スオウ島 その6

言葉を交わせなくなることが怖かったのだと自覚したとたん、綺麗にコントロールができるようになった。

その翌日、オーカが不思議に思うのを、カケルはこう語る。

「能力っていうのは意志の力だ。自分の中でなんかしらの整理がつけば、自然と形になるんだよ」

「そういうものですか?」

「病は気からって言うだろ」

能力を病と一緒にしてしまうのもどうだろうか。

「だから、能力を知って、自分を知って、ちゃんと整理していけるようにしようと思ったんだが……まあ自分でなんとかできたようでなによりだ」

「で、でもっ、カケルさんやメルさんがたくさんヒントをくれたおかげなのでっ。……本当に、ありがとうございました」

長年悩んできたこの力をようやくものにできたのは、能力を制御しようとするのではなく理解するように持っていったカケルと、遠慮なく核心を暴いてくれたメルのおかげだ。

この二人に出会わなければ、たった三日という短期間で能力と向き合い切ることはできなかっただろう。

しかし、まだ問題は解決しきっていはいない。

「それであの、重ね重ねで申し訳ないんですけど……カケルさん、僕とバトルしてくれませんかっ!」

オーカのバトルスタイルは、急所に確実に当てていくこと。

それが、能力ありきでやっているのではないかとカケルに言われてしまった。次の壁は、間違いなくこれだ。

だがオーカはスタイルを変えるつもりはなかった。

互いのポケモンを、できるだけ傷つけず、そして迅速にバトルを終わらせるために練ってきたのがこれなのだ。今更その地を変えることはできない。

ならば、訓練を重ねて能力に頼らなくてもいいように若干の変形をさせるしかない。

「能力を使わない戦い方に調整をしていきたいんですっ!」

「そんな改まらなくても、ちゃんとそこまで付き合うよ」

「……まだやるの?」

「当たり前だ、ちゃんと最後まで面倒見るに決まってるだろう」

少し不満げにメルが言うのをカケルが一蹴する。

メルもジム巡りをしているのに、ずっとオーカのためにこの島にいるのだ、退屈だし時間も惜しいだろう。

「すみませんメルさん、もう少し……今日だけでいいです。調整の時間をください。まだ、……まだ能力をコントロールできている自信がないんです……っ」

「わかってるわ。どうせジムにも付き合うんだもの、カケルさんお人好しだから」

「自分で連れてきといて拗ねるなよ。昨日機嫌は取ったろ」

昨日、ご飯を買いに行った二人の帰りはやたら遅かった。わざわざタマムシに行ってオーカにお祝いとしてクッキーを買ってきてくれたのだが、どうもそれだけではなかったようで。

