キキョウシティ Side.A その2

Side.A

「んー……っ! はぁ。おはよぉ、みるみる、りった、それから……プリン」

大きく伸びをして、それからアオイはミルタンク、チコリータと、ボールに入ったままのプリンに朝の挨拶をする。部屋の電気をつけるとまだ眠っていたらしいチコリータの頭の葉っぱが緩やかに起き上がった。カーテンを開けてやればそちらに向かって大きく開いていく。

キキョウシティに来て早四日。急ぐ旅でもないが、アオイは未だにこの町から出られないでいる。ポケモンセンターのシングルルームを我が物顔で使いながら、自身のポケモントレーナーとしての実力の低さに悩むばかりだ。けして必須の技能ではないとはいえ、できないことは、悔しい。

顔を洗って、ドレッサーに置きっぱなしの化粧品を順につけていく。たとえメディアに出ることがなくても、アオイは自分を磨くことを怠らない。それは美容だけではなく、ポケモンバトルだって同じだ。

――マダツボミの塔に行って、今日こそバトルの練習をする。

昨日のポケモン塾でもらった相性表で、草とノーマルの相性だけは叩き込んだ。ポケモン図鑑でりったとみるみるが使える技も把握した。今日こそは、ちゃんとバトルにすることができるとアオイは奮起していた。

「アオイ、あんたはできる。かわいくて強いなんて、最強やんな!」

保湿も終わり、服を着替えて、鏡に向かって今日もアオイは言い聞かせる。

大丈夫。できる。やってみせる。

だってそれができたら、すっごくかっこいい。

「さ、みるみる、りった、プリン。朝ご飯食べに行こうか!」

+++

最早道も覚え始めてきたキキョウの町を、北へと歩く。町の中心から外れた森林の道をずっと通ったところに、それはある。木々に囲まれ、一頭高くそびえ立つ木造の塔。どっしりと構えられた門を見張るのは二体のマダツボミの石像。キキョウシティのシンボル、マダツボミの塔は静けさに包まれながら建っていた。

ポケモン塾の先生は修行の塔と言っていたが、それにしては人もいない。本当にここが修行に向いているのだろうかと疑問に思いながら、ぎぃぃ――――と門を押す。全体重をかけても少しずつしか開いてくれず、見かねたみるみるが代わりに開けてくれる。アオイより小さいのに、扉でも開けるかのようにあっさりと彼女は門を開いてみせた。

「ありがとう、みるみる。……それから、りったもな!」

みるみるの足下で、りったも小さな体を懸命に門へと押しつけていた。何一つ門を動かせていないが、アオイを助けようとしてくれるその気持ちがかわいい。礼を言うと、りったは嬉しいという気持ちを隠さずに頭の葉っぱを大きく揺らした。

開け放たれた門をくぐり、歩けばすぐにマダツボミの塔の入り口へと辿り着く。大きく深呼吸をして、扉に手をかけようとした、瞬間。

扉が開いた。

「楽しかったねえ、ユリカ!」

「そうねぇ。でもあれならうちのジムの方が……。あら、ごめんあそばせ」

「――――!!」

扉の先から、二人の少女が出てくる。アオイを避けて、またおしゃべりに夢中になりながら歩いて行く。

一人は紺色のジャケットとブーツカットを着た、焦げ茶のまっすぐ伸びた髪を三つ編みに結った細目の美人。その隣にいるのは、美人よりも少し背の高い、少し筋肉質で大柄な印象を受ける少女。髪を美人とは逆方向に一つに結い、赤いジャンパーとジーンズのショートパンツを穿いている。その浅葱色の瞳を、忘れた日はない。

