キキョウシティ Side.B

Side.B

オーキド・グリーンはキキョウシティの喫茶店で人を待つ。

古く趣あるキキョウの町並みを横目に、本日の資料を再確認しているところだった。待ち合わせの時間はそろそろだったが、待ち人はまだ来ない。

昨日、ワカバでメルとアオイにポケモンと図鑑を渡したのはこれのためのついでと言っていい。ちょうどこの日に打ち合わせがあり、メルとアオイが旅立ちだったのだ。研究の分母は多い方がいいに決まっていた。

「オーキド博士、お待たせしました」

書類が揃っているかと確認していると、少女の声が耳に入る。顔を上げた先には、聞いていた年齢にしては背の高い、クリスタルの娘――ベリルがいた。

深い藍色の黒髪を一本に結んで腰まで伸ばし、短い前髪によって露わになった目はまつげが長く水晶のような薄青をしていた。その表情は堅く、母親のような愛想はどこにも見られない。仕事中のクリスのような、否一層厳しさを持つ整った相貌は、母親を見たことがなければ親子と思うことも難しいかもしれなかった。

――似てないな。

クリスの娘を見るのは初めてだ。普段は母に見てもらっていると聞いていたから、彼女がグリーンに娘を見せることがなかった。彼女はあまり、家族の話をしない。娘の話も――夫の話も。

ベリルが席の向かいに座る。まだ十歳の誕生日すら迎えていないとは思えないほどしゃんとした背筋の彼女は、店員に紅茶を頼むと端的に話し始める。

「初めまして。ベリルと申します」

「よく来てくれた、オーキド・グリーンだ。話はどこまで聞いている?」

「ポケモン協会より、今回は多数種のポケモンの捕獲だと伺っております」

ベリルは、まだ九歳の捕獲屋だ。しかしその佇まいは、どんな子供とも違っていた。オーカのような礼儀正しさではなく、サツキのような活発さもなく、メルのようなわがままさもなく、アオイのような溌剌とした愛嬌もない。明確にビジネスをしている大人そのもの。既に二年のキャリアを持つ彼女は、子供らしいかわいらしさというものを欠片も見せなかった。

――明確に、プロとして目の前に立っている。

クリスの娘としてではなく、九歳の子供としてでもなく、捕獲屋として。思わずほう、と感心してしまう。ここまで成熟した態度を、同じキャリアの者ができるだろうか。

これなら、十分任せられるだろう。グリーンは話を続ける。

「そうだ、依頼したいのはジョウト地方のポケモン全種類。各地でリージョンフォルムなどが確認されているが、そういった変化がないかという生態調査のために行ってもらいたいと言うのがポケモン協会の意向だ」

「なるほど。ジョウトで確認されているポケモン全てとすると、約240匹ですね」

「それは少ないんじゃないか」

「いえ、これで正しいです。捕獲屋が伝説のポケモンに分類されるものを捕獲することは法令で禁止されていますので」

彼女がそう言うと、タブレットを少し操作してから画面を見せてくる。六法全書の有料アプリらしい、それのタイトルには「携帯獣の保護および管理並びに捕獲の適正化に関する法律」とあった。示された条文には、確かに伝説のポケモンや幻のポケモンなどの、“仮想とされていたポケモンの実在が確認された場合、仕事としてそれを捕獲することを禁ずる”旨が記されていた。

「捕獲屋がこれらのポケモンを捕獲したという例はないそうですが、ホウエン地方には伝説のポケモンを捕獲しているフロンティアブレーンもいますので、ビジネスのためや好事家によって捕獲されバランスが崩れるのを防ぐために作られたものです。個人でならば可能ですし、博士ほどの実力者ならばできるでしょう、捕獲したいならばご自分でやってはいかがでしょうか」

「いや。……それは目的ではない。できないならばそれでいい」

ぱっと法律まで出せるとは。明朗に語られる理由に感心しながら、グリーンはさらに商談を続ける。報酬は一匹送るごとに十万円。旅費は別途先払いで五十万。累計を想像しただけでめまいがした。いくら今回の依頼がポケモン協会名義とはいえ、なんと膨大な金額になるのだろう。この額が、こんな幼い少女一人にのしかかることになるとは。