本当に、面倒見のいい兄とそれを振り回す妹のような二人だ。

カケルはそんな妹分に呆れながら、オーカを連れてまた一日目にバトルした場所へと来る。

「とりあえず様子見で行こう。今までと条件が変わったのにいきなり全力を出せるものでもないだろうからな。一対一でいいか」

「はい!」

お互いに、ハクリューとスピアーを場に出す。

今度は朝だから眠くない。きちんと戦えるはずだ。

ビーすけと目を合わせる。言葉はもう交わせないけれど、心は繋がっている。

「多分、まだ全力は出せないと思う。だけどカケルさんにも負けるつもりはない。ビーすけ、君を信じてるよ」

しぴぴ、とビーすけが返事をする。

同じ轍は踏まない。本調子でなくても、前回のような姿を見せはしない。

目標は調整ではない。あくまで勝利。

「メル、審判頼む」

「はぁーい。…………始め」

「ビーすけ、かげぶんしん!」

開始と同時にビーすけがハクリューの周囲を囲む。

こうして相手を動きにくくして、狙いを定めやすくするのが常套手段だ。ハクリューならば、狙いどころは額の角上部か、水晶のある喉仏。

「まずは手始めに――フラッシュ! そして額にダブルニードル!」

カッ!! と白色光が洞窟内を支配する。

瞬間トレーナーのオーカでさえ、ニ体がなにをしているのかもわからなくなる。

いつもならば、こんなときでもなにを思って、なにをしているのか、なんとなく分かったものだったが。

たしかに能力が切れていることを実感する。そして、それに対する恐怖も、オーカの中には依然存在した。

今まで手に取るようにわかっていたものがわからない。その勝手の悪さが異常なほど気持ちが悪い。

昨日はあった、どんな状態かもわかるような万能感がない。能力がない以上、それも当然なのだが。

これを補うための、指示の早さと素早い判断力、そして洞察力が必要だ。どれも自信があまりない。

「まあ、お前のスタイルからすると妥当な線だな。素直で防ぎやすくてなによりだ」

「!」

視界を支配していた白色光が消え、ちかちかする世界の先に、ポケモンたちの姿が現れる。

見えたのは、槍が届かぬままハクリューの長いしっぽにとらわれている姿だった。

「この間やったときは少し驚いたが、法則さえ分かれば防ぎやすすぎるな。始まる前にハクリューには“額に注意しろ”と言ってあったんだが、その通りにやってきたか」

「…………!」

「このままじゃ、お前が通用するのはよほどの雑魚か初見の相手だけだ。さ、次はどう来る」

宙に放り投げられたビーすけは上手くバランスを取るが、初手が軽々と防がれたのは痛い。

「バトルには意表を突くものがないといけない。だけどな、その小技だけ磨いたって駄目なんだよ。最後に必要になるのは、圧倒的な力だ」

カケルが指示をすると同時に、ハクリューが超密度のエネルギー波を吐き出す。“りゅうのいかり”――それは鍾乳洞が崩れんばかりの威力で地面を揺らし、オーカは思わず膝を着く。

攻撃の放たれた場所は重機で抉りでもしたのかと思うほどの深さで溝ができていた。

りゅうのいかりは、本来それなりのダメージしか与えられない技だ。低レベル帯では強力だが、高レベル帯になればなるほど使いにくくなる技。

それをこれほどまでに高火力で撃ち出してくるのは、さすがポケモンリーグ優勝者ということか。

――このレベルがリーグにはごろごろいるんだ。

ビーすけは虫タイプ。どうしても火力が不足しがちな面が多い。攻撃力も体力も桁違いのハクリューには、絡め手を使うしかない。

しかしカケルは力で押すことしか能がないタイプのトレーナーでもない。どう攻めていくべきか。

あまり、長期戦でポケモンたちに負担をかけたくはないのだが。

「ビーすけ、こうそくいどうで飛び回れ!」

「追うなよ、ハクリュー」

考えるよりも動く。ビーすけにそう指示をさせるが、さすがにカケルは乗ってこない。

それよりもオーカが焦り出していた。手足も出ないことではない。

ビーすけの心が分からない。ビーすけの見る世界が見えない。

わからない、そのことを深く実感していた。

以前までは無理矢理に力を押さえ込んでいると思っていたが、まったく違った。押さえられていたのは回復と強化の効果だけで、ポケモンと対話しリンクする力はそのままだったのだから当然だが。

だからといって能力が顕現する予兆もないから、着実に成長はしているが――怖い。

今までと条件が違うことが、怖い。

目が一つ、潰されたような気分だ。

「むしのていこう!」

「能力を下げてきたか…………」

攻撃と共に、ハクリューの特攻を下げにいく。

これで、ハクリューの特攻と命中は一段階下がったまま。りゅうのまいを使っても上がるのは攻撃と素早さで、下げたものは上がらない。

こんな小細工をしたところで、あのハクリューの高い火力をろくに下げられていないことはわかっている。だがやらないよりはましだ。

オーカの目的は勝利。

足りないレベル分は、相手に降りてきてもらうしかない。

それでも足りない分は、作戦と馴染んだバトルスタイルで埋める。

一度防がれたからと言ってなんだと言うのだ。額も喉も攻撃を防ぎにくい場所。

そう簡単に全部は防ぎ切れまい。

どんなに言われても、スタイルを変える気はない。これまでの自分を否定しないために。能力ありきだったスタイルでも、それを形にするまで多大な努力をしてきたのだ。

能力を全部は否定しないと決めた。ならこのスタイルだって否定しない。

勝てないなら、止められないなら、とどめの一撃のための布石を、増やすだけ。

「こうそくいどうを限界まで重ねるんだ!」

加速度的にビーすけの速さが上がっていく。

ただでさえスピアーは素早い種族。ここまで来るともう見えない。

「おいおい、そこまで上げると、指示も難しくなるぞ……」

「代わりに、あなたからも見えないでしょう」

カケルに動きを見切られるのが嫌なのだ。

だからスピードを限界まで上げていく。オーカにも姿は見えない。

今までだったら、能力で場所がなんとなくわかっていた。その見ている景色も、感じていることも。

それがない、今。

オーカがビーすけを見つけるしかない。

――君はどこにいるの?

