここに詳しく述ぶることはもとよりできぬ。ただその梗概を述ぶるのみであるが、全体仏教において本体現象の関係を説明するに、縁起という語を用いる。世人は縁起がわるいのよいのといって善悪の意に用いますが、それははなはだ誤っておる。縁起ということばは因縁によって種々の現象界の事物が生起するという意味で、本体界よりいろいろの現象が生ずるというのである。この説を明らかにするためによく水波の比喩を用います。すなわち水という本体から現象という波が縁によって起こると説いてある。そこでこの縁起説を大別いたしますと、業感縁起、頼耶縁起、真如縁起の三派となるのであるが、その解釈はのちになって詳しく述べますので、ここにその大要のみを講ずるならば、業感縁起とはわれわれが朝より晩に至るまで、することなすことみな業となって一身に付着しておる。それがわれわれが死ぬと第二の世にわれわれが生まるるときに、その業の善悪軽重によっていろいろの果を感得するというので、この世界は業なるものの集合であるかのように説明するのが業感縁起説であって、この説は小乗教の説明するところ。つぎに頼耶縁起というものは、われわれの心の本体を指して第八阿頼耶縁起といいますが、それを略して頼耶縁起というので、世のあらゆる現象はこの頼耶なる心から生起するものであると説明する。これは前説よりよほど進歩した説で、准大乗教の必死となって主張するところです。つぎに第三の真如縁起というのは馬鳴の『起信論』より出たもので、前にしばしば説いたとおりですからここに再説を略しておきますが、かように三縁起のある中で、たとえ頼耶縁起を主張しても、いまだ真如縁起を論ぜざる人々は本体と現象は別ものとして二者融合せしめない。しかるに真如縁起を主張し無尽縁起を論ずる人々にありては二者同一として、決して別物とみない。今、頼耶縁起を主張する人々をみるに、およそ現象は生滅変遷を免れない無常物であって、相対有限でないものはない。しかるに本体はこれに反し生滅変遷あることのない常住物で、したがって絶対無限といわなければならぬ。しかれば大いにその性質相反対しておる。性質の反しておるものは同一でないことは明らかである。故に本体の真如と現象の万法とは別物であるといわなければならぬことになる。しかるに真如縁起を主張する人々をみるに、まず生滅変遷する現象はなにによって生ずるかを問えば、もちろん不生滅なるものによると答えなければならぬ。この問答はあたかも波はなにによって生ずるかと問えば、水によると答えざるを得ないのと同一である。果たして波の水によって生ずるがごとく、差別の諸法は無差別の真如によって生ずるものであれば、差別と無差別と性、相反対するにもかかわらず、真如と万法とは全く同一なるものといわなければならぬことになる。この両説でいずれの説が同論でいずれの説が異論であるか、ご了解のことと思います。

 ここにおいて両説を批評して断案を下しておこうと思う。前者の体象各別論を主張したのは、現象界説明の必要上やむをえざるによりしもの、後者の体象同一論は本体界説明の必要上より起こったものと断定するにはばからぬ。思うに差別なる現象を説明しようとするには、無差別なる本体と別物であると仮定しなかったならば、差別界にむかいて個々別々の特色を説明することはできない。故に真如縁起を立てないのは、体象不同一論を立つる一原因であろうが、主なる原因は差別なる現象の説明を本としたからである。しかるに差別なる現象界を説明しようとするよりも、むしろ無差別なる本体がなんであるかを説明せんとするものは、勢い体象同一論を主張して、各現象は本体の外にないと説明しなければならぬ。要するに実際は同一であっても、現象において区別しなければならぬ理由がある。たとえば水、氷、湯、みな名は異なっておるがもとは水である。名の異なるに従って説明を異にしなければならぬと同じく、いかにもとは水であったとて名が異なり形が異なった上には、自然、説明をことにするは普通の理であるからしようがない。この説明と同じく本体と現象とにおいて異なるごとく論ずるのは、畢竟しようがないので、もとより異体別質のものはないのである。これが両説に対する予の断案です。

 しかるに迷悟の語を用いる訳柄は、畢竟仏教は宗教であるからです。仏教の中には哲学と宗教との二部分があるけれども、真正の目的はいずれにあるやというに宗教にあるので、ただその哲学は道理を説明せんためのものにほか過ぎない。前にも一言したとおり、哲学の本務というものは可知的より進んで不可知的を探究するので、たとえば蛇が蝦の道を探って蝦を獲るのと少しも違わんが、仏教はそんな蝦を探して獲るようなことはしない。実際上迷界を去って悟界に至る道筋を教うるもので、路傍に停立しておる巡査のようなものである。その親切な巡査という仏教によって、虎狼のような迷いの世界を去って悟りという清瓏玉のごとき世界を開くのが、転迷開悟というのですが、しかしその悟りを遠きに求むるに及ばぬ。脚の下、頭の上みな悟りの光に満ちておることに気がつくのが一番肝要だ。

 あまり話が複雑になって転迷開悟だけについての講述が長くなりましたが、以上の説を要するに仏教が転迷開悟を目的とする点は、仏教の宗旨たるわけであって、その哲学を兼有するのはその目的を達する方便に過ぎませぬ。しかしこの方便が実際非常な価値のあるので、この方便によって仏教の道理を説明することができ、しかのみならず現今多数の宗教の中で、どの宗教が最も多く哲学的組織によってできておるかというに、それは仏教に及ぶものはない。予のかつて仏教哲学と呼んだのも決して不当の用語でありますまい。

       第二節 理論門応用門

 前にも申しましたとおり、仏教の組織は哲学と宗教の二大鉄柱よりできておりますから、堅牢無比なることこの上ない。かような堅牢なる宗派はいずれの宗教にも見いだすことができぬほどで、あまり堅固過ぎるくらいであって、その組織の一部分なる哲学の方面を理論門と名付け、宗教の部分を応用門と名付くるのです。理論門は可知的世界の現象より次第に研究し進みて不可知的世界の実体を推し究め、その実体がわかったならば理論門の研究は尽きてしまったものであるが、いくら研究しても理論では到底推究し尽くせませんが、方針がかようになっておる。故に全然、研究的懐疑的であるが、応用門はその性質として研究はいたさんので、すぐに不可知的の実体を確信して、その実体に到達しようとする方法を講ずるのが応用門の方である。故に全然直覚的信仰的である。けれども同じ仏教でありながら、宗派の異同によりて多少はその説明は異なっていますが、それはその見様が左よりするのと右よりするのとの差あるのみで、目的はどの宗派とてちっとも異ならぬのです。古歌に「雨霰雪や氷と隔つれど落つれば同じ谷川の水」とは、この道理を説明したもので、帰着するところは「水」という同一仏海に帰入するのですから、仏教研究者はその方向を誤らぬように願います。

 1 予が講述せんとする仏教

 以上、仏教の組織目的等のお話が終わったによって、これより予は講述すべき仏教の種類をお話ししようと思います。思うに仏教の宗派はインド当時においては小乗中に諸派が分岐しておるのはたくさんでありましたが、大乗はあまり多岐にならなかったが、シナに来てからというものは、ようやくその数が増して小乗教の諸派よりも上になった。ことにわが国に伝わってからは、一層その派が増して十二宗三十余派の多きに分かれた。今よりみるとその仏教宗派は大抵大乗仏教であるが、今よりみまするとその進歩の著しきと増宗の多きに一驚するほどである。そこで予が講述しようというのはインド、シナの仏教には少しも手を着けず、もっぱらわが国に流布されたのちの表に掲げました諸宗(もっとも日本に一時行われた仏教の宗派をみな数えますと一五宗ほどになりますが、そのうち一まとめに講述し、または一宗だけに講述することもありましょうから、あらかじめご承知を願いたい)であるが、現在わが国に成立、仏教宗派として行われておるものは(1)天台宗、(2)真言宗、(3)浄土宗、(4)禅宗、(5)真宗、(6)日蓮宗、(7)時宗、(8)融通念仏宗、(9)法相宗、(10)華厳宗の一〇宗で、そのうち禅宗は分かれて曹洞、臨済、黄檗の三宗となっておる故、総計一二宗である。しかし余の講述せんとするのは決してこの一〇宗に限らんので、この他、倶舎宗、成実宗、三論宗をも加えて講述せんとするのです。この三宗をさきの一二宗に加えますとちょうど一五宗になるので、かようにいろいろと宗派が分かれておりましても、また理論の上に浅深高下の別があっても、はたして応用の上に遠近内外の別があっても、いやしくも一宗派たる上は理論応用の二門よりできておらぬものはない。かつまたこのように宗派が種々に分かれておっても、これを一貫するところの理脈というものがちゃんと存在してあるから、これを一仏教ということができる。

 そこで余の講述せんとする仏教の宗旨を大に分けますと、

 2 理論宗、実際宗

の二宗となる。理論宗はその名のごとく理論を主として説くものであって、実際宗はこれに反して実際を主とし

  仏教 理論宗(理宗) 有  宗 (1)倶舎宗

                  (2)成実宗

             空  宗 (3)法相宗

                  (4)三論宗

             中  宗 (5)天台宗

                  (6)華厳宗

                  (7)真言宗

     実際宗(通宗) 禅  宗 (8)臨済宗

                  (9)曹洞宗

                  (10)黄檗宗

                  (11)日蓮宗

             浄土諸宗 (12)融通念仏宗

                  (13)時宗

                  (14)浄土宗

                  (15)真宗

て立つるものである。理論宗を更に有空中の三宗に分けてこれを表すると右のようになる。故に余の講述せんとする仏教は、すなわちこの表によるものと承知を願いたい。

 ここに注意しておくことは、この表は歴史的に配列したものではなくして、教理の順序によったものであるから、これを歴史的に研究するには別に方針をとらなければならぬ。

 

     第三章 理論宗総論

       第一節 理論宗の目的

 仏教を大別すると理論宗と実際宗との二つに分かれておるが、その理論宗はどのような目的を持っておるか、それを一言お話しいたしておきましょう。理論宗の目的は哲学的理論によって天地万有の本体を究めんとするものである。言を換えていえば、万法より進んで真如の実在を論明するにあるのです。われわれが一度目を開いて天地自然の現象を見たらどうです。大きなものには天地山川が自然の法則によってちゃんと整列しており、小さなものに至っては昆虫魚介に至るまで雑然として混乱しておる。まことに社会の現象、自然の状態というものは複雑にして、いずれより手を出してよいやらほとんど分からぬくらいである。けれどもこれを推し究めてみるとその実、単一平等の理体の上にできておるものということが知れる。ちょうどその様子は水と波との関係のごとく、いかに波がその様子を変えたとて水はどこまでも水に違いあるまい。すなわち万法を分析して概括してみると、そのうちに遍在する一貫の理脈を発見することができる。この一貫の理体はすなわち真如の理です。真如の理体を推究するのが理論宗の目的で、したがって哲学的分子の多きことも承知を願います。

 1 真如万法の関係を評す

 すでに真如の存在を認むることができましたならば、ここに万法の関係問題の起ききたるは当然です。この問題は前講にもしばしば講じたとおり、古来よりの大問題であって容易に解釈ができませんが、まずこの問題を解するものの言を聞きますと、この世界は様子だけはいろいろに異なっておりますが、その異様なる世界には根底にただ一つの真如というものがあって、真如からいろいろの世界の現象ができておるので、現象は実在しないものである。実在してあるかのごとくに見ゆるのは、畢竟われわれの迷いであって、われわれは一生迷いの雲に覆われて現象の状態を見る者であると説明するのが、万法虚無論者の主張するところである。けれどもこれは大いに一考すべき点で、われわれは実に存在しないものを認めて存在するものとなすことができるならば、現にわれわれがこのように生存しておるのも、畢竟生存しておらぬということができましょう。すでにわれわれが生存しておらぬまことに幽霊にも劣るようなものであるならば、われわれによって知らるる真如の実在も、またわれわれによって説破された万法も、また万法を虚無なりと道破した思想も、ことごとく虚無であって存在しておるものは少しもないということになるが、かかる論理は普通の常識をもっておらるる人には、到底信ずることができまい。また真如という実体が万法より推し究めた結果として、ようやくその実体を分かったにしようが、虚無な万法からしてどうして真如を求むることができたか、万法は水泡のごとくに不確実で少しも信ずることのできぬものならば、その不確実なる万法よりして得たる結果も、また不確実という断案を下すことができることと思う。それと同じく真如が確実なものであるならば、その確実なる真如より生じた万法は、もちろん確実なものと信ずることができましょう。このように真如万法の関係問題は、最も困難なる問題であって、ただに仏教上のみでない哲学上においてもまた一つの大問題でありまして、哲学上のいわゆる単一雑多の関係問題はこれに外ならぬのです。

 2 真如(単一)万法(雑多)の関係問題を決す

 われわれ目前の世界を見るに、すこぶる雑多なもので、日月星辰、山川草木、禽獣虫魚に至るまで参差たる区別とその変化の様子とは、到底口や筆に書くや言うなどとは夢にもできない。かようなむずかしいものがただ一つの器械によってちゃんと整頓する。それはどんな器械かというに理学、化学という道具である。この道具にて探ってみると、かように複雑の世界も僅々六、七十の元素というものからでき上がっておることが判然とわかる。それと同時に哲学の上からいっても、この雑多なる世界を結合する一つの道理がある。すなわち世界というものから眺むると複雑なものであるが、道理の上からいいますと単一なもので、見様一つでどうにもなる。故に理化学上、元素という上からいいますと数十種の区別になっておりますが、物質という上からいいますと天地間の現象なにものでも、物質という一つのものの中に収まるのです。かような点よりいいますと、この世界はむろん単一のもので決して複雑のものではない。かつまた歴史の上からみましても、今日は森羅万象その数無量でありますが、世界の本源にさかのぼってみたら、今日のようなあまたの事物は決して存しておらなかったに相違ない。ただその初めは渾沌たる雲気が宇宙の間にぶらぶらと動いておったので、この雲気を天文の上から申すと星霧と名付けてありますが、この単純な星雲からついに今日のような複雑極まるもろもろの現象を呈したので、驚くべき有様です。しからばいかにしてその単一なるものから雑多を生じたか、この解釈になりますといつでも困るので、理学者も哲学者も頭を痛ます問題です。この難問題を解するものの様子をみるに、一は単一を原理と立つるものと、一は雑多を原理と立つるものとの二論がありまして、もし単一が根本であるとすれば、いかにして単一なるものから雑多なる万象ができたか、もしまた雑多が根本であるならば、雑多なものからいかにして単一なるものができたか、いかに総べり回らしても解決ができない。これと同じく仏教の上にて真如万法の関係はもっとも困難な問題であって、もし万法より真如を生ずとすれば、真如は万法の中に包含せられておるものか、もしまた真如から万法が生じたというならば、何故に単一平等なものから雑多差別ができるか、議論ここに至るといかなる論者でも満足な説明を与えることができない。もしこの両者の関係が明らかに決定したならば、まず人間の研究すべき問題がその終極を告げたといってもよかろう。いにしえより儒教において理気の説があるが、その説によりますと人々の心に善悪の別あるは気質の上にあるもので、気の本源たる理になりますと、善とか悪とかの差別がないといってある。しからば哲学上、一と多との問題は取りも直さず儒教の一問題である。かつヤソ教で神が世界万物を造ったという説もこの問題の一つであって、世界創造の根本原理の説明に困って、神というようなことを唱えだしたのである。当時はそれでなんとも論難するものがなかったろうが、今日となってみると百難排斥という有様で、元来神は純善純良の体であるのに、何故この世界に善と悪との二区別が並行せらるるか、神は万善万能のものであるならば何故この世界に罪悪があるか、などというむずかしい問題がやはり出ておる。もちろんそのいわゆる神というのは万能であるから自由の力をもっておる故、随意に善悪を造ることができるものだとするから、多少その形式は異なっておるけれども、これを説明するに当たって困難なるはいずれも同一である。例すれば純善無悪の神の体より悪を生じたるは神の勝手であると解釈いたしましょうが、何故に神は悪を造ったかという本元に至りては最も困難な問題で、この問題を甘く調和しようと思うて、神学上いろいろな弁解をなすものがあるけれども、畢竟付会説たるを免れない。もし独断的に解釈して、そのことは神の深い意より出でたることであるから、われわれは到底理解のできないものなりといわば、理論もなにもなくいとやすく局を告げるでありましょうが、そのような弁解は到底道理上許すことはできない。しかるにある人がかように弁解した。すべて世には反対の性質のものがなくては世というものは進歩しない。それ故に人をして善に進ましめようとするには、必ず一方には悪というものを置かなければならぬ。悪という刺激があると、やむをえず善に向かって進むものであって、もし悪がなかったならば善をなすものはないと申しておる。けれどもこれは一つの遁辞である。いやしくも神なるものが殊更に善悪の二つを設けて、善を勧むるにその反対の悪をもってするなどというのは、畢竟神のおもちゃに過ぎない。ブルーノなどはかようなことをいっておる。この世界に本来は善とか悪とかの一対のものはなくて、ただ善一つのみ外なかった。そこでわれわれの一身を顧みるに世界全体中の一分子である。この一分子は全体によって成立して、決して孤立しておるものではないことを考うれば善である。しかるに一分子は自立独存しておるもので、決して他のお世話をかりないと、ただにその部分に固執するときは悪となるのだと説明しておるが、この説はやや哲学上の道理に契発するものです。たとえば宇宙そのものには東西南北の区別などはなかったのだ。それを今日は平気で用いておるのは、人間が勝手に付けた便宜上のことで、宇宙そのものはちっとも関係しない。故に東西南北なるものは場所の変わるごとに変わるもので、宇宙にはなんらの影響もないのです。そのようにないものならば、何故にあるのだというに、それは一部分に身を寄せて考うる結果なので、今われわれが自己一人の上に考うれば、自他の別を生じ利己自愛の私心というものがしたがって起こるので、これがいわゆる悪である。もし自己が宇宙の一部分であるということを悟って、全体の上を考うるようになりますと博愛の公情が起こる。これがすなわち善です。この説は仏教においてももっぱら説くところであって、その教えの無我を本とするは、この道理があるからです。要するに道徳上ならびに宗教上において、善よりしていかにして悪を生じたかというは実に一大問題であって、哲学上において単一よりいかにして雑多な現象を生じたかというもまた大問題であるが、極局この問題の解決は、前講に説明したようにしなければ解決することができぬによって、これより有空中の三宗論について講じようと思う。三宗論に至れば明らかにその解決がみえることと考えます。

 

     第四章 有空中三宗論

       第一節 仏教と純正哲学

 以上において理論宗の理論のなんたるかを説明したによって、これより一多関係論すなわち真如万法の関係論につきて、有空中三宗の論ずるところを述べましょう。

 仏教は哲学の道理に基づき、思想発達の順序によりて組織せられたものであることは、予がしばしば論じてあったが、仏教の有空中は全く思想発達の順序によるもので、予の哲学というのは純正哲学を指すものであって、純正哲学はいかなることを研究するものであるかというに、純正哲学は事物の本源実体、あるいは原理原則、あるいは真理の標準、あるいは一切学問の根拠を研究するものであって、なかんずくこの学の主として研究するところは、物の実体、心の本性、および神の本体はいかなるものかという三大問題につき研究するにあるのだ。この三問題はただに哲学だけの専有問題ではない。すべての学問は物と心と神とのいずれかの問題の一に基づかぬものはない。純正哲学で物と心との関係の理を研究するときに、必ずこの三問題のいずれにか逢着するもので、今日となっては学問が非常に進歩したために、普通の道理は大抵説明することができましたが、いまだ実体上の説明すなわち三大問題の決着点に達しては不明了の部分がまだまだ多い。たとえ理学がなにほど進んだとて、一切の道理を説明することはできない。故にこの根本問題が明らかになったならば、天地間一切の道理の明らかならぬことはない。

 今、哲学上において物と心との関係を論究したその最極が二説となった。すなわち物心一体説と物心両存説との二である。物心一体説の方を一元論と申し、物心両存説の方を二元論というのでありますが、また一つには物も心も共にないと論ずる説もある。これを虚無論あるいは無元論と名付けてある。また一元論の中で心の外に物は少しもないというものあり、これを唯心論といい、物の外に心はないというものあり、これを唯物論という。分類しきたれば、このようにいろいろと説がちがっておりますが、およそこの世界に物心の両存するのはだれしも疑わぬので、吾人ひとたび目を開いたときには、万象の森羅としてわれわれの眼前に呈供するではありませんか。大山巨河を始め蛆虫に至るまで、みな万象の当相で、すなわち物であろう。しかしてここに物あると知るものはなにかというと、われわれの心のほかだれも知るものがない。けれどもわれわれの目に見るところの事々物々は、物そのものではなくして物の現象である。これを哲学の語にて物象というのです。ちょうどわれわれが物を見るというのは、鏡に物の写るのを見ると少しも異ならぬ。それと同時にわれわれが常に心であるとしておるものは、われわれの見たり聞いたりする物象の内界に現れたものであるからして、心そのものではない、すなわち心の現象であるゆえ、これを心象というのです。すでに現象のある上は、その本体は必ず存しなければならぬによって、ここに物象心象があれば、これが本体たるところの物体心体がなければならぬ。けれどもその本体はわれわれの知ることのできないものである。故に二元論中には、物象心象上の二元論と物体心体上の二元論との二種がある。通例のいわゆる二元論は、前に申した現象上の二元にしてリードなどの唱うるところです。また後の本体上の二元論の方はカントの主唱する説である。また心と物との二つの関係を論じてその本体に達するに至りてこの二者を結合するために一元を立て、名付くるに神あるいは理想の体といたしますが、この説は理体一元論です。けれどもその神というのはヤソ教のごとき人性的個体的の神ではなくして、理想の体に名付けたものである。故に体というのです。かようなわけで純正哲学に物体哲学、心体哲学、理体哲学の三とおりができたのです。しかるに哲学たるものはこの三種の体があるかないかを研究するもので、たとえば技手が鉄道線路の検査をするようなもので、その本体というステーションに到着するには技手では駄目で、宗教という汽車でなければならぬ。故に宗教にもしたがって三種の区別が生ずるのである。表にすれば左のごとし。

  哲学 物体哲学

     心体哲学

     理体哲学

  宗教 物体宗

     心体宗

     理体宗

       第二節 有空中

 前講のように分類して仏教をみると、仏教に有空中の三宗があることを知らるるでしょう。もちろんその順序は物心理の順序によったもので、今便宜のためその梗概を表にて示さん。

  (1) 有宗・・有は「アル」という字ゆえ心も物もみな共に実存すと説く・・・物体宗……小乗

  (2) 空宗・・空は「ムナシ」という字ゆえ心も物もみなないと説く・・・・・心体宗……権大乗

  (3) 中宗・・中は前二者に反し非有非空と説くので仏教中最高の教えなり・・理体宗……大乗

この表でもって仏教の分類せらるるわけが分かったであろう。そしてこのように有空中と三宗に区別したのは、釈迦自ら区別したのではなくして、滅後の学者が自己の見識で釈迦が一代の間説いたところの経巻を分類したのである。天台の智顗はこれを空仮中の三諦に区分してあります。三諦も三宗もその意味においては少しも異ならぬ。なかんずく有宗とは表にも示せしごとく小乗の宗旨にして、小乗には色心二元すなわち物心二元を説きます(仏教の用語として物象のことを「色」という)。しかるに物体哲学はどうかというに唯物一元論である。けれどもその体はわれわれのいうところの物ではないから、これを名付けて実有といい、その哲学を実体哲学といいます。故に小乗の実有論と少しは相似ておるところがありましょうが、その説くところは二者異なっておって、物体哲学は物象上より研究し、小乗は物心二元の上より講究するによって、その研究の様子が異なっておりますが、その体の実有であるというのは同じです。かようなわけであるによって、小乗宗すなわち有宗は哲学上にありては物体哲学の一種に属するものといって決して差し支えはない。つぎに空宗はさきの有宗が万有の実体あるというに反して、万有は唯心の上の現象に過ぎないから現象なる万有には実体はないとするので、これ心体哲学に契合するものである。また空宗の中でも唯我宗のごときは、わが心の内にもとよりちゃんと収蔵されてある種子(種子とは仏教の用語であって、物理学上の物質とか元素とかいうべきものである)が開発して世界万有を造るものといっておる。これを唯識所変というのです(詳しきことは唯識宗のところにて述べます)。いわゆる一種の唯心論であります。つぎに中宗というのは中道実相の法門を説くのであるゆえ、中宗と名付けたのですが、万有の本体なる真如の上に、一切万有の現象の森立するを説くので、その道理はまさしく理体哲学である。これによって考えてみれば、有空中の三宗は物体宗、心体宗、理体宗というもあえて差し支えない。すなわち仏教の内容は哲学と宗教との二方面を兼備し、その目的は宗教上の安心にして、これに達する方法として哲学の道理を説くものである。しかして哲学上において物心理三体を説くも、また仏教上にて有空中の三宗を説くも、共に論理の順序によるものです。要するに万有を討究してその体ありとするは有宗であって、万有はその実、心の上に現れたるものとするは空宗である。しかるに有空二宗のうち、一は有に偏し一は空に偏するをもって、その二者の上に真如を説いて物と心とを結合し、二者共に真如よりあらわるるものとするは中宗である。しかしてこの有と空と中との関係、すなわち万法と真如との関係は最も困難な問題であって、またもっとも妙味ある論旨である。この論点でもし明らかに領解することを得たならば、ただに仏教上のみではない、一切哲学上の道理を解釈することができて、学術界に多大の貢献を奏することができようと思う。

 ちなみに実際宗のことを一言しておきますが、実際宗の理論というものはその道理、理論宗に基づいておりますれば、理論はこれにて尽きてあれば、理論の方はただこれを実際上に応用したまでのことであれば、実際宗の方は実地に工夫して、理屈をいうべきものではない。その様子は実際宗の部分において説明いたしましょう。

       第三節 小乗大乗理論の比較

 小乗と大乗との理論を比較するは本講義の上にすこぶる有益のことと思いますによって、その大要を述べておきましょう。それについては理論上、大小両乗の各宗の立つる原理を並べ、傍ら比較図を用いたならば一層明らかになるだろうと思います。

 倶舎宗は法体恒有説であって、法体というのは万法万有の体を指し、その体が不生不滅にしてつねに存在するという意である。あたかもこの説は学理に物質不滅、勢力恒存というのと少しも異ならぬ。この宗は理学の元素論のごとく、この世界の現象は千種万様であるけれども、これを探求するときは七五であって、この七五の体の集合によって万有万衆がちゃんと現立しておるとみるのです。こういう有様であるゆえ、その説くところは事界差別上の論であって、真如界上の沙汰はほとんどないのです。故に全然、物体哲学と毫髪の差がないといってもよろしきほどである。そして図の中に事界とあることという意味は事々物々ということで、すなわち現象界のことである。

 倶舎宗においてはもっぱら事界の説明に力を尽くしたが、すでに事界というその体の実存する上は、その裏面に不生滅の本体が存在しなければならぬ。この必要に迫って法相宗の説があるのです。法相宗は唯識所変説であって、唯識とはわれわれが第八阿頼耶識とて、平常の心の奥にまた一つの心がある。それを阿頼耶識といったので、非常な作用をもっておって他にありませぬから唯識といったので、その唯識なる心が常に種子をもっておるために、外界の要求と共に阿頼耶が活動して、一切の万有はその第八識より開発するものであるから、世界にたくさん物のあるように見え、また実際多くあるのはみな心の変じたところのものであると唯心論を唱え、あわせて真如というものは凝然としてなんの活動もなにもない理体であると説きますから、現象と真如との間に事理の区別ができます。その状、第2図のごとし。

 唯識宗は前にお話しいたしたとおり、真如はおのずから万法を開現することを説かぬ。万法開現するものは第八阿頼耶識であって、この阿頼耶識は真如の理体より生ずというのである。故に真如と万法と相隔っておりますが、更に進んで実大乗に至りますと、事理融通してこの隔てをみない。これ三論宗は八不の空理を説いて一切差別妄想の見を打破したのである。故に理界のみあって事界はないといわなければならぬ。八不空理のことは三論宗のところにおいて詳しく講じますので、ここに略しておきます。

 三論宗はもっぱら八不の空理を説きましたのであるが、およそ物その極度に至れば更に逆流するもので、今、天台宗の事界も三論宗の八不の空理が尽きたによって、ここに再び事界が生じ、真如即万法、万法即真如と説かなければならなくなった。この説を主張するものは天台宗であって、天台宗は真如平等の世界の上に万法差別の世界を顕現するものである。この説明のために空仮中の三諦を巧みに説いてありますが、それは天台宗のところに至ってお話しすることにしよう。

 ひとしく事界を談ずと申したとて、天台宗と倶舎宗との事界は雲泥の相違がある。一言するに天台宗は倶舎宗の裏面である。およそ仏教諸宗の論はその所論の様子は異なっておりますが、みな同一の理に向かって講究するものであって、ただその見様に上下左右の別があるのみです。故にこれを表面より講究するものは倶舎宗であって、その理面の理界一方に講究するものは三論宗である。そうして理界が極まって真如平等の理界の上に事界を現すは天台宗である。今この華厳宗は更に一層進んで事と事との間に融通の理を説くから、理界の上に事界あり、事界の上に理界ありということがいえましょう。故に本宗は法相宗の理面であって、法相宗の差別的開発論に対して絶対的開発論を談じたものである。

 華厳宗は絶対的開発論を主張して事事無礙円融の道理を説いたが、なお一歩を進めますと真言宗の教理となる。真言宗は六大渉入説であって、六大とは空風火水地識の六つで、大とは絶大の意味で世に遍在しておるとの意である。故にこの無限の世界に浮出遊泳しておる万象は、みな六大の外に出ないと説くのであるが、この六大をして金剛界、胎蔵界の二つにおさめることができますによって、畢竟六大は物心二元論と同一になるのである。すなわち物心二元の事相をもととして、平等の理を説くものであるというのが本宗の主旨であるにより、初めの倶舎宗に復帰するものであるといってすこしも差し支えない。けれども共に注意しなければならぬことは、倶舎宗は差別的二元論を説いたもので、真言は融通的二元論を主張しておる。故に真言宗は倶舎宗の裏面であって、また天台宗の裏面である。これは仏教が哲理思想の発達によるものであって、この順序は西洋哲学の発達とよく似ておる。

 予がかようにお話しいたしたるは、諸君の中で仏教というものは、すこぶるその様子が異なっておるものとのお考えを持つものがありましょうが、仏教の根本根底において少しも異ならん。ただその見様によって様子だけは違うのであるが、極局は真如の実在を証明するもので、またその仏教思想の発達がちゃんと整うておる故に、大乗よりみたならば、小乗はまるで三文の価値がないようにみえるかも知れませんが、もし小乗の階梯がなかったならば、どうして大乗真実の教理を知ることができましょうか。かつ教えの上よりいいましても、小乗が万有の体は恒有で決して消滅するものでないと悟ったのは、暗にその裏面に不生不滅の真理あることを示したものでありませぬか。かような具合に思想発達の順序がちゃんときまっておる故、一度倶舎宗において法体恒有説を主張しますると、法相宗が起こってその本体あることを論じた。けれどもその論が事と理と隔っておった故、いまだ仏教の本旨に契合しない。差別があり懸隔があってはいかにもおもしろくない。故に三論宗が起こって法相宗の所論を否定しもっぱら空を主張したが、どうも事と理との関係が明らかではない。ここで天台宗が起こってその関係を示した。かような順路を経て、小乗の倶舎宗より真言宗に至るまでいろいろの宗派がありますが、みな同一仏教に入るの門であって、門がいろいろに異なっておりますから、すべての門を一周してみなければ仏教の全班が分からぬ。たとえば日光に参っても、ただ表の門のみを見て、日光の大班を評することができぬと同様の論である。更に一喩を挙げていうならば、ここに一つの円環を回ると仮定せよ。その円環を回るには一の起点を要するがごとく、仏教の起点は倶舎宗であって、各宗を一周するにあらざれば仏教の全きをみることができぬ。しかしてどの宗派でも、自己の宗派を第一最勝の法とするのは、円環中その宗を終点とするによるのです。けれども平等論の最高潮に達したものは天台宗であって、華厳、真言は更に進んでその裏面に下って行ったものである。

 今、各宗所論の説を比喩を設けて比較してみよう。倶舎宗は貴族政治のように七五人の貴族があって一切の諸法を決定するものと少しも異ならぬ。法相宗は将軍政治のように真如の天子が九重雲深きところに隠棲して政治などには少しも関係せず、ただ阿頼耶の将軍がこれに代わりて全権を掌握して自由自在の行動をなしておる。しかるに三論、天台になりますと、君主親裁政治のように真如の天子が一切万機の政務を執行するのである。これを哲学の上よりいえば、倶舎宗は物体哲学に近く、法相宗は心体哲学に近く、天台、華厳、真言の三宗は理体哲学に近い。更にこれを一元二元の上よりいいますれば、倶舎宗は現象上の二元論で、法相宗は一元論です。けれども真正の一元論ではない。現象上には一元論であって、実体上には二元論である。三論宗は現象上には無元論であって、実体上には一元論です。しかして天台、華厳、真言に至れば現象実体共に一元論となるのです。諸君はこれらの関係を詳しくご研究を願います。

 終わりに、大乗小乗の区別と意味を今少々お話し申しておきましょう。そうでなければ、初学者は大乗とか小乗とかいうことはなんのことかちっとも分からぬというようでは、折角の講義もなんの益がありませぬにより、大要だけお話しいたしておきましょう。元来大乗とか小乗とかいう区別は釈迦自身においては付けなかったので、釈迦の説法は臨機応変その人の智識に応じて説いたものである故、釈迦の見地よりいえばもちろん平等です。平等であったのに仏滅後五、六百年を経て馬鳴、竜樹というような大学者が出て、ひとたび自己の所信を宣揚すると、今まであった釈迦の説に大打撃を被り、そのときまで世人が信仰しておった仏教はこれを小乗とし、馬鳴、竜樹等の説を大乗と唱うるようになったが、大乗とは大人の乗るものという意味で、大人とは大いに智識のある人、確信の多い人という義で、そういう人はむろん仏教信徒の中でも高尚の識見を把持し、高き理想を抱いておって求むるところも卑しくないから大人と称したもので、かような人なれば仏教の教理も倶舎宗のごとき卑近の説にては到底満足はできず、天台とか華厳のような高尚な理想の高き教理でなければ安心ができませぬ。そのような教理に乗って真如界に達せんとするものを大乗または大乗の人というので、いわゆる大乗とはその人に対する法をいったものである。たとえば大乗とは大学のようなもので、大学は学問の蘊奥を究むる所なれば、したがってその生徒も高尚な学理を研究しておるのと少しも異ならん。しかるに小乗は大乗と正反対にして、智識の卑しき理想の高からざるものの修する教えであるゆえ、教理としては至って卑しいもので、ちょうど小学校のごときものである。もとより小学と大学とは比較にはならぬが、しかし密接の関係はある。大学は学問の蘊奥を究むる所と申したとて、小学の階梯を踏んで行かなかったときには、よし大学生であるといばってもしようがあるまい。倶舎宗のごとき小学校も、天台華厳のごとき大学校も共に入用であって、また、小乗大乗も共に廃すべからざるものである。

 

