はじめてのともだち

「今日からこの子が、あなたのパートナーよ」

星が、目の前に立っている。今年六歳になるサツキより一回り小さい。

かたいのかな、とその体に触ってみると、思ったより柔らかい感触が返ってきてぎょっとする。星はピカピカと宝石を輝かせて、きょとんと首を傾げるように体を揺らした。

おいでサツキ。

八時過ぎにやっと帰ってきた母カスミが、食事のあとに突然そう言って星をサツキの前に突き出したのだ。

ポケモンだと、思う。それはカスミのパートナーによく似ていた。

「パートナー?」

「そう。サツキの友達さ」

父レッドがサツキの隣にしゃがむ。

「パパのニョロや、ママのスタちゃんと同じ。サツキの、初めての友達になるんだ」

「ねえ、それってあたしのポケモン!?」

「そうだぜ。六歳になったサツキにプレゼントだ」

「ヒトデマン、って言うのよ」

ひとでまん。口の中で復唱した。

あたしの、はじめてのともだち。

見つめる先にあるヒトデマンの小さなコアは好奇心の色に染まっている。じっとサツキのことを見て、笑っている。

ように、見える。無機質な見た目をしているけれど、サツキにはなんとなくわかった。不思議とそのことに疑問は持たなかった。

柔らかな笑顔で、サツキのことを見ている。よろしく、と言うように。

「この子はね、大きくなったらスターミーになるのよ」

「スタちゃんになるの?」

「ああ、スタちゃんと同じポケモンに進化する」

「そっか・・・・・・。じゃあ、きみのなまえはミーちゃんだね!」

よろしくね、ミーちゃん。

もう一度、ちょっとだけ柔らかいミーちゃんの体を撫でる。今度はもう驚かない。

ミーちゃんは笑顔で返してくれた。サツキ。声もないのに、そう呼んでくれた気がした。

「誕生日おめでとう、サツキ」

+++

ポケモンと触れあわない子供はいない。

親のポケモンや、町に住み着いているポケモンはいたるところにいるからだ。だからサツキたち子供は、物心つく前からポケモンと遊んで大きくなっていく。

しかし、自分のポケモンを持つのはさまざまだ。

生まれたときから兄弟のように過ごしている子もいる。親に内緒でそっとポケモンを捕まえてしまう子もいる。一番多いのは、親からポケモンを与えられることだ。

そしてそれは六歳頃からだと、どうしてか決まっていた。

サツキの友達もぽつぽつとポケモンを持ち初めて、みんなでいいなーなんて羨ましがっていたのだ。しかしこれで、サツキもポケモンを持っている子のグループだ。

「ふっふっふっふ……」

「なんだよサツキ、きもちわるいぞー」

そのうれしさににやにやと笑いながら、いつもの遊び場所へとやってくる。腰にはちゃんと、ミーちゃんの入ったボールがついていた。

自慢してやるんだ、いっぱいいっぱい。

「じゃーん、あたしもポケモンもらったんだー!」

「ほんとかサツキ!」

「すっげー、見せて見せてー!」

まるで金メダルかなにかのようにボールを掲げれば、みんなが目を輝かせてサツキを見た。この感じ、気持ちいい。

優越感に浸りながら、しっかりと開閉ボタンを押した。中から出てくるのはヒトデマン――――ミーちゃんだ。

「……」

「……」

「かっこいいでしょ、ヒトデマンのミーちゃん!」

自分より少し小さいミーちゃんを押し出して紹介する。

みんなは目を見開いたままぽかんとして、それから少し内緒話をするように顔を見合わせた。

あれ、なんかおかしいな?