黄色の影を目で追っていく。ハクリューの周りを飛び回りながら、オーカの指示を待っている彼を。

オーカは無力なほどに、観察眼というものがない。能力に頼らなくなった今、それを痛いほど痛感していた。

見えないことの恐怖を、実感していた。

しかし。

「ビーすけ、ミサイルばりだ!」

「そんなスピードで当てられるか?」

「当てるだけが……攻撃じゃありません」

四方八方から細く鋭い針が無数に降りかかってくる。その半分もハクリューには当たらず、もちろんろくなダメージにもなっていない。

だがビーすけはオーカがこう指示する理由をきちんと知っている。わかって行動してくれている。

ビーすけも、能力でのリンクが切れて不安なはずだ。今までどうして欲しいのか、詳しい指示がなくてもわかっていたのだから。

だけど、ビーすけが言っていたことを思い出す。

――僕はオーカのやり方ちゃんとわかってるから。

オーカはそれを信じて、指示をするしかない。

「ヘドロばくだんを降らせるんだ!」

「…………?」

高速で放たれるヘドロばくだんをハクリューはいともたやすく避けてみせる。

そのヘドロはハクリューの足下に大きく広がり、地面に刺さったミサイルばりの残りを濡らす。

「カケルさん。前見たときも思ってたんですけど……もしかしてそのハクリュー、メスですか?」

「……まさか」

「ビーすけ、メロメロ!」

ビーすけが高速移動をやめてハクリューの目の前に現れた瞬間、ハクリューの動きが鈍くなる。否、正確には動けなくなっただろうか。

ぱっと見た印象で判断したが、これが通用したならあとは早い。

「そう、ビーすけ。ゆっくり下がるんだ…………」

今、ハクリューにはビーすけが世界で一番かっこいいオスに見えているはずだ。ビーすけがゆっくりと下がっていくと、ハクリューもまたふらふらと誘われるように体を前にしていく。

時折、はっとして身を起こすが、メロメロの呪縛はそう簡単に解けるものではない。

やがて、ハクリューの下半身が、元の地面から前へと出ようとして…………。

「止まれ、ハクリュー! おまえには夫もいるだろうが!!」

カケルの怒号に足を止める。

その視線はハクリューの足下を睨んでいて、苦々しげに笑っていた。

「やけに不正確な攻撃だと思ったよ。なるほど、ミサイルばりとヘドロばくだんで身動きを止めようとしてたんだな。……違うな、これは罠か」

「思ったより気付くのは遅いんですね」

オーカがビーすけに作らせたのは、身動きを取れなくするものではなく、ひっかかったら大ダメージに繋げるための罠だった。

ミサイルばりを踏んで怪我をしたところに、ヘドロばくだんのヘドロが入り込んで毒を負う仕組みだ。ヘドロばくだんそのもので毒を負う確率は高くないが、それが傷口に入り込んだらその限りではない。

しかも、ミサイルばりは細いのでハクリューほどの巨体では痛みがほとんどないのだ。注射のようなものだろう……オーカは注射は嫌いだが。

そうして、毒を負ったところでベノムショックを撃って大ダメージを狙うための罠を、ビーすけには作らせていたのだ。

「なるほど、お前は……舞台を構築するのが上手いんだな?」

オーカが目指すのは、一撃必殺。

そのラストのために、相手の位置を固定するための舞台を構築する。それがオーカのスタイルだった。

カケルが、少しなめていたと苦笑して居を正す。

「これで確信しました。必要なのは調整じゃない、慣れだ。僕がどうバトルを構築するのかビーすけは……僕のポケモンたちはきちんと理解している。なら僕は、それを信じて戦うだけ!」

ビーすけと目を合わせる。

今までのように、お互いの考えは読めないし、お互いの立ち位置もわからないし、どんな世界を見ているのかわからない。能力が切れた状態はあまりに不安定で不明瞭で不安になる。