     第五章 思想発展の比較論

       第一節 縁起的教系実体的教系

 仏教に理論と実際との二宗あることを述べておきましたが、この理論と実際とを他のことばにていえば、縁起宗、実体宗ということができ、教理系統の上からいうときは縁起的教系、実体的教系ということの決して差し支えなきを知る。そこでこの二宗の発展が釈迦滅後においていかように発展したかということを、多少歴史的に説明しておく必要があると思いまして、ここにその大略を述ぶる次第です。それはかような便宜があることと信ずるのです。一は真理の解釈法に二派の分裂しておるのが明瞭になり、一はその解釈法と共に両派の相違点が比較対照のできる一挙両得の大便利があることと思うて、各宗の教理を講述する以前に一言述べておくの必要あることを認めます。

 すでに講じたごとく仏教元来、理論と実際との二とおりの論脈によりてできておる。ちょうど人の脳が大小二脳によってできておるのと同じく、仏教もなおそれと違いがないによって、その論脈から二つの派ができておる。一を理論的教系、一を実際的教系と名付くるのである。かように名を付けると前者と後者と別物か、あるいはその間になんらの関係もないだろうかと疑わるる人があるやも知れませぬが、決して無関係のものではない。この二派の相離るることのできぬのは、あたかも経緯二線の関係のごとく、鳥の両翼のごとく、決して関係のなきものではない。けれども経と緯とは比較すればもとより相違があるがごとく、二派も全く相違がある。しからばどんな相違があるかというに、大体の上より区別しますると三とおりの区別があるので、第一は理論的教系というものは、この世の中の有様を科学的に説明せんがために起こったもので、かの倶舎宗において現象世界を七五に分析し、法相宗において一〇〇法に分析するがごときは明らかなる唯一の例証です。実際的教系は現象界の実体すなわち本体はなんであるかということを直覚的に説明しようとして起こったもので、かの成実あるいは三論が理屈を取り除いて専一に工夫し、念仏するというのはなによりの明らかなる証拠です。故に前二派を時間空間の二つに比較しますると、前者すなわち理論的教系の方は時間的立論をもっておるし、後者すなわち実際的教系の方は空間的立論を持っておる。第二に理論的教系はその名のごとく論理的説明主義から起こり、実体的教系はもちろん実体の存在を説明するのであるゆえ直覚的実践主義から起こり、二者全くその方面が異なっております。異なるが関係のないことは決してない。大いに離るべからざる関係があるのです。これを仏教上専門のことばをもっていうならば、前者は法相門によったもの、後者は観念門によったものということができるのです。第三は更に進みて前説を比較するに、両派はその主義において全く相異なる結果として、いわゆる真理観において空と有との大衝突論が起ききたるものです。この空と有との衝突は仏教にいくたの宗派ができ、甲論乙駁今に至るもその締結をみないのです。

 故にわずらわしけれど、

 1 空有両論の衝突

について少しく講じておきましょう。そもそも仏教の根本原理であるところの真如∥宇宙の大真理は、前にも申したように、いにしえからいろいろの説があって、その説明の仕様に大体二様あるのです。すなわち積極論と消極論とです。積極論の方よりいいますと、かの縁起論主義の下に論理的説明をもって盛んに有論を唱うる方です。消極論の方は主義は実体論を主張するので、直覚的実践主義の教系である。故にその論明するところは空論です。かように積極論と消極論との二大論派が古来インドに発して一時喧噪を極めてより、ひいて日本に及び今日の仏教界いまだその論の落着をみない。それ故に局外者の仏教をみるもののうち、空論をみた方の人は仏教は虚無主義であると思わしめ、有論の方をみた人は仏教は実在主義であるかのごとくに思わしめた。それは両論とも一時なかなか盛んで、インドにおいてその最高熱度に達し、シナに来てからその熱が再発し、日本に来てよりまたまた再燃したそのために、有論主義の人は真理を実在のものとして積極的にこれが解釈を試み、また空論を主張するものは真理は理論を離れたもので、論理をもってはいかんともすることなしと論じ、その論あくまでも消極説明にして積極的ではない。故に内容を知らぬものは、虚無主義であるかというような感が起ききたるのである。この二語を古来、仏教慣用語の上よりいうときは、前者を表徳門といい、後者を遮情門というのです。しかし有と空とは元来相対的の名称である故、よし空といわんとても、一方の有の方が有ということを仮定しなかったならば、空ということを主張するわけには行かぬ。それと同時に一方に空ということを仮定しなかったならば、有を論ずるわけには行かぬ。故に理論的教系の中でも空と有との両論があるのです。また実際的教系の方にもむろん有と空との両論がある。さればなにも衝突も論理もなさそうなものだと考えらるる人があるかも知れぬが、衝突の点はただ一つあるのです。すなわち真理を断定する上に真理は有であるというのと、いや、空だと主張するとの二点がすなわち衝突点であるのみのことです。そこでこの有空二論の主張者はその主張をいかように断定するかというに、真理が有であるとしたならば、この真理に対するすべての他方面のものはみな空でなければならぬ。それと反対に真理は空である、決して有でないといわば、その真理以外のものはみな有といわなければならぬ。であるから理論的教系の方では真有俗空の論法をとり、実際的教系にては俗有真空の論法を用いるもので、これすなわち両派衝突の焦点ともいうべきものである。両派論線の径庭を分類析解しますると、まず今まで講じたような具合に帰着するのですが、さて翻って理論的教系において、

 2 真有俗空の論法

を主張するわけを考えてみるに、その主義は理論的説明である故、すべての生とか滅とかいう現象界のことは規則的に現象らしく説明しなければならぬ。また真理のことは真理らしく説明しなければならぬので、あくまでも論理的説明です。もちろん論理的説明をとらなければならぬのです。このような論理より推究しますると、釈迦の大悟の境界である涅槃のごときものは論理上実在といわなければならぬことになるので、必然の理数です。すでに涅槃が実在である上は、他の非涅槃すなわち現象差別のものは、比較上これを虚無というのは必然的の説明だろうと思う。かようなわけで理論的教系派の人々は真有俗空の論法を用いるものです。しかるにこれに反して実際的教系派の

 3 俗有真空論

を主張するゆえんを考うるに、実際的教系はその名の示すがごとく、実際を主としておるゆえ理論は許さぬ。すべて直覚的実践主義で、学術上の理論的説明はこれを排斥するの傾向があるが、そうなければならぬ。思うに仏教は科学とか哲学のような具合に、理屈をこねくったり研究をこととしたるするものでは決してない。実地に真理を直覚し、自己がその真理と黙契冥合せんことを要するものである。故に直覚的実際宗の方では、時と場合によっては非理論のことが多い。実際はそうでなくても真理研究の場合には便宜の上よりして、よし有であっても空と説くことがあり、もし真理直覚の場合に妨害となるものがあったときには、実際が空であっても有と説くので、それらはもとより方便で決して目的ではない。目的のために手段を選ばずとか、「ただ悟りを宗となす。」(唯悟為宗)とかいうのはこの辺の消息です。しかれば真理直覚のためにはなにものが一番妨害をなすかというに、われわれのような真理を見ないものの妄想が第一妨害になる。故に真理を直覚するにもっとも必要なものはなにかというに、われわれの妄想を打ち破るという点にあるのだ。かようなわけ故、直覚的実践主義をとるところの実体的教系にありては、真理に対して始終、消極的論法を応用して、積極的論法はほとんど用いない。なぜ用いないかというに、多少なりとも積極的に解釈を加えることがあったならば、その解釈について多少種々の想像を描くことになる。もし想像を描けばすなわち真理はために隠れてしまう。故に真理直覚のためにはまずわれわれの想像を一さらいするのが、なによりの肝要です。われわれの想像を一掃しようとするには、消極的に真理を説いて、たとえ非実在でなくてもあたかも非実在であるかのごとくに説く必要がある。故に実際的教系になると、真理を説明して空であると主張するのです。すでに一方の真界が空であると主張する故、ほか非真界の方は実在であるというはむろん必然的の結果だろうと思う。かような次第で実際的教系を守るものは、みな共に俗有真空の論法をとりて大いにこれを主張するものである。あまり長くなりますので、ここまでにてこの題はやめておきます。

 

     第六章 倶舎宗

       第一節 権 輿

 先ず倶舎宗はいかようにして起こったか、宗義を語る前にその起源を講ずるは講義の順序と思う。インド当時の小乗仏教に二〇とおりのいろいろの派が分かれておった。そのうちに薩婆多部という一派があって、この派は釈迦滅後おおよそ二〇〇年を過ぎたころに、婆羅門種族(インド階級制度の一)の中から迦旃筵というひとりの偉人が出て、『発智論』という書を著したのに起源しておる。けだし仏教界に宗派の分裂をみたのは迦旃筵の『発智論』制作が第一の濫觴であるによって、倶舎宗は仏教分裂の先鞭ともいうべきです。

       第二節 宗 義

 本宗の宗義を一言にしていうならば、「法体恒有」ということを主張する点にある。法体というのはちょうど物理学上の物質というようなもので、物と心すなわち現象と精神との体を指すので、その本体に至っては不生不滅にして、つねに存在して滅することがないというのです。もし化学の上より例をとるならば、元素論のような具合で、この世界の有様は千態万状いちいち数え尽くすことのできぬほどであるも、子細に探り求めたならば、その元素になるものは七五種であって、この七五種の法体がよって集まって万有万象を成立するので、その法体はつねに存在して不変不動なるものであると説くのが本宗の宗義である。

       第三節 万有区分法

 本宗において万有を区分する法はいかにするかというに、七五種に区分するので、七五種の区分はすなわち本宗の人生と世界との解釈になるのですが、今便利のため表を作ってその大要を示しておきましょう。

  五  位 第一 色………… 五官神経と心性作用のために客観的の境界となるものなり。換言すれば物質なり。 …一一種あり

       第二 心  王… 客観的境界に対してその総相をとる主観的心性作用中の総能なり。換言すれば精神の主作用なり。 …一種あり

       第三 心  所… 客観的境界の総相をとるのみならず、またその境の上につぶさに別相をとる心性作用にして、心王に従って起こるものなり。換言すれば諸般の精神作用なり。 …四六種あり

       第四 不相応行… 有形的物質にもあらず、また無形的心性にもあらざるものなり。 …一四種あり

       第五 無  為… 生滅変化することなき常住不変のものなり。 …三種あり   合計 七十五法 

以上は七十五法の大要を抽象的に説明したものですが、更に細別して七十五法を詳細に表解いたしましょう。

  七十五法分類表

   七十五法 有為法七二 色法(有為)一一 五根(五官)眼耳鼻舌身

                       五境(外界)色声香味触

                       無表色(非物非心)一

              心法六一 心王・・・・・・・一意識 体一意識

                                  体別、眼耳鼻舌身意

              心所四六 大地法一〇(受、想、思、触、欲、慧、念、作意、勝解、定〔三摩地〕)

                   大善地法一〇(信、不放逸、軽安、慚、愧、捨、無貪、無瞋、不害、勤)

                   大煩悩地法六(愚痴〔痴〕、放逸、懈怠、不信、惛沈、掉挙)

                   大不善地法二(無慚、無愧)

                   小煩悩地法一〇(忿、覆、嫉、慳、悩、害、恨、謟、誑、憍)

                   不定地法八(尋、伺、睡眠、悔〔悪作〕、貪、瞋、慢、疑)

              不相応行(非物非心)一四 得、非得、思〔同分〕、無想果、無想定、滅尽定、

                          命根、生、住、異、滅、文身、名身、句身

        無為法三 択滅

             非択滅

             虚空

       第四節 人生および世界の解釈

 七十五法の理解に入る前に、人生と世界との解釈につき一応お話をしておくの必要がある。それは七十五法の解釈上に大いなる関係を持っておる故、講義の順序としてお話しいたしておきます。

 人生とはわれわれ人間社会および人間をいうので、世界とは現象のすべてを指すものである。この人生と世界とを解釈するに二種の解釈法がある。その一を分析的解釈法といい、他の一を連続的解釈法というのである。そしてその分析的解釈法にまた三種あります。すなわち五蘊、十二処、十八界といいますが、さて何故に、

 1 分析的解釈法

を用いなければならぬかというに、その必要のよって起こったのは婆羅門対仏教にあるようです。なぜといいますに、婆羅門教のごときは一つの「我」というものを認めておる。われわれに「我」という一つの偉大な作用をなすものがあるから、知覚もあれば運動もでき、時にあっては喜び、場合によっては怒り、あるいはかなしみあるいは楽しみて、いろいろのはたらきをしておる。そのはたらきはだれがするのかというとそれは「我」である。「我」がなかったならば、到底なんらのはたらきもなにもできぬのであると主張しておった。けれども仏教はそのような「我」の存在などは決して許さぬ。仏教は「我」の撲滅に従事したもので、仏教の大半は「我」征伐であるのです。かの『倶舎論』(本宗のよって起こった経典である)を作った世親論師のごとく、洽博なる思想と広遠なる智能とをもって、当時インドに横たわっておったあらゆる諸説を縦横に渉猟して、もって本宗の宗義たる三世実有法体恒有主義を主張したというのも、畢竟論師の精神はどこにあるかというに、「我」の征伐に外ならなかったのです。その世親論師の精神主義というものはすなわち仏教の主義なので、仏教はあくまでも無我主義であるのです。そこでもし前講のように仏教が無我主義であるならば、我という霊的はたらきのあるものは少しもない。霊的はたらきがなかったならば、なにによって知覚とか運動とか喜怒哀楽とかいうはたらきをなすことができましょうかという疑問が起こるに違いあるまい。こういう疑問が起こった場合には、どうしても「我」というものはよいと主張しなければならぬ。我のないということを証拠立てるにはどうしたらよかろうか。それには分析法によらなければならぬ。分析法によらなかったならば、多年の長い間「我」というものがあると深く信じきたった社会に対して、反省を促すわけに行かなくなる。かような必要に応じてまず個人を分析するに、色、受、想、行、識の五種に分析したものがすなわち五蘊で、この五蘊の分析によって無我というわけを証拠立てることができるのも、無我であったならば知覚、運動、哀楽などの作用がどうしてできるやは少しも説明しない。これを説明するには六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)と六境(色、声、香、味、触、法)との一二種およびその一二種に更に六識(眼、耳、鼻、舌、身、意)・・(ご注意までに申しておきますが、六根とはわれわれ身体の根本基礎となるもので、六識はその六根に対するはたらきです。そして六境はむろん身体以外の万物です)・・を加えたる都合一八種の分析法を用いてあくまでも「我」を征伐するのです。かような具合に、婆羅門教に反対して無我の教理を説くのが分析的解釈法というのでありますが、しからば第二の

 2 連続的解釈法

をば、いかようのことかというに、人生を観ずるに車輪のように始終循環しておるものだというように説明するので、業という一種のはたらきが中心となっておるようです。世人の口にもいいましょう、「あの人は業つくばり」だとか、「あの人はなんと業深いのだろう」とかいうのは人生観の一部であって、その語のうちには因果の意味を含んでおる。そこでその連続的解釈法には略説と広説との二つがあって、略説の上からいうときは人生は惑業苦の三種からできておるというので、惑という迷いからいろいろの業というものを作り、その業が基となって苦という結果を招くので、苦があるからまた惑ができ、始終めぐりめぐって少しも止まらないから循環因果というので、この解釈は誠に簡略でありますが、これを広説にいいますと十二縁起ということになる。今、十二縁起を詳説するのはもとより余暇がありませぬ故、その大意を申しておきましょう。およそ人は無我の真理を思うだけの智識がない。故に無明という迷いによって我見という角が生じ、その我見という角で惑という悪い煩悩を起こさしめ、その悪い惑が基となって業という未来に相続すべき種をまき、その種によって苦という結果を引き起こし、かようにして生と死とを相続せしめて循環無窮なること、あたかも車輪の転ずるように少しも止まらぬというのが、人生の連続的説明である。以上の説を要するに、人生は空なもの、空なものだが、惑と業と苦との三つがより集まっておると説明するのがその大意になっておる。

 つぎに世界の解釈はどうであるかというに、人生に二種の解釈あるがごとく、世界に対してもやはり二種の解釈法があるのです。二種の解釈法とはその一を

 3 空間的解釈法

というので、他の一を時間的解釈法というものである。しからばその空間的解釈法とはどういう具合に解釈するかというに、前に表解しておいたように五位七十五法と解釈するのである。つぎに、

 4 時間的解釈法

というのは、前講本宗宗義のところにお話ししてあったように、三世実有法体恒有と主張するのがこれである。けだし世界はなかなか大きい、そして万有はいろいろに分かれておるが、類をもって分解いたしますると、色法、心法、心所法、不相応行法、無為法の五種より出てませんので、名付けてこれを五位と称します。更にまたその色法に一一種、心所法に四六種、心不相応行に一四種、無為法に三種があって、これに心法の一を加えて七十五法と称するので、この分類の具合は前表に示してありましたとおりですが、この宇宙無限界に森羅万象の歴然たるものがあるけれども、ただこの五位七十五法の集合的差別の上に見る現象でないものはないと説くのが、すなわち空間的解釈法というのです。そして五位七十五法そのものは、いつ生じていつ滅してなくなるやという問題はいかようにして解釈するかというに、かように答えるのです。まずこの世界に成住壊空の四大期というものがある。成は成就であるから世界の成り初め、住は世界ができ上がって久しく住止すること、壊は世界が久しく住止すればついに壊るることがある、空は世界が壊るればなにもなくなってしまうというのですが、この四大期が常に循環して端のなきこと、ちょうど春夏秋冬の四季が毎年循環して少しも際限のないのと違わん。こういうわけであるゆえ世界は無始無終であって、いにしえより今に至るまで、今より未来に至るまで少しも増減がない。その増減がないということを説明するに、三世実有法体恒有の八字をもってするのです。これが世界の時間的解釈法というのです。故に進化退化の二説に比較しますと、生住の二期は進化で異滅の二期は退化ということができます。

 5 四大および極微説

 倶舎宗において、外界の事物はどうしてできたかというに、四大所造、極微所成といいまして、四大とは地水火風であって、この四大元素によって一切有形の事々物々が造られるのであると主張しますが、しかしエンペドクレスのいうところの地水火風とはむろん異なっておって、物の性質というような意味で元素の意味ではない。元素の意味に用いるのは極微所成の極微の方である。そこで前にもどってお話しいたしますが、四大の地水火風たる地ということは物に堅いところがありましょう、その堅が義であって、水は湿が義で、火は暖が義で、風は動くというのが義です。試みに諸君が諸君の一身に付けて経験してみたまえ。諸君の身体の中に骨のごとき堅き部分があるだろうし、涎や尿や唾のごとき水もありましょうし、またわれわれの身体には暖気が十分ありましょうし、かつ運動というはたらくこともできましょうし、これはただにわれわれの一身のみではない、すべて一切の現象そうでないものはない。現象界の事々物々はことごとく四大の関係によってできておるのです。けれどもその有形の事物を分析するときは、更にこれよりは分析もなにもできぬ極微というものがある。そこで一切有形の事々物々はこの極微ある元素からできておりますので、かつこの極微もまた堅湿暖動(すなわち四大)の四つの性質をそなえておるものです。かように現象界の成立する根本を説明いたしますのが、ちょうど理化学の上で固体、流体、気体の三体あることを説きますうちに、その物体はすべて元素が化合していろいろの事々物々が成立するのだと説くのとよく一致しておる。

       第五節 七十五法解釈

 1 有為無為二法

 仏教を有空中の三宗に分解するということは、すでに講じておきましたが、その三宗中、空宗と中宗とは大乗で、有宗は小乗であるのです。しかるにその有宗の中にまた有門と空門との二つがあって、有門は倶舎宗であって空門は成実宗である。そのわけは、倶舎宗は法体恒有を主張するゆえ有門にして、成実宗は空を主張せるゆえむろん空門に属すべきものです。そこで倶舎宗はこの世界の千衆万類の差別をみて、いかなる本体からできておるかを推し究め、ついに世界を分析して七十五法の体ありとするので、七五の体はこれを大別して有為無為の二つであるとする。為というのは為作造作の義であって、生滅変遷のあるものを有為法とするので、生滅変遷しないものを無為法というので、すなわち有為法は現象差別の有様であって、無為法は真如または理想のようなものをいうのであるけれども、いまだ大乗というような理体をいうのではない。けれどもすでに小乗に無為法ありと認めたのは、大乗において不生不滅の真如の理体を説く前駆であるということができる。

 現象界を有為と無為との二つに分かつときは、その変化的部分と不変的部分と区分することができる。すなわち本来自存せるものを無為法となし、因縁和合して生滅変化するものを総括して有為法としたものである。故に有為法は色と心との二元に分かつことができるが、この分類は哲学の分類と違いまして、哲学上の二元論者は物と心とはおのおの別であるとして説明をいたしますが、仏教は元来唯心論でありまして、客観は主観に入るの階梯といたしますから、色心の分類もまた唯心上から下したものです。

 2 色法(解釈第一)

 これより七十五法の分類につき順を追うてお話しいたしましょう。万有を有為法と無為法との二つに分けた中で、有為法を更に区分して、色法、心法、心所法、不相応行法と分けますが、今お話をするのはその四法の中の第一の色法のお話である。色法と申したならば諸君の中では、世間でいうところの青黄赤白などの色だろうとおもいなさるかは知れませぬが、仏教では有形無形の物象をすべて称して色といいます。故にこの色というものには変壊礙対の義があるというので、すべて物象には変化し礙対する性質のあるものだというのです。たとえば煉瓦で造った家屋とて時間によっては必ず変壊いたして、決して永久のものではない。さような変壊のあるものですが、その煉瓦の家屋がいかようにしてできておるかというに、上の煉瓦と下の煉瓦とが互いに相ささえ互いに相対してできておるでしょう。この意味からして変壊礙対の性質があるというのですが、この色法の分類の様子をみるに、物界を分かちて一一種とするのである。それは前の表に対照し下されば明らかです。さて一一種はなにとなにであるかというに、

 3 五根、五境、無表色

との一一です。五根とは眼と耳と鼻と舌と身と意との五つで、根とは勝円増上の義があると申しまして、今この眼等の五種の諸官能が発識取境と申して、よく外界の現象を感取して内界の心性作用すなわち五識を発動するに、増勝なる力用ある上から根という名を用いたもので、たとえば草木の根がよく水分を吸収して枝葉あるいは花が実に繁茂を与うると少しも異ならぬ。故に眼とか耳とかの五根というものが根本基礎となって、目に見る作用を起こさしめ耳に聴く作用を起こさしめて、五根すなわち色声香味触を感覚せしむるものです。このようにこの宗は心に重きを置きまして、分類上にも心によりてしたものであれば、これを物体哲学というも、その実は主観的物体哲学であるのです。そこで、

 4 五根と五境

とはどういう関係を持っておるかというに、元来五境とはどんなものかというに、前にも一言申しましたが、五境というのは五根五識の触対する外界の万象であって、境と名付けたわけは眼等の五根がその区域を異にして、各類にその一類のみを統轄し、それを自分の対象とする故、境の名をつけたもので、元来は境界の意味である。この五境が五根にどういう関係あるやというに、五境は五根によって生ずるところの心性作用のために客観的の境界となるものである。故に境界がなかったならば、五根の作用が起きぬ。されば両者は密接な関係があることが明らかであろう。つぎに一一種中の

 5 無表色

とは、他に表示することのできぬ色法という意味にして、非物非心なるものである。われわれが身体口舌を動かしてなんらか善悪の行動をなせば、他に表示して内心の善か悪かと表業表色を発すると同時に、原因結果の法則としてその結果を招くべき原因を自己の身内に発すので、その発した原因は無形無象であって、他に表示することのできぬによって無表色と称したもので、ちょうど花を手にとれば、その香気、手の中に残るようなものである。かような説は決して心理学者のとらぬ説である。そのようなわけの分からぬようなものならば、なぜ

 6 色法中に入れしか

と疑う人もありましょう。これ当然の疑問である。この無表色を色法の中に入れたというものは外ではない。たとえ色と名付けたとて、その体が物質的極微分子の集合したものではない、ただ身体の言語や動作の発動によって撃発したものであるから、その能発たる身体言語の物質的に従って、所発のものに色という名をつけたまでのものである。かような点からいうと無表色なるものはこれを色法中に属しておっても、その実、色法でないということができる。

 7 心法(解釈第二)

 心法を分類するに六一種あって、六一種を大別すると、心王と心所と不相応行との三大区別となるのである。さて、

 8 心 王

とはたとえに従ってその名をつけたもので、心王が境物の総相をとる作用は、ちょうど国王の一国を総宰するという意味で、客観的境界に対してよくその総相をとる主観的心性作用中の総称である。そしてこの心が客観に対するとき、その対境に六種の別があるから、心王にもまたしたがって六種の別があるのです。すなわち眼耳鼻舌身意の六識であります。しかし倶舎宗においてはこれを六識に分けますも、その体一つであるとする。この考えは心理学と少しく異なるところであって、この宗には六窓一猿の譬喩がありますが、その譬は檻の中に一匹の猿があると仮定して、その猿が東の窓に首を出せば東猿となり、西の窓に首を出せば西猿となるがごとく、これと同じく心王は一つであるけれども、これが眼にあらわるるときは眼識となり、耳にあらわるるときは耳識となる故に、六識同時に作用することができぬ。われわれ平生同時に感ずるがごとくに思うも、移転の神速なるがためであって、その実、前後時間の異なるものである。これは心理学の神経組織の考えなかりしをもって、このような説明を与えたものでしょう。心王とは心理学の感覚智力のようなものであって、眼耳鼻舌身の五識は感覚に属し、意識は智力に属し、また心所は心理学の関係あるものですが、これをいちいち心理学に配当することはできぬ。今、上に図を掲げて、心界ならびにこれに対する物界の分域を示しましょう。

 つぎに、

 9 心所(解釈第三)

に四六がある。心所法というのはただに客観的境界の総相をとるのみではない、またその上にそなうる別相をとる心性作用でありまして、心王に従属して起こるものである。今心王に従属して起こる伴属の功能は、ちょうど百官百僚の帝王の所有者たるがごとしというより、たとえによって命名したものです。

 心所法に四六ありますが、四六をいちいちここにお話しするいとまがありませぬ故、ただその心所のはたらき具合をお話しいたしておきましょう。心所法を大体に区別すれば六種に分かれておる。その一は大地法というので、精神が起動するときこれと相応して起こりきたるものをすべていうので、一切の心に通じて起こるから大といったのです。その二は大善地法というので、その性質が善であって、一切の善心に相応して起こるものです。その三は大煩悩地法で、善地法の正反対でわれわれの心意を撹乱し、しかも一切の染心に遍通して起こるものです。その四は大不善地法で、ただその性が悪なるのみではない、一切の悪心に遍通して起こるもの、その五の小煩悩地法は、その性不清浄であって別々にその象を現ずるから小煩悩地法というので、その六は不定地法というので、その名のごとくいずれにも属せざる法である。かようにいろいろの作用があるけれども、要するに心一つの作用です。かように種々に分析しますが、分析すればなにもなくなる。つまるところ無我の理に達する方法に過ぎませぬ。つぎに三分類中第三の

 10 不相応行(解釈第四)

についてお話しいたさん。不相応行の性質は物でもなければ心にもあらざる無形無象のもので、もとより万物とも相応せず、また心とも相応せぬもの故、不相応というので、行の一字を加えるわけは、行は行作遷流といいまして、万有の時間的関係上その象を変化し、その作用を異にする生滅有為のものたるを現すの法です。ただ非物非心の不相応はかの無為法のように常住不変のものではなくして、生滅変化にわたるものであるから、行の字を加えたものである。この不相応行に一四種ありまして、中にも得非得のごときはもっともむずかしい問題で、古来、得非得の薄霞というところなのです。その一四種の詳解はお預りを願います。しかしここに注意すべきは、不相応行をもって物心以外に実存するものとするは、元来、有部宗の説であって,倶舎宗においては物心以外ということは許さぬ。ただ倶舎宗のみじゃない、大乗においてむろんこれを許さぬのである。また不相応行は心理学の上からいっても一の物柄あるということを許さぬ。もちろん小乗中にはその有為について異論あるけれども、この宗にては実有なりとするので、このものは実際的物柄ということを得ないもので、物と物との関係をいうのです。こういう点からいいますと、物心以外に非物非心の一科を設くるのがかえって適当でありましょう。

 この他、迷悟因果の関係などお話しすべきでありますが、かえって本講義の性質に背きますので、それは別にお話しすることがあろう。ただここにお話しすることは無為法を講ずるのが順序でありますが、無為法のことはすでに講じておきましたから、重ねて説く必要がありませぬが、ただ一言お話しすることは無為法中の択滅ということで、択滅とは涅槃を称するものにして、涅槃は真如の理である。もしそうであるならば、小乗もまた涅槃の理を説くのではないかというに、なるほど名称は涅槃であるから同じいが、小乗の涅槃は大乗の涅槃と異なって、われわれの一身を灰にしてしまい、あらゆる智を滅し身と心をかえって滅してしまうというので、全く空寂に帰するのみです。故に小乗の涅槃は死物のようで、大乗の涅槃は活物のごとくである。これけだし小乗は事界の上から観察する結果であるのです。

 要するに仏教は宗教が目的であって、善の勧むべき悪の避くべきことを説いて、ただちにこれを安心立命成仏得道に応用するのである。以上に略述した七十五法はその体、不生不滅であって、三世に実有なりと主張するのです。三世実有というのが倶舎宗の所論である。

 11 五 蘊

 小乗の主義は無我の理であって、宇宙全体は七十五法よりできるのであるというのですが、さて人間の身体はなにからできておるかというと、五蘊といいまして、色、受、想、行、識よりできておるのです。蘊は集合の義であって、色というのはわれわれの肉体であっていわゆる物質である。受とは外界の現象を心内に感受する作用であって、心理学のいわゆる感覚です。想というのは外物の形象を心内に執取するのであって、知覚に当たるもののようだ。行は前にもお話し申したとおり造作遷流するものであって、もちろん心所の作用このうちに収まるのです。識はすなわち意であって、心王これです。この五種相集合して我ができるので、すなわち我の本体は色心二元である。甲も乙もみな色心二元の集まり合ったもので、もし五蘊をかなづちかなんかで分析したならば、五蘊というようなものはなく、また我他彼此の差別というものは全くなくなるのである。差別はないが、集まり合えば我となりますが、その実、我というようなものはない。すでに我がないものであるから、実体などのあるべきはずがない。そこで倶舎宗はこの理よりして無我を主張し、道徳上の悪行は我を信ずるから起こるもので、もし五蘊は元来、仮のものであるから離散してしまって我のないということが分かったならば、我のためにする欲念などの起こるべき理がない。このように我の体は少しも存在しないが、五蘊そのものの体は実に存するものであるとするのです。故に倶舎宗を名付けて我空法有宗というのである。今、五蘊の有様を図解すると左のようになります。

 しかるに成実宗は五蘊有体の説より一進歩したものにして、この宗になればただ我が空ばかりではない、法までも空であると主張するのです。故にこれを有宗中の空門とするので、たとえ倶舎宗といっても通俗の信ずるような我有法有説に対すると空門といわなければならぬ。この我は仏教修行上に大妨害をなすものですから、もっとも力を入れて排斥しなければならぬ。この我と法とを空じ終わってしまえば、真如の月が明々皎々として輝きわたるのです。真如の月は元来高く輝いておりますが、倶舎宗はただ表面の観察にとどまる故、その裏面はちっとも知らんのですから、倶舎宗は大乗に入るの波止場あるいはプラットホームのようなもので、小乗というステーションから神戸という大乗の都に行くための、ステーションかプラットホームのようなものです。けれどもこれは方便だとして捨つべきものではないのです。方便即真実であって、方便がなかったならばまた真実のあらわるることはない。たとえば大学に入るがために小学や中学は方便です。いかに大学は高尚だのなんだのといっても、小学、中学の方便がなかったなら、その大学が目的を達することのできないのと少しも違いない。この点よりして、小乗は決して捨つることのできぬと同時に、倶舎宗は決して排斥のできない関係のあるものである。

       第六節 倶舎宗と哲学との比較

 仏教の性質に有空中の三宗がありますが、その三宗は純正哲学の物体、心体、理体の三つの哲学に配当することのできるということはすでに述べてあった。そのうち倶舎宗は法体恒有を唱うるからして、物体哲学に配してよろしい。

 さて、

 1 倶舎宗と唯物論との比較

してみますると、二つのものが相似たる点があるのです。その似ておる点をいうならば、第一にその講究するところは共に分析論であること。第二はその論法共に万有の観察より起こっておること。第三に無我を証明する道理は唯物論の心が存在しないという説と近い。第四に倶舎宗の灰身滅智を談じ、空寂の涅槃に帰するを説くは、唯物論の死後に精神世界なしというに近い。故に倶舎宗は唯心論より唯物論に近いということができましょう。けれどもかれとこれとは決して同じではない。倶舎宗は物心二元を立て、唯物論はただ一元のみを主張しておる。また万有の分析がおのおの異なって、倶舎宗は感覚すなわち心の部類によって外界を区別するが、唯物論はそうではない。故に倶舎宗は唯物論と唯心論とに似ておる点がある故、二元論ということができる。もし倶舎宗の所論が唯物論であるというならば、主観的唯物論といわなければならぬ。

 要するに、

 2 倶舎宗は物心二元説

であって、唯物論の研究法に似たところがあるから物体哲学に属するのである。これすなわち倶舎宗において三世実有法体恒有説を主張するゆえんの根本である。


第七章 成実宗

       第一節 濫 觴

 歴史的にお話をいたしますれば、倶舎宗のつぎには三論宗を講ずるのが順序でありますが、今は教理発展の順序によってお話をするものであるゆえ、教理発展の上からみれば、倶舎宗のつぎにきたるべきものは成実宗であるにより、本宗の概要をお話しいたしましょう。すべて物には始めがありますが、本宗はいつに発生したかというに仏滅後おおよそ九〇〇年ごろに発生したものである。さればだれが最初に本宗を開いたかというに、訶梨跋摩という人で、この人は仏滅後九〇〇年ごろに出た人で、最初は僧佉学派の人であったのが、少し事情があってその派を脱して仏教に入り、最初の仏教研究の手始めとして倶舎宗の創立者たる迦多衍尼子の『発智論』を読んだが、読み終わって思うのに、この書はいまだ仏教の真精神を得たものではないと考え、更に小乗各派のあらゆる本に目を注ぎついに一書を著しました。その本が成実宗の基礎となる本で『成実論』といいます。それが梁の時代にもっとも行われた結果として、成実宗の称号ができたのです。これが本宗成立の発端である。

       第二節 思想の異同

 本宗の開祖たる訶梨跋摩は、自由討究の結果として『成実論』を著して、自己の主義を天下に発表したには違いない。けれども訶氏の先入思想はどこにあるかというに『発智論』にあるから、到底小乗の分限を超うることが容易にできなかった。そこで訶氏の迦多衍尼子に異なるところはどこにあるかというに、迦多衍尼子は積極的存在論を主張したのに、訶氏の方は消極的虚無論を主張した。故にいにしえより迦多衍尼子の方を呼んで小乗の有門といい、訶氏の方を空門と称するのです。むろんそれに違いない。倶舎宗は法体恒有を主張し、成実宗はあくまでも空を主張致しますから。

       第三節 主 義

 成実宗は『成実論』によってできたということは前に申しましたが、されば成実宗の宗義というものは『成実論』に包まれてあることはいうまでもない。さて、

 1 『成実論』の精神

はどこにあるかというに真空という点にあるので、真俗二諦とか仮実空とかいろいろの理屈を比べてあるけれども、帰するところは真空の一点に帰着するのです。そこで『成実論』一編はなんのために著したかというに、真空なる涅槃問題の解決にあるので、倶舎宗のように人生問題とか世界問題に重きを置いていない。その真空解釈の方法として、俗諦と真諦との二つに分けるので、俗諦はすなわち現象界にして、真諦はすなわち涅槃界です。しかるにその真俗二諦について更に二種を分かちまして、仮有、実有、真空の三段に考え、またそのこれに対するわれわれの精神的発達を仮心、実心、空心との三階級に分かったもので、今その分類に従って簡略にお話しいたしておきます。

