1
神よ、我らが大いなる力よ。大洋の底に届くその長き腕を持ちて
深き海を行く男らを支え、守り給え。
我らが祈るときはその声を聞き、深みにひそむ危険から我らを遠ざけ給え。
神よ、祖国を守るため潜水艦に乗る男らを守り導き給え。
夜も昼も、静かな深みにあるときも、波高き水上にあるときも
いかなるときも彼らとともにおわし給え。
おお、神よ。彼らが海の危難のただなかでその名を呼ぶときは聞き入れ給え。
「アメリカ合衆国海軍賛美歌」より
2
東京湾の浦賀水道は、東西を房総半島、三浦半島に抱かれた船舶の航路である。
初夏のよく晴れた朝、南寄りの風が群青色の海面を強く吹き渡る。海に白い波濤が立ち、はるか彼方の陸地には富士山の優美な山容が見える。
幅1・4キロの航路の中央とその両端には、赤や緑のブイの標識が700メートル幅で浮かんでいる。外洋に出る船舶は三浦半島側を航行し、東京湾に帰港する船舶は房総半島側を航行するルールがある。
船の長さが50メートル以上の貨物船、フェリーなど大型船は航路を走る義務がある。小型の貨物船やタンカーなどは、その外側を走っている。この狭隘な航路を行き交う船舶は1日、700隻に及ぶ。
この朝、真っ黒い不気味な船体の一部を浮かび上がらせた艦が浦賀水道を、外洋に向かってゆっくりと進んでいた。海上自衛隊最新鋭のそうりゅう型潜水艦「ひりゅう」である。
「ひりゅう」は全長82メートル、最大幅8・9メートル、排水量2750トンの葉巻型潜水艦である。水上航行中でも、その姿を見せるのは、巨大な鯨の背びれを思わせるセールとその左右に付いている短い翼のような潜舵、上甲板の一部のみ。 船尾から斜めに突き出たX舵が作り出す白い航跡を長く曳き、周囲の波濤と合わせて、水面下に隠れた艦体の大きさを物語っている。
航路を安全に航行するため、「ひりゅう」のセール上部にある約1・5メートル四方の艦橋には、艦長、副長、見習い哨戒長、電話員が身体を触れ合わせんばかりにして立ち並んでいる。艦橋真後ろのセールトップと、左右に張り出した潜舵でも、それぞれ見張り員が手近なポールに掴まりながら、周囲を監視している。全員、首から双眼鏡を吊り下げ、時に眼に当て、視界内に衝突の怖れがある船舶を見つけた時は、艦内の操舵員に連絡し、すみやかに針路や速度の変更を指示する。
「右見張り、右20度2000の漁船、航路内に入ってくる可能性あり、注意せよ」
艦橋に立つ、本条薫の声だった。
錨のマークが入った黒の作業帽に、グレーの作業服を着た二等海尉である。強風に吹き飛ばされないような大声で、右舷潜舵に立っている見張り員に指示を飛ばした。
本条は28歳の船務士だが、近い将来に水雷長になることを予期して、今は見習い哨戒長の任についている。副長の山中充夫・三佐が満足そうな笑顔を送った。艦長の沖田裕而・二佐も真っ黒に日焼けした顔を一瞬、綻ばせた。
1時間後、難所の浦賀水道を抜けると、特別態勢が解除され、通常の航行に移った。
三浦半島の観音崎灯台が遠のく頃には、前方に緑のビロードに包まれたような大島が見えて来た。伊豆七島の最初の島である大島あたりまで来ると、そこから先は黒潮がうねる太平洋の大海原だ。
「ひりゅう」が横須賀基地の第5バースから出港したのは、午前8時。11ノット(時速約20キロ)の速度で水上航行し、潜舵するポイントの5キロほど手前に到達したのは、正午過ぎだった。
周辺の海域には時としてイルカ、鯨などの群れが現れることもあったが、20XX年の今では、その光景は滅多にない。
大島の上空に綿のような雲が張り出し、強い風に流されるように移動しているが、真昼の陽射しは小波だった群青色の太平洋の海面をぎらぎらと照らし、真っ黒い艦体を一層、異様なものにしている。
「艦長、今回の航海訓練で8回目ですね」
副長の山中が、背後の沖田に声をかけた。
「うむ」
沖田は防衛大学校出身の41歳、同期で二番目に艦長に任命された二佐のエリート。
一方、副長の山中は36歳。商船大学を卒業後に海上自衛隊幹部候補生学校に入った一般大学組だが、三佐で艦長への道は近づきつつあった。
「おっ、珍しい」山中が声を弾ませた。
突然、近くの海面からトビウオの群れが飛び出し、胸びれを広げて空中高く飛んだ。蒼黒い群れだが、太陽の光を一杯に受けて輝いている。紺碧の海と、ちぎれた綿雲が浮かぶ真っ青な空の下、本条もしばし見とれるように眼をやった。見習い哨戒長として操艦に当たっていたことを思い出し、慌てて双眼鏡に戻った。沖田は相好を崩し、本条の肩をポンと叩いた。
トビウオが姿を消すと同時に、強い風が艦橋に吹き付け、本条は身震いした。水上艦と異なり、屋根のない吹きさらしの艦橋では、初夏のこの時期でもジャンパーを着ていないと、寒い時がある。
3
「特令事項の合戦(潜航)準備を行います」
本来の当直哨戒長である機関長が艦橋に上がってきた。徳山幹郎・三佐、34歳。周辺海域に潜航を妨げる船舶がないと判断して、沖田に報告したのだった。
沖田はうなづき、艦橋から内部に通じる昇降用の狭い梯子を降りて行った。山中と本条も後に続いた。
艦橋の指揮官旗や救命浮輪など潜航の妨げとなるものが、次々と手早く片付けられ、見張り員たちも順に艦内へ降りて行った。
1人で最終確認を行っていた哨戒長の徳山に、艦内から《特令事項の合戦準備終わり、艦内潜航準備よし》という報告に続き、沖田から「潜航せよ」と命令が下る。
徳山は「潜航、潜航」と繰り返し、艦内に降りて艦橋ハッチをしっかりと閉める。これで「ひりゅう」は完全に密閉された。
「ひりゅう」の頭脳ともいうべき発令所は、船体の中央より少し艦首寄りに設けられている。艦内から唯一、外部を覗くことができる潜望鏡を中心に、30平米ほどの広さしかない。左舷に操縦席、その後方に機械操縦盤や注排水管制盤、海図台があり、右舷側に戦術状況表示装置のモニタが並び、15人が所定の配置についていた。
