グランドのベンチ
「えー、アイス持ってきたんだけど」
「変な男子、踊るのよ」
「うん」
女の子達はベンチの前で踊り始めました。
「なんだよ、アイス食べてかけっこじゃないのか」
男の子たちは、呆然と立って眺めていました。
「アイス置いて行って」
「え、」
「おいて行って」
「ここに置くよ」
「ありがとう」
女の子は踊っています。
男の子たちはすごすごと歩いていきました。
男の子たちはグランドでバッドを振り始めました。
女の子たちは、ベンチに座って、おにぎりを食べ始めました。
「おかか」
「違う、昆布」
「梅干しが好きだよ」
「エー、おばさんよ」
「昆布だって」
「えへへ」
「ごはんがおいしいね」
女の子たちは笑っていました。
「おい、あれ」
「はら減ったな」
男の子たちはまたグランドで立ちすくんでいました。
「いるの」
「返事がない」
「食べよう」
「男子たち今度勝てるかな」
男の子たちは、バットを振り始めました。
「あの女子またおどるぜ」
女の子たちは、男の子たちを見下ろすように踊り始めました。
「男子、おなかすいたんでしょ」
「まあな」
「なんか買ってくる、あとで300円ちょうだい」
「500円にするから飲み物も」
「もったいない、水道があるでしょ」
「たのむよ」
「まってて」
女の子たちはコンビニに走って向かいました。
「ラーララ」
女の子は歌っています。
「早く頼むよ、死にそうにお腹減った」
男の子たちは、バットを振って、グランドから見上げていました。
「男子、あれだって」
「へん」
「へん」
「踊っちゃう」
「踊ろう」
「タッタラタッタララ」
女の子たちはうれしそうにあるいていきました。
私もベンチで、菓子パンとコーヒーをゆっくり飲みました。
グランドの向こうの街のざわめきが、今日一日無事だといっていました。
「男子、エッチな目で見ている、ちゃんと食べて」
「俺に梅干しよこしたのは誰」
「梅干しすきでしょ」
「好きだよ」
「ババくさい」
女の子は一斉に鼻をつまみました。
「うまいよ」
「私も、好きなの」
「えー、いっちゃった」
「どこへ、行ったの」
「言っちゃたでしょ、好きって」
「エー、とうとう」
「なんだよ」
「分からないの、好きって言ったの」
一番楽しい時間だろうな。男の子はどうするんだろう。ちゃんと、へんじできるかな。
「好きだよー」
男の子は大声で言いました。
「好きよー」
女の子は笑顔で答えていました。
「え」
男の子はバットを思いっきり降りました。
「言っちゃったね」
「嬉しい」
女の子たちは踊り始めました。
雨が降り出した。私は静かに部屋で本を読んだり、スケッチをして過ごす。
静かなことが、穏やかな日常の証のようなものだ。
子どもたちは家の机で勉強をしているだろう。
今日のグランドは雨の音で穏やかだ。傘が雫のように並んで歩道を過ぎていく。窓の向こうは明るい世界が広がっていた。
「待った、寒かったでしょ」
「いいよ、温かいコーヒーを早く飲みに行こう」
「飲みに行くの」
「そう」
「そうなの、階段の上にあるのは、誰の部屋なの」
「いいけど、豆を切らしちゃっている」
「そうなの」
「うん、おいしいコーヒーを飲もう」
「今日もそうなのね」
「うん」
「男子、飲み物買ってくるよ」
「僕は、グレープ味が好きだけど」
「私も好きよ」
「じゃあそれにして、今日はベンチがだめだから僕のうちで飲もう」
「うん」
「聞いた、そのことよ」
「そのって」
「もういいわ」
木の枝から、雨の雫が緑の香りを運んで、静かに降りていた。
ふたりは、傘をさして、
「ちょっと待って、ジョンをつれてくるから」
「雨なのに」
「そうよ」
歩き始めました。
わたしはしずかにまどからふたりをながめていました。
若い男性は、子犬を抱いて歩いて帰ってきました。
「コーヒー、飲もうよ、あったまるから」
「ええ、ゆっくりとブラックで」
「ブラックか、気を付けます」
「何がわかったの」
「この子かわいいね」
「そっち」
二人は窓際の席で子供たちが出てくるのを眺めていました。
「今日は、ここでゆっくりしよう」
「かわいいのは、こっちでしょ」
二人は喫茶店の席で顔を近づけました。
「このだんごっぱな」
「なによ、豚顔」
「雨やんだから、みんなでかけっこだ」
「男子ついてこい」
「子供たちも、男は大変だ」
「なに」
「いや、何でもない」
「どっちむいているの」
「ごめんなさい」
喫茶店には夕陽がさしてきました。
子ども達は
「拾った」
「おいて行け」
「走るぞ」
「まぶしい」
「男子、がんばれ」
グランドを風のようにはしていきました。
「ミルク入れたら」
「いや」
「さとうはいれたほうがいいよ」
「いや」
「またブラック、私を見ないのね」
「いや」
道には明るい緑と甘い香りが漂っていました。