 仮有、実有、真空の三段よりお話しいたすならば、この三段は客観的世界の分類とでも申したら適当かと思いますが、この三段の分類と申すものは外ではない、およそわれわれの目に見うるところのもろもろの現象というものは、みなもろもろの元素が集まって成立しておるもの故、ちょうど米粉をもって作った団子のようなものだ。米粉という上からみたなら、現象界は虚無であって実在しない。しかるに実在したかのように見うるは、仮に集まっておるのであるという上からして仮有というのですが、しかしその仮有なる諸現象を形成する実体がなければならぬというので、第二に実有と称するのです。けれどもその実体なる米粉がはたして実在かどうか、物理的分子のようなものがあるかどうかというと、ついになにもなくなるのである。故に第三の真空というものになるのです。これはもとより理想の形式であって、このように分類するというものは、主観的精神の発達を求むる方便に過ぎぬのです。言を換えていいますると、涅槃を最上真理のものと考え、その涅槃に到達せんがために外ならぬ。

 つぎに、

 2 精神的発達の三心

をお話しいたしましょう。けだしわれわれはいわゆる仮有の現象界にむかって、この現象界は虚無の相だとみるの明がなく、誤ってこれを実相なりとみて我想を起こして、いろいろの煩悩を生ずるのが常です。これを第一の仮心と称するのです。しかるに諸現象はもとより実相のものではない。もし一歩を進めてその本質をみたなら、もろもろの現象というものは、あわのごとくまた鏡像のごときものであるとみることができる。かように現象界は虚無なものであるとさとる故、実心というのです。われわれがこの実心さえ心に得れば、我想というものはやんでしまい、煩悩は少しも起こらなくなる。故にこの実心というものは、われわれが生死の苦を脱して涅槃に至らんにはもっとも必要の道程であって、迦多衍尼子の考えはここのところに達すれば十分であるのです。けれども訶梨跋摩はここにとどまるのを快しとしない、第三の空心に達しなければならぬと奮進した。空心とはほかではない、真空の理をみるのです。ただに真空の理をみるのみではない、空なりと思う心をもまた滅して起きざるに至るをもって、空心というのである。なかなか面倒であるが、この精神はすなわち本宗の主義とも精神とも目的ともいうことができます。

 思うに、

 3 仏教生起の根本

は無我が本となって起こるもので、無我から進んで法空に至るものである。故に仏教中の哲学は我法二空の理を説くもので、宗教はこの理を実際に応用するものである。古来、倶舎宗はまず初めに無我の真理を示しますが、なお宇宙には七五の法体が存在してあると説きますから、我空法有主義です。しかるに成実宗は一歩進んで我も法も共に空であると説くから、我法二空主義です。その我も法も空であると説くので、例をもっていうならば、ここに水を盛る一瓶ありと仮定して、その瓶の中に水がないとするは我空であって、更に瓶そのものも実はないのだと観ずるのが法空です。要するに本宗の精神、すなわち成実論の主義は論理的説明主義をとるものではなくして、もっぱら直覚的実践主義をとるものです。故に人生と世界との解釈問題には重きを置いていない。むしろ涅槃に関する問題の方面に重きを置きまして、また涅槃のなんたるやを説明するよりも、われわれがいかにしたならば真の涅槃に達することができるかという問答の解決を期するのですから、自然消極的論法を応用することを免れない。しかし実体的教系の発達よりみたならば、むろんその端緒を開いたものです。

       第四節 成実宗の資格

 前講にしばしばお話ししたように、本宗は我法二空を説明するによってもとより空主義である。しかれば仏教の目的理想に契合しておるようであるから、本宗は大乗と判決しても差し支えないようであるが、どうであろうかというに、全分完全した大乗の資格あるものとはいえぬが、一部分はたしかに大乗といっても差し支えない。なぜというに成実宗は理論の上から我と法とは空じゃ、なにもない真空に至ればそれでよいというような論法だが、その理論だけのことで、実際上からいうと、理論から起こるところの迷悟を脱却することができない。さてはその迷悟とはなんであるかというに、

 1 煩悩と所知

との二障である。煩悩障は我が基となって起こるものなれば、見惑にして涅槃の進路を妨ぐるものであるが、その性質至って粗悪なれば破竹のごとしといっておる。しかるに所知障は法空によって起こるものであるから、思惑にしてその体微細なれば煩悩障を破るようなわけにいかず、ちょうど藕糸のごとしとて容易に断絶ができませぬ。しかも菩提の進路に妨害を与うるものであれば、なかなか厄介なやつである。今、本宗は実際上に煩悩障を断じておるけれども、所知障は断ぜぬ故、大乗には似ておるが、いまだ大乗とするに足らんのです。

       第五節 小乗大乗の区別

 小乗も大乗も共に空ということは主唱しますが、その間に異なったところがある。小乗は析空であって分析上の空です。大乗は体空であって分析はせぬので、その体ただちに空であるとするのです。かように同一仏教でありながら主張の上に異点があるというのは、智識の程度に深浅高下あるところから生ずるものです。世には小学校ぐらいの智識の人もあるだろう、大学程度の智識の程度もあるだろうし、かくさまざまに智識の度に差があるから、したがって能説の教えにも深浅高下の別がある。この空の深浅を但空、不但空というのです。すなわち小乗は空の一辺に偏しておるから単純の空です。大乗は空中に有を含んでおるから妙空です。

 もし一般に大乗、小乗を区別する辺よりいうならば、これに理論上と修行上との区別があります。そこで乗とは前にも申したとおり運載の義であって、小乗は小人を運載し、大乗は大人を運載するので、小人とは声聞、縁覚にして、大人とは仏、菩薩です。声聞とは仏の音声を聞いてさとり、縁覚とは十二因縁によって大悟し、仏とは智徳円満にして、菩薩は仏の二次に位するものです。かような具合に同一の人類でありながら、その智識に大小高下の区別があるからだ。今、理論の上から区別したならば、小乗の道理は浅近であって、大乗の道理は深遠である。また小乗の説くところは我空法有であって、大乗は我法二空です。たとえ成実宗のごときは多少我法二空の理を知っておっても、空中に妙味の存しておるということを知らぬ。しかるに大乗は空中に有があって、真空また妙空であって、中道の理を離るることはない。もしまた修行の上から区別したならば、小乗は自利の一辺であって、大乗は自利利他を兼備しておる。かような完備した教理の上からみると、小乗の修行は到底仏となることはできませぬ。すなわち小乗の結果は声聞、縁覚にとどまって、大乗はその仏、菩薩となることができる。おおよそ人の機根には大小の差のあるものであれば、またその修行もしたがって異ならなければならぬのは、小学、大学の区別と少しも異ならぬ。すでに修行が異なる上は、これより得るところの結果もまた異ならなければならぬ。そして、小乗は煩悩障を断じても、所知障はいまだ断じないによって、その結果、大乗に比してはるかに劣等といわなければならぬ。

 

     第八章 法相宗

       第一節 起 源

 本宗の起源は釈迦仏が説かれた『華厳経』または『解深密経』などの経典の中に唯識中道真実の了義が説いてあったのに起源して、そののち無著、世親がその教理を布演し、更に護法に至って大成したものでありまして、法相唯識は仏教認識論として大いに研究の価値がありますが、なにぶんにもその説が煩瑣的であって容易に説明ができませぬ。むかしの諺にも「唯識三年」ということがありまして、大いに研究するにはそれ専門にかかって三年もかかるのである。

       第二節 講述の順序

 前にも一言せしごとく、本宗は煩瑣的学説が多いによって、よほど講述の順序をよくしませんと、折角の講述も徒労に終わるの憂いがありますから、大体左の順序にてお話しいたさんと思います。

  第一 小乗と法相宗との異同

  第二 唯識所変の原理

  第三 法相宗と中道宗との関係

 まず第一の小乗と法相宗との異同をお話しいたしましょう。この異同を講ずるには、倶舎宗と比較をとるのはまた一つの便利があることと思う。けだしどの仏教でもその説の淵源を尋ねてみますと、いずれも迦多衍尼子の阿毘曇にくまざるものはない。なかんずく本宗はことにはなはだしい。本宗は倶舎宗の説を応用したことは実に一見明瞭である。かような関係がある中で、人生観と世界観とにおいて、無常だから苦であるとか、またすべての諸現象は無我であるとかと観ずるのは、倶舎宗も本宗も少しも異なったところはない。ただ異なる点は我空と共に法空という一点にあるのです。すなわち倶舎宗は我空法有説であるが、本宗は一法二空を主唱するからです。

 以上の説はかれとこれとの異同をみるに有力な説である。全体、

 1 小乗と大乗との相異あるところ

はどこにあるやというに、断と不断との二点にあるのです。かの小乗は我空法有を説きまして、所知障は断ち切ることができぬという点において、ただ大乗との区別が付くのだということはすでに述べてあったが、更にこの区別を明らかにするがために、煩悩障と所知障とについて述べましょう。元来、煩悩所知の二障というものは、我と法との上から生ずるものであって、我は一個人の上からいったもので、法はむろん万有の上より申したものであるが、我の上に起こるものが我執で、法の上に起こるものが法執というのです。そして我執から起こるものを煩悩障というので、この煩悩障は見惑という一つの惑いから起こるものであるから煩悩障といったもので、法執の上に起こるものを所知障といいまして、思惑の上より起こるものである。そしてこの二障にまたおのおのに分別、倶生の二種があって、分別は有意識であって、倶生は無意識である。その分別起の方はその性質粗であるからしつこくないにより、断ずるには至ってやすいが、これを断ずることを見所断というのです。倶生起はその性質至って細かしきため、ちょうど塵の室内を容易に去らぬようになかなか断じ難い。多くの修行をしなけりゃならぬから、これを修所断というのです。そして、煩悩障は領知しやすいが涅槃の進路に妨害を与え、所知障は領知することが困難であって、しかも菩提の妨げとなるものである。しかるに菩提と涅槃とは共に仏教の上には至極大切なもので、すなわち真如を顕現させるところの機関であるから、決して捨てるわけにゆかぬ。すなわち涅槃は真如の理であって、菩提は真如を悟る智慧であるのです。われわれは煩悩障あるからして真如の理を悟ることができず、所知障あるからしてこれを悟る智慧を得ることができぬ。けれども、かようなことは哲学よりも、むしろ宗教に関係しますから深くお話しはしません。要するに個人と万有との上に執するのが迷いで、かの倶舎宗のごときは人の互いに争うというのは、畢竟我があるからのことだという。そこで無我を主張するの必要に迫ったが、ただ無我ということのみに重きを置いた結果が、この世界の根源たる七十五法は実有であると信じ、真如の妙理があるということは少しも知らぬのです。しかるに法相宗は個人の上ばかりではない、すべて万有の上にも決して実体などあると思うはみな心の上の現象だとするので、むろん煩悩所知の二障は断ずるので、この点が本宗の小乗の上に位するゆえんです。けれども小乗は前にお話ししたように、決して排斥すべきものではない。大乗に至るのはしごであれば、小乗の雲霧を払うて大乗の光明を輝かすことができるのです。また、

 2 小乗は研究の範囲

が至って狭く、ただ事界にのみとどまってほとんど理界に及ぼさない。しかるに大乗法相宗(大乗と申しても権大乗といいまして、純大乗ではない、いわゆる准大乗であるのです)になりますと、事と理との両界があることを知るので、法相宗がここに進んだというものは、小乗で万有を分析したその結果として、法体恒有であるということが分かったから、更に進んで恒有の裏面にはある理体のあることを発見したので、この点が小乗と大いに毛色の異なるところです。かく申したならば、法相宗は成実宗と同じじゃないかという人があるやも知れませぬが、成実宗の空というのはいわゆる無の意味でありまして、法相宗の空は無の意味じゃなくして、むしろ不の意味であるによって、両者混同せぬように注意を願います。

       第三節 唯識所変の原理

 唯識所変と申すことは本宗の根本学理であって、唯識とは本心の別名で、本心はただ一つ外なきゆえ唯識と申したのですが、その本心から世界のあらゆる万物が変化所成したという意で唯識所変と申します。その変ぜらるるものと変ずるものとはいかようの関係あるか、またいかにしてこの世界ができるかという根本問題から論じて、ここに人生問題と世界問題とを解決しようと試みるのです。そこで『唯識論』の解決に空間的と時間的とがあることをまず知らなければならぬ。

 1 空間的解決

というのは、人生および世界の現象は雑多無量であるが、要するに有形と無形となり、その有形と無形との二つをいかように分類するかということを研究するので、

 2 時間的解決

というのは、人生および世界のよってきたところの原因を尋ねて、その終極の解決を試みるものです。その解決はいかにしてでき得るやというに、まず百法三科という分類法を設けてその解決を促さんとした。すなわち法相宗は宇宙万有の現象を分析して百法とするので、これを倶舎宗に比較してみますると、倶舎宗は七十五法であるから、二五法多い。これは小乗の倶舎宗より大乗の法相宗は智識が進歩したことを証するもので、一方には教理発展の一進歩ということができます。しからば二五法多くなったというのは、どこの部に多くなったかというに、有為法に二二の増加があり、無為法に三の増加があるのです。それは前の倶舎宗の分類と比較してみれば一目瞭然です。

 この百法と分類したいちいちの解釈は今到底尽くすことができませぬ。また百法のうち七十五法は、倶舎宗の解釈と大差ありませぬから重ねて説明はいたさぬ。ただ百法の分類中一、二の特に解釈すべき点のみお話ししておきましょう。有為無為と二つに分けたうちの有為法は事界であって、無為法は理界である。そこで、

 3 小乗の無為

はいまだ真の理界でなくして、ただ真如の一部分を仮に名付けただけに過ぎぬ。けれども法相宗は全く理界を指していうのです。それから無為六法のうちの前の五はいろいろと区別されておるけれども、畢竟真如の一に帰着するものである。これを『唯識論』では「この五はみな真如によりて仮立す。」          とある。すなわち真如によって仮に前の五法は成立しておるということです。そしてよし事界すなわち現象界は種々雑多であるが、すべて心一つの中に収まるものといいまして、『唯識論』に「実に外境なく、ただ内識のみあり。外境に

  百法分類表

   百法 有為法九四 色法一一 五根(眼、耳、鼻、舌、身)

                 五境(色、声、香、味、触)

                 法処所摂色

            心法八三 心王八 五識(眼、耳、鼻、舌、身)

                     第六意識

                     第七末那識

                     第八阿頼耶識

                 心所五一 遍行五(作意、触、受、想、思)

                      別境五(欲、勝解、念、定、慧)

                      善一一 信、精進〔勤〕、慚、愧、無貪、痴、                       無痴、軽安、不放逸、行捨、不害                     煩悩六(貪、瞋、痴、慢、疑、悪見)

                      随煩悩二〇 忿、恨、覆、悩、慳、嫉、誑、諂、害、憍、無慚、無愧、掉挙、

                            惛忱、不信、懈怠、放逸、失念、散乱、不正知

                      不定四(悔、睡眠、尋、伺)

                 心不相応行 二四 得、命根、衆同分、異生性、無想定、滅尽定、無想果、名身、

                          句身、文身、生、老、住、無常、流転、定異、相応、勢速、次第、方、

                          時、数、和合性、不和合性

      無為法六 虚空、不動滅、

           択滅、想受滅、

           非択滅、真如

似て生ず。」               といってありますから、外境に似かよってできたものであれば、すなわち心の現象が事界ということになる。これを『唯識論』の上からいいますと、第八阿頼耶識中に含蔵してある種子から開発したるものだというのです。かように論究しますると、無為法は真如に帰着し、有為法は第八阿頼耶識に蔵収せらるるのである。このことの詳細なる説明は唯心論の大綱というところにていたします。

       第四節 三 科

 有為無為の諸法を判じ尽くすに、倶舎、法相の分類はもとより異なりますが、三科ということはみな設けてある。今、本宗にては五位百法を建立するのである。かように五位百法と分類はしてありますが、みな唯心の外に出でぬのです。この一心を広くすると百法となし、略すると五位となるので、五位の中には有為無為が必ず摂し尽くされますが、三科には摂すると摂せられぬとがある。

  三 科 五蘊(色、受、想、行、識)…………………

      十二処 六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)…

          六境(色、声、香、味、触、法)…

      十八界 六根……………………………………

          六境……………………………………

          六識……………………………………

有為法 五蘊には有為法のみを摂して無為法を摂せず

無為法 十二処と十八界とには有為無為の二法を摂す

 三科というのは蘊と処と界との三つで、『倶舎論』によってその字義の説明をいたしましょうならば、蘊は積集の義とあって、われわれの身体は五蘊をもって積み集まったようなものゆえ、蘊の字を用いたもので、すなわち色受想行識の五蘊が積集合同して我の体を組織するをいったものです。処とは処生などといいますから、六根、六境の識を発生する門という意味です。界は分界といいますから、われわれの一身中に一八の種類があることをいうのです。要するにわれわれの一身を肉体と精神との二方面から観察した結果であるので、生理学と心理学というようなものです。ここにご注意のために申しておくのは、前表六境中の法である。六境の中の法とは七十五法あるいは百法に照らすと、小乗は心所、不相応、三無為、無表色をいいますが、大乗には意境、心所、不相応、六無為を配列されておるが、これはご注意しておかなければならぬことで、常に仏教研究者の往々疑いの出るところで、また惑うところであるゆえ、一言申しておきます。それは、

 1 小乗と大乗との現象分類の列名順序

であって、小乗には色、心、心所、不相応、無為と次第順序を立てるのに、法相宗には心、心所、色、不相応、無為と次第順序を立てるのは、倶舎宗と正反対です。元来、倶舎宗で色心等と次第するのは、色法心法の次第によりますので、その次第する理由はというに、元来われわれの精神というものは、外界の諸現象に依託して起こるものであるから、依託する外界の現象なる色を第一に出したのですが、今、本宗はそれとは違いまして心三心所というように心がさきに列せられてありますのは、唯識所変と談じて一切の現象は唯心より変化しないものはないと説くからです。すなわち倶舎宗は色を基本とし、法相宗は心を根本とした結果なのです。区別からして外境と心との関係、また八識相互の関係を説明するのが、唯識所変の原理の起こるゆえんであります。

       第五節 心意識

 唯識所変の原理をお話しする前に、心意識の意味およびそのすべての作用関係など一応講じておきませんと、唯心論の大綱をお話しするときにお分かりになるまいと思うにより、ここにその大要を講じておきます。それにはさきに表を作って大体の解釈を与えておく方が便利でしょう。

  (1)眼識∥眼根をよりどころとして色境(山、河、丘、海等)を縁す

  (2)耳識∥耳根をよりどころとして声境(人、畜、金、石等)を縁す

  (3)鼻識∥鼻根をよりどころとして香境(香、臭等)を縁す

  (4)舌識∥舌根をよりどころとして味境(甘、苦、味等)を縁す

  (5)身識∥身根をよりどころとして触境(寒、暖、風、雨等)を縁す

  (6)意識∥意根をよりどころとして法境(一切の諸法)を縁す

  (7)末那識∥第八識を所依としてただ第八識の見分を縁す

  (8)阿頼耶識∥第七識を所依として種子、五根、器界を縁す

 今この題の心意識というのは表の(6)(7)(8)の三種であって、その他はお話ししないのですが、大体このように八種に区分せらるる大要をお話ししようならば、元来、

 1 阿頼耶識

は無質礙の法で相も形もないが、しかも万法の根本となり、よく心所をもっておるから、その作用は非常なもので八種あるのです。かように心意識の区別がありますのは、小乗にはもちろんない。けれども法相宗にはその区別は明らかになっておるのです。まず、

 2 第六識

はちょうど心理学上の知覚にひとしいが、第六意識は思量が義であるから、心理学の思想作用がこれに相当するのです。この意識は、前五識は各自相手の一境だけ縁するとは違って、一切の諸法を相手としてあらゆるものを了別し、または過去を追念し未来を予想し、泣くも笑うもこの識の関せざること絶えてなく、実にその作用の場所は広くあって、前五識が起こらぬときでも、第六識だけは常恒不断にその作用を止めずに起こっておる。故に知覚にもし内外の別がありとすれば、前五識は外知覚であって、第六意識は内知覚であるのです。この意識に、五倶の意識と五後の意識と独頭の意識との三種がある。その五倶の意識とは、前五識と同時にともに起こるからこの名があるので、たとえば桜花を眼識が縁するときは意識がただちにともに縁するのです。五後の意識とは前五識の起こりて境を縁したる後に起こりて分別することで、たとえば桜花を見たときに眼識は他の花を見、意識はその桜花に向かって分別すると違いないので、それとひとしい。独頭の意識とは独立して起こるので、前五識には少しも関係しない。たとえば睡眠中には前五識はその作用を止めておりますが、意識のみひとり起こって夢みるようなものです。

 3 第七末那識

とは末那はインド語であって、翻訳すると意となるので、意とは思量の義で、内縁和合の阿頼耶識の見分、見分とは能縁の識用であって、たとえば鏡の明のごときものであるのをよりどころとして常に縁しますから、その結果として実の我というものがある、実の法というものがある、というような邪執を起こす根源となりますから、この第七識はよほど注意に注意を加えなければならぬので、第六意の善悪邪正を分別するのも、また煩悩業を作って生死に沈淪するのも、みなこの末那識の染汚によるので、これに反して煩悩を断除し人法二空の真理を悟るのも、またこの末那識が清浄となるによるのです。故に染浄識といいます。かくお話ししたならば、諸君は疑いを起こすであろう。第六も意識であったが、また第七末那識も同時に意識である、さればさきの意識といずれが違うかと。それはこういう関係があるのです。第六識を意と名付けたものは、第七識によって起こるわけからそう申したのである。つぎに第八阿頼耶識というのは、心意識と区別した中の心に相当しておるので、前の諸識の根本で常恒不断に、世のあらゆる現象を変現して自ら了知する非常なる作用のある識で、阿頼耶というのはやはりインド語で、翻訳すると蔵ということになる。蔵というのは包蔵とか含蔵とかいうのであるから、有為無為の一切の種子を包蔵し、外界の要求に従って一切諸法を開発するのです。しかし眼識より阿頼耶識に至るまでの諸識は、みな親密な関係を持っておりまして、決して独立しておるものは一つもない。すなわち前六識は第七末那識により、第七識は第八阿頼耶識によりてできておる。故に第八阿頼耶識は一切の心の本源でありまして、また一切万有の根本であるのです。今、

 4 心的作用の区別を小乗と大乗とに比較

するに、小乗にては六識を説きますが、大乗にては八識を説くのです。故に小乗では第七識以上は少しも知らぬ。大乗にては我法の出所を第七末那識か第八阿頼耶識の見分を所依とするにありといいますが、小乗では我法二執の出所が不分明である。これは第七識以上を説明しないからです。しかし第七識は心理学上にては説かない説で、ひとり仏教だけでこれを説くというものは、宗教上の必要から起こったものらしい。仏教の主義として迷妄を排することははなはだしい。その迷妄の起こる本源を論定するの必要よりして、第七識を設けて、我法二執の出所を断定したものに相違ない。しかるに第八識はカントの自覚の体と同じで、内界外界の諸作用はみなこの中から集まり起こるものであるとするのです。このように第八識を立つるをもって、法相宗は唯心論に属することが明らかでしょう。

       第六節 第八識と前七識との関係

 これより第八識と前七識との関係を講じましょう。第八の阿頼耶識を蔵識と翻訳するといいましたが、その蔵というのに能蔵、所蔵、執蔵の三義が包蔵してあるので、第一の能蔵ということは前七識と第八識とを対比してみると、第八識はすべての種子をよく蔵しておるために、その種子よりいろいろの現象を開発するものであれば、第八識は能蔵の位置にあるのです。第二に所蔵とは前七識から阿頼耶識に種子を与うるから、阿頼耶識は所蔵となるのである。すなわち阿頼耶識中の種子というものは第八識自身にて作ったものではない。みな前七識から種子を与えられたものです。その関係をたとえていわば、春に種子を下して秋になってから果実を取り上げ、その果実をまた明年に植えて種子となし果実となるのと少しも違わぬ。すなわち阿頼耶識中にあった種子が開発して七識となって、十分実ったところで再び種子を阿頼耶識に与えますから、阿頼耶識は能蔵ともなればまた所蔵ともなるのです。つぎに第三の執蔵とは七、八両識の比較関係でありまして、第七識は第八識の見分を縁して我なり法なりと執する識であるから、これに能執蔵、所執蔵との二蔵がある。すなわち第七識は第八識に対して我法の執を起こすから能執蔵であって、第八識は所執蔵となるのです。

 さて第八識に一切万有の種子を収蔵することを述べましたが、その種子に

 1 本有と新熏

という二つがある。本有種子とは本からあった種子ということで、阿頼耶識自身にて本来もっておったのです。新熏種子とは外から与えられた種子です。そこで本有種子はちょうど心理学上でいうところの、われわれの智識は本来固有するものだと説くところの本然論者の説と少しも違いない。新熏種子はわれわれの智識は本来固有するものではない、いろいろの経験から生じたものだと説明する経験論者の説とひとしい。この点については同一仏教者中でも異説があるので、まず『唯識論』によるのに、護月は一切の種子は本来あるものだと主張し、これに反して難陀は一切の種子は経験からきたものだと主張し、両々相下らなかったが、護法はこの両主張に対して折衷説を唱えた。すなわち諸法の種子には本有と経験との二種類があると主張した。ちょうど哲学者ライプニッツの本然説は護月の本有論に類しており、ロックは経験論者であるが、難陀の熏習論(すなわち経験論)はよくロ氏に似ておる。そしてカントの大哲がその二説を統合して、一半は本然、一半は経験としたのは、ちょうど護法の折衷論に相当しております。かようにいろいろと異説紛々また紛々という有様で、いずれを可とし、いずれを不可とすることができませぬが、今年の種子は去年の実からでき、去年の種はそれ以前の種から出るので、かようにいにしえにさかのぼると無限であってとどまるところがない。すなわち今年の本有は前年の新熏であって、前年の新熏は前々年の本有であるのです。故にこれを無始の本有、無始の新熏というので、これにおいて一種の原理が定まった。すなわち種子、現行を生じ、現行、種子を熏ずといい、種子開発して一切の万法ができ、万法また種子を熏じて来往循環して際限ないことを現したものです。

 さておいおいとお話がむずかしくなったが、またここに一つむずかしいことがある。この唯心論を立つるに、

 2 四 分

ということがありまして、四分とは相分、見分、自証分、証自証分である。相分というのは外界の現象であって、心理学にてはこれを顕像とでも名付けましょう。見分は相分を認むるものであって、知覚とでもいわばよろしかろう。自証分は見分を認むるものであって、これを自知という方がよかろう。証自証分はまた自証分を認むるものであって、自知の自知である。また、

 3 共変、不共変

ということがあって、われわれが外界をみるにつけても、他人と共に変ずるものと変ぜぬものとの二つがある。すなわち甲と乙と共にある一物を見て、相合うというのは共変であって、相合わないのは不共変である。かようなむずかしい説明を下すのが、すなわち唯心論を組織する論拠であります。

 要するに法相宗の唯心論は各人的唯心論であって、各人が持っておるところの第八阿頼耶識の中に、一切の万法が顕現すると説くので、相対性唯心論、差別的唯心論である。加うるに現行熏生相待ちてあらわるると説くは、法相宗特有の唯心論です。

       第七節 唯心論梗概

 再びここに唯心論のことをお話しいたしたならば、講述が重複せぬかとのお疑いがありましょうが、そんな憂いは少しもない。予がここに再び講述するというものは、今までの講義が部分的であって統一的ではない、故に諸君は唯心論の大要はどこにあるか少しも分からずに、夢中にはしってきたという傾きがありやしないかとおもい、重複をいとわず、再びここに講ずるわけです。

 法相宗が仏教各宗の中で、一異類を放ちて大いに得意がっておるというのはどの点にあるかというに、一宗の宗義を唯心的に立論したからである。今その論旨をうかがうに、われわれが一度目を開けば、宇宙に森然たる万物がちゃんと存在しておるのが見えましょう。さあこれが大いなる論のあるところで、ちゃんと諸現象が目の前に森々羅列しておるのに、唯心の所現というのは現実に反しておるじゃないかとの疑問がたしかに起きるに違いない。この疑問に対して、万物はすべて心の動揺によって見ることのできるもので、もし一度心が動かなかったならば、すなわち一物も見るべきものがない、故に万物は心以外に少しも存しない、心が動揺すると同時に心の上に現るる影縁に過ぎない。果たしてしかれば、唯心という点においては決して妨げのあるものではないという論断です。これを三界唯一心とか、心外無別法と説いたわけです。かように説明しますると、ここに必ず疑問が起きるでしょう。その疑問は、われわれが心の動揺するときをみますると、あるいは外界になんらの実物がなくして、ひとり影像だけ現出することがあり、あるいは過ぎ去ったことを無意識に追想したり、あるいは未来のことを予想するようなことがままありますが、かような点からいいますと、すべて物というものはみな心の上に現れ出た影像だと断言はできますまい。はたして心上に現るる影像の外に物があるとするならば、ただ心の所造と断言することはできますまい。ここに至って物と心との間にはいかなる道理があって能所、主客の関係があるか、この疑問に答弁せんがために、まず心を八種に分類して八識の名を立てて、その疑問の氷解に努めたものである。

 けだし人生および世界の現象は最多無数であって、したがってその変化も一とおりではないが、その根本を求むるときは主観的精神作用の結果であります。しかしその精神的作用は決して単純のものではない。倶舎宗や成実宗などにては六識に分類しますが、更に深くその理を究むるときはここに根本たるべきものがなければならぬ。その根本はなにかというと阿頼耶識というのである。しかし阿頼耶識のみにてはたらくものではない。またこの阿頼耶識に伴って少しも離れずにはたらいておるものがある。末那識というのがこれです。まずかように心的作用を組織して、諸現象の生ずる根本的原因をこの阿頼耶識について説明し、またわれわれが生死に輪廻するゆえんをこの末那識にて説明しようと試みたので、ここに心を分類して眼、耳、鼻、舌、身、意、末那、阿頼耶の八識と分類したが、なかなか巧みなもので、この八識が動揺の現象作用を呈するときに、心象作用がどうなるかというに、その作用の有様を相分、見分、自証分、証自証分の四作用に分けまして、この四つの作用が、ある現象作用を呈するときには一緒に起こるものを知るというのです。もしそうでなかったならば、精神作用の結果は見ることができない。そこでその相分というのは客観的対境であるので、心象作用の規則としてその第八識が動揺したときには、なんらの影像を現し出さんものはないと仮定して、その影像を呼んで相分といったもので、決して心の外に存するものではない。見分というのは主観的作用であって、ちょうど鏡が影像を現出してその鏡面に大小、長短、方円をあらわす能力があるような具合に、およそ心の発生する場合には、必ずある影像を現出してこれを照らし見る作用のないことはない。この作用がすなわち見分というのです。自証分というのは見分の作用を自ら証明する作用であって、前の見分がその作用を呈するときに当たって、われは今、花を見て喜んだ、われは今、明月を見て悲しんだなどなどと、外部に対する作用を内部から証明するものがなければならぬ、その作用を自証分というのである。証自証分とは自証分の作用を更にまた証明するもので、これは理論上やむなく設けたもので、われわれが実験することのできぬ空想のものである。しかしその精密なことは到底普通の心理学者などは到底及ばざるところがあるのです。

 要するにかようにむずかしい議論を喋々するというものは、人生および世界の諸現象を解釈しようと試みたためです。この世界の現象というものは、無量無辺であって、容易に数え尽くすなどということはむずかしい。しかし要約すると有形と無形との二質になるので、その有形質のものを分類すると色、声、香、味、触の五種に外ならぬ。そしてこの五種が眼、耳、鼻、舌、身の五識の相分でないものはない。故にこれを五境といいます。また無形質のもの数限りもないが、一として六意識の相分でないものはない。故にこれを法境といいます。かように解釈していうのに、世界の現象はすべて眼、耳、鼻、舌、身、意の六識精神作用でないものはないと論ずるのです。けれどもいまだ唯心論の十分に成立し得ない点がある。なんであるかというに、前に申した眼、耳、鼻、舌、身、意の六識の面上に色、声、香、味、触、法の六境の影像相分を現すというものは、六識の外に本質が実在しておるのではないか。もししかれば唯心的論断と衝突しなければならぬことになる。この衝突はいかにしたらよかろうかというに、これを弁明しようとするものはすなわち阿頼耶識の観念である。阿頼耶識は末那識と共に現象に属すべきものであるけれども、その現象作用は至極細微であるから不可知的である。不可知的ではあるが、いろいろの論証によってその存在たるを認むることができる。存在を認めた上は心識の規則として、阿頼耶識も相分、見分、自証分、証自証分の四作用をそなえておると定めても差し支えない。この理から推して、眼、耳、鼻、舌、身、意の六識の面上に現るる相分の本質そのものは、すなわち第八阿頼耶識の相分であるとして、唯心的論断を解決せんとしたのである。

 以上は空間的唯心論の大要といっても差し支えない。更にこれに対して時間的唯心論をお話ししなければならぬ。時間的唯心論とはいかようのことかというに、前にも申したように、人生および世界に関する現象がどうしてできたかというその始際を尋ねると共にその終際をも究めようとしたので、換言すれば輪廻問題の唯心的解決といってもよい。そもそも輪廻とはどういうことかというに、われわれが生き変わり死に代わりするので、その説の本は婆羅門教から出たものに相違なく、その説を釈迦が上手に応用したもので、かの四諦や十二因縁にていろいろと解釈を施しましたが、いまだ十分理が尽きていない。なぜというに、なるほど婆羅門教においては、我の実有を認むるによって輪廻の解釈はたやすくできましょうが、仏教は我の存在を認めませんによって、輪廻の解釈はすこぶる困難を感ずるわけです。よしんば輪廻するのは惑業の力によるといいましょうが、個人的に永く持つものがなかったならば、輪廻の必然的なるを論証することができない。かようなわけで、法相宗は婆羅門教の我の代わりに用うべき阿頼耶識の存在を認めたに違いない。これは小乗の業感縁起より一歩進んだ説といわなければならぬ。そこで阿頼耶識はどんな作用をなすかというに、前にもしばしば解釈したような具合に、阿頼耶は蔵の義であって、世界のあらゆる現象の生ずべき種子をもっておるという意から阿頼耶識の名があったので、物であろうが心であろうが、なんでもかでも、この阿頼耶識から発現せぬものはないので、阿頼耶識を灯柱に比すれば、諸現象は火炎のごときものである。これを「種子は現行を生ず。」(種子生現行)というので、種子は阿頼耶識そのものの力とみることができます。ここで大議論が起こるので、前に一言申しておきましたが、その種子は先天的に自然に存在してあるものか、はた後天的に人為によってできたものか、という大議論になって、容易にその落着をみない。ついに本有説と新生説と合用説との三説ができましたが、その大要は前に略説しておきましたから、ここには再び講じませぬ。