最後に艦橋から発令所に降りてきた徳山は、潜望鏡の左右2つの取手を両手で握り、やや腰を屈めるようにしてレンズを覗く。倍率を変えながら、360度ぐるりと回し、潜航の障害になるものがないか、注意深く監視してから、艦長に告げる。
「近距離目標なし、深さ18につきます」
「ひりゅう」の艦内は、前方が二層、中央部が三層、後部が一層の構造になっている。前方の下部がソナー室(水測室)、上部が発射管室。中央部は第二防水区画が発令所と乗員居住区、前部電池室。第三防水区画が士官居住区と食堂、後部電池室。後部はAIP機関室が二層、主機械室と主電動機室が一層で横並びに続く。
艦首の発射管室では、濃緑色の魚雷が十数基しっかりと固定されている。魚雷のすぐ前方には、533ミリ発射管が上部に2門、下部に4門装備されている。その魚雷と隣り合わせに、乗り組んでくる実習幹部用の予備ベッドが固定されている。
浦賀水道を抜けて「合戦準備」が下令されて以降、乗組員はそれぞれの担当区画で、艦内のありとあらゆる所を走っている配管、数千に及ぶ弁やスイッチの点検を終えていた。
最終点検が行われた後、発令所では潜航指揮官である先任海曹が、徳山の指示のもとに号令を発した。
「ベント開け」
ベテランの油圧手が注排水管制盤のスイッチを操作して、バラスト・タンク(潜航と浮上のための海水の注入と排出を行うタンク)頂部の弁が開いた。その途端、タンク内の空気が押し出され、代わりにタンク底部の穴から海水が内部に流れ込んでくる。
空気が吐き出される凄まじい音が艦内に響き渡り、水圧がぎしっと締め付けるようにかかってくる。「ひりゅう」は2750トンの鋼鉄の塊のような艦体を、徐々に海中に沈めて行った。
潜航指揮官がトリム・タンク(艦の前後の傾きを調整するタンク)の海水量を調節して艦体のバランスを取った。その後、沖田が命令した。
「深さ100に入れ」
「深さ100、ダウン3度」
潜航指揮官が復唱し、操舵員に号令を下す。
航空機のコクピット内と似たさまざまなパネルの前で操舵員は復唱すると、2本のジョイスティックをゆっくり前方に倒し、「ひりゅう」を3度の緩やかな角度で、深度100メートルに潜航させて行った。上甲板に聳えたつセールも、マスト類も巨大な渦を残しながら、海中に没する。
海面は真昼の太陽が照りつける太平洋の黒潮が、たゆたうだけになった。
4
潜航した「ひりゅう」の艦内は静かだった。艦は6ノット(時速約11キロ)のゆっくりとした速度で、太平洋を北上していた。
潜水艦乗りの仕事は6時間ごとの三交代制である。深い海の中で、長い時には1か月以上も潜ったまま作戦行動に従事するには、タフな神経の持ち主でなければ務まらない。
潜水艦の乗員は水雷科、船務科、航海科、機関科、補給科、衛生科のいずれかに属している。全員が3つの哨戒直グループのいずれかに属し、幹部が務める哨戒長の下、任務に当たる。
出港2日目、本条は真夜中の零時から朝六時までの哨戒長付(哨戒直の責任者である哨戒長の補佐役)があけると、船務長の森島智・一等海尉と2人で朝食をとった。朝食とはいえ、白身魚のフライがメインの重いメニューである。
潜水艦の食事は、6時間の哨戒直のローテーションに合わせて1日4回で回ってくる。「ひりゅう」の場合は朝の6時、夜の6時は重めの食事、正午と零時は軽めのメニューが基本である。
昨日の朝の出港から今まで、全く睡眠がとれなかったためか、普段は話し上手、饒舌な森島も口数が少なかった。食事を終えると、森島は黙ったまま、通路で隔てられているだけの士官居住区の三段ベッドの中段に潜り込んだ。本条も作業服のまま、同じベッドの最上段に上がり、横臥すれば腕が突き出そうな幅60センチのベッドに横になるなり、すとんと深い眠りに落ちた。
夢も見ず、こんこんと眠っていた本条の肩を、そっと揺する者がいた。士官室係の若い海士だった。時計を見ると、もう正午である。目覚まし時計を使えば、狭い士官室に眠っている他の乗員まで起こしてしまいかねないから、幹部を起こすのは、士官室係の仕事だった。
上体を起こす余裕のないベッドの上でそっと体をずらし、足で段梯子を探るようにして降りると、スニーカーを履いた。潜航の時に汗ばんだため、肌着と靴下は替えていたが、作業服は寝ていた時のままだ。
今回の訓練は期間が4週間以上となるため、作業服と肌着、靴下だけで大きなボストンバッグが一杯になるほど持ち込んでいた。日程が突然、延長される可能性まで考えると、肌着は3日に1回、作業服は2週間に1回に着替えるのが精々だった。
士官居住区から通路に出て、トイレを素早く済ませた。鏡に向かって、目脂がないことだけ確認した。
幹部用の食堂には、誰もいなかった。本条は眠気覚ましにコーヒーを頼み、トマトサラダとトーストだけで昼食を終えた。2週間もすると、トマトやレタスなどの新鮮な野菜類はほとんど無くなってしまうから、サラダは出航したての今だけの贅沢である。
本条は発令所に向かった。東シナ海を北上中の台風の進路が気になっていたのだ。各区画を仕切っている隔壁に設けられた小判型のハッチを、長身の背中を丸めて通り抜け、発令所の海図台に歩み寄った。「ひりゅう」が予定航路上を遅れもなく航行していることを確認してから、気象予測をしている三曹に声をかけた。
「ちょっと見せてくれないか」
本条は手渡されたポスターサイズのファックス紙を海図の上に置き、予定航路に台風の進路を重ねた。
「台風2号と本艦の最接近は明後日、三陸沖あたりかな」
「そうですね。この台風は転向点を過ぎて、速度も徐々に速くなっていますし、気圧配置からいっても、日本海に向かうことはまずありえませんね」