今回の依頼は、ポケモン協会から受けてグリーンが窓口になっているものだ。捕獲屋の選定の時に、クリスが「娘ならこの額の仕事に慣れているから」と勧めるから決定したとはいえ、年齢的に不安も残る。たとえクリスに信頼があったとしてもだ。

「それでは契約内容ですが。報酬はこれでいいとして、捕獲する種類は伝説ポケモンを除いた一般に生息するポケモン――以外に、色違いのポケモンを除いてもよろしいでしょうか?」

「色違いを? それは構わないが、何故」

「色違いを捕まえたら譲ってくれと声をかけられているのです。一千万以上を出せるならばお譲りしますよ」

「……」

クリスの言っていたことは、これか。

ポケモンコレクターたちの中でも、特に裕福な好事家が好んで集めているという、色違いポケモン。彼女のメインの客層は主に初心者だと聞いていたが、それとは別に好事家たちへの販路の広さが彼女の売りらしかった。

「……内容はそれで構わない。期限は問わないが、終わるのは早いほうがいい。捕まえたポケモンは順次オーキド研究所へ送ってくれ、確認が済み次第ポケモン協会より報酬が振り込まれる」

「かしこまりました。では契約書と振込先は本日中にデータをお送りします。契約書と先払いが確認でき次第、ポケモンをお送りします」

「了解した。では早めにこちらも対応しよう」

「なにかあれば連絡してください。それでは」

「待て、話は終わっていない」

「……なんでしょう」

早々に話を終わらせようとするベリルを抑え、グリーンは鞄からポケモン図鑑とモンスターボールを取り出す。

白の小さな箱形の機械と、ヒノアラシの入ったボール。昨日、アオイとメルに渡した三匹のうち、残った一匹だった。

「ここから先は、ポケモン協会ではなく、個人的なお願いだ。これらを持っていってほしい」

「……これは?」

「ポケモン図鑑、そしてヒノアラシだ。その図鑑にはまだデータがなにも入っていない。全種類を捕まえるにあたって、リスト管理もしやすいだろう」

簡易に説明をすると、ベリルはポケモン図鑑を手に取る。少しいじってから、わかりましたと机に置いた。次にヒノアラシのボールを一瞥すると、彼女はグリーンを見て告げる。

「ヒノアラシは連れて行けません」

「何?」

「わたしのパーティーは既に完成しています。ましてやヒノアラシでは、捕獲をするのに有用な技もない」

「しかし、こちらの研究には図鑑とセットでなければ」

「では研究に協力するための報酬を要求いたします。ボランティアでポケモンを育成する余裕はわたしにはありません」

話は終わりですね、と彼女は立ち上がる。もう一度引き留める気はもうなかった。彼女はプロだ。サツキやオーカや、アオイのような新米トレーナーではない。ついでとばかりに頼むには、プロの仕事に対して敬意があるまい。

ベリルの去る姿を見送ると、ヒノアラシのボールを見下ろす。

「残念だったな。お前には、また別のおやを探してやろう」

知っている子供たちには既にポケモンを渡しきってしまい、新しいトレーナーを探すには時間がかかるが。

ヒノアラシは無表情だった。ただ、背中の炎が怒るように燃え盛っていた。

+++

ベリルは商談を終え、キキョウシティの中帰路を歩く。世界中を飛び回り、年に数回しか帰らない実家へ帰るのに、ジョウト地方での仕事はちょうどよかった。ポケモン塾の前を通り、町から十分ほど歩いた先にあるのがベリルの家だ。

ベリルが生まれる少し前に移ったという家は、五階建てマンションの一室。小さいながら鍵がないとエントランスに入れないセキュリティがしっかりしたマンションだった。エレベーターで三階へ上がり玄関の鍵を回して入ると、パン! と大きな音で出迎えられた。

「ベリル~おっかえりぴょん~! あたしの孫が帰ってきた~!!」

「……ばぁば、こういうのいつもやめてって言ってるじゃない……」

「も~! ママもベリルもなかなか帰ってこなくて寂しいばぁばのことをもっと構って! 今度はどこに行ってきて、どこに行くのか全部洗いざらい吐かないとばぁばは許さないぴょん!」

クラッカーを鳴らしたかと思うと、もうとうに六十を超えたはずの祖母は年齢を無視したハイテンションでベリルを中へと引きずり込む。長身をアイドルばりのかわいい衣装に身を包み、銀の髪をツインテールにした祖母は本当に老女なのかと疑いたくなる。