いつもだったら、みんなでポケモンをなでたりして、すごいすごいってはしゃぐのに。

一気に興奮状態から冷えきった空気に、サツキは敏感に反応する。

どう形容したらいいかはわからない。ただその視線はけしていいものとは言えなかった。湧き上がる恐怖に、笑顔が固まる。

どうして、そんな目でミーちゃんを見るの。

やめてよ、あたしの大切な友達を。

「おまえのポケモン、ださくねぇ?」

「――――!!」

その言葉に誰もが固まる。

全員が一斉に声を発した男の子に目を向けた。男の子は悪びれた様子なく、怪訝そうな顔でミーちゃんを見る。

あまり、得意な友人ではなかった。

いつも粗暴で、口が悪くて、よく女子を泣かせている。暴力に任せて場を支配する、あまり上品とは言えない男の子。あまりに素直で言葉を隠そうとしないせいで、空気の読めないところも多かった。

その刃がサツキに向いたことがなかったとは言わない。だがやや大柄で、男の子より大きなサツキは喧嘩であまり負けることがなかったのだ。いつも一緒にいる他の男子は少しおとなしいところもあるから、いつもこの男の子はなだめられ、サツキに大きな被害が来ないこともあった。

今日もそうだと思った。

しかし、そのときの場の空気は少し違った。

「だよなぁ」

「なんかきもいし」

「ポケモンってかんじ、しねーよな」

たかが外れたように口ぐちに、ヒトデマンへの不満をつぶやく。

なにも言えなかった。

すっと背筋が冷える。血の気が引くのを初めて感じた。

そんなサツキの様子も気にせずに、男子たちはどんどんとエスカレートしてなにがダメどれがダメと笑い合う。

「ヒトデマンなんかよりさ、オレのニドラン♂のがよっぽどかっこいいだろ! しんかしたらニドキングになるんだぜ!」

「ニドキングかっこいいよなー! だったらおれガーディがいいな、ウインディかっこいーじゃん!」

「いいよなぁ。おれなんかもらったのコラッタだぜ、せめてビードルだったらスピアーになるからかっこいいのに」

ぶるぶると腕が震えるのを感じた。目の前が真っ赤に染まって、ぎり、と大きく歯ぎしりする音が頭の中で響く。

意地でも泣いてやるものかと、あふれてくる涙をこらえる。

「あんたのほうがよっぽどだっさいじゃん!」

「あ? なんだとサツキ!」

「せっかくもらったポケモンなのに、そんなことしかいえないなんてバカじゃないの!? きみなんかよりミーちゃんのほうがずっとずっと、かっこいいんだから――――!!」

勢いに任せて腹を蹴りあげる。低いうめき声が漏れたのに少し満足して、逃げ出すようにサツキは一心に駆け抜けた。

+++

くやしい。

かなしい。

ゆるせない。

ゆるさない。

色々な想いがぐちゃぐちゃになって涙になってあふれてくる。熱い液体が頬を覆って止まらない。

走って、走って走って、息が苦しくてもただ走って、誰にも見られないように一人になれる場所を探した。

今日は、父が休みだから、家には帰れない。

泣いているところを誰にも見られたくなかった。心配をされて、どうしたのか聞かれるのがなにより嫌いだ。

みっともないところを人に見られるのは、一番嫌いだ。震える声を聞かれるのが嫌いだ。真っ赤になった鼻を見られるのが嫌いだ。

だから泣きたくないのに、涙は抑えられそうにない。

涙をこらえようとするたびに、男子の馬鹿にしたような笑い声が思い出される。

「…………くっそ……」

ぜいぜいと過呼吸になりながら、怒りのままに毒を吐く。ひきつるように胸がはねて、うまく息が吸えない。全部全部あいつのせいだ。