だが今まで培ってきた絆も訓練も無駄ではないのだ。

確信する。

不思議と、昨日の充足感が戻ってくる。きちんと繋がっている感覚、だけど能力とは違う感覚。

そうだ、こんなバトルがしたかった。

「さあ、これで終わりだ! きあいだめ、そして――おんがえし!」

ハクリューは毒の水たまりに囲まれ、ビーすけにメロメロになって、動けない。

これが王手だと、ビーすけは狙いを定めて、こうそくいどうで高めたスピードの最大でハクリューの喉元へと突っ込んでいく。

ばん! と鈍い大きな音がして、ハクリューの体が傾ぐ。急所に技の入ったハクリューは苦しげな声を上げて、そのまま体を倒していく。

――ように思えた。

「――はかいこうせん」

体の傾いだ、不安定な状態で。

高速で移動しているビーすけを莫大なエネルギー光線が飲み込んでいく。

目の前が光線の光で真っ白に染まり思わず目を覆う。耳には光線が空気をも焼く音しか聞こえず、ビーすけがどうなったのかがわからない。

断末魔は聞こえない。

やがて、光線の光が収束すると共になにかが真っ黒になって宙から落ちていくのが見えた。まるで、殺虫剤に無力に殺された虫のようなあっけなさで。

「――ビーすけッ!!」

「スピアー、戦闘不能。勝者、カケルさん」

オーカの叫びと、メルの無感動な審判が鍾乳洞にこだまする。

光線に焼かれて黒くなったビーすけは、気絶してしまったのか呼びかけに身動きもしなかった。その姿が見るにも耐えなくて、思わず能力で傷を癒す。

それでも、ビーすけは起きることはない。

「――……おつかれさま」

ビーすけを抱きしめながら、カケルとの圧倒的な力量差を実感する。

ハクリューは、フラッシュとむしのていこうで命中率も特殊攻撃力も下がっていた。おまけにビーすけにメロメロ状態で、攻撃できるかできないかは半々の確率だったはずだ。

おまけにおんがえしの衝撃で体は傾ぎ、不安定な体勢だった上に相手は超高速状態。

そんな状態で、きちんとしとめてくる引きの強さと実力の高さ。

攻撃力をさげられてもなお、はかいこうせんの威力の高さは兵器並みで、これでは序盤のまきつく攻撃を受けていなくてもやられていただろうと確信ができた。

これが、ポケモンリーグ優勝者の実力。

これが、チャンピオンを目指す者の強さ。

「ビーすけ、大丈夫だったか?」

「……はい。意識は失ってますけど」

「そうか、悪いな」

「バトル、ありがとうございました。おかげで感覚も掴めました」

「そうか」

カケルはビーすけを撫でながら、バトルについての批評をしてくれる。

「あの技のかけ算は上手かったな。メロメロかけられるまでまったく気付かなかった。動きを止めようとしてるだけだと思ってた」

「あそこで毒を受けていたら、もっと変わっていたかもしれませんね。でもやっぱり、火力が足りないのは課題でしょうか」

「いや、火力がないと思わせていた方が楽かもしれないなお前だったら。ただもう少し、一撃必殺にこだわらないで攻撃はした方がいいだろう。いくら急所だと言っても、それで削りきれることなんてあまりない」

「……そうですね」

あまり、攻撃をするのは得意じゃなかった。

ポケモンたちを長く苦しめるのが悲しくて。だから短期決戦にするための布石を多く置いていくのがオーカのやり方だった。

それでも、これから相手はどんどん強くなる。そうなったとき、削りきれるように技を配置していくのも大事だというのは、以前から感じていた課題だった。

なりふりを考えている余裕は、ないのかもしれない。

「能力ありきでバトルをしてるって言ったのは俺だったが……なかなか上手く戦えてたと思うぞ」

「ミサイルばりの辺りで――……ビーすけが、僕のやり方をわかってくれているって思えたから。信じて動けたんです」

「そうか。お前のバトルの構築や舞台の作り方――ゲームメイクの上手さは一級品だと思う。上手く伸ばせよ」

「はい!」

長所を伸ばして、短所を克服して。

能力がどうにかなれば、あとは自分でなんとかしていける。

メルについてきて、この人に教えを乞うてよかった。

「今までありがとうございました。やっと自分でなんとかできそうです」

「それはよかった。じゃ、そろそろ昼飯にするか――……いい加減、自分の用も済ませたくて仕方ないのもいるしな」

カケルの視線の先に、メルがつまらなそうに座っている。

――わたしのお願い、聞いてくれる?