 とにかく、生物として世に存する人類は、その原理どこにあるかと求むるに、種子生現行、現行熏種子という因果法によるのである。そして無限の間、車輪のように回転してやまないというものは、唯心的精神作用によるのです。しからば、いかにしてその精神作用が輪廻の中心となるかというに、末那識をもって説明せんとするので、果たして前に講じたような具合に、世の諸現象がことごとく唯心的である上は、われわれはこれを唯心的現象とみることができると同時に、すべての現象世界は虚象であること、あたかも水に映じておる月のようなものかというに、事実はこれに反しておる。心外にたしかに万有の歴然たる実有が見えるはどうしてかというに、この疑問を弁解して我法二執とし、われわれ妄想の習慣としてかくのごとくにみせしむるものであるとする。そしてその妄想の基礎を第七末那識の上において説明しようとした。そこで末那識は後天的のものか先天的のものかというに、もちろん先天的のものです。末那識は阿頼耶識と共に無始より存在しておるもので、しかも末那識というものは我執と法執との二つから成り立って、我法二執の妄想の外には他になんらの観念をもなにもいだかぬ。基礎はかようであるから、その七識を基として現象するところの前六識というものは、万有の唯心的現象を観破することができないで、心の外になにか実に存しておると認むるもので、これがすなわち我法二執で、われわれが生死の海に浮沈するのがここにあるとする。故にこの我法二執を否定してしまって我法二空と説くことは、倶舎宗とは異なっておりますが、唯心的現象として万有の存在を認むることは倶舎宗と少しも異ならない。まず簡単に時間的唯心論を略説いたしました。

       第八節 法相宗と中道宗との関係

 仏教の根本主義はどこにあるかというに、非有非空の中道にあるのです。しからば中道ということは、前講に分類しておきました有空中三宗のうちの中道宗だけにて説明するのであるかというに、中道を説くはひとり中道宗のみの専有ではない、法相宗においても明らかに説いてある。しからばその

 1 中道をいかように説いてあるか

というに、法相宗において有空中の三時教を立てて、一代の教えを判じてある。これを教相と申すのです。教相というのは釈迦如来が説いた教えに対して、その宗その宗によって判断をして、その宗の勝れるを判決する一種の解剖学です。今、本宗は『解深密経』『瑜伽論』その他二、三の書によって有、空、中の三教と分判し、その三教にあらゆる仏教を比例したので、左に表をもって略解すべし。

  第一時有教∥小乗教、『阿含経』等を摂す

  第二時空教∥権大乗教、『般若経』等を摂す

  第三時中教∥大乗教、『解深密経』『華厳経』『法華経』を摂す

 第一時の有教は小乗の法であって、我法二執を破析したもの。第二時の空教とは般若皆空の説であって、我法二空を説明したもの。第三時の中教というのはまさしく唯識中道の教であって、前の二教を不了義といい、後の一教を了義教というのです。了義教というのは、遍、依、円の三性と相、生、勝義の三無性を顕了に説かれてあるから、了義教というのです。さてその

 2 遍依円三性

とはどういうことであるか、遍依円三性はすなわち三教を証明するものなのです。遍とは遍計所執性の略であって、小乗の空我実法に執することで、すなわち人生および世界の現象は、唯心的であることを悟らざる妄見が、すなわちこれです。およそ人は人生と世界とに対して根本的に唯心の旨趣を悟ったならば、百般のことについて誤りはない。世の人のよく誤るものは、心のなんたるかをよく明らかにせんからである。それ故すべてのことについてあまねく計着して所執の念が去らぬから、大いに誤ることが多い。試みに諸君が鏡を猫の面前に出してみたまえ。猫が自己の面影であるということを知らずして、一生懸命に影中の猫を捕まえんとあせるではありませぬか。それと同じく人生も世界もみなことごとく唯心的なることを悟ったならば、これと同時に非有似有の虚相であったということが分かる。したがって惑業の過失もなくなるのです。しかるにわれわれは唯心的現象であるということを知らんからして、似有(世界は、によってできておる故、似有という)の点に固着して、非有(世界は、によってできてあるも、実際あるものにあらず)の点を看破しないのである。したがいて、差別に僻し実有に失するの傾向があるのです。ついに惑業の過失を増長して生死輪廻の苦しみを重ぬるようになるが故に、これを情有理無というのです。

 つぎに依というのは依他起性というので、この性は実我実法の体はないが、他の因縁によって仮に差別の現象を示すのをいうので、依他起性というのは人生および世界に関する現象の中で、なに一つとして自立独存の自然物は一つもない、みな依立依存の因縁物だとの意味で、万有はすべて唯心的現象であることをあらわすので、もし万有がすべて唯心的現象であれば、すなわち依立依存の因縁物である。果たして依立依存の因縁物であれば、すなわち鏡中の猫と少しも異ならん。鏡中の猫なれば非有似有の虚相といわなければならぬ。万有が真に非有似有なのを呼んで依他起性というので、これを理有情無という。

 つぎに円とは円成実性の略称で、その体は真如であるから、もとより真実にして本来実在するというのです。言を換えていえば依他起性の名を命じた諸現象の実体がこれであるのです。すべて依他起性の名を被むる諸現象であったならば、その実体はもとよりあるので、依立依存のものにはきっとその実体はあるのです。故に依他起性なる実体を呼んで円成実性としたのである。ただしこの実体というのは、いかなるものにも円満成就するところの実体であるという意味の名目にして、いわゆる真如をいうものです。故にこれを理有情無という。表解すれば左のごとし。

  三性 遍計所執性 妄 空 情有理無

     依他起性 仮

     円成実性 実 真 有 理有情無

 この表によってみても、遍計所執性は空であって、依他円成の二性は有である。されども、この世界は非有ではあるが因縁によって生ずるから、また非空ともいうことができる。故に非有非空の中道が真理となっておる。

 そして、この

 3 中道に三性対望の中道と一法中道

というのがある。すなわちその一は遍依円の三性を比較対照した結果で中道がありと断定し、その二は遍依円三性おのおのその一性に中道の理がありとし、遍計の空の中にも自ら中道があれば、依円の有の中にも自ら中道がそなわっておるというので、このような理由からいえばこの宗を中道宗と称するのが決してわるいことではないけれども、ここに注意すべきことは、この宗のいわゆる中道というのは事と理とが隔歴せる中道で、事界では阿頼耶識が本で、理界には真如が本である。その真如の理がただちにこの世界をあらわすのではないから、真如凝然不作諸法といって、真如は凝然として現象以外に独立して、阿頼耶識のように一切の諸法は作さぬ、一切諸法は阿頼耶識から開発するものだとする。かようにこの宗は事と理とが相隔たっておるが、天台宗以上になりますと、理界からすぐに事界ができ、理と事との間が実に融通自在であるのです。今、法相宗の宇宙分析論を図でもって示すと右のようになる。

       第九節 差別論と無差別論

 法相宗に差別論と無差別論とがある。差別論というのは種子に差別あるという論よりして、かような説があるのですが、それ故に本宗を三乗各別宗ともいうのです。三乗というのは声聞、縁覚、菩薩で、これに人間と天上とを加えて五姓というので、したがって五姓各別ということも説くのです。五姓というのは一に定姓声聞というので、きっと声聞になるべき種子がちゃんとそなわっておるので、二の定姓縁覚とは縁覚になるべき種子がちゃんとそなわっており、五の不定種姓は声聞にも縁覚にも菩薩にもなることのできる融通のきく種子である。そこで仏になることのできるのは、どれとどれであるかというに、もとよりその資格のきまっておるものは、仏になることはできない。ただその資格だけに外ならないが、定姓菩薩と第四の不定種姓の二つは仏になることができる。なぜというに、菩薩は仏のすぐ次位にあれば少しの修行にて仏になり、不定種姓はもとよりいずれにもなることができる故、少しも差し支えない。かような区別を設けて一切の人類を区別し、阿頼耶識の中にその異なった種子のあることを説きますのが、すなわち差別論です。しかるに実大乗になると一切衆生悉有仏性といい、また草木国土悉皆成仏といいまして、一切の人類はもとより仏になるべき性格を具し、草や木や国土に至るまで、成仏せんことがないというのですから、むろん無差別論である。言を換えていわば、前者は不平等論で、後者は平等論ということができるのです。かようなわけであるゆえ、法相宗は実大乗の説を指して方便であるとして、一乗方便三乗真実というのですが、実大乗はまたこれに反して三乗方便一乗真実と、まるであべこべにその主張を異にするので、互いに自己の法が最勝真実の教えだとしておる。なぜかように同一仏教でありながら、その主張するところが水火の争いもただならぬ有様かというに、この相異を生ずるわけはどこにあるかというに、法相等の権大乗は実際から説き、実大乗は理論から論ずる相異よりして、こういう結果が現れたのです。すなわち実際の上からいったなら一切衆生皆成仏と許し難いでしょう。われわれが実地に目に見、耳に聞こえておる目前の人々が、罪人も悪人も善人も小人もみな共に成仏すとはどうしても受け取れがたいが、もし理論の上からいったならば、理論の上では真如開発の理を説くから、真如という上よりみると、世界ことごとく平等、人類ことごとく仏になる資格のあるもの故、一切みな成仏という意見は明らかに成立するのです。要するに本宗はその資格、権大乗である故、したがって説くところ差別論に傾くのは勢いの免れないところで、もう一歩進めば実大乗に至るのです。

       第一〇節 批 判

 これより法相唯心論と西洋哲学の唯心論とを比較いたしておきます。これ仏教哲学の本意である。まず西洋の唯心論者にはどういう人がおるかというに、イギリスにバークリー、ドイツには有名なカントおよびフィヒテなどがおって、これらの人々はみな近世の哲学者です。まず三人の説の大要をつまんで抄録しておきまして、次下順に批判をしてみようと思う。

  (一) ジョージ・バークリー(1685―1753)の唯心論というものは、ロック(1632―1704)の説に基づいて起こったものである。しからばロ氏の説はどういう説を主張したかというに、物と心との関係について物に二種の性質あることを説いた。その第一種は方円曲直のごとき性質のものを指すので、その第二種は音声寒暖のごとき性質である。そして前者は物に属して、後者は感覚に属するのです。故に前者を客観上における性質ということができ、後者を主観上における性質ということができるのです。それ故、前者はなんびとも同一であるが、後者は人によって異同あるのです。そしてわれわれの観念に対して、ロ氏はいかような観察をもっておるやというに、まず人の心というものはあたかも白紙のようなもので、人が生まれ落ちても、その脳中には先天的に既存しておる先天観念というものはない。観念というものは一に経験から出たもので、われわれの経験はわれわれの感覚および内省から生じたものであるから、前者は客観的外物からきたり、後者はわれわれの心意が心意を対象とするよりきたのであるというのです。しかるにバ氏の説はというに、バ氏は主観的唯心論者の始祖であって、実在は神の外ないと主張した人である。その説に従えば、外物には大小長短方円のいろいろの形があるけれども、そのように種々の形の存してあるということを知るものは、みなわれわれの感覚の知るところであるから、第一種の性質も主観上にあるとし、かつ氏は感情も感覚もすべて観念である、世界の広大なるもみなこの観念の上に成立しておるものであるというのが、バ氏の唯心論である。けれども翻ってその観念の本源および外界の事物はなにかというと、われわれの観念写象に過ぎぬと答うるのです。その写象がわれわれの心に投射映現するものはなにかというに、それは神である、神の力によるのだと説明するのです。

  (二) カント(1724―1804)の説の大梗は今つまびらかに説明することはできませぬゆえ、ごく簡明に一言だけをお話ししておきます。カ氏の説の根本というものは我という点にあり、我ということはすなわち主観であるのです。その我というものに二様の見方があって、その一は理論的我であって、他は実際的我です。故に前者は所動的であって、その存在は現象界に限り、後者は能動的ですから自由的自動的である。畢竟するにカ氏の説はこの主観の説明の布演したものといって差し支えない。したがってカ氏は心の本体を解剖して、本体中に物象と心象との二つがあって、物の本体はまた別に心体以外に存在しておると唱えた。

  (三) フィヒテ(1762―1814)の説を挙げよう。フ氏は主観的唯心論を唱えた人であるが、氏の哲学の根本はどこにあるかというに、絶対我すなわち普遍的理性というものなのです。この絶対我を基礎としてカントのいうような外界物如の実在を否定し、物如というようなものが外界に実在しておって、われわれはこれによって、不断触感発動せられておると考うるは大いなる誤謬であると論じた。この絶対我の上に物と心との現象を示すと説いたばかりではない、絶対我からしてこの世界ができ、我自身が自己を確かむるために非我を生じたものであると説いた。

  この他、シェリングの客観的唯心論、ヘーゲルの絶対的唯心論などありますが、今は略しておく。

 今、上来三種の説を法相宗に比較するに、いずれも異なっておる。けれども強いて比較をとるならば、仏教中にも唯心論に二種ありということができる。その一は世俗唯心論であって、法相のごとき相対差別上の説と、その一は勝義唯心論であって、起信、天台のように真如そのものの作用の上に立てる説との二つです。今バ氏の説をみるに近く、カ氏、フ氏の二説は起信、天台の説に似ておる。そしてバ氏の説を法相に比較してみると、似ておるといいましたのは、二説共に現象上の論であって、またバ氏のいわゆる神というものは、法相の真如とはもとより異なってはおるが、阿頼耶識の本体を真如と立つる上からみると、その真如と神とやや相似ておるところがある。これに反対してカ氏、フ氏の唯心論は、現象を超えて本体上に唯心を説くものです。またフ氏が絶対的我からしてこの世界ができ、我自身が自己を確かむるために非我を生じたという説は、『起信論』に真如そのものをとって一心とあるといい、開いて真如、生滅の二門あるとしてあったのによく似ておる。故にフ氏の説は起信以上の説に相当すといわなければならぬ。また法相宗の説はある部分においてカントに類しておるところをみる。すなわち法相宗に種子と現行とが相互に交差するわけを説くのは、カ氏の本然、経験の二論を結合したるに近い。また一方からみると法相も宇宙の分析上に有為と無為との二大区別をなすをもって、カ氏と同じく二元論であって、その唯心を唱うるわけは現象界の上にあるのです。もちろんその二元の立てようは双方全く異なっておるけれども、その間に多少似かよっておるところあるは事実です。まず法相宗の講義はこれにてやめておきます。

 

     第九章 三論宗

       第一節 発 端

 まず三論宗という名称はどういう意味を含んでおるかというに、三論とは竜樹論師の作られた『中観論』『十二門論』と、提婆論師の作られた『百論』とを基礎としてできた宗教で、したがって竜樹、提婆の二師が本宗の始祖となっておるのです。この宗の

 1 主 義

はどこにあるかというに、破邪顕正の四字に摂することができる。

       第二節 目 的

 すでに本宗の主義は破邪顕正にあると申しましたが、全体いかなるものが邪でいかなるものが正かというに、前講にて大乗空宗を二つに分けると、有門と空門との二つに分かるることをお話し申したが、その空門の方がすなわち三論宗であるが、論理発達の順序からしますると当然のことです。故に法相の有門から進めば、空門の三論宗となることは、なにも怪しむに足らんのです。すでに法相宗立論の大要は前にも申すとおり、遍依円の三性の中で、依他起性は有であると説くことは、諸君が十分ご了解のことと思う。その有と説明するのを、本宗にては空だと論ずるのです。故に大乗中の空宗ということがいえる。ここが往古、護法と清弁との大議論のあったところです。なぜこの宗は有に執着する念を掃うて空ならしむるか、それにはなぜ、

 1 破邪顕正

を用いるかというに、まず第一に邪というのは四宗の見解と我法二執との邪がある。四宗の見解を末汚末迷の邪といい、我法二執の邪を根本の汚迷というのです。四宗の見解とは、(一)に実我実法の邪見、(二)に三世実有法体恒有の執見、(三)に我法二空の偏見、(四)に教相判釈立教の異同論の邪見であって、これらの邪見は正法を掩隠するものであるから、あくまでも破折しなければならぬ。かかる邪見を破折して正道をあらわすのが本宗の目的です。故に三論の要旨というものは、破邪顕正に外ならぬのですが、破邪の外に顕正がなく、顕正の外に破邪はない。その破邪というのはわれわれの妄見を打ち破って、真如の妙理をあらわすの謂で、これがすなわち顕正であるのです。要するに破邪顕正ということは、有所得の見を打ち破ってしまって、有無泯絶の至道に達するより外ありませぬ。

       第三節 三 要

 三要とは二諦、八不、中道との三つであるにより三要と申したので、三論宗においてはこの三つは実に扇のかなめのごとく、ほとんど全生命であるのみならず、破邪顕正の道理を説明する上においてもっとも必要であって、破邪顕正の道理はこの三要によって証明せらるるのである故、ぜひ講述するの必要がある。

 大体、二諦とか八不とか中道とか破邪顕正とかいうわけは、三論宗における涅槃観∥真如の方法なのです。すなわち二諦、八不、中道は涅槃観のための三大要件であって、破邪と顕正とはその三つの要件を通るためのレールのようなものです。故に両者の関係というものは、至極密接のものということができます。思うに、

 1 二 諦

というのは真俗二諦ですが、二諦といいますと一般の人々は通仏教かのように思うておらるるが、もちろんそれには違いないが、前講にもお話ししたように、仏教の教系に実体的と縁起的との二つがあるといいましたが、今この二諦は実体的教系に属しておって、縁起的教系には少しも関係しない。故にその説明も抽象的である。さてその真俗二諦というについて、真俗相関論と真俗出体論との二つがある。真俗相関論というのは、俗諦は有であって、真諦は空である。そしてその有は空に対する仮名であるから、その空も有に対する仮称ということができましょう。果たして有は空に対する仮名であれば、すなわち非有の有で、また空は有に対する仮称であれば、すなわち非空の空です。もし空に異なるの有でなかったならば、有は空の有です。また有に異ならぬ空であったならば、空は有の空ということはできる。かように論じつめての結局は、真俗不二合一のものということができます。つぎに真俗出体論というのは、真諦とか俗諦とかいうのはなにものを指すかとの疑問を解決するための論である。そして通常この疑問を解答して、ただちに二諦は真理であるというのである。真理であるから同一というのは一般の見解であるも、三論宗ではこれを同一のものとみない。もし真理を月に例してみると、二諦は月を教うる指のようなものだ。真理は元来不二なものであるが、真俗二諦と分かれしものを真理と分かつことができましょうか。有といい空といい、真といい俗というのは、畢竟真理を指す月に過ぎぬのです。

 このように真俗二諦は教示の言論であって、いまだ真理ということはできない。言論のあるうちは到底真理ではないので、真俗に泥着しておるから、有というと必ず有があるものとおもい、空というと必ず空なりと思う考えがあってはいけぬ。かような考え、すなわち妄執をなくするにはすなわち八不の力です。

 2 八 不

というものはもと『本業瓔珞経』の説であって、その説を『中観論』の初めに掲げて、『中観論』の主義はどこにあるかを知らしめた。八不というのは不生、不滅、不常、不断、不一、不異、不来、不去であって、この八不の裏はすなわち八迷である。その八迷を空するのがすなわち八不なのです。そこでその意は那辺にあるかというに、前にもしばしばいったように、実際的教系の必要なるところは真理の直覚というところにあるので、故にこといやしくも真理直覚に障礙となるものは、ことごとくこれを排除しなければならぬ。しかるにその障害物というものは必ずしも、外界にのみに存するものではない。むしろ内部の精神界に多い。すなわちわれわれの認識想像であるが、その認識想像にはいろいろ種類があるけれども、かなめをとっていうならば、迷は生、滅、断、常、一、異、去、来の八種にありと仮定してこれを説いて八迷といい、この八迷を否定するものを八不というのである。かようにして、八不の剣をもって八迷の軍を征伐し、少しも後患のなくなったのが、すなわち

 3 中 道

で、ここにおいて初めて妙理が現るるのです。そしてわれわれが事々物々に執着していろいろの妄論をなすものを、この宗にては

 4 戯 論

と称するので、戯論は愛論と見論との二つがあります。愛論の愛はおしむという字であるゆえ、取着の心が出るというのがその義で、情感上執着するものを称し、見論の見は見解などと熟語をするから、決定の解をなすことを意味し、智力上偏信するものを意味した。このように智と情との上に生ずるあらゆる有所得の見を打ち破って、無所得の理を現すのが八不です。かように八種に区別されてあるけれども、約すると不の一字に帰着してしまい、開けば無数の不となって、一切不でないものはなくなる。この不を説明するのが、三論の目的、三要のよって起こるところです。故に天台の論は高遠幽妙であるが、帰するところ具の一字に摂し、三論の法は不の一字に収まるという。

       第四節 余 論

 三論は一方より観察すると空の極端に達した消極論である。けだし真の道理は、帰するところは有とも空ともいうべきものではない。言語によりて真如の理を説けば、すでに言語の制限を受けたものです。ただに言語のみではない、あるいは心に思い考えても、また制限を受けるものである。真の不可思議の妙理は実に亡言絶慮であって、可とも不可とも説くべきものがない。この点になると無言無思の間に妙味のあるので、達磨の黙したのも釈迦の拈花したのも理がある。この真理を開現するには一切の有を空に尽くさなければならぬ。すなわち有所得を打ち破って無所得を現すので、無所得というのは心に寸毫の有だという考えももっておらぬ。故にここに至って有というても空というても、また非有というても非空というても、なんと形容しても広大無辺の真理は到底現すことができぬ。しからば真の不可思議の理は少しも知ることができぬか、いや全然知れぬわけではない。分からぬうちにおのずから分かる味がある。これを妙というので、この妙はすなわち仏教の極意を示せるものである。三論宗はこの妙に達する道を開いたもので、妙に達するにはあらゆる制限を排除しなければならぬ。もしこれをことごとく空に煎じつめると、真理が茫然としてここに現るるのです。故に『八宗綱要』にも「八不妙理の風は、妄想戯論の塵を払い、無礙正観の月は、一実中道の水に浮かぶ。」                                というものは、三論の要旨を尽くした至言というべきである。

かく論じてみると、

 1 三論宗と禅宗

とよく似ておるところがある。ちょうど表裏の関係を持っておる。しかるに禅宗の人はいうのに、なに三論などはただ空にするのみ、空にするのはあたかも人を窒息させるようなものだ、われわれの禅はそれとは大いに異なって、空し尽くしてのち真理を開き出すので、これが禅の三論に勝るところであるといっておらるるようだが、公平の目をもってみたならば多少、我田引水の説ではあるまいか。なぜというに、三論とて決して空するのみではない、真如鏡面の塵埃を掃討して破邪の目的が達し終われば、真如の月の光というものは求めなくして現るるので、これを名付けて妙空というのだ。かような点よりいうと、禅宗と三論とはもとより類似しておるといっても差し支えはない。

       第五節 批 判

 前例によりて三論宗を西洋哲学に比較してみるに、イギリスのヒューム(1711―1776)の説に近いところがある。氏は虚無教の開祖で、ロックの感覚論をして懐疑に終わらしめた人です。今ヒ氏の説の大要をうかがうに、われわれには彼の先天観念などというものは一つもない。なぜというに一切の概念というものはわれわれの感覚に基づき、外界よりきた刺激を待ちて、初めて生起せられ得べきものであるからです。そうであるから、アリストテレスの唱えたところの断定あるいは結論のようなもの、または概念の結合とか、およびロックのいわゆる観念複合であるなどというものは、決して存在するものではない。なぜというに、観念というものは時間的に継続してきたまでのもの、決して空間的に併存するものではない。われわれの観念というものは記憶と想像との二つの力によりて、あるいはその二つの観念の相似をもって連合し、あるいは時間および空間における結合をもって連合せるに過ぎない。しかしかような心的現象というものは決して外界に存在しない。単にわれわれの精神作用に外ならぬものとして、物も心も真理もないと排斥してしまった。これがちょうど一切有を空する消極的の論に似ておる。けれども三論の消極というものは、積極に達する階梯であって破邪即顕正である。故にこの点は懐疑学とは全く異なっておる。元来仏教と西洋哲学とは、その基礎は全然異なっておって、哲学はただに道理を研究するのが目的、仏教は道理上研究の結果によって転迷開悟するのが目的であれば、三論の消極また決して西洋哲学の消極とは大いに違っておる。そしてヒ氏はカントの先鞭を着けたものであるから、ヒ氏は従来の多くの哲学者が、物と心との現象をやかましく議論しておったその理を打ち破ったために、カントはその後において物と心との本体の理を発明するようになった。これ三論の破邪をもって一切有所得の見を空し、もって中道諸宗の妙理を発見するに至らしめた順序によく似ておる。

第一〇章 『起信論』

       第一節 来 歴

 『起信論』というのはインドの馬鳴という大智者の作られた経典で、『倶舎論』とか『唯識論』のようにある一宗一派の機関にはなっておらぬ。すなわち中立主義である。故に華厳宗、天台宗、真言宗、浄土諸宗において、この『起信論』の真理を応用しない宗派はない。むかしより諸宗派の上に盛んに応用された経典の中で、この論ほど応用されたものはあるまい。仏教哲学の中心は、この『起信論』一部に収まっておるというのも差し支えないほどです。故に前講において三論宗が済んだによりて、今度は天台宗を講ずるのが順序であるが、かような関係からして天台宗を講ずる前に『起信論』についてお話ししようと思う。もっともこのことは関係の上から申したのであるが、もう一つ他の理由からいいますと、大体三論宗の主旨とするところは、表面の妄想執着を除いてしまうというところにあるのだ。妄想執着さえ除けば、その裏面には真実中道の理が潜伏してあるのだから、すぐ中道の妙理が現成するのです。その理を自由自在に説明するのが、のちに講じまする天台宗であるのですが、さきにお断り申しておいたように、本講述は歴史的の順序によらないで、教理発展の順序によると申しておいた故、今もやはり教理開発の順序からして『起信論』を講ずるのです。

 さて仏教の上で、世界万象を分類し説明するのに二つの方法によるのです。その一は存立論(実在論)であって、他の一は開発論(縁起論)である。そこで、

 1 存立論

というのは、世界万有のありのままのはたらきによって論ずるので、通常これを実相論と申して、物と本体との関係を主観的抽象的に説明するのが例で、

 2 開発論

は万物が因縁によって生々開発する有様を説くのであるから、開発論を縁起論と申して、森羅万象の生滅変化の有様を論究するので、すでに前講にもこの二論を二教系として略説してありました。

 今この説を諸経に配当していわば、『華厳経』『楞伽経』『解深密経』『瑜伽論』『成唯識論』などはおもに開発論の方に万象縁起の道理を説明したもので、『法華経』『涅槃経』『維摩経』『宝性論』『智度論』『十二門論』などは主として実在論すなわち存立の方面を説いたものです。もしこれを宗派の上からみたならば、唯識宗、華厳宗はもっぱら縁起論を主張するのです。前講、法相宗にも申したように唯識にて阿頼耶の縁起を説いて、森羅万象の諸法はみな阿頼耶から変化されたもの、阿頼耶識の外にはなにものも決してないのであると主張するのが本宗の特徴であった。また華厳などにては真如縁起ということを説いて、すべての諸法は真如から開発したものと主張する故、その主張の有様は違いますが、二者共に開発論ということはできます。しかるに三論宗、倶舎宗、天台宗に至ると、そのものの本体について論ずるゆえ実相論である。もちろん倶舎宗も天台宗も同一所論、同一主義というのではない。もとよりかれとこれとの間には、深浅高下の区別があるのです。すなわち事と理、現象と実体との差別はあるが、共に存立論という上においては彼此同一です。ことに『起信論』は一心、二門、三大というように、実相の道理を説明するによって開発論であるのです。けれども『起信論』の開発論は法相宗とは異なって、法相宗は事界の上に限りて理界の上にはほとんど及ぼさぬが、『起信論』は事理両界にわたって説くから、前者に比し幽遠高邃なることもちろんである。

 かように申したなら、事と理とは全然別物であって、また縁起と実相との二論は少しも関係がないかのように見受けられますが、縁起と実相とは互いに親しき関係のあることは、ちょうど経と緯とのごとく、二者その一を欠くことができぬので、経と緯とが相よって一つの立派な絹布や反物ができるようなもので、もし経がなかったなら、数十条の緯がいかにして保つことができようか、それと同時に緯がなかったなら、いかにして数十条の経をして一定の針路に運ばしむることができようか、必ず二者相まち相よらなければならぬ。それとひとしく法界諸象の真理を推し究めようとするに、もし縁起論がなかったならば、万有の原理すなわち本元が分からぬ、また実相論がなかったならば、宇宙の実相を知ることができぬ。かような関係を持っておるから、いずれの一方を欠いても完全なる説明は決してできぬのです。必ずこの二者相待たなければ、仏教哲学の微妙を開発することはできませぬ。そしてその

 3 縁起論に二種の別

があるようです。その一は相対的の唯心縁起論、その二は絶対的の唯心縁起論とである。元来仏教は西洋哲学のように理論にのみ走るものではなく、実践躬行がなにより肝要となっておるので、智識をもって理解し得た真理に達するのは心のはたらきであるが、なぜ「心」というような文字を用いるかというに、自分で自分の心を顧み、自治自重の心を起こさしめんために、万有縁起の大元に多く心の名称を与うるのが諸教の通説となっておる。すなわち万有縁起の大元を心と名付けてこれを主観的に見、この主観的本心よりなにものもないと見るのが仏教の通説である。けれどもその人によって別々に縁起説を説くものと、あるいは人々同体の一心縁起を説くものとの二つがある。人々別々の唯心縁起論というのは権大乗の法相宗などで説くところで、これを相対唯心論といい、人々同体の唯心縁起論は大乗の華厳宗などで説くところで、これを絶対唯心論と名付くるのです。しかして今この『起信論』はいずれに属するかというに、絶対的唯心縁起論に属するものです。

       第二節 一心二門三大

 以上、諸宗派における心性作用の諸説をお話しいたしましたによって、『起信論』の生命とも骨髄ともいうべき一心、二門、三大のお話をいたしましょう。『起信論』において一心、二門、三大と次第順序を立てて真如縁起を説くから、開発論ということができる。されど『起信論』にて唱うる開発論は、法相宗や倶舎宗などにて唱うる開発論とは異なって、かの倶舎宗にては森羅万象の現象上の説であるから、また円融無礙の真如縁起説とは大いに異なっておる。しかるに『起信論』に至るとただに事界のみではない、真如界すなわち理界の方面をも説くによって、事理円融の真如縁起説が成立するのです。

 さて『起信論』において一心を開いて二門とし、更に三大とするのですが、この

 1 一 心

というのはわれわれが持っておる一心ではなくして、万有を総括した真如そのものを一心とするのである故、一心というのは絶対の一心であって、華厳のいわゆる三界唯一心というのがすなわちこれである。つぎに、

 2 二 門

ということは生滅門、真如門の二つで、およそこの世界を一括して観察するに、一方には生滅の現象が、従朝至暮現れておると同時に、一方には不生滅の道理が存在しておる。かく二表裏をなすものが生滅真如の二門で、この二門はどこから出たものかというと、みな一心から出たものであるが、またこれを分けて体、相、用の三大とするので、体というのは実体であって不生不滅の平等で、相というのは本体から現れて一切の現象を作る性質であって、用というのは相があらわれて、善は善、悪は悪の業を感ずる作用をなすのをいうのです。

 これで大体の説明は終わったものですが、この説明で分かった人は分かったであろうが、おそらく分からぬ人が多かろう。その分からぬ人のために、もう少しお話をいたさん。まず一心ということはいかなる意味であるやというに、前にもお話ししたごとく、宇宙万有の本体に付した名称であるのですが、試みにわれわれが朝、目を開いてご覧なさい。今までなにものも眼球に入らなかったのが、一時に種々雑多の現象に触れることは疑いない。天を眺むれば日月星辰が燦然として光を放っており、地をながむれば山川草木、国土河海、丘陵雑然として相参差して実に一奇観を呈しておる。あるいは笑うもの泣くもの憂うるもの訴うるもの、千態万状なんともかともいいようがないのに、一度目を閉じて静かに観想に沈んだときはどうです、内界における心の動揺云為は、ちょうど泉のそれのごとく湧き出でておるような感じをするであろう。かように内外の両界が神変不可思議の現象を蔵しておるのに対して、なんとか解決しようと努めるのは哲学であるが、今仏教ことに『起信論』の上では、この大問題をいかに解決しておるかというに、この雑然たる宇宙万有の元体を指して一心というておる。そこで一心といったとて、われわれが常に称しておる一心とは違いまして、われわれのいうところの一心というのは相対的の一心であるが、ここにいう一心とは絶対的の一心である。けだし一とは不二無別の義であって、絶対に名付けたもの、心とは万有の元体に名付けたもので、原因と本体とを含有しておるのです。故に心理学上などにていうところの心とは、その趣向が大いに異なるのです。かく申さば、ここに難問するものがあるに違いない。その難問はというに、この絶対的の一心をどうして万有の元体といい、また原因ということができるかということである。この難問についてこう答えてある。曰く、元来この心に不変絶対の義と、随縁起滅の義とが備わってあるゆえ、一心を万有の本体とも原因ともいうことができるのです。もしこの二義がなかったなら、宇宙の本体となることができぬ。故に一心とても、われわれの持っておるような生滅変化のあるあてにならぬ一心とは、もとより天地懸隔です。言を換えていうと、不変であるから万有の本体となり、随縁であるから万象の原因となるので、この両義がそなわって始めて一心の一心たる本性ができるのです。つぎに二門とはこの現象界を見ると、一方には生滅変異の差別界があると同時に、一方には絶対不二の真如界がある、すなわち一心体中の不変実相の義を真如門といい、縁起生滅の義を生滅門という。そこでわれわれが二門といえば、はや二門ということに拘泥しますが、決してそのように拘泥すべき性質のものではない。たとえ二門といったとて、その言の上だけで実際において別はない。一心体中の所変である故、ただ義理の弁別にとどまるので、二者互いに渉入することを知らなければならぬ。たとえば紙に表裏あるようなもので、表裏あるのはその製造せらるるときの状態によって、しばらく形を変ずるまでであって、実際は互いに融合しておるのです。今、真如生滅二門の関係も、なおこの紙の表裏の関係におけるものと一般である。

 つぎに、

 3 三 大

の講義である。三大の大というのはどういう意味があるかというに、今ここにいう大というのは形容詞に用いたのではない、はたらきの意味に用いておる。仏教には往々、大という字をはたらきの意味に用いておるところがたくさんある。そこでそのはたらきというのはどんな作用かというに、みな一心上の作用ですが、一心の上に本体、作用、性徳の三つ、すなわち体、相、用の三つを指して三大といったので、前にもちょっとお話ししたとおり、本体は物の本体で、こんなものであると指し示すことができない。作用ははたらきであるから、すべてわれわれのはたらきが作用であって、性徳というのはちょうど性質とか物質というのとほとんど似ておる。なにしろ物の性質となるもので、人に善悪の性質があるのと同じようなわけです。かように三つに分かれておるが、それは分類上のことで、実はわかれわかれにはなっておらぬ、というのはもとより一心中の三大であるから、もちろん二門中の三大にあることは推して知ることができる。しからばなぜ一心を二門としたり、また三大と区別するか、互いに関係のあるものならば、区別もなにもいらぬじゃないかという人がありましょうが、なるほど一心の上からいうたらば、そのような区別は全く無用です。しかしそれでは『起信論』の目的たる真如縁起の説がちっとも分からなくなる。そこでやむをえず二門、三大と分けたので、好んでこのような区別をしたのではないということができる。