「みんな、時間よ」
「おいで」
「おれ、ようだった、ばいばいまた」
一人の男の子がバックを抱えて出ていきました。
「いっちゃった、これからボール投げだったのに」
「みんなまたね、健は、塾なの」
「あれ、俺だ」
「あなたのおかあさんがあれなの」
「そう」
「わかったわ、こっちむいて」
「うん」
「早く飲んで、帰るわよ」
「え」
私はベンチに座って、空を見上げました」
青が澄み切って透明な、時間が過ぎています。
そしてグランドで男の子たちが
「拾って」
「こけた」
「なげて」
「キャッチ」
「腹すくな」
「あいつのかあちゃん、厳しいな」
「なんで俺らを怒るんだ」
「男子、コンビニでおにぎり買ってくるよ」
「300円、でも、もう少し出すからたこ焼きにして」
「いいけどまずーい」
「好きじゃないの」
「好きよ、決まっているでしょ」
「でもたこ焼きじゃないんだ」
「そうよ、好きなのは……」
あーそうなんだな、私は静かに聞いていた。
「君は」
「というよりあなたがどうなの」
「うん、まあ」
「そうなの、いつもどおりね」
こっちはそうか、私は静かに二人を見つめた。こいつらがわしを笑ったやつらなのに、笑えん。
突然、男性がわたしをみてゆびさした。女性は、口手を当てて、笑った。
「笑ったね、好きだよ、これからもよろしく」
「はい、ありがとう。嬉しい」
とうとう言えたな。
私はベンチに静かに座っていた。
そろそろ私は散歩にしよう。
「あれ」
また指さされた。また、笑うな。
「笑うな」私は、呟いた。
昨日の風が、道に小枝を落としている。枝の蕾も膨らんできたようだ。まだ、おぼろげな色彩の向こうで、
「やったー」
「待って、変わる」
男のこっちの声が響いている。
私も、お腹がすいたな。喫茶店の洋食セット、わたしも久しぶりに食べにいくか
「おじさん」
「はい」
「喫茶店に行きますか、よかったらご一緒しませんか」
「いいのかな、家内に聞いたと思うけど私は、汚い爺だよ」
「でも、笑える」
「あなたたち今日は二人がいいでしょ、またにしましょう」
「おい、どうする」
「おじさんまたよろしく」
「また、お会い出来たら」
私はゆっくり歩いて行った。
ゆっくり歩いて、ようやくバス通りにある喫茶店についた。
黄色い薔薇が、甘い香りを放っていた。桜並木の蕾はまだかたい。
私は、重いドアを開けて、店に入り席に座ると。
「ブラックですね」
「パンと、ビーフシチューでお願いします」
「野菜も添えますね」
「ありがとうございます」
「砂糖は」
「なしで」
「ミルクは」
「なしで」
「入れたほうがおいしいですよ」
「すみませんなしでお願いします」
私は、しばらく窓から外を眺めて、桜の枝と
「もうすぐですね」
「今年は寒い風が吹くから、嫌いよ」
「今日は、たっぷり日差しを浴びて温まってください」
「お客さん、なにか」
「いいえ、もうできたんですね」
「ごゆっくり」
料理と、コーヒーが、静かにテーブルに置かれた。
「ありがとうございます」
私はゆっくり味わって静かに頂いた。気が付くと2時間たっていた。
私はいつの間にか、うとうとしたみたいだ。テーブルの皿はもうなく、冷めたコーヒーの把手をつかんでいた。
「仕事じゃなかった、急いで現場に行かなくてはと焦っていたのに、コーヒーをこぼさないまま持っていた、おかわりしようか、
「すみません、コーヒーおかわり」
「またブラック」
「今度は、お任せにします」
「コーヒーにおまかせはないでしょ、砂糖とミルクはつけるの」
「あ、それでしたかすみません、おねがいします」
「寝てたでしょ、うちは宿泊禁止よ」
「コーヒーを飲んだら帰ります、現金で」
「今時キャッシュですか、ポイントつきませんよ」
「カードはないので」
「本当に飲んだらすぐに帰るのかね、延長料金にしますよ」
「お願いします」
しばらくしてきたコーヒーにミルクと砂糖を入れて私は、早めに飲んで店を出た。
ここで失敗するとは、やはり一人でよかった。また笑うな。
私は春の香りがする道を歩いて帰った。
明るい光に私は向かっている。見下ろすと、緑にあふれた町が広がっている。
「おーい、わたしはねぼけてるのか、美しい歌が聞こえてるぞ」
私は、二人に手を振った。
「おじさんやったね、笑える。ハハハハハハハ」
「おーい、じぶん、明日もあるけるか」
「おじさん、笑える」
「また笑うな」
「目が覚めたら私はベッドの上だった。
「受け取って」
「知らない」
森の広場で子供たちが走っている。
また、うたたねをした。
「おじさん、ありがとう」
「わたしたち、結婚をしたいと思っています」
「そうか、世界一幸せになったね」
私はよだれを垂れて笑っていた。
風の音
「よいしょ」
私はベンチに腰掛けて空を見あげていた。
