いちさん
明治生まれの「いちさん」
僕が小学生の時に亡くなった
あまり「いちさん」 の事は知らない
数えるくらいしか会った事はない
半世紀以上前の記憶
「いちさん」は小柄で腰が曲がっていた
記憶の中の「いちさん」は
いつもニコニコして優しかった
「いちさん」は掌で
火の付いた煙草の葉を
転がして、煙管をおいしそうに吹かしていた
「いちさん」は皺が深く刻まれていた
空っ風の吹く広い畑で
頬っかぶりでモンペ姿の
農家のおばあさんだ
あか切れた手で
畑を育て
お蚕を育て
子供を育て上げた
ご先祖様は「いちさん」 しか知らない
五十年経っても
「いちさん」の優しい顔が忘れられない
優しい笑顔のかわいい
「いちさん」が縁側に座って
煙管を吹かしている
今も僕の中で
笑顔で生きている
ウルトラセブンに憧れて
地球侵略を企む宇宙人から
地球を守るために
いつかウルトラセブンになりたかった
ウルトラアイを買って貰った
ウルトラセブンに変身できると思った
買って貰ったウルトラアイでは
ウルトラセブンに変身できなかった
正義は勝つと思っていた
正しい事は
必ず勝てると思っていた
強くなれると思っていた
社会は変えられると思っていた
貧困も虐待もなくなると思っていた
苛めや差別もなくなると思っていた
戦争もなくなると思っていた
でも地球を侵略する
バルタン星人もメトロン星人もいなかった
本当の敵はどこにもいなかった
相手の気持ちを思いやり
尊重したり
力でねじ伏せなければ
争いはなくなる
苛めもハラスメントも差別も
なくなると思う
アオいと言われても
アカいと思われても
強くなれなくても
地球人はたぶん、賢い動物だから
いつの日か貧困も虐待も、
争いはなくなるだろう
いつかウルトラセブンになれると思っている
希望は捨てていない
営み〈男と女〉
男が影を潜め
女を見つめている
内気な草食系男子を思わせる
小柄で気の弱そうな男
女を付け回す
女は木陰に佇み獲物を狙う
少し大柄で大きな腹を抱えている
三角に整った美しくも妖しい顔の肉食系だ
大きな眼で首を振り
周りを見回す
男がそろりと女の後ろに回る
気付かれないように
突然、
男はぎらぎらとした異様な眼で
女に襲いかかる
女の後ろを取り勝利の雄叫び
激しく交尾を始める
女は息荒く男の頭をつかむ
男は抵抗虚しく敢えなく女の餌食となる
女は死神のような鎌を振り
男を捕まえ頭から喰らいつく
頭を失っても
男は激しく腰を振る
男の性か本能のままに
満足するまで交尾を続ける
男は女に喰い尽くされ
骨までしゃぶられる
女は満足気に
次の獲物を待つ
数日後、
眩しい秋の光の中で泡状の卵を産み
子孫を残し
役割を終える
ある日、
女は道端で首を振り
次の獲物を狙っている
ぷちっ。
女は突然踏みつけられ
腹から緑の体液が流れる
すると
潰れた女の腹から
此の世の生きものとは思えない
奇っ怪な姿の寄生虫が
逃げるように飛び出て
体をくねらせ踊り狂う
女は鎌を振るがカ尽き...
画面から命が尽きるように
眼から放たれていた光が消える