忙しい母に変わってベリルをほとんど育ててくれた祖母だが、このテンションにはさっぱり慣れることがない。疲れて帰ってきた後だとなおさら疲れてしまう。

はぁと大きくため息をついてから、祖母の腕を剥ぎ取ってベリルは荷物を床に置いた。そこから今日の打ち合わせ資料を取り出すと、祖母へきちんと釘を刺す。

「ばぁば、わたし新しい仕事の契約書作らないといけないの。話は後でするから……」

「えーっ、帰ってきたんじゃないぴょん!?」

「違うわ。ジョウト地方のポケモンを一通り捕まえて欲しいって依頼があったから、一旦戻ってきただけよ。お母さんから聞いてない?」

「お母さんも学会が近いからって三日くらい帰ってきてないよ。もう、あんたたち親子は働き過ぎだぴょん!」

「ばぁばだって、どうせ今でも出回ってるじゃない」

親子三代で続く捕獲屋の老舗。それがベリルの家だった。幼少より捕獲の技術を叩き込まれ、捕獲の専門家として育てられてきたベリルにとって、家族の団らんというのは最も遠い。仕事好きで、休むことを知らず、放浪癖のある家系では仕方のないことだった。

祖母はベリルを育てるために仕事を引退し、現在は年を理由に家を守っているが、今でもベリルや母の留守中に突発的に旅に出てポケモンを捕まえたりしている。きっとそういうのが、この家に男の影がない理由なのかもしれなかった。

「とにかく、まだ仕事が残ってるから邪魔しないでね。終わったら相手してあげるから」

「ぶー。仕事に真面目なのはいいけどばぁばと遊んでくれなきゃつーまーんーなーいー!」

「……はぁ、一体どっちが子供なのかしら。孫よね、わたし」

+++

Side.A

草むらを抜け、足が舗装された道に乗った瞬間、アオイは大きくため息をついた。

長かった。

昨日メルに置き去りにされてから半日かけてワカバタウンへと戻り、ヨシノシティまで再び行くのに半日かかった。結局、旅の初日は往復だけで終わり、さほど遠くはないはずのキキョウシティに着いたのは旅に出てから二日目の夕方になっていた。

――旅ってこんなしんどいもんなん!?

時間がかかった心理的疲労だけではない。舗装もされていない道を長時間歩き通しなのがこんなに辛いとは思わなかった。荷物は重いし、あちこちから飛び出してくるポケモンに驚いては逃げてとしていて普通よりも倍は時間がかかった気がする。これで道中にポケモンセンターが等間隔で置いていなかったら企画なんて放って父親を呼び出していたかもしれない。

――そら、ジムバッジ集めきるのも大変なわけやわ。

一緒に歩いてきたミルタンクのみるみるも、チコリータのりったも体中を傷だらけにして疲れ切っていた。慣れないバトルに気合いを入れるよりも先に、逃げるのに必死だったので二匹ともバトルは一度もしていなかった。

「ま、まぁ仕事はあくまで旅の様子を公開することやし! 無事にキキョウに着いただけでも上等やわ! 今日のブログはうちの担当やし、みるみるもりったも写真撮ろーや!」

ポケモンセンターを探しつつ、綺麗にマダツボミの塔が見える場所を見つけるとそれを背景に写真を撮る。新しい仲間のりったをお披露目するのだ。疲れを感じさせないくらいの笑顔を作ってみせた。マダツボミの塔の後ろに回った夕日が美しく、いい時間に着いたなと撮った写真を満足して保存した。

更新はポケモンセンターに着いてからでいいだろう。判断をそこそこにリュックを背負い直す。ポケモンセンターはここからさほど遠くないはずだ。

キキョウシティは、エンジュシティに並ぶ古都だ。撮影で何度か来たことがあるが、こうしてゆっくり歩くのは初めてだった。町の中心しか知らない記憶と地図を辿って、ポケモンセンターを目指して歩く。地図の向きに苦戦しながら、ようやく目星をつけたところでアオイの名前が呼ばれた。

「アオイ、お前もキキョウに着いたところか」

「オーキド博士! こんにちはー」

ファンかと思って振り返れば、昨日会った白衣の色男オーキド・グリーン博士だった。その表情は昨日のクールさから変わって、どこか焦った様子だ。少し息が切れている、走っていたのかもしれなかった。

