男優二人のための寸劇
どうしよう───。
登場人物
のど岡卓美(55)
はば山健四郎(35)
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のど岡、一人舞台中央・観客に向いて立っている。
のど岡「どうしよう───」
肩を落とす。
のど岡「こんなに迷ったのは生まれて以来のことです」
歩き回る。
のど岡「どなたかいい知恵を貸していただけませんでしょうか?」
はば山、上手からのろのろ登場。
のど岡「ん?」
はば山、一瞬立ち止まるがまたすぐのろのろ同じリズムで下手へ。
のど岡「また虫か?」
はば山、急に立ち止まりその場でバタバタ、せわしなくもがく。
のど岡「もういいよ」
はば山「バカ言っちゃいけない。『もういい』だと? なめてんのか、のど岡さん。あんたはバカにしてる俺たちのことを。いつだってそう、きのう百草園であんたの目の前を飛んだときだって、いかにもうるさそうに手の甲でパン、払いやがった。ところがどっこい俺様は、一見のろのろ、いかにものんきに、ノコノコのんべんだ〜らりと無意味にここらへん歩いてるようだがいやいやそいつは大ちがい。感覚鋭敏・繊細秀逸・質実剛健・百発百中。あんたがペシャ、平手でつぶしたあわれなみぞ谷信二郎たぁ一味も二味も違う種類の虫様・昆虫・小動物。あんたの悩みに答えられるのは広い世界に俺一匹、悪いがほかにはいねぇと心得たまえ」
のど岡「おやおや」
はば山「何が『おやおや』だ、のど岡さん?」
のど岡「やめたんだもう、虫と話すのは」
はば山「呼んでほしいね『はば山さん』と。そうでもなければ今後一切・終始一貫・今生限りあんたとはこれっぽっちも話さねぇからそう思え」
のど岡「別に、きみと話したいとは思わないよ」
はば山「始まった」
のど岡「何が?」
はば山「えらいと思ってる」
のど岡「別に……」
はば山「(かぶせて)いい訳癖もなおらない」
のど岡「私は一人で考えたい」
はば山「一人じゃダメだから呼んだんだろうが」
のど岡「呼んでない」
はば山「呼んださ」
はば山、のろのろとのど岡の周りを周りはじめる。
のど岡「何してる?」
はば山「心配いらない。俺は蜘蛛じゃない。囲ってあんたを閉じ込めたりなんかはしない」
のど岡「やめたまえ。気味が悪いこと言うのは」
はば山「助けてやろう」
のど岡「どんな助け?」
はば山「解決してやる」
のど岡「……迷ってる」
はば山「知ってる」
のど岡「どっちを選んだらいいのだろう……」
はば山「まず選ぼうと思わないといい」
のど岡「突きつけられているんだ。決めなくちゃならない」
はば山「決めないとあんたが決めさえすればいい」
のど岡「そんな傲慢な」
はば山「決めようと考える方が傲慢だとは思わないのか?」
のど岡「それじゃぁ困ると言われている」
はば山「ほうっておけばいい。困らせてやればいい」
のど岡「人の社会はそうはいかない」
はば山「いいかよく聞け」
のど岡「しっかり聞いている」
はば山「人間だけが特別だとあんたは思っている」
のど岡「たしかに、そうかも知れない」
はば山「虫なんか殺して構わない」
のど岡「構わない」
はば山「今おれを殺したとする」
のど岡「いや」
はば山「殺すとする。仮定だ」
のど岡「わかった」
はば山「あんたは話し相手を失う」
のど岡「失う」
はば山「耐えられるか?」
のど岡「どうだろう」
はば山「耐えられるわけがない。あんたは孤独が一番苦手だ」
のど岡「どうしたらいい」
はば山「だから、決めなければいい」
のど岡「何も決めないのか?」
はば山「決めない、何も」
のど岡「丸め込もうとしているんじゃないのか?」
はば山「あんたをだましてもおれには何の得にもならない。エポケー、判断停止。あんたはただそのままここにいる。それだけでいい」
のど岡「許されない」
はば山「だれもあんたを許さないなどと言ってはいない。あんたが自分勝手にそう思い込んでるだけ」
のど岡「はば山さん済まない。私はやはりあんたを殺したくなってきた」
はば山「やはりな」
のど岡「きみが悪いんだ」
はば山「いつだってそうさ」
のど岡「何が?」
はば山「謝れば済むと思っている」
のど岡「いや」
はば山「先に謝るのが得意技」
二人同時「嫌な奴」
のど岡「きみは僕さ」
はば山「おれはあんたじゃねぇ」
のど岡「いっそのこと……」
はば山「ああ、頼みなら聞いてやる」
のど岡「頼みだ、そう、たしかに頼みだ」
はば山、うれしそうにもみ手。
のど岡「え?」
はば山「そう来なくちゃ!」
はば山、さらにはげしくもみ手。
のど岡ももみ手をまねる。
のど岡「きみにはもうわかってるのかい、私の頼みが」
はば山「分かってるも何も俺ぁそのために登場したのさここに」
のど岡「そうなのか?」
はば山「だからって別にみぞ谷の敵討ちってわけぁねぇ。どうでもいいさあんな奴ぁ」
のど岡「ハハハハ。きみは話せる奴だ」
はば山「あいにく、そのとおり」
のど岡「ではやってもらおう私の頼み」
はば山「合点合格承知千番」
はば山、もみ手。
のど岡「思い切って、な」
はば山「(ハイになり)ホーッ、ホ・ホ・ホッ!」
はば山、のど岡の周囲を速い速度で旋回する。
のど岡、諦めたように舞台中央で瞑目して脱力屹立。
はば山、のど岡との距離をちぢめながら旋回を繰り返す。
そしてついにのど岡に激突して倒す。
倒れ、痙攣するのど岡。
はば山、ゆっくり振り向き苦しむのど岡を上から見やる。
はば山「ハハハハハ───」
体をひねった不自然なポーズのまま、はば山も息絶える。
───END