艦の安全な航行計画をたてるのは、船務士の仕事の一つだった。「ひりゅう」はこれから三陸沖を北上し、津軽海峡を経由して日本海に出る予定だった。「ひりゅう」にとって最も厄介なのは、100~200メートルと水深の浅い海峡で、台風と遭遇することである。
「台風は大丈夫か」
艦長の沖田も台風の進路が気になるのか、発令所に入ってきた。本条がひと通り説明すると、寡黙な沖田は「そうか」とうなづいただけだった。海図台の航路図にざっと眼を通してから、沖田は発令所を前部扉から出て行った。発射管室に向かうのだろう。
狭い潜水艦で個室を持っているのは、艦長ただ1人である。たとえ上級部隊の潜水隊司令や群司令が乗艦しても、艦長室は使えない。艦長は潜水艦の中で起きる全てのことに直接、責任を負っており、上級部隊の指揮官もその責任に敬意を払うことが伝統になっているからである。
そのため、艦長と副長は当直のシフトから外され、息を抜く間もない。乗組員は当直が明ければ身体を休められるが、艦長に当直交代の声を掛けてくれる者はいない。今回の訓練航海では、台風一過の津軽海峡を通過することになる。難所で知られる津軽海峡は、台風によって普段よりも波浪が高くなっているだろう。艦長の当直は出港した瞬間から、「ひりゅう」が横須賀に着岸するまで終わらないのだ。
5
夕食後、本条は「前直」の菅澤剛機関士と哨戒長付の申し継ぎを行い、交代を哨戒長の森島に報告した。
本条の直属の上司である森島は、変わった経歴の持ち主だった。関西の私立大学で学んでいたが、根がやんちゃな質だったから、ある喧嘩が元で勘当になり、3回生の時に海上自衛隊の隊員募集に応募した。あと一年辛抱して大学を卒業すれば、幹部候補生学校の受験資格を得られるからそれまで待ったらという面接官の助言も聞かずに、大学を中退して一兵卒からスタートを切った。後に部内選抜されて幹部候補生学校に入学し、ハンモック・ナンバー1番で卒業した。本条によって頼もしい上司だ。
森島は作業帽のつばを後ろ向きにかぶり直し、本条に命じた。
「船務士はこの直の間、教育のため哨戒長として勤務しろ」
そして、周囲に聞こえるように言った。
「哨戒長、交代する。前進半速、針路五度、深さ100、哨戒無音潜航中」
「哨戒長、戴きました。前進半速、針路五度、深さ100、哨戒無音潜航中」
本条は緊張しつつ、哨戒長の職務を引き継いだ。
やがて発令所の昼光色の蛍光灯が、暗い赤灯に変わった。
外界が日没を迎えたのだ。人の眼は暗闇に慣れるのに時間がかかる。全没中だから潜望鏡を使うことはできないが、万一、露頂(潜望鏡などを海面上に上げること)することがあった場合、艦内が明るいと、潜望鏡でいきなり暗い海を見ることが困難になるからだ。
水深100メートルの海の中は静かで、特に変わった気配はない。
艦内に二酸化炭素が増え、そろそろ露頂してスノーケル・マスト(吸気筒)を海上に出し、エンジンを起動して動力源の電池を充電すると共に、新鮮な空気を取り入れる時間だなと、本条は時計に眼を落とした。
突如、艦首のソナー室から、天井のスピーカーを通して緊迫した報告が挙がってきた。
《発令所、ソナー。魚雷音、80度》
本条はハッとした。「ひりゅう」の現在位置は三陸沖28キロの地点である。まさか敵の魚雷が襲撃してくるような海域ではない。敵の見当がつかず、本条は一層、慌てた。
《魚雷方位変わらず、こちらに向かってくる》
ソナー室から切羽つまった報告が続く。
「デコイ(囮魚雷)発射、急げ」
哨戒長として、本条はとっさに号令をかけた。潜水艦同士の戦いは相手を先に発見した方が、圧倒的に有利である。自分に有利な態勢で、相手より先に魚雷を発射できるからだ。攻撃を受けた側はとりあえず、その魚雷を回避せざるを得ない。回避のためのほぼ唯一有効な手段が、デコイである。
現代の魚雷は、自分で目標を捜索する能力を持っている。デコイはこの能力を逆用して、自身に魚雷を引きつけるために、擬似音を発しながら航行する。攻撃してきた魚雷がデコイの擬似音を追いかけている間に、潜水艦は素早く針路を変えて回避できる。
「取舵(左)一杯」
本条は操舵員に、回避方向を指示した。
《魚雷、80度変わらず、距離近づく》
切迫したソナー員の声が続いた。
「デコイ、発射。針路005度で航行開始」
デコイが「ひりゅう」の元の針路で、走り始めたようだ。囮に食いついてくれと、本条は祈った。
「針路300度、左回頭中、何度まで回りますか」
操舵員が聞き返した。本条は予想外の魚雷攻撃に冷静さを失い、とりあえず魚雷から離れる方向に舵を切っただけで、新たな針路を指示することを忘れていた。
「240度、ようそろ」
本条は脇の下に冷や汗をじっとりとかきながら、下命する。
「240度、ようそろ」
操舵員は舵を戻し、反対に舵を切り始めた。
《発令所、魚雷音60度、方位急激に変わり始めた。デコイの追尾を始めた模様》
ソナー員の報告に、本条はほっと胸を下ろす。
《魚雷音、まもなく艦尾に入り、失探する》
本条は魚雷の動きが確認できなくなることに動揺したが、魚雷から離れる方向に旋回しているのだから仕方ないと思った。
《発令所、新たな魚雷音、艦尾方向、近い》
思いがけない2発目に、いったん弛緩した判断力が瞬時に働かない。
「やられるぞ!」
森島が叫んだ。
「デコイ発射、急げ」
本条が気を取り直して命じると、ソナー員の声が重なる。
《魚雷、近い!突っ込んでくる!》
絶体絶命の叫びが、階下のソナー室から聞こえてくる。本条はパニックに陥り、ソナー・レピーター(モニタ画面)を呆然と凝視したまま、四肢が硬直した。
6
突如、副長の山中の声がした。
《敵魚雷、『ひりゅう』発令所に命中、哨戒長戦死》
訓練だったのだ。ソナー室で敵魚雷の襲来を次々と想定して、報告を発していたのは副長だった。