「――――サツキさんっ!!」

「えっ?」

アオイに気付かず通り去ろうとする彼女に、縋りつくような声が出た。立ち止まった彼女に、駆け寄る勢いのままに突進をした。

「嬉しいっ、こんなところで会えるなんて!」

「え、えっと」

「サツキ、知り合い?」

「うちです、アオイです! ポケモンリーグであなたにインタビューをしたアオイです! トキワの森で助けてもらった、アオイです!!」

戸惑いを隠さないサツキに、それでも引き離されないように手を掴む。隣の美人を無視して、繰り返し名前を名乗った。

あの日、助けてもらってから。リーグでのバトルを見てから。アオイは彼女のバトルに夢中だ。もう二度と会えることはないと思っていた。そんな彼女が、目の前にいるなんてついてる。

――セイくんには悪いけど。

アオイよりもっとサツキに会いたがっていたセイに内心で謝りつつ、こんな時に会えたんだからとサツキの返事も待たずに畳みかけた。

「お願いしますっ、うちにバトルを教えてください!!」

+++

からん、とアイスティーの氷が鳴る。年上二人と対面するとやけに喉が乾いて一気に飲んだ。体内が冷えていくが、それ以上に顔が熱い。

目の前では、サツキと、それから細目の美人――サツキの幼なじみだというユリカがそれぞれホットティーを店員から受け取っていた。

「それで……アオイはどうしてここに? お仕事忙しいんじゃ……」

「旅も仕事のうちです。今度、映画に出演するんですが、それの企画で旅をすることになって」

事情説明を端的にするために、図鑑所有者物語のホームページを立ち上げて企画の部分を見せる。二人は携帯を揃って覗き込むと、ややぽかんとした様子ながらも納得したと返してくれる。

図鑑所有者物語、ブリジット役として、旅をし、世界を見て、バトルと演技に繋げることこそこの企画の趣旨。面倒な部分も多いが、やるからには仕事としてきっちりやらなければならなかった。

「だから、お願いします。うち、どうしてもバトルができるようにならないといけないんです! サツキさんの強さはよく知っています……リーグで見てから、セイくんとずっとサツキさんの話をしてたんです。ここで会えるなんて思わなかった。どうか……!」

アオイの懇願を、サツキは少し困った様子で聞く。曖昧に笑って、それから助けを求めるように隣のユリカを見た。ユリカは、その品のいいぴんと伸びた背筋を背もたれにつけて、ゆったりと腕を組んでいる。それから、初めて彼女が口を開いた。

「それは、あなたの企画のために、サツキに矢面に立てと言っているの?」

「あ、え。いや、サツキさんが嫌であれば、うちは公開をしませんし……」

「こうやってブログで動向を晒していて、誰にも見つからないとでも? あなたに付き合っていたら、早晩私たちの存在は見つかってしまうわけでしょう」

確かに、サツキはリーグ後に姿を隠したのを思えば、こういうのは嫌だったかもしれない。アオイを責めるユリカに対し、サツキは戸惑いつつも止めはしない。

「サツキさんは、お嫌……ですか?」

「嫌、っていうか……確かに、前のこともあるし色々報道されたりとかは怖いんだけど。まずあたしたち、旅行中だから……あたしだけじゃ決められないなあ、と」

「ならっ。ユリカさん、どうかお願いします! うち、絶対バトルできるようになりたいんです!」

「……」

ユリカの表情は固い。眉間にしわを寄せて、明らかに嫌そうな顔をしている。紅茶を飲みながら、彼女はじっとアオイを観察していた。

――なんか、恋人の父親に土下座してる気分になってきた。

腕を組みアオイを見極めているユリカは、しばらく黙ってから再び口を開く。

「なら、サツキとバトルなさい」

「えっ!?」

「ユリカ……」

「捕まえたばかりのポケモンいたでしょ、それなら多少ましなバトルができるはずだわ。サツキとバトルをして、少しでも筋が見えてくれば、教えてあげてもいいですわ。着いてくることも出来ない人に、バトルを教えるなんて私もサツキもできないもの」

ユリカの言葉に、サツキがそれまでの困惑した態度をやめる。すっ、と表情が引き締まって、揺れていた目が凪いだ海のように定まった。サツキは、アオイを見るとユリカの言葉を引き継ぐ。

