雨
「おはよう」
元気に歌っているね。
雨の音が消えたので、私は空を見上げて、空を飛ぶ鳥に挨拶した。私は雨に濡れた道の水たまりに気を付けて杖をついて歩いた。
私はグランドのそばをとおっていくほどうをようじんぶかくあるいていた。目の前の桜の木には花がすっかりさいていた。
「美保さん、たくさん咲かしたね、今日の美保さんを描いて、もってきます」
「コータローおじさん今日でないとつまんない、走れ」
私は川面を覗いて、花が流れていくのを見ていた。浅い川底にながれるみずはすきとおってなめらかにながれる。その上をいかだのように流れていく桜の花びら。お団子を食べよう。
「こら、コータロー、また寝ぼけたな、走れ」
枝がたくさん伸びて、若緑の葉をつけた木に囲まれて白く淡い桃色の花が、浮いている。
「やったー」
「せせっせ」
「グランドに子供たちが出てきて遊び始めた。
「美保さーん、おしっこ」
「広場の横にトイレがあるよ、ゆっくりしておいで」
「美保さーん、きれい」
「コータローさん、描けましたか」
「はい、窓から出しますから見てください」
「コータローさん、ありがとう」
「きにいってもらえましたか」
「おじさん、奇麗な絵、僕も描きたい」
「ゆっくり描くと君たちもかけるよ」
「コータローさん、またお願いします」
「美保さん、ありがとう」
美保さん、グランドにできた新しい歩道の横で静かに咲いています。枝をしっかり。伸ばして歩道を見つめています。
グランドではすでにゲートボールがはじまって、ボールを打つ音が空に響いています。
乾いた道を歩く時私は横を見てふと冷あせをかいてしまいます。ゆっくり歩いて私は以前この辺りでははを見つけて、安心して描こうとしていたのを思い出します。グランドの周りをゆっくり歩いてバス通りに向かうと、桜並木が舞っています。私はここで生活ができていることに感謝しています。おいしいパン屋さんが3件あって、また一件増えたと思って喜んでいました。
どの店も店主が毎朝早くからパンを焼いていて香ばしい香りが漂っていました。
私はパリで、ひとりであるいて、やっとかいものをしてコーヒーとパンを食べて、窓から見えるパリの街の空と煙突を眺めていました。突然ドアがノックされて私は慌てて「はい」と返事したらドアが開いて、ハウスキーパーの人が驚いた顔でこちらを見てドアを閉めて降りていきました。そして私はスケッチブックを出して窓からの風景をスケッチしました。あるけばなんとかなるだろう、美術館を見てこようと思って、ホテルを出ることにしました。手には、もらった地下鉄の路線図一枚だけでした。しばらく歩くと表通りだけでなく裏通りもおもしろそうだと思って、角を回りながら、カフェをみつけてはすわろうか、やめるかまだ歩いていこう。と思ってゆっくり歩いていました。壁に、入り口のようなインターフォンがあったのでここには人が住んでいるんだと思った。少し覗くと中庭が必ずある。屋根に囲まれた庭の緑が、目に優しい。
いつの間にか坂に出てそこを昇り切ったらセーヌ川があった。いつか画集で見た、オランジェリー美術館にたどりついたのかと思ってチケットを買って入って、一点ずつ、ゆっくり見ていった。観光客の声が、響いているので落ち着かないけどゆっくりみんな楽しんでいた。
私は、グランドのなかにもあのときのおもしろさにあふれていることに、いまさらながら、いいところだと感じています。
「やってる」
「そら」
子どもの声が響いています。
その一軒は、バス通りの端にできた、オレンジののきをした、個性的なパンを焼いていました。ご主人は、少し体が不自由なようでしたので、私はなるべくここでパンを買おうと思ったのですが、どうしたことかすぐに閉店になって、大変残念に思いました。
人の癖が、気になるのも、あまり気持ちのいいものではない。でも人の癖は大切な個性なので私は今日、
「私の癖はありますか」と女性に尋ねたら、
「さてー」
「私は歩くと笑われるのですが、おかしいですか」
「まー、この返事でいいですか」
と言われて、そうか、と思いました。
もう、夜になったので私はゆっくり眠って、また明日も歩いていたい。
雨の日には歩けない。
傘をさして杖を持つことを考えないと。
雨は道を潤す。靴底を冷たくする。
雨の日は窓から見える風景を眺めて、風の音を聞いている。
グランドの緑が、中庭のように見える。
近所の商店街にある、図書館に中庭があったことに気づいたのは、つえであるくようになってからだ。
中庭の緑は、心が落ち着く。
パリの人たちはそれを、大切にしていたんだろう。
パリのパン屋さんで会ったおばさんは、朝から元気だった。
わたしは買ったパンをふくろにつつんでくれたのをそのまま手にもって、歩きながらぱくついた。パンはやっぱりご飯だった。
子供の頃、小さな川をわたったところにあった、万屋さんの、白い袋に入った乾パンが、ごちそうだった。
私は狭くて暗い店をぐるぐる回って、瓶に入ったお菓子や、紙の玩具や、漫画をさがしていた。みせのおねえさんにいつもおやつをもらってかえっていた。私は、喜んでうちに帰って、漫画の絵を新聞の広告の裏に鉛筆で書いていた。雨の日は傘をさして橋を渡るのが、肝試しだった。川は茶色く渦をなして、ゴーゴーと、重い音が地面から響いていた。
川には、夏になったら網を持って魚を採ってびしょびしょになって遊んでいた。夜に、ネムノキのところにホタルを見に行くのが肝試しだった。私は、歩くことが冒険だった。私は今も歩くと発見があるのが楽しみだ。今朝もみちにはかわいい、木の芽にかわいい葉をつけていた。わたしは「今日も会えたね」と声をかけた。
「おはよう、おじさん」
「コータロー走れ、足が出てない」
怖い声が背中から聞こえていた。
今グランドからゲートボールのボールを打つがグランドからひびいてくる。午後は雨になるようだがまだ穏やかな朝を過ごしている。
雨の道
私は一冊の絵本を思い出す。
雨の日の傘が楽しい子供の絵本。私は何度もページをめくっていた。
竹ひごヒコーキ
今日は飛ばせない。
私はプロペラを回してゴムがまかれるのを見ていた。縁側から空を見たら、雨ばかり、
スリッパで出たらぬれてしまう。
傘を壊したら怒られラジオをつけてもらって聞こう。
柿の葉が濡れてゆれている。ヤギの声も聞こえてきた。
蓮華の花が田んぼいっぱいに咲いてピンクのじゅうたんになっている。山の向こうにはまだ雪が残っている。
傘をさして歩いていると、自動車のタイヤが水をはじいて服にかかるのでレインコートは必ず着るべきだ。
「お嬢さん、また会いましたね」
「あ、コータローおじさん、傘はささないんですね。ひょっこりひょっこりでしたからコータローおじさんだと思いました」
「お茶にしますか」
「温かい、ほうじ茶にしましょう」
「ジャズを聴きたいですね」
「喫茶薔薇にしましょう」
私は来た道を引き返して信号を渡って、バス通りを左に進んで次の交差点まで歩いて行った。
「コータローおじさん、今日は一人なんですね」
「はい、ちょっともめまして」
「またですか」
「はい、といわなかったのですか」
「そうなんですがちょっと、自分一人で決められないことでしたので」
「着きましたね」
「入りましょう」
「今日は、ちょっと思い出した風景のことをお話ししますよ。いいですか」
「いいですよ。なんでしょうか、うみのはなしだとすてきですけど」
「いや、川の話です」
「橋の下の川の流れは複雑ですが、さかなたちがきらきらとひかって、いっしょうけんめいにおよいでいるんです、僕たちはそれを捕まえようと泳いでいくんです。とても透明な川で、いろいろな石が見えて楽しいんですよ」
「海はサンゴです」
「私はサンゴは、宝石でしか見たことがありません」
「おじさん、お茶を飲みましょう」
「はい」
「笑う」
「そうですか、すみません」
私は雨の日の午後を楽しんでいた。
店を出たときすでに暗くなって、傘の姿もほとんどなく、歩道の水たまりに街頭の光が反射していた。
ほうじ茶で温まった体で心地よく歩いて帰って、ヘッセを読んでみようと思った。面倒な青年の話だが、描かれる世界はやはり、穏やかな光のある世界だった。
川面の光はまぶしくかがやいている。魚の影が、石の間をすり抜けて動いている。川の流れの速さが見えているみたいだった。そこに釣り糸を垂らしている人が大きな石の上に、立っている。川岸には乗られなくなった川船が、川岸に肩を置いているように浮かんでいた。その先は暗くなった岩陰が、とても深く光を通さない水が静かに漂っていた。雨が降ると、川幅が一気に広がって、川底の深さがわからなくなる。私は、サンゴを見るために海に向かう。この川の下流の先にある海に。
道の水溜まりは、不思議なもようになっている。あの絵本の雨はこんな雨だったのかも、ニューヨークの裏町の雨。
お嬢さん、薔薇の香りがしていたな。雨の潤いに、しっとりとした香りだった。喫茶薔薇から見える庭は、雨が似合っていた。パリの庭に雨が降るとこう見えるのかなと思って眺めていた。お嬢さんは南の海のことを聞きたかったのか今度会ったら、茂みを抜けて広がる浜の話をしよう。
茂みを歩いて出ると、白い砂浜が広がって、数人の人がのんびり海をながめていた。昨日までの雨の気配はすっかり消えて、太陽が輝いて遠浅の海からは潮の香りと波の音が響いていた。
「おはよう、お嬢さん」
「コータローおじさん、つえでひょっこりひょっこり、後ろ姿でわかりました」
笑ったな、私はふりかえっていった。
「今日は喫茶薔薇で、コーヒーにしましょう」
「砂糖入り」
「いえ」
「ミルクは」
「無し、です」
「えっ、またブラック」
「いえ、白くないやつです」
「ブラックですよ」
「いえ、今日は青い海のお話です」
「塩をつけるんですか」
「いえ、ブラックです」
「コータローおじさん、まわりくどいです」
私たちはゆっくりまたバス通りの喫茶薔薇に向かった。
グランドの枝垂れ桜の花が朝日で優しい桃色の影を、空に、映していました。
私は店について座るなり、
「沖縄のことです」
「沖縄懐かしい、昨年やっと行きました」
「パンデミックというのが落ち着きましたからね」
「沖縄のビーチですか」
「いえ、海ブドウとそばのことです。ヨモギ付きです」
「行きました」
「遠浅の海にできる道、ニライカナイに行きましたか」
「いいえ」
「底が見える、ちいさな陶芸の美術館のことです」
「茂みにできた細い道を抜けると、白い砂浜が広がっています」
「そこにあるのですか」
「いいえ」
「砂浜ですね」
「はい」
「砂浜に何かありましたか」
「いいえ、なにもありません」
「うみはみえるでしょ」
「はい遠浅で済んだブルーの海に白い波がこちらに寄せてきます」
「波打ち際を裸足で、歩きましたか」
「いいえ、砂浜を歩きました」
「私は波打ち際を歩くのが大好きです」
「コーヒーが来たので飲みましょう」
「はい」
「砂浜は歩いただけです。少し歩くと岩になって、磯歩きをしました」
「おもしろいでしょ」
「はい、小魚が泳いでいるのを見ました」
「このコーヒーカップ、焼き物ですね」
「はい」
「沖縄も伝統的な焼き物があります」
「そう、なんですか、それで磯歩きは」
「磯歩きは楽しかったですが、私は仕事で、沖縄の焼き物の撮影に立ち会わなくてはなりませんでした」
「コータローおじさん、それで」
「沖縄には私の恩人がその焼きものの美術館を建てて、まだいけてないんです」
「そうですかざんねんですね」
「でも自宅と、アトリエ兼ギャラリーに行っておいしいコーヒーをいただきました。沖縄の不思議な植物に囲まれた。高台にある建物で本とやきものをたくさん見ることができました」
「おじさん、やっと今日の話になりましたね」
「沖縄は雨のおおいところで私がいたわずか3日の間、好天に恵まれました」
「それで美術館は」
「もう出来ていますが、まだいけていません」
「コーヒー冷めますよ、飲みましょう」
「はい美術館は好きですか」
「なかなか行っていません」
「わたしもなかなかいけなくて、杖になってからは一度も行けていません」
「私も、縁の無いところです」