本条は息を漏らした。道理でこれほど危険が迫っているのに、艦長は姿を見せず、周囲の反応も今から思うと、切迫感に欠けていた。発令所の多くの乗組員には、あらかじめ本条の訓練と告げられていたのだ。潜水艦に暮らしているようなベテランたちは、笑いを噛み殺している。
「哨戒長の対応、30点」
森島がびしりと点数を下した。発令所に入ってきた山中が指摘する。
「最初、デコイを発射し、舵を左に切ったことはいいだろう。しかし、魚雷に尻を向けたら、魚雷を誘引するデコイの効果が確認できないし、魚雷を発射した敵を探知することすらできない。いったんは失探しても、さらに回り込んで魚雷や敵を探知できる針路を指示するんだ」
「最悪なのは、反撃しなかったことだ。魚雷が飛んできたら、まずはその方向に反撃用の魚雷を撃て。そうすれば、敵だって悠々と2本目は撃てなかったはずだ」
森島がずけずけと言った。本条はただ悄然とするばかりだったが、口元にやや不満げな色を浮かべた。
「何か言いたいことがあれば、言ってみろ。これは訓練で、晒しものにしてるわけじゃないからな」
山中が温厚な顔に戻り、促した。副長は艦長の補佐というより、代行者である。艦長の意を汲んで先手を打ち、航海長の兼務から行動計画の策定、教育訓練と何でもこなさなければ、将来の艦長への道は開けない。
「こんな重要なことは、潜水艦教育訓練隊では教えられなかったように思います。潜訓でもっと・・・」
「潜訓は基礎を教えてくれるが、それを実際に応用するのは、君たち幹部になる者の責任だ。現実には予想できない緊急事態が多い。この時、とっさに冷静な判断ができなくては、お前は仕方ないとしても、部下は全員死ぬ」
深夜零時すぎ、本条はようやく次の当直士官との引き継ぎを終え、士官居住区に戻った。入口に細長いロッカー3本と机1つが備えつけられ、その奥に三段ベッドが横向きに並んでいる。本条の最上段のベッドは天井まで2、30センチだが、唯一のプライベート空間であり、そこに潜り込んだ時の開放感は格別である。だが、先ほどの訓練について思い返すと、いつものようにすぐには寝られなかった。
どうしてもっと、臨機応変な処置がとれなかったのか。自分は潜水艦乗りの資質に欠けるのではないか。夢はもちろん艦長になることだが、七十数名の乗組員を束ね、とっさの事態にも冷静な判断でその場を乗り切る力量が、自分に備わる日が来るのだろううかと考えると、不安が押し寄せてくる。
三段ベッドの一番上で、本条は横になっていたが、今日はなかなか寝つけない。音楽プレーヤーに入れたチェロ組曲をヘッドフォンで聞いていると、ふと頭がわずかに上がる感覚を覚えた。
露頂するための準備が始まったようだ。「ひりゅう」は青森沖を航行しているはずだが、そろそろバッテリーへの充電のために、海上にスノーケル・マスト(吸気筒)を上げる時間なのかもしれない。
本条はふと、沖田艦長の姿を思い描いた。
「ひりゅう」艦長に着任して、沖田裕而は半年になる。当初は寡黙で、どこか近寄りがたい雰囲気があった沖田に対して「お手並み拝見」と距離を置いていた乗組員たちも、今では「うちのオヤジに恥はかかせられない」という心意気に変わっている。操艦の技術が抜群に上手いわけではないが、理論家であり、常に最新情報の収集に積極的だった。
本条は5年前に、自衛官の職を辞めようとしたことがあったが、沖田はそれを慰留し自ら段取りをつけて、本条を海外へ研修に行かせてくれた。まだ幹部にもならない本条を、横須賀の第二潜水隊群の戦術研究会で発表する機会も与えてくれた。
将来、自分もそういう艦長になりたいと、本条は心密かに思った。
7
出港6日目の午前4時40分、「ひりゅう」は津軽海峡を通過した。
台風は予想通りそれたが、小雨混じりの強風が吹いていた。軍事上の要衝である津軽海峡は、領海の幅が通常12海里まで許されるところ3海里と定められ、外国艦船の通過も可能な特定海域とされている。実際に、核兵器を搭載した外国の軍艦が通過することもある。
また西から東に流れる潮流は、ところによって時速7キロになるほど速く、下北半島の先端にある大間岬の沖で大きく湾曲する。
この海峡を潜航したまま安全に通航するためには、潮流に押し流されて浅い海底に衝突しないよう、時どき露頂して艦位を確認する必要がある。
露頂している間は、行き交う船や操業中の漁船に見つからないよう、潜望鏡は白波を立てない程度に低くし、速力を落とさなければならない。また、西に向かう航路は潮流に逆らうため、電池の消耗も甚だしくなり、一層骨の折れる作業になる。
沖田艦長は津軽海峡の東口、尻屋岬沖の浅所にさしかかる前から大間岬を過ぎるまで、発令所の海図台に立ち、必要な指示を出した。比較的平穏なところになると、後は副長の山中に委ね、仮眠を取るために艦長室へ戻った。
西側の白神岬と竜飛崎の間の狭い海峡を通過する際には、沖田はわずか1時間の仮眠から起き出し、再び発令所で指示を出した。白み始めた海上の目標を、自ら潜望鏡で確認したりした。多くを語らずとも、その存在だけで哨戒員たちは緊張を保ち、気合いが入る。
「ひりゅう」が半日以上かけて津軽海峡を西に抜けた時、横殴りの雨は上がっていた。薄墨色の空が茜色に染まり、陽が上がり始めたが、深く潜航した「ひりゅう」に、その神々しい光明は届かない。
その頃、本条は夢の中で自分の軌跡を思い出していた。
本条が横須賀市の走水にある防衛大学校に着任したのは、今から9年前の4月だった。キャンパスは東京湾を望む高台の上で、広大な敷地の東端に校舎があった。
着任したその日の夜、先輩たちがサイダーやおつまみを用意して「部屋会」を開いてくれた。部屋長である四年生の伍代から要員志望を聞かれた。最初に、本条と一緒に配属された同期が口を開いた。
「真田健吾と申します。出身は徳島です。夢はパイロットです」
