ヤマブキシティ その1
ジム戦から翌日。
サツキとカルミンは、港まで一緒に来ていた。サツキはこれからセキチクへと戻り、二日がかりでヤマブキシティへ。
そしてカルミンは、ゴーちゃんのなみのりでマサラまで行き、ついに彼の憧れであるレッドのジムへと向かう。
「カルミン、ついに八個目のバッジでしょう? とうとうパパと対決じゃん、がんばってね!」
「う、うん……。どうしよう、今から緊張しすぎて気持ち悪い」
「大丈夫? 酔いやすいんだから気をつけてね」
「酔うってなにに? レッドさん?」
「やかましいわ」
ボケなのか本気なのかわからない台詞に思わず突っ込むと、カルミンは余裕のなさそうな笑いを返す。
相当、緊張をしているらしい。何年も何年もレッドに会うその日を待ち望んでいたのだから仕方ない。
見るからに顔色が悪くなり始めたところでサツキは彼の背中をさする。本当に大丈夫だろうか。このままでは海の中で吐いてしまいそうで心配だ。
レッドに酔うのは、わりと冗談ではないかもしれない。
「マサラまでついていこうか?」
「い、いや、いい……」
「どこから行ってもヤマブキは遠いし……」
「で、でも、マサラからよりセキチクの方がヤマブキに近いだろ……」
「顔真っ青だよ……」
こんなに具合の悪そうなカルミンは初めて見る。
マサラ行きの船があれば、そっちから行けと言うのだが。マサラのような田舎へ行く船はないのである。
このまま別れるのは心配でならない。
「俺は、……うーん、なんとかがんばるからさ。ほら、船そろそろ出るよ」
「大丈夫……?」
「平気だって! レッドさんに会えば多分元気になるから!?」
「会った瞬間に倒れちゃいそうだよ……?」
まもなく出航します、というアナウンスに急かされて、サツキはついに船に乗る。搭乗口でもう一度振り返って、サツキに手を振るカルミンを見た。
「カルミン、気をつけていってね!」
「わかってるって!」
「ポケモンリーグで、また会おうね!」
「おう!」
顔色は悪いながら、元気そうに笑うカルミンを見て、サツキも微笑む。
搭乗員に促されて、閉じられる扉を見ながらギリギリまで手を振った。扉が閉ざされた後も、扉の小窓から彼を見ていた。
船が遠ざかって、ついにカルミンが見えなくなる時までサツキは彼を心配していたが――見えなくなった後、思考を切り替えるように座席へと移動する。
連絡船の中は少ない座席と、それから遊び道具の置かれた座敷がある。乗っている人数はさほど多くなく、座敷には一人、酔ったのか寝ころんでいる人がいた。
座席の一つにサツキは座って、流れていく海を眺める。グレンからセキチクは船で二時間ほど。向こうで食事を取って休んだ後は、またすぐにタマムシへ向かうべく、サイクリングロードまで歩かなければならない。
ポケモンリーグまで、あと一ヶ月を切った。順当に行けば、間違いなくリーグの前にバッジは集め終わる。
――順当に行けば、だが。
サツキはヤマブキシティのジムリーダー、ナツメのことをよく知らない。クチバジムのリーダー・マチスと同様に両親が会わせようとはしなかったからだ。
エスパー使いだという話だけは、知っている。
それが今はとても気がかりだった。
エスパー技というのは、用法が多岐に渡る。その有用性はサツキもミーちゃんでよく知っている。だから非常に厄介なのだ。
それに、ヤマブキのジムはジムバッジを手に入れるのがとても難しいのだとカルミンは言っていた。カルミンも手に入れられるか不安になったと言うほどに。
そんな前情報で、サツキは今少しだけ不安に思っている。
負けるつもりはもちろんない。ただ、対策を練ろうにも、どんな戦い方をするトレーナーなのかがわからないのだ。
ヤマブキを後回しにしたのは、そんな不安性が理由だった。
「バッジは、あと二つ……」
あと二つが、あまりにも難関。
レッドにたどり着くまでに、サツキは全て完成させる必要がある。
もうレッドにリーグに行かせないなどと言われる理由はない。正しく克服できたはずだ。
だがそれと、バッジの入手ができるかどうかは別。
流れていく景色を睨みつけながら、サツキはきつく体を抱いた。
+++