「ここ、……っは……」

ふっと我に返ってあたりを見回す。

大きな木がそびえ立ち、昼間なのにほの暗い。草はあまり伸びてないけれど、地面の土はむき出しになっていた。

西の森、だ。

「あ……」

そこまで思い当たって、走りすぎたことに気づく。

ポケモンは、ミーちゃんは、置いてきた。とにかく泣きそうだった顔を隠したいだけでここまで来てしまった。

――――西の森には、絶対に入ったらダメよ。

母の言葉を思い出す。森には野生のポケモンがいっぱいいて危ないから、絶対に行ったらいけない。

帰らなきゃ。まだ入り口だったおかげで、迷うことはなさそうだった。振り向けば、簡単に元の道路が見つかった。

泣きつかれた顔で、肩を落として歩く。できるだけ顔が見えないようにうつむいて、とぼとぼと。

どこに、行こう。

隠れられる場所に心当たりがなかった。西の森ほどちょうどいい場所はなかったが、あの薄暗さにサツキは耐えられそうになかった。

鬱々とした表情で、道路から少しだけ目線を上げる。その先に、茶色の足が見えた。

「――――ミー、ちゃん」

心配そうにピカピカとコアを光らせて、サツキを見上げる。

あんなことを言われたのに、なにも気にしていないように体を揺らして近づいてくる。

「――――っ」

ざっ。

思わず後ずさりする。

「こないで!」

サツキの叫びにびっくりしたように、ミーちゃんが立ち止まる。

ざわざわと黒い感情が沸き上がってくる。男子の顔が思い浮かぶ。

おまえのせいで。

「きみなんていらない! きみのせいでバカにされるなんてやだ! どっかいって、――――いってよ!!」

+++

もう走り疲れているのにただ走って走って、今日はいろんなものから逃げてばかりだと、サツキは思う。

なにしてるんだろう。もらったばかりのポケモンなのに、初めてのポケモンなのに。

――――いらないなんて、おもったこと、ないのに。

さっきぶつけてしまった言葉を振り返って、後悔ばかりが胸をふさぐ。

どうしてあんなことを言ったのかわからなかった。

「ここ、どこだろ……」

ぽつり、つぶやく。

声は虚空に消えて、惨めに思えた。

これは罰だ。男の子を蹴りとばして、ミーちゃんにひどいことを言った自分への。

だから大嫌いな森でひとりぼっちで、不気味に大きな木に囲まれている。

「どうしよう……ここでしんじゃうのかな……」

よろよろと木に寄りかかって座り込む。出れなかったら、ここで死ぬしかないのかもしれない。

西の森なんて、マサラの人は滅多に近寄らない。だからサツキも、見つからない。

自業自得だ。

膝に顔を埋める。それでもいいとも思った。このままポケモンに襲われて、帰れなくなっても。

――――わるいこなあたしは、いらない。

静かな森の中で考える。どうしてあんなこと言ってしまったのか。

ミーちゃんを見た瞬間、あの凍った空気を思い出した。男子の笑い声と、馬鹿にした目を。怒りと、羞恥と、悲哀が入り交じって、どす黒いなにかに変わってサツキを塗りつぶしたのだ。

一番悲しかったのは、その中でもミーちゃんを恥ずかしいと思った気持ちが一番大きかったことだ。

「ミーちゃん、ごめんね……」

つぶやいても、ミーちゃんには届かない。

今すぐミーちゃんに謝りたくて、だけど誰にも会いたくなかった。

こんな汚い感情を抱いたまま、ミーちゃんに会ったらきっといけないのだ。ミーちゃんに言った言葉がカスミにバレて、怒られるのも怖かった。ポケモンは友達だって、ずっとずっと言い聞かせられてるのに、いらないだなんて言って。