「本条、お前の夢は?」
「海上要員です。出来れば、潜水艦乗りに・・・」
深い考えではなかったため、言葉少なに小声で答えた。自衛隊のことを調べるうちに、潜水艦に興味を持った。余分なものを削ぎ落とした船体は、誰にも気づかれずに深海へ潜り、孤独な戦いを展開する。不思議な形状と行動に魅せられた。
「見込みがある。実は、俺も潜水艦志望なんだ」
伍代は、にわかに優しい笑みを浮かべた。
防大を卒業すると、広島県江田島の海上自衛隊幹部候補生学校に入校した。1年間の教育を受けた後は、練習艦隊勤務となって国内巡航、次いで北米、中南米への遠洋航海に参加した。24歳で護衛艦の通信士になり、25歳のとき、呉の潜水艦教育訓練隊幹部潜水艦課程に入校が認められた。
この「潜訓」で半年間、座学と実習をみっちりと叩き込まれた。課程を修了した後は、横須賀を母港とする「ひりゅう」の実習幹部として配属された。
「ひりゅう」では幹部や多くの海曹たちから船体の構造、トリムの遠隔操作、油圧、電気系統、魚雷と発射管、ソナー、レーダー、通信機器など艦内のあらゆる装置の操作を教えられた。非常時の対応、関連する規則も身につけた。実習幹部の育成に責任のある艦長は、本条の顔を見るたびに、ありとあらゆる質問を投げてくるなど、徹底的に鍛えられた。
こうした試練を乗り越え、潜水隊司令による最終審査に合格した実習修了の日のことは生涯、忘れられない。しかし、それは一人前のサブマリナー(潜水艦乗り)への、より険しい道のりの始まりに過ぎなかった。
士官室係に起こされる前に、本条は眼を覚ました。音を立てないよう、三段ベッドの段梯子をそっと下りる。さすがに今日は洗面した。壁に取り付けられた半球型の折りたたみ洗面台を引き出し、わすかに水を溜めて顔を洗う。
潜水艦では、真水は海水を蒸留して作る。その熱源である電池の減少を少しでも防ぐため、シャワーの回数も3日に一度あれば良しとしなければならない生活が、もう当たり前のようになっていた。
本条は食堂に向かった。リノリウム張りの床を音も立てずに歩くのも、コツが要る。潜水艦はいわば海の忍者だ。自ら音を発するのは厳禁である。
平時における潜水艦の最大の任務は、警戒監視である。静かに深く潜航して、不審な音を数十キロ以上離れた場所からでも察知し、そこに忍び寄って音源を確認する。それが国家に危害を加える危険性のある艦船などであれば、上級司令部に報告する。
日本の周辺海域では、諸外国の不審船が出没する頻度が年々高まりつつある。太平洋、オホーツク海、日本海から東シナ海に至る日本周辺の広範囲の海に長期間潜り、警戒しているのは、海自が擁する全16隻のうち概ね3分の1に過ぎない。他の3分の1は修理、もう3分の1は訓練などに当たっている。
8
「おはようございます」
本条は幹部用の食堂に入り、先に着席している先輩たちに挨拶した。
テーブルの上にはバター、マーガリン、ジャム、紙パック入りの牛乳などが置いてある。程なく本条の前にスープとハムを添えたサラダが士官室係の海士によって運ばれてきた。
食堂の端は通路になっており、時おり乗組員たちが行き来する。
「本条二尉、魚雷戦の訓練では散々だったな」
これから当直なので、早く目覚めたらしい水雷長の柘植鉄次・一尉が食パンをちぎりながら笑った。本条の一期先輩で、アクアリウムを手作りするのが趣味だと聞いていたが、小さなガラス瓶に作ったものを士官室に持ち込んでいるのを知ったときは驚いた。
「お恥ずかしい限りです。いざとなると、瞬時の判断ができなくなるのかと悩みました」
「初めから出来てたら、俺たちは先輩面してられないよ。悩んだ割には、あの晩はいびきかいて寝てたじゃないか」
柘植が茶化すように言うと、一同もくすくす笑い、本条は苦笑を浮かべた。
「まあ、いつまでも失敗を引きずってるような神経の細い奴なんか、すぐにダメになるからな。その点、本条は俺なんかより図太いよ」
やや遅れて、次に当直に入る機関士、菅澤剛・二尉が挨拶し、本条の横の席に座った。
「おい、聞いたよ。結婚が決まったようじゃないか」
船務長の森島が牛乳の紙カップを取りながら、声をかけた。
「そういえば、最近、妙に嬉しそうだよな。相手は例の五井商船の船長の娘さん?」
「はい、この航海が終わった時にご報告をと思っていましたが、ついこの間、相手のご両親から、どうせ結婚するなら式の都合もあるし夏休みにと言われたものですから」
端正な顔に、はにかみを浮かべ、やや改まった口調で一同に報告した。
「親が海運関係なら少しは安全だ」
「そう願っています。普通の家庭の女性に潜水艦乗りの生活を理解しろと言うのは、難しいですからね」
菅澤はスープを前に照れた。
狭い艦内で生活を共にする乗組員たちは、仲間意識が強く、自然と各自の家庭環境、健康問題、悩み事などが共有される。特に結婚に関しては、女性との出会いが少ない職業だから、司令部の上層部はもとより、心配される。
「民間の船員だって、われわれ潜水艦のことは理解しづらいらしいよ。もし、婚約破棄されたら、今度は俺が面倒みるから遠慮なく相談してくれ」
結婚後、二度目の航海から帰ったところ、新妻が置き手紙を残して実家に帰ってしまっており、連れ戻すのに三か月かかったという柘植が親身に言った。家族にも何処へ行くのか、いつ帰ってくるのかさえ、職務上の秘密で漏らすことが出来ない潜水艦乗りは、ようやく伴侶に巡り会えて結婚できたとしても、新妻泣かせの職業であることに変わりない。
本条はコーヒーを飲みながら言った。
「後輩にも先を越され、ぼくもそろそろ《セブンスター》の仲間入りかなあ」
なかなか結婚できず、独身のままの艦長もいるほどで「ひりゅう」の適齢期ぎりぎりの乗組員7人はタバコの銘柄をもじって、《セブンスター》と揶揄されていた。菅澤とは同じ二尉だが、年齢は1つ下である。
