男優二人のための寸劇
困った──。
登場人物
のど岡卓美(55)
みぞ谷信二郎(44)
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のど岡、一人舞台中央・観客に向いて立っている。
のど岡「困りました」
肩をすくめる。
のど岡「こんなに困ったのは生まれて以来のことです」
舞台を徘徊しはじめる。
のど岡「私はどうしたらいいのでしょう」
観客に背中を見せて立ち止まる。
のど岡「いや、あなたがたに尋いても仕方がない。自分で解決を持ってない私が質問してもだれも答えられない。解答はつねに質問の中にあり。(観客に正対)名言ですね。困りました」
佇む間───。
のど岡「問題は美幸なんです。いや、私なんです。どちらもなんです。どちらでもないのです。困りました」
間───。
下手よりみぞ谷登場。
明るく楽しげ。
みぞ谷「やぁ!」
のど岡「きみのことなど知らない。だれか、きみは?」
みぞ谷「のど岡さんでしょ。みぞ谷です。水谷じゃなく、み・ぞ・谷。のど岡。みぞ谷」
のど岡「知らないんですけど」
みぞ谷「のど岡。みぞ谷。よく知っています」
のど岡「どこで?」
みぞ谷「遊園で」
のど岡「何遊園?」
みぞ谷「あんたは掃除をしていた」
のど岡「したことない、公園の掃除なんて」
みぞ谷「公園じゃない。遊園」
のど岡「したことない」
みぞ谷「あんたは上半身裸だった」
のど岡「外で裸になったことなどない」
みぞ谷「ふざけちゃいけない」
みぞ谷、のど岡の周囲を物色するように周りはじめる。
のど岡「きみ──」
みぞ谷「みぞ谷」
のど岡「みぞ谷、さん」
みぞ谷「クンでいいよ」
のど岡「ああ」
みぞ谷「ああと言うだけ。あんたはやらない。そういう人間だったずっと。それがあんたの原因をつくっている。そのことを早く気づくべきだった」
のど岡「だった?」
みぞ谷「困ってどうする? 行く先はあるのか? やりたいことあんの?」
のど岡「心外なんだが、きみ」
みぞ谷「みぞ谷。ねぇ、のど岡さん。やめようよ、とぼけるの」
のど岡「借金をしたか、みぞ谷さん」
みぞ谷「クンでいい。してない」
のど岡「恨みを買ったか?」
みぞ谷「そんなものの売り買いしてはいない」
のど岡、急にみぞ谷から身を離す。
のど岡「おまえ!」
みぞ谷「みぞ谷。あ、それでもない。ほんとにあんたは勘違いしやすいお方だ」
のど岡、少しみぞ谷に近づく。
のど岡「目の前の不可解が困惑を遠ざける。人間のスイッチはあまりに簡単に切り替わり、このみぞ谷という男は私にとってあるいは天使なのかもしれない」
みぞ谷「あ、それもちがう」
のど岡「私の心の中がわかるのか?」
みぞ谷「心ン中じゃない。あんた、セリフで言ってた」
のど岡、急にみぞ谷になれなれしく近づき。
のど岡「遊んでくれるのか、みぞ谷クン」
みぞ谷「ふ、やっときちんと・名前・言ったとおり、言えたな」
のど岡「みぞ谷クン、あなたはなぜそんなに偉そうでいられるのだい」
みぞ谷「ハハハ、偉そうではない、私は」
みぞ谷、フローティングをはじめる。
のど岡「それは何て遊びだい、みぞ谷クン」
みぞ谷「浮遊───」
のど岡「浮遊ッ」
真似して浮遊してみる。
ぎこちない。
みぞ谷「下手、クソ」
のど岡「みぞ谷クンは美しいね」
悦にいってフローティングするみぞ谷。
真似するのど岡。
少しずつサマになっていく。
みぞ谷「できるじゃないか」
のど岡「みぞ谷クンのおかげだよ」
みぞ谷「やればできるのにやらない」
のど岡「いいだろ、私の性格のことなど、どうでも」
みぞ谷「楽しさを逃がしている」
のど岡「ほかの遊びは?」
みぞ谷、突然止まり天井を見つめる。
のど岡「それは何て遊び?」
みぞ谷「傍観」
のど岡「みぞ谷クンは哲学者なんだね」
みぞ谷「フン」
みぞ谷、ポイントを移動しながら「傍観」をつづける。
のど岡、しばらく「傍観」を傍観しているが、よきところで真似をはじめる。
離れた位置で、それぞれの「傍観」をする二人。
のど岡「目的は、何? この遊び」
みぞ谷「癖。のど岡さん、あんたの癖。なんにでも意味を求めたがる」
のど岡「……」
みぞ谷「傍観に意味はない」
のど岡は自分の傍観をやめてみぞ谷の「傍観」を打ち眺める。
のど岡「見事だ」
みぞ谷、また悦に入る。
のど岡「飽きた」
みぞ谷、のど岡を見る。
のど岡、視線を意識。
みぞ谷「のど岡さん、あんたは…」
のど岡「お説教はもういい」
みぞ谷「お説教じゃないのはあんたがよく知ってる」
のど岡「おまえ…、みぞ谷クンのしゃべり方は私を苛立たせる、いつも」
みぞ谷「ほう」
のど岡「態度が気に入らない」
みぞ谷「そう来たか」
のど岡「公園で会ってなどいない」
みぞ谷「遊園」
のど岡「どっちでもいい」
みぞ谷「怒っちゃいけない」
のど岡「もういい。一人にしてくれないか」
みぞ谷「遊びたがっているのはあんただ、のど岡さん」
のど岡「もういい!」
浮遊と傍観を繰り返すみぞ谷。
のど岡「おまえは、私を、コケにしている」
みぞ谷「みぞた…(にくん)」
のど岡「名前などない、おまえに」
みぞ谷「あるのさぁ」
みぞ谷、あくまでも楽しそう。
のど岡、両手を大きく広げる。
みぞ谷楽しそう。
のど岡、悪魔的表情。
のど岡「(殺気とともに)こいつ!」
みぞ谷、殺気に気づき一瞬の恐怖。
のど岡、両手をパシッと合わせる。
みぞ谷、離れたところで倒れる。
のど岡「蝿の分際で!」
床で痙攣するみぞ谷。
目の前の床を凝視するのど岡。
───間。
のど岡、我に返って観客に向かって、
のど岡「困った。じつに困った。困っている───」
ゆっくりと、振り返らず、上手に退場。
舞台床で果てていくみぞ谷。
───END