「でもグランドの周りを歩いていると美しいものはたくさんありますね」
「はい」
「今度グランドあたりでまたお会いできると思うので、私の話だけですみませんが、コーヒーを飲んで帰りましょう」
「はい、コータローおじさんでも少し」
「少しなら、わたしはいそいでいませんから」
「どうして、桜に虫がいるんでしょう、いやな虫」
「お嬢さんにつく虫は嫌な虫ですか、美人さんには、虫が生きるためにむしがついてしまいますから、でもいい虫と悪い虫がいるのは、ご存じですね」
「美人ですか」
「はい、お嬢さん。いい虫は、悪いことはしません」
「おじさん、そうですね」
「あめにならないうちに帰りましょう」
私たちはゆっくり、店を出て帰った。
私が家に戻ってしばらくして雨になった。さくらの美保さんも満開になっていた。
「おはようございます」
「コータローおじさんまた会いましたね」
「おはよう、美人さん、虫はついていないですよ。いい人がむかってくるといいですね」
「コータローおじさん、わかりました。よーい、どん」
「はい、ひょっこりひょっこり」
私は杖を突いて早歩きをしました」
「コータローおじさん、聞いて」
「はい」
「その虫嫌い」
「雨になったら逃げますよ」
「おじさん、ころしていいですか」
「むしはささないのでにがしてあげてください」
「コータローまた、てきとうにいったな、走れ」
「はい、桜の美保さん」
「みせるっていったでしょ」
「おじさん桜とまた話してる」
「はい」
「虫は逃がしました」
「ありがとう、美人さん」
美保さんも喜んでいました。
ラジオ体操が始まります。
「足をそろえて、いちに、さん」
ラジオ体操を二番までやり終わったら、
「頭が(こ)でおしりが(つ)の言葉いくつ出ますか、毎度のことですけど」
老人が答えていきます。
雨になりそうな空がまだ続いています。
「お嬢さん、走ってあせをかいたでしょ」
「松葉杖ははずしてきました」
「おいち、に、さん」
リハビリはつづきます。
「お嬢さん、喫茶薔薇でお話ししましょう」
「はい、いいですか、私についた虫はいい虫でした」
「それはよかった」
「長く時間を過ごしてください」
「コータローおじさんにも一度あってもらってもいいですか」
「恋の始まりですね」
グランドから犬のなき声が聞こえてきました。
喧嘩、しています。
「お嬢さん、お会いしない方がいいでしょう」
「でも、お願いします」
「喫茶薔薇にしましょう」
「コータローまたやったな、今度は知らないよ」
あたりは奇妙な、明るさに包まれています。
「コータローさん、いい虫はどうしよう」
「神様にはいい神様と悪い神様がいるそうです」
「はい」
「いい神様はいたずらをしません、悪い神様は、いたずらをします。どちらも神様だそうです」
「神様ですか」
「はい、女将様です」
「女将ですか」
「はい、いい女将はサービスしません」
「それで虫はどうなんですか」
「それはお嬢さんが決めることです」
「いい女将は、無駄な料理は出しません」
「無駄な料理ですか」
「はい、おいしいおにぎり一つで、食事がすみます」
「虫はそれを食べてくれるでしょうか」
「心配いりません、お米をよく見てご飯にしてください」
「虫はおいしいと言ってくれますか」
「お嬢さん、いい虫なんでしょ」
「はい」
「心配することはないでしょ」
「そうですね、いい神様です」
「それはあなたなんですよ」
「はい」
「奇麗な手を持っているでしょ」
「はい」
「また雨になりましたね、傘は」
「ありません」
「しばらくここでゆっくりしましょう」
私は、こくりと寝てしまった。
「コータローおじさん、この虫は、大事にします」
「はい」
私は夢を見ていました。
桜の枝から、雫のように花が咲いています。夜の雨で、美人さんになりました。
「コータローおじさん、この虫やっぱりたいせつにします」
「そうしてください、毎日笑顔で過ごしてください」
私は、ゆっくりコーヒーを飲みました」
「今日のお話は」
「オジサン寝ていましたよ」
「今日のお話は」
「はい」
「突然、裕二のお父さんですね」といって、タクシーに傘を閉じて乗ってきたんです」
「はい、その虫ですか」
「はい」
「同じ方向だったので酔ったのですが知らない美人さんでしたお嬢さんのような」
「きっといい虫です」
「よかった」
といって、くるまをとめておりていきました。
「おじさん、コーヒー」
「ゆっくりのみましょう」
「おじさん、私の虫にあっていただけますね」
「今度ベンチで」
「お願いします」
「今日のお話は、夜の雨道のことです」
「風が吹いて、私は自動販売機で、清涼飲料水を一本買って、傘をとじて、半分体を濡らして飲んでいました。向かいの桜を見たら、涙を流していました。ようやく花びらをつけて、今年も会えたねと話しかけたのです。翌朝、目が覚めて、窓から桜を見たら、角の桜の木がすっかりなくなっていました。私は、驚いてほかの木はどうなっているのかと窓を開けてみていたら、突然玄関のチャイムが鳴ってドアを開けたら知らない女性がたっていて、「次の棟のものですが、住民の総意で、桜を切ることにしました。こちら虫は大丈夫ですか」
「虫といえばテントウムシがたくさん階段にきているだけですよ」
「そうですか。私たちのほうではどの家にも、毛虫が家にはいってしかたがないんです。賛成のサインをいただかないと困るんです、と言われて不思議に思いましたが、一応お困りならとサインしました。その年、グランドに向かって咲いておいた桜の木はすべてきられてしまいました」
「そうなんですか、もっとさくらの木があったんですね」
「はい」
「虫はいい虫ではなかったようです、いいむしさんによろしくいってください」
「はい、とてもいい虫です」
「大切にしてあげてください、ゆっくり桜をながめましょう」
「はい」
「橋を渡る手前に広いグランドがありました。小学校に向かう橋です。
とても桜がきれいに咲いていたところです。そこにはいろいろな虫がいてよく虫取りをしたところですが、うるしのきがたくさんあって、長袖で遊んでいました」
「雨の夜の道ですよね」
「はい、ですから虫のことです」
「いい虫でした」
「承知しています、大切にしていい女将になってください、お嬢さん」
私、一口コーヒーを飲んで、
「そして、ある夏の日の夜、川が氾濫して、しばらくそとにでることができない日がつづきました。晴れた日が続いたので私はこっそり家を出て道を歩いていきました。道のあちらこちらが崩れて道幅がせまくなっていていつもの曲道があって安心してついていきました。グランドについたら、石だらけで虫取りは出来なくてセミしか泣いていなくて、これで兜虫もクワガタムシも全滅だとおもいました。その夜家族は集落で一番の高台にある家で食事をして、多くの人たちとねどこを作って寝たのですが、真夜中にゴトゴトと地響きするような音が響いていて、大人の人たちが窓側に行って、外を見ていました。暗い夜でしたが、夜の12時まで起きても怒られなかったので、面白い夜でした。」
「それでオジサン、虫は」
「虫はしばらく、川原からいなくなりました。魚の姿もいなかったのですが、川の流れが静かになって川に行ったら、いしでかこまれた水のなかに、魚がいて、わたしはくらくなったのもわすれてさかなをつかんでいました。そして豚小屋も鶏小屋もみなくなっていました。ちかくにすんでいたお医者さんの家も、なくなっていました。わたしはそこに遊びに行ったとき看護師のおねえさんがいて布団にいましたが、わたしに一緒に布団に入って寝るように言われて気持ちよく眠っていました。私は、いつの間にか家の布団で寝ていました」
「おじさん、それって、私は追い出しますよ」
「まあそうだったんですね、でもとても気持ちよく眠っていたと思います」
「おじさん、わかりました、虫はいなくなったんですね」
「はい」
「桜の木もなくなりました」
「グランドの桜ですよね」
「はいそうです」
「さっきグランドの桜は満開でした」
「はい、でも駐車場の前の木はなくなっています」
「それで虫もいなくなったんですね」
「はい、その年から、虫の話は聞いていません、残念なことに。ツヲップ、パン屋さん知っていますね」
「はい」
「団地の前の桜並木がなくなった年に、ツヲップで団地桜マップができて、もうきえたところが名所になっていました」
「おじさん、桜がなくなって虫が消えたんですね」
「そうですよ」
「虫は桜が運んできたのかな」
「そうでしょう大切にしてください、あなたは美保さんと友達だからあなたがいるうちは虫はきえません」
「あー助かった」
「長くなりました。コーヒーを飲んで帰りましょう」
「はい」
グランドの桜の枝がゆっくりと揺れていました。
「お嬢さん、グランドにはたくさんたのしみがありますね」
「喫茶薔薇の前からも桜は見えていますね」
「はい、ツヲップのパン、私も好きです」
「後ろから肩をたたかれました」
振り返ると美人さんが、迷惑そうな顔をして、後の人を指さしていました。
私は、しかたないのでうしろにまわって一人分開けました。
美味しいパンの香りを楽しんで50分、ならんでいました。ようやく私の番になって、店に入るともうすでに店の中もようやく歩ける広さで少しずつ動いていました。私はいつもの食パン2斤、クロワッサン、バゲットをとりました、支払いのレジで袋になるのが楽しみで、息子にと思ってカレーパンを一つ買いました。私は背を描きながらいえにかえっていきました。途中でコーヒーを飲もうとしたのですが、小銭がなくて諦めました。ほどうのうえこみにさくはなのかおりがあまくて、ようやくきせつがかわったとおもいました」
「おじさん、今度ベンチでツヲップのパンとコーヒーにしましょう」
「はい、雨が止んだので、そろそろ帰りましょう」
あれ、また私は夢を見ていた。大きなあくびで目が覚めたら、ベッドの上にいた。また美人のお嬢さんに会ったみたいだ。最近は犬を連れて散歩をしている。
では、また明日。
私は家に帰って一寝入りして、川と桜を眺めていた。
「グランドの向こうに流れる川を見下ろす山の中腹に白い山桜が咲いてくると、ブラスバンドの練習が始まって校庭では体操の女子部の練習が始まっていました。虫は、外廊下にはいつくばって動かないでいました」
「虫はいたんですね」
「はい、いろいろな虫がいました、まだ飛べない虫ばかりでした」
「わたしのむしも飛べないんです」
「お嬢さん、好きと言いましたか」
「いいえ」
「それでは水を飲ませてあげてください」
「砂糖は」
「無し、です」
「ミルクは」
「いりません」
「水は、ブラックですね、氷は」
「そうですホットにしてください」
「それで虫は飲んでくれますか」
「大丈夫です」
「はい」
「あの」
「はじめまして」
「はい、虫さん」
「これ飲んでいいですか」
「どうぞ」
「あれ、ぼくは大好きです。あなたをとても」
「やったー。」
お嬢さんは片手を上げて喜んで飛び上がりました。
「お嬢さん、よかったですね、優秀な虫でした」
「はい、幸せです」
「それではかんぱいのコーヒーに、しましょう」
「ブラックですね」
「はい」
「チューリップが咲いています。タンポポも咲いています、畑のキャベツ畑にはモンシロチョウがとんでいます。幸せを運んでくる神様です」
「おじさん、紫陽花は」
「紫陽花も咲いています。あじさいのうえをあるくてんとうむしはかならずとけいまわりです。なぜでしょう」
「右利きですか」
「触覚がかならずひだりにおれてめしべをみているからだとおもいます。かならずそうなんです」
「カタツムリは」
「カタツムリは昇っていきます」
「面白いですね」
「必ずそうなんです、ファーブル昆虫記は読みましたか」
「はい」
「私はシートン動物気しか読んでいません。狼王です」
「おじさん、でも虫のことですよ」
「そこの虫、ちゃんともう一度言ったら」
「はい、大好きでーす」
「やったー」
お嬢さん又勝手をあげて飛び上がりましたね。
雨が止んだ。その虫もはばたくときになった。
「お嬢さん、今度会ったら挨拶だけでいいですね」
「笑っていいですか」
「笑うんですね虫と一緒に」
「はい」
