女優と器楽のためのひとりしばい
こ・れ
イントロ(第十面 メタ女より)
器楽、オーケストラ・リハーサルの音を出したあとにつづいて「らしくない!」のイントロ→本体へと演奏。
女優、上手側の舞台袖にいるときから「らしくない」をハミングしはじめ、ハミングしながら登場して舞台中央へ。
女優突然歌いやめ、器楽も同時に中断。
第一面 存在する女
女優「やっぱり、これだよね」
両手をふわふわと空中で波打たせる。
この動作そのものが「これ」だと言わんばかり。
女優「(上手側の観客に向かって)ふふ。これ」
さっきとはちがう手の動作。
女優「(下手側の観客にキッと向かって、演説ふうに)私たちがこの地上に、地球上に今いる意味はこれに尽きます」
今度はどこも動かさない。
女優「(正面の観客に)自分だと思っているものは少しも自分ではなく、特別な存在でもなく、貧しい存在でもなく…」
女優、舞台上に何かを見つけモードが変わる。
第二面 遊ぶ女
女優「あ、これぇ!(何かに近寄る)あったんだ、ずっと、ここに!(屈み込み、何かを拾う)よかったぁ…!(小さな感動とともに何かを胸に抱きしめる…)」
♪
(器楽イントロ)
ありがとう いてくれて
また会えて うれしい
はなれない これからは
いつまでも このまま(器楽余韻)
♪
女優「(演劇のセリフふうに)なくなったと思ったその日から、忘れようとしていた。きっとそれが、一番かしこい方法だと大人になった私が知っていたから。でも、やっぱり、心の隅では、忘れることなどできなくて…。(手に持った何かを一瞥し)これ!」
強く意識した途端、「これ」である何かは空中に浮遊して女優から離れていく。
女優「あ…ッ(目で追う)」
しばらく、浮遊する「これ」と女優とのコラボレーション・ダンス。
器楽、いっしょに遊ぶ。
女優「(見失い)あぁ…。また…」
♪
(器楽イントロ)
さびしいな いなくなり
もう二度と 会えない
ひとりきり なにしよう
このままじゃ 死んじゃう(器楽余韻)
♪
歌詞の割には明るい踊りを踊る。
踊りの最後は優雅さからはほど遠い速度で舞台全体を使って走りまわる。
第三面 富永桜子
女優「(息を切らせて止まり)とも、かく、大丈夫。生きて、る」
女優、キッと観客席を一点凝視し、
女優「(少し早口で淀みなく、感情もなく)私の名前は富永桜子、26歳、独身、OL。OLと言ってもたいした仕事をしてはいない。いつでも、だれでもできる事務仕事。だからこんな仕事はもうイヤ。いつも辞めたい、今日も辞めたい。恋人もいないし死んだほうがいい。毎日食事をして太っていくのがイヤ、毎日寝て起きて年取っていくのがイヤ、スカートを履いていくのがイヤ、雨の日はブーツがイヤ、脚太いの。楽しめない、いつも。こんな自分がイヤ、生きてるのがイヤ、心臓が動いてるのが嫌らしい。全部嫌い」
かといって、眉間に皺が寄るわけではない。
女優は終始、自分のやっていることを演技として楽しんでいる。
だから、「楽しめない、いつも」というセリフにはリアリティがない。
その証拠に、歌いだす──。
♪
(器楽イントロ)
イヤ イヤ イヤ
わたしは みんな イヤ
生きたくない!
死にたくない!
食べたくない!