パパとママが、せっかく誕生日にくれたのに。

誕生日自体はもう少し前だったが、ポケモンがほしいとねだってから、一生懸命探してきてくれていたことを知っている。

欲しいポケモンがいすぎるから、決められない。でも一緒に泳ぎたいから、はじめてのポケモンはみずタイプがいい。

そんな風におねがいをした晩に、図鑑と一緒に両親が遅くまで話しあっていたのを、こっそり見てしまったのだ。

だから、申し訳なかった。

これからいっぱいいっぱい遊ぶつもりだったのに。

あの子と一緒に、いろんなことを経験していったはずなのに。

二日目で、全部全部パーだ。

ミーちゃんも、きっとあたしのことなんかキライになった。

「このまま、きえちゃいたいな……」

鬱々と考えて、ひっこんでいた涙がまたこぼれてくる。誰もいないのに、ひっそりと声を殺して、涙が膝に落ちるのを見た。

たくさんないたら、きえてなくなれるかな。

ぼんやりと思う。

「――――!」

がさっ。

がさがさっ。

向かいの木が、揺れている。

思わず顔をあげて、じっと見る。なにかいる。

しんとした空気の中で、木の揺れる音だけが響いている。

「――――!」

まばたきも忘れて見つめる。息を詰めて、その向こうからなにが現れるのかを待った。

がさがさ。

がさがさ。

葉の隙間から、象牙色の針が出てくる。

乾いた涙で目が痛い。それでもまばたきできずにその針を見つめる。サツキの胴ほどの大きさもある針の向こうが、ゆっくりゆっくり現れてくる。

黒い腕。

黄色い顔と、赤い水晶。

「あ――――……」

心が警鐘を鳴らす。

逃げろ、逃げろ。そいつは危ないぞ。

そうわかっているのに、ひざを抱えたまま、サツキは動けない。

ぶぶぶぶぶ。

耳障りな羽音を鳴らして、そのポケモンが全長を現す。

感情のわからない赤い目で、サツキのことを見つめてくる。感情豊かに語りかけてくるミーちゃんのコアとは違い、その薄ら寒さに恐ろしさを覚える。

ぶぶぶぶぶ。

ゆっくり、ゆっくり、ポケモンが近づいてくる。

体が、固まって動かない。見つめあったまま、距離だけが縮まっていく。

にげなきゃ。

でもきえてもいいんじゃなかったっけ?

だからからだがうごかないの?

手が届くほどの距離にまで、針が近づいてくる。

――――わるいこなあたしを、しにがみがころしにきたんだ。

ふっとその考えに納得する。

そうだよね。こんなわるいこなあたしはいなくなっちゃえばいいんだよね。

目をつむって、その針が首を刺すのを待つ。

羽音だけが響く森の中、ややひんやりした風ばかりが肌を撫でる。そのくすぐったさと、処刑までの長さにすぐにいたたまれなくなりながら、じっと、じっと、目を閉じる。

けれど、その処刑はどれほど待ってもこない。

「――――……?」

恐る恐る、目を開ける。

あったのは、象牙色の針ではなく。

「ミーちゃん…………!?」

茶色の星が、サツキをかばうように立っていた。

象牙色の針がミーちゃんのコアから少しずれた場所に突き刺さり、キキ、とうめき声のようなものをあげる。

なんでミーちゃんがここにいるんだろう。いや、それよりも、ミーちゃんが苦しんでる。自分のために。

あたし、なにさせてんの?

呆然とするサツキを後ろに隠して、ミーちゃんがその針を押し退ける。たたみかけるようにみずでっぽうをお見舞いすると、あっさりと象牙色の針を持つポケモンは木の向こう側へと去っていった。

「ミー、ちゃん……」

ぽかんとするサツキに、ミーちゃんが振り返る。

怒っている。

小さなコアをビカビカと点滅させて、体の一部を手のように振り回す。その様子に、さっき言ったことに怒っているのかと思ったが、すぐに違うことに気がついた。

――――死ぬつもりだったの!?

そんなショックと心配の混ざった色をサツキに見せる。あんな危険なポケモンを前にして、首を晒していたことに怒っているのだ。

「…………ありがとう、ミーちゃん」

あんなひどいことを言ったのに、あたしのことを心配してくれる。

昨日あったばかりなのに、とは思わない。サツキにとってもミーちゃんはかけがえのない友達だ。たった一日しか経っていなかったとしても。だけど嫌われたと思った。もうだめだと思った。

「ずっと、あたしのそばにいてくれてたんだね……」

少しだけ柔らかい、命を感じられる肌に触れる。人とは違ってひんやりした体を抱きしめて、また一筋の涙を流す。

あたしのともだちは、こんなにもやさしい。

なのにあたしは、なにしてたんだろう。

「ごめん、ごめんね。ミーちゃんをきずつけるあたしなんかいらないっておもったの。ミーちゃんはいらなくなんかないよ、ミーちゃんはたいせつな、たいせつなともだちだよ。みんながバカにしたって、ミーちゃんはこんなにかっこいい。ごめん、ごめんね、ほんのすこしでもながされそうになって、ごめんね……」

腕いっぱいにミーちゃんの体を感じる。

ださい?