「ありがとうございます」
私は、もう一度ヘッセを読みなおそうと思った。
「ワンちゃん」
「今日は」
「はじめまして」
「ジョンです」
「はい、またジョンですね」
「え」
「すみません、祖父がシェパードのジョンを飼っていて、よく散歩に連れて行ったんです。狭い石段を登っていくと広い、ぞうせいちがあって、走らせていました。飛行機が飛んでいて、海が見えたんです、その下に電車が走っていきました。ゴトンゴトンと走っていました」
「すみません、この子は、このグランドしか知らないんです。海を見ていません」
「お嬢さん、カモメのジョナサンさんって知っていますか」
「古い映画ですね」
「はい、五木ひろしの翻訳でヒットした、物語です」
「ジョナサンは、一人で悩んでいたんです。うまく空を飛べないって」
「かわいそうなカモメですね」
「ええ、ジョンは走るのが好きでしょ」
「このグランドをよく走っています」
「追いかけるの、大変ですね、ひざに気を付けてください、では」
私は杖を突いて歩き始めました。
「お嬢さん、空は遠くまでつづいています。このグランドも海の向こうの空とつながっています。明日もきっとご挨拶できますね」
「おじさん杖で歩いていますね」
「はい、いつもこうです」
「おいコータロー走れ」
やばい、聞こえてきた。笑うな。
「ご挨拶できてありがとうございます」
「やった~」
お嬢さんまた片手をあげてジャンプしました。
ワンちゃんもよろこんでいます。
あ、起きよう、体操だ。
雨の景色が、見えて傘の動く様子が見えたので私は、今日はしょうがないと思って、部屋でラジオ体操をした。
「水が流れるんです。石の道の横の溝に、でも魚はいません、虫もいないんです、土間を抜けたところに庭には鯉がいたんです。ジョンの小屋はそこにありました」
「ジョンがいたんですね」
「はい、行くと起きて私を見てくれます」
雨の日は連れ出したら怒られるのでしゃがんで見ていました。土間では朝食の支度が始まっていました。市場からおばさんがもってきたたこをまるごとゆでていました。いい香りでしたジョンも喜んでいました。
「部屋にお膳ができていたので私は土間から部屋にあがって道に向かう部屋に行って格子戸から、自動車が通るのを見ていました。あ、つまんないですね、私のジョンは死んでしまいました」
「おじさんまた会ってください。ジョンも嬉しそうですから」
「ありがとうございます」
「欄間があったんです。始めて見る、字の額でした。その隣に物語のような絵もありました。キレイな色だなと思ってながめていましたが近づいてみてみると糸で刺しゅうしてあったものでした。部屋の奥には立派な仏壇がありました。勝手口と大人が言っていた入り口は、車道にすぐ出る土間でした。トイレとお風呂は寒い土間を抜けていかなければいけませんでした。」
「おじさん、ベンチで話しませんか」
「すみませんでした。ジョンの散歩の途中ですね。今日はこれでおしまいです。またおあいしましょう。ジョンまたね」
今日は風が強かったので桜の花びらもずいぶん飛んでいました。
「おはよう、ジョン。机には花が置いてあります。枯れて花びらが落ちてしまいます。でも茎の一つにはもう次のつぼみが膨らんでいるんです」
「オジサンベンチで」
「はい」
「花は草むらで可憐に咲いています。桜も何とかまだ咲いていますね。花びらで道が白くなってきれいですね」
「おじさん、今日は花ですね」
「はい」
「コーヒーにしましょう、持ってきました。砂糖は」
「いりません」
「ミルクは」
「無し、です」
「ブック」
「はい、ブラックで」
「オジサンカップはこれでいいですか」
「はいありがとうございます」
「花は好きですか」
「いいえ」
「花とお話したらいいですよ」
「え」
「この桜の美保さんも話してくれますよ」
ベンチには、花びらが舞っています。
「コータローさん、今日はのんびりしてますね。走れ」
「はい」
「え」
「走れって、言われてしまいました」
「おじさん誰に」
「美保さんです」
「本当に話しているんですか、ジョンと一緒に走りますよ、コーヒーは置いていきましょう」
「はい」
「ジョン、走るよ」
「ちゃんと走れ」
「杖を突いて、ちゃんとはしるよ」
「とろい」
「厳しいな」
「走れ、コータロー」
「お前聞いたな」
「よく聞こえたよ」
「ジョン、お腹すいたな」
「コータローだまってはしれ、とろいぞ」
「ジョン風のように走れ」
「コータローうるさい」
「おじさーん、だれとしゃべっているんですか、コーヒー冷めますよ」
「おっといけない、食べてからだジョン、さきにいってろ」
「オジサン交代よ」
お嬢さんまた、片手をあげてジャンプして走り始めた。
「今日も花が咲いてくる。タンポポだ」
「おじさん、ツクシが出てる」
そうか、季節が動いた。
花畑にはチューリップとネモヒラが咲いていました。明るい日差しで桜は満開で花びらが青い空に舞っていました。
「昇れって、言って」
「昇れ」
おとこのこがおどろいてこちらをみていました。
「お母さん、昇れって、言って」
「昇れ」むこうのほうからおかあさんのこえがしました。
「くそ爺また余計なことを言って、おかあさんがいるのに」
モンシロチョウがこちらを見て笑っていました。
「コータロー、鉄棒を5周しろ」
「はい」
「おじさーん」
ああジョンがきた。
「こらくそ爺、また余計なことをしたな」
お腹すいたな、わたしはなにをしているんだろう。また寝ぼけてしまった。
私はテーブルの前で、空になった皿を見つめて驚いた。いつの間にか一時間たっていた。
「お嬢さん、またジョンの散歩ですね、おはようございます、モンシロチョウが飛んでいますよ」
「森の緑がきれいですね」
「ラドセルですね。角にある店のランドセルは素敵ですよ、制作しているところは近所にあります。大きな桜の木が咲いているところです」
「そういえば入学式ですね」
「都会の住宅街です。にぎやかな街ですが、しずかなじかんがながれていて、おにぎり屋さんがあって、気になっていました。毎年奇麗に満開になっている桜です。夏にはクチナシが咲いて、甘い香りが漂っていました。そういえば薔薇の蔓を壁にはやしている家もありました。私は側道をゆっくり歩いて、おにぎりを食べるところを探していました。お腹がすいていたんです」
「ジョン、行くよ」
「あ、散歩ですね」
「コータローおじさん、いい加減だまって、朝は静かにしていてください」
「あ、また怒られた」
「おじさん、花のはなしですか、おにぎりですか」
「ごめん美保さんにおこられたのでしずかにっていわれました」
「そうですか、場所をかえましょう、向こうのベンチは、日当たりがいいですよ」
「はい」
わたしたちはたって、ひだりに続く道を歩いていきました。桜の枝が揺れていました」
「花のことです」
「そうですかおにぎりは、おかかですか」
「自家製の梅干しです」
「紀州ですか」
「ええ、青梅です」
「青梅はなっていませんか」
「あ、失礼、柏のものです自家製です」
「コーヒーは」
「ブックです」
「水は」
「ブラックです」
「ケーキは」
「チーズケーキ」
「お嬢さん、ジョンが走りたいみたいですよ」
「おじさんに交代します」
「はい、どっこいしょ」
私は、杖を突いて立ち上がりました。
「ジョン、いきますよ」
「曇り空の向こうには海が広がっていますよ」
「コータロー海は見たこと無いよ」
「美保さん、海は静かに空を映していますよ」
「コータロー海のスケッチはないの」
「ずいぶん昔の、鎌倉の海岸を描いたものがあったが、出てきそうにないよ」
「コータローの役立たず」
「コータロー走らないの」
「ジョン、ごめん待たせた」
「コータロー誰と話していたんだ」
「聞こえたろ、桜の美保さんだよ」
「奇麗な声だったので、驚いたんだ」
「ジョン、ありがとう」
私たちは道を走っていった。
「お嬢さん、広場に向かいますか」
「はい、交代しましょう。菫」
「菫の紫葉、濃いと薄いのとどちらが好きですか」
「濃いのです」
「どちらが好きですか」
「濃いのです」
「コーヒーも濃いのが好きです」
「あれ、薄かったですか」
「いいえ、おいしかったです。濃い紫の菫は上品ですね」
「薄くてはだめですか」
「明るい菫は可憐でいいです」
「おじさん、交代です」
「ジョン、止まれ」
「はい、コータロー、僕は薄くてもいいですよ」
「ジョン、明るいほうがいいんだろ」
「いいえ、薄くていいんです、なかなか出会えません」
「ジョン、はい」
「ありがとう」
「バター味の、うすいほうよ」
「美味しい、まだ走ります」
「ジョン、広場に向かうよ、はい」
お嬢さんは小枝を遠くに投げました。
ジョンは勢いよく駆け出しました。
私はベンチにもどりました。
「行ってきまーす」
広場のほうには桜の花が咲いています。
菫も濃い色のが、ささやかに木の根元から顔を出していました。
「ジョン、走れ」
「おじさん、こっち」
「そっちか」
「こっちの水は、甘いぞ」
「そっちの水はブラックじゃないのか」」
「ストレート」
「速球か」
「オジサンギャグじゃないぞ」
「こっち、枝をつかんだよ」
おっちらおっちら。私はジョンに向かって杖を突いて歩きました。
「おじさん、走れ」
「ジョン、よこせ、投げろ」
「おじさん無理よ、菫は濃い色のほうが、好きよ」
「やばい、救急車だ」
「オジサン菫よ」
「菫は描いてないな」
「おじさん、とらないで。しゃがんで描いて」
「しゃがむのか」
「おじさん、描いてよ。美保さんばかりよ」
「知っているの」
「もちろんよ」
「菫さん、ジョンの散歩が終わってからにするよ」
「おじさん、しゃがむの、抜くのは嫌よ」
「車いすに座って、にするよ、今度ね」
「おじさんずるい」
「ごめんなさい、菫の,紗都美、さん」
「私、紗都美じゃない。美里よ」
「美里さん、がんばっているね」
「おじさん、鉛筆で描くの」
「そうだよ、鉛筆と水彩」
「見せてね」
「美里さん、この爺うそばかりよ、おじさん嘘は泥棒よ」
「嘘、で既に泥棒、はじまりじゃないんだ」
「そう泥棒、私の真心を盗んだの」
「美里さんきびしい」
「このくそ爺、いつも私にうそをついて平気な奴め」
「この前2度部屋から見せたのに」
「2度もインチキ、みえるわけない、だろ」
「すみません、持ってきます」
「又嘘だろ、泥棒」
「やばい駐在さんだ」
「おじさんだれとはなしてるの、わたしです」
「駐在さん、すみません、ゆるしてください」
「おじさん私よ、ジョンのひとよ」
「はい、駐在さんになってもらわないと、許してもらえないんです」
「いいわ、交代よ」
「助かった」
「美保さんも、美里さんも、くそオヤジ、笑うぞ」と言って笑った。
森がざわついてきました。土の匂いがぷーんとしてきました。
「おーい、ジョン、雨が近いぞ」
「爺、話はついたか」
「駐在さんが助けてくれたよ」
「またぼけたな、それは私の主人のお嬢さんだ」
「駐在さん」
「いませんよ、わたしです」
「あ、それは失礼しました。これは、これは、お嬢さん、わたしはこの、朽ちかけた住まいにいます、コータローです」
「コータロー翁。わたくしは、道の向こうの屋敷に住む、桔梗と申すものぞ」
「桔梗殿、失礼しました」
「コータローおじさんいきなり狂言は、無し、ですよ」
「失礼しました。桔梗さんもノリがよすぎます」
「あれ、雨ですね」
「とうとう雨になりました」
森は静かになっていました。
「コータローさん、桔梗さんは」
「ジョン、あまり余計なことは言わない」
「はい、桔梗さん」
「そろそろ帰りましょう。ぬれてしまいます」
「コータローさん、今日の天気のように不思議な時間でした」
「はい、楽しかったですね」
「またお会いしたらよろしく」
「よろしくおねがいいたします」
「ジョン、元気でね」
「コータローボケるな」
「ジョン、また空の向こうを見よう」
「いい加減にしろ」
私はゆっくり杖を突いてもどりました。
気が付いたら、またベッドの上で下。
「菫の美里さん、雨で泥水がはねてしまいますね」
「美保さんの枝で、守ってもらっています」
「え、聞こえたか」
私は、いつの間にかそのまま眠っていた。
