オーカの慟哭

その日は酷く不機嫌だった。

好きでもない女の買い物に付き合わされ、ヘドが出そうな猫なで声を聞きながら、甘ったるい香水を嗅がされている。

この女も、マサミの財産と肩書きと美貌目当てだ。

この女自身には美貌も財産も性格の良さすらないくせに。マサミのステータスをねっとりと検査しながら、眼鏡に敵うかどうかを確かめている。

マサミはここまで一銭も出していない。愛想笑いもしていない。さっさとこの女の絶望する顔が見たいと思いながら、今の地獄が済むのを待っている。

マサミは女が嫌いだ。特に、金と見た目しか気にしないような女たちが。

まだ年端もいかないマサミを、その財産目当てに弄べるような女たちを、強く憎んでいた。

だからこれは、女たちへの復讐なのだ。弄んでは棄てて嘲笑ってやると、少しだけ胸がすく。

この世界で信頼できる女はただ一人。

天使のように純真で、なににも汚されていない、マサミの愛する従妹――オーカただ一人。

彼女だけは、目の前のことをなんの色眼鏡も通さずに見てくれる。マサミのありのままを評価してくれる。

その純真を守れるならばマサミは命さえ落とせるだろう。

こんな風に女を弄んでいる場所を見られたならそれこそ――マサミは自殺することだろう。

そう、すぐにでも身を投げてやることだろう――今すぐにでも。

「――………オーカ…………っ!?」

「え、やだ、なんでこんな小さい子」

目の前のことを信じたくなかった。

むぎわら帽子に金の髪。深緑のジャンパースカートを着た小さな女の子が、ふらりとこちらへやってくる。

彼女は返事をしないまま、真っ直ぐにやってくる。

信じられない思いだった。

ここは風俗街で、こんな小さな女の子がいるはずかない。

「オーカ、なんで、ここに……………っ」

「………………………」

とん、とオーカは隣にいた女の懐へと収まる。

何故オーカが自分の元へと来ない?

その理由はすぐにわかった。

「な、オーカ……………!?」

女の腹がみるみるうちに赤く染まっていく。包丁を刺されたまま倒れていく女に、オーカは押し潰されないように身を避けた。

オーカは自分がなにをしたのかもわかっていないような呆けた顔で、倒れる女を見る。

「オーカ! お前……うそや、お前がやったんとちゃうよな!?」

「………………っ」

膝をついて小さな彼女の顔を覗き込むと、泣きそうな顔で彼女は語り出す。

「に、兄さんが悪いんだよ! 僕が悪いんじゃない!」

「!?」

「僕の気持ち知っておいて、色んな女の人と遊び回って、そのくせ僕に優しくするから! 僕がなんにも知らない、なににも気付かない子供だと思ってるから!」

悲鳴のような様子で、発作のように彼女はつらつらと言い訳を連ねていく。

「ずっと嫉妬で苦しかったの! いつも綺麗なお姉さんばかりと一緒にいて、僕みたいな子供なんか相手にしてくれないから! 兄さんが悪いんだよ! ぼ、僕を綺麗な子供だと思ってるから!」

「……――――っ!」

「だから、だから、兄さんに付きまとう女がいなくなれば、ちゃんと子供じゃないってわかってくれたら、僕のこと見てくれると思って――――!!」

弾丸のように言い訳を重ねるのは、パニックを起こしているときの彼女の癖。

マサミは、目を見開いて、彼女を見る。

「僕は天使じゃない! 僕は天使にはなれない! 僕は兄さんの願う天使にはなれない!」

彼女は叫ぶ。

「僕を子供扱いするのをやめて! 僕は汚い感情も知っている! 天使じゃない! 僕をちゃんと見て! 見てほしいの! 兄さん! 僕、僕は、僕は悪くないの……僕は兄さんにちゃんと見てほしくて……」

たくさんの涙を流しながら、彼女は支離滅裂に叫ぶ。

ついに泣きじゃくって語ることもできなくなった彼女に、マサミは震える声で呟いた。

「……………お前、誰だ」

「――――――――!!」

「天使は、そんなことを、言わない」