光の方向。影が長く伸びること。時間が過ぎていく。私はまだ歩けるだろう。
「今度ゆっくり食事にしましょう。あーまた寝てしまった」
「おじさん、笑うよ」
「笑うか、しょうがない。ありがとう」
私は、夢に感謝するしかない。痛みが消えているのだから。
「またやったでしょ、走れ」
びくっとして私は目が覚めた。
机の上の薔薇、スケッチしたけど、2輪でなく3輪花入れに挿してあった。私は汗をかいていた。
「歩こう」
グランドの枝垂れ桜がベンチの上でつぼみを膨らませています。
「おじさん、またね」
「ゆゅっくりでね」
喫茶薔薇。私はまた重いドアを開けていた。約束の時間には少し早かったが、二人はすでにテーブルに座っていた。
「大丈夫なの、汚いことしないでね」
家内が面倒くさそうに言った。
「待たせましたね、今日は家内と一緒です。突然ですみません」
「歓迎です。おじさんには、いつも笑わせていただいています」
「あーこの間のお二人ですね、笑いましたね」
「おい、覚えているのか」
「うるさいだまれ」
「主人はだめ爺の、コータローです」
「知っていますか走れ走れのコータローです」
「おじさん、いわれていましたね」
「おかしいでしょ、このだめ爺」
「いいから一緒にコーヒーにしよう」
「いいけど」
「笑っていいでしょ、くそ爺、返せ」
「オジサンたち、コータローっていうの。何」
「昔の歌だよ」
「歌って、私は由美、です」
「僕は、健吾です」
「二人とも古風ないい名前だね」
「あ私たち、ようやく結婚届けをだしました」
「はい、そうだったのね」
「だから、今日は一緒にと思って誘ったんだ」
「黙れ、くそ爺、返せ」
「オジサンたち喧嘩ですか、僕たちはなれますか」
「いいよ、いつものもめごとだから、はい、と言っておくんだよ」
「僕たちも、です」
「ゆっくりコーヒーとケーキでも一緒にしましょう」
まどのそとには空が青く輝いていました。
「汚い食べ方はだめよ。よだれをたらして口にいっぱいついているよ、おかしい、笑う」
また笑われたか。
「おじさん、楽しい」
「ありがとう」
「また言った。おかしい」
窓を見たら急に暗くなって、傘が道を移動していた。
「ゆっくり飲もう、雨になった」
「洗濯物」
「今日はしょうがないよ」
「やるのはこっちよ。戻せ」
「はい、すみません」
「オジサン達、いつもこうなの」
「俺たちも同じだよ」
「ない、また何か」
「いや」
「君たちまでもめるなよ。こちらは大丈夫だから」
「ふたり、うちによってかえったら、すぐそこだから」
「そうですか、おじゃまします」
「傘」
「止むのをまとう」
「買ってくるわ、待っていて」
か愛は、コンビニに向かった。
「お帰り」
「コーヒーおかわりしたからからだをあたためてからにしよう」
「飲みすぎてちびったらだめでしょ」
「今は大丈夫」
「オジサン達、気を使わないで」
「ありがとう、君たちから幸せを分けていただくよ」
私はゆっくりコーヒーを飲んだ。
窓の外の道はすっかりびしょびしょ。私の心はホカホカ。
また笑うな。
「笑うな」
私は心の中で小さくつぶやいた。
子ども達が
「やったー」
大きな声で通り過ぎた。
「やったー」
「え」
「私たち明日入籍することにしました」
「また子供に助けてもらったね」
「ええ、やったー」
「幸せに」
空は急に明るくなりました。バラの香りが、薫っています。
「近くですがゆっくり歩いて帰りましょう。
「途中の家の庭に、梅が咲いていますよ」
「いい香りがするところですね」
「好きですか」
「ええ、家庭菜園をしているんです」
「いい、趣味、ですか」
「ええ、自然が好きですから」
「失礼ですが、お仕事は」
「サラリーマンです。製造業の人事です」
「神経を使いますね」
「彼その割には鈍感で、グズグズだから」
「今からそう言っていては、それでは、いいことをつたえましょう、はなしあうのもいいですが、はい、あやまりますというとはやくかいけつしますよ、引きずっても解決しませんなんどもおなじことになります」
「3階ですが、いいですか。この階段を上がります」
「失礼します、本がたくさんですね」
「本は好きですか」
「床が抜けそうでしょ、ゴミだらけのうちですから」
「本は読みます」
「小説ですか」
「いえ、園芸の本です」
「ではヘッセを読むと、庭をいじりたくなるともいますよ」
「ヘッセですか」
「ええ、上段に並んでいる水色のカバーの文庫が、全部ヘッセです。ヘッセヘッセと庭仕事です」
「おじさん、それは駄洒落ですよ」
「まあ、ヘッセですから」
「笑う」
「笑ったか」
「二人ともいい笑い声です」
「読んでいいですか」
「どうぞ」
男性はしばらく本を手に取って読んでいました。
「おじさん、これ笑えません、庭仕事をしたくなりました」