 まず二門に分けたわけは前講のとおり、絶対の真理あることと一方には随縁の生滅の具合とを示さんがために、大体においてこの二門に分け、更に三大と区別したのは、この一心を大乗となさんがためであって、かように解釈すると、二門の外には三大がなく、一心所具の二門には三種の大なる義あるが故に、これを大乗と名付くるゆえんを示したものです。もし一心ということを真如門という上からいうならば、一心ということは万有普通の本体であって、古往今来をきわめ十方の世界を尽くしたとて、この真如の妙体をそなえざるものがない。故に仏になろうが、真如の妙体には少しも異状がない。また鬼となろうが、真如の妙体にはなんらの影響はない。仏も鬼も人も畜生も、ことごとく真如法性の活作用です。したがって迷となるも悟を開くも、真如妙体の分量においてすこしも増減はない。すなわち体そのものにおいて少しも差別増減はないによって、体大と称したもの。もしこの一心を随縁生滅の上よりいうならば、逆転するときは鬼とも蛇とも人とも畜生とも、いろいろさまざまの作用を心自身の本性としてそなえておるので、どうにもなるのである。またこの一心を順に転ずるときは声聞となり、縁覚となり、菩薩となり、仏となるもので、ちょうど風車のようなもので、風の吹きよういかんによってどちらへでも転ずるが、このようにどちらへ転ずるのも、みな一心の作用であるから、心次第でどうにもなるのである。かような作用性徳がある上からして相大というのです。もしわれわれの一心に相大がなかったならば、迷って苦界に呻吟すべきものはなく、また悟って百福を荘厳すべき必要がないのである。しかるにものにはすべて善悪があるように、われわれの一心にも無量無辺の作用があって、善事を行ってやまなかったならば、いつか仏果に至ることができ、もしそれと反対に悪事をしてやまなかったならば、ますます苦に苦を重ぬることになる。かような二作用あるのが用大というので、この用大がなかったならば、善事をしても善果を招くべきはずがなく、悪事をなしても悪果を招くべきはずがない。かくいろいろの作用があるけれども、要するに一心の作用に過ぎぬのです。一心の外にこの作用がないのです。今、以上所説の一心、二門、三大を表すると左のごとし。

  一心 真如門(絶対)

     生滅門(随縁) 体大(本体)

             相大(性徳)

             用大(作用)

 4 真如と無明との関係

 前講すでに『起信論』の生命ともいうべき一心、二門、三大の話がすみましたによって、更に『起信論』の骨目とも中心ともいうべき、真如と無明との関係を講じよう。まず世の有様をみると、世の有様には常に二つの大きな波が寄せつ返しつしておる。二つの大波とはなにかというに、生と滅との二大波で、生は世の有様がちゃんとしておる当体、滅は世の様が次第に滅亡して行く有様、かく二つの大波があるが、その生滅の世界に覚、不覚との二つがある。覚とは字のごとくさとるので、不覚はその反対です。そして覚の中に、

 5 本覚と始覚

ということがあって、これが『起信論』上大難問の発動点です。われわれは今日迷うたといったとて、その迷いの本源はなにかというて、やはり真如からの所現である。ただ真如の湛然たる水に無明の業風が吹ききたったためたちまちに波が起こるので、波が起こればそのときすなわち迷うたもので、真如の湛然たるものからいいますと、少しでも動けばすなわち迷うたというものです。けれどもその迷うたということを始めて覚ったものがすなわち始覚です。しかしながら始めて覚ったというのは、本来不生不滅の覚体がなかったなら、到底始めてでも覚ることができまい。その始めてでも覚ったというのは、この覚体なる本覚があるからです。あたかも本覚と始覚との関係は、紙の表裏のごとく、その表なるは迷いのようやく晴れた始覚で、さてその裏にはすぐに本覚の覚体が存在してあるのと少しも違わん。かように申すと、ここに一つの疑問が起こるのである。疑問とはなんぞというに、本来真如界中の明、皎々たる霊界にあって、少しも迷わんものがどうして生滅差別の相を現じたか、元来玲瓏なる真如がどういう機にふれて生滅去来の差別相を生じてきたか、この難問に対して答えていうのに、なるほど真如の水は本来湛然として少しも波涛がない、まことに静平のもの平等のものですが、無明という迷いの風のために起こった一念の妄想からして、もとこれ静々たる真如海に大波瀾を起こしたのである。されば始覚になるべき原因は、この無明の風が原動力となってきたのである。故に『起信論』にも「忽然として念の起きるを名づけて無明となす。」         と唱えて、無明が原因だというのが、『起信論』上の所論です。かく論ずるとまた質問の矢が飛んできます。なるほど湛然平等の水に波を起こさしめたものは風であるという説は、一応ごもっとものように承ったが、本来不変不生の平等の真如にどうして波を起こさしめたのであろうか。よしそれが無明のためというならば、その無明はどういうようにして波を起こさしめたか。また本来迷いがないのに、一度無明の風のために波を起こした結果迷うたとしたなら、よし一度は悟って始覚の位に至っても、再び迷いの原との海に帰るのではないか。かように論来論去すると迷と覚、すなわち無明と真如との関係問題は、到底その論の帰着をみることができない。

 これはただに『起信論』の所説のみではない、あらゆる哲学、あらゆる宗教はこの解釈に苦しんでおるのです。しかるに、ここに注意しておかなければならぬことは、この真如縁起論は外からみると、真如と無明との二つがあるから二元論ではないかと疑う人もありましょうが、なるほど形は二元論のようではあるが、決してそうではない。ただ形式上に無明と真如との二つを存在せしめて、真如が無明の力に従うところをもって、人生および世界の現象とし、無明が真如に従うところをもって涅槃としたのである。言を換えていいますならば、先天的であった無明がついに真如の力によって打ち敗られ、唯一真如の実在となったところがすなわち涅槃であるとしておる。そして無明が人生および世界を造ったので、この世界は無明のお世話でできたもの故、無明の世界ということもでき、無明の世界であるから我他彼此の論、迷悟因果の差別など歴然として相並立して、あたかも林のようである。けだし仏教の規則として迷と悟とを区別し、生死涅槃を分かつにおいて、迷の方に属すべき人生および世界の起源をどう説明するかというと、無明より出たものとするのである。しかしここに注意しなければならぬことは、仏教にて無明を説くが、教理の階級によって無明を説くことが同じくない。業感縁起説の小乗は人無我の理を知らぬから無明といい、頼耶縁起説の権大乗は人無我と共に法無我の理を知らぬから無明であるといい、今『起信論』の真如縁起説に真如は元来絶対無限界であるのに、その真相に対してよく明らかでないによって無明といったので、この無明が真如を起動せしめて、人生および世界の現象を形成するのです。全体われわれの生息しておる世界は、一面であるか二面であるかというに、仏教の上にては二面をもっておるというので、その一面は差別、一面は平等で、この二面はあたかも空間に有東西と無東西との二義をもっておるものと少しも違わぬ。もし空間からこれをいったならば、古往今来無東西であるも、われわれからこれをみたならば、事実において東西がある。東西があるが、甲の人と乙の人との認むる東西はおのずから異なっておるようなもので、今この『起信論』は宇宙平等の一面を説いて真如と称し、他の差別の一面を説いて生滅と称し、平等の真如が変じて差別の生滅となるものは、すなわち平等を知るところの明ではない無明の所為であるとし、この無明あるからしてついに我見が出、煩悩が起こり業が生ずる。したがいて生死輪廻のやむなきに至ると説くのが、『起信論』上の大意である。

 大抵、『起信論』の主意は講述したつもりですが、今少しお話ししておかん。元来真如は無明によっていろいろの作用を起こすものであるから、もし作用を起こさぬ場合、すなわち真如随縁不守自性のときは唯浄不染であって、塵垢不浄の顔色は少しもない。しかるにそれを反対に無明の風がいよいよ激しくなるというに従って、真如も次第に暗冥に入るものです。この場合には唯染無浄であって、真如の面出しは更にない。さらばその無明というランプの火の消えたような害物は実体があるのかないのかというに、破相教(すなわち空宗)の上からいいますれば、実体がないというので、何故に実体がないかといえば、ないというのは空宗の主義だ、空宗では心境ともに空だと説くので、能縁の心も所縁の境も共に空であるならば、したがって無明も空といわなければならぬ。その理由は元来諸法というのは因縁から生ずるもので、因縁まで生ずるから自性はない。自性がないから畢竟空なりと主張するのです。はたして畢竟空なるものならば、なにものが因となり縁となって染浄善悪の諸法を生ずるのであるかと申せば、全体この空教は大乗の始教であって、実大乗の初門である。その実大乗には終教、頓教、円教とあって、経でいえば『瑜伽経』、論でいえば『起信論』などは終経であるが、この終教では万法の本体は阿頼耶識または如来蔵というので、如来蔵は染にして不染、不染にして染であると説くのです。故に『瑜伽経』の中に「七識の染法をもって生滅となし。如来蔵の浄法をもって不生滅となす。この二和合するを阿頼耶識となす。和合をもっての故に一にあらず異にあらず。」といい、また「如来蔵は善不善の因、よくあまねく一切の趣生を興起す。」ともいい、また「甚深の如来蔵は七識と倶なり。」ともいい、また「阿頼耶識を如来蔵と名付く無明七識と共倶なり。大海の波の常に断ぜざるがごとし。」と申しておる。これによってみるに、如来蔵の浄法は不生滅の心であって、七識の染法は生滅の心である。この生滅の心が無明の本体であるというのだ。この二つの心の和合しておるのは、あたかも大海に波の断絶がないようなもので、この二心は不離不即である。不離不即であるによって、これを本からながむると不染にして染(不変随縁)、これを末からながむると染にして不染(随縁不変)です。この理からいうと、真如と無明というのは、共に同居和合のものにして、共に一心の体相であるのです。故に阿頼耶識のことを真妄和合と申しております。この和合力によって、一切の現象が生ずるのである。かの「十地品」の中に「唯真生ぜず、単妄成らず、真妄和の力所為あり。」といって、ただ真如ばかりでも諸法を生ずることができぬ。またただ無明のみにてももちろん諸法を生ぜしむることができぬ。もと真妄和合しておる故に、すべての現象および覚、凡、善、悪、正、邪、曲、直のいろいろの諸法が生ずるのです。この真と妄との本体はなにかというと阿頼耶識であるが、一心ともいうことができます。

       第三節 開発論

 前講所説のように『起信論』の上に、難問が出たというものは、なんのためかというに、『起信論』は元来、開発論の上から説明を与えつつあるものであるということを知らなければならぬ。開発論(縁起論)の上から論ずると、迷いの前後ができるが、存立論(実体論)の上からいうならば、存立論の主義は元来平等であるから、迷いの始も終もない。今その理を例して申さば、ここに花実があると仮定して、この花実はただ一つの種子から生じたに相違ない。されどその種子の中には花や実となるものは存在しないのであろう。けれども存立論の上からいうと花や実となるものは、種子の中に本来存在しておるというのです。しかるに『起信論』にては開発の上から論ずるによって、迷いの前後を考うるに、迷いなきところに迷いを生じて、畢竟了解に苦しむことがあるも、これを存立論の上からみると、その理が明らかになるのです。要するに存立論も開発論も一方の見方であって、そのうちいずれにか偏するはもとより誤りです。この二論が相調和してはじめて一事物の真実のことが分かるのですが、今までの学者はただに開発の一点張りで、『起信論』を論じた結果が、その解釈に苦しむのです。故に開発を解するにまず存立をもってし、存立を論ずるに開発をもってして、互いに融和調合せしめて、一方に片よらぬようにするのである。それと同時に天台を解釈するに『起信論』をもってし、『起信論』を解釈するに天台をもってし、互いに密接な関係をつけたならば、両者の間に融通せる密接の関係が炳然と明らかになることと思う。

 また、『起信論』も天台も一方からみると、道理一片の見方のように思われますが、その裏面には道理以外の見方があって、迷いがあれば悟りがあり、悟りがあれば迷いがあるというのは、因果の理法に基づくものであるが、その道理の裏面にある絶対平等の真如界に達すると、もはや因果とか道理とかの沙汰はないのであるが、困ったことにはわれわれは容易に世界の事々物々を知ることができないが、なおわれわれの道理以外に多くの知れない道理がたくさんあるに違いない。この道理以外の絶対平等の上からこの問題を解釈すると、太甚やさしいのであるのに、従来『起信論』を解釈するものは、多く因果の尺度をもって解剖せんとする故、往々誤謬の論に陥るのです。元来仏教は不可思議の本体を立つるから、一方には道理を本とするも、一方には必ず不可思議絶対の妙境があるのです。故に仏教上には不可思議の妙処は知らなければならぬのである。この妙処さえ分かればすなわち大覚成就の人で、釈迦なんびとぞという閑日月の中に遊ぶことができる。

       第四節 真如万法の関係における観察法

 およそ真如と万法、すなわち真理と現象との関係問題は実に大いなる至難の問題であって、実地のことになると仏陀でなければ到底知ることができぬ。故に『起信論』にこのことを数十字にて道破しておる。曰く「この心もとより以来自性清浄なり。しかも無明あり。無明のために染せらる。故に染心あり。染心ありといえども、常恒不変なり。この故にこの義ただ仏のみよく知る。」といっておる。すなわちこの悟りを平易にいうと、自性清浄の本体に至ると、余人は知ることができない、ただ仏陀のみよく知ることができるというのである。そこで煩わしいけれども、真如と万法との関係を簡単にいってみようならば、まず初めに真如なるものがあって、そのつぎに万差の諸法ができる。されどその法度なるものは段々と押しつめてみると、結局真如に帰入するのです。そこで真如の静々坦々たるところから、諸法の雑然たるところにうつるのが迷いであって、迷う故にさまざまの諸法ができるけれども、いったん迷うたる方面から真如に帰することがあるときは、その状態はすなわち悟りのすがたである。故にわれわれは今万差の森々たる中に生存してあるけれども、いつか真如に復帰することができます。かくいうと、万法中に真如があるかという質問が生じきたるのです。もし万法中に真如がないというならば、どうして万法を変じて真如となすことができるか。この理から考えても、万法の裏面には真如が存在しておるのであるということはお分かりでしょう。さもなかったならば、いかなる理由によって真如に到達することができるであろうか。ここが本覚、始覚の分かるるところである。今この理から推しきわめたならば、万法から真如に帰るのは始覚である。すでに始覚があるとすれば、これに対する本覚がなければならぬ。本覚がありてこそ始覚があるのです。しかれば迷いの生滅というものは、始めもなくまた終わりもないものといわなければならぬ。これここに生ずる一問題です。そこで、

 1 事物を観察するに二様の方法

があるということを知らなければならぬ。なにものでも、ただ一方の観察のみによると往々誤ることが多いによって、観察については十分に注意する必要があろうと思う。さて二様の方法とはなんであるかというに、一つは竪から見るのと、一つは横から見るのとである。竪から観察するというのは、たとえばここに大海があると仮定してみよ。その洋々たる大海の水はどこからきたのであるか。天から突然に落ちてきたったのでもなければ、したがって地から俄然湧いたものでもない。百川の混々としてその海に注ぎ集まった結果でしょう。そこでその百川の水はどこからきたかというに、それは山間渓谷の泉水から出たのである。さらばその泉水はどこから出たのかというに、それは天から降った雨によるのだ。さらばその雨はまたどこからきたかというと、ちょっと答弁に困る。困ったはてはいろいろのくだらぬ牽強付会の説をこじつけて、天にはなんでも大きな池があって、その池から雨という水が漏れ出すのであるというような考えをもっておった。またそうでないものは雨という神があって、ときどきに小便を天からたれ流すのだといって、大層雨を尊んだことがある。このように虚妄怪誕の説に陥ったというのは、海、河、泉、雨とのみ真っすぐに解釈した結果なので、いまだ循環無窮の真理を知らんからです。もし循環の理をもって説明したならば、そのような疑団はたちまちにして氷解するので、循環の理からこの雨をみるときは、今まで雨は天にあるものと思うておったのが、かえって足元の地にあるということがわかる。すなわち雨の元はなんであるかというに、海にある。海の元はなにかというと水、水はなにか雨、かように観察したときには水の尽くるときはない。これが横の観察の仕方だ。かく竪横からみると、無始無終循環の理が判然となるのです。更にこれを例しましょうならば、ここにある一本の大樹があると仮に定めて、その大樹は最初どうしてできたか、必ず前に種があってできたに相違ない。しからばその種はどこから生じたかというに、実から生じたのである。さらば実はどこから出たか、花より生じた。花はどこより咲いたか、枝より、枝はなにによりて生じてある、幹より、幹はなにより生じておるか、前年の実より、というように説明するのが横の説で、すなわち環線の上にみたるところです。もしこれを一直線に考えたならば、到底その循環無窮の理を発見することができぬ。かのヤソ教などにても、あまりに一直線に考えすぎるの結果、往々解釈に困ることがある。すなわち父母はどこからできたかとたださんか。父母はその父母から出たと答うるは三歳の童子もよく知っておる。しからばその父母はどこから生じたかというと、またそれ以前の父母から生じたのだと答える外しようがない。かように問うては答え、答えては問うと、結局その終点、起源が分からなくなる。しようがないからゴッドというようなけしからぬものを設ける。ちょうど雨の原因を神となすと少しも異ならぬ。もし無始無終ということを知ったならば、そのような窮屈な神などというものを捏造する心配は少しもない。しかるに仏教にては成住壊空の四大劫が常に循環してやまぬと説くから、そのような窮屈のことは少しもない。世界の前にも後にも世界があって、無始無終、不生不滅であるというのは仏教の主張です。今、循環と不循環との両説を比較図解しようなら、上のようになる。

       第五節 真如万法の関係を再論す

 そこで真如万法の関係にも、また二種の見様があるということを知らなければならぬ。二種の見様というのは、一は『起信論』の上から見るのと、一は天台の上から見るのとの二つで、『起信論』にてその関係を竪に見、天台にては横に見ておる。

 1 竪より見る

と前後の差別があるので、図解すると、第1図のごとくになる。

 図を三段に分けるとかようになる。この図によると、上と下の間にある生滅の始めと終わりが分からぬ。なぜなれば真如から生滅ができたと仮定し、その生滅が再び真如に帰るとしても、その真如はどうするのかという問題になると、すこぶる困難なことになる。そのように困難になるというものは、第1図のように真如、生滅、真如と一直線にまっすぐに考えを下すからである。しからば生滅の中に真如がないかというに、決してそうではない。生滅が転じて真如となるならば、生滅中に真如がないとはいえない。必ず真如の分子があるのです。果たしてしからば、この生滅なるものは、表面生滅の相があっても、裏面には真如の分子を含有しておるのです。それと同時に、前の真如も単に真如のみかというに、真如から生滅が生ずとすれば、この真如にもその裏面には生滅がなければならんのです。すでにこのとおり、前の真如に生滅があったならば、かの真如にもまた生滅がなければならぬ。すなわち第2図のごとし。

 この図によって見ますると、真如も生滅も共に無始無終である。これが

 2 横から見た有様

です。そして表面上には真如、生滅、真如と次第するも、真如の裏面に生滅あり生滅の裏面に真如ありとして、これを合わせますと第3図のごとし。

 この道理から推して迷悟、生真共に無始無終といわなければならぬ。しかるにこの説明を単に『起信論』の上から説いて、一直線に論ずるときは、到底その理を了解することができなくなるのだが、しかるにもう一歩を進めて、迷も悟も共に存するという天台の説から解釈すると、釈然としてこの問題の解釈がつくのです。ここにおいて天台にては修悪の説が起こるのですが、その修悪の説も更に一歩を進めて論じつめてみると、ただ一つの真如があるのみのことで、生滅などは少しもない。なんとなれば元来、生とか滅とかいうものは、有形的のものですから、有始有終なもので、かのいわゆる「露のごとく、また、いなずまのごとし。」(如露亦如電)的のものだが、その真如に至っては無始無終であるから、かのいわゆる「世間の相は常住なり。」(世間相常住)的のもの、かようにして生滅が真如の中にはいってくると、そのときはじめて唯一の真如となるので、すなわち第4図に示すがごとし。

 すでに真如が唯一であって、宇宙間には真如の外なにものもないというならば、なにものもないただ一つの真如から、どうして生滅が生ずるかというに、さきほどの大樹の例によってみましょうならば、元来このような大樹となったというのも、その元をたずねたならば、たった一粒の種子であろう。初め一粒の種子から発生しておいおい時間がたつにつれて、多くの枝とか葉とかできて、花が咲き実がなるのだと考えて、その実が再び生茂するのであると考えなかったならば、いわゆる前と後との差別付きの一直線の考えであって、種子の中には花とも枝ともなる元子がないといわなければならぬ。花とも枝ともなる元子がなかったとしたなら、どうして花や枝が生じたかという難問になると、すこぶる解釈にくるしむのです。それとひとしく、われわれが今真如の中に入って観察するに、その真如の中には生滅の花も差別の枝もない。ただ真如のみとしたならば、いかにして生と滅との二現象を解釈し得ることができるやというに、『起信論』の上から論ずると、到底説明することができなくなる。しかるに天台本具の説から観察してみると、真如の中に生の花、滅の枝がちゃんと含有しておるのです。もっともわれわれはこれを表面からみることができないが、内部には本来含有しておるので、含有してあればこそ生滅の花が開くのです。もし種も花も実の中に含蓄しておるならば、真如も生滅であるかというに、生滅を主としていってみると、生滅の中に真如があるのですが、そのようにみられてははなはだ困る。真如の中には生滅がなくして、しかも生滅があるので、生滅があって、しかも生滅がないのです。ここに至ると畢竟なにものでも真如の活現ということができ、また生滅の一方窮尽ともいうことができる。たとえばここに丸い環があると仮定して考えてみたまえ。もとより丸い環であるから、圭角等のいわゆる差別はない。また始めとか終わりとかいうような関係はむろんない。かようになったのは一つの環という形象上からの話だが、もしその環円を描かんとする場合に当たったらどうする。必ず左か右より筆をおろさなければなるまい。左や右より筆をおろすということになったら、すぐに差別の相はできるのです。それと同一の論法をもっていうならば、真如は本来、絶対円融無差別のものに相違ないが、われわれが一度その真如に接触するや、たちまちに相対差別の相を生ずるものです。言を換えていうと、無明の煩悩によって、湛然たる真如の大海に波涛を起こしたのです。故に環(すなわち真如)そのものには少しも差別がない。しかし無といったとて生滅を生じないというわけにゆかぬので、この点からみると真如に差別の相があるといえるのです。この関係をして更に例を挙げていわば、われわれの生息せる地球は元来円いものである。けれどももしその地球上よりある一端に立つときは、東西南北の差別があるのですが、地球という上から見たらどうです。果たして東西南北というような差別が生ずるであろうか。必ず差別あることを認むるにくるしむのです。さらば何故に差別があるかというに、地球の一端から見た結果なので、本来はそのような差別の当相が決してないのです。それと同じく、真如はもと絶対無差別のものであるから、生滅の差別という有様がない。むろんあるべきはずがないが、万法の上からみると差別があるのです。故にわれわれにして真如そのものの本体に体達した暁には、真如の中には万法生滅の存していないということが、よくお分かりにならなければならぬ。要するにある一部分に停滞すれば差別ができ、全体に立って大観すれば平等無差別です。その絶対無差別の真如中に、われわれが朝より晩に至るまで起きたり寝たりしておっても、なお差別の相に執着しておるのは、われわれ自身から招いた結果なのです。故に諸君が自己の脚下に顧みて深く一考することを一番すれば、ただちに真如のなんたるかに接見することが疑いない。

 以上の説は『起信論』と天台との両説を、調和して説明したものですが、いにしえからこれを解釈するに苦しんだのは、単に『起信論』一方の見解を下したからである。故に真如、万法の関係論は実に大問題であって、ただに仏教上のみではない、一切の学問の関係しておる大問題であるから、この道理さえ明晰になれば一切、哲学上の疑団は氷解するのです。

       第六節 真如と心との関係

 前講は真如と万法との関係における一部分の解釈であって、われわれの道理上から探究すると、まず前講のような具合になりますが、これだけでは真如と万法の関係が尽きたわけではない。もし以上の説で尽きたならば、真如なるものはわれわれの智識内にあるといわなければならぬ。われわれは今一歩進めて実地に経験し探究せんとしたとて、それは到底できぬはなしですが、そうかとて全然できぬわけはない。知れぬうちにも多少は感知することができるのです。そのわけはどうかというに、ここに真如と心とがあるとしてみて、その心はなにものを識別するにはたらきのあるものであるか、なにほど微妙不思議の心であればとて、真如の全体を知ることができぬのです。なぜというに、われわれの心なるものは真如の一部分であるためだ。もし心でもって真如全体を知ることができるならば、真如はわれわれの心の中にあるものといわなければならぬ。かのヤソ教のように、われわれをはなれて別に神なるものがあるというならば(もっともわれわれの心の中に神なしとするヤソ教信者もある)、われわれは容易に神というものを知り得ることができぬ。真如と心は神の存在と違いまして至極密接の関係がある故、容易に知ることができる。さらばその連絡関係する点は、どんなことかというに、普通心理学上の解釈によってみると、心には智と情と意との三つがあって、この三つは表面有限であるが、裏面無限です。しかるに万法というものはむろん有限であって、真如なるものは無限です。故に智情意が万法に向かえば有限であって、真如に向かえば無限である。故にわれわれは智力上には有限相対を考えていろいろと研究しますが、その研究が進むに従って、真如絶対を推し究めて真如に体達せんと志すのである。これはただに智力上のみではない、感情上にも有限を感ずるが、またある場合には無限を感知することがある。かつまた意志の上においてもそのとおりです。かく一方に有限を考えておるかと思うと、一方に無限を感知するはたらきをもっておるのは、なんのためかと申せば、表面の有限性のみではない、その裏面に無限性の連絡があるからです。故にわれわれは多少なり真如を知ることができるのですが、今日は身体の無明に抑制せられて、その実体を認識することができぬのです。かく分類してみると、

 1 真如の上に可知的と不可知的との二部分ある

ので、智情意を有限性からいえば不可知的であって、無限性からいえば可知的である。すなわちわれわれは真如に対して不可知的の間に可知あり、可知の間に不可知あるのです。しかるに今この『起信論』はどちらかといえば、可知的の方面にて論ずるものである。もしそれ不可知の辺よりいうならば、ただ仏陀ひとりよりほか知るものはない。特に真如と万法との関係は、因果の理法によって説くものとの関係を知らなければならぬ。すでに前図に示したように真如から万法が生じ、その万法が再び真如に帰入すと説くのも、畢竟するに因果の理法によるのである。また万法と真如とか不生不滅であるという因果の関係であるのです。けれども因果の上に論ずるのは、真如の可知的の部分であって、不可知的からいってみると因果以外である。すなわち因果の規則なるものは、元来科学的説明であるゆえ、二と二が集まれば四であるというような風に、きちんと尺度にて物をはかるごとく、一寸一分もくらますことができぬ。このような尺度によって計られるものは、可知的すなわち生滅の方面でなければ駄目なのです。しかるに不可知的なるものは、もと無限絶対なるものであるから、科学的尺度はあてはまるべきはずはない。しかるに従来は可知的一方から真如を説明しようとするもの故、大いなる誤りが生じたのですから、真如を論ぜんとするには可知、不可知の二様の見解なることを忘れてはならぬ。

       第七節 批 判

 大層長々と『起信論』を講述いたしたによって、更にこれを西洋哲学に配当してみると、前講中の倶舎宗はすでに講じたように、物心二元論であるから、フランスのデカルトまたはスコットランドのリードなどに似ておる。そして法相宗は唯心論であるから、イギリスのバークリーに近く、また多少はスピノザに似ておるところもある。またカントなどにも少しは似ておる点もある。それから三論宗に消極的に考えてみるとヒュームに類しておるが、その説はむしろフィヒテに近い。そうして

 1 『起信論』はフィヒテの唯心論に似ておる

し、またシェリングの説にも似ておる。さらばシェリング(1775・1854)の説はどうかというに、曰く「絶対的理性なるものは、元来主観客観を超越したものであって、全然物と心との両者の区別をもたない平等一如の体です。宇宙万有はその本質本体をいうと、この無差別平等の一如的絶対理性と全然同一なものである」といってあるから、『起信論』の所説とほぼ同じである。つぎに天台宗はヘーゲル(1770・1831)の説に近い。ヘ氏の説はというに、氏の説には

 2 心霊哲学

の三大部門というのがある。その一は叡智および意志を論ずる主観的心霊論、法律、道徳、倫理を論ずる客観的心霊論、美術、哲学、宗教を論ずる絶対的心霊論の三論であるが、ちょうど天台の一心三観に恰当するのですから、天台に比したのです。しかしこれらの諸配当は仮に配合したものに過ぎませぬから、その性質はむろん同一にみることができぬのです。『起信論』の講述はこれにてご免を願うが、くわしきことは『大乗起信論』をご覧なされば一層明瞭になりましょう。

 

     第一一章 天台宗

       第一節 発 端

 さて本講より天台宗のお話にとりかかるが、天台宗は理論宗の中で、有空中の三宗と分かれておった中の中道宗に属するので、中道宗には実大乗の天台、華厳、真言の三宗がある。まずその中で天台宗からお話しいたそう。それ以前に少しく本宗の名称や発端についてお話しするの必要を認めます。全体、本宗はインドに起こったものではなくシナに興起したもので、シナはちょうど陳、隋、両朝の時で、大部仏教が盛んに流行しておった代で、地論宗とか摂論宗とかいう宗派が、盛んに真如縁起説を主張しておったために、仏教は旭日の勢いをもって進歩しておった時です。このとき仏教中の大批評家ともいうべき天台と華厳との二宗が南地と北地とに起こって、仏教の哲学的思想に非常な発展を試みた。その状あたかも蘭菊の美を争い、玉と石との光を競う有様で、前後無比の盛観を呈した。今、

 1 二宗教理の系統

を比較してみると、天台は三論と同一方面の教系を汲んで起こり、華厳は法相と同一方面の系統によって起これるものであれば、ここにまた第二回の教系分離をみるに至ったのですが、全体本宗はいかにして起こったかというに、梁代のころ北斉の地に慧文という大徳がおって、三観の説を唱えておったのに起源しますが、弟子の慧思禅師を経て第三の智者禅師〔智顗〕に至って、大いに欠点のあるところを補うたばかりではなく、シナ浙江省の天台山中に幽棲して、一心三観、五時八教の大法を弘通して、大いに仏教の哲学思想に展開を与えたによって、天台宗という名称が与えられた。かつ本宗は『法華』をもって所依の経としておるのであるから、法華宗というも差し支えない。

       第二節 教 理

 天台宗の教理というのは、一方からみると、仏教全体を批判したもののごとくにみえる。故に智者大師は仏教中の大批評家とも呼ばれておるが、その教理の説明、解判の様子はもっぱら哲学的理論的批評的であって、条理整然、一代仏教を組織的に解釈し判定したもので、普通人の企て及ばぬ分類法です。その分類を大別すると、

 1 教門と観門

との二門になる。教門とは仏陀一代の説法、すなわち教理に分類的解釈を与えたのであるから哲学に属し、観門とは自己の心にて観念するのであるゆえ、実地の方面であるから宗教に属しておるのです。今、便宜のために教観二門の一覧表を作らん。

 この図解は智者大師の敏鋭なる批判的智能をもって、法華の主義に基づき、仏陀一代の教典を解剖判釈した結果の大要がこうなるので、この判釈については、華厳と天台とにおいて融和せざる点があるというに、華厳宗にては『華厳経』をもって一代の仏教を批判し、天台には『法華経』をもって一代仏教を判決するによって、根本の立脚地が異なる結果が互いに相争うのです。その相異の点は、華厳宗のところにて本宗と比較すれば一目明らかである。

 本講全体の主義が、哲学的部分のみを講ずるのである故、宗教に属すべき観門上の講述は省略しておきます。これ本講の主義なのであるゆえ、もとより当然のこととおもう。まず前に掲げてあった分類表の順によって、第五時から始講せん。

  天台宗 教門 五時 第一時…………華厳

            第二時…………阿含∥鹿苑

            第三時…………方等

            第四時…………般若

            第五時………法華

                  涅槃

         八教 化法四教……蔵

                  通

                  別

                  円   釈義の綱目

            化儀四教……頓漸

                  秘密

                  不定  判教の大綱

      観門…………十二因縁、二諦、四種三昧、三惑義等

 2 五 時

とは分類表にかかげるごとく、華厳、阿含、方等、般若、法華涅槃であって、かく五時に分かつたものは仏陀説法の時間の分類と共に、その時その時に説いた教典の分類配当で、思想開発の順序が一目瞭然となっておる。まず第一華厳時とはなんであるかというに、仏陀が多年苦辛して宇宙の真理に接し、寂滅道場において、四十一位の大士(四十一位の階級ある菩薩をいう)を始め、因縁によって智と徳とを完備せる天竜八部のために、仏陀が大証した大真理をそのままに説法したによって、その座に列して傍聴しておった人々は「如聾如唖」で、少しもその説教がわからぬ。畢竟馬耳東風なんのことやら少しも解せなかった。かような不体裁極まることを演じたというのは、説く方の人すなわち仏陀が相手の智識の程度もなにも考えずに、真理の一点張りで高尚な道理を抽象的に演説した結果なので、ちょうどこの様が田舎に行くとよくある。東京に多年蛍雪の苦を積んで錦衣を着て故郷に帰ったほやほやの学生が、天下われひとりというような意気込みで、一番演説でもやって田舎者を驚かしてやろうと思い、ノートブックの筆記でも暗誦して国に帰り、さあ一番演説をと頼まれると、えたり賢しと演壇に上がり、なにをしゃべるかと思うと、いやなに的とかかに的とか、あにまたしからんやなどと、まるで漢学者の化けたような、哲学者の生まれかわったような、自分だけ分かって他はちっとも分からぬことを演説した挙句はどうかというと、田舎ものは少しも分からぬ「如聾如唖」でおしまいということになる。今、仏陀の演説もそれと少しも違いない。説く方では至極高尚な教理を説いたのでしたが、聴く方の連中がうすのろであるもの故、折角の演説もなんの功を奏しなかった。しかし教理からいうと、いまだ完全至極の絶対的の教理ではない。やや不円満のところがあるから、兼権と申してある。けれども経部の上からいうともちろん頓教であるのです(頓教とは円頓の意味で実大乗の法を指していうのです)が、なにをいうても「如聾如唖」の盲唖学校の生徒ではなんとも困る。この生徒は三乗(声聞、縁覚、菩薩)という盲唖生であるによって、普通の学校(すなわち大乗)では到底教育ができぬから、第二時の鹿苑という小学校に下がって教育を試みた。鹿苑とは鹿を養ってあった苑で、その所で今度は今までのような方法とすっかり仕方を代えて、身には舎那珍御の服を着ておったのを脱ぎ捨て、つまらぬ服に代え、十力跋提などという五人の生徒のために、苦集滅道の四諦、生老病死などの十二因縁、檀、戒、忍、進、禅、慧の六度の教科書(すなわち法門)を教授したのです。この小学校の卒業のときにはどうするかというに、前にもお話ししました見惑思惑という精神作用の悪性を断滅せしむるので、仏教学校ではこの悪性のある生徒をもっとも忌むのである故、一番さきに断絶せしめ、やや生徒の本分も全うすることができたから、第三時の方等という中学校に入学する。この中学は「偏りをはじき、小を折り、大を歎き、円を褒む。」(弾偏折小嘆大褒円)というのが主義で、すなわち偏信する片小の精神をはじき退け、小智小信の小人的を折り伏して、そろそろと大乗のありがたみを歎賞し、円満なる教をほめるようにするのが主義故、この中学に入ると多少仏陀の精神が分かるが、いまだ十分に分からない。分からないが、元来中学校生徒などというものはなまいきである故、方等中学の目的たる大学に入ろうという勇気なく、まず中学を卒業したら小学校の教員にでもなってめしさえ食えばよいというような調子で、羅漢果さえ得れば十分だときめ込んでおる。それでは折角の中学もなんの効なくかえって害を及ぼすようなものだとて、第四時の般若という高等中学を設立したものです。般若とはインド語で、翻訳すると智慧ということになる。この智慧の教鞭で、法はみな空だ、有なものは一つもない、有と思うはまちがいだと教えて、小学教員にて甘んぜんとした中学生徒を融通淘汰したのです。故に化法の上からいうと通と別との二つを兼帯したことになる(後図参照せよ)。すでにこの学校が無事に終われば大学へ無試験入学ができるのですから、法華涅槃という大学に入るのである。この大学なる法華涅槃は仏陀理想の宿るところであって、「一妙」という目的に達するのです。一妙に達すれば我他彼此の論は少しもない。よろしく各自に工夫一番する場所です。これで五時のお話が終わったによって、つぎは、