何もかも イ ヤ なの
近寄らないで わたしは毒
周りのだれもを腐らせる
毒なのよ わたしはッ(器楽余韻)
♪
女優「(突然歌いやめ、器楽の余韻に重ねて)書類がイヤ ハンバーグがヤ 電車がヤ テレビがヤ お金がヤ お化粧がヤ コンピュータがヤ コンビニがヤ (早口)道がヤ車がヤ空気がヤ ああ、何て楽しいのかしらこうしてヤヤヤって並べたてるのぉッ!」
女優、心からの笑いを笑う。
爆発的に笑いながら少しずつ下手へ。
女優「(素に戻って)これ」
───間───
女優「これだよね」
───間───
女優「これが好きなの、私。ハハハ。わかったぁ?」
客席を斜に眺めながらジョニーウォーカーの歩きで下手から上手へ。
女優「元気に生きよう! より、ヤ・ヤ・ヤ。言い続けて、撒き散らして、毒! こっちのほうがいい」
女優、中央に戻って動きを止め、しばらく自分のことばを味わいながら自分の中にいる。
第四面 女哲学者
舞台上で裸。
その姿は孤独とも、哲学者とも見える。
女優「……こうしていることが、永遠の刻(とき)をつむぐ行為につながっているとしたら、人はいつも崇高で、気高い存在であり続けるだろう。たとえ、崇高であることを求めなくても、自分を見つめる作業をたゆまず繰り返すなら、人はいつでも哲学者だ」
第五面 翻弄される女
女優、さっきとはちがったうつむきながらの散歩をはじめる。
女優「(道で知り合いの男と偶然遇った態で)どうしました?」
女優「(知り合いの役として)いや、これは…」
女優「お散歩です?」
女優「いえ、なに、ちょっと」
女優「ごぶさたで」
女優「ほんと」
女優「いつも、このあたりですか?」
女優「いえ、たまたま」
女優「それは、それは……ところで、あなたに貸していた…」
女優「(かぶせて)では」
女優「お急ぎです?」
女優「ええ」
女優「散歩じゃあ?」
女優「急ぎの、散歩、なんです」
女優「はぁ」
女優「では、また」
女優「これって…」
女優「偶然でしたねぇ」
女優「ほん、とに」
女優、短く知り合いを見送る。
女優「(観客に向かい)こんなふうに、彼は立ち去り、二度と会わない。じつは名前も忘れていたのだが、それも追求しない。どこで知り合ったのか? 何か貸してたものがあったのだが…」
第六面 女らしい女
と、空から何かが降ってきた態。
それは音…。
女優「(突然女らしくなり)何かしら、これ? きれい…。うれしい…」
女優、降ってきた何かを受け取るしぐさ。
女優「ありがとう、これ。ありがとう、これをくれただれか」
女優、降り注ぐ何かと遊ぶ。
器楽もいっしょに遊ぶ。
女優「小さなことが うれしいの
来てくれる ことが うれしいの
きっと 毎日は そうしたことの くりかえし
小さな ことの くりかえし
♪
(器楽イントロ)
小さなことが うれしいの
何かしらこれ きれい
来てくれることが うれしいの
ありがとうこれ きっと
毎日は そうしたことの くりかえし
小さな ことの くりかえし(器楽余韻)
♪
第七面 混乱する女
女優、一瞬の混乱に陥る。
女優「ほんと?
うれしいの、私?
小さな出来事がうれしい?
ほんと?
もっと
求めてる。
求めてるにちがいない。
求めているに決まってる。
何かを。
変化?
のようなもの」
女優、メルト。
第八面 何者でもない女
女優「だから、私はいつまでも富永桜子ではなく。26歳のOLであるわけもなく、もうヤメヨウ、女優でいることも」
女優、舞台床に溶け広がる。
女優「(口の中にこもったジブリッシュ)」
第九面 女ロボット
メルトから塩の柱のごとく立ち上がり、
女優「(視線水平で)私を創った博士。もしいるなら修理してください。こわれています私は。あるいは、壊れそうです。
サビがあちこち。
油も漏れ、
バネもはみ出し、
シリンダーもギシギシ
回転部分も悲鳴を上げてる」
女優、ロボット・モーションで動いてみせる。
女優「(絶望的に)ポ・ン・コ・ツ」
女優、ストップモーション。
───間───
第十面 メタ女
女優「(はじめはセリフとして)そんな馬鹿な、はずがない」
♪
(しばらくアカペラ)
どうしたの らしくない
ありのまま いればいい
(器楽、参加)
はずがない これはうそ
みきわめを したはずが
(器楽と競って歌い上げる)
高い 高い
天の高みに
登りつめ
下に 下に
暗い奥底
降りていく
どちらも私
それが私───
(器楽、勝手に盛り上がり)
♪
第十一面 姿
女優、いつの間にか両手を広げ、頭を下げた舞台挨拶ポーズになっている。
器楽も止み、女優、ひとり。
照明も変わらぬ中、ひとりしばいを終わらせるピリオド。
───END