セキチクからサイクリングロードまでを歩き。翌日、タマムシを通ってようやくヤマブキシティへとたどり着く。
「はぁー……」
その町に入った瞬間、サツキは感嘆の声を上げた。
ヤマブキシティはビジネス街。カントーで最も有名なシルフカンパニーの本社があるくらい、とても栄えた大人たちの町だ。あちこちに、歓楽街のタマムシとは違う様相の高層ビルが建っている。
そのせいで無機質に見える町並みは、舗装されていてとても綺麗だったが、なんだか味気ないようにも思えた。それはきっと、サツキが田舎者だからか。
どの街角も同じように見えて迷いそうになるのに、タウンマップを見ながらなんとかポケモンセンターへとたどり着く。部屋を一室借りて、サツキはすぐにベッドへと横になった。
「あぁ――――、つかれた……」
荷物を全部投げ出して、行儀の悪さも自覚しながらため息をつく。二日間歩き通しで、まったく疲れた。
これでサイクリングロードの坂道を自転車で登っていたらあと一日かかったことだろう。ミーちゃんに乗って飛ばなかったらタマムシで力尽きたに決まっている。
ポケモンたちも、すっかり疲れてボールの中で休んでいた。特にミーちゃんには無理をさせたからかぐったりしているように見える。そんな中で元気なのは、好奇心旺盛なメーちゃんだけだ。
今日はこのままゆっくり休んだ後、バトルの練習ができそうな場所を探しに行く。明日は一日バトルの特訓をして、ジム戦は明後日以降。
まだ日付は十日。焦るほどの時間ではないが。
「どーしよーかな……」
ベッドに大の字になりながら、どうにかエスパー対策を頭で練っていると、いつの間にかボールから出てきていたらしいイーブイのブーちゃんが、脱ぎ捨てたジャケットをくわえてベッドの上に顔を出した。
そのしっぽはブンブンと振られていて、散歩にでも誘っているようだった。
「どうしたの、ブーちゃん。お散歩行きたいの?」
そんなサツキの問いかけにイエスを唱えるように出てくるのはメーちゃんである。ブーちゃんに聞いたのに、と言っても彼女は「おさんぽ!!」とはしゃいだ目で鳴くばかり。
この綺麗な町に惹かれるのは、女の子ばかりなのだろうか。
「もう……いいけどね。どうせバトルする場所探さないといけないし」
もう少し休んでいたかったけど。そんな恨み言は飲み込んで、ボールの中で眠っているミーちゃんたちを起こさないように再び出掛ける支度をした。
+++
眠っているポケモンたちに内緒で、メーちゃんとブーちゃん二匹だけを連れて町を歩いて。スーツを着た大人の人が行き交う町に少しだけ萎縮しながら、ジムの場所の確認をしたり、バトルの練習場を探したりした。
大人ばかりの町かと思えば、少し郊外へと行けば住宅街があり、公園で遊んでいる子供たちもいたので少し安心をしたり。
それから、今まで乗ったことのないリニア鉄道の駅――ヤマブキステーションを観光がてら見に行って、留守番のポケモンたちにおみやげを買ったり。これに乗るとジョウト地方に行けるんだよ、と教えられたメーちゃんがゲートをくぐろうとするのを必死に止めたり。
そうやってヤマブキシティを見学しているうちに、サツキはすっかり緊張が解れていた。これならば、明日は気持ちよくバトルの練習ができるかもしれない。
「えへへ、ヤマブキお洒落なものいっぱいあって困っちゃうね。アクセサリー買い出すと止めらんないや……」
緊張が解れすぎて、ふらりと寄ったポケモン専用のアクセサリー店でメーちゃんブーちゃんとはしゃぎながら買い物をするのはご愛敬。
メーちゃんにはかわいらしいブレスレットを。そしてブーちゃんは、今まで首にかけていたかわらずの石があまりに不格好だったから、かわいらしく彫刻をしてもらっていた。一緒にひもに通されているビーズが彼女のお気に入りのようだ。
「でもブーちゃんのは、ずっとつけてるものだもんね。かわいい方がいいよねー」
ねー、と言うようにブーちゃんもにこにこと返事をする。
ブーちゃんには一緒に、右後ろ足につけられたRの焼き鏝が隠せるような洋服も買ってあげていた。ひらひらとしたスカートがかわいい、セーラー服状のものだった。
ここまで着飾ってしまうと、もうバトルには出せないが。元よりほとんど出す気もないからいいか、とサツキは思う。