起きて、窓を開けると青い空が広がっています。
「帰郷さん、今度喫茶薔薇でおあいしましょう、ジョンは入り口にちゃんとせきがありますから」
「コータローおじさん、コーヒーですか」
「はい」
「砂糖は」
「無し、です」
「ミルクは」
「いりませえん」
「水は」
「ストレートで」
「美里さん、自分で頼みます」
「ブラックですね」
「いいえ、悪いことはしません」
「でも、怪しいです」
「妖怪でもありません」
「幽霊でしたか」
私はまだ寝ているようだ。
「桔梗さん、コーヒーは飲みましたよ」
「いつの間に、今日は持ってこなかったのに」
「今飲みました」
「ブラックですか」
「はい、ストレートの水付きです」
「ジョンは」
「くそ爺、気やすく好き桔梗さんと話すな,噛むぞ」
「やめとくよ、ジョン、飛行機が飛んできた、電車が、ゴトンゴトンと走っているよ。蠣いかだも見えるよ」
「やっぱり爺はボケてるな」
「ボケたか」
「ジョン噛んでくれ、目が覚めるよ」
「噛むか、駐在につかまってたまるか、本官は警察犬だ」
「これは、これは、失礼しました」
「爺、いい加減帰ったらどうだ」
あれ、私はずっと家の中だ。
まだ目が覚めてないのか。
青空の下で子供の声がしてる。
「ジョン」。桔梗さんはどこへ行ったんだ」
「森の中だよ、面倒くさい奴」
喫茶薔薇には、スロープがあるからわたしも、杖で歩けるしジョンも歩いて行ける。バスで移動するのは難しい。
「おい、コータロー、何をぶつぶつ言っているんだ」
「ジョン、また聞こえたか」
「コータローおじさん」
「はい、桔梗さん、今呼ばれたと聞いたが」
「言わずとも、聞こえたと覚えました」
「さて、なんと」
「ですから、コータローさん、喫茶薔薇に行きたいんですか」
「はい」
「今日は、菫の美里さんを描いたので」
「出来たんですね、でしたら、お見せにあらないと」
「はい、家で仕上げて明日にでも」
「嘘をついたら、逮捕ですよ」
「詐欺でないのに逮捕ですか」
「当り前田さんです」
「分かりました、できなかったら出頭します」
「それもできなかったら、おしまいですよ。国会の答弁じゃあないですね」
「はい、マスコミが切り取って伝えるからいけないんです」
「でも、私は今聞きましたよ」
「そういう現象も起きましたか」
「今度から録音しますよ」
「厳しい」
「当然です。美保さんも証人、です」
「美保さん、私は今うそをついたのでしょうか」
「コータローさん、わからないんですか」
「そうですか、うそを言ったみたいです。雨で水に流すことにしましょう」
「今日は雨にはなりません」
「ジョン、雨の匂いはしないのか。喫茶薔薇にちかいうちいきましょう」
「今度はいつですか」
「今日ではなく、です」
「仕方ないので承知しました」
「ありがとうございます」
私は、喫茶薔薇の入り口たっていました。
スロープがあってよかった。階段を上がるようになっていたので、この店は無理かと思っていたのですがスロープがったので、安心して杖で歩けるなと思った。階段だとちょっと、あぶなかったかもしれない。でもかいだんがあるから、ドアまでいける。ないのでできないと思うのではなくあるものをうまく使う工夫が大切なんだ。
「桔梗さん、あるから何とかします、うそではありません、ありがとうございます」
「コータローさん、どうしましたか」
「いえ、ありがとうございます。ジョンきみにもおれいをいいますよ」
明日またグランドの青い空を眺めているだろう。
私は杖で一歩ずつ上がっていく、ちゃんと鉛筆を持っていく。
「また会いましたね」今日もきれいですね」
「美保さんも緑のシャツが素敵です」
「私は」
「風に揺れて可憐ですよ、美里さん、昨日描いたんですが失敗でした」もう一度描きますよ」
「嘘」
「ではありません」
「コータロー、本当か、僕も行くよ、喫茶薔薇に」
「ジョンの席もちゃんとあるよ」
私はゆっくりとバス通りに歩いていきました。杖を突いて、階段を下りて、杖を突いていきました。うっかりまたねむったみたいです。目が覚めたら部屋の中でした。
私は目を覚まして広場に散歩に行きました。ジョンはいませんでしたが、雨の後の爽やかな青空の下で緑が、萌えていました。私の後ろで男の子たちの元気な声がしていました。
「始めまーす」
「分かりました」
「だいじょうぶです」
「よろしくおねがいしまーす」
「はしりまーす」
「はじめ」
男の子達の足音が後ろで響いていました。
タンポポも笑っていました
私の手には鉛筆と紙がありました。
「タンポポさん、わらっているね。今年も元気に咲いたね」
私が退院して最初に見た花です。
「あのー」
「はい」
「描いているんですか」
「はい」
「杖で歩くんですよね」
「覚えてくれていましたか、踏まないように歩いていたんです」
靴に土がついたらあらうのが大変だと思って歩いていました。土の感触がよかったんです。
「おじさん、またね」
「はい」
私はゆっくり歩いて帰りました。
「おはようございます」
「おーい、ダイエーの移動販売車だよ」
「美織君も歌っているね」
「コータローさん、杖で歩いていますね」
「はい、おっちら、おっちら、です」
「コータローさん、笑いますよ」
「笑いましたね、私はコーヒーを飲みに行きますよ」
「持ってきました、ベンチでご一緒しませんか」
「はい、ありがとうございます」
「この前美術館のことをおっしゃっていましたね」
「はい、好きですか」
「時々行きます。日本画のあるところによく行きます」
「山種美術館ですか」
「行きました」
「では東京だと、泉屋博古館とか松岡美術館とか、古いものは、根津美術館も楽しいですね」
「庭の美術館も、行きました」
「足立美術館ですね、箱根は」
「彫刻ですか」
「いえ、成川さんとか、足を運ばせると、ポーラ美術館とか」
「行きましたか」
「いいえ、行きたいと思っていますが、杖ではなかなかなので」
「でもよくご覧になっているんですね」
「時々テレビで見るだけです」
「ではコーヒーにしましょう、ブラックですよ」
「はい、出光美術館のお茶のサービスで飲んだお茶は大変美味しかったです」
「出光美術館、どこですか」
「東京大手町のほうです」
「ほかにもあるんですか」
「九州、博多のはずです」
「お茶は抹茶ですか」
「普通の煎茶です、皇居が見えていいですよ」
「何が展示してありますか」
「主に焼き物ですが、食べるほうでなくて、陶芸品です。日本画、東洋の絵画、アメリカの抽象絵画にルオーのいいものがあります。私は、牧谿の作品に出合いました」
「皇居が見える位置なんですね」
「はい、禅の軸も見えます」
「お寺ですか」
「いえガソリンの出光です」
も少し足を運んで、三井美術館とか最近静嘉堂美術館ができました。
「大手町ですか」
「東京駅周辺です、もっとありますよ」
「私は水彩が好きです」
「では、日本橋の、元ブリジストン美術館、今は名称が変わりましたが、そこでセザンヌの素晴らしい作品があります」
「セザンヌ、ですか」
「はい、リンゴの静物画を教科書で見たことがあると思います」
「教科書に出ている絵ですか」
「違いますが、いくつか、教科書で見た絵が展示してありますよ」
「ありがとうございます」
「コーヒー美味しいですね」
「っこら、コータロー、桔梗さんと話しすぎだ」
「あ、ごめんなさい、ジョン」
「ジョン、私が子供の頃一緒によくは敷いたジョンの話なんだけど」
「なんだ、コータロー」
「雨の日の中庭に雫が落ちていてね、ジョンが小屋でこちらを向いているんだ」
「ほう、それで」
「私は小屋を覗いて、しゃがんでいたんだ」
「雨だったんだな」
「そう、電車を見に行くこともできないで、外に出るのは、中庭とさかになった小径までだったんだ」
「わしに何を言いたい」
「君もジョンだろ、あの時君は何を見てたんだ」
「あー、侍だ」
「え、侍って」
「血の着いた刀を持った侍で、雨にぬれていた、手紙を持っていて、これを届けろって、いうんだ」
「それでジョンは預かったのか」
「ワンと言ったらどこかに行ったよ」
「それは黒い革の手帳じゃないよな」
「手紙だった」
「はがきか」
「手紙」
「手紙は日本では手紙だけど中国では違うよ」
「面倒だな。書状だ」
「あーそうだったんだね、君は不安そうな顔をしていたんだ」
「コータロー、また適当な話を作ったな」
「いや、本当のことだ」
「お前また、駐在を呼ぶぞ」
「ジョン、ありがとう」
「コータロー、見えたのか」
「書状だったんだ、それなら違ったやつ」
「黒革の手帳があったんだ」
「読んだら、中国戦線のことだった、ほかにも日露戦争中のものがあったんだ。せんいんばりというのもちゃんとあったよ」
「コータローそれはややこしいな」
「ジョン、寒くなかったか」
「寒かったよ」
「雨が止んだら、また走ろう」
「桔梗さんも一緒だ」
「ジョン、今度書状があったらもらってくれ、見ておくよ」
「ずいぶん昔のことだからな」
「覚えてくれてたんだ」
「草津のタコはおいしかったよ」
「おじいさんがくれたご飯がうまかった」
「ジョン、雨が止んだら」
「そのうち止むさ」
「空の機嫌に、いちいち付き合っていられないよ」
「それもそうだな」
「コータロー桔梗さんに、なんで声をかけた」
「ジョンがいたからさ」
「コータロー、お前、ダメだな」
「そうか」
「コータロー、桔梗さんと話でもあるのか、喫茶薔薇に誘ったろ」
「いや、コーヒーを飲もうと思っただけ」
「馬鹿、コーヒーなら一人で家で飲んでろ」
「それもそうだった」
「桔梗さん、ジョンに叱られたから喫茶薔薇はなしにします」
それにしてもこの歩道ジョン何か思わないか」
「お前、今度は道に文句でもつけるのか」
「歩いていて凸凹だと杖を突きにくいと持っただけだよ」
「お前結局文句を言ったろ」
「そうだった、ちょっと怖いことがあったからね」
「おまえそれはおまえがちゃんとしないからだろ」
「ジョン、わかったよ、喫茶薔薇も一人で行くよ」
「桔梗さん、ジョンは、電車を見て、走っていたんです」
「コータローさん、ではこれからジョンを走らしてきます」
「コータローもう邪魔するな」
「分かったよ。ジョン」
「コータローさん」
「はい、美里さん」
「タンポポさんの名前知っていますか」
「まだ聞いていません」
「聞かないんですか」
「はい、聞いてみます」
「コータローさん」
「はい、タンポポさん、私はコータローです。よろしかったらお名前教えてください」
「日向子、です」
「ありがとうございます、日向子さん」
私は、ゆっくり歩いた。
「ジョン、行くよ」
「桔梗さん、走ります」
二人は風のように走っていきました。
「日向子さん、ありがとう、いつも見ていますよ」
「コータローさん美里さんや美保さんは描いてるのに、私は」
「何度か、描いているんですよ、また描かせてください」
「私が飛ぶ前に、必ず、ですよ」
「そうします」
「おい、コータローまた駐在が来るぞ」
「美保さんきつい」
花びらを散らして喜んでるのに。
「何と言った、喜んでいない、怒ったんだ」
「また聞いたね、ごめん」
「日向子さん、近いうちに、うそにしません」
「嘘だったんですか」
「いいえ」
「ジョン達に誓ってください」
「はい」
「ジョン、風になったな、うそは言わないよ、書状を読むから」
「コータロー、なんでそこにいる、走れ」
「ちょっと、水を飲んでくるよ」
「なんだ、つまらん」
「ジョン行くよ」
「桔梗さん、漁港には海の上に家があるんです」
「素敵、コンドミニアムですか」
「いいえ、船に人が住んでいるんです」
「船上生活の人ですね」
「はい、おばにつれられてよく港に行くと、船に人がいて、ご飯を食べていました」
「漁港の向こうには海が広がっているんです。かわでしかおよがなかったわたしはうみにはいることがしんじられませんでした。ときどきさかながおよいでいるのをみつけてよろこんでいました。釣りをしたいと思ったのですが、エサをどうするんだろうと思いました。川で釣りをするときは川の石をひっくり返して、虫を取って釣り針につけてつっていたので、針になにをつけるんだろう、とおもっていました。おばは仕立てた着物を納めにきていたのです」