「このくそ爺、また余計なことを言って、紅茶でいいですか」
「あすみません、お構いなく、水彩ですかこの絵」
「はっきりしないのを描いているでしょ。この爺」
「私は、好きですよ」
「あーそうですか、一日一枚は描いているんです。この前二人が歩いているのが窓から見えたので少し描きました。」
「今見ることできますか」
「えー、ちょっと待ってください、この辺に」
私は机のそばにおいてあるファイルボックスから取り出して探しました」
「これ、みんなごみなんですよ。この前、分厚い紙の束にして、一つの束がコメみたいに重いのを4つもおろして捨てたの」
「僕もベランダの菜園をどう処理しようかと思っています」
「私虫が飛んできていやって言っているの」
「虫ですか、それもヘッセを読むと無視できなくなります」
「虫違いですね」
「そうです」
「ヘッセ面白そうです。確かに虫を無視できなくなりそうです」
「いい加減話すのをやめて、ふたりにお茶をすすめて」
「アーすみません、冷めてもおいしい紅茶ですから、どうぞ」
「笑う、冷めたんですね、常温のお茶。いただきます。私も読んでみます」
「まあ、この人のことを信じてはいけませんよ」
「あー、うー」
二人は、お茶を飲みながらしばらくヘッセを読んでいました。
アーこれだ。これじゃー、別なのを今の二人を描いてみよう。
「おじさんヘッセって、真面目すぎておじさんこれ本当に読んだの」
「ほらね、この人の読む本なんてわけのわからないものばかりなの」
「でも僕、ヘッセのライフスタイルが見えて僕と思いました」
「健吾さん、それはちょっと、思い込み」
「でも僕は、自然と過ごす時間が好きだよ」
「私は」
「またそれ、好きです」
「あー、これあったよ、裏に今の君たちを描いたよ」
「おじさん、いつの間に」
「また、余計なことをして」
「おじさん、これもらっていいですか」
「あー、婚約祝いのプレゼントです」
「また、余計なこと、いらないとはいえないでしょ、本当に、いいんですか」
「駄目か、しょうがないまた別にします」
「そうですか、でも僕たちもらって帰りたいです」
「ここにあっても仕方ないので、すみません持って帰ってリサイクルにでも出してください」
「それはごみをわたすことでしょ、ごめんなさいね」
「ごめんなさい、描いてしまいました。世界一幸せな二人が描けて良かった」
「自分だけいい気になっても二人に迷惑でしょ」
「ごめんなさい」
「いえ、またゆっくり来ていいですか」
「いつでも、私は暇にしていますから」
「ありがとうございました、雨もやんだみたいなので、ぼくたちしつれいします」
「またどうぞ」
グランドの向こうに虹がかかっていました。
「おじさん、今度また薔薇にしましょう」
「僕たち、いちどしょくじかいをします」
「焼肉、蟹」
「軽食にしましょう」
「なにいっているの、あなた、一言いうのよ、お祝いでしょ」
「あー、はい」
窓の外はあおぞらでした。
「やっぱり焼き肉なの」
「当り前、お腹にたまるのじゃないと食べた気ならない」
「決まったら教えてください」
私はベッドに戻って、仕事をしている夢を見ていた。
あ違う彼らを送らなければ。
私はまだ彼らがいるのを確認してテーブルに戻った。
「おじさん、疲れていますね」
「この爺、逃げていただけですよ」
「きまったよ」
「あーそうか。え、もう」
「しゃぶしゃぶ、肉」
「まあ、それならそれで。ところでだいじょうぶか」
「たまにはおいしいのを食べよう。余計なことは言わないで」
「はい」
「それではそろそろ帰ります」
「時間を取らせてすまなかったね、気をつけて」
「オジサン達また」
「連絡先は聞いた」
「ライン、ちゃんとつながります」
「あー、それなら、また」
グランドは夕焼け色になっていた。
「また、ゆっくり」
「おじさん、また笑った」
あーまたわたしはねぼけてしまった。
朝になっていた。
私は、二人にあってこういいたい
「はい、大丈夫です」
グランドには急に雨が降り始めた。
道には緑の蘖(ひこばえ)が、どんぐりを隠していた。
ふたりは、もうめざめたろうか。
「おはよう」のラインを送ったよ。
あーいまは、それでつながるんだな。
昨日のコーヒーはおいしかった。
「後でハーブティーにしよう。レモングラスの」
「いつのはなしをしているの、もう、とっくになくなっているよ」
「あーそうか、とにかくあついお茶にしよう」
「つけものはすこし、昆布だけでいいの」
「はい」
私はようやく目が覚めたみたいだ。
私は今日も二人を眺めている。
「食事会、わしは、だいじょうぶだが、さないさん、服を買ったら」
「うるさい、急に言うな」
「笑ったろ、前に出かけた時二人と一緒に指をさして」
「覚えてた。急に思い出したか、くそ爺」
「ありがとう」