きもい?

こんなにやさしくてつよい、かっこいいこがそんなわけない。

あいつらの、みるめがないだけ。

「ごめんなさい、ミーちゃん。……ゆるして、くれる?」

そっと離して、ミーちゃんと見つめあう。

ビカビカと怒りの色に染まっていたコアは、すうっとやわらかな光に変わって、サツキをおだやかに見つめ返す。

――――そんなの気にしてないよ。

――――ばかだなあ、サツキは。

ころころとミーちゃんが笑う。どうしてミーちゃんの気持ちは、こんなに手にとるようにわかるんだろう。ほかのポケモンのように感情が見えるわけでもないのに、どんなポケモンよりもはっきりと感情を伝えてくる。

こころがつうじあってるのかもしれないね。これってうんめいってやつ?

「ありがとう、ミーちゃん」

もう一度抱きしめて、ずっと座り込んでいた腰をあげる。

緊張していたせいで体が痛かった。大きくのびをして、ミーちゃんを見下ろす。

「よし、じゃあ、あいつらをみかえしてやんなきゃね!」

にっ、と笑うとミーちゃんもまた挑戦的に笑い返してきた。

あいつのポケモンのほうがかっこいいなら、かっこいいとこみせてもらおうじゃない。

+++

ざっ。

いつもの遊び場所に、いつもより少し早く来て。

サツキは向こう側から来る友人たちを、ミーちゃんと腕を組んで待っていた。

「! サツキ……おまえ、よくもきのうはけってくれたな!」

「ミーちゃんのことバカにするのがわるいんじゃん。それよりねぇ、バトルしようよ」

「! バトル……?」

昨日のすべての原因を作った男子は、突然の挑発に乗り切れないでいるのか怪訝な顔でサツキを見る。

もっとあっさり乗ってくるかと思ったのに、ちょっと鈍いなこいつ。

「そう。だってせっかくおたがいポケモンもってるんだよ? だったらやってみたいじゃん」

「そりゃあ、そうだけど……」

「それに、きみのポケモンのほうがミーちゃんよりかっこいいんでしょ? ならみせてよ、かっこいいところ。バトルにかって」

「……!」

「あたしがかったらちゃんとミーちゃんにあやまってよね!」

ぐっと男子が言葉に詰まる。はやく乗ってよ、意味ないじゃん。

「それとも、かっこいいのはみためだけ? かつじしんはないんだ?」

「じょ、じょうとうだ、うけてやる! おいおまえら、しんぱんやれよ!」

「ほんとにやんのかよ……」

「すげー、なまバトルだ!」

ようやく話がまとまって、にやりと笑う。

男子たちがバトルをしたことがないことをサツキは知っている。本当はしたいくせに、お母さんにあぶないからときつく言い含められているからだ。

それもわかっていて、サツキはバトルに誘った。

あぶないことはやってみたい。だけど誰も言わないから、やらない。

その点サツキは違う。昨日帰ってから、レッドにバトルのやりかたを教えてもらったのだ。野生のポケモンたち相手に練習を重ねて、きっちり勝つ準備をしてきた。

こんなときは理解のいい両親に感謝する。ややうっとうしい父の絡みもあったが、ジムリーダー直伝のバトル方法、見せてやる。

「たのんだよ、ミーちゃん!」

「いけっ、ニドラン♂!」

広い草原で離れて立ち、互いのポケモンを舞台に上げる。

「ニドラン♂、つつく!」

「ミーちゃん、かたくなる!」

ガキッ、と痛そうな音が響く。バトルに慣れてないニドラン♂はその衝撃に目を白黒させて、涙目で後ずさる。その隙を逃がさずミーちゃんがたいあたりをして、ニドラン♂の体が少し浮いた。

「がんばれニドラン!」

男子のかけ声に応えるように、ひっくり返った状態からすぐにニドランは起きあがる。その目から戦意はまだ失われていない。

「にどげりだ!」

「たえて、ミーちゃん!」

高く飛んだニドラン♂のにどげりをミーちゃんは正面から受け止める。その後ろ姿からはどれくらいダメージが来たのかわからない。苦しいかもしれない、無理はさせない方がいい?