「ルアーフィッシングはすこししたことがあります」
「そうですか、釣りもやってみたいのですが、杖の身では野球もできないので」
「そうですか」
「虫取りも好きでしたが、今は追いかけることができません」
「虫は怖いです」
「菜園もやってみたいのですが」
「私は週末借りてやっていますよ」
「そうですか、一度うかがってもいいですか」
「はい、彼氏と週末に持っていますので、ジョンも好きなんですよ」
「おい、コータローいい加減にしろ、これからはしるのに」
「あー、そうだった」
「何があーだ。桔梗さんから離れろ」
「君は優秀な番犬だね」
「冗談を言うな、警察犬になれるんだぞ」
「警察それは失礼いたしました」
「桔梗さん、ジョンに怒られた、はしります」
「そうだコータロー、走れ」
「日向子さんは描いていました、また描きます、大切な人です」
「コータローさん、すってんころりん、3回もしましたよ」
「日向子さん、見ていたんですね」
「よく出てくるから」
「バス通りにもいましたね」
「よく歩いていましたよ」
「車いすを片手で引いて後ろから来ていた奇麗な女性でした」
「私はようやく歩いていました」
「桔梗さん、また後で」
「コータロー、うるさい、走れ」
「病室から向かいの部屋のベッドが開いているのが見えていました。その前に階段の上り下りをやって、だなと思ってスケッチを始めたんです」
「コータローさん、こんどみせてください」
「スケッチですよ」
「はい」
「では今度桔梗さんのスケッチをベンチでしましょう」
「今度ですか」
「はい」
「来週にならないといいですが」
「はい」
「来週引っ越しです」
「ジョン、本当か」
「そうだよ」
「それではやめにしておきます。あれ鉛筆と紙を持っている」
「桔梗さん、保育園の教室の廊下側の高い窓のところに画集で見たミレーの落穂ひろいの絵があったんです。
「あれ、落穂ひろい」と栗栖先生に言いたかったんですが、ながめているのが楽しかったので、言わないでいました。ここが砂場だったらいいのにと思ったんです」
「保育園私の職場です」
「そうでしたか、それで引っ越しですか」
「ええ、保育園が遠かったので、引っ越しが決まったので」
「それは生活がいきいきしてきますね、きっと」
「はい」
「おめでとうございます」
「ジョン、おいしい物をもらえるね」
「馬鹿、働かないと食えるか」
「ジョン、確かにそうだ」
「お前、桔梗さんは美人に描けよ」
「当たり前だ、そのまま描いて美人さんだから、楽しいよ」
「コータローさん、お世辞はいいです」
「いいえ、うそは言いません」
「お前、逮捕するぞ、でも本当のことだから見逃してやる」
「はい、大体こんな感じですが、どうですか」
「え、もう、いいですね」
「ミレーのある反対の窓からは広いグランドが見えて、その隅に土俵があったんです」
「砂場は」
「その隣です」
「小学校と同じグランドでした」
「運動会で、町中の人がお弁当を持ってきてお昼を食べるんです」
「町中の人ですか」
「はい。川を挟んだ向こうにあるグランドは、こうずいでだめにってしまって、町の人の花見ができなくなっていました」
そこに向かう途中にある、渡り廊下に、大きな馬の版画をほって刷ったのが飾ってあります。私が夢中になって彫ったものです」
「コータロー、おじさんできたんですか」
「いいえ、後で家に帰って仕上げてきますので、明日にはおわたしします。よろしくお願いいたします」
桔梗さん、ジョンをつれてあるいているな。窓を眺めているとき姜さんが通り過ぎました。
そういえば、お嬢さんの虫は無事だろうか。
「コータローおじさん」
「え、お嬢さんですか」
「はい」
「お嬢さんどこですか」
「家の机の前にいます」
なんだ、空耳だ。
私はもう一度出かけてみることにした、喫茶薔薇に。
階段を杖で降りて、ゆっくり横断歩道を渡って、歩道が平らで酔ったと思いながら歩いていた。
「あ、お嬢さん、あのー虫ではなくて彼はどうですか」
「毎日ベンチで昼食を食べています」
「雨の日は」
「喫茶薔薇かツヲップの2階です」
「チューリップが風に揺れていました。ネモヒラも満開でした」
「穏やかな朝ですね」
「ええ穏やかです」
「バス通りの桜は見ましたか」
「もうずいぶんは花びらが道に落ちていて白くなっていました」
「楽しそうですね」
「ええ」
「私は菫の里見さんをもう一度描きましたよ」
「まあ、見せていただけますか」
「今度喫茶薔薇で」
「はい」
「彼氏さんは元気ですか」
「ええ、大変いい虫でした」
「幸せですね」
「はい」
「今スープづくりに凝っているんです」
「そうですか、まあ温かいスープで目覚めるのはいいですね。野菜,沢山の」
「味噌スープもいいですよ」
「そうですね」
「今度うちで作ってみましょう、スープを」
「はい」
「ツヲップのパンで食べますので、ぜひまたご一緒で」
「コータロー、また、いい加減にして」
しまったまたもめるな。
「ありがとうございます」
「ぜひ、また」
「お嬢さん、また、タンポポの日向子さんいあいました」
「アリと競争して歩いたんです」
「蟻、ですか」
「はい」
「見えたんですね」
「はい」
「ゆっくりあるいてたら」
「走れちゃんと足を出せ。と言われてしまいました」
「スープはないみたいです、キャベツのを作ってみます。コンソメです」
「いただきます」
「はい」
「いってらっしゃーい」
「行ってきまーす」
朝の音が聞こえてきます。
芝刈りも始まりました。こうさもとんでいるようです。
「くしゃみはでませんか」
「いいえ、大丈夫です」
「彼氏さん、元気ですか」
「健康な虫さんです」
「そうでしたか蟻さんと仲良しですね」
「きっとそうです、食べてばかりです」
「キリギリスさんのように音楽は奏でませんか」
「いつもピアノを弾いてくれています」
「ではテラスモールのストリートピアノを弾いてるんですね」
「はい、先日、角田さんと連弾したみたいです」
「そうですか、一度聞いてみたいものです」
「グランドは、引っ越した街の小学校にもありました。その隣にはもう一つ教育委員会の前にグランドがありました。そこで私は木曜の夕方、サッカー教室に通っていました、私はよくわからないでグランドを駆け回っておにいさんとくみあっていました。そこであるとき先生たちの野球の試合があってみにいきました。ほんもののカープの選手だった人がバットでボール打ったら、ものすごいスピードで飛んでいきました。おい、ジョンもつかめないぞ
「痛くてつかめない」
「さすがだな」
「いやー、軽く打ったんですよ」
大人の人がみんな集まってきました。
試合はまだ続いてグランドは暗くなりました。
「打つよー」
「盗塁無し」
私は、川のそばのグランドで野球をしていました。
「お嬢さん」
「はい」
「彼氏のピアノ、聞きに行きます」
「数年前にキースジャレットのピアノを聞いて以来生のピアノの音を聞いていないので、彼氏さんによろしく伝えてください」
「キースジャレットですか、僕も行きたかったな」
「あれ、彼氏さんいたんですね」
「はい」
「偶然いい席を手に入れて、一時間音楽に酔いしれていました」
「コータローさん、ジャズが好きですか」
「はい」
「僕も時々やります」
「ぜひ聞かせてください」
「はい」
「澁谷の夜、雨の日でした。オーチャードホールに向かうのに傘からしきりに雨が垂れて、靴が濡れてしまって、会場にすぐ入れないなと思って私は、カフェでコーヒーを飲んで会場に行きました」
「キースのソロですか」
「はい」
「もう、すでにⅭⅮになっています」
「いっていたんですね」
「はい、知人の女性が、かんけいしてましたので、チケットが入手できました」
「今度機会があったら教えてください」
「はい、でももしかしたらキースはもう日本でやらないかもしれません」
「え、残念です」
「実は長年キースを日本に招聘していた方が、なくなったそうです」
「私は前から5列目当たりの中央でした。隣にスウェーデンからきたというアベックがいました。日本で2ヶ月いて桜を追って、旅行をしてきたそうでした」
「ちょうど今ぐらいの季節だったんですね」
「はい、そうです」
「最初から最後まで即興で初めて聞くフレーズがとても美しかったのを覚えています」
「出来れば聞いてみたいですね」
「私はあなたのピアノを聴いてみたいです。お願いします。テラスモールでしたら家内と行けますので、お願いします」
「そう、ですか、わたしのは、違うタイプのですよ」
「ビーバップとか、とにかく、アップライトもいいですから」
「僕は、ビルエバンスが好きなんです」
「では四谷のイーグル、ですね」
「はい」
「後藤さん、いいかたですね」
「ご存じ、なんですか」
「ゆっくりお話しする機会がありました」
「そうですか、でも僕は、見様見真似のやつですが」
「私の絵もそうなんですから、私は聞きたいです。ぜひお願いします」
「コータローさん、何の話なんですか、彼がこんなに話すことないんです」
「音楽のことです」
「あいみょんさんが好きって言ってましたね」
「はい、よく聞いています」
「では、聞かせてあげてよ」
「お願いします」
「もう少し時間をくださいまた、ご連絡します」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
「それにしても後藤さんとの話って何ですか」
「キースが好きです、後エバンスといったら」
「すごく納得してくれました、隣に村井さんがいたので、大変でした」
「それでぼくでいいんですか」
「あなたの音をぜひ聞かせてください、お願いします」
「二人ともよくしゃべっていますね」
「すみません、ジャズの話です。
「わたしもはいっていいですか、あいみょんさんのことです」
「はい、お願いします」
「コータローおじさん、新曲聞きましたか」
「はい」
「いいですね」
「嬉しいです」
「ジャズは、ダグでも聞いていました。もう一軒大切なボロンテールという店、原宿の店によく通っていました。らせん階段の入り口から見える道はのどかで好きでした。みんなこの店の手前で交差点に戻って電車で、渋谷か新宿に向かいました。このころの原宿は歩くだけで楽しかったですよ」
「今も僕は原宿にいっていますよ、楽しいですよ、でも、よく知りません」
「原宿からキラー通りに抜ける間の住宅街、一時裏原と呼ばれたあたりも楽しかったですよ」
「私の友人がかっこよく手をつないで歩いていました」
「私の彼氏、手をつながないの」
「え、手、をつなぐ」
「君はいつもスマホを見ているからつなげないよ」
「馬鹿、だから手をつないでほしいの」
「スマホって楽しいですか」
「習慣ですから」
「手をつなぐと、新しい世界が見えますよ」
「じゃあ、ほら」
「はい」
「ではゆっくり散歩してきてください」
わたしもゆっくり杖を突いて歩きます。
「あーボロンテールの昼のコーヒーの香りが漂ってきた」
「ブラックですか」
「はい」
「風が出てきたので」
「はい、きっと風に乗った、天使が来ていますよ」
「はい、笑ってしまいました」
「ゆっくり、緑を眺めていきましょう」
「おーい、楽しいか」
「ありがとう」
「君たち鏡を見てごらん」
「鏡ですか」
「そうです、見えますよ、幸せの形が」
「そうですか、でもどちらさまですか」
「かぜにのったただの通りすがりのものです」
「コータローおじさん、聞こえました、僕のピアノの音」
「素晴らしい、ゆっくり聞きますよ、幸せのかたちですね」
「おい、そこの二人勝手に、しあわせになるな」
「あー、美織君も歌っているね」
「美織君って」
「空にいる鳥さんです」
「歌が聞こえるんですね」
「はい、心に響いてくれます」
「僕のピアノ聞いてくれますか」
「はい」
「コータロー勝手に話を進めるな、またもめるぞ」
「ありがとう、ジョン」
「私も聞こえます」
「お嬢さん、いい時間を過ごしてください、手を離さないで」
「はい」
「ゆっくり歩いていきましょう」
「風の天使さーん」
「聞こえたよ」
「この二人の手を離さないように風をしっかり吹いてください」
