第5回
雪が降ってきた。綺麗な雪だ。埋もれていくのは美しい。何もかも消えていけ。消えていくのがいい。世界を美しいと感じられない時には雪が一番だ。昨日裸足で歩いた螺旋の図形が埋まっていく。夢図はもうすでに跡形もない。所詮人の営為にすぎないではないか。どれも。美は消滅の中にあり、あるいは永遠に美しいものは存在しない。フリーライドにミソサザエがやってくるまでに身体が十分冷えて固まってしまっていた。足踏みしながら周りを見回す動作は少しも身体を温める役には立たず、ただ視線だけが活発に動く。なのでライトブルーの小型車が遠くからやってきたのにすぐ気が付いた。運転席のミソサザエは先ほどと同じ洋服を着、ただ鶏冠のように赤い帽子を被っている。言葉遣いはあくまで丁寧で、案内人という役割をきちんと果たしている。ダッシュボードには純金のセラフィカが光り、一見当たり前なこの車が特別仕様であることを教えてくれる。それが仕事である彼は実に饒舌で、質問を差し挟む余地を許さない。相変わらず酷い道に加えて雪。チェーンを装着していないライトブルーは揺れに揺れて走り、山道をひたすら登る。
着いた先はまるで工事現場だった。坑道の入り口で靴にビニールの覆いを付けて歩き始める。内部は粉っぽく、煤けている。入ってすぐの壁で独特の文字が警句を語り、入る者たちに心構えを告げる。生半可の気持ちはここでは捨て去るべきと。回廊から入った展示室にはレリーフを伴った絵が並び、水槽ほどのスペースに歴史に顕われた宗教家たちがいくつも描かれている。ブッダ、イエス、ムハンマド、孔子。これはjGがどの宗派・教義にも偏らないことを示すためのものだとミソサザエが説明する。展示室を出て回廊を奥へ進むと広がった空間に出会った。天井が高く礼拝堂の造りをしている。祭壇に当たる中央に大きな水晶の玉。玉は埃の多い空気のせいで煤けている。次の部屋へ移る。往き止まりになった広めの回廊。天井も飛び抜けて高く威圧感がある。ミソサザエはどんどん先に行き、行き止まりで笑顔で振り向く。楽しくてしかたないとでも言うような満面の笑顔。さぁどうすると言葉で言いながら、これは少しも挑戦や試験の類ではないと表情が示している。隼が何をしているのかよく見てご覧。笑顔を絶やさずに頭上の壁画を指さす。子供の隼は両手を突き出して押す仕草をしている。言われるままに同じ形に左右の手を挙げ目の前の壁を押すとゆっくりと向こうに壁が倒れ、道が開けた。
倒れた壁が渡り廊下になりホールへと導く。そこは音楽堂で、金属製の鍵盤打楽器が壁際に畳んで置いてある。中を歩き回るとどこも音の響きがいいのに気付く。地下ならではの反響。さらに進んだ会堂は列柱にも絵が施された人類の宮殿でここが4時間の旅の最終地点だった。男と女が産まれ成長し、共に手を取り合って子孫を増やす様が絵巻に描かれ、男は大きく女はしなやかだ。始祖の形象なのか未来の情景なのか分からない。それともユングのアニマ・アニムスのような元型の象徴絵なのか。なぜ4時間もの時間をかけて案内をしてくれたのかという疑問が残った。フリーライドまで送り届けてくれてミソサザエは消えた。「少し休む?」テラスですれ違いざまシャーマが声を掛けてきた。