夢と小説は、果たして似て非なるものであるのか
富田芳和
ぼくには、眠る前のひとときを楽しむためのメニューというのがありまして、そこには7つのコースが用意されています。
各コースは、単純な「問いかけ」のタイトルがつけられています。
またそれぞれの「問いかけ」には簡単な原則があります。それは、いまだかつてだれも決定的な「答え」を出していないこと。果てしなく広くて深い海の中をとりとめもなく泳ぎまわる愉悦の時間のために、それは簡単にありかをさらしてはならないからです。
コースのなかでもお気に入りのひとつが、「夢とはなにか」を考えることです。
「夢とはなにか」を探索するために、これまでぼくは12種類の遊泳法を編み出しました。今日はそのひとつの遊泳法、「夢と小説は、果たして似て非なるものであるのか」にまつわる物語をご紹介いたします。
小説には、何らかの作者流の意図した結びがあります。でも、夢はどんなに結末めいた終わり方があったように見えても、目覚めの世界の小説作法との類似でたまたまそう見えるだけなのでしょう。目覚めの世界には、夢の物語を結んでくれる地平も時空もない、というのがぼくの基本的な考え方です。夢は現実の断片によって織り上げられたものだとしても、物語のしくみとしては、小説と夢は、宇宙人と人間ほど違う、ということをずっとかたくなに信じてきました。なぜそうなにかということは、まだきちんと言えませんが。
ただこの二つ世界が、なにかの偶然かきまぐれかによって、ごくまれに交錯して入れ違うという事件が起こりうるということも、ごくわずかな体験のなかで知っています。
「小説と夢は、宇宙人と人間ほど違う」という、ぼくが立てたテーゼをくつがえすかもしれない短編小説を一つ知っています。正確にいえば、その小説がということではなく、小説が素材にしている物語がということですが。
それはラフカディオ・ハーンの「茶碗の中」です。初めて出合ったのは、ぼくが四歳か五歳のころ。寝かしつけるために父親が読んでくれた一編でした。ぼくはこの短編をどのくらい繰り返し読んだかわかりません。その前に、自力で難しい漢字が読めるようになるまで、読んでくれるよう何度もせがんだことを覚えています。
「茶碗の中」で、ハーンは冒頭と末尾に、ナレーターとして登場します。なぜなら、ひびの入った骨董の皿を人に見せる時のように、ナレーターという、物語を支える役がいなくては、「本体」がばらりと壊れてしまうようなたぐいの物語だからです。
「本体」には、天和三年一月四日と日付が入り、中川佐渡守の若党・関内という主人公の名が明記されています。ものがたりがノンフィクションであることを強調するためでしょう。
関内は、茶店で茶を飲もうとすると、茶碗のなかに顔が現れているのに気づきます。気持ちが悪いので、茶碗を取り替えたり、茶を煎れ替えさせたりしますが、顔はどうしても消えないので、ついに飲み干してしまいます。
その晩、中川候の宿直をつとめている部屋に、若い侍がどこからともなく現れます。
式部丙内と名を名乗り丁重な挨拶をしますが、関内は、侍があの茶碗の中の顔の男だと知ると、短刀を取って、若侍ののどを突き刺そうとしました。若侍は、壁のなかにすーっと消えていなくなりました。
明くる夜、関内は非番で自宅にいました。深夜、三人に来客がありました。三人は刀を下げ殺気立った面持ちで来意を告げます。三人の主人式部丙内が関内の刀で重傷を負い、その意趣を返しに来た、と。
「それ以上は耳もかさずに、関内は、刀を手にしてとび出し、その客たちを目がけ、
左右に切りまくった。だが、三人の男は隣家の塀にとびのくと、影のようにその上を飛び越え、それから」(上田和夫訳)
物語はここで唐突に終わります。
しかし、私が語りたい物語はこれからはじまります。