ブーちゃんは、イーブイの進化系に進化しきられないその能力のせいで、かわらずの石が手放せない。それがバトル中に壊れてしまったら――……そう思うと、怖くてバトルには出せないのだ。
バトルができなくても、仲間には変わりない。ブーちゃんにはブーちゃんのできることを任せながら、後ろで待っていてもらいたかった。
補助技を使って後続のサポートをする。それだけでも、ブーちゃんの役割は十分なのだ。
「さ、そろそろ戻ろうか。日も暮れちゃうし……かわいくなったところ、みんなに見せてあげようね!」
うん、と言うような明るい返事を聞いて、ようやくアクセサリー店を出る。
うっかり、ポケモンとのペアグッズでかわいいものがあったから買いそうになったが、我慢できた自分をほめたい気分だった。
+++
「よし、今日はヤマブキジムに向けて特訓するよ! ミーちゃんを相手に見立てて、エスパータイプの技の対抗策を練らないと!」
昨日見つけたバトルの練習場で、サツキはポケモンたちに話す。ポケモンたちの表情には意欲が見られる。みんな、この旅が終わりに近づいていることを実感しているのだろう。
特にはりきっているのがオニドリルのオーちゃんだった。どれだけ驚異かを話せば話すほど燃え上がっていって、雄叫びのような返事をしている。
バトルが大好きなオーちゃんだ。手強ければ手強いほど、彼には楽しくてならないんだろう。
「エスパー技は、基本的に避けられないと思って。大事なのは、捕まっても焦らないこと。きちんとあがいて攻撃できれば、必ず相手の隙はできるよ。まずはオーちゃんから、はじめよう!」
クチバジム戦の前にやったように、ミーちゃんを仮想敵としてバトルを始める。
今度のジム戦では、サツキははっきり言うとなんの役にも立たない。エスパー技はほとんどが不可視のものだから、サツキが第三の目になどそもそもなれないからだ。
逆に言うと、ユリカのように技になにかを混ぜて、というような小細工はないと言い切れる。純然たる実力が要求されるバトルになるだろう。
ミーちゃんのサイコキネシスに度々拘束され、身を引きちぎられるような痛みを与えられるオーちゃんは、接近戦型なのもあって非常に苦しそうにしている。
しかし、エコーボイスを駆使して、拘束を逃れては接近、攻撃を繰り返すそのねばり強さはさすがの一言だった。
「よし、いいよオーちゃん! 一旦下がって。今の感覚を忘れないでね、攻撃すれば必ず拘束は抜けられるから。次、カラ!」
オーちゃんが攻撃に慣れてきたのを見て交代する。
ミーちゃんの回復をしてから、次に訓練をするのはカラだ。接近戦中心の二人の様子を見て、誰を選出するかをサツキは考えていた。
遠距離型のポケモンに、近距離型のポケモンをぶつけるのは危険だ。ミーちゃんに対応できなければ、まずジム戦には出せない。
案の定、カラは拘束をされてしまうとそれっきり、腕の一本も動かせず沈黙をする。彼の遠距離攻撃がほとんどホネを投げるものなのと、肝心のかえんほうしゃがミーちゃんにはほとんど効かなかったせい、というのもあるのだが。
それを見てカラを下げて、ピーちゃんの様子を見、最後にメーちゃんの番になる。
「メーちゃん、バトルのときはブレスレット外そうか」
ブレスレットをちょうだいと手を出すとメーちゃんはいやいやと首を振る。バトルで壊れちゃうよ、と言ってもいやいや、と首を振る。
気に入ってくれたのはうれしいのだが、こうなってしまうと話を先に進められない。まだ生後三ヶ月のメーちゃんに道理を理解しろと言うのが酷なのもわかっているだけに、サツキは頭を掻いてしまう。
「メーちゃ~ん、それをつけたままバトルは無理だよお~」
「……こんにちは、特訓中ですか?」
そう困っていると、後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、麦わら帽子を被った金髪の女の子がいた。大きな黄金のウインディに跨り、サツキを見下ろしている。
「オーカ!」
「お久しぶりです」
ふわり、上品な笑みを浮かべるとオーカは少し鈍くさくウインディから降りてくる。
こけそうになるのを支えてあげると、恥ずかしそうにすみませんと呟いた。
