6.トリクル・トリクル
「はい、おしまい」
ぎゅ、ときつく帯が結ばれ息を詰めているうちに、作り帯が差されて母が着付けを終える。苦しい呼吸をいくつか整えてから、オーカは改めて鏡に映る姿を見た。
白地に描かれた、薄紫の紫陽花の浴衣。帯は梅雨を連想させる淡い葵色。深い青色のカチューシャで癖毛を隠し、耳にはキラキラと宝石のように光るイヤリングがついていた。イヤリングは今年の誕生日に従兄マサミから貰ったものだ。
去年は旅の最中で着られなかった浴衣。新しく買ったものは今までより少し大人びていて、イヤリングも相まってオーカをいつもより背伸びさせる。変なところないかな、と隅々まで確認しながら、高鳴る胸を押さえ込んだ。
「お母さん、変じゃない?」
「大丈夫、かわいいよ。写真撮ってもいい?」
「うん」
母に写真を撮られながら、今か今かとマサミの到着を待った。
今日行われるマサラタウンの夏祭り。毎年のようにマサミと一緒に行っており、今年もまた二人で遊びに行く予定だった。
父は仕事、母は家で待っていると言って来ないため、いつからかこの日はマサミと二人きりで行くことが定番になっていた。
二人きり。デート。
そんな単語を連想してはドキドキしてしまう。マサミは大人になったと思ってくれるだろうか。綺麗だと言ってくれるだろうか。
淡い期待と恋心に胸を踊らせていると、やがてインターホンの間延びした音が居間に響く。
「あ、マサミくん来たみたい」
「うん、い、いってくるね」
「気を付けて楽しんでね。マサミくんに迷惑かけちゃだめだよ」
「わ、わかってるよ」
母の声を背に、インターホンにも出ず逸る気持ちで玄関へ急いだ。しかし扉が見えたところで、慌てて減速する。
あんまり急いだら子どもっぽいかもしれない。浴衣も崩れてしまう。
――今日は兄さんに並んでも恥ずかしくないくらい、大人にならなきゃ!
両耳に輝くイヤリングを想って姿勢を正す。マサミは、オーカがこの大人なイヤリングに相応しいほど大きくなったと思ってくれているはずだ。
ひとつ深呼吸をしてから、今度はゆっくり歩いて玄関へと向かった。草履に足を突っ掛けて、震える手を抑えて鍵を回す。
「兄さん、おまたせ!」