「コートは大丈夫か」
「そちらは、お日様の天使い任せます」
「吹くぞ」
ホルンの音が響きました。
私は二人のお背中をゆっくり眺めていました。
「塩」
「え」
「塩は大丈夫かしら、地球はどうなるかな」
「近いうち島が四つぐらい消えると思います」
「地震が心配」
「近いうち日本は消滅するらしいです」
「2025年7月に津波が来るらしいです」
「アメリカの著名な実業家が、日本は消滅するといったらしいです」
「塩は大丈夫かしら」
「マイクロプラスチックが心配です」
「そうそうですね、スーパーで買うんですけど、いろいろあるんですが」
「フランスの岩塩、でしたらいいと思います」
「岩塩ですか」
「古い時代にできたものですからきっと大丈夫です」
「そうか」
「コータローさん、また誰と話しているんですか。」
「お嬢さんたち、すみませんうるさくして、ちょっと聞こえたので」
「コータローさん、よっぽど暇ですね」
「はい、これっからスケッチしますので」
「ごゆっくり」
「またお会いしましょう、ピアノ」
「もう大丈夫ですよ、聞こえたでしょ」
「はいもう少し聞かせてください」
数日後私は、お嬢さんから連絡があって、テラスモールに向かいました。タクシーで10分で行けるショッピングモールです。自転車で行ける距離ですが私は、家内にお願いしてタクシーで向い、備え付けの車椅子を借りて、イベントスペースに向かって、軽い食事を澄まして待っていました。
「こんにちは」
「こにちわ」
お嬢さんは薄いブルーのワンピースに白いバックを手に抱えてやってきました。彼氏さんは、パーカーにジャケットを羽織っていました。
「やれそうです」
スペースの中央のピアノは静かに座っていました。
「いい時にやってください」
「はい、全部オリジナルですが、彼女が一曲あいみょんさんの曲を入れてはといったので、大丈夫です」
「音楽は著作権がありますが、興行ではないのでいいんですよね」
「はい、問題ありません、ユーチューブにも出しませんし」
「でもそれではもったいないですね」
「そのほうがいいんです。ストリートピノですから」
「すこし、コーヒーでもいかがですか」
「今はやめておきます」
そして彼はゆっくりピアノに近づいて、ゆっくり席に座って鍵盤の蓋をあげました。
静かに始まった曲は、緑の森に響いてくるメロディーでした。私は静かいゆっくり、外を見て聞いていました。しばらく穏やかな曲調でしたが次第にブルースになってきました。
エバンスが好きと言っていましたが、この流れはキースだなと思いました。20分ぐらい弾いていたと思います。私は聞き終わって、大きく深呼吸して、彼を見て、手をたたきました。いい笑顔でした。
私はお嬢さんを見て、
「ありがとうございます、また、ベンチで森を見ましょう」
というと、お嬢さんは、ハンカチで目を押さえていました。
私はしばらく座っていました。
「まだつづけていいですか」
「あ、そうでしたか」
「気持ちがすむまでお願いします、ゆっくり座っています
彼はゆっくりピアノに向かいました。
ショッピングモールのホールは静かにピアノの音を響かせていました。
「コータローおじさん」
「はい、鳥が歌っていますね」
「はい、よくきこえています」
「手は、まだ、つないでいますか」
「はい、彼の手は暖かいです」
「静かに聞きましょう」
「はい
「嬉しいですね」
水色のワンピースが柔らかい光につつまれていました。
「今度また森で聞きましょう」
「はい」
「しっかり手をつないでいてください」
「おーい、風の天使さん、聞いたか」
「ピアノが穏やかなに響いていたよ」
「届いたんだね」
「聞いたよ、僕は森の枝を揺らして、メロディーを奏でるよ」
「天使さん、二人に祝福を」
「青い空をプレゼントします」
「時々雨で、潤してくださいね」
「太陽の魂も聞いてください」
「僕はのんびり、浮かんでいるよ」
「雲の、天使も喜んでいるみたいですよ」
「ありがとう」
私は、ゆっくりベンチでコーヒーをいただくことにした。
「コータローまたさぼったな、走れ」
「はい」
緑の草がまぶしい朝になってきました。
「おーい」
「よーし」
子ども達がグランドで野球の練習を始めています。
あれ、またわたしは、うとうとしたみたいだ。
「ピアノの音の響きですっかり寝てしまいました。ごめんなさい」
「コータローさん、わたしたち、一緒に暮らすことにしました」
「そうだったんですね」
「また、聞きたいので、誘ってください。よかったら、一枚うけとってください」
私は持っていたスケッチを一枚取り出して、彼女にお渡ししました。
「ありがとうございます」
「桔梗さん、よろしかったら彼氏さんのお名前、教えてください」
「それが、ジョンなんです」
「ジョン、ですか」
「ええ、ジョン万次郎ではなくて、譲二なんです」
「山本譲二さん」
「ええ本当は演歌なんです」
「また、」
「ええ」
「譲二さんコーヒーは、飲みますか」
「はい、とても濃いのです」
「では、砂糖ミルク無し、ですか」
「はい、たっぷりです」
「砂糖、ミルク入りのブラックですね」
「はい、毎朝そうです」
「濃いミルクコーヒーですね」
「カフェラテですか」
「いいえ、ブラックコーヒーの砂糖ミルクたっぷりです」
「桔梗さん、いつも淹れるのは大変ですね」
「いいえ、私は見ているだけです。よくあれを飲むなと思っています。おいしいパンを焼いているんですけど」
「ジョンさん、また、挽き、いえ、弾き始めますよ」
「はい」
「豆を挽くところからです」
「ひくのが好きなんですね、とてもいい音です」
「ありがとうございます」
「桔梗さん、また、ベンチでゆっくり緑を眺めましょう」
「はい」
「風の天使さん、よろしく」
「わかったよ」
「静かに朝をお迎えするよ」
「がんばるよ」
「しっかり歩いて」
「緑は裏切らないよ」
「雨でも大丈夫」
「杖を滑らさないよ」
「風の天使さん、ありがとう」
「コータローおじさん、また独り言」
「はい」
「もう少し」
「もう少しながく」
「もう一歩」
「もう一歩大切に」
「手をつないでいてください、ジョンさんと」
「はい、離さないと思います」
「いい時間でした、またお話しします」
「コータローおじさん」
「はい」
「少し買い物をしてきます」
「はい、わたしはここでゆっくりしています」
「ごゆっくり」
私はショッピングモールから見える緑を眺めていた。私は退院した年の春にここで眼鏡を新しく買った、まだ途中で桜の花を見ることができたので、同じころだったんだ。
私はそのころから本を読んでスケッチをすることにした。音楽はもっぱら、ラジオを聞いていたが、パソコンでユーチューブで聞けるのではではないかと思い、そこで聞いているだけなので、久しぶりの楽器の音は、素晴らしかった。
譲二さんは、まだ静かにピアノを弾いていた。
「いい音が響いている」
「風の天使さん」
「おい、そこでなにをしている」
「静かに時間を過ごしています、買い物をする人たちもくつろいでいます」
桔梗さんが戻ってきました。
私は、静かに桔梗さんを見ていると手に鉛筆と紙を持っていました。
演奏が一段落して
「おかえりなさい。いい買い物ができましたか」
「ええ、譲二さんのサマーセーターを見つけました」
「桔梗さん、ご自分のは、」
「私は、もう十分なので」
「あなた、髪をちゃんとしましょう」
家内が珍しく言った。
「笑顔が魅力的なのでもっと美人にしましょう」
「え」
「実は家内は美容師なんです」
「そうでしたか」
「はい、自宅でできることで、やってみます」
「嬉しいです」
「では、終わったらうちに寄ってください」
「どうぞおはいりください」
家内は、準備をはじめました。桔梗さんはテーブルお前に座っていました。
私はスケッチの仕上げをはじめました。美人さんだな、わたしはつぶやきました。
「譲二さん少し待ってください、インスタントですがコーヒーかお茶を入れます」
「コータローさん少し見ましたが、どうなるか楽しみです。桔梗さんはやっぱり美人です」
「それで」
「好きです」
「ようやく聞こえた。緑の風を吹こう」
「風の天使さん、ありがとうございます。今日ほどいい時間はありません」
「毎日でのことではないですよ、今日の奇跡なんです」
「はい」
「ちょっとそこうるさいよ」
「すみません」
「桔梗さん少しカットしていいですか」
「はい、短く」
「少し待っていてください」
「はい」
「桔梗さん、奇麗ですね、聞こえましたか、私ももう少しで仕上げます」
「今日は何なんでしょう」
「いい音を聞いています」
「譲二さん、わたしも」
「え」
「大好きです」
「はい、もうちょっとです」
私はスケッチを仕上げています。
「よかったら、見てください。髪もセットできたみたいですね」
「あー水彩画になるんですね」
「はい」
「桔梗さん、桔梗さんですよ」
「譲二さん、大切にします」
「コータローおじさん、日付も会ってうれしいです」
「そうですね大切な時間でした」
「コータローさん、どこかで勉強されたんですか」
「いいえ、自己流なんです」
「コータローさん、僕もなんですよ」
「譲二さん、大切にしてください、譲二さんの日常を」
「はい」
「桔梗さん、ところで、スーパーのレジをしたことがありますか」
「いいえ」
「スーパーのレジはお昼前と夕方、とても混みますね」
「私もその時間ゆっくり買い物をします」
「買い物かご」
「はい、使います、カートも」
「私は、その時間に買い物カゴとカートの入れ替えの仕事をしていました」
「へえ」
「長距離走をしているみたいなんです」
「時々お店の人がやっているのを見ますが」
「それをやっていました」
「へえ」
「様々な人の生活の様子を汗をかきながら見ていたんです」
「はい」
「幸せな人は、その時間も笑顔でした、でも時々深刻な顔をした人がいるんです。買ったものをじっと見ていたりするんです」
「どうするんですか」
「見つめないようにします、レジの様子に気を配っていました、お客さんが滞らないことが大切でした」
「なるほど」
「それが終わったら、商品の品出しを倉庫からカートに乗せて始めます」
「袋物はいいのですが、瓶や、コメに砂糖は一苦労でした」
「コータローさんスーパーで働いていたんですか」
「ええ、アルバイトで」
「二人で買い物に行ってください、手をつないで」
「ええ」
「髪もセットしたので、お茶にしましょう」
家内は片づけて、紅茶を入れ始めました。
「桔梗さん、スイート
「いただきます」
「アイスにしますか、ホットで」
「ホットですか」
「今日はつめたくしないでいきましょう」
「はい、いただきますホットで」
「本当ですか」
「甘いですよ」
「はい、ピリッとさせます」
「桔梗さん、奇麗ですよ」
「コータローおじさん、お茶美味しいですよ」
「よかったらホットのアイスを」
「溶けないアイスですね」
「はい、解けません」
「謎々ですか」
「いえ、解けない糸です」
「私は縦糸です」
「僕は横糸です」
「二人で編んでいくんですね」
「はい、織っていきます」
「黒鍵と,白鍵で、いい、メロディーを奏でてください」
「はい、どこまでも響く音で引いていきます」
「今日は空の雲が気まぐれで、雨を降らしてしまっていますね」
「はい、雨のメロディーを弾いてみます」
「ゆっくり聞きます」
「ありがとうございます」
「また下の朝に、聞いてみます」
「空に響いているピアノの音を」
「ホットのアイス、食べてください」
「濃いコーヒーを淹れますよ」
「砂糖、ミルク入りのブラックですね」
「はい」
「譲二さん、今日はありがとうございます」
「桔梗が美人でよかった」
「はい」
「紅茶は、どうでしたか、アイスのホットはどうですか」
「スプーン一杯の、幸せです」
「スプーンは一つです、いっぱいはないです
「沢山ではありません」
「スプーンに入っているのは、コーヒー一杯分のことです」
「それではもう一度音を出しますよ」
「はい、お願いします」
「森の道に響きました」
風の天使は静かになりました。
森の鎮守の楠の幹には祠がありました。
富士講の、注連縄です。
「コンコン」