としかいえなかったよ。
「二人も、介護をして、苦労しているみたいよ。だからおなじねってわらってやったのよ」
「まあ、いい、ふたりようやく、結婚するみたいでよかった。それでかれがぐずぐずしてたんだな」
「また笑うか」
「その前に、消せ、私の老後を」
「しょうがない、笑え」
私は、しょうがないので、部屋に逃げて、スケッチを続けた。
「もしもし」
「つぎはやります」
「火曜日ですね」
「大丈夫ですか、もしかして、いないのかもしれないので聞いてみます」
「電話ください」
「分かりました」
あーまたさないさんに、怒られる。さっき病院といったので、ダメと言わないといけなかったのかもしれない。どうして今電話してくるんだ。
「あのー、さくらさん、ことわったほうがよかったかな」
「またばかなことをいって、やっていただけるのに、ことわることはないでしょ」
「でもさくらさん病院でしょ」
「帰れないときは電話するからコータローのボケ」
「お願いします」
「これから買ものに行くよ」
「いってらっしゃい」
私は、今日は散歩できないままで夜を迎えたが、あしたのあさがちかい。二人にはしばらくあえないな。しょうがない。
「さくらさん、服は買いましたか」
「またぼけたなコータロー、すてるぞ」
「すみません」
わたしはまたねぼけてしまった。夕飯は食べてないは、聞かないでいよう。
しまった。また、ねぼけてしまった。ちゃんと野菜を食べていた。
「さないさん、奇麗にしていよう」
「コータローが、汚すぎるのよ、ぼけ老人」
それにしてもよく降る雨だ。この前までもうすぐ春の気配だったのに、肌寒い日が続いて、春はどこかへ行ったみたいだ。雨に濡れた道の水たまりがにぶくひかる。私は、ベッドのそばの花に
「どんな気分、答えて」
と話しかけてスケッチを始めた。
私は部屋の中から二人が傘をさして手をつないであるいているのをながめていた。
雨の時は仕方ない傘をさして手をつなぐ。
ゆっくりと歩いていると子供が走って転んだ。
ゆっくり子どもは立ち上がって
「お兄ちゃん、ベンチで靴を脱いで履き替えた、サッカーだ」
男の子はゆっくり、グランドをみていた。
自転車が数台横を通り過ぎていた。
男の子は、茂みを走っていった。
「お嬢さん、雨の中大変ですね、買い物ですか」
「この子のおやつです」
「アイスですか」
「いえ今日は寒いので」
「美味しいですよ、寒いととくに」
「オジサンもそうですか」
「わたしもだいすきです」
「ミントですか」
「いえ、カシューナッツです」
傘から雨の雫が落ちて子供ははしゃいでいました。
「冷たい雨ですね、ゆっくりいきましょう」
「アイスですか」
「チーズにしましょう」
「おじさん、笑える」
私は傘から落ちる雨の雫で眼鏡が曇って、靴底から雨にしみるのが気になった。
「私は走れコータローです」
「私は詩織です」
「この子は花音(カノン)です。コンビニですか」
「いいえ、通りの専門店に行きましょう、雨の日は贅沢にするべきです」
「私はいつもスーパーの100円カップです」
「私は、見切り品の50円でないと買えません」
「そんな値段のアイスあるんですか」
「昼に行くと何気にあります」
「夕方しか行けないから失敗だわ」
「でも今日は贅沢にしましょう、あ、今日にお誘いしてすみません、栞さんでしたか」
「いえ、詩織のほうです」
「失礼しました、以前お話ししたような気がしたのですみません」
「アイス食べたくなったので、ありがとうございます」
アーまたやってしまった。怒られる。
「今度またお会い出来たらゆっくりアイスをベンチで食ましょう」
「ゆっくり食べたいですね、お日様の下で」
枝が、静かに揺れていました。
木陰にはみどりのいいかおりがしていました。
「おはようございます」
「また会いましたね」
「アイス買いにいきましょう」
「みなさんグランドでもう、ゲートボールをたのしんでいますね、ぜひ今日は贅沢をしましょう、コータローおじさん」
わたしは、ゆっくりつえをついてあるきはじめました。
「私は、ピスタチオにしましょう」
「おいしそうですねわたしはバニラにします」
わたしたちは広場のベンチにむかいました。
「おじさん、聞いてくれますか」
「ええ」
「職場で一人病気で倒れて、急に忙しくなってしまって、今日こんな時間が取れたのは、奇跡でした」
「そうでしたか、ありがとう、ゆっくりたべましょう」
森には小鳥の歌が響いてました。
「いい朝になって、ありがとうございます」
「おじさんはいつも朝あるいているんですか」
「実はリハビリで習慣になりました」
「おじさん、またこんなじかんがあるとうれしいです」
「時間がたつといいこともありますよ、からだをたいせつにすごしてください」
「ありがとうございます」
「ところで、マラソンはやりますか」