サツキはすぐに、その雰囲気の変化を感じ取った。
初めて会ったとき、彼女は敵意を持ってサツキを見ていた。セキチクで会ったとき、彼女は自分を追いつめて強迫観念に苦しそうにしていた。
それが今、上品で大人しい、年相応の少女の顔をしている。問題が解決したのだと理解すると共に――これこそが、オーカという女の子なのだと初めて知った。
「もう、能力の話は大丈夫なの?」
「はい。一応、一段落をつけられました。まだ完全に折り合いがついたわけではないんですが……理想のバトルは、できそうです」
「よかった。戦うのが楽しみだね」
――お互いが完成されなければならない。
それはオーカが望んだことだ。そして条件は二人とも満たした。
オーカも、力強い表情で頷いてみせる。
待ち望んでいた、“理想のバトル”。それを実現できるのは、きっとポケモンリーグで、オーカとのバトルしかないに違いない。
サツキも、ユリカと戦ったときより強くなっているはずだ。バトルスタイルの確立も落ち着いてきた。
一番いい形を、オーカに見せたかった。
「どこか行くところだったの?」
「グレン島に向かうために、セキチクに戻るところだったんです。そこにサツキさんがいたから、少し」
「ってことは、ヤマブキはもう?」
「はい。きちんと」
オーカは帽子が見えるように少しうつむく。あんまりうつむくから、サツキからは頭のてっぺんどころか後頭部まで見えてしまって逆に見えにくかったが――その帽子にはたしかに、ゴールドバッジがついていた。
残りのバッジ数は同じということらしい。
「サツキさんの進捗は?」
「あたしも今バッジ六個。ヤマブキとトキワで終わり」
「リーグにはお互い間に合いそうですね」
ポケモンリーグまであと一ヶ月。ジム二つなら、十分回りきれる期間がある。全部が終わったら、マサラでひたすらリーグに備えて訓練をする日々になるだろう。
時は近い。
サツキとオーカは顔をつきあわせて、頷く。
そんな無言の了解のあと、オーカはふっとブーちゃんを見て、おもむろにこう言った。
「そういえば、その子は戦わせないんですか?」
「え?」
「こんなに綺麗に着飾って……。バトルのときは、やっぱりそのカメールと同じように外すんですか?」
「あ、いや……。その子は、見学」
「何故?」
ブーちゃんの事情を、話すわけにもいかず。サツキは口を閉じてしまう。
話を振られたブーちゃんは戸惑ったような様子でサツキとオーカを見比べていた。
「まあ、色々あって。……なんで?」
「声が聞こえたんです」
唐突に、不思議なことを言い出す。
すぐに彼女がそういう能力の持ち主だったことを思い出して納得した。そして気になる。なんの声を聞いたのか。
「あ、あの、えっと……。普段は声を聞かないようにしてるんですけど。いや、そういう能力があって、で、普段はスイッチ切るようにしてるんですけど! ……たまたま、サツキさんが見えたから、ポケモンたちの話が、聞きたくなって」
オーカも自分が電波発言をしてしまったことにはっとしたのか、慌てて説明をしてくれる。まだ能力への忌避感が抜けたわけではないらしい、それが余計に挙動不審さを増していたが今は黙って話を聞いた。
「イーブイが、いいなぁって、言っていて」
「……いいな?」
「バトルを、したがってる声が聞こえて」
話を振られたブーちゃんが、ぎょっとしたように身を強ばらせる。
そして、申し訳なさそうに顔を伏せた。サツキはすぐに察する。彼女は自分が戦えるような体でないことを、よく理解しているんだろう。
かわらずの石が壊れたら動ける体ではないことを。だからサツキに抗議したくても言えなくて、いつもただ見ていたことを。
たまにバトルに参加させると、とても楽しそうな顔をしていたことを思い出す。初めてタマムシジムでバトルしたとき、とても満足そうな顔をしていたことを。
自分のことを理解していたブーちゃんは、大人しい性格もあって、ただ鬱屈を隠しながら見ているしかなかったのか。
「…………」
「どんな理由があるのか、僕はわかりません。だけど、それだけ知ってほしくて」
つい、声をかけてしまって。
オーカは少し申し訳なさそうに、そこで言葉をやめた。