「誰ですか」
「ジョンだよ」
「ジョン、来てたんだ」
「そうだよ」
「電車の音は聞こえるか」
「リニアというやつは音がしないんだ」
「もうリニアを見たんだ」
「当り前だ」
「静かすぎて、ピアノの音が響いているよ」
「そうか、ここには時間がないんだね、いつまでも眺めているよ」
「コータロー、ダメだな、ちゃんと暮らしてないぞ」
「ジョン、わかったよ」
「何がわかったんだ」
「わからん」
「馬鹿」
「落ち着いて過ごすのが気持ちいいことが分かったよ」
「それならいいだろう、コータロー」
「ジョン、また一緒に走ろう」
「いいよ」
「電車の音を聞き行くよ」
「コータロー、寝ぼけるな」
「ジョン、まだいけるよ」
「どこへだ」
「喫茶薔薇に」
「あそこはもういい、寒いぞ」
「ジョン、今日はお日様の天使が温めてくれるよ」
「なら行くか」
「奈良は遠いよ」
「ならば、参るぞ、といったんだ」
「さならば、したがえ」
「うるさい、わしは警察犬だ」
「失礼いたしました」
「コータロー、楠はもういいのか」
「おちついた、いいくうきだから、もうすこしゆっくりするよ」
「喫茶薔薇はいいのか」
「行くよ」
「では、行こう」
私たちはグランドを目指しました。
「桔梗さん、譲二さん、いきますよ」
「奈良、ですね」
「はい、奈良」
「奈良、行きますよ」
「奈良、ではありません、一度グランドに行って、喫茶薔薇に行きましよう」
「奈良じゃあないんですね」
「はい、テレビ番組のようにうまいことはできません」
「そうでした。譲二さんまだピアノを弾くんですか」
「もう少し奏でてみます」
「そうですか、では静かに聞いていましょう」
「コータロー、また変えるのか」
「ええ」
「悪くはないが、いつになっても優柔不断だな。桔梗さん、目になりますよ」
「え、また匂ったの」
「はい、かならずふるやつです」
「あら子供たち気づいてないわ」
「きっと大丈夫ですよ、走って帰ると思います。元気にかけっこをしているので」
「でも、だいじょうぶかしら」
「もう少し奏でて知らしてみるよ。風の天使さんに伝えておくよ」
「そうしてください、ジョンがせっかくきづいたのですから」
「では私も、少し移動を始めておきます」
「コータロー、また、変えたのか、喫茶薔薇にはいかないのか」
「行くよ、行ってコーヒーとケーキを食べよう
「いくか」
道に雨の点が増えてきました。
「ジョン、よかった、教えてくれて助かった」
「コータローどうしてそんなに喫茶薔薇に行くんだ」
「コーヒーの香りが落ち着くからだよ」
「だったら譲二がいつもコーヒーを淹れているよ」
「そうか、マホガニーのダークブラウンの家具に白いテーブルクロスの内装も好きなんだ。九段に闊歩に凝って若い店主がおいしいコーヒーを淹れてくれた店、ホットサンドの塩加減とチーズの味が懐かしいんだよ」
「お前、茹蛸じゃないのか」
「ジョン、やっぱり、覚えているんだね」
「草津のことだろ」
「ジョンがここにいるとは思わなかったよ」
「コータローが、ここで杖を歩くとは思ってもみなかったぞ」
「ジョン、君はやっぱり雨の日、寂しそうに僕を見つめていたよ」
「雨か」
「石がすっかり濡れて滑っていたんだ」
「コータロー、どうして、ここにいる」
「広島にいてもよかったけど、友人がみんな東京にいたから来ちゃったんだ」
「お前、馬鹿だな」
道の雨の点が消えて真っ黒く沈んでいきました。私は答えないまま歩きました。
桔梗さんと譲二さんはちゃんと手をつないでいました。
「コータローおじさん」
「そういえば、子供の傘は、かわいく動くね」
「子供かー」
「余計なことを言ったかな、ごめん」
「いいんです」
「今日、知り合いの若いお母さんと話をしたんで」
「もう歩くようになりましたか」
「はい」
「家の中を意味なく走るでしょ」
「はい、追いかけるのを諦めました」
「後ろを向いて静かに座っているでしょ」
「はい」
「ティッシュの箱から全部、抜き取ってシャーシャーと言ってよろこんでいたでしょ」
「はい」
「やかん、気を付けてください」
「ええ」
「わたしはやってしまいました、ちょっと目をはあしたすきに、こぼしていたのであわてて冷やしておぶって、小金原診療所に向かいました」
「目を離すと危ないですね」
「玩具売り場で、何度も行方不明になりました」
「手をつなごう」
「手をつないで歩くことにしました」
「そうですね」
「手をつなぐとわかります」
「コータロー、誰と話してるんだ」
「ジョン、大切な人とは手をつなぐよ」
「だから誰なんだ」
「あ、雨で寝ぼけていた」
「コータローおじさん、手は、離しません」
「譲二さん」
「僕は桔梗さんの手を握っています」
二人は傘を並べてゆっくり歩いていました。
「譲二さん」
「はい」
「図書館に私は行きます」
「はい」
「私はゆっくり歩いて図書館に向かいました。ずいぶん濡れてしまったので、一回のロビーで服の乾くまでたっていました。
「君たちも来たんだね」
「はい、今日は外で遊べないから」
「本は好き」
「うん」
「今日は、たくさん読めるね」
「はい」
私はゆっくり外を眺めていました。
自動車がゆっくり走っていきます。
そういえば雨の絵本読んでいたな。
「おじさん」
「はい」
「これ面白い」
「あー、エンデの本、たくさん冒険できるよ」
「やったー」
「図書館のお姉さんに、読みたいって言っておいで」
「はい」
少し服が渇いたので私も本棚をめぐってみよう。
本の香りが、いつかの夢を思い出した。
「歩くと本のふちが見えてきて、岩波書店の本がぎっしりあった。
これじゃない、ちがうのをさがしているのに、見つからないと思って汗をかいてあるいていました、部屋をいくつもとおっていてもほんだながつづいてでぐちがみえないんです。やがて出口のエスカレーターを出たら、アーケードの商店街がって、駅の方向を探していたのです」
「コータロー、お前本は読むのか」
「はい」
「お前、来ても本は読んでなかったぞ、テレビばかり見ていたぞ」
「はい」
「コータロー、走るのか」
「走らないで、で歩くよ、傘を持てないよ」
「濡れていけ」
「もう十分濡れたよ」
「駄目な奴」
「でもスケッチはするよ」
「またそれか、いい加減勉強しろ」
「本は読むよ」
「それだけか、新聞の問題を一問でも説いたか
「今日も読んだけど、できなかったよ」
「だから勉強しないからだ」
「やってみるよ」
「又嘘をついたな」
「泥棒はしないよ」
「じゃ、やれ」
「一問目」
「それで」
「国語の問題だ」
「国語か、本は読むんだろ」
「数学もある、英文もある
「じゃあ、ぜんぶやれ」
「問題はあるが、解けない」
「やってないぞ、又嘘だな」
「嘘じゃない、読んでも、解けないんだ」
「だからよ、勉強してないことの証明だ」
「ジョンきびしいな」
「あたりまえだ、おじいさんがなげいているぞ」
「そうか、おじいさん、晩酌はお銚子3本だった」
「だからよ、おまえがだめなんだ」
「ジョン、もう遅いんだ、こうなっちゃたんだから」
「電車はどうするんだ」
「乗れないんだ」
「船はどうなんだ」
「乗れない」
「バスは」
「乗れない」
「何やってるんだ、もう広場に行けないじゃないか」
「ジョン、桔梗さんとは走っておいで」
「桔梗さんは、譲二と手をつないで役に立たない」
「そうか、走らないで歩くけど、一緒に行こう」
「いうのが遅いぞ、行くぞ」
「雨はしかたない」
「雨の匂いは消えるよ」
「分かった、行こう」
「桔梗さん、手はつないでますね」
「はい」
「今度緑の桜の樹の下で二人をスケッチしますよ、きっといい後ろ姿になりますよ」
「はい、今度ですか」
「今」
「今でお願いします」
「ベンチ濡れていませんか」
「あ、ハンカチ」
「今は少し早いので、乾いてからにしましょう」
「はい」
「ジョン、ゆっくり走っておいで」
「コータロー、おまえ、また電車の音を聞きたいのか」
「大丈夫、耳を澄ますと聞こえているよ。ジョンよくおぼえてるね」
「当たり前田のこんこん吉だ。昨日のことじゃないか」
「そうか」
「おじさん、ジョン同じジョンなんですか」
「そうです」
「昨日のことだ。コータロー、ぼけたな」
「ジョン、ご飯が好きだもんな」
「日本人だろ、白いご飯が当たり前田だ、ところで、前田先生の授業はどうなんだ」
「前田先生、大阪に行って、ちゃんと旦那と暮らしてるよ、授業は聞いた」
「それだけか」
「テストの問題は解いたよ」
「なんだ、できるんじゃ、ないか」
「まあ、本は読むよ」
「教室は暗くて、教壇の黒板は見づらかったけど」
「それで」
「結構楽しかったよ、でも選択で間違って、女子の中に男一人になったときは逃げ出したよ」
「なるほど」
「グランドに向かう橋の土手から見る川に魚が泳いでたんだ」
「橋がったんだな」
「事件もあったよ」
「そうか本官の出番だな、それで」
「分からんのが首つり自殺したみたいだ、ちょうどアーチェリーの的のあるところの鉄棒のところで」
「身元不明か、自殺と断定できたのか」
「多分、遺書らしいのはなかった」
「では事件だな、全員現場から出るな」
「昨日のことだから、もう警察に行ったらわかると思うよ」
「なんだ、お前私を馬鹿にしたな」
「いいえ」
「では、現場に案内しろ」
「はい、その前に校売のおばちゃんにうどんを食べさせてもらうよ。入り口のところに太いヤツデの樹があるんだ」
「その樹も怪しいのか」
「トイレの妖怪もいるけど」
「何、妖怪事件か」
「妖怪はいるけど事件かどうかはわからない」
「何、におうぞ、臭い」
「雨の匂いじゃないね」
「ふざけるな、事件の匂いだ」
「じゃあ、行こう」
「このむこうおグランドだな」
「そしてアーチェリー部の的があって、高い鉄棒が傍にあるんだ。その向かいの川べりにトタン屋根の小屋があって吹きさらしのまま、ブラスバンド部が練習しているんだ」
「そうか、そいつら怪しいぞ、少なくとも目撃者がいるはずだ。匂いでわかる」
「ジョン、おまえ本当に犯人探しをするのか」
「やらないのか」
「警察手帳はあるのか」
「無い」
「それは、まずい」
「やらないのか、事件だぞ」
「匂うのか」
「とっても臭いのが」
「でもそれは、30年以上前のことなんだ」
「昨日じゃあないんだな」
「ジョン、きみとあっていたのは50年以上前のことなんだ」
「また、うそだな」
「ジョン、悪かった、君と会えてうれしいんだ」
「だからどうした」
「ジョン、僕はこどもだったろ」
「あ、そうだ」
「コータローが変わってなさすぎるからな」
「桔梗さんが、待っているから」
「そうか」
「描いたら、散歩しよう」
「それなら許してやる」
「桔梗さん、緑の影で、美しいですよ」
「グランドを見ていていいですか」
「はい、ゆっくり座っていてください、軽く動いてもいいですよ」
「はい」
「譲二さんも座って」
「座って手をつないでいいですか」
「聞かなくてもいいことです、どうぞ」
「爽やかですね、静かにピノの音が奏でています」
「聞こえますよ、風が運んでくれています」
「こんな時コーヒーの香りがあるんですけど」
「香っていますよ」
「ええ、コロンビアの煎りが深い、香りです」
「そうですね」
「ジョン、おとなしくしてるね」
「当たり前田」
「コーヒーの香りだ、事件の匂いは消えた」
「よかった」
「よくない、俺の仕事が消えたんだ」
「でも事件の無い穏やかな朝がいいよね」
「当り前田、私が、町の平和を守っているんだ。カラスの鳴くのも鎮めるのも大変なんだ」
「ジョン、描き終わって、散歩だ」
「蟻さん」
「はいよ」
「走っているね」
「忙しいんだ」
「落ち葉を運ぶんだね」
「そうだ」
「虫は」
「まだいない」
「ジョン、リードはまだ話さないよ」
「コータローおじさん、わたしやります」
「あー、さっきのうちで仕上げてまた、渡しますよ」
「はい」
「ジョン、また会おう」
「なんだ、もうおしまいか」
「ゆっくりあるいていくから」
「転ぶなよ」
「杖をおとさないようにするから」
「ジョン、水をのむか」
「葉っぱの雫をなめるからいいよ」
「きっと、甘い水だよ」
「馬鹿、厳しいんだ、蟻の命も守るんだぞ」