 3 八 教

のお話にとりかからん。八教とは化儀の四法と化法の四法との八つである。まず化儀とは、化は教化で他を教導すること、儀はその教導する儀式で、その説法の儀式すなわち順序に四とおりを分けてあるのです。その分け方は四法とて頓、漸、秘密、不定にして、頓というのは、頓速に仏陀の本懐を一般の人々に説いたからその名があるので、華厳の会証がそれに相当しておる。けれども一般の人々がいまだ頓教を聞くだけの智能が啓発されておらぬから、絶対平等の高理を説くのをやめて、浅薄なる小教を説いたのが漸教です。故に鹿苑、方等、般若の三会座によく適当しておる。つぎに秘密教とは「人法共に知らず、大小益を異にす」というのが主意ですから、華厳以下三座の会にて説いた法の中に、頓教を知らず識らずのうちに説いたり、また漸教を知らず識らずのうちに説いたりして、その説法がもとより仏陀の不思議力によって説いたものゆえ、明らかに分類はできぬ。分類ができぬといっても益において異ならぬから、秘密教という。つぎに不定教も秘密教と同じように更に定まりがない。けれども不定教は秘密教と異なって明らかに説いたのです。すなわち「仏口一音をもって法を演説するに、衆生は類にしたがいておのおの得解す。」(仏口一音演説法衆生随類各得解)で、仏陀はただ一つ口で一つの音をもって法を説いたが、聴くものの智識の程度が異なっておるところから、傍聴者が勝手にいろいろと解釈したのですから、その得益においてもとより不同である。そしてこの秘密教と不定教とは、華厳以下般若に至るまで関係しておるのに、なぜ法華と涅槃だけはこの解剖に漏るるかというに、権と実との二教、大小の二乗がおのおの隔絶しておったので、いまだ絶対平等の純一至妙ということができなかった。しかるに法華涅槃に至ると、前の諸教を融通調和してしまうから、漸とか頓とかいう差別は認めない。非頓、非漸、非秘密、非不定といって、頓教でもなく、漸教でもなく、秘密でもなく、不定でもなく、純一無雑なのが法華涅槃といっておる。「十方の仏土の中には、ただ一乗の法のみありて、二もなくまた三もなし。」(十方仏土中、唯有一乗法、無二亦無三)とは、この法華涅槃を嘆美したことばです。

 つぎに化法の四教とは蔵、通、別、円の四教にて、蔵教とは界内の事教といって、いまだ悟りを得ぬ教で、四諦十二因縁の事教を修して、果位は灰身滅智のなにもないという羅漢果が関の山ですから、化儀の四教中にては方等、般若に適するのです。通教は界内の理教で、通教ということは蔵教にも通じ、別円の二教にも通ずる調法の教ゆえその名があるので、大乗の初門で一切事相界の色法を体して空に入るから、よしその智能に上中下の三階級があっても、蔵教に比較すれば利です。別教は界外の事教であって、「界外ひとり菩薩の法を明らかにす」というのが主義ゆえ、前の蔵通二教および二級の円教には少しも関係せぬ単独の教です。円教は界外の理教であって、絶対平等円融差別の教で「心、仏および衆生、これ三なれども差別なし。」(心仏及衆生是三無差別)とは本教の理想です。今、以上の所説を図解するに、左の結果を得べし。

 この五時八教については、簡単なものでは『四教儀』『西谷名目』、詳しいものでは『法華玄義』などの本があるゆえ、ご参考になれば一層明瞭にならん。

 これで天台宗の大解剖が終わったから、これから天台宗の骨髄とも原理ともいうべき、一心三観、一念三千について講ぜん。

       第三節 一心三観

 三観の起源はその端を真俗二諦説に発しておって、その真俗二諦説は端緒を相対的空有の両論に発しておるが、有論が第一であって、空論が第二として、終わりに第三の中道論が出るのです。そして二諦論は一変して三諦論となるのだが、智者大師が絶世の英質を抱いて空前絶後の説を唱え、そして当代の教界を一朝風靡するに至ったと伝わっておる。立教開宗の盛挙も要するにただこの三諦論に過ぎない。彼、智者大師は三諦論を立脚地として旧説を偏教と貶し、自説を円教と称した。故に天台宗の真理観としてもっとも肝要なものは、三諦論にあるのです。もし一歩を進めて論じたならば、三諦論を除いた外には真理観がないというても差し支えない。今三諦論すなわち三観を論ずるにさきだちて、もとの三諦論と天台自家との三諦論を比較してみよう。

 1 天台以前の三諦論

は有と空と中との間に、多少の境界線を含んでおる故、隔歴不融の三諦といい、自分の三諦論は有と空と中との間に一髪もいるるほどの境界線がないから、円融無礙の三諦といいます。そして天台宗においては有空中の名称を改めて、空仮中の称を用いるに至ったのも、またここにあるのです。まず一念三観を領会に便ならんために、図解すれば左のごとし。

              (一心三観の形式)

           空+仮+中=三諦(所観の境)=三観(能観の智)=一心

 空仮中の三諦は所観に約したる説であって、能観からいうと智に約して三観となる。そこで三諦ということは、われわれは無理無体に牽強付会したことではないので、『中論』の「因縁所生の法、われすなわちこれ空と説く。また名付けて仮名となす。すなわちこれ中道の義なり。」                                                というより出たので、この三諦の妙理というものは、天然法爾として一切諸法の上に具足する性徳をいったもので、われわれの感覚に対する所境です。けれども智的の観察上からいうと三観で、言を換えていうと客観上には三諦にて、主観上には三観ということです。

 さて三諦についてもう少しく詳しくお話しいたさん。三諦は前にもいったように、天台宗の真理観です。それ故、三諦を三観と改称したのであるが、その実は名だけ別にして、体は全く同一である。もとより真理には二つない。甲の真理だの、乙の真理だのということは決してない。ただ三方面から考察するによって、空仮中の三諦というので、その第一を空諦という。空諦というのは、元来三諦はすでに真理観である。すでに真理観であるならば、かの妄なるものは空であることは明瞭です。故にしたがって空といったので、このときの空はなにもないという無の意味ではなくして、不の意味だ。いかにせん、いまだ真理に達しないものの観察や想像というものは、一つも真理に合わぬから、百千の妄想みな打ち破るべく、千言万語の弁舌もことごとく排斥しなければならぬ。かように天然の真理界というものは、少しも人為的妄想のまじわるべきではないから空諦といったので、空諦はすなわち真如に対する破情の徳を表するものです。第二に仮諦とは前の空諦と正反対の観察で、空諦はなにもないというによって消極的の立論であるが、仮諦は積極的の立論である。けだし真理はわれわれがいかにあせっても、観察や想像はとても届くものではない。仮に真理を前のように消極的に説明して空といったところで、真理そのものは決して無ではない。真理は真理でちゃんと実在しておる。果たして真理が実在であるとすれば、形象もなければ作用もない無なものということができぬ。できないが実在だということは、われわれの普通の智識では到底承知のできぬ話、そこで真理が実在しておるから形象もあれば、またその作用もあるとしたのです。さらばどういう形象があって、どういう作用があるやと問うに、われわれの人生および世界に関係するあらゆる現象は、みな真理の実現でないものはないというので、この理論より推すと、蛙の鳴くのも雀の鳴くのも、花の紅いのも柳の緑なのも、また共に真理の表れで、単に真理の表彰というものは世界の発現にのみ限らぬのです。もう少し広く論ずると、地獄も餓鬼も畜生も修羅も天上も仏も菩薩も、みな真理の発現に外ならぬ。かような差別界を呼んで仮諦と称し、これを真如立法の徳というので、この徳を明らかにするには一念三千ということがあるが、それはのちに講じましょう。第三に中諦というのは、空仮のように単空でもなければ単仮でもない。空即仮、仮即空で、畢竟空仮二諦の合断論であることは弁ずるの限りではあるまい。換言すれば、空と仮との関係を説明するものは中諦であるというべきです。思うに真理は前にも講じたように、元来二分さるべきものではない。二分さるべきものではない絶対の真理を基として、空と仮との関係を説いてみたらどうです。空諦というものは元来無を表彰すべきものではない。仮諦それを打ち破るのにあるゆえ、もちろん偏空ではない。しからばなにものを説いて空というかというに、仮諦そのものを説いて空であると答えなければならぬ。ここで諸君にご注意を願いたきは、かように論じつめてみると、仮諦の外に空がないということを知る必要があるのです。したがって仮諦は、われわれの思想に映ずるところの差別界を一掃し終わる空諦そのものを打ち破るのであるから、空という名を冠しても、もとより無の意味じゃない。そのものは実在であって、しかも無限の差別的性能をもとよりもっておるということを示すのであれば、仮ではありながら単仮ではない。単仮でなければ中道といえぬ。されば空も相対の空ではなくして絶対の空であるから中道ということができ、仮も相対の仮ではないから、絶対の仮であるから中道ということができるというのが中諦で、これを真如絶対の徳と名付けます。かようであるから中諦というも、第三の中諦にのみ限って絶対を意味するものではない。空も絶対であれば仮も絶対であるからして、空をもって論ずると仮も空も中で、仮をもって論ずると空も中も共に仮である。しからざれば円融の三諦というべきものではない。これを「一空一切空、一仮一切仮、一中一切中」といい、あるいは一即三の故に三即一であるともいっておる。そしてこの三諦はわれわれの陰妄の一念にそなわっておるのです。なぜ陰妄の一念にこの三諦の妙理がそなわっておるかというに、一番分かりやすいのがわれわれの陰妄の念です(陰妄の一念とは、われわれが朝から晩まで起こしつ沈みつしておる心です)。故にその簡にして近い一念を所観の境として、三諦の理をわが一心にあると観ずるのが、三観の理です。まず三観の講述が終わったによって、更に、

 2 十界互具、一念三千

のことにつき講じましょう。一念三千を講ずる以前に数学的形式によって表しておきます。

                  (一念三千の形式)

       十界×十界×十如×三世間=三千=一念三千=理具三千=事造三千=一念

かようになりますが、この十界互具、一念三千は元来仮諦の論旨であって、この論があって始めて仮諦の論旨が明らかになるのです。前講にしばしばいえるごとく、差別界が無量無辺であって、大体に大別すると地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、声聞、縁覚、菩薩、仏の十界を出でざるものと仮定することができる。かように十界に分類せられても、唯一真理の実現ではないものはない。これをたとえてみると同一の金属をもって、仏陀や菩薩や声聞などの一〇種の形像を鋳造するようなものだ。その形像は大いに異なっておっても、一〇種いずれの形像も共にその現形以外に、時にまた他の九種の性像共成り得べき性能を具足すといわなければならぬ。果たしてその一〇種いずれも、自己の現形以外に他の九種の形像をも先天的理性の上に具定すとみれば、すなわち現形の一〇種と内部にもとよりもっている先天的理性の九〇種とを合し、一〇〇種の形像を相互に具足して欠損することがないといわなければならぬ。今十界の差別の上における相互の関係も、またこれによって考うることができます。すなわち仏陀も真理の実現であれば、彼にも他の菩薩以下の性能をそなえなければならぬ、地獄も真理の実現であれば、彼にも他の餓鬼以上ないし仏陀の性能をそなえなければならぬと論ずるものは、すなわち十界互具論です。また『法華経』の方便品の説によると、これら十界のものにして、十如をそなえぬものはない。はたして十界にこの十如をそなえておるとすれば、すなわち百界には千如の数を得るからして、百界千如というものです。この百界を国土と五蘊と衆生との三類に分かつと、すなわち三百界三千如の数が出ます。これを略して三千の諸法というのである。要するに三千とは万有の異名ということができます。数限りもない無量の万有を抽象しきたって、ここに三千の諸法と説き、このような三千の諸法は物について論ずると、どんなものにもそなわらぬということはない。この三千の諸法はわれわれの心の一刹那においてこの三千がそなわり、一も欠けるところがないというのが一念三千論です。

 この一念三千に事造の三千と理具の三千との別があるが、まず、

 3 三 千

より講ぜん。三千とはいかなるものを指すかというに、一千に三世間を乗じたものです。しからば三世間はなにかというに、一に五陰世間、二に衆生世間、三に国土世間であり、三千とは十界の地獄以上仏に至るまでで、この十界に更に十界を乗じて百界とし、その百界に十如すなわち相、性、体、力、作、因、縁、果、報、本末究竟を乗じて千界とし、その千界に三世間を乗ずるによって三千界となる。そして十界を区別すると凡聖の二つになる。凡は六凡とて地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天にして、聖は四聖とて声聞、縁覚、菩薩、仏です。つぎに、

 4 理具の三千

とはなにかというに、われわれの妄心の一念に本来法爾として、三千の諸法がちゃんとそなわっておるので、理性の観察したる現象です。つぎに、

 5 事造の三千

とは事相上の三千という意味で、理性の三千が縁に従い感に赴いて、色心万差の諸法と顕現した当体です。さればとてその体においては二者全く差別せるものにあらずして、ただその現象において変化あるとなきとの差のみです。さりながら、理具と事造と合して三千の諸法ありとおもうてはならぬ。ただ万法即真如の上からみれば、理具の三千であって、真如即万法の上からみれば事造の三千になるのです。しかしてこの三千を具するものは、かえって三千の法であって、塵々法々この三千の諸法をそなえんものはないことになる。故に今はわれわれの一念において、この三千の諸法を具するによって一念三千というのである。

       第四節 批 判

 思うに倶舎宗においては森羅の諸法を分析して七十五法となし、いまだ理界すなわち理想の当体を認識しなかったが、倶舎宗から一歩進んで法相宗になると、差別界の外に真如の理界があることを発見した。これ論理思想進歩の順序として当然のことと思います。されども事理両界隔歴ということは免れない。たしかに事と理とが歴然として相隔たっておる。かくてはいまだ理想進歩の円満ということができぬによって、三論宗にては前の差別界をことごとくみな空寂に帰せしめ、ひたすら理界一方のみみるようになった。しかるに天台宗に至ると、三論宗の理界一方の主張を否定して、差別界の存在を許すことになった。すなわち天台宗の真如理性中に一切万有を現じたというのは、倶舎の差別を現界上に称したものです。故に天台は仏教中の最高理想の頂上に達したものといってもよい。しかるに、ものはただ頂上に達したのみではもとよりしようがない。ここがすなわち百尺竿頭一歩を進むるところで、山の絶頂に達したならば更にその山を下らなければならぬように、理の最上たる天台に達すると、更に歩みを転じて裏面に下るの必要がある。ここにおいて華厳、真言の二宗が生起したゆえんです。されば前講、『起信論』において真如より万法を生じたというのは、天台からいうと本具にして、真如そのものの本性の上に万法生滅がそなわっておる。故に真如即万法、迷即悟ということができる。この立脚地からみるときは、真如はあたかも湛然たる大海の水のようで、少しも生滅とか増減の波がない。ただわれわれ相対の上からみると、差別の波が高く天を衝くので、すなわち立脚地が違う結果です。たとえば渺茫たる宇宙には、元来天地とか四方とかの区別もなにもないのですが、どこかの一点にとどまると差別ができるので、無限広大の真如中にある一端に足をとどむるからして、差別ができるのです。故にわれわれは小さい観念を捨ててしまって、心を空闊にしたならば、真如の妙体に合することができよう。かようになって始めて真と妄との差別がないこと、一目瞭然ということになる。

 しかるに真如を論ずるに当たりて二種の見様があるのです。二種の見様とは、一は可知的から論ずるのと、一は不可知的から論ずるのとの二つで、表面の可知的から論ずるものは天台宗であって、裏面の不可知的から論ずるものは浄土門です。浄土門の方からいうと、真如の本体は到底人間の智識にてはうかがい知ることができぬによって、信仰をもって不可思議の体を感得するより外はないといっておる。かように、信仰でなければ到底不可思議の本体が分からぬによって、至心信仰の一念に住するのです。故に浄土門は決して智力的すなわち智識をもって、不可思議の本体を知らんと試むるものではなく、感情をもってその本体と相合せんと望むのである。これけだし天台が裏面を開拓したる結果なのです。

 そして真如の可知と不可知との間に妙というところがある。元来仏教の目的はなにかというに、真如の妙体に達するのが主意で、いずれの宗派から進むもみな同一の方針をとるのです。古歌に「わけ登るふもとの途は多けれど同じ高峰の月をながむる」とは、その意を得たものです。いずれにしろ至心をもって可知の方途から探り至ると、ついに不可知の妙という本境に透合するのである。この本境が実に言語道断、意路不到のところで、筆やことばをもって書き表そうとか、言い尽くさんと思うても到底できませぬ。けれども不可知のところに腰を打ちつけて安心してはいけぬ。一度そこに安心したならば永世活溌溌地の作用ができぬによって、更に一歩を進めなければならぬ。一歩を進むると自然に可知のあることが明らかになってくるもので、かくなって始めて妙だ。故にいずれの方面から進むも、共に同一の妙に達するということは深く信じて疑わざるべきことです。かの浄土門は情の上から信じきたって妙あり、天台は智の上から探究しきたって妙あり、その向かうところにいろいろに異なっておりますが、帰着点は共に同一の妙処である故、この妙処を片ちんばに研究しないようにするのがなにより肝要です。まず天台宗はこれまで……。

 

     第一二章 華厳宗

       第一節 起 源

 前講にお話し申した天台宗と共に北地に起こって、法相宗の教系をくんだものはすなわちこの華厳宗で、天台宗と両々相対して一種の異類を放った宗派であって、シナにおける仏教思想の盛観はこの時より大いなるものはあるまい。さらば本宗はだれがその基礎を開拓したかというに、あたかも陳代のころにシナの地方に杜順禅師という名高い高僧がおって、十玄談を盛んに唱えておったのに起因するので、そののち賢首大師に至って大成したものです。故に賢首宗とさえいう人もあるのですが、前の天台宗と比較するに、その立論の基礎はまるで違っておる。かの天台宗は実相論であるのに、本宗はもと法相宗の教系によるものゆえ、唯心縁起の論法を応用して重々無尽の法界縁起を主張したのですが、しかし仏教の発展はこの二宗において最高潮に達したものです。

       第二節 宗名を略解す

 予はなんの必要にせまって宗名の解釈などに従うかといえば、本宗の宗名が明らかになれば、本宗の出所または目的が明らかになるのみならず、その名称はすこぶる形容詞的であるので、世人はなにが故にこのような妙な名称をつけたのであるかと疑う人もありましょうので、ここに煩を顧みず講述する次第です。

 本宗は何故に華厳宗と称するかというに、『華厳経』を根本の経典として、一切この『華厳経』の主義目的に従う故に、この名があるのです。元来この経は仏教が宇宙の真理を悟ってから、一番最初に説かれた経典で(天台宗の五時の講義参照)、経中少しの余言をまじえない、もっぱら大乗の奥義を説いた経であるといっておる。なぜというに本宗にては『華厳経』をもって、仏教一代の説教中もっとも広大円満の経典としておるので、その理由はといえば仏陀が永年の間難行苦行した後、一見明星の下、大豁悟道せし宇宙の大真理を一滴の余辞をまじえず、真理そのままを開顕した経であるからというので、海印定中一時炳現(海印とは形容的で大海の水の湛然たるごとき、禅定の中に一時に真理を炳現せしめたというので、換言すれば真理炳現というも差し支えない)ともいっておる。この後のもろもろの経は機に応じ根に照らして説いたものゆえ、頓漸浅深の階級が雑居しておるによって、華厳の一会開顕には到底及ばぬのだと自任しておる。

 そこで『華厳経』の組織内容はどうかというに、『華厳経』というはもちろん略称であって、つぶさにいえば『大方広仏華厳経』というのです。

 今この長い

 1 経の名称

を分析してみようならば(大層甘くこじつけたもののようにみえますが)、大と方と広との三字はわれわれが学んで悟るところの道理をいったもので、仏の一字は能証の智慧を指したものです。そして道理と智慧とがあるが、道理の方は普賢の主宰するところ、智慧の方は文殊の司監するところで、その道理と智慧とが不二絶対なるところが、毘廬舎那法身とて、すなわち釈迦仏の本体です。故に本経は容易に測ることのできぬ広大の経としてあるが、帰するところは理と知との二つにおさまってしまうのです。なぜ道理の方面を大方広と申すかというに、大は包含の義とて体を標し、方は軌範の義にて相を示し、広は周遍の義にして用を現すので、けだし絶対の妙体はその体に森羅たる万象が包含し、相に十方三世の軌範がそなわっておる。用に染浄因果の義理がそなわっておって、全世界に周遍する義であって、華厳の二字はその字のごとく比喩であって、「因位の万行をもって果地の仏徳を荘厳す」ということで、ちょうどその有様は妙華をもって玉台を荘厳するに似ておる。これよりこの名を得たものです。そして経の一字は能詮の言教であるから、七所九会の説法を指したもので、すなわち七所九会の説法をもって、因位の修行より荘厳せられた理智の二法を開演せしを『大方広仏華厳経』というのです。故にこの経でなかったならば、仏陀の円満なる徳果を現すことができぬので、一断一切断一行一切行、一念無量劫であるからして、一会に三祇を経てとみに菩提を証することができる。かような次第で相対門の上には三生成仏を談じますが、絶対門の上には初発心時便成正覚といいます。これが本宗の宗義で、図解すると左のごとし。

  大・・体(万象包含)

  方・・相(軌範包含)

  広・・用(義理包含) 理・・普賢

  仏・・・・・・・・・・智・・文殊 理智不二・法身・法

  華厳・・・・・・・・・・・・喩・・・・・・・・・・・ 所詮・

  経・・・・・・・・・・・・・能詮・・・・・・・・・・・・・・

       第三節 唯心論

 前講において本宗の教理を知るには、唯心的縁起論の発展を知らなければならぬと注意しておきましたが、本宗において唯心縁起(といっても『起信論』や法相宗の唯心縁起とはもとより別なり)をいかように説するかというに、

 1 五種の唯心論

より成立しておる。今便宜のために表しておきましょう。

  (1)小乗・・仮立一心

  (2)始教・・異熟頼耶一心

  (3)終教・・如来蔵性一心

  (4)頓教・・泯絶無寄一心

  (5)円教・・総該万有一心

 これもとより大体の区別であってくわしく尋ねてみたときには、唯心説は決して五種に限るものではないが、今はいちいち説明するのいとまがないによって、前表の次第によって講じましょう。まず第一の仮立一心から述べん。およそ小乗の名称を被むる仏教の中で、かの倶舎宗のごときは物と心との二つを認めておるものといわなければならぬ。故に倶舎宗などは唯心説ではないのであるが、倶舎宗の業感縁起というものは、どこからみても唯心的の傾向をもっておるものというべきである故、仮立一心の名称をそなえて、大乗の唯心論はここに基づいてここから発展したものといわんとするのです。すでに小乗仏教で唯心的の傾向があるとすれば、その説が更に一歩進んで大乗仏教の唯心的となるのは、思想発展の順序よりして必然の結果に相異ない。そこで大乗始教においては三種の唯心あることを示しておる。その一は一切の現象を主と客との二つの現象に分かったもので、その一が相分、その二が見分といいまして、物も心も存在する上にはその本体がなにかというに一心である。すなわち一心体上の主と客との二つの現象であるから、その実は唯心だと断ずるのが相見倶存一心というのです。その二はさきの相分と見分とを比較してみると、一は主で、一は客だ。しかれば客観的なる相分か、主観的なる見分に付すべきは当然のことで、相分を見分に付属して論断するによって、摂相帰見一心といいます。その三は心のいろいろのはたらきを分類してみると、心の王たるものもあれば、また臣下のように心に所属するものもあり、種々様々になっておるが、物の通則として臣下たるものは君主に摂せらるるは当然故、心所を心王に摂属して唯心の論断を下すにより、摂所帰王一心というのです。この三心を総合すると、始教の異熟頼耶一心となるべし。まずかようにして唯心説が成り立ったが、さらばその唯心説の心というのはどんなものかという詮索が起ききたるので、その真如に命ずるに心の名をもってしたもので、心をもって真如の現象を説明したのです。真如縁起説がすなわちこれです。しかるに真如縁起説において唯心を論ずる方法が一様でないによって、しばらく二種の方法によってお話しいたさん。二種の方法とは本体と現象との二つで、その二種を更に解剖するときは、本末の別、性相の別、真妄の別、理事の別とあらん。本末の別によって唯心と説くものを摂末帰本一心といい、相性の別によって説明するものを摂相帰性一心といい、真妄の差によって説くものを転真成事唯識といい、事理の異によってしかも同体不離を説くものを理事倶融唯識といいます。かように説くのをすべて終教所説の如来蔵性一心というのです。つぎに頓教の唯心とはどういうことかというに、前の表にあるとおり泯絶無寄一心とも、染浄泯絶一心とも、また禅宗の仏心印というのも、この頓教の唯心であるから、もとより論理は超えておるので、なんとも説明の与えようがない。けれども円教において三種の唯心を説明しますによって、その唯心説と衝突するの憂いがある故、いささか講じおかなければならぬ。唯心縁起論が頓教になって、なんらの説明をもそなえることのできぬ超論理のものとなるというのは、すなわち縁起門の終極なのです。そして円教の唯識において三種を開陳したものは性起門の説なのです。華厳円教の他に異なるは、性起になるをいうのは華厳宗自家の唱道であるのです。つぎに円教の唯心はどうかというに、華厳の性起門の意によると、現象世界は多数であってしかも無限であるというは、時間的に考えても空間的に考えても、到底われわれは普通の智識をもって測ることのできぬものではあるが、この多数の差別界であって、一つも真理の実現ではないものはない。一方で平等な真理は、他の一方において差別の相となって実現するのです。果たしてそうであったならば、このたくさんの差別界にあって、一つでも孤立的に他のものと無関係のものはない。この一つのものが他の一切のすべてのものと関係をそなえておると共に、他の一切の万物であって、この一物に関係をもたぬものはないということになる。この関係に二とおりあるので、一に万物同体の関係、二に万物相依の関係です。前者の方を相即といい、後者の方を相入というので、融事相入一心または融事相即一心というのがこれです。そしてその関係はというに、決して単純なものではない。最大多数の万物が相互に関係しておる重複の有様というものは、たとえば八面玲瓏たるダイヤモンドのような玉をいくつも一室の中にかくると仮定してみたまえ。その光が甲の玉と乙の玉と相映じ、相反射して重複なること無尽であろう。今万物の相入と相即とが相重複して尽きないというもの、ちょうどこれに似ておる。これは帝綱無尽一心というものです。この三つの心が集まって総該万有一心というのです。ここに至ると縁起論は全く実体論と合同してしまって、ほとんど縁起的教系の様子がなくなったようであるが、それはのちにお話しする四法界についてお話をしたならば一層明らかになることとおもう。

       第四節 四法界

 唯心論においてお話し申したような具合ですから、ここに順序からして四法界のことを講じよう。四法界は本宗の真理観というも不可なきほどであって、本宗にとっては決して欠くことのできぬ論である。四法界とは第一に事法界、第二に理法界、第三に理事無礙法界、第四に事事無礙法界の四つで、まず第一の事法界というのは、宇宙の無限なる現象界をいったもので、宇宙の事々物々は到底筆や紙にてことごとく言い尽くせるものではない。大は山川草木より小はわれわれの喜怒哀楽まで、一として現象界のものでないものはない。小乗仏教のごときはこの事法界の一部分にとどまるものです。第二の理界とは、理界の眼光すなわち平等の理から事界の差別界を観破したもので、三論宗のように我法二空観をもって自己の立脚地としたものは、すなわちこの理法界である。また天台宗に唱うる三諦中の空観もやはりこの理法界とことならぬ。われわれが朝な夕な万差の諸法に接する有様は、ちょうど猫児が鏡面に対して摸写するものと少しも異ならぬ。その鏡にうつる猫児を打ち払って、茫然として意識に少しも関係せぬのがこの理法界です。このときにおける界の意味は性の義になるのです。第三の理事無礙法界は、事と理とが互いに相結び合って、その間には少しも障りがなく、融通無礙の有様であって、天台宗はすなわちこの宗に相当し、平等の水に差別の波あると説くので、このときの界は分性の義です。第四の事事無礙法界は華厳宗独特の説にして、すでに天台にては事と理との関係を論じ尽くしたから、本宗は更に事に摂して事事の融通を談ずるのです。この事事無礙法界において十門を分かつので、十門はすなわち十玄縁起であるが、十玄縁起のことは更に項を改めて説かん。

       第五節 五教十宗

 前講の場合からいうと、十玄縁起のことをお話しいたすは順序でもありまた連絡もつきますが、全体さきに五教十宗のことをお話しすべきであったのに、講述の順序が妙にはいったために連絡が前後したが、まず本宗が仏教に対する解剖についてお話をして、次第に教理の方に進まんと思う。その前に五教十宗の図解を挙げておきます。

 ここに図解した五教より漸次にお話しいたしましょう。まず小教というのは小根(小智識のものをいう)のもののために説いた教であって、さきに天台宗で講じたように仏陀がはじめに大覚成就したときに、一乗円頓の教

  華厳宗 五教 小乗 (1) 二乗 小教

         大乗 (4) 三乗 漸 始教 相始教

                        空始教

                     終教

                   頓 頓教

                一乗 円教

      十宗 小乗教 (6) 我法倶有宗、法有我無宗、法無去来宗、

                 現通仮実宗、俗妄真実宗、諸法但名宗

         大乗教 (4) 一切皆空宗(始教)、真徳不空宗(終教)

                 相想倶絶宗(頓教)、円明具徳宗(円教)

を説いたけれども、元来聴き手が小智の小根であったために、いまだ一時平等の絶対の真理を知らぬ故に、やむなく第二義門に下って、極浅薄な教を説いたので「小乗教はこれ如来権法の施説」とはこの意味に外ならぬ。故に大乗教中、三乗の初めの始教の中なる相始教はその形小教に似てはおるが、まま直覚の深義を談じ、そろそろと極証の大果に赴くの階梯に接近しきたるので、唯談所談の上に万有開発の玄理を談ずる法相宗が、この相始教に相当するのです。つぎに空始教は空理一片に偏する三論宗が恰当するので、三論宗は前々講にも講じたように、八迷八不の理をもって、空理を談ずるによって縦横に空理を談ずるから、よく空始教に相当しておる。つぎに終教とはさきの始教に勝ることが万々で、終教は如来蔵縁起の法門であって、法相融即して不二の法門に入り、真如不空の義を現し、一切成仏の理を談じ、定性の二乗も無性の闡提もみな成仏すと説くが、いまだ円教に及ばないこと万々です。つぎに頓教とはわれわれ煩悩のある凡夫も、一念真体相合して妄想を生じなかったならばすなわち仏であると立てて、法相がいろいろの差別を泯絶してしまって、真性の妙理をただちにあらわすので、五性とか三性とか八識などの黒豆数えは頓と空亡してしまい、ただ一念不生をもって仏となすのです。けれども絶対の真如門に住するからして、森羅の諸法は毘廬舎那仏の果徳であるということを知らぬから、強いて差別の相を泯亡するによって、円教に劣るのです。つぎに円教とは、円融無礙少しも障りのない事事無礙円融の道理を明かし、諸法の体相を究尽してあますところがないによって、仏教中最上の教としておるので、これが本宗判釈の大要です。

       第六節 十玄六相

 十玄六相ということは円教の所説であって、最もむずかしい説であれば、今ここに詳しく説明するの余暇がないによって至極簡単に述べん。

 十玄六相は四法界中の事事無礙法界中の理から割り出たもので、元来法界の事事は無限であって、到底数え尽くすことができぬによって、しばらく十玄に摂して説明したもの。今その十玄の名称を列挙しておきましょう。

  (1) 同時具足相応門

  (2) 広狭自在無礙門

  (3) 一多相容不同門

  (4) 諸法相即自在門

  (5) 秘密隠顕倶成門

  (6) 微細相容安立門

  (7) 因陀羅網法界門

  (8) 託事顕法生解門

  (9) 十世隔法異成門

  (10) 主伴円明具徳門

 かように十玄の縁起があるけれども、この十玄に十義があるのです。

 1 十 義

とは一に教(能詮の教)義(所詮の義理)、二に理(平等の理性)事(差別の事相)、三に解(見聞の解行)行(実践の修行)、四に因(所修の因行)果(所感の果徳)、五に人(能覚の人体)法(所覚の法門)、六に境(居住の境界)位(経帰の階位)、七に法(所了の法体)智(能了の智見)、八に依(十界の依拠)正(十界の正拠)、九に根(衆生の根拠)欲(衆生の楽欲)、一〇に体(諸法の本体)用(諸法の体用)の十義であるが、この十義に十番の円融具足を論ずるのが十玄縁起というのです。すなわちここに掲げた表です。まず第一に同時具足相応門というのは、これは上の十義が同時に相応して一大縁起をなし、前後始終の差別なく具足円満する相をいう。第二の一多相容不同門というのは、上の十義において一義ごとに多義を有し、また多義に一義を入れ、しかも一は一の相を持し、多は多の相を保って、その本分を失わぬ相です。第三の諸法相即自在門というのは、上の十義が一即一切一切即一円融無礙の相である。第四の因陀羅網法界門というのは、名は異なっておれども、第三の門とその意において少しも異ならない。ただ比喩に約して一門を開いたのみです。すなわち因陀羅網とは帝釈天の珠網であって、十義の相即自在なること、かの珠網の一網に多網を映じ、多網に一網を現じて重重無尽なるごときをいったのだ。第五の微細相容安立門というのは、上の十義一念の中において頭をそろえて現れ、諸法が微塵に安立するのをいう。第六の秘密隠顕倶成門というのは、これに隠れかれにあらわるる、いと不思議なる隠覆顕了の相が同時に具足するをいい、第七の諸蔵純雑具徳門というのは、上の十義においてもし教義を上げるときは一切みな教義であるからして、純粋なものとしますが、この教義に理事等の一切の差別の相がそなわる故に雑というのである。十義がいちいちにこの二徳がちゃんとそなわって増減のないということです。第八の十世隔法異成門というのは、十世隔たっておる異なった法が同時に具足するということですが、ここに注意しなければならぬことは、上の十義において挙げたところの中の七門は、横からみて円融無礙の相を示したものであるが、今この十義は竪に十世に遍満すれば、また十世について円満無礙を論じなければならぬ必要からして、この門があるのです。すなわち十世というのは過去、現在、未来の三世にまたおのおの過現未の三世があるから、合わせて九世となる。その九世を総結して一の総世とし、総別合して十世とするので、その十世に周遍せる十義の諸法が一時に現れて縁起をなすといっておる。第九の唯心回転善成門というのは、上の十義は唯一如来の自性清浄心の性徳から転成したもので、如来蔵の一心がその性徳としていろいろに回転し、そしてよく差別の相を現ずるのであるというのです。経に「三界はただ一心にして、心のほかに別法なし。」(三界唯一心心外無別法)とはこの意味に外ならぬ。第八の託事顕法生解門というのは、上の十事を別事によせてあわらし、もって妙体を生ずる有様をいったもので、たとえば賢首大師が十玄の妙音を現さんために、一つの金獅子にたとえたことがあり、また無礙の真相を現さんために、一連の帝網をかりてたとえとしたことと同一であって、寄顕、表示、比況、安意などはみなこの中に摂してしまうのである。上来十門のうち初めの一門は総称であって、かの九門は別称である。総別並べ挙げて重重無尽の縁起を現すのです。〔十玄の項目の立て方と本文の説明の順序が異なっているが、原文のままとした。〕