しかしミーちゃんが振り返って、大丈夫と言ってくる。

それにサツキは安心して、ほほ笑み返した。

「すげぇ、どっちもまけてない……」

「がんばれニドラン、そんなやつまかしちまえ!」

外野二人は男子の味方だった。これをどうやってこちら側につけるか。

ミーちゃんのかっこいいところ、見せなきゃ。

「ミーちゃん、みずでっぽ――――……」

得意のみずでっぽうを浴びせようとして、固まる。

あれは。

「なんだサツキ、おじけづいたか? ニドラン、つつ」

「ふせてっ!!」

「!?」

黄色い体に、耳障りな羽音を断続的に鳴らす羽。両腕についた象牙色の大きな針はサツキたちにはあまりに大きい。

その針ははっきりと、男子の頭上に置かれている。

あのまま、針を下ろしたら。

「ミーちゃん、みずでっぽう!!」

「――――!!」

伏せさせた男子の頭上を通ってミーちゃんのみずでっぽうが象牙色の針を持つポケモンにあたる。

むしポケモン特有の赤い水晶のような目はちかちかと困惑に光って、挙動不審にきびすを返していく。

追って、来たのかもしれない。

普段町にまで西の森のポケモンが来ることはない。

だからこそ驚いていた。胸をなで下ろす。ねらわれていた男子は、ガタガタと頭を抱えて震えている。

「……ほら、しっかりしてよ、おとこのこでしょ」

「お、おまえ、こわくないのか?」

バトルを中断して相手に手をさしのべる。

驚きと恐怖に染まったその顔は普段の尊大さをかけらも感じない。少しだけ笑ってしまう。

「こわくないよ。だってミーちゃんがいるから」

ね、とミーちゃんを振り返る。

ピカピカと笑顔で応えてくれるミーちゃんに、男子たちはぽかんとして、それから、

「すごかったよな、さっきのみずでっぽう!」

「ああ、かっこよかった!! なっ」

「……まあ、おかげでたすかったからな。ありがとう、ミーちゃん」

わっと囲んで手をのばす。

べたべたと撫でるその豹変ぶりにあきれながら、サツキは笑う。

もくひょうたっせい、かな?

「だからいったじゃん、ミーちゃんはかっこいいんだって!」

+++

「って、ことがあってね」

大好きなハンバーグをほおばりながら、今日あったことをレッドとカスミに言う。

食べながら話すことを注意しながら、カスミは優しくほほえんだ。

「やったじゃない、ミーちゃんかっこいいって言ってもらえてよかったわね」

「それで、バトルは結局どうなったんだ?」

「あたしのあっしょう!」

「さすがパパの子だ!」

身を乗り出して頭を撫でてくるレッドが少し気恥ずかしい。しかし悪い気分じゃない。

あのあと、バトルを仕切なおしたのだ。結果、サツキの圧勝。男子は手も足も出なかったのが悔しいのか、明日もバトルするぞ! と息巻いていた。

これからはバトルで遊ぶことが多くなるかもしれない。それはちょっと、楽しみだった。

「パパ、バトルってたのしいね! あたしもっともっとがんばる!」

「おっ、そうか、サツキもバトルが好きか!」

「パパとママの子だもんね。きっともっと強くなれるわ」

ジムリーダーの子。それを強く意識したことはないけれど、自分も二人のように戦えるようになるのかもしれない。

そう思うと、今からわくわくが止まらない。ミーちゃんと一緒に、もっともっと強くなって大きくなるのだ。

「大きくなったらパパとバトルしようなー」

「うん!」

「それで結婚しよう!」

「やだー」

「あんた懲りないわねぇ……」

また一口ハンバーグをほおばる。

早く明日になったらいい。そしたらみんなで遊ぶのだ、ポケモンバトルで。