「うん……ありがとう」
「すみません、あまりこういう介入はしたくないんですけど。……あの、がんばってください。リーグでまた、会いましょう」
「……うん」
黄金のウインディに跨って、そそくさと去っていくオーカの背中を見送ったあと、サツキはブーちゃんのことを見る。
瞬間、ビクリと怯えた顔をしたブーちゃんが苦しそうに下を向く。怒られるとでも思っているのかもしれない。そんなにも悩んでいたのかと思うと、サツキは申し訳なくなる。
ブーちゃんのために、バトルをさせるのをずっと避けてきた。かわいい格好をさせて、他のみんなとは違う愛し方をしてきた。彼女の苦しみを癒してあげるなら、その方がいいと思っていたからだ。
ブーちゃんと出会ったとき、体の変形に耐えられず苦しそうに喘いでいたのをよく覚えている。人に怯えながら、それでもサツキのことを信じようとしてくれたことに応えたくて、ずっと彼女を大切にしてきた。
でもそれは、ブーちゃんにとっては少し違ったのだ。
「ブーちゃん。バトルしたいの?」
問うと、彼女は恐る恐る首を縦に振る。
バトルの練習にたまに混ぜると、本当に楽しそうにしていたのを思い出す。軽いウォーミングアップしかさせていなかったけれど、それでも。動きも悪くない。きっと彼女は強くなれる。
サツキはわかっていながら、ずっと交えてこなかった。
「あたしね、ブーちゃんの体が心配だったの。かわらずの石がバトルで壊れちゃったらどうしようって。もうブーちゃんの苦しむ姿が見たくなかったし……あたしじゃ、かわらずの石用意してあげられないから……」
ごめんね、と懺悔すると、ブーちゃんは小さく首を横に振った。わかっていると言うように。
きゅう……と切なげに鳴く声が諦観を交えていて、サツキまで悲しくなってしまう。
「ブーちゃん。バトルで石壊れちゃうことがあるかもしれない。そしたらきっと苦しいと思う。……でも、それでも戦いたいなら、君も一緒に練習しよっか」
ブーちゃんが、驚きを混ぜて顔を上げる。
「君が戦いたいと言うなら、石が壊れないような動きを指示をするのがあたしの――トレーナーの仕事。わがままになっても、大丈夫。ちゃんと言っていいんだよ。全部受け止めてあげるから」
そっと服を脱がせて、サツキはブーちゃんに微笑みかける。右後ろ足のRの焼き鏝が露わになった姿は痛ましかったが、彼女にこの服は拘束衣でしかない。
「気付かない振りしてごめんね。ブーちゃん」
戸惑った風にそしてうれしそうに、ブーちゃんが一つ鳴く。
そうして彼女をバトルの場へ導こうとすると――唐突に、オーちゃんがブーちゃんの近くに来てケ――――ン!! と高らかに鳴いた。
バトルの誘いに来たのかもしれない。一戦交えた後で、疲れているというのに。
オーちゃんは、バトルが好き。だから、バトルがしたいというブーちゃんの気持ちを尊重して、相手を買って出たのかもしれない。
単にバトルがしたいだけかもしれないが。
そんなオーちゃんの大きな声にびくりとしたあと、ブーちゃんは嬉しそうに彼の足に体をすりすりと当てる。それにぎょっとしたのはオーちゃんの方で、翼を広げたまま硬直してしまっていた。それでも、ブーちゃんから目をそらさないで。
ブーちゃんが仲間に加わったとき、何故か一匹だけ遠くで縮こまっていた。彼女を苦手に思っていたオーちゃんが、こうしてバトルの誘いに来るのは。
――やっぱり、ずっとブーちゃんが戦いたがっていたのを知っていたからかもしれない。
「……よし、じゃあブーちゃんとオーちゃんで一戦してみようか! そのあとで、ブーちゃんとミーちゃんでジム戦の予行練習。ごめんねメーちゃん、君は最後ね」
全員が、おう! と言うように声を上げる。
その様子に、サツキの考えは浅はかな杞憂だったのかもしれないと思い出した。
ブーちゃんに再び異変が起きても、きっとみんなはカバーしてくれるに違いない。彼女を受け入れていく様子を見て、そんな温かさを実感した。
「あ、でもメーちゃん。バトルの時はブレスレット外すんだからね!」
すっかりうやむやになった注意をすると、メーちゃんが悲しげな声を上げる。
ひっくり返ってまでだだをこねるメーちゃんを、ブーちゃんが優しく諭していた。