1990年の年の瀬。年を越したくない仕事を片付けてしまおうと、会社で珍しく残業などをして9時頃の地下鉄丸ノ内線に乗った時のことでした。車内は満員というほどでもなかったですが、座席に座ることもできず、つり革にぶらさがって、ぼんやりと車窓に映る自分の影を眺めていました。車両が茗荷谷の駅を出て、新大塚に向かうトンネルを入ると、ぼんやりとした頭が妙に覚醒したのを覚えています。暗いトンネルの壁を背景に、私の顔もはっきりと映されています。ところが・・・。その日は誓って一滴のアルコールも身に帯びてはいません。ところが、車窓に映る私の顔はどうしたわけか目を閉じているのです。周囲の人間が私の顔をうかがっていないことを祈りながら、せいいっぱい目を見開こうとしました。そう、身体の意識としては確かに目をぱちりと開いているはずなのですが、映っている影は、目を固く閉じたままなのです。
ぼくは「超常現象」ということをいっさい信じたことはなく、これからも信じるつもりは断じてありません。
ただそのときばかりは、つり革にぶらさがっている身体が現実のものではなく、車窓の向こうに映っているものが現実かもしれないと理解することが、心の動揺を鎮めるたったひとつの方法かもしれない、と思い詰めはしました。ぼくは固く目をつむり、降りるまでももう二度と窓はみないようにしようと、固く心に決めました。
翌朝、晴天の光が満ちてくる部屋でぼくは爽やかな目覚めを迎えました。
リビングに下りて行くと、息子はすでに起きていてテーブルの向こうに座っています。
「おはよう、ずいぶん早いね」
「おっはよー」
息子はおどけたあいさつをして、少し笑いを含んだまなざしで、父の顔をじっと見ています。小さな両手が、もう飲み終えたのか、これから飲もうとするのか、マグカップをはさんだまま動きません。
ぼくはカップを指して、「もう終わり?」と聞きます。
息子は茶目っ気な顔を左右に振ります。
「どうしたの」
「だって顔があるんだもの」
その言葉の瞬間に、もう何が起きているのか分かったような気がしました。ぼくは顔がこわばりそうになるのを必死でこらえながら、聞いてしまいます。
「どんな顔」
言ったとたん、たいへんな後悔が背中から襲ってきました。
息子は何も言わずマグカップの中をのぞき込むと、真顔になって父の顔をまじまじと見ます。そして、右手の人差し指と左手の人差し指をそれぞれ、右目と左目のまなじりに当てて、横にひっぱります。まぶたがふさがり、目をきつく閉じた顔になりました。
ぼくはマグカップの中を確かめて見なければならないと、理性が背中を押すのを感じましたが、手は硬直して動きません。もしのぞきこんで、予期していたものがそこに現れていたとしたら、自分が立っているこの世界と、「もうひとつの世界」が行き交うのではないか。昨夜の恐怖がぼくをわしづかみにしていました。
「わかった?」
「ああ」
「もう、いい?」
何がいいのか聞かずに、ぼくはうっかり「うん」と言ってしまいます。
息子はマグカップの取っ手をつかむと、ごくごくと中身を飲み干してしまいました。
その日、息子にもぼくにも何事もなかったのは確かだと信じてはいるのですが、その日の記憶はそこでぷっつりと途絶えています。
以上の記憶は、現実に起こった出来事ですが、どうにも繕いきれないほころびをもった「現実」であるため、「夢」という言葉の小箱におさめて置いたほうが無難な気もしています。ただし、日常の「個人的」な体験の記憶を、脳内のメカニズムか心理的な作用かによって織り上げたものが夢だとすれば、ぼくの体験は、この定義には合わないという留保もつけておかなければなりません。むしろ、ぼくの心に刻まれた物語「茶碗の中」が、現実の中に組み立てた「出来事」だと言ってみるほうが、ぼくにはすっきりするような気もします。「茶碗の中」の物語は、もともと、どこかもっと深く遠い水脈をもっていて、その水脈はふとした地殻の小さな裂け目から、現実のなかに表出してくる「何か」があるのではないか。ぼくはたまたま、その何かに遭遇してしまったのではないか……。
もっと書かなければならないことがあるような気がしてなりませんが、思考はここでぷっつりと中断し、どうふんばっても、「何か」についてこれ以上書くことはできないのです。