過ぎてゆく夏
季節が流れていく 昼も夜も
だれも置いていったりはしない
それでも蝉は鳴き止み 重い体をもがきながら マンションの階段で仰向けになってまだ飛ぼうとする
「雁の群れが西へ鉤をなして飛んで行ったよ あれは温かい土地へ向かうのだろうか?」
年老いた仕事仲間の質問に僕は答えられず 彼がその時なぜ空を見ていたのだろうと そればかりを口には出さず考えている
秋の虫鳴けよ潤せ夜の闇
どこに行こうと自由だが 時は図らずも誠実で
それでも君は怒りを胸に秘め 歩み尽くせぬ大地を見つめる
軽やかに枯れ葉踊りて竹箒
箒で掃いた雲
置いていかないでほしい 懐かしい友よ
ともに過ごした通り過ぎた夏の日々 激しく怒った右腕がむなしく振り下ろされてはいけない
長詩:TASAKI君
50年ぶりに出会った君は
2年もたたないうちに棒の様になって
今そこに 凍りついて 寝ている
"今にも生き返りそう"
君の娘らしき女の子が 言ったのだが
君はずっと動かないままで
"耳が赤くなってきたわ"
と今度は奥さんが 半分独り言の様に言う
君は明日焼かれることになっていて
無宗教の葬式なので僕は
奥さんの許可を得てシェイクスピアを 数珠を手から外して
朗誦させてもらう
僕の声には張りがなく
それは君を悼んでいるからなのか
それとも僕がフランスから帰って来たばかりで疲れているからなのか
ともかく不満足にしかできなく
生きていたら君はきっと
"今井田, 手を抜くなよ"
そういったに違いない
再会してまもなく死んだ 友達を
送る方法もよく分からず
僕はもう一度奥さんの許可を得て
病の中, 坊主になった君の頭に触る
"中学の時と同じ坊主頭になったんだ"
病院で君は 奥さんに そう言った と言う
中学の時は 君は とっても生意気で
抜群に絵が上手かった
中学の時のそんな君に 僕は
触ったことなどあったか どうか
もしかすると僕が 君に触ったのは
これが初めてで 最後
触った君はとにかく冷たく
まるで物体のようで TASAKI君では
まるでないみたい
なんの病気で死んだかなど僕は興味がなく
聞かないままに 葬祭殿を出る
駅から葬祭殿までは3分ぐらいで
君に会うのも思ったよりあっけなく終わり
さっき 来る時 ポケットティッシュを配っていた若者がまたもう一度くれようとしたので僕は断り
断ったことで彼は僕にさっきポケットティッシュをくれたことを思い出し
ついでにさっき僕が言った「これから使うかもしれない」とポケットティッシュをもらいながら言った言葉を思い出した かもしれない
君との面会は あまりにあっけなかったので
行く前は「泣くかもしれない」と思ったとおりにはならなかった
べつにそれほど
親しかったわけでも ない
とも言えるし
近しい とも
思えるのだが
50年ぶりに会った君と
僕はしたわけでもないのに
約束を交わした気がする
気のせいだ
きっと―――
昨日神保町の古本屋に
同じ中学で同じクラスだった 高林を訪ね
君が癌だったことを知る
きれいなことば
感謝はスパス
珊瑚はマトゥンバーウェ
外国語の辞書を引くたびに
きれいな音の言葉がきらめく
意味がきれいな言葉だから
音もきれいに響くのか
それともその国の人たちが
口で転がしてきれいになったのか
マトゥンバーウェは色も
スパスは心の色までも
見えてくる、はっきりと
つやも重さも、手ざわりも
マトゥンバーウェください!
スパスはどこに行けばありますか?
あれ、こんなところに
あったのですね
ありがとう
大事にします
ゆめうつつの時間(他5作品)
(訳・原詩はシュトルム)
椅子には君、ぼくはその足元
顔を君に向け、ぼくたちはいた。
時の流れにしあわせを感じ
ぼくと君のあいだにひそやかに何かが生まれた。
そしてお互い相手の目のなかに沈み
酔いしれて魂の息吹きを飲み干した。
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自然の子供
日よけのおりた列車の窓
スクリーンに映る景色のように
不思議な涼しさの車内から
外の風景――自然
何度目かの呼び声で目ざめたかのように
ぼくは聞く、自然のものどものざわめきを
それはぼくの体のなかに共鳴洞をもつ遠い血の地響きで
ぼくをはじめて連れていこうという
ここにはぼくの席はなく
ぼくの生命はとても不当なものだ
見つかれば追い出される習い……
聞いてください母よ!
やっと見出した母――自然よ
あなたの胸乳は受け入れてくれるでしょうかぼくを?
ああ、不安だ!
幻想ではないのか、この自然?
ぼくは不自然に夢見ている?
窓の外のあのスクリーンはほんとうに自然なのか?
ああ! 子供に分け与えられる
子供に分け与えられる
自然よ!
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物語の第一章がはじまる前に……
物語の第一章がはじまる前に
ぼくが夢見てしまったから
君の体が魚を三つ並べて
飛んで行ってしまったのだろうか?
ほんとうの生命のほんとうの形を求めて
いったい何の鳥のように
失われた日々のあの陽光
あの時君は□歳だった。
夜の真実を求める旅のなかから
あり得ない影たちの饗宴に至る道筋は
たとえばローマ
残っているわずかな舗石
過去の時
重いようなその軽さ
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永遠にも似て
軌跡を失って回り動く星のもと
それは暗闇の夜で
たとえば死んでしまった太陽の墓の上の眠り
ただ歩いているだけの男を見れば
野犬の道に血をしたたらせる孤独を抱え
行きつかない場所に向かっての歩行の連鎖
失意と失意の壁のあいだのほんのわずかのすき間の道の
それはほんとうの生命を求めた希望の一直線
青い空が見えたと言い
太陽の焦げ付く輪郭線を見たと言うのは
自分でもわかっている幻想の一瞬で
二百年も経っただろうか?
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サロメ――ヨハネ
その唇とまなざしのすべてを破壊せんとする力
私はその前で何であろうとしている?
迫り来る汝が腕(かひな)の白き肌の重さ
その白さを私は黒い色と思おうとしている?
飛んで来ようとしている汝の足を私は求めただろうか?
ハディスの女よ
深淵からの女よ
パンドーラの匣(はこ)を開けさせ
わずかの残ったものを
私は生きてゆく
サロメ、お前の愛
遠くから来る近き者よ
しずくの落ちてくるままに
唇を赤くとろかしてしまう
何の色だろうお前は?
唇のなかの お前のなかの
純粋な愛なのだろうか 不純な愛よ
私は思い出そうとしている
お前によく似た私のなかの二人称
この親愛な二人称からお前は私を引き離そうとする
ああ バビロンの娘よ
お前の前で私は何かを持つことが可能なのか?
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too sensible
君は痛いと言う
神がつけたプロメテウスの傷だからいつも痛いと言う
ほんとうの愛の鳥が来ないから今日も痛いと言う
「あなたではなかったのね」
君はつぶやく
「そうだねぼくじゃなかった」
ぼくは信じないが君がそう信じてしまった
「痛いわ」
君はほんとうに泣きはじめる
ぼくを遠ざけるなげきを泣く
これでまた
しばらく君に
触れられない