「どうしはったんですか?」

「お前、ヒノアラシは見なかったか?」

「ヒノアラシ? 昨日の?」

「そうだ。午後からいなくなってしまったんだ」

あれは研究資料として取り寄せたのに、とオーキド博士は頭を掻く。行き先に心当たりはないが、そう遠くには行ってないはずだと探し回っていたらしかった。そう聞かされてもアオイは町に着いたばかりで、ヒノアラシなど見かけるわけもなく。

ふむ、と話を聞いていると足に体重がのしかかる。りったが立ち上がってなにかを訴えているところだった。大きな葉っぱのポニーテールを揺らして、かしかしとアオイの足を引っ掻く。それを抱っこしてあやすと、少しだけ涙目になりながらいくらか感情を落ち着けた。

「りった、ヒノアラシが心配? まぁ三匹一緒におったもんな~。どうせ急ぐ旅でもないし、ついでに探しときますよ、博士」

「ああ、そうしてくれると助かる。チコリータの様子はどうだ」

「元気なええ子ですよ! みるみるとも仲ようしてくれてるし、愛嬌がいいから写真もかわいく撮れてモデル向きです!」

「それは別にいいんだが……見たところ、バトルはしてないな」

「え!? まぁ……バトルしたことないんで……」

じっとチコリータを見たかと思うと、すぐに見抜かれてぎょっとする。見ただけでバトルの経験なんてわかるものなんだろうか。オーキド博士はみるみるのことも少し見て、筋肉は十分だが、なんて呟く。

「旅をするなら野生ポケモンの対処くらい覚えておいた方がいい。この辺りは強いポケモンも少ないが、そのうち困ることになるぞ」

「そう言われても……」

「まずは、ポケモンジムに行くといい。初心者にバトルを教えるのもジムの仕事だ」

すっと指さした先には、キキョウジムが建っている。曰く、トレーナーの実力を試すだけではなく、育てるのも重要な役割なのだとか。てっきり腕に自信のある人だけが行く場所だと思っていた。

ふぅん、とオーキド博士の講義を聞き流していると、話し終わったのか帰ろうとするので慌てて引き留めた。これを聞かないといけないのを忘れていた。

「そういえば博士、メルはどこに行ったのか知りませんか!?」

昨日会った、ポケモンリーグ四位のフェルメール。彼女を追ってやると決めたはいいものの、リザードンで飛び去ってしまったきり行き先もわからない。

一緒にカントーから来たらしい、オーキド博士にしか頼る術がなかった。

「あの、メルがこの子を置いていってしまったみたいなんです。届けてあげたいんですけど……」

パーカーのポケットから一つ、モンスターボールを取り出して見せる。中に収まっているのはかわいらしいピンク色の球体ポケモン、プリン。昨日リザードンが墜落した拍子に落とされていったボールだった。

博士が届けておこう、と手を出すのから遠ざけて、じっと彼の目を見た。これは、自分が届けるのだ。そうでなきゃあの女はまともにアオイと話しはしないだろうと予想がついていた。

アオイが渡す気がないとわかると、博士は少し黙ってから、口を開く。

「……残念だが、俺は行き先を知らない」

「……じゃ、じゃあ。ついでに聞いていいですか。アニーって、誰ですか?」

「……何故お前が知っている?」

「あいつが言っとった。アニーのところに行かなくちゃって。その子はメルの何?」

――早くアニーのところに行かなくちゃ。

そう呟いた彼女の台詞をアオイは逃さなかった。女名なのを思うと、妹だろうか。

正体不明の謎の美少女のままでなんて絶対にいさせない。なにがなんでも知ってやる、あの女のことを。どうしてそんな衝動に駆られているのかはアオイにはわからなかったが、とにかく知ってやりたかった。

しかしオーキド博士は首を横に振ると、それは俺の言えることではないとアオイの手を振り払ってしまう。

「聞きたければ本人に聞くといい。そのためにも、まずはバトルのやり方を最低限覚えておくんだな。どこに行くにも、そのままではいずれ躓く」

「……っ、ありがとうございました!」

その背中を見送ってから、アオイは臍を噛む。オーキド博士でも知らない彼女の行き先を、アオイが掴むことは出来るのだろうか。結局なにも教えてもらえなかったのが悔しくて、絶対に突き止めてやるとより決意を固くする。