「あたしは、君に合わせて手加減はできるよ。ユリカと違ってね。でもね、その手加減は、君のためになるものじゃないと思うの。あたしに教えるバトルはできない。だから、君の気持ちを、バトルで見せて欲しい。勝たなくていい、勝てなくてもいい、でも、諦めないところを見せてくれたら……あたしは、君の力になるよ」

試験の条件はただ一つ。諦めないこと。

バトルは、したことがない。ジムでやったのも技を一つだけ応酬しただけで、バトルとは言いがたい。りったは痛みに強くないし、みるみるだって実戦をしたことはないだろう。それでも、諦めないで着いてくるだけの本気があるのか。問われている。

ポケモンリーグ優勝の看板は伊達じゃない。彼女に縋りつく実力がなければ、アオイはふらふらとなにもできずに再びキキョウを彷徨うことになるだろう。

ぎちり、強く手を握った。

「やります!!」

「わかった。ねぇ、どこかにバトルできる場所あったっけ?」

「そうね、キキョウの入り口に拓けた場所があったからそこでやりましょう」

「お願いします!」

+++

キキョウシティの中心から、ヨシノシティ側の草むらへと歩いてしばらく。草むらの低い、見晴らしのいい場所を選んでアオイたち三人は立ち止まる。彼我の距離は通常のコートより狭いが十分だ。周囲にはアオイたち以外にもバトルをしている子どもたちがいて、この辺りは普段からこうやってトレーナーの練習場になっていることがわかる。

「それじゃ、さっそく始めようか。あたしが使うのはこの子。おいで、ルーちゃん」

サツキが定位置に着くと、ボールを投げて現したのは小さな水色のゴムボールのようなポケモン。白いお腹と尻尾のボールが特徴的で、くりくりした目がかわいい。昨日のジムでの失敗を思い出して、アオイはバトルが始まる前に慌ててポケモン図鑑を取り出した。かざせば即座に、データが現れる。

マリル、みずねずみポケモン。タイプは水とフェアリー。ポケモン塾でもらった相性表と照らし合わせれば、草タイプのりったなら上手く戦えそうだった。

「あれ、君もポケモン図鑑を持ってるの?」

「え? はい。父とオーキド博士が知り合いらしくて、いただきました」

「へぇ~。あたしのやつとデザインが違うんだね」

そう言ってサツキが持ち出したポケモン図鑑は、アオイのものと同じ白。しかしアオイのものは縦開きなのに対しサツキのものは横開きになっていた。図鑑の世代が違うのだろう。

「予習は済んだかしら? 早くポケモンを用意なさって」

「はい! すみません!」

アオイが確認をするのを待っていたらしい、審判のユリカが急かす。慌てて腰のボールを探り、りったを場に出した。

りったは草むらに立つと、マリルを見てしっかりと見据える。意気はよし。相性も悪くない、りったの使える技も覚えてきた。十分に戦える、はず。

「それでは各自、用意はよろしくて? 構え!」

「よろしくお願いします!」

「はーい。いっくよー!」

ユリカの合図と共に、りったが駆けだしていく。まずは先手必勝と飛び込んで、マリルに目一杯のたいあたりをお見舞いする。しかし、マリルはころころと転がったかと思うとけろりとした様子で体勢を立て直す。サツキも様子を見ているのか反撃してくる様子もなく、にっと笑って立っていた。

「ええい、攻撃あるのみ! りった、たいあたり! たいあたり!」

「うーん、レベルかなり低そうだね? たいあたりしか使えないのかな。ルーちゃん、まるくなる!」

りったのたいあたりをころころと転がりながら受けていたマリルが、本格的にゴムボールのように丸まる。ボール遊びでもしているかのような様子で、余計に攻撃が通らなくなってしまう。慌てて図鑑を確認すれば、まるくなるは防御力を上げる技だと書いてあった。たいあたりが物理攻撃の技だから、対策を取られたのだ。

それでも食らいつくしかないアオイとりったは、ボール遊びを繰り返す。たとえ防御されたとしても、ダメージがゼロでない限り勝機はある。ころころ、ころころとマリルを転がして、なんとか勝てないかと模索をした。

だんだん、マリルの転がる勢いが強くなっていくのにりったは追いつくのがやっとになっていく。おかしい、こんなに勢いづくものだろうか。ここは平坦な道なのに。

サツキが、笑う。

「ルーちゃん、ころがる!」

「――――!!」

転がされていたマリルが、サツキの一声でぎゅるりと方向を変え、勢いよくりったを弾き飛ばす。その威力は重機にでも轢かれたかのようで、りったの小さな体が軽々と宙を舞い、落ちる。

――うそ! 大きさなんてそんなに変わらないのに!