セキチクシティで、カケルを紹介するための交換条件として出されたこと。

なにをお願いされるのか、わからない。

だが彼女のお願いについて、全力を出して見せようと、オーカは再び緊張をした。

+++

昼を食べたあと、メルが一匹のポケモンをボールから出す。

可愛らしいプリンだった。メルによく似合う――そして、メルの他のポケモンたちからはずいぶんと浮いた。

「この子の記憶を、見てほしいの」

「記憶を?」

「このプリンは、わたしのポケモンじゃないの」

切なげにプリンを抱えるメルは、まるで絵画から抜け出してきたような美しさで、思わず背筋を伸ばす。

他のポケモンたちへの遠慮のなさからは一転、慈しむようにプリンを撫でるメルの様子に、その持ち主が誰なのかが気になった。どうせ、記憶を見ればわかることだが。

「……だから、僕が必要だったんですね」

「カケルさん役に立たないから……」

「うるせぇ」

今まで嫌っていた能力だが、こんな美少女に必要とされるなら好きになってやってもいいと思うほど、現金にうれしくなる。

能力があってよかった。メルさんと知り合えるんだから。

「お願い……あなたしかいないの。わたし、どうしても、あの子のことが知りたいの」

「は、はい!」

身を乗り出してお願いされては、もう引き返せない。

火照る頬を押さえながら、一体のポケモンをオーカも出した。ゲンガーになったゴーすけだ。

「げっ」

「げ?」

「いや、なんでもない……」

ゴーすけを見た瞬間、カケルが嫌な顔をする。それと一緒にゴーすけもげげっとした顔をしたので、以前なにかあったのかもしれない。

「なに、お前カケルさんにもなんかしたの」

『したって言うかぁ……よくわかんないけどすごく怖かったって言うかぁ……』

「……なんで、そのゲンガーを?」

「この子は思念を送る力が一際強いんです。今、能力は切ってるのに何故か平気でしゃべってくるくらい」

エスパータイプやゴーストタイプはトキワの能力と親和性が高いのか、昔から一番自然に話ができるのだ。

その中でも、オーカ自身がわからなくなるほどの思念と映像を送ってきたのはこのゴーすけだけ。

「僕、記憶を読んだことって実はなくって……。できるとは思うんですけど、多分不安定になると思うんです。だからゴーすけに補強してもらおうかと。……できる、ゴーすけ」

『うん? 記憶を読めばいいの? できると思うよ』

「なるほど……」

カケルがやや不安げに頷く。

ゴーすけとの出会い方が出会い方だったので、気持ちはわからなくもない。だが今は善良なただのポケモンなので、オーカは気にせずゴーすけに頼る。

「プリン、君の記憶を見せてくれる?」

そう問いかけると、覚悟はできてると言わんばかりにプリンは目を瞑る。

その額に手を翳し、逆の手をゴーすけと繋ぐ。

初めての行為だ。不安だった。

だがメルのためなら成功させなければなるまい。

手に能力を集中させるイメージを作る。ゆっくりとプリンと意識が繋がっていくのがわかる。その繋がりから、水中を泳ぐような気持ちで闇の中をかき分けていく。

メルと一緒にいた時期の記憶を素通りして、ゆっくりと、元の持ち主の陰を探す。

そうして、何分が経った頃だろうか。

一つの見知らぬ陰を、見つけた。

+++

白い壁に、黒い家具。

シックな内装でありながら、一目でそれが高価なものだとわかってしまうほど、知っている世界観とはかけ離れたその場所。

そこにプリンはいた。

広い部屋を駆けて、ベッドへと飛び移る。

するとすぐに、細く白い手がプリンを捕まえた。

「ぷぷり、おはよう」

男の子の声だった。

けれど目の前にいるのは、まるで女の子かと思うほど、可愛らしい子供。八歳くらいだろうか。

臙脂色の短い髪。白を通り越してやや青白いとも言える肌は陽の光を知っているようには思えない。

体は小さく、腕だけでなく体全体が細い。筋肉があるようには到底思えないほどやせ細っているのが、切なく。

丸く、美しい水の色をしている瞳だけが、唯一健康的であると言えるほど、とても健康な少年とは思えなかった。