アオイの私怨もあるし、プリンのこともあった。絶対にあの女のことを知らなければならなかった。

「……ま、とにかく今日は早く休むか。な、みるみる、りった」

+++

時計が十二時を回る頃、アントワープ――アニーは身を起こす。

その体は痩せ細っていて、年齢に対して少し小さい。顔色はいっそ病的なほど白く、透けた血管から薔薇色に染められた頬が印象的だった。

半年前、ポケモンリーグが終わった直後に行われた移植手術によってアニーの体はある程度の健康を取り戻した。それでも長年の闘病生活によって弱った体は依然として起きているのも辛く、壁を伝いながらアニーは歩く。

いつも支えてくれる教育係の三人は、今ここにはいない。トーリは昼食の準備、タツオミは休み、ギンジロウは――よくわからないが、祖父の言付けを受けて仕事に行っていると聞いている。そんな隙ができると、アニーはいつもこうしてこっそり部屋を抜け出して、息も絶え絶えになりながら祖父の部屋に行くのだ。

祖父の部屋に行くのは難しくない。寝室から扉が繋がっていて、ほとんどの場合留守だからだ。大きな会社の社長だという祖父はいつも忙しくて、アニーの起きている時間に家にいることは稀だった。

祖父の部屋はたくさんの本と一つの机で出来ている。書斎として活用されているこの部屋の本はアニーには何が書いてあるのかよくわからない。それらを無視してそっと椅子によじ登り、机を開ける。筆記用具と一緒に入れられているのは、アニーが抱えられる程度の重さの機械。

丸い箱にはめ込まれた大きな液晶。電源ボタンを押すと、ジョウト地方の地図がぼわんと表示される。その中には一つ、赤い印が点滅していた。

「――――おねえちゃんが、ジョウト地方に来てる……!!」

その印にぎょっとした。ついこの間まで、この印はカントー地方にあったのに。

アニーが家族のことを見てきてほしいと、教育係に姉の元へ送ってもらったプリン。彼女に埋め込まれた発信器は、確かに今ジョウト地方を映していた。

深夜に目が覚めて、祖父と教育係たちの会話を聞いてしまったときに知ったこの受信機。姉や家族の存在を感じたくて時々盗み見ていたが、まさか。ジョウト地方にいるだなんて。

アニーは発信器を抱きしめる。発信器はキキョウシティを示していた。ここからそんなに遠くない。アニーの足でも行けるかもしれない。体の弱いアニーを外に出すのは教育係たちがいい顔をしないから、一人で行くことになるけれど、キキョウシティならば、きっと。

――おねえちゃんに、会いたい……!

ぐわり、と熱が上がる。家族に会えるかもしれない。二歳の時、祖父に引き取られてから一目も見ることが敵わなかった家族に。ポケモンリーグで初めて姿を見た、あのアニーによく似た姉に。

ポケモンもいない。体も弱い。外に一人で出たこともない。

それでも。すぐそこにいるのなら。

「行かなきゃ……おねえちゃんに、会わなくちゃ……!!」

トーリのご飯が出来たという声が聞こえてくる。次にトーリの目を盗めるのは夕食前。明日になればタツオミが出勤してしまって、彼が次の休みの日になるまで家を抜け出す暇がなくなってしまう。トーリやギンジロウの目ならば盗めるが、タツオミはそんな隙など作ってくれないのだ。

――行くなら、今日しかない。

受信機をそっとベッドの中に隠して、決意をする。服もほとんどパジャマだがたまに出かける時に着るやつがある。お金は使うことのなかったカードがあるからそれでいい。大丈夫、家を出ることは出来る。

アニーは頭を回転させながら、ドキドキする心臓を抑えた。こんな風に内緒でなにかをしようとしたことがなかったから、酷く自分が悪い子に思えてくる。でも、やるしかなかった。

「アニー様、お昼ご飯が出来ましたよ」

「うん、ありがとうトーリ。今日はなぁに?」

「今日はアニー様の好きな味のパスタを作りました」

「やったぁ! ぼく、トーリの作るパスタだいすきー!」

大げさに喜びながら、心の中でトーリに謝る。

――ごめんねトーリ、ぼくは悪い子です。

――きっとすごく心配をかけるけど、おねえちゃんに会ったらすぐに帰ってくるからね。