 これで十玄の略解が終わったによって、今度は六相の講述に移らん。六相とは六相円融のことであって、この説の出所は『十地論』にあるので、諸法の融通する道理を説明するもので、この円融の理がなかったなら、前講十玄の縁起は成立しないのです。さて六相とはなにかというに、六相とは、総相、別相、同相、異相、成相、壊相の六つで、このうち総と同と成とは円融門であって、別と異と壊とは行布門である。賢首大師はこの六相を解釈するに、屋舎の比喩をもって解説してあるが、予も大師に習うてその比をもって解釈せん。第一総相とは「一は多徳を含む。」(一含多徳)といって、これを屋舎に比すると、棟とか梁とかはみな屋舎とすることができるのと一般です。第二に別相とは「多徳は一にあらず」(多徳非一)といって、屋相は元来棟や梁やいろいろのものが集まってでき上がっておる故、その体別々にして一でないから別相といったに相違ない。しかしこの二つは自ら融即しておるので、総をもって別をなし、別をもって総をなす。これすなわち諸法の体において同別相成の一対という。三に同相とは「多義も相違せざるは同なり、一棟を成すが故に。」             と説いて、これは棟や梁やいろいろのものが集まって一家屋を構成するような具合に、棟や梁やといろいろと形は異なっておるが、畢竟一屋をなす上においては、同一の結果を示すという意味である。四に異相とは「多義は相望めば、おのおの異なるが故に。」(多義相望各異故)と説いて、棟や梁を相望んでみると、おのおのそのはたらきが異なったにたとえたもの、この二つの相は諸法の相において同別相成の一対です。五に成相とは「この諸義によりて縁起は成るが故に。」          と説いて、これを棟梁相よって一家屋を作るにたとえたものです。六に壊相とは「諸義はおのおの自法に住して移動せず。」(諸義各住自法不移動)と説いて、これを棟梁などが各自の持ち前があって、その住まいを移動しないことにたとえたものです。この二相は縁起の用について、同成相成の一対です。要するに六相は体と相と用との三大において、平等と差別との二門を発明したものと承知すれば大差がない。故に六相の原理というものはなにかというと、華厳の無尽縁起の当相を説明するに過ぎぬので、かの法相宗などは阿頼耶の縁起を主張し、阿頼耶の本体から諸法が生起する理由を説き、天台宗は実相論の上からして事々物々はその理から出づるものと論じ、真如即万法、万法即真如と論ずるのです。そこでこの二つを比較すれば、縁起論は差別であって、実相論は平等です。この二論を結び合わせて平等円融の上に縁起開発を説いたものが、本宗の無尽縁起です。かような理からして、本宗は縁起開発論の最上に達したものということができる。なぜというに、縁起論の上にて十玄六相の法門のごときは、他宗にみることのできぬ法門であるからして、縁起論の最上に達したものといえるのです。これによって、本宗にては四法界ということを説きますが、前講すでにお話をしてありし故、今は略しておきますが、今その四法界を五教および各宗旨に配当してみようと思う。さて、

 2 四法界を宗旨に配当

してみるに(四法界の名称および大意は前講を参照せよ)、第一の事法界は小教と相始教とに当たるのです。なぜというに、小乗倶舎宗などにては世界を分析して七五の法体があると説いて、いまだ理界に説き及ぼさぬから、一に事相界にのみとどまっておるので、まことに仏教のごく初門です。相始教は小乗に比較するとやや平等の真理を説くようですが、いまだ真の平等ではない。ただ事界の上から百法を分析して、真如は分析中の一部分だと説くによって、いまだ事理円融の説ということはできない。第二の理法界たる空始教はすなわち三論宗に属するので、三論は一切の有を空し、ただ理一辺にとどまるもので、理中有あることを知らぬ。つぎに頓教は離言真如の理とて、われわれの言や詮索を離れた真如の道理を談ずるによって、禅宗はよくこれに似かよっておる。すなわち本来無一物とか廓然無聖とかいうことがよくこれに恰当しておる。天台の理事無礙法界もこの頓教に属するのです。つぎに円教は諸法の事相上の円融無差別の常談であるからして、事事無礙法界です。すでに事事無礙法界であるによって、前の三法界すなわち四教を総摂するもとより論がない。故に華厳大経を根本の法輪とし、この根本の法輪から、四法界をわき出したものであれば、大小頓漸と分かつた枝末法輪であって、これを摂末帰本すると、ついに法華となり、結局華厳の大経に帰することになるのです。今、以上の説を図解すると、かようになる。

  四法界 事  法  界 小  教

      理  法  界 空

      事理無礙法界 相 始教

      事事無礙法界 終  教  五  教

             頓  教

             円  教

 要するに華厳の所論は、これを名付けて主伴具足ともまた一多相即ともまた果地融通とも申して、一切現象のうちなに一つでも取り上ぐると、他のいろいろの事々物々は、その取り上げた一物に随伴して少しも去らぬから主伴具足といったもので、主人の伴が常にその側を離れぬとひとしい。それと共に一つの物を取ると、他の多くの物がこれに即するから一即多、多即一というので、一多相即とはこれです。かような無尽の縁起を説くのが『華厳経』の大旨である。畢竟するに華厳の無尽縁起を説くというは、果地の上に談ずと申して、果地とは結果の意味で、仏陀が大覚成就して大いに真理を悟った後に示したまいし一大真理で、ちょうど海の中にさまざまの万象が同時に炳現するがごときものであれば、十重無尽高尚の法であるので、天台の因上に説くのと大いに差がある。故に天台の方を因心本具説といい、本宗を果地融通説というのです。

       第七節 天台と華厳との比較

 ここで天台と華厳との比較を一言しておかん。すべて物にはどんなものでも大小長短あるがごとく、本宗と天台を比較してみても、また明らかに長短がある。長短あるからして甲論乙駁互いにその長所を鼻にかけて争うのですが、全体天台はどういう主張をもって、天下に誇り各宗に威張っておるかというに、性具論にあるのです。性具論はすなわち一念三千の観で、一念三千の観は、華厳は到底知るまい、わが方にはかようなちゃんと立派な観法があるからというて、大いに意を強うしておるが、華厳の方からいわせると、一念三千観などはまだ浅い、そんなことではまだまだ駄目だ。華厳は一念三千観というような迂遠なものではない、事事無礙観を主張する。この観は到底天台の知るところじゃない。華厳独特の説なりと威張っておるが、退いて考うるに、天台にて盛んに唱うる一念三千も、華厳にていうところの事事無礙論も共に同一のものではないか。また華厳にいうところの総該万有心というのは、すなわち性霊の意ではないか。されば二者別なものではないのに、何故に彼此その間を立てて、甲是乙非の争いをするかというに、もし比較的に考えましたならば、天台は理からして円教を談じ、華厳は事について円教を立てておる傾向がある。すなわち天台はこの差別界を無差別界に移して論を立てておるし、華厳はそれと正反対に無差別界を差別界に移して説をなしておると判断するのは、公平の批判だろうと思う。故に事事無礙法界観は真に華厳宗といってもおそらくは異論あるまい。しかればその事事無礙法界観はすなわち真理に対する観察であって、絶対的方面に向かって一歩を進めたものということができよう。また性起説は真理に対する観念が更に活動的方面にむかって、一歩を運ばしめたものといって差し支えない。はたしてこの批評にして誤りがなかったならば、絶対的活動論の最も頂点に達したのは華厳宗というて決して誤りがなかろうとおもう。

       第八節 批 判

 さて仏教の通理原則を挙げて西洋哲学に比較するに、双方共に同じということはできませぬ。すなわち一方の仏教の基礎は信仰であって、一方の哲学の方面は究理である。理論と信仰は性質において全然反しておるゆえ、すべての点において相一致するということは到底できぬ。けれどもある部分は大層よく似、ある部分は非常に反対しておる。その類似しておる点、すなわち

 1 哲学に契合する点

はどの宗派までかというと、天台宗までです。華厳以上の宗派になりますと、もはや理屈では駄目、直覚的思想をもって研究しなければならぬことになる。なぜというに、天台の組織というものは一種の組織学で、全然学理の基礎によって成り立っておる。すなわち智識的であるから、西洋哲学と一致するのです。しかるに華厳はそうはいかぬ。前にもいったように、直覚的に研究しなければならぬから、智識の力でその真理を知ろうとしたところが到底できぬ。かようなわけですから、華厳以上の仏教は他に比較するものがないといっても差し支えないことになる。およそ物は順序によって研究すると、こういう結果になるようである。今これを学理上に照らしてみると、われわれの最も容易に信ずることのできるものはなにかというと、目前の世界の有様が一番よく分かる。試みにわれわれが一度活眼を開いてみたまえ。その現象の複雑なことは一とおりや二とおりではない。大は山川河海より、小は人獣虫魚に至るまで、雑然として千差万別である。故にその数において無量無限であるが、その形態もまた千態万状であるによって、世界万有と名付くるのです。そしてこの森羅の諸法はもとより有為法の集合体であるによって、盛衰栄枯は到底免るることができぬ。たとえば、春がくると百花が爛漫と咲き乱れ、人情転々春風にほださるるの時であるのに、一度秋がくれば千山紅葉万目蕭条、人ために秋殺の気に襲わるる。かく一刹那一刹那少しもとどまらぬものであって、しかもこの常理は幾千万年ののちになっても決して変わることがない。始終循環無窮に盛衰の波に浮きつ沈みつしておる。しからばこの世界というものは、永久においてただに変化するのみであって、他になんの能事がないかというに、決して変化のみではない。その変化するというのは現象界のみについていったことで、現象界は本来有漏法の集合したものだによって、元来集まったものであるから、永久に不変と同時に、一方には不変なる常道があるのです。すべて物に変化生滅の波があるというのは、その反面に不変の原理があるからに相違ない。元来、

 2 変 化

というのは比較上の論であって、舟の動くというのは、その周囲に動かざるものがあるからでしょう。舟も水もみな動くなら、舟なるものは到底われわれの希望を満たすわけにはいかぬのです。それと同じく、われわれはある点においてたしかに不変の理をみるからして、ここに変化があるということが分明になるのです。けれどもわれわれが認めて不変の常理とするものを詳しく吟味するときは、やはり変化しておるのです。なぜというに、山野に青々と相生じておる草木は常に変化して、その山野は更に変化しないものと思うておるかも知らぬが、微細に討究してみたまえ。山野もやはり草木とおなじく変化は少しも休まない。その今まで変化しないと信じておった山野の変化してやまないものだということがわかったならば、すなわち山野以外に不変の真理があることを証明するものたるに相違ない。すなわち甲の変化は乙の変化にて知り、乙の変化は丙の不変化にて知るというように、その至極の地を推究するに、一切の事物中に不変化なる原則のあることが明らかになるものです。このことはただ道理上から推してのみそうではなくして、実際上そうなのです。かの一滴の水でも、雲となったり、雨となったり、川となり、海となるも、理学上からみたならばその形が変化したまでのもので、本よりの一滴の水は更に変ずることはない。それと同じくこの世界は、たとえ成住壊空の四大部によって世界破滅の時が来、世界が全滅して空となっても、世界は全くなくなったものではない。ただ一時その形を変化したまでのことにて、その空となれば、したがってまた成就するのである。世人は空といえば再び成就することのできぬものとの考えをもつは大いなる誤解である。空があるからして、成法がしたがってあるということを知らなければならぬ。この理によって観察すると、表面には変化あるようですが、その裏面には不変のものがあるといわなければならぬ。かように物に表裏のあるのはかえって世の進歩を招くところで、また興味のあるところです。なぜというに、この世界はただ変化のみであったならば、理化学上の原則も因果の規律も共に成立することができぬ。なぜというに、その原則規律はもと不変なるものがあるからだ。もし変化するようなものであったならば、原則でも規則でもない。この理から推し究めてみると、世界の全体における裏面には不生滅、不変化、無始終の三つの性質をそなえておるということができよう。そこで三性といったとて、三つの性質が鼎の三足のように三つそろっておるわけではない。推究するとその帰着点はただ一つである。その一なるところは変化生滅はもとよりない。変化生滅がなけりゃ始終前後の差別はもとよりない。この理からして、われわれが認めて変化のあるものを現象となし、変化しないものを本体といいます。この

 3 本体と現象の関係問題

は非常に困難な問題であって、本体現象同一論と不同論とが、互いに火花を散らして理屈を比べ、今にその帰着が明らかにならぬようですが、しかしいかに帰着点がないとて、前説の不同論は許すことはできぬ。なぜ許すことができぬかというに、前にもたびたび述べたような具合に、不変の上に変化が成立し、変化中に不変なることを発見する上は、二者同一のものといわなければならぬ。かの倶舎宗にては、単に差別のみ論ずるようですが、差別は差別で、現象であれば本体ということができぬ。かようなわけであるから、倶舎宗から進んで、法相宗の説があるのですが、もともと法相宗は事と理とが融通しておらぬ。おのおの別になっておるから、本体現象両存論に似ております。さらに天台宗に進むと、今まで隔歴しておった説が融合調和せられて、真如即万法、万法即真如と説いて、その関係が不一不二となる。その意はこれを一とすれば、本体か現象かのいずれの一方に偏することになる故、不一といい、もしまた不二という上からいうときは、元来現象と本体は互いに密接の関係があって離るべからざるものである。この関係からして(一)万法即真如、(二)一法即真如、(三)一法即万法、(四)一法即一法と推論することができる。なぜというに、この世界のあらゆる現象の本体は真如である故に、万法即真如ということができる。すでに現象の全体が真如の発し現れたものであるということができるならば、万法の中の一法みな真如でないものはない。天台の「一色一香も中道にあらざることなし。」(一色一香無非中道)とは、すなわちこれに外ならぬ。果たしてしからんには一法即万法ということができるかというに、それはもちろんでき得るに相違なし。したがって一法即一法ということもできる。またこれを反対に考えて、真如即万法、真如即一法、万法即一法ということができる道理です。なぜさようなことがいい得るやというに、万法は真如の現象であって、心軸なる真如そのものが活動の力をもっておるから、真如が発現して万法の形を造ったものであるので、もとより真如と万法とが相離るべからざるは明らかなる道理で、真如即万法、万法即真如、また万法中の一法が真如であるということができる。

 この道理を理化学の上から考えてみたまえ。物質あれば勢力あり、勢力あれば物質あり、物を離れて力なく、力を離れて物なきがごとく、勢力と物体とは互いに不離不即の関係をもっておる。しかるに今物体からいうと、物自身においては活動とか融通とかはたらきは少しもないが、力からいうと融通無礙の活動をもっておる。今これを仏教に比較してみるに、物質というは仏教の万法であって、勢力というはすなわち真如である。そこで万法からいうと物々みな隔歴しておるから融通はない。たとえば鉄瓶と硯とはその物が違っておるので、鉄瓶はいかに湯を沸かす作用があっても、硯の代理はできない。これその性質が異なるからですが、真理よりいうと鉄瓶の元素も硯の元素も少しも異なりがない。すなわち真如はかれもこれも同一である。故にわれわれが万法なりとしていろいろにあせったのは、一時の迷いであったに違いない。もし虚心平気に考一考してみたならば、今まで万法だと認めておったものは、みな真如に違いないということになる。ここにおいて身を真如界中に投じて翻って万法をみたならば、一法即万法、一法即一法というに気が付くに相違ない。故にこれを秘して事事無礙法界といったので、本宗のいわゆる一塵一毛中に三千大千世界をおさむというも、須弥に芥子をいれ、芥子に須弥をいるるというも、この道理に外ならぬ。予がかように申したならば、諸君は定めし疑いができるでしょう。須弥の大きなものに芥子をいるるというのは、むろんたやすいことであるが、芥子が須弥をいるるというは、いかにも合点がいかぬという人もあらん。予はこの人に答うるに、たとえをもってせん。われわれの目というものは、宇宙から比較したならばほとんど形容もできぬほど小なるものであるが、翻ってその宇宙はというと、小さい眼球をもってくまなくみることができるによって、宇宙がわれわれの眼中にあるということができる。すなわち天地眼を入れ、眼天地を入るると同じである。なぜかように同一のものが違うかというに、考え場所が違うのだ。すなわち万法によせて考うる場合と、真如に寄せて考うる場合との相異があるのです。これをわれわれの心の上についてみても、われわれは元来天地間の一小部分であるけれども、その広大なる天地をわれわれの心に寄せて考えることができよう。故に「三界唯一心、心外無別法」とて、心の外になにものもないというのです。要するにこの万法世界は一大真如世界であって、その真如界中に万法の現象を現すものであれば、表面には万法がいろいろの形を現しておるも、裏面から万法をうかがったときには、真如は万法を包含しておるから、万法ことごとく真如の中にあるということができるので、諸君は一層本宗の教理についてご研究せらるるときは、一時炳現のときもあらん。

 

     第一三章 真言宗

       第一節 起 源

 真言宗という個体的の宗派になったのはどうしてなったかというに、その起源はインドの竜樹という人にあるとしておる。すなわち竜樹は南インドにおいて鉄塔を開いて、金剛薩埵に会見して、『金剛頂経』という経典を授かったという伝説がその起源となっておりますが、これははなはだおかしな説であまり信用もできませんが、今は歴史の研究でありませぬによって、そういう方面はみな省いておきますが、そののち弟子の竜智の時には盛んに行われたもののごとく、そののち更に善無畏、金剛智、不空などの人々は大いに密経の翻訳に従事した結果が一層盛大になったようだが、いまだ一宗派が成立しなかったが、日本の弘法〔空海〕が一大敏腕をもってついに本宗を開立することになった。そこで一言いっておくことは外でもないが、本宗開展の思想の有様です。前講にもしばしば申したような具合に、仏教の哲学的思想があって最も高尚な点に発達し、われわれをして西洋哲学よりもある点において、非常な発達をしておることに驚かしめたものは、実に天台と華厳との二宗です。この二宗が、一方には組織的に仏教を成立せしめたことと、理論的説明が正確であるということの二つをもって、仏教の微妙な哲理を啓蒙宣揚したのは、到底ほかにいかほどの宗教宗派があっても及ぶものはない。しかし人間の心というのは妙なもので、ある程度までなにごとでも発達するときは、それ以上に容易に発達しないもので、一時中止の姿を現す(もっとも思想発展には究尽なし)。かようになるというのは人々が思想研究の念に飽いてしまったからで、一度飽いたときには研究というよりも実地の方面に傾くもので、まして宗教をして人生に実地に活用させようとするには、ただ高尚な天台や華厳のみでは満足ができなくなってくる。ここにおいて天台や華厳の教理ある上に、更に真言秘密の教を伝来せしめて、大いにその説を拡張したのです。そして真言秘密の教などというと、大層むずかしいようにおもう人があるのも、元来は至極簡単なものであったのに、のちになってむずかしくなったというのは、シナの一行禅師が天台円教の旨をもって密教を説明し、日本の弘法大師が更に華厳円教の旨をもって密教を説いた結果が、さきの通俗簡易のものが転じて至極幽玄の教理を説くようになって、ついに華厳、天台の上に位せるようになったのである。

       第二節 宗名およびその意義

 華厳宗より一歩進んだものは、すなわち真言宗であることは前講のとおりである。そこでこの宗はなぜ真言宗と名付くるかというに、『大日経』とか『蘇悉地経』などという秘密真言教によって成立したによって真言宗と名付けたので、真言とは真語如語不妄不異の言で、すなわち妄言虚語ではない真実の言で、三密中の語密に当たるのです。この真言教は大日如来自己の眷属に向かって自内証の大法を説いたものであるによって、たとえ十地等覚の菩薩でも一語一辞を賛否することのできない、ただ仏と仏とが究め尽くした法門であるによって、もとより理屈の及ばぬ経典で、華厳や天台と大いにその趣が違うのもこの点にある。本宗の目から眺むると、華厳や天台の諸教というものは応病与薬の臨機に説法したものであるゆえ、したがって仏陀の真意を解せぬ方便教としておる。それに反して真言だけが仏教本旨の宿るところというので、これに顕密の二教を立つるのです。顕教というのはあらわれておる平凡の教という意味で、かの華厳であろうが、天台であろうが、三論、法相に至るまで、もとより人類の気質に応じて説いた教なれば、甲乙の隔歴はむろん、教理の深浅は決して免れない。それ故これを顕教というのです。これに反して真言は自内証の大教であって、少しも人々の気質やなにかに関せぬによって、これを秘密の教としていささかも妄誕虚辞がないというのです。この故に本宗は他宗と異なって理想的の大日如来を標準仏と立てるのである。

       第三節 二教十住心(一代教判)

 およそ一宗を立てようとするには、その宗その宗の判教(すなわち批判)が必要で、その判教の裁判によって、その宗の価値が定めらるるものです。かの天台のごときは五時八教をもってあらゆる仏教を批判決定し、華厳宗のごとき小始終頓円をもって全仏教を判定し、もって自己の立脚地を明らかにした。今、本宗では二教十住心と

いう判教を設けて、一般の仏教を概評判釈するのです。今、便宜のためにその一般を表しておかん。

 本宗の教判は図に示したごとくですが、竪と横との判決の具合があって、竪に判釈すると十住心の判釈があり、横に判釈すると顕と密との二教の判釈があるのです。十住心の判教は元来『大日経』の住心品から出たもので、住心品で一切人類の心の有様を解剖するに、一〇とおりの分類をしてあったのを、大師の巧みな手腕をもって、これを当時行われておった諸宗派に配達したのである。顕密二教のことは前に述べましたによって、今はこれを略し、もっぱら十住心の教判について講じよう。まず、

 真言宗 横判∥二教 顕教

           密教

     竪判∥十住心 世 間 教 三・・・・・・ 異生羝羊心(三悪道住心)

                         愚童持斎心(人乗住心)

                         嬰童無畏心(天乗住心)

            出世間教 七 小乗教 二 唯蘊無我心(声聞住心)

                         抜業因種心(縁覚住心) 顕教

                   大乗教 五 他縁大乗心(法相住心)

                         覚心不生心(三論住心)

                         一道無為心(天台住心)

                         極無自性心(華厳住心)

                         秘密荘厳心(真言住心) 密教

 1 世間教

として三分した中の異生羝羊心から述べん。(一)異生羝羊心とは三悪道の住心であって、異生とは凡夫をいうので、羝羊とは牡羊である。ちょうど無智の凡俗が煩悩に馳駆せられて、是非善悪をわきまえず、ただ食と婬とに酔うておる羝羊の下劣なる動物にひとしいけれども、この無智の住心はもとより有望なので、今は無智なるもひとたび心を翻したときには、ただちに第二住の善心を起こすのであるから、畢竟浄心生起の最初の階級である。(二)愚童持斎心というのは、人乗の住心(とは人間の住心とおなじ)にして、愚童とは無智蒙昧の意で、愚ではあるが持斎といってよく護持して失犯せしめず、一日不食の斎戒を行うてそろそろと真言秘密の法門に進むのである。(三)に嬰童無畏心とは、天乗の住心にして、嬰童とは無智劣弱の心を初生の孩児にたとえたもの、無畏とは迷いを去ることに約していった名にして、常に善法を修行してようやく涅槃に近づき、少しも三途の苦を恐れないのです。この中には梵天外道の修行および十戒などがみな摂するのである。これで世間教の三分類の説明が済みましたによって、更に

 2 出世間教

を大別せる七分中の小乗教の二分を講じよう。初めに(一)唯蘊無我心とは声聞の住心であって、唯蘊とは色、受、想、行、識の五蘊のみであって、無我というのは五蘊もと我なしと観ずるので、いわゆる小乗の第一級の倶舎宗の宗意であって、いわゆる諸法無我のことである。(二)抜業因種心とは縁覚の住心であって、業とは業煩悩をいい、因とは十二因縁にして、種とは無明種子である。この無明から煩悩を起こし、業を造り、十二因縁を生じて生死流転窮まりがない。しかるに縁覚はこの十二因縁を観じて業煩悩をとどむるのであるから、一部分無明の種子だけは断滅するのであるから、抜業因種心というのです。これまでは小乗教であったが、以下は大乗教に入るのです。すなわち大乗の始めである。(一)他縁大乗心というのは、法相宗の住心であって、他縁とはすでに大乗に足を入れますと、自分のみ悟ればよいと黙しておらぬので、他の人々をさきに済度しようとしてしまう阿頼耶の現成を示すによるのです。(二)に覚心不生心とは三論宗の住心であって、覚心とはもと煩悩はなにかというと、みな自性清浄心の変化したものゆえ、ひとたびそのところに気がつけば、煩悩即自性心なることが明らかになって、覚心のなにものなるやが分かるので、不生心とは不去不来等の八不中道の中の初めの一を挙げて、後を略したのですから、いわゆる八不の中道をいうのです。(三)に一道無為心とは天台宗の信心であって、一道無為とは自性清浄一念三千の観法にて諸法実相の当体である。(四)に極無自性心とは華厳宗の信心であって、この極の一字に二義がある。一は第九の信心を指していうので、このときは顕教の至極で真如随縁不守自性の意です。二は第八の信心を指して極といったもので、前の信心において深く所証の空理を愛して自ら至極とするのですが、しかるに密仏の警覚によって、初めて第八の自信を未極にして自性がないということが分かり、大いに進取の心を起こして第一〇の信心に入るのだが、その一〇の信心に入るの階梯として第九の信心が必要なのです。(五)に秘密荘厳心とは

  十住心 異生羝羊心………三悪道

      愚童持斎心………人 道

      嬰童無畏心………天 道 ………………………世間教

      唯蘊無我心………声 聞

      抜業因種心………縁 覚 二 乗 教…小乗教

      他縁大乗心………法相宗

      覚心不生心………三論宗 三 乗 教

      一道無為心………天台宗

      極無自性心………華厳宗 一 乗 教

      秘密荘厳心………真言宗…金剛乗教 大乗教 出世間教

まさしく真言の信心であって、秘密は如来秘密の三密の行である。この三密(身、口、意の三密)をもって曼荼羅(とはインド語であって、意味多く翻訳ができぬとのこと、しかし強いて訳せば輪円具足という。輪円具足とはあらゆる万徳を具足しておるというので、仏よりいえばむろんお悟りの点、われわれよりいえば本乗もっておる本具の徳です)を立派に荘厳する故にこの名称がありますが、今この信心に入って初めて自己の源底に達し、六大四曼三密の秘密宝蔵を打ち開くことができるのです。以上略説しました大義を諸乗に配列すれば、右のような結果を示すべし。

       第四節 二界六大

 本宗判教の概説も済みましたによって、進んで本宗の精神ともいうべき二界六大のお話をいたさん。二界とは金剛界と胎蔵界との二つであって、もとこの二界は大日如来自内証の徳を、智と理との二つに分けて説いたもので、理の方面を胎蔵界とし、智の方面を金剛界とし、胎蔵界の方を説いたものは『大日経』であって、金剛界の方を説いたものは『金剛頂経』です。さらばその金剛と名付くるわけはどういうわけかというに、金剛は極めて堅牢なるものであれば、これをわが心の智に比し、その智が一切の迷妄を打ち破り、もって真理の光を開いたのにたとえたものです。つぎに胎蔵界とは、ちょうど母の腹に子を胎するような具合に、理の中には一切の事物を含有するのにたとえたもので、言を換えていうと、一は智識、一は感情ということができます。また自利利他の上からいうと、金剛界は自利であって、胎蔵界は利他であるが、元来理と智とは一法の二義であって、不二にして二であるから、金剛と胎蔵と二つ並んであっても、決して差別の見を起こしてはならぬ。

 つぎに六大とはなんであるかというに、この世界には数限りもない万事の諸法が燦然としておるが、この多くの諸法はみな六大より外ないというので、六大無礙ということを主張する。この点からみると、仏もわれわれもみな六大から出たもので、六大の外に全くないというのです。今、便利をはかって表しましょう。

    (名目)(理性)(顕色)(形色)

  六大 地   堅   黄   方

     水   湿   白   円

     火   燸   赤   三角

     風   動   黒   半月

     空   無礙  青   星形

     識   了知  具足  具足

     金剛界     胎蔵界

  (注意! 六大の名称はこの他にもまだあるのですが、煩を避けるため、ここに略しておきます。)


 この六大とは仮法ではむろんなく、真実法であって,われわれの見ておる水や火ではなく、また化学でいうところの原子、元素の類でもない。仏の作ったものでもなければ、衆生の制したるものでもない。法爾自然の源泉から現れたところのもので、水なら水の一を挙ぐると、他の五大はみな摂して互触通和するによって、六大無礙といったこともある。

 六大はかようにして一切万有を制したもの、一切万有はこの六大によって維持せらるるものとなっておるから、ある方面からみると、顕教でいうところの真如の代用といってもよい。されば顕教にて真如縁起といって、盛んに哲学的思想を鼓吹した真如縁起も、密教に至って改称して六大縁起となったので、かように現象即実在論を事実的に説明するところが、真言の天台や華厳の上に位するところであろう。この六大の説について前にもちょっと申したとおり、無礙論というものがある。その

 1 無礙論

に、異類相互の無礙論と同類相互の無礙論とがある。まず異類相互の無礙論というのは、地水火風等の六大はもとより相互に関係をもっておって、水とか火とかおのおの別々に分離しておるものではない。もし一を挙げれば、他の五種はみな互いに関係して決して欠けるものではないのは、ちょうど器に盛れる水の一端を動かせば全体動揺すると少しも異ならぬ。かようなわけであるによって、全世界中一カ所として地大でないところはなく、また水大でないところはない。しかし水は水、地は地、その類は異なっておるによって、異類相互の無礙論というのです。この論につきまして特に重大の問題がある。すなわち地水火風空の外、五大と識大との関係論です。すなわち胎蔵界(前図によって前五大をいう)と金剛界との関係論である。換言すると、物と心との二元論というのです(詳しきことを知らんには前図によられたし)。今少しく弁じましょうが、大体六大の分類法というものは、本はインドにおける物質界の分類法を甘く応用したものであって、一切の物を空風火水地の五つに分類して、これに精神的の識大を加えて六大としたものですが、元来物の外に心がなく、心の外に物がなく、物と心とは決して相離るべからざる関係があるからして、世界は唯物であると共に唯心ということができる。畢竟物の見様で、物からみたのが胎蔵界であって、そして六大を分類して前五大と識大とに分かつたのは胎蔵界の教相でして、物質界方面から説を立てたものである。また精神界を立脚とし、識大を本とし前五大を末としたものは金剛界で、精神を四種(受、想、行、識)に分類して、物質界をして一つの色となすものは金剛界の教相であって、その重きを精神的方面において説を立てたからです。故に一は智にして一つは理ということができる。つぎに同類無礙論というのは、甲の六大と乙の六大と丙の六大といろいろちがっておっても、みな同類だという関係論である。いやしくも世界が万物に六大をもって成らぬものはないといえば、食物も六大であれば、動物も六大、人類も六大でできておる。されば植物の六大と人類の六大とは違っておるかというに、決して異なってはおらない。ただ異なるのは作るときの因縁が異なるから、いろいろと形が違うのであるというのです。

 理論はこのようにいろいろに変わっておりますが、要するに六大を三つに分ければ色心の二つで、一切のものはこの六大からできたもので、しかも前の五大を色と名付けて理であるというわけは、理は摂持の義であって、地等の五大が一切諸法を摂持するから名付けたもので、顕教の真如をもって理とするとは大いに異なるのです。すなわち六大は大日如来の理と智との二徳であれば、一切の万法みな大日の所成というので、これが六大無礙たるゆえんです。更に以上の所説を概括してみると、真言の世界観すなわち六大は、常識的もしくは科学上の元素、原子等の実体論を否定しないで、これを実有となし、かように多元の実有は結局、金剛胎蔵の二元に概括し得ることとなし、この物と心との二元も、またわれわれが智識の上に分別したものであれば、差別方面からみると分別があるが、半面からみると平等一如であって、物と心、主観客観、結局一如的の実在ということがいえるのです。ことにこの実在は活動的であるからして、動作的に大日如来を写象したものに相違ない。故に塵一本でも土一塊でも大日の相でないものはないによって、これを即事而真というのです。

 この外、三密四曼などの講ずべきことがあるけれども、それはむしろ宗教的部分に属する故、今は略しておきます。

       第五節 諸宗との相違

 本宗と諸宗とを比較するに、根本的の相違はどこにあるかと尋ぬるに、理と事とを基礎とする根本の区別にある。かの天台や華厳は理が本となっておるが、本宗は事の六大が根本の基礎となっておる。換言すれば本宗事相差別の上に理界を談ずるので、事界の上に重きを置いてある。そして前にもお話ししたとおり、本宗は六大のうち五大と識とは互いに渉入して不離不即であるからして、五大を離れて識大がなく、識大を離れて五大がなく、また金剛胎蔵の両界にても金剛界と胎蔵とは不二であるによって、胎蔵界を離れて金剛界がなく、金剛界をはなれて胎蔵界がないというわけは、その意どこにあるかというに、色心不二、金胎一致、理智冥合と説いて、即身成仏(とはその身そのまま成仏ができるというのです。なぜというに仏もわれわれも六大の所成である故に……)を談ぜんためです。故に即身成仏を遂げんとおもわば、三密の法(三密とは語密、身密、意密であって、まず身とは諸仏よりわれわれに至るまで色法の集まったものであるゆえ、語密とはその色彩から出るいろいろの音声、意とはわれわれにいろいろのはたらきあるの意で、みな大日如来自内証の境界です)を修行すれば、ただちにできるのです。

 また華厳宗と本宗とは互いに相表裏しておるので、華厳宗は一切万法の一事一物の無礙融通を論ずるが、その立脚地は理である。すなわち理というところに打腰しておるのだが、もう一歩進むと本宗の六大ということになる。けれども物にはすべて表裏というものがあって、裏面から論ずると真如を根本としなければならぬが、表面からいうと万法を根本としなければならぬ。これすなわち六大説の起こるゆえんです。