「え、長距離は自信ありません」
「そうですか、ゆっくり走ると気持ちが変わるかも、わたしはいつもはしれといわれてすうメートル走ります。気持ちいいですよ、おまけに笑われます」
「おじさん、笑う、ハハハハハハハ」
「笑った、いい朝ですね、また会いましょう」
「またおねがいします」
「こらコータロー、またやったな」
「すみません」
空は透き通る青さが広がっている。
わたしは、もうすぐ花の季節になるのを静かに待っている。
桜の枝が長く伸びて、香りがしたので私は、そろそろ、桜餅のきせつか。
「あ、由美さん、今度は和菓子がいいですよ」
「コータローまた寝ぼけたな馬鹿」
私は、またやってしまった。今日の月は明るいだろう。
「お茶を入れたよ」
「あー、一つ残っていた、分けて食べよう、桜餅」
「また、寝ぼけてるね、とっくに私のお腹の中よ」
「あー、お茶をいただくよ」
「はい、寝ぼけるな」
私はお茶をゆっくりいただきました。
「あー、朝だ、ゆっくり歩こう、たいそうをしよう」
今日の道は乾いていて、程よい緑の香りがした。
「おはようございます。また会いましたね、草餅でお茶でもしますか」
「今朝はゆっくりします」
「時間がない、と言わないでください」
「餡子をゆっくり食べましょう」
「転職しようか、どうか」
「走らないのですか」
「テレビを見たら低山のぼりをしてみようかと思います」
「そういえば、富士山に登ったでしょ」
「きつい、けどちょうど行けてよかったです」
「では少し高いですけど、筑波山を歩いたらどうですか」
「あ、ゲートボールが始まった」
「やってみますか」
「ええ、いちどやってみます」
「わたしはベンチでみてますよ」
「おじさん、一度やらしてください」
「あなた団地の方ですか」
「ちょっと近所に来たものなんです」
「一度打ってみますか」
「はい、これでいいですか」
「もう少し軽く持ってください、軽く振って」
「おもいんですね」
カーン。
ボールはまっすぐすすんでいました。
詩織さんおちついたかな。
「おーいコータロー何をさぼってる。走れ、せっかくでたのにさぼるな」
またやってしまった。もう少しでネスだった。
飛行機の鈍い音が響いて、
「おーい、また飛ぶか」
というこえがきこえてきました。
ケータイの電話が鳴った。
「あのー大丈夫ですか、なんどもでんわしたのに」
「ごめんあさい、駅に着いた」
「あの、もうしたにいますいっていいですか」
わたしはあわててパソコンからはなれて、玄関をあけた。
いつものポーズで、玄関に入ってきた3人の女性。
「いらっしゃい、スリッパが無くてすみません、奥まで行ってください」
三人にあうのは、5年ぶりだった。
直ぐにコーヒーを自分たちで入れていただきさっそくお菓子の匂いがたちこめて静かな部屋がにぎやかになった。
三人は募る思い出を話していた。私は静かに話を聞いていた。思い立って私は三人をそれぞれに紙の上に鉛筆で描いて、記憶にとどめることにした。そして水彩で色をさしたしたころ、三人は落ち着いたようで私はそれぞれに、スケッチを渡した。気が付くと2時間たっていた。三人は、家内にメッセージを残して帰っていった。
いただいたお土産に、桜餅があったのだ。
詩織さん
「筑波山に行くならおいいしいものを食べてください、うなぎとか」
「お肉もいいですね」
「あ、笑った」
詩織さん、落ち着いたみたいだ。
「コータローまたさぼっているな、走れ」
わたしは、空を見上げて、あーまたやったなと思った。
寝ぼけてしまった。私も走らないと。
おっとどんぐりに杖を取られた、これですってんころりんはできない。またぬかれてしまった。ねぼけてるのかな、まだ昨日の声が聞こえる。
「アホー、ホーホケキョ」
空耳だ。
空にも耳があるみたいだ。
「アホー、走れコータロー」
三馬身抜かないと勝てない。
「アホー、コーナーで膨らむな」
またやってしまった。
あれ私は大井競馬場にいたのか、やけにグランドの芝がまぶしいぞ。
空には飛行機の機体が銀色に輝いている。
わたしままだ、夢の中、夢中で走った。
「また、みんなと会える」
「コータローおじさん、まってください、団子はどうなったんですか」
「お茶と」
「さっきも言いましたよ、笑う」
笑うな。そうか笑われた、私はいつ目が覚めるんだろう。
いい、このまま走って明日の朝になるだろう。
明日はまた雨、目が覚めるに違いない。
え、月が出てるぞ。
まだ雨になっていない。
朝になった、私はコーヒーを飲んで目覚める、そして体操をする。
「詩織さん、今日も歩きましょう、ゆっくり」
「コーヒー砂糖は」
「いりません」
「ミルクは」
「なしです」
「明日は晴れますよ」
「コータロー、走れ」
また私は追われている、汗びっしょりだ。
あ、雨の音