「本条は女性にこだわりが強そうだから、自分で選ぶことになるだろうな」
「冷たいですね。ぼくは生涯独身ですか」
「ミスターひりゅうが、情けないことを言うな。そのうち、天使が舞い降りてくるさ」
柘植は飲み会の席で、何かの拍子に、艦一番のハンサムでなければ、キャリアが長い訳でもない本条のことを《ミスターひりゅう》と呼んだ。以来、乗組員一同にまでからかい半分、そう呼ばれるようになった。最初は恥ずかしくて抗議したが、そのうち本物のミスターが乗ってくるだろうと大人げない抵抗をやめると、ミスターの呼び名がそのまま定着してしまったのだ。
9
食後、本条は艦首下層にあるソナー室(水測室)に向かった。海曹たちの居住区に入り、ベッドの間の狭い通路から床のハッチを静かに開け、ステンレスの梯子を伝って降りた。そこがソナー室の前だった。この部屋が、「ひりゅう」の眼と耳と言える。
軽い防音ドアを開けると、照明を落とした部屋には、防音用に分厚いカーペットが敷き詰められている。中央には深緑色のモニタと帯状の紙を巻き上げる記録器、左には音圧レベル計と回転式の選択スイッチを備えた機器がある。そこでヘッドフォンを付けた3人のソナー員が、カーソルを動かしたり、スイッチを操作したりしている。
本条が声をかけようとすると、気配に気づいた西野毅・二曹がモニタから振り向いた。
「あっ、船務士。どうかされたんですか」
「先日、貸してもらったCDを返しにきたんだけど」
「聞かれました?あの弱音の感情豊かで繊細な響き、堪らないでしょう?」
数々のコンクールで受賞した若手チェリストのCDだった。
「西野二曹の耳は違うね。心がふやけそうになった」
本条は礼を言ってCDをソナー・コンソールの端に置きながら、「魚雷戦の訓練では、よくもあんなに切羽つまった声で騙してくれたな」と、西野の肩をこづいた。
《魚雷、近い!突っ込んでくる!》と真に迫った絶叫で、どれだけ狼狽したことか。あのときは山中副長のシナリオで、このソナー室から魚雷が襲来してくる様を実況していたのだった。西野は笑いをかみ殺している。
29歳の西野の経歴も、特殊である。中学を卒業後、海上自衛隊の少年術科学校に入隊し、4年間ソナーを中心とした教育と訓練を受け、潜水艦部隊に配属された。約10年の経験を持つ。
左隣に座る相原雅允・一曹は高校卒業後、海上自衛隊に入り、やはりソナーひと筋の経験豊富な水測長である。
水測員などの海曹士は専門課程を修めた証として、「ドルフィン・マーク」の他に、特技マークごとの「特技徽章」が付けられる。
「発令所、ソナー。西からまた雨が近づいてきました。今のところ、探知状況に大きな影響はありません」
相原は監視系の記録器に影を落とし始めた雨の音を、ヘッドフォンでも確認しながら報告した。電波の届かない海中では、ソナーが外界の状況を知るほぼ唯一の手段だからだ。
「ひりゅう」の艦首に装備されているパッシヴ・ソナーは、海中のさまざまな音の中から敵艦のエンジンや推進器から発する音を探知するのだが、潮流や波、海中生物の鳴き声などの雑音も入りやすい。しかし2人のようなベテランにかかると、スクリュー音を聴くだけで、軍艦かタンカーか漁船かが瞬時に区別できるだけでなく、回転数から速度まで計算できるという。
「本条二尉、聞こえますか?」
西野がヘッドフォンを渡してくれた。本条は耳をすませた。トントントンと、金槌で船体を打つような音が聞こえてくる。
「カニ?海老?」
西野は首をかしげた。
「もしかして、カーペンター・フィッシュかもしれませんよ」
「それ、どんな魚だっけ」
「昔のアメリカの潜水艦乗りがその音から、大工を連想して名づけた魚です。音を聴くことはあっても、誰も姿形を見たことがない幻の魚です」
実習幹部の時から、本条はしばしばソナー室を訪れては、外界の音を聴かせてもらっていた。四国沖に出た訓練航海では、クジラの歌声を聴く機会があった。西野は「愛をささやきあってますよ」と言ったが、本条にはそんなロマンチックな音には聞こえず、自分の感性が乏しいのかと思ったりもした。
10
航海7日目に入った「ひりゅう」は、秋田県男鹿半島の沖合100キロを、深度100メートルで航行していた。
今朝の日本海は波静かで、初夏とはいえ陽が照りつけると、海表面と水中深くでは、温度差が大きくなる。そうなると、水上を行く艦船はすぐ近くに見えているのに、音は聞こえない状態になる。
「そろそろ始めるか」
沖田艦長は自ら海図台の傍らに立ち、艦位を確認しながら呟いた。
「了解しました。私もこの季節、この海域で、しばらく音波伝播調査のデータを取っていませんでしたから、やりたいと考えていました」
直の哨戒長である森島が答えた。
沖田は艦長室に退いた。こうした定常的な作業に、艦長が立ち合うことはなく、出来るだけ哨戒長に権限を委ね、乗組員たちが自主的に行動するようにしている。
音波の伝わり方はその海域の水温、塩分濃度などによって、微妙に変化する。そうしたデータを取っておくことは、潜水艦にとって必要不可欠な仕事だった。
発令所、ソナー室などの直の乗組員たちが態勢を整え、森島は命令を発した。
「XBT(投下式水温水深計)発射用意!」
艦首のソナー室から、復唱があった。発射はソナー員が行う。この命令により、ソナー室から1人が急いで艦尾方向の電動機室に走った。
「発射用意よし」
電動機室のソナー員の声を、発令所の電話員が中継した。
「XBT発射、用意、テー(撃て)」
森島が命じた。電話員の中継で、電動機室のソナー員が水圧発射スイッチを押した。ワイヤにつながれた小型魚雷に似た形のXBTはいったん、海面まで上昇した後、海底に向かって沈み始めた。海底に着くか、ワイヤが途中で切れるまで、水深と水温がソナー室の記録器紙面にグラフとなって表示されて行く。
