女神への懇願

人気のない空虚な教会の中、ステンドグラスを通して色とりどりの朝日が落ちる。長いレッドカーペットの先、壇上でその朝日を背に立つのは美しき月の女神、シーンの像。全てを平等に扱い、争いを嫌い、時には世界を闇に包んででも諍いを止めてみせた愛する母。

その前に跪いて、カルミン・スニベルツは祈りを捧げる。誰もが眠りの中にいる、朝と夜の狭間の時間こそがカルミンの時間だ。

誰もを平等に、弱者には手を差しのべるようにと教えられるシーン教会にさえ、カルミンの居場所はないからだ。

ナイトメア。蛮族のように"穢れ"を抱え、角を持ち、人とは思えぬような青白い肌を持つ忌み子。そんなカルミンの安らげる時間は、こんな早朝にしかなかった。

誰に見られることなく、祈りを捧げられる時間。

女神を独り占めすることができる時間。

月と太陽、夫婦神に祈りを捧げられる、最も贅沢で荘厳な時間だった。

「シーン様、どうか、旅立つ私をお守りください」

その中で、カルミンは祈りを口にする。

カルミンはもう十六歳だ。もうすぐ成長が止まる。その前にこの町を出る必要があった。捨て子だった自分を育ててくれたこの教会に別れを告げて。

ナイトメアは不老不死だ。エルフやドワーフのように成長は止まるのに、容姿が人間だからあまり長く留まると危険なのだ。だからもう、行かないといけない。