序章
大風が草をなぎ倒すように、人々が死んでいった。ソロミクは村ごと消えた。カンネゴートでは子供達の墓を掘っていた百人もの親達が殺され、穴に打ち重なって死んでいった。容赦がなかった。毛皮を被ったオリナモの兵隊の蛮刀から血のしたたりが消えることはなかった。
耕作する者がいなくなった畑は荒れ、生き残った人々は飢えに身もだえる。牛も馬もオリナモに連れ去られた。山をさ迷い、食べることができる草やキノコをかろうじて口に入れる。生き延びる者は数少なく、オリナモが退去した後も地獄が続く。
その子は特別秀でていたわけではなかった。背もほかの同じ年齢の子供たちよりずいぶんと低かった。ハトリキと名付けられていた。名付け親の大伯父も、両親もきょうだいも失い、独りの身だったがこの地、スネモ村では少しも珍しいことではなかった。そんな子供ばかりが村に残っていた。
生きなければならない。不具だろうと、病を負っていようと、毎日泣いていようと、生きなければならない。涙でふやかしてわずかな黍を噛みしめ、死んだ狐の肉を貪る。賤しい、浅ましいは消え、ただ生きる。ハトリキは生きることを学び、殺すことを学ばなかった。
友を求めることもなかった。一度鹿の肉を分けてくれた青年に出会ったことがある。マリコールと名乗った彼から腐りかけの鹿肉を手渡され、口に入れ、飲み込んだ。しかし、マリコールが鹿を殺したことを自慢し始めたとき、ハトリキは飲み込んだ鹿肉を吐き出してしまった。マリコールとはそれ以後一度も会っていない。
どう生きたらよい。そればかりハトリキは考えた。殺さず、生きる。それは不可能と思えた。ほかのたくさんの子供を見ていると、こんなことを考えるより死んだほうがよほど簡単に思えた。しかし、生きた。生きることだけが目的だった。
秋になるとまたオリナモ達がやって来る。殺戮だ。ハトリキ以外の子供は皆斗いの準備をしている。飢えて死ぬより斗って死のうと考えている。ハトリキだけは違う。考えていた。斗わない道を考えていた。
スネモ村にも赤ん坊が生まれ、麦が穂を出し始めた。赤く染まり始めた麦畑はオリナモの襲撃で流される血を暗示し、朝、畑に残された馬の蹄の痕は、オリナモの偵察が夜の内にやってきた記しだった。
ある夜、山中に焚火の赤い炎がいくつも見えた。オリナモが兵と馬を休ませている。襲撃の日は近い。明日の朝かも知れない。ハトリキはそっと村を出、山に向かって歩いて行った。山道では焚火は見えず、ハトリキは山歩きで培った勘を頼りにオリナモの居る場所へと近づく。
一人で何ができる。何度も考えて答えの出なかった問いを歩きながら繰り返す。何もできないと結論を出す前に、ハトリキは黙々と歩く。歩くことは生きることに似ている。歩くとき、死は考えない。