水測長の相原はそのグラフを見て、水中の音波伝播状態を把握し、音が届きにくく隠れやすい深度や、反対に音が届きやすく捜索が容易な深度などを直ちに計算し、図を作成して行った。
「ソナー、発令所。全没状態の潜水艦を捜索するための最適深度は、どのあたりだ」
森島が聞いた。
《発令所、ソナー。この計算結果からすると、深度200メートル付近が最適かと思われます》
「了解、発令所」
そこで森島と相原の交話はいったん止んだが、しばらくして再開された。
「ソナー、発令所。これより200に入って全周精密捜索を行う」
《発令所、ソナー。了解》
次いで、森島は操舵員の後ろに立つ、ベテランの先任海曹である潜航指揮官に下命する。
「深さ200」
潜航指揮官は、左舷の操舵席で操作している操舵員の志満に命じた。
「深さ200、ダウン3度」
操舵員の志満武雄は北海道の富良野出身である。民間航空機のパイロットを目指して高校卒業後、まずは海上自衛隊に入り、航空技術を学んでからの転身を考えていた。しかし、入隊教育中に潜水艦を見て虜になり、空中から水中に変えてしまった変わり種である。
身体の重心をわずかにかけるような手つきで、志満がジョイスティックを操作する。それに従い、「ひりゅう」は徐々に深度を下げていった。
深度計の目盛りが動いていくのを見つめながら、志満は「深さ160、深さ170」と読み上げていく。深度が180メートルまで到達すると、潜航指揮官が「前後水平」と下令した。
志満は姿勢角を戻し、200メートルを超過しないように、少し手前で潜舵を戻した。今度は潜舵を上げ、潜入の勢いを止める。深度計がちょうどの目盛りを示したところで「深さ200」と報告した。
「前進微速」
森島が命じた。航走雑音を抑えて、捜索するためだ。4ノット(時速約7キロ)に近づいたところで再び命じる。
「ソナー、発令所。全周精密捜索、始め」
ソナー室から復唱があった。
森島は発令所天井付近に設置されているモニタを見上げて、捜索の状況を見守った。濃緑色の画面に、さまざまな音を示す白っぽい輝点が尾を引いて流れていく。
水中を伝播する音は空気中よりはるかに早く、また遠くまで届く。このため、光も電波も役に立たない水中では、唯一の有効な捜索手段である。
《発令所、ソナー。S(シエラ)133、方位変わらず。遠距離。遠ざかる商船、S119、326度、方位わずかずつ右に変わる。北上する商船・・・》
相原が報告を続ける。
《発令所、ソナー。不明音探知。22度感1、かすか、あれ?これは新目標、S140とする》
ソナー員の声に、かすかに緊張が走った。
森島の傍にいる本条は、ソナーが尋常ではない何かを捕捉したのではないかと感じ、神経を研ぎ澄ました。他の乗組員も同じだった。
11
ソナー室で、相原と西野は身を硬くしていた。
「このくぐもった音、通常は聞かないよな」
「気になる音ですね。でも、どこかで聞いた気が・・・」
「もしかして、ロシアの原子力潜水艦じゃないか」
「そういえば・・・以前、潜訓の聴音訓練で聴いたサンプルがこんな音でした。すぐ調べます」
電動機室から戻っていたもう1人の若いソナー員も交えて、3人の意見は一致した。すぐにローファーグラム(目標の音の周波数成分を調べる操作画面)で、音紋解析にかかると同時に、相原が報告した。
「発令所、ソナー。S140、ロシア原潜の可能性あり」
全周精密捜索中、めったに出遭うことのないロシア原潜らしき存在を偶然キャッチしたことで、発令所は緊張に包まれる。
「艦長に報告」
「戦闘無音潜航、発射管制関係員、配置につけ」
次々と森島が命じ、本条は作図指揮官の位置についた。
「操舵員、以降、ゆっくり舵を取れ」
「了解」
「運転室、以降の速力変更時の回転数変更は、きわめてゆっくり行い、間違ってもキャビテーションを出すなよ」
スクリューの回転が急激に変化することによって生じる泡の音を出さないように、指示した。
艦内の交話は、艦長室に全て聞こえるシステムになっているから、沖田が発令所に姿を現していた。副長の山中も、傍で耳をそばだてている。
艦内各所からの報告を聞いていた油圧手が「戦闘無音潜航よし」と、艦内の静粛性レベルが一段高くなったことを報告した。
緊急時とあって、ソナー室から相原が発令所に上がってきた。沖田に報告する。
「グラム(音紋)を見ますと、リダクション・ギア(減速装置)の信号を出しています。給水ポンプらしき信号も出ていますので、ロシアの原子力潜水艦に間違いないと思います」
沖田は静かにうなづいた。
「近接状態にあるので、このまま近づいて、航走音の録音が間違いなくできるよう再確認しておいてくれ」
「了解しました」
相原は、かすかに頬を紅潮させて下りて行った。
「哨戒長、もらうよ」
沖田は以後、自分が直接、艦の指揮を執ることを明言した。
「船務長、このまま近づいて相手の艦尾に回り込む。近づき過ぎないようにな」
次いで、沖田は潜航指揮官に対して「深度は50メートル程度なら違っても構わない」「しばらくトリム・ポンプは動かすな」「舵は最小限に動かせ」と指示し、今度は「ソナー、スクリュー音が聞こえたら、近づきすぎだ。わずかでもその兆候を捕まえたら、すぐに知らせろ」と矢継ぎ早に指示を出す。
戦闘無音潜航となったため、音を出さないように、交話はマイク・スピーカーではなく、全て無電池電話を装着した電話員を介して行う。非番の乗組員たちは無論、次の当直の乗組員たちもベッドで横になり、じっと息を潜めた。雑音の発生を抑えるため、トイレの使用も厳禁だ。
指揮管制装置のディスプレイを凝視していた森島が、報告する。
「S140、方位さらに右に変わり、28度。かなりこちらに近づきつつあります。概略針路160度」
副長の山中が進言した。