「そうか、飛行機が飛んでるよ」
「また空か」
「今日は雨の匂いはないだろ」
「ああ」
「小鳥の美織君が歌っているよ」
「それもわしがこの街の平和を守っているからだ」
「蟻さん、噂はないですか、はたらかないきりぎりすの」
「あるよ、おまえのことだ」
「ジョン、犯罪だ」
「馬鹿、お前を逮捕する価値はない」
「逮捕されないのか、仕事をしにジジイ」
「あたり、前田」
「それでは帰って、スケッチを仕上げるよ」
「暇だな」
「いいだろ、本は読むよ」
「平和だな」
「ジョン、これから、リハビリに行くよ」
「勝手にしろ、スケッチはしないのか」
「やるよ」
「そうか」
「歩かないのか」
「歩くよ」
「階段は大丈夫か」
「ちゃんと杖でやるよ」
「体操はしないのか」
「さっきテレビでやらなかったからこれからやってスケッチもするよ」
「のんきだな」
「階段の怪談のことだけど」
「なんだ、オペラ座か」
「そう、仮面の男がいきなり突き落とすんだ」
「事件か」
「いや怪談」
「じゃあ、話すな」
「離すよ」
「マントを着てるんだ」
階段を下りると手に汗をかいてしまう。
背中に、怪物がいるように感じるんだ。足音が迫ってくる。
なんで今人が降りてくるんだ。奈落の底に行くところなのに。
「コータロー、意気地がないな、変わらん」
「土間を抜ける尾が怖かったんだ、石段をぼって、勝手口を開けるといろんなものに会えるのに、怖かったんだ。
月の夜、男は吠える。そして濡れた足音で迫ってくる。
「コータロー、いい加減帰って、やることをやれ」
「怪談のことはいいのか」
「詰まらん、わしが吠えたら町中の犬が騒ぐぞ」
「月の夜か」
「雨の日も」
「吠えるのか」
「吠えるよ」
「仲間なのか」
「知らないやつらだ」
「怪談だ」
「いいから帰れ」
「ジョン、階段の妖怪にかみつくな」
「やらん」
「部屋にもお時々、幽霊が来るよ」
「またそれか」
「書道の塾に」
「お前怖がっていたな」
「お化けのことだが、いるぞ」
「怖いのか」
「そりゃあお化けだよ」
「見えるのか」
「見えない」
「聞こえるのか」
「話せないし、離せない」
「離れないのか」
「ついてこられると嫌だから、あっち行けと叫ぶんだ」
「コータロー、杖があるだろ」
「杖は、わたしをささえてくれてるから」
「スケッチはどうなった」
「水彩の手は入れたよ」
「桔梗さん、引っ越すぞ」
「間に合わすよ」
「来週に決まってるぞ」
「ジョンも行くな」
「行くよ、行くな、というな」
「ちゃんとついていくんだろ」
「当り前田だ」
「わかったよ、元気に暮らすんだよ,かえってサンドイッチとコーヒーを飲んでやるよ」
桔梗さんのワンピースは、春の空の色だった、わかば色のリボンをつけていた。譲二さんは、土色のコットンパンツに白いシャツだった。私は水彩の筆を、すすめた。グランドは静かに、時間を刻んでいる。
川の洪水で壊れたグランドの石碑は乾いて斜めに立っていた。バッタがいればと思って探したけどいなくて、もうカブトムシも幼虫がだめだからいなくなるなと思った。老いた王様のミヤマクワガタも姿がいなくなった。それでも空は広がっていた。壊れた橋を渡って、向こう岸に行くと、学校のグランドはきれいなままだった。
背景はあの時おグランドでいいな。私は鉛筆をもってじっと髪を見つめていた。
私は、二人は輝いていたので、明るい城に包まれていいのだと思った。
私は、コーヒーをお替りしようと、キッチンに向かった。杖を持って、装具をつけて歩く。家の中で靴を履いて歩くようになると歩持っていなかった。それにしてもジョンが今になって、また来たのだろう。いろいろな意味はあったのだろうけど、話すことができてよかった。
曇った空のグランドで遊んでいる、こどもたちは、大きな声で
「やったー」
と叫んでいる。まだ、夕暮れの時間委は早い。
もう一枚今日のスケッチを描いてみようと思った。
つつじのピンクが緑の茂みに並んでいる。
私は、一枚の紙を用意して、鉛筆を削った。
風は静かにささやいている。
「みんな休みを楽しんでいるね」と。
私は、水彩の絵の具を解く皿を眺めた。
あの赤はなかなかできないな。
私は筆を進めた。
やっともう一枚描けた。まだ、北向きの窓の夕暮れの光で描くことができた。もうすぐ街灯がともって、ひとのけはいもなくなるだろう。桔梗さんと譲二さんのスケッチは、あすみかけたらわたすことにしよう。ジョンのビスケットも用意していこう。私はまた杖を突いてキッチンに向かってゆっくりお茶を飲んだ。
私は、階段をゆっくり降りて、
「桔梗さん」
「おはようございます」
「ありがとうございました。ジョンをよろしく」
「また会いましょう」
「はい」
私はスケッチを渡すことができて一安心した。
ジョンにもまた会えるだろう。
私は、今朝も本を読んでいたから、ぼけてはいないと思う。
グランドは、ずいぶん騒がしい。社会人の野球と、団地の清掃で人が出ているようだ。
私はいつもの茂みの草が、根を張っていないか心配だ。
私は新聞を読んでコーヒーも読んで、これからスケッチを始めようと思う。
「ミッケミッケミッケ」
「はじめまーす」
子どもの声が窓の下に響いています。
私は今日もゆっくり杖で歩いて喫茶薔薇に向かってみたい。
自販機で、炭酸水を補給すると、生き返る。
緑は穏やかに、歌っています。
ゆらゆら、
そよそよ
涼しいね
また歌おう。
絵本。
絵本もやったよ。
友達に仕事をお願いしたら、やってみようということになって、どうせならクリスマスに合わせようと提案したら、みんなが賛成したので、一冊編集したよ。一日だけのクリスマスツリーというストーリーの展開を半年かけて、会社に企画を通して、出版できたんだ。何度も近所の喫茶店でコーヒーと、焼きサンドを食べて考えていたんだ。しゅっぱんしてしばらくして、絵本で有名な本屋さんにいってみたらちゃんとあつかってくれていたんだ。
でもみんな忙しくなって、寂しいクリスマスだったよ。
一も本棚に、大切に置いてあるよ。
そのあとであったのがピアニストの、フジコさんだったよ。フジコさん
「あなたいい人ね、あなた必ずまた会いに来るね」
突然初めて会ったときに言われて不思議な人だなと思ったんだ。
それから一年後に、知人のギャラリーに行ったらフジコさんのことを聞いてさっきまでいたというんだ。僕は驚いて、話を聞いたら、本を出したいというので、僕は、いろいろ提案して、下北沢の自宅に行くことになったんだ。
アパートになっていて、二階に上って扉を開けたら、ひろい部屋にグランドピアノがあって、奥の階段に案内されて写真と描いた絵を見せてもらったんだ。とてもいとおしそうに、みせてくれて、階段を上がってきたグレーの猫を抱き上げて、コーヒーを淹れてくれたんだ。そして、わかいころの話をしてくれて、おもむろにピアノをひいてくれたんだ。ショパンだったよ。この音をバーンスタインがドイツの狭い部屋で聞いて、すぐにコンサートをすることになったらしいんだけど、急に高い熱をだして難聴になって、寒い部屋で寝込んでいたらしいんだ。バーンスタインはあきらめたようだと言ってくれました。
「コータローさん、えほんの話ですか」
「桔梗さん、ちょっと思いだして」
「その絵本とフジコさんの本、みてみたいです」
「またお会いしたら、引っ越し、ご無事に」
「ありがとうございました」
「桔梗さん、スケッチ、持っていてください」
「ええ」
「つつじがきれいですね。
「桔梗さんもきれいですね」
「え」
「譲二さんの手を離さないでいてください」
「喫茶薔薇には黄色い薔薇が今年も咲きました」
「はい」
「また森のベンチではなしましょう」
「グランドですね」
「はい、楽器のグランドです」
「楽器のグランドピアノ、フジコさんのことですか」
「譲二さんの音のことです」
「ですからグランドです」
「分かりました」
喫茶薔薇にも静かに枯れていますよ。
「また時々来ます」
「桔梗さんが凍道を歩くだけで、明るくあるので、ジョンと歩いてください」
「ええ」
「ごめんなさいおなじことをくりかえしています」
「コータローさんいつもそうですよ」
「では、私はゆっくり歩いて帰ります」
「ありがつございました」
私は家に帰ってもう一度つつじの花をよく見てスケッチをして、ヘッセのことを思い出しました。
バス通りも人は穏やかに過ごしています。のどかな休日です。桔梗さん引っ越しの準備は大丈夫か。
窓の下は今日もにぎやかです。
静かに風が吹いています。
「おーい」
「大丈夫だよ」
「また歩くよ」
「コータロー、ぼけるな」
「ジョン、小枝を投げるぞ」
「走るぞ」
「小枝を拾う、べんちにすわって、えい」
「走るぞ」
「ジョン、電車にはいかないよ」
「当り前前田だ、今朝もよく聞こえたよ」
「ことンコトンか」
「そうだ、早く投げろ」
「ほら」
「行くぞ」
「ジョン」
「コータロー」
「騒ぐな」
「ワン」
「騒ぐな」
「ワン」
「またな」
「観葉植物を送ることにしたんだ。引っ越しのお祝いとお店の開店に、稚拙に夢が育つ容易と思って、ほかのものより兄より邪魔にならないだろうと持って、知人の女性から教えられた、観葉植物専門お店に行ったら、とっても信じられない元気な木々が、森のように置いてあって、とても大切に世話をしていたので、迷うことなく相談して、これまでに3鉢送っているんだ」
「桔梗さんはいいよ、家庭菜園をしているから、お前、おじいさんと同じだな、おじいさんいつも鉢を買ってきていた」
「その小屋の前は、いつも緑の木がたくさんあったね」
「俺はグランドで見てるからいい」
「そうか、いつかまたね」
「いまごろはなすことじゃないぞ」
「手は離すなよ」
「話すことじゃないといったんだ」
「幸せの樹というのがあったんだ」
「幸せか」
「そうガジュマルだったんだけど」
「ガジュマルか、蟹だろ」
「蟹はおいしいらしいよ」
「蟹より肉がいい」
「肉か」
「豚より牛だ」
「羊はだめか」
「お前はタコだな」
「蟹よりタコだ」
「お前、ガジュマロはどうした」
「2鉢おくったよ」
「分かった、もういい」
「ジョン、町の安全を守ってくれよ」
「困った、最近カラスがうるさい」
「ネズミか」
「猫のやつさぼっているから、カラスが元気になって困る」
「ネコか」
「一度小鳥はだめだといったから、猫まんまを食べているのかな」
「俺の肉はどうした、牛だぞ」
「山羊は一頭いたんだ、柿の木のそばにつながれていたよ」
「山羊か、紙を食べて栄養があるのか」
「ミネラル豊富な草を食べていたから、きっとおいしい肉だと思うよ」
「そいつは今、手に入るのか」
「50年以上前のことだ」
「つまらん」
「牛だ」
「牛はよく、学校に行く途中の田んぼにいたよ」
「それでは役に立たないんだ」
「おなかすいているのか」
「まあ、そうだ」
「忘れてた」
私はポケットに手を入れて、あった、と思った。しっけてないからいいだろう。
「これがあったんだ」
「犬用のビスケットか」
「違う、テラスモールから家内がかってきたものだから、素材は高級なものだよ」
「もらうよ」
「ジョン」
「大丈夫やるよ」
「走るか」
「走るよ」
私はスケッチを始めました。
緑の森は雨に守られました。
小鳥も歌を歌っています。
傘が道を歩いています。
私は傘をさして歩こうとしましたが杖を突くことができませでした。
「コータロー、情けない奴、カラスを追い払え」
「ジョン、町の平和を守るんだね」
「当り前田だ」
「昨日、畑をやって、足腰はくたくたで肌がヒリヒリするよ」
「広いんですか」
「10坪ほどけどね、耕運機を使ってね」
「きゅうり、とかトマトですか」
「芋,芋です」
「大豆を植えて味噌はやらないんですか」
「昔はやっていたけど今はやってないな」
そういえば、東京都内で農業をしている姿を追いかけた写真集もやったな。
野菜の栽培のことをそれで知って、農業の事も折に触れて、知識に入れるようになった。
土の香りや色の違いが気になるようになったんだ。
「俺もその匂いの違いはわかるぞ」
「コータロー、畑はいいから早く枝を投げろ、雨が近いぞ」
「雨か」
「投げるよ」
「走るよ」
2024/5/3