今日の私は部屋でゆっくり外を眺めて過ごす。
ゆっくり歩く。
「詩織さん、お茶と団子はいただきましょう」
「熱いお茶で体を温めてください」
「筑波山には、週末に、登ります」
「マラソン大気にはでますね」
「やってみます」
「こら、コータロー、むだぐちをたたくな」
「あれ私は、詩織さんに会っていたんだけど」
「コータロー、しくじるな」
机の花の香りが、雨の部屋で漂っています。
私は、新聞を読んで、ようやく今日が月末の金曜日だと気づいた。
まずい、今日はリハビリの日だ。
体操をしよう。
窓の外は明るくなってきている。
階段を下りてグランドを見たら、桜の木に花が開いていた。
私はようやく目が覚めた。
グランドは静かな時間が流れている。
「コータローおじさん、アイスを食べましょうよ」
「おお、詩織さん、桜のバニラでいきましょう。ほうじ茶もいっしょにいただきましょう」
「コータローおじさん、グランドを走りましょう」
「はい、走れ、コータローですから」
「おじさん笑える。グランド3周はしたいわ」
「私も走るよ」
「おじさん、遅れないでね」
「私は、1週したらベンチで休むよ」
「コータロー、またさぼっているな、走れ」
「オー怖い、また聞こえた」
「おじさーん」
「わたしはついていけん」
「嬉しい。仕事も、一段落したの」
「それはよかった」
「後で、アイス」
「せっかく走ったから、お茶だけにします」
「それもそうだ、おいしい、ほうじ茶にしよう、さくらもわらっているし」
「最近子供が来なくて静かよ」
「きれいな花を咲かせたね」
「あたりまえよ、ボケ爺さん」
「あー、でもきれいだよ」
「コータローおじさん誰とはなしているの」
「美保さんです」
「美保さんって」
「この桜の木です」
「オジサン本当に話しているんですか」
「はい、大切な友人です」
「私も仲間に入れますか」
「美保さんが笑ったから大丈夫です」
「おじさん、私も笑う」
静かに風が枝を揺らしています。
テレビを見た私は、古い時代の滓みたいな時間を生きているみたいだと思った。時間を重ねて今があるので、後悔はしないことにした。
そういえば、ヘッセをよみかえしたてから一年になる。もう一度読んでみたらわかることもあるかもしれない。
私は中学時代になぜヘッセに夢中になったんだろう。確かにあの頃はヘッセを読んでいる時間が充実した時間だった。外には何をしていいのかわからなった。今はできることが少なくなったので、走れと言われて、道を歩くことが大切になっている。
「通じるんですね」
「あー久しぶり」
「どうしてましたか」
「ブラジル、父としばらく暮らしていました」
「3年ぶりにきく声は、つややかだった」
どうして彼女が電話してきたのか、今考えても不思議に思う。
人の幸せは、どこにもころがっているのだろう。
朝起きて、食事をすることが、奇跡だということを知って、そう思う。特別なことをすることはない。
「詩織さん、マラソン大会楽しみですね、しっかり走って楽しんでください。笑顔が素敵です」
「コータローおじさん、はしるの」
「はい、階段を下りていきます」
「22秒かかりました」
「はい、コーヒーの香りがしています」
「いい香りです」
「桜も喜んでいます。美保さん、笑っていますね」
「私も話していいですか」
「どうぞ」
「詩織さん、私は美保です」
「美保さん、きれいですね」
「あなたも美人ね、私たち並ぶといいわ」
グランドの緑も明るく輝いています。
また笑うな。
「おかしい、コータローおじさん」
「走れ」
また声がした。
「はい、走ります。杖を突いて」
「さぼるな、またしゃべってよそを向いたろ」
朝から厳しい。
「はい、走ります」
枝垂桜、美保さん
「美保さん美人さんですね」
「詩織さんもです」
「コータローさん、笑う。ハハハハハハハ」
わたしは、ゆっくり歩いていた。
「走れ、コータロー」
「はい、よっこい、横井正一さん」
「ベンチに座りましょう」
「いいから走れ」
「帰って、熱いほうじ茶とお菓子にしよう、詩織さんと花音ちゃんも誘おう」
「ボケ、掃除が面倒くさい
「私は汗臭い」
帰って私は本棚からヘッセを一冊選んで、スケッチを始める。
グランドから少年野球の声が響いている。
私は杖をついてはしって、落ち着いているので、
まだまだ、ゆっくり一日を過ごしていくだろう。
道の向こうに駐車場が見えた。私はあそこから自宅に帰った。花の香りがするとほっとした。
今年もうすぐ桜が満開になる。
やはり後でベンチに座って、ほうじ茶をいただこう。
桜の花びらが一凛私の肩から落ちた。
「おはようございます」
「コータローおじさん、もうすぐ、いってみます。筑波山。美保さんのこえ、きれいですね」
「聞こえましたか、美保さんもよろこんだでしょう」