「このままでは、CPA(最接近距離)が近くなり過ぎる可能性があります。もう少し離してはどうでしょう」
沖田はうなづいた。
「取舵10度、300度、ようそろ」
操舵員の志満は慎重に舵を切り、「ひりゅう」はゆっくりと左に回頭を始めた。その様子を確かめながら、沖田は「特別無音潜航」を命じた。
「ひりゅう」の艦内では、かすかな通風機の音さえ止まった。発令所の空気はじりっとも動かなくなった。緊迫の度合いがいよいよ高まった。
「S140の航走音記録、始め」
沖田が下令すると、ソナー室で録音装置が音もなく動き出した。艦の針路が300度となった頃、ソナー室から報告が入ってきた。
《信号音、わずかに周波数低下。CPA付近に到達したものと思われます》
「面舵、100度、ようそろ」
沖田が命じた。相手との距離をあまり開けずに追尾する思惑だった。
本条は、自分の心音まで聞こえるような気がした。張りつめた空気と、通風機が止まってむっとした室内で、乗組員たちは額に汗をにじませている。
《S140、90度、方位さらに右に変わる》
ソナー室からの報告に、沖田はうなづいた。
「回り込んで相手の艦尾についたところで、時期を見て司令部に報告する。船務士、探知報告を起案してくれ。機関士、的速(相手艦の速力)が分かったところで、現在の電池残量から追尾可能な時間を出してくれ」
12
最終的にロシア原潜が方位165度、5ノット(時速約9キロ)の速度で航行していることを把握した。「ひりゅう」は艦尾方向から少しずつ、位置を変化させながら追尾を開始した。
本条は自衛艦隊司令官、潜水艦隊司令官宛てに、ロシア原潜探知の事実、その針路、速度、位置、追尾中であることなどを記した電文を作成し、艦長の了解を得ると、いつでも送信できる態勢を整えた。
沖田は必要な録音ができたことをソナー室に確認すると、速力を落とさせ、相手艦に気づかれないように、少し距離を開けてから露頂を指示した。司令官への暗号電報は、海面すれすれの位置まで深度を浅くし、海面上に出した通信アンテナから電波を飛ばす。
いったん露頂した「ひりゅう」は再び全没し、さらにロシア原潜を追尾した。
やがて音紋解析から、ロシア原潜はNATOコードネーム「オスカーⅡ」であることが判明した。米空母を攻撃するために設計された、水中排水量1万8000トン―「ひりゅう」の約6倍の巨大な巡航ミサイル原潜である。その原潜を半日間、息を潜めるようにして追い続けた。その間、乗組員の食事は全て缶詰とし、トイレの使用も制限された。
「オスカーⅡ」はその動きからして、「ひりゅう」の追尾には気づいていない様子だった。半日近くの追尾にもかかわらず、ロシア原潜が日本海を潜航している目的は掴めなかった。「オスカーⅡ」の目的が単に日本海を通過するだけではないことは、5ノットという速度にも表れている。原潜としては遅すぎる速度だ。
「発令所、電動機室。現在の速力で電池残量あと3時間です」
機関長の徳山が報告する。
本条は歯ぎしりした。ロシアの原潜は艦内の原子炉で自ら発電でき、半永久的に航行可能だが、日本の通常動力式では限りがある。「ひりゅう」はスターリング・エンジンによる半永久的な航行も可能だが、それでは速力に差がありすぎる。
本当は露頂してスノーケル・マストを出し、ディーゼル・エンジンを起動して電池の充電をしなければならないところだが、大きな音が出るので相手に探知されてしまう。そうなれば、最高速度30ノット(時速約56キロ)でまかれてしまうだろう。証拠を消すために、「ひりゅう」に魚雷を撃ってくるかもしれない。そうなれば、74名の乗組員もろとも、艦は撃沈するだろう。
「機関長、電池残量があと1時間になったら教えてくれ」沖田は言った。艦長は「ひりゅう」の電池が切れる直前まで「オスカーⅡ」を徹底的に追尾し、相手の手の内を把握しておくつもりなのだろう。
3度目の交信をした際、交代時間を指定され、あとは哨戒機P-3C《オライオン》による追尾に切り替えよという命令がきた。悔しいが、従わねばならない。本条が潜水艦隊司令官の命令を伝えると、沖田は「そうか」とだけ答えた。
本条は沖田艦長の表情をそっと窺ったが、追尾中と変わらぬ淡々としたものだった。艦長とはかくあるべきなのか。
「ひりゅう」は交代時間直前、「オスカーⅡ」に気づかれないよう、深度200メートルから無音で潜望鏡深度に露頂し、アンテナを立てた。
本条がUHF波で航空機を呼び出すと、応答があった。哨戒長についていた機関長の徳山が「艦長、P-3Cが飛来します」と報告した。
沖田がうなづいて、時計を見た。14時50分だった。
本条はP-3Cの誘導のために、規定の周波数で交信を始めた。
「フェザーライト(P-3C)、ドルフィン(ひりゅう)、サイテッド・ユー・ベアリング163、オーバー(航空機、こちら潜水艦、貴機を視認した。方位163度、どうぞ)」
本条の連絡で「ひりゅう」の位置を知ったP-3Cは低空飛行に入り、《ナウ・オン・トップ》と「ひりゅう」の真上を通過したことを伝えてきた。本条がロシア原潜の位置を通信すると、自らもその位置を把握したP-3Cは、潜水艦捜索用のソノブイ(対潜水艦用音響探知ブイ)の敷設を開始した。
ソナー室では、P-3Cが投下したソノブイが着水する音を捉えていた。「オスカーⅡ」が注意深ければ、この着水音を探知して、目下の行動を断念し、おそらく母港のウラジオストックに向けて去っていくだろう。
「ひりゅう」の乗組員たちは一刻たりとも気が抜けなかった長い追尾に、疲れきっていた。無事に任務を引き継いだことに安堵し、任務を達成できた歓びが、艦内の隅々に波紋のように広がった。
「あとは航空部隊にまかせよう。皆、ご苦労。元の任務に復帰する」
沖田は一同の高揚した様子を眺め、後は何事もなかったような平静さで艦長室へ踵を返した。