ジムで戦ったポッポは、つつくだけでも確かにりったを上回っていた。弱点を的確に突き、痛みに伏せさせるほどだ。しかし、サツキはどうだろう。同じようにアオイに合わせたポケモンを使っているはずなのに、ダメージのレベルが違う。一度弾かれ倒れたりったは、それっきり身動きも取れないのだ。鳴き声のひとつも漏らすことが出来ないのだ!

慌てて駆け寄り起こしてみれば、たった一度のころがるで気絶をしてしまっていた。同じくらいのレベルの、小さなポケモン一つ取ってもこれだけ威力が変わるのか。トレーナーとしてのレベルの差に、アオイは蒼白にさえなる。

「ルーちゃんのレベルは六。そのチコリータとさほど変わらない――だけど、威力がまるで違う理由、わかる?」

「い、いいえ……」

りったをボールに戻すアオイに対して、サツキがタネについて聞いてくる。しかし、マリルを今知ったようなアオイには、その理由はわからなかった。

サツキはふむ、と考えた後、解説を始める。

「このマリルの特性はちからもち。攻撃力が特性“あついしぼう”のマリルより二倍もあるのね。加えて、まるくなるで防御力を上げた後、ころがるを使うとさらに威力が二倍になるの。それが、威力の答え。よくあるコンボだけどね」

「す、すごい……」

説明がすぐには飲み込めないが、とにかくかなり強化されたころがるだったらしいことだけは理解する。レベルが低くても、そんな手段があるだなんて。サツキのバトルは、見ているだけでも多大な創意工夫がわかるが、きっと他のトレーナーもこういった理論の上で戦っているのだろう。

恐ろしいほどの頭の回転の早さだ。アオイなんてたいあたりしか出来ないでいるのに。

「それで、アオイ。続ける?」

「えっ?」

「まだポケモン、いるよね」

サツキがアオイの腰についているボールを指差す。確かに、みるみるがまだ残っている。だが、これだけ大差を軽々とつけられて、勝てるのだろうか? りったさえ上手く動かせてあげられないアオイが、父やシオザキに鍛えられたみるみるのことを理解して指示を出せるのだろうか。

逡巡するアオイに、ユリカが近寄ってくる。その美貌は冷たく整えられていて、呆れた様子も隠さずに見下ろす。

「もういいんじゃないの? この子、はっきり言って才能なくってよ」

「ユリカ! 新人トレーナーにそんなこと言っちゃ駄目だよ!」

「こういうのを育てるのがジムの役割でしょう。そっちに任せたらいいじゃない」

頭上で、サツキとユリカが口論を始めるのを、呆然と聞いていた。

才能がない。そうかもしれない。ポケモントレーナーが多くの知識と戦術の上でバトルをしていることなど、たった数回でも戦ってみればわかる。アオイの知識は全て演技のために身につけたものばかりで、ポケモンバトルのものはなく、一朝一夕で身につくものではない。戦術という戦術を学ぶことも考えることもしなかった。

目の前が真っ暗になってくる。やっぱり優勝者サツキに、こんな新人が師事しようなんて無謀だったのかもしれない。

「アオイ、ごめんね。気にしないで――アオイ?」

「失礼します!」

「アオイ!」

サツキの声も振り払って、アオイは駆けだしていた。まずはポケモンセンター。それから、それからは――――。

+++

「もう、ユリカがいじめるから行っちゃったよ」

「いいんじゃなくって? たいあたりしかできないような子よ。まっすぐなのはいいことだけれど、あなたのバトルには合わないでしょう。多少レベル上げたところで、あの子じゃ周りは見えないわ」

