柘榴
昼のまどろむ時に、いつも置いてある瓶のそばに柘榴がミイラのようになっているのがあった。僕はスケッチブックを取り出し鉛筆で描き始めた。
こいついつからここにいたんだろう。きっとずいぶん以前から来ていたやつだ。こいつは窓から見下ろして見えるあの柘榴の木から道端に転げ落ちたやつだ。まるでぬらりひょんだ。こいつのせいでまやかしに時々会うのか。僕は繁々と見つめながら鉛筆を紙の上に滑らせせた。花で言えばドライフラワーだ。いつの間にか完熟した実が腐って溶けてしまうのでなくカチカチな皮膚を残した姿でそこにいる。どうしてこいつは今になって魅力的なんだろう。
黙って僕に美しいことを教えてくれる。そんな形をした絵が描ける日が来るのだろうか。
僕は柘榴と数時間向き合いベッドに戻り、本を読んだ。そして夕暮れに部屋のカーテンを閉めた。
僕の机の上には松ぼっくりや鬼灯やどんぐりが同じようにミイラのように寝転んでいる。最近仲間入りした妻が置いた四葉のクローバーはこれから机の上でどうしてくれるのだろうか。
時々部屋に来る蜘蛛はやはり幸運を運ぶというのだが。
その夜、僕は久しぶりに一緒に食事をした。
美味しい。
その一言が言える食卓のなんと優雅なことか、
「これは本当に柔らかくて濃厚な味ね」
キョトンとした顔でユキはいった。
「箸の持ち方もお椀の持ち方もおかしいけどとても美味しそうに見えるよ」
「そろそろ秋刀魚をゆずの香りをほのかにのせてほくほくのやつを食べたいね」
「そろそろ、喉を潤すの」
と僕は聞いた。
「お酒ならいいわ」
「具合悪いの」
「ううん、今日はいらない」
「僕も今日は飲まないで料理を味わってみるかな」
ユキは口を窄めて外を眺めていた。
時間は幸福を熟してくれるのだろうか。
2022/10/10