「コータローさん」
「はい」
「まだ見てません、私を描いているといいましたね」
「はい、すみません。今度機会があったら持ってきます」
「必ず約束ですよ」
「はい、ぜひみてください。おねがいいたします」
「笑う」
笑われたか。
ようやく、開けてきたよくあるスーパーが駅前にあるロータリーから団地に向かう幹線道路の一本がバス通りになっている。アメリカ楓や桜の街路樹が続き信号のある交差点の一角に焦点が並ぶ、歩道が整備された、2車線の道が津木菟バス通りを一つ裏に入ったところに、整備された森とグランドと広場があって、その周辺をぐるりと、一周して歩く歩道が、木の廃材で、舗装された道が、スーパーと、ドラッグストアーと、図書館のある市役所の支所と体育館に囲まれた、商店街に続いている。その歩道は森の中を進んでいく。そして、茂みを整備した日陰に、ベンチが、ちょうどいい距離を置いて設置されている。今日もそこに座って、長く話し込んでいる人の後ろ姿が、窓から見える。そこに桜の美保さんがたっている。
「咲いてる」
「やっと咲いたね」
「御花見ができてよかった」
「少年野球、まだ続いているね」
「ありがとうございました」
「元気な挨拶だ、今日はもう終わりかな」
「練習は終わったよ、まだ遊べるんだ」
「君たち、まだお日様は大丈夫だよ、わたしがみているからもうすこしあそんでかえったら」
「ありがとうございます。美保さん」
「私何も言ってないよ」
「お姉さんさんじゃあないです。この人」
少年は桜の美保さんを指さしました。
「かけっこ」
「ボールを蹴って」
「あ、なった」
「がいとうがついたよ、帰る時間ね」
「美保さんありがとう」
そして少年たちは自転車に乗って、列をつくってかえっていきました。
私は。油彩に手を入れて、カーテンを閉めました。私は部屋の窓から見た空の広さにあらためて「ありがとう」といいました。もう、星空になっている時間。
これから、少し体操をしてヘッセを読んで眠ろう。
美保さんは、きのうの朝はこごえていたのに、今朝霧の中で、美人になって表れて、花を咲かしていました。季節がまた一つ動いた日です。
「コータローさん、今度必ずよ」
「はい、見てください」
「私細くなっているかしら」
「はい」
「美保さん、今度またゆっくり描いていいですか。日陰の枝にも、元気な花をつけるでしょ」
「コータローさん見ないでいいところを見ているのね」
「でも、すてきなうでをのばしておどっているじゃないですか。着物を着た舞子さんですよ」
「コータローさん、私は、扇子をもっていません」
「美保さん、まだ怒っていますか」
「そういえば」
ベンチは静かに、座っていました。
「ちょっと腰掛けます」
「コータローさん杖をいつもついていますね、ごゆっくり」
美保さんは笑っていました。
「美保さん、ありがとう」
今日は朝からサラリーマンがグランドで野球を始めている。
昼になったらみんなで宴会になるのか。
「おう」
「やれやれ」
「いくよ」
「さあ行こう」
まだみんなでキャッチボールをしている。
グランドの道のベンチに立てかけてあるバイクが、彼らの世界を大切に動かしているのか。私はまた後でベンチに座って美保さんを今日は美人さんに描いてみたい。
「危ない」
「よっしゃ」
「ありがとうございました」
「いけるいける」
「いけない」
「おい」
声がグランドに飛び交っている。
グランドの森の緑も昨日よりも若葉色に輝いている。私は静かな部屋からそれを眺めている。さらに、わたしの一日はこれから、ふかめていくことになるようにしたい。
ヘッセを静かに読んでみよう。これからグランドでは、試合が始まるようだ。
空気
読めない。
見えない。
色もない。
音もない。
文字が見える。
風に吹かれる姿がある。
済んだ青や緑がある。
静かなメロディーが流れる。
空と地の間。
「こんにちは」
「こんにちは」
女の子は広場を走っていました。
「コータロー、またやったな、走れ」
「はい走ります。すいません」
あー空は広い。また寝ぼけたな。
また昼に食べたものを忘れている。ちゃんと食べたのに腹がすいている。
広場の桜はもうずいぶん古木になって、幹の足元に、蘖のように花をさかせている。次第に暮れていく、広場の向こうの白いってものがさみしく、無言で、壁に影を映している。私のせなかから、
「もっと走る」
「帽子を落としたよ」
父娘の声がした。ベンチには若い二人が肩を寄せて話していた。
「今日も楽しかったね」
「桜がきれい」
「明日もこよう」
「ゆっくり、お茶を飲みましょう」
太い桜の幹は、笑っていました。
ふたりは傘を置いてグランドを眺めています。
私は杖を突いて歩いていました。
もう、今日の風景をスケッチした。静かなゆうぐれになっていった。
2024/4/2