〇Ⅲ号戦車
1937年に開発された中戦車。装甲師団の中核となるべく開発された中戦車。主砲は37mm砲。ポーランド・フランス戦役の教訓から、50mm砲に換装された(G型後期)。「バルバロッサ」作戦が開始されると、当初に搭載された42口径短砲身型(J型前期)だとT34に対抗できないことが明らかになり、1941年12月から60口径長砲身型(J型後期)に換装された。最終的に搭載された長砲身50mm砲でも火力不足となり、T34と同等の75mm砲の搭載が検討されたが、構造上の問題から改良も限界に達してしまった。
派生型としては、Ⅲ号突撃砲が有名。75 mm 砲を装備した自走砲であり、歩兵支援・対戦車戦闘で重宝された。
〇Ⅳ号戦車
1939年に開発された中戦車。主砲は24口径短砲身型の75mm砲。「バルバロッサ」作戦が開始されると、T34に対する火力不足が問題となり、43口径長砲身型の75mm砲に換装された(F型後期)。火力の向上に伴って、IV号戦車はIII号戦車に代わる主力戦車となり、北アフリカでは大きな戦果を上げた。ドイツ戦車の中で最も生産数が多く、ドイツ戦車部隊のワークホース(使役馬)と呼ばれた。
派生型に「ホルニッセ/ナースホルン」と呼ばれる88mm砲搭載の対戦車自走砲、「フンメル」と呼ばれる150mm砲を搭載した自走砲などがある。
〇Ⅴ号戦車「パンター」
1942年に開発された中戦車。主砲は70口径75mm砲。T34に対抗するために、傾斜装甲や幅の広い履帯を備えている。装甲の強化による重量の増加により、機関や駆動部に大きな負担を与えた。クルスク戦に間に合わせるために製造された最初の量産型(D型)では故障が相次ぎ、思うような活躍が出来なかった。後にこの問題は解決され、装甲師団の中核を担うようになり、連合国から恐れられる存在となる。
派生型としては、「パンター」の車体に88mm対戦車砲を搭載した「ヤークトパンター」がある。
〇Ⅵ号戦車「ティーガー」
1942年に開発された重戦車。主砲は88mm砲。「パンター」とは異なりT34に触発されて開発されたのではなく、当初から陣地突破用に開発された。実戦投入されたときには情勢は変化しており、主に敵戦車隊の突破を阻止する「火消し役」としての機動防御戦闘に多用され、連合国側から恐れられた。「パンター」の初陣と比較しても、戦時中の設計の兵器としては間に合った兵器の代表的な例である。
派生型としては、「ティーガー」の車体に38cm臼砲を搭載した「シュトルムティーガー」がある。
〇Ju87(シュトゥーカ)
1937年に開発された急降下爆撃機。「シュトゥーカ」とは「Sturzkampfflugzeug(シュトゥルツカンプフルークツォイク)」の略。機体構造が頑丈で、整備も容易であったため反復攻撃をこなすことが可能であった。逆ガル式の翼が生み出す下方視界の良さと、安定した急降下性能のため、精密な爆撃を行うことが可能。急降下時にサイレンのような音を立てることから連合国から「悪魔のサイレン」の異名で恐れられた。
〇ネーベルヴェルファー
1941年に開発されたロケットランチャー。口径150mmの円筒形ロケット発射装置を6門同心円状に設置し、足回りには3.7cm Pak36/37対戦車砲と同じものを使用し、非常にコンパクトだった。より小型なロケット弾を大量に投射するソ連軍のロケット弾よりも命中精度が高く、一発あたりの威力も高かった。しかし通常の野砲などに比べ射程が短いために前線に配備されたため、敵歩兵や戦車との直接交戦による損害も大きかった。