       第六節 諸宗との融通

 すでに講じたように、かの倶舎宗にては色心二元をもって宇宙現象を解釈し、更に進んで真言の深い道理を説くことになったが、さて今日、真言宗のごく幽妙な説があるからして、前講の倶舎宗の説は大誤りであるといったらどうです。自家撞着のはなはだしいもので、仏教自身に仏教の誤謬を白状するようなものではないか。なぜというに、倶舎宗も真言宗も共に同一仏教であろう。同一仏教であるならば、ひとり真言宗のみ真の仏教であって、倶舎宗のみ誤れるということができぬ。もしそれ倶舎宗を基礎として建設した仏教の理論であって、その基礎が誤れるというならば、これによって建設した説もまた破れざるを得ない。今や真言宗にて説明した色心二元は、すでに倶舎宗にて説明したものである。もし仏教がここまでに至らなければ、到底完全なものということができまい。かの無道義の輩のように、始終一貫しなかったならば、仏教一貫の真理というものは、ために滅びてしまうものである。たとえば仏教は一つの円環と同じような具合に、その円環を一周してみなければ、到底仏教の全体を知ることができぬ。しかしその一円環を造るにしても、最初いずれの方面よりか始めなければならぬ。その方面の起点はいずれからしてもよかろうが、さきにもっともわれわれの目前に接近して、常にわれわれのよくみておる世界から始めるのが一番便利であって、出立点はこの世界にあるが、一周の後はまたもとの世界に帰入することになる。それと同一の論法で、倶舎宗の二元論から出立して、またもとの二元論に帰入するのは、なにも怪しむに足らぬ。たとえていわば、今ここに一本の大樹が大雪に埋もれてあると仮定して、その木は表面から見るときは、七五の枝葉が雪の外に表出し、七五枝いわゆる七十五法おのおの独立せるに似ておる(倶舎宗)。しかるにその白雪を除き去ってみると、事と理との二つの大きな枝があったことに到着するでしょう(法相宗)。けれどもよくよく注意して見たならば、七五の枝も二大の幹も、共に実相の根から発生しておったことを発見するでしょう(天台宗)。もしこの根がどこから萌生したかということを考えたなら、土の中なる多くの小根から生じたことに気がつくであろう(真言宗)。しかしてまた、その根は枝葉があるために生じて発育するというのは自然の現象です。かように順序を立てて研究してみたならば、真言宗は顕より密を尊ぶが故に、表面に現れておるものを顕教である方便教だといって、裏面に伏在するものを真実教である密教であるといっておるが、今その雪中に埋もれてあった枝と土中の根とは同じといいがたいが、その形状が多様多元に分かれておる様子からみたならば、真言宗は倶舎宗に帰ったものというも不可あるまい。この推論よりすると、決して倶舎宗の所論は道理に違っておるものではない。ただその見方が多少浅近であって、七五の樹木のみがあると認めた結果に相違ない。故に倶舎宗の多元論は真言宗にて明らかに証拠を加えておるので、真言宗は仏教の所論の完結したものというのです。

       第七節 真如万法の関係と顕密二教の説明

 真如と万法との関係を説明するに、顕教と密教とはどこに相異の点があるかというに、顕教は真如の理から万法を説明し、密教は万法を本として真如を説明する。けれどもそれはただ表裏の別で、説明が左よりすると右よりするとの別あるためです。けだし真言宗にては事をさきにして、理をのちにするは、万法の裏面に真如があり、真如の裏面に万法があることを明らかにしたもので、今これを一般の道理に照らしてみるに、まず真如の理はなにによって生じきたったかというに、われわれの心と外界の関係から生じたものである。故に真如は物心万有の根本ではあるが、真如はこれを物心万有から想出したものであるから、場合によっては、物心万有は真如の根本というも差し支えあるまい。またわれわれはただちに仏果を成することができるなら、この物心界の身心がただちに仏果となるのである。これらの道理から推究すると、事を本として理を末とするというも、もとより不当のことではないのです。真言宗が事をよく説明したによって、仏教の起点ともいうべき倶舎宗の真理を始めて発見し、ここに始めて論理の完結をみるに至ったものです。このように、仏教の発達は論理上の順序によるものであるということは、予の考え出したことで、だれも考えないことであった。これを西洋哲学に比較するに、従来論理になんの関係がないとおもいし仏教が、秩序整然として思想発達の順序によりしこと、一目瞭然となったのである。

 

     第一四章 理論宗結論

 今まで講じてきました部分は、仏教の中で哲学に属した部分のみを講じたもので、宗教の方面はほとんど講じないが、仏教は決して理屈のみで成立するものではない。もし理論や哲学のみにて仏教のできるものならば、あらゆる学問または理屈は、みな仏教および宗教と称することができましょう。いやしくも仏教と称して成立宗教となるには、その理論を実地に応用しなければ駄目である。実地に応用して多くの人々に安心立命を与えなければ、なんの効もない。さればその

 1 応 用

とはどんなことかというに、いずれの宗教も理論の上において、この世界に不生不滅の本体というものがあると説くが、その不生不滅の体は真如です。そこでこの本体が世界のどこかに存在しておるということは、理論の上にてはこれを話ししましょうが、はたしてこれに達するの道があるやいなやというに、理論の上から説明すると、真如が開発して森羅の諸象となったものゆえ、その末たる諸法から進んで真如に達することができる。たとえば十二因縁を逆に観ずるにひとしきものに相違ない。しかるに理論を離れたる実際の上から説明するには、よほど困難を感ずるのです。けれどもわれわれが信じて疑わぬのは、この迷妄を断ち切ってしまえば、必ず真如の霊光に接することもできることとおもうのです。その真如に達するのがすなわち応用である。

 翻って世界の有様を見るに、山野には森々たる草木があり、その中に動物が蠢々として相嘶嘴しており、人類は互いに相会しておっておのおのその特性を発揮しておるが、中につきて草木は生活力はもっておるも感覚力は少しもない、動物は感覚力があっても思想をもっておらぬ。ひとり人類のみはそれらと異なって思想力、生活力、感覚力みなそなえておるが、同一人類中にてもその智識におのずから差があって、下等野蛮の人間は世界の不可思議なる点を考うる力がないが、高尚にして開明な人間になると、高尚な学問あるいは智識を得るのみじゃない。天体のいかんを考え、または地勢のなんたるなどを考えて、いろいろと研究し考究した結果、自らその中に不可思議の現象なることを発見する能力を持っておる。かつまた同一の人間であっても、盲目者よりも明目者は多くの快楽を得べきは当然であるが、その同一の明目中でも、智識の程度によって同一ではない。智識が進歩してこの世界の有様を知っておる人は、この世界も楽しく美しく現ずるに違いないが、智識の進歩しないものは、世界の現象がよく分からぬために常に一大疑惑の中に沈没しておるから、世界に対して一大恐怖に駆られておる。故にわれわれは他日幾十倍の智識を得て、世界のなんたるかを十分に研究したならば、実妙の世界が見らるるであろう。この霊妙の世界はすなわち

 2 真如の世界

で、この世界に至るには各宗共に道は異なっておる。異なってはおるが、帰着点は少しも異ならぬ。たとえば仙台の線路と神戸の線路とはそのレールにおいて異なっておるも、東都に至るの目的は少しも異ならないのと同一です。ここのところが仏教の西洋哲学と異なるところであって、仏教は単に道理のみを研究するのじゃない、ここに至るの方法を講ずるのである。もし仏教が道理のみの研究に腰を打ちつけたならば、仏教は仏教たる特色を失ってしまうのです。

 すでに不生不滅なる真如世界の存在は、前講理論宗の証明によって尽くしたによって、更に実際上真如に達するの捷径を求めようとするものの起こらなければならぬのは、思想発達の上からして当然の理です。これすなわち実際宗の起こったわけであって、決して偶然に起こったものではない。その由来するところ、さきの理論宗に胚胎しておるのです。故に実際その理論といっても、別に特色のあるわけではない。すなわち理論宗の説くところと少しも異ならぬ。けれども多少は哲学上の道理をもふくみ、一種特別の点があるからして、いたずらに感情一方ではないによって誤りのないように願いたい。

 

     第一五章 実際宗総論

 前講述にて理論宗の大意が済みましたによって、本講より実際宗を講ずることとなった。前にも一言申しておいたように、実際宗には少しも理論がなく、ただ実際のみかというと決してそうではない。やはり理論があるが、その理論は理論宗のと少しも異ならぬ。ただ異なる点は応用の上において、理論を主とするのと実際を主とするのとの区別あるのみのことです。理論宗は理論上ではなかなか高尚幽遠ではあるが、実際上実地に応用するにはやや迂遠を免れない。これでは到底宗教として他を教導することができず、切角の仏教も空理に流れて、人生になんの効もないようなわけとなるによって、その結果実際宗の現れたわけであって、畢竟人生の必要と時勢の要求に迫られたものに相違ない。ただ一言ここに注意すべきは、実際宗はすでに哲学や理論のよく及ぶところではない実地の宗旨であるゆえ、いたずらに講義をして、かえってその真相を破ることがあるかも知れぬ。故にただその大意のみ、ごく簡単に述べたわけです。

 

     第一六章 禅 宗

       第一節 起源および宗意

 一口に禅宗といいますと、禅宗という一個の宗派があるようにおもわれ、また世の人々も禅宗という一つの宗旨があるようにおもうておるが、禅宗という名称の中には、曹洞宗、黄檗宗、臨済宗との三宗(もっとも雲門宗、潙仰宗というのもあった)で、それをひっくるめて禅宗といっておるのは、この三宗は元来坐禅をもってその宗義となすにあるので、その目的も大同小異で、ただ少しばかりの違いであるのみばかりじゃない。もと以心伝心の宗派であるから禅宗といったものですが、全体この宗はいかにして起こったかというと、この宗は全く仏教より一脱化したもので、仏教でありながら仏教の形式をそなえておらぬ。それというのは、釈迦の真心なる見性成仏というに重きを置いて、その見性成仏(とは自己の本心にただちに契合する。それがすなわち成仏ということで、即身即仏というも少しも異ならぬ)という目的に向かって直覚的に進むからである。さて禅宗の目的はそれで分かったが、しかればそのよって起こった原由はどこにあるかというに、この研究はなかなかむずかしい。容易にできぬが、まず伝説として伝わってあるところを根拠としてお話しいたそうならば、その

 1 起源の根底

というものは、釈迦と迦葉との消息に胚胎するのです。しからばその消息はどんなことかというに、釈迦が存在中、自己の大法をだれかに付与せんとおもい、霊山という山で金波羅華という花を拈ぜられて、大法というものは決して口でいうこともできず、また筆に書き著すこともできず、以心伝心のものだという意を花を拈じて示されたが、たくさんの弟子がその側におったけれども、一人としてその真意を知るものなく、師の釈尊がなにをやるだろうぐらいの調子でみなぼんやりとしておったときに、ひとり座側に黙考しておった迦葉が破顔微笑(にこにこと笑うた)してその真意をさとったことを伝えたによって(ここが以心伝心でしょう。拈花と微笑、実にいうべからざる妙味がある)、釈迦のいうのに、われに正法眼蔵涅槃妙心(というのは正しくて規則あって、明らかで一切を含まぬものはないとの意味である。換言すれば真如ともいうべく、また大道ともいうことができる)あり、今汝に付嘱すといって印可証明された。これがそもそも禅宗の起こる根本思想だというておるが、系統上からいったならば、禅宗単独の系統であって、全体の系統ではないが、まずかようにして禅宗は起こったが、そののち達磨が盛んにその法を唱え、また日本にきては道元、希運、臨済などが盛んにその法を弘めたによって、一つの膨大なる宗教となったのであるが、禅宗の起こるところと性質はあくまでも他宗と異なっております。経文や判釈などはなに一つとして定まってあるものはなく、ただ以心伝心で、甲より乙へとその宗旨を伝えるによって、仏心宗とも称しておる。けれどもその説は実大乗によるので、すなわち直指人心、見性成仏というがごときは、実大乗の三界唯一心と心外無別法というところより起こったものである。かくあらゆる点において直覚的であり、唯心的であるによって、仏になるための四十二位のはしごは少しも用いず、ただちに進んでその真如の本体に達するので、自己と真如と二つあるのではないというより「道元、円通と争いて修談を仮す。」                   といい、少しも階級やなんかに関せざる辺より「専一工夫、まさにこれ弁道なり。」(専一工夫正是弁道)ともいい、自己と真如と相一致したものの有様を「宝蔵自ら開きて受用するは念のごとし。」(宝蔵自開受用如念)というておる。ことここに至って理論や文句の到底及ばぬところで、もし一歩なりともかれと説きこれと説いたならば、すなわち第二、第三に落つるもの故、ただ自己なにものぞと研究するのが肝要です。

       第二節 禅宗の心

 本宗にて心を説明するに、心は真如から開発したものであるゆえ、真如の場所に達せんとするには、あえて他の道は行くに及ばぬ。すなわち真如であると体達し、この心の上に真如を開顕すと説くはこの宗です。そこでその心というものは、なにか水晶の玉のように単独でできてあるかというに、そうではない。心の体となるものと心の作用となるものとの二つ、すなわち心体と心象との二つより成り立っておるに相違ない。しかるに世人の通常称して心となすものはなにかというと、心象であってすなわち心のはたらきの方をいうのであるが、この心象は決して偶然に起こるものではない。外物の印影によって起こるものであるので、単に心と名付くるわけには行かぬ。もし外物の印影すべき外界を除き去ってしまったなら、心象はもとよりないのです。けれども、心象というものが外界の刺激によってあるものとするときは、その本の心体のないことはあるまい。もし心体がないとしたならば、無なものから心象の生ずることになるが、かようなことは道理において決して許さぬ。

 しかればその

 1 心 体

は、われわれが知り得ることのできるかどうかというと、その本体に至っては決して知見することのできぬものです。なぜというに、その本体に至るともとより我他彼此の論がなく、是非善悪の別がなく、絶対平等であるによって,ただわれわれが自体のみの存在を知るより外はない。けれどもいったん外物のために動かされて、始めて智情意の差別を生ずるのです。故に智と情と意との三つは、心体の動いた有様であって、禅宗の心というのはこの身体を拮了するのです。実にこの身体に達するには、ひたすらに工夫して冷淡自知するほかなんともいたしようがない。

       第三節 心体に達する方法

 仏教は八万四千の法門、五千七百の経典があるといっておるが、禅宗の心体に達するにはそのようなものは一つもいらぬ。かえって邪魔になる。禅宗元来、不立文字、教外別伝法であるから、経文は月を指すの指であって、すなわち方便なり橋梁なりとして排斥し、また心意識の論量をも没却して、単刀直入に仏祖の堂奥たる心体に達するに外ならぬ、と申したならば諸君は定めし驚くであろう。心もなにもなくしてしまって、どうして心体に達することができるかと。けれどもおもい、もと心象なるものは、ちょうど海の波のようなもの、ために大海に遊泳せんとするには、波の高きときは駄目たるに違いない。それとひとしく心体に達しようとおもうたならば、心象の荒波を沈寂ならしめなければならぬ。さて、その

 1 心象の波を沈むるにはいかにすべきや

というに、坐禅によらなければほとんど他に道がない(坐禅の様には『普勧坐禅儀』坐禅筬を参照せよ)。なぜというに、坐禅は心象の波を沈めて心体に達せしむるの要路であるから、その坐禅によって心体のなにものたるやを明らめたときには、すなわち大悟のときであって、実に天空快濶一塵をとどめざる好消息である。けれどもその大悟のところに至ったのみではいまだ十分ではない。大悟のところに腰を打ちつけたならば、もはや大悟に迷うたもので、更に百尺竿頭、歩一歩を進めなければならぬ。それは大悟より下って応事接物度生するの必要がある。すなわち今度は心象を沈静せしめずに、大いに活動せしむるのである。故に本宗にては大悟の有様を大死底の人といい、第二義に下ってはたらくのを、わが心ひとたび死してまたよみがえすともいう。その再生がなにものでも必要で、ただ進むと死ぬのみが効ということができぬ。かようにしてひとたび死して(すなわち大悟)蘇生(第二義門)した上には、やはり智情意の作用を起こすのであるが、その

 2 智情意に二とおりある

二とおりとは、一に外界に対すれば有限性となり、内心界に対すれば無限性となる。故に智情意は有限中に無限性を帯ぶるもので、今智をもっていうならば、われわれの智は常に相対差別の上に作用をなして、無限絶対の本体に及ばない。しかるに無限絶対の本体はもと不可知であるによって、われわれの智力は到底これに至ることができない。けれども相対の裏面をみると、十分不可知に向かって研究せんとする傾向があるのです。これすなわち智力の有限性中無限性を胚胎しておるためである。もしまた情からいってみても、情は常に相対差別を感ずれども、その中に一種高妙の無限を感ずることがある。たとえばわれわれが暴風雨に際会しては、きっと恐怖の念が起きますも、そのうちなんとなく自然力の雄大なるを思うと共に、無限の感が起きるに相違なく、また玲瓏なる明月に接しては、天地の無限高妙を感ずるのであろう。また意においてもこれとおなじく、有限界中にありて無限をとらえんとするのである。これみな、一方には有限性なるも、他方には無限性が存する故である。今禅宗は坐禅の効によって心象を静めて心体を浮かばせ、更に再び心象を起こすも、その心象は無限性の智情意であるからして、普通にいう智情意とは大いなる相違がある。

 要するに禅宗はその名のごとく、坐禅をもって本旨となすから、超世間的でしかも世間的である。しかして、

 3 智情意中いずれをとるか

というに、意をとるものである。智は仏教中いずれの宗旨も説くところで、天台、法相などは無限性の智を主とする。しかるに浄土門に至ると無限性の情が主で、禅宗は無限性の意をとるの別がある。すなわち禅宗は自己の大意力によって、自己本有の真如を開拓するのですから、意宗と名付けてよかろうと思う。

 

     第一七章 日蓮宗

       第一節 成立系統

 日蓮宗は日蓮によって成立した宗派故、日蓮宗の名称があるけれども、その源はやはり釈迦を本尊とし、『法華経』をもって所依の経典としておる故、法華宗ともいうのです。そこで日蓮宗を系統的に研究してみると、元来天台宗から出ておる。どういう点からみてさようなことをいうかというに、三諦観によって証明ができます。天台の三諦は実に複雑であって、しかも理想的であったから、到底一般の人々には研究も信仰もできなかったが、日蓮に至ってその複雑な三諦観をごく簡易にして事実的の三諦とし、南無妙法蓮華経の一唱題の下に収めてしまったのは、時勢にもよりましょうが、宗教的思想発達の順序として、明らかに天台と相表裏しておることが分かるでしょう。故に天台宗と日蓮宗とは兄弟の関係があるというのも、決して不当ではあるまいと思います。

       第二節 権 実

 さて本宗は法華経によって成立しておる上には、法華の精神を知らなければならぬ。その精神を知る前に本宗の判釈を知るの必要があるけれども、今は略しておいて、ただちにその内容を説明しようと思う。『法華経』に権実本迹ということがあって、権実とは、権は仮権ということであるから、すなわちかりの意味で、実はほんものの義である。すでに天台宗の講義の折にお話ししましたが、釈迦成道してただちに大乗真実の教えを説いたけれども、その説明が如来本懐の大乗教であったために、当時側におった三千の弟子の中で、だれ一人も知るものがなかったから、やむをえないで、更に小乗浅近の教えを示したまいたのが権で、まず仮に法を説いて、次第に大乗深遠の法に説き及んだのである。すなわち四十余年過ぎて、釈迦本心の法華真実の教えを説いたのであるによって、四十余年未顕真実といっておる。この真実の説教があってより、法華以前は権仮方便だとして貶斥し、『法華経』だけを真実とするのである。けれどもこれに会通するところがあって、もはや法華に至れば前の方便もまた真実となるのです。なぜというに、前に説いた教えは真実を説くのはしごであって、方便によって真実があらわるるとすれば、方便もまた真実といわなければならぬ。これすなわち権実の主義です。

       第三節 本 迹

 本迹二門は本尊論の上よりして知らなければならぬことになったので、本迹ということは本地垂迹ということで、『法華経』全部二十八品のうち前十四品を迹門と称し、後の十四品を本門と称して、釈迦が降誕してよりの経歴によって、前後の説教の結帰するところを知らしめたものです。まず迹門とは釈迦がこの世界に降誕し、人間とおなじところにおったが、ついに成仏したのでその仏を始覚の仏とするので、ちょうど試験で始めて大学の門を通りぬけたようなものだ。しかるにこれを本門という上からいうと、釈迦は決して迹門の仏のように、人間になったのではない。むかしむかしの大むかしからの仏であるというので、故に迹門は差別であって、本覚は平等である。たとえばわれわれにしても、今日人間として世界に住するは迹門であって、その本地の真如から開顕せしは本門である。しかるにこの本迹について古来優劣の異論がある上に、本迹一致とするものと、本勝迹劣とするものとの二つに分かれておる。これが本宗に一致派、不一致派の別あるところです。

 要するに本迹とは始終本末の関係を説明したもので、上中下の人間の智識が異なっておるも、ひとしく真如海に入るの法を説いて如来出世の本懐を述べ、諸経の差別を融通し、一味平等の仏智見を開示するのが迹門で、一切人類の本源を明かし、三世諸仏の本性を示し、心、仏、衆生もと差別ないとの妙意をあらわすは本門である。故に一は智的で差別門、一は情的であって平等門です。

       第四節 三大秘密

 日蓮宗特有の法門たる三大秘密のことをお話ししよう。日蓮は非常に広大な仏教も南無妙法蓮華経の七字におさまるとし、これを真理の終極として、心に敬うところがあればすなわち本尊、またこれを真理の終極として口に唱うればすなわち題目、これを心と口にちゃんと持して、大乗小乗に定めてある戒法を守って失わなかったならばすなわち戒壇であるによって、三大秘密というも、その実は南無妙法蓮華経の七字に外ならぬのです。そして

 1 仏の資格

をいうならば、法華本門の仏は無始久遠の仏であって、なにが本尊となるかというに、妙法蓮華経の五字を本尊と立つるので、そして三大秘密を身口意に配当してみると、本尊を意に念じ、題目を口に唱え、戒壇を身に行うので、あるいは戒定慧の三学に配当すると、本尊は定、題目は慧、戒壇は戒である。表せば左のごとし。

  本門 本尊・・妙法蓮華経・意・定

     題目・・ 修  行 ・口・慧

     戒壇・・ 受  持 ・身・戒

 この三大秘密は本宗生命の宿るところ、即身即仏娑婆即寂光浄土と説くので、その言にいうのに「身はこれ本仏なり(本尊)、心はこれ妙法なり(題目)、住所これ寂光土なり(戒壇)」と。言を換えていうと、われわれはすなわち真如法性から出たものゆえ、わが身がすなわち仏、この地すなわち妙法であって、心に妙法を具し、妙法に心を具す。そして本門の戒壇は、世界をして寂光浄土たらしむるものなりと説いてある。

       第五節 批 判

 本宗はその理論の上では天台にひとしいようであるが、本門を主としてこれを実際に適用する上において異なるところがある。天台では戒定慧を説いて、その修行がなかなか困難だが、この宗は本門の道理を妙法蓮華経の五字を摂してしまい、口に題目を唱えて意に念ずれば、すなわち仏となることのできる、いと簡易な宗派です。そうするとちょっと、

 1 禅宗と日蓮宗

とが同じようにみえるが、どこが異なっておりますかというに、禅宗は一切の経文を排斥し、頓速頓入して心体の開現を説きますが、日蓮宗は根本において『法華経』を所依の経典とするからして、禅宗のように不立文字とはいかぬ。そして智情意いずれに当たるやというに、智宗に当たるのです。智宗ではあるが、これを応用するに、妙法蓮華経の五字にあらゆる万象を収蔵し、なんびとでも修行する上において、至極簡単にできるようにしたのはなんのためかというに、実際を目的とするによるものです。故に智宗というても、かの天台宗と大いに異なるものである。また禅宗は主観的であるが、日蓮宗は客観的である。もっとも本宗にては、心は妙法、身は本仏というも、禅宗に相対すると、この外界をして寂光浄土たらしむるにあれば、もちろん客観宗である。まずこれにて日蓮宗はやめて、つぎの浄土諸宗に移りましょう。

 

     第一八章 浄土諸宗

 浄土諸宗というは一口にいったので、ちょうど禅宗といったのと少しも違いない。故に細かに区別しますと、浄土諸宗というのは四宗に区別せらるる。すなわち融通念仏宗、時宗、浄土宗、真宗の四つであって、この宗は日本にはじめて起こった宗派だという人があるも、決してそうではない。インド、シナみなあったのです。すなわちその派がなくとも根底があったのです。この四つに分類されてある宗派は、みな多少は毛色がちがっておるけれども、畢竟阿弥陀仏の本願力によって往生浄土するという点は少しも異ならない。そういうわけであるゆえ、四宗を浄土宗の名の下に該摂することが決して不可ではあるまいと思う。

       第一節 宗 意

 浄土宗というのはその名のごとく、浄土門によって成立しておる宗教であるゆえ、その目的は往生浄土にあるのです。言を換えていうと、阿弥陀仏のお助けによって、浄土に往生するのである。それ故、浄土門は聖道門(とは自己の智識をもって自己の本心を磨いて安心するので、他の仏の世話にならぬをいう)のように、自分の心で安心立命するものではない。そこで浄土、聖道の二門をたとえてみようならば、自転車と汽車というような区別があろう。聖道門は自己にて自己の力にて仏になるゆえ自転車のごとく、浄土門は仏陀に依頼して浄土に至るから汽車のようである。この身このまま如来のお助けによって成仏するので、易行道ともまた他力宗とも称しておる。今、四宗の宗意の異なる点を略説しておきましょう。まず、

 1 真宗の宗意

はというと、「もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生お助けそうらえとたのみもうしてそうろう。たのむ一念のとき往生一定おたすけ治定とぞんじ、このうえの称名は御恩報謝とぞんじよろこびもうし候」とあるのは、明らかに他力宗の有様を明かしたもので、「十方の衆生、至心に信楽して、わが国に生まれんと欲して、ないし十念せん。もし生まれずんば、正覚を取らじ。」(十方衆生至心信楽欲生我国乃至十念若不生者不取正覚)は四十八願中の第十八願であって、真宗の宗義はこれを出てませぬ。つぎに、

 2 浄土宗

は「只往生極楽の為めには南無阿弥陀仏と申して疑なく往生するそと思い取りて申す外には別の仔細候はすとのたまへり」というのが本宗の宗意安心である。すなわち本宗は南無阿弥陀仏と唱うるより外ない。これが即往生浄土するのです。つぎに、

 3 融通念仏宗

は十界回向融通念仏を所依とし、この法門を信仰するものの念仏の功徳、自己と他と融通し、一辺の称名がよく三千界にあまねくし、もって平等の大いなる利益を受くるのがこの宗です。つぎに、

 4 時 宗

というのはいつも即身即仏の意であって、「名号を執持し、ないし一心不乱に、その人臨命臨終す。」(執持名号乃至一心不乱其人臨命臨終)とは本宗の宗意で、臨命のとき一心に弥陀を念ずれば、弥陀如来が来迎して浄土に往生せしむというのです。かくいろいろと異なっておりますが、要するに阿弥陀の本願力によって往生浄土の外はないのです。

       第二節 浄土門と聖道門

 通俗にありがたしという感情は聖道門よりも浄土門に多い。そのありがたしということを、ある乞食にたとえてみようならば、かの薬師の縁日とか稲荷の縁日とかになると、身体枯渇、衣服襤縷のきたない乞食があちにもこちにも物をこうておるのに出会いますが、もしその乞食に五厘か一銭の銅貨を与えてみたまえ。その喜ぶところ限りない。実にありがたいといって礼をする。今、浄土宗は決して乞食ではない。また乞食思想ではないが、ありがたき感情的の宗旨であることは否定することができぬ。しかるに聖道門を眺めたらどうだ。その組織は道理、そのいうことや緻密、理屈はよくできておるが、情において至極冷ややかなため、ありがたいという感情は容易に起こらない。しかるにここに、浄土門に対して一つの

 1 大難問題

がある。それは聖道門は自力にて修行するから、成仏はあえて怪しむに足らぬが、他力は他に依頼して成仏するので、はたしてできるや否やという点にある。さてこの難問に答えるには、一度天台宗の三諦観から話さなければならぬ。なぜというに、元来この道理というものは、天台の道理を基として立ったものであって、天台では前にもいったように、空仮中三諦の道理を説き、この世界は空にして仮なり、仮にして空だ、それ故、中というのだと結論するが、しかればその中は単独の中かというに、決してそうではない。空仮の中に自ら含蓄せられてあるもの故、空仮なるものはただ表裏の関係あるに似ておる。たとえば一枚の紙に表裏あると同じく、ただ紙といえば一つの物体として心の上に浮かんできましょうが、もし目でその紙を見ようとするには、表面から見るか裏面から見るか、どちらからかにしなければならぬ。しかるに、今いうところの空は平等であって、仮は差別である。これをもって天台宗は道理上平等を説くが、差別の上から煩悩と菩提、穢土と涅槃との区別を示して、いろいろと困難の修行やら階級を設けてある。かようなわけで、天台は理論を平等の上に立て、実際を差別の上に立て、日蓮宗は理論も実際も共に平等門の上に立てるのであるが、ひとり浄土は理論を差別門の上に立てるから、此土極楽ではなく、またわが身仏ではないと客観的に説明を下すのです。そしてその所対の仏はなにかというと、阿弥陀仏(法報応の三身中報身に当たる。また阿弥陀とはインドの語であって、無量寿または無量光と訳してある。無量寿とは時間的に訳したもので、無量光とは空間的に訳したものです。)です。しかもこの仏は智恵も大悲も円満にして、無限絶対の仏であるから、諸仏中の王として西方十万億土に住して、浄土極楽の別世界を主宰しておる。思うに光明無量でなかったならば、到底普遍際の人を救うことができず、寿命無量でなかったならば、未来永遠の人を救うわけにはいかぬ。われわれはこの光明によって、果上において弥陀と少しも異ならぬ位置に至ることができるのです。

 かの禅宗ではわが心を離れて仏がないという主義であるゆえ、心が一番大切であるから、心という上から観察して、仏なんびとぞ、われなんびとぞという大見識を振り回すので、仏とわれとの隔絶をみない。また日蓮宗はこの世界がすなわち仏土である、仏土とて遠きに求むるに及ばぬというておる。しかるにひとり浄土門のみが、

 2 外界に仏を立つるはいかなる道理なりや

というに、これは因果の関係によるもので、かの弥陀仏のごときは、因位にあって一切の人々を済度したいと発願したまえしと共に、自ら一切の人々を済度し得るだけの、非常に広大な身徳を持ちたいと願った摂法身の願力によって成就した広大な徳である。この徳は空間、時間に遍満してあって、われわれの修むべきあらゆる善因はみなその中にこもっておる。はたしてしからば、われわれはこの弥陀仏の力によって間違いなく成仏ができるかどうかというに、そもそもわれわれには真如本覚を有するときは、われわれの修行の力によって真如の徳を開くことができるばかりではない。われわれの心はこの真如に感通するものである。けれどもその通路なる孔口がはなはだせまく、容易に真如に達することが難い。故に真如に達しようとするには、その孔口を開かなければ駄目だ。しかるに浄土門の方からいうと、真如とわが心との通孔は、われわれの力にては開くことができない。故にこの通孔以外に通路を求むるの必要があるのですが、その通孔はいくら他方面に向かって求めても、容易に得ることのできるものではない。真如の外部に発揚した阿弥陀仏を聖念して、その光明を外部からわが体内に入るるの外、仕方がない。その光は内部にあるのも、また外部に出づるのも、共に同じ真如の光であれば、あえて異なるはずはない。しかるに聖道門は自らその内部を開きてその光明を内に見んとし、浄土門は外部を仰ぎてその光を外から被らんといたします。故に浄土門でその光に接するはわれわれの力ではない、全く阿弥陀仏の力です。これを要するに、この世界は真如界の上に仮に立っておる現象であって、しかも真如を現すべき噴火口であるから、主観上には真如に通ずる道と、客観上にはその光に接する道との二様があるが、今浄土門は客観上の道をとるものである。

       第三節 浄土宗の特色

 小乗仏教の方は今は相手にせずに、大乗仏教の中で浄土宗は特に一異彩を放っておる。前にも講述しましたが、大乗仏教の通則?としてほとんど無差別平等の理体を説かんものがないのに、ひとり浄土宗のみは、差別相の一面だけを説いて、無差別相の方面に少しも言わんのが常則です。よし真如というような無差別相を認めても、いろいろの方法で差別相として説いて、無差別として説かないのは、浄土宗の特色といわなければならぬ。である故、涅槃と生死とは決して混合しない。あくまでも涅槃は涅槃、生死は生死と明らかに区別してある故、生死はもっとも恐るべきもの、あくまでも避けなければならず、したがって涅槃はあくまでも求めなければならぬという考えを起こさしむるようにするのです。ただに生死と涅槃のみではない。これを人格よりいうと、仏と人々とは相違があり、また世界からいうと、穢土と浄土、苦界と楽界との相違があり、道徳としては極善と極悪との反対があるというのですが、故に

 1 本宗の人生観

というのはどうかというに、われわれは汚れたる苦界に罪悪をもって満たされた凡夫であって、もとから生死の間をぐるぐると回っておるものだと定めたなどというのは、大乗仏教として実に異類のはなはだしいものです。そのようにわれわれは罪が深いから、弥陀仏は頼まなければならぬということに帰するのです。そしてその

 2 世界観

はどうかというに、他の大乗教はほとんど異口同音に、娑婆即寂光浄土と教えるにもかかわらず、浄土宗はこの世界を目して苦痛と罪悪との団結であるとし、よし一時歓楽があったとて永く継続するものではない、ただちに悲哀の波が高く寄せてくるによって、まずこの世界を離れて、かの極楽世界に至らなければならぬというのは、本宗の世界観です。しかしかように申したとて、小乗仏教の涅槃とはもとより天地懸隔であるによって、大いなる注意を願いたい。

       第四節 浄土諸宗派を再論す

 浄土諸宗は四宗に分かれておることは前に概説したとおりですが、その所説が多少異なっておるも、念仏を説く点においては全く同一である。ただ真宗派によって宗義の上に多少の差異を認めるのみですが、その中で浄土宗は差別門一方に寄せて説き、真宗はこれに多少の理論を加えますが、今浄土宗と真宗とを比較するに、浄土宗は真の他力ということができぬ。その中にいくぶんの自力を混じておる。なぜというに、浄土宗は念仏だけ唱うるというと、その唱うる力によってただちに成仏すと説くからであるが、真宗からみるとこれまだ自力を混じたものです。また浄土宗には慈善のような法のよきことは多少成仏の資となると許しますが、真宗ではこれらの善行をもって一切雑行雑修と排斥する。この点からいうと、今の真宗は一番多く慈善事業などをやっておるから、一番雑行雑修を行うておるものといわなければならぬ。この点については、浄土宗と真宗との間にいろいろと議論があるが、その方面はよろしくその宗門に入って研究を願いたい。つぎに一言申しておくのは、本宗を智情意に配当してみると、無限性の情において阿弥陀仏の光明を感受することを説くからして、情宗とするのです。

 

     第一九章 結 論

 上来略して理論、実際、二宗の大意だけ、ことに哲学的方面のみ論じましたが、もとより時間に限りあること、かつ平素俗事に苦しめられ少しもいとまがなくて十分な考えをすることができませんで、実に雑駁なことをのみ、かなり通俗にとおもいまして講じたわけですが、講じおわって後をふりかえってみると、まことに茫々としてなんのとるべきものもないようだが、ただ仏教はその派すでに一六宗に分かれておったが、ことごとく関係のないものはありませぬので、倶舎宗から浄土宗に至るまで、ずっと一貫しておる真理のあることを発見した。そして思想発達の系統からいうと、理論より実際というように、一条の線路を通して連絡が貫通しておる。ことに哲学的の基礎に成り立っておる辺りなどというものは、到底世界のどの宗教が集まっても比肩すべきものはない。ただその一六宗に分岐しておるのはちょうど百川のごときもので、みな真如という大海に宗朝するのであれば、兄弟の骨肉よりも一層親しいものであるのだ。しかるに同一の仏教中で、互いに相角視して甲論乙駁少しもやまぬというのは、仏教の根本を知らんのである。思うに仏教の大理想を知らん結果です。今の仏教各宗の僧侶というものの多数は、実に俗人よりも理想が低く、ただに我他彼此の論のみ盛んで、あたかも犬と猿との集合のようで、かえって彼らは内部から仏教の破滅を望むのと少しも異ならぬ。いささか所感を述べて結論とするゆえんです。