「そういうことじゃないじゃん……。もう、やきもちで年下いじめるなんて、らしくもない。……アオイ、落ち込んでないといいけど」

+++

Side.S

ポケモンセンターを出て、セイはエンジュシティの石畳を歩く。ジムには歯が立たなかったし、ポケモンを育てるついでに観光でもしようと思ったのだ。体の大きなケンタロスのたろすは表ではなかなか連れ歩けないが、代わりに手持ちに加わったばかりのワニノコ――にこが足下をけなげに着いてきている。

昨日、通りすがりの美少女、ポケモンリーグ四位のフェルメールからもらったポケモンだ。セイをいたく気に入ったらしい彼女は、あれから必要最低限しかボールに戻りたがらず、片時もセイから離れないでいる。そんな新メンバーとの交流も兼ねていた。

石畳と桜並木の美しい、古民家の続く道には観光客が多く歩いている。時々舞子さんがかっぽかっぽと歩く姿が美しく、目を奪われながらそっと帽子を目深に下げた。

周囲の会話で、時折自分の名前が聞こえるのにびくびくしながら道を歩く。ブログのおかげで自分の足跡が丸わかりなせいで、どうも一部のファンが一目見ようと探しているらしい。できるだけ、見つからないように息を潜める。母譲りのピンク髪はどうにも鮮やかで目立ちすぎる。

せっかくの旅企画なのに、第三者に邪魔をされてなるものか。今のセイは、アイドルではなくポケモントレーナーなのだ。

やがて、道の果てにこの町のシンボル・スズの塔が見えてくる。桜が満開に咲いた景色の中、黄金色の美しい塔がそびえ立っている。なんと美しいのか、そう息を飲んだ時だった。

「――――!?」

目の端に、赤いジャケットが映った。

それだけだ。それだけと言ってしまえればいいが、あの真っ赤なジャケットは、ジムリーダー・レッドのおかげで希少なのになっていてそう見るはずもない。

それが、人々の合間に見えた。

理解した瞬間、セイは駆けていた。足下にいたワニノコをなんとかボールに戻して、観光客をかき分けて走った。人に隠れて前が見えにくい、走りにくい人混みを、赤いジャケットを探して見回した。

――サツキさん!!

トキワの森でセイを助けてくれた彼女。ポケモンリーグを優勝した彼女。サツキが、ここにいるのだと確信していた。あの赤いジャケットは、それほど彼女と結びついているものだった。

彼女に会いたかった。ポケモンリーグで、ポケモンを電撃から庇ってみせたその胆力に魅せられた日から。ポケモンリーグで優勝を果たした彼女のバトルを、何度見返したかわからない。ずっと会いたくて、師事をするなら絶対にサツキがいいと希望をしつづけていた。図鑑所有者物語のレックス役に合格してから、絶対にバトルを学ぶ機会があるだろうからと思っていたのに、旅企画だったとわかったときは少しだけがっかりしていた。

だが、彼女がここにいる!

絶対に、いるはずだ!

確信を持って走った。そんなに遠くに行っているはずがない。もう少しで届く。

――見えてきた赤いジャケットに、必死の思いで手を伸ばした。

「サツキさんっ!!」

「うわっ!?」

ぐっと引き寄せた先、転びそうになって声を上げた少年が、セイの方を振り向く。

蜂蜜色の、丁寧に切りそろえられた金髪。額には黒のバンダナを巻いている。赤いジャケットは袖が白くサツキのものとは色違いで、中には黒のパーカーを着ていた。燃えるような赤い目はサツキの浅葱色とは似ても似つかず、成長途中の骨っぽさがある幼い顔には、驚きと怒りがないまぜになった様子があった。

「なんだよ、いきなり!」

セイは、憤る彼がサツキでなかったことを落胆しつつ、同時に驚きながら呆然とその名前を呼んだ。

「カルミン……選手……?」