可愛らしく、美しいが、その儚さは今にも消えそうなほどの、少年。

なにか病気を患っているんだろうと言うことが、一目でわかる。

「あのね、ぷぷり。おねがいがあるんだ」

その少年はプリンを撫でながら、か細く話す。

「ぼくね、おねえちゃんに会いたい。ううん、おとうさんにもおかあさんにも、会いたい。……でも、写真も送ったらだめって、おじいちゃんは言うでしょう。だからね、きみに見に行ってほしいんだ。そうしたら、きっとぼくもおかあさんや、おとうさんや、おねえちゃんが、どんな人かわかるから……。

どうして会ったらいけないのかはわからないけど、会いに来てくれないのかもわからないけど……それくらいなら、許してくれると思うんだ。おじいちゃんには内緒だって言ったけど、三人がおねえちゃんのところにきみをつれてってくれるって言ったから。

おねがい、ぷぷり。ほんの少しのあいだでいいんだ……」

切なげに訴えかけるその姿が悲しく、ぷぷりは力強く頷いてみせる。

そうすると少年は静かに微笑んで、窓を見る。

外には真っ赤な紅葉の森と、古い塔が見える。美しい光景に、一等地に建っているのだろうということを確信した。

「いつか、ぼくも家族に会いたいな……。おねえちゃんに、会いたいな……」

悲しく呟き、少年はぷぷりを抱く。

ぷぷりは、自分の言葉を、想いを少年に伝えられないことを悲しく思いながら、ただぬいぐるみのように抱きしめられているしかなかった。

+++

ぶつんっ、と視界がブラックアウトする。

次の瞬間、目の前に現れたのは高級感の欠片もない岩肌と、その上に立つプリン。

荒く呼吸を繰り返して、オーカは深いトランス状態からの回復を待つ。ゴーすけのときも思ったが、この自分なのか誰なのかわからない感覚はあまりにも気持ちが悪い。

「オーカ、大丈夫か」

「だ、大丈夫です、ちょっと、酔っただけで……」

カケルの大きな腕に抱えられて、少しだけ落ち着く。

そうして、メルの方を向いて思う。

――うり二つだ……。

プリンの記憶の中で見た少年と、メルがあまりにもよく似ていると思った。臙脂色の髪、真っ白な肌、差はあれど不健康な様子、折れそうなほど細い体。丸くて大きい瞳に、天使と見紛うほどの美貌。

違うのは、まさしく性別だけ。それも少年があまりに少女的だったために怪しいとさえ思えた。

「…………何が見えたの?」

「メル……メルさんに、そっくりな……男の子が、いました」

その言葉に、メルが立ち上がる。

オーカの目の前に膝をついて、オーカの肩を掴んで、悲壮な表情で懇願する。

「詳しく話して」

あまりに切なげな表情に、オーカまで悲しくなりながら、見たものを伝える。

できる限り子細に、思い出せる限りの言葉を尽くした。

メルによく似た可愛らしい、病気を患っていそうなほど不健康に見える男の子がいたこと。

プリンの名前はぷぷりだと言うこと。

部屋はとても高級そうな家具に囲まれていて、窓からは絶景が見えたのでとても安い場所にはないだろうと言うこと。

その景色は真っ赤な美しい山が見え、その中には古い塔――オーカの記憶が正しければ、“スズの塔”と思われるものもあったと言うこと。

「あの場所は……推測が間違っていなければ、ジョウトのエンジュシティだと思います」

「アニー……アニーはそこにいるのね……!」

メルは噛みしめるように、情報を胸に体を縮こませる。

アニー。それが、あの少年の名前だろうか。

「……アニーと、言うのは……?」

「アントワープ。メルの二つ下の弟だよ。……こいつは、弟を探したくて家まで飛び出してきたんだ」

「ありがとうオーカ。やっと、やっとヒントが掴めた……!」

メルの細い腕が、オーカのことを強く抱きしめる。

アニーという、弟。どうしてこの姉弟が引き裂かれているのかはオーカにはわからない。

ただ、メルが強く弟のアニーを求めているのだと言うことだけは、よくわかった。

その力に、オーカがこれ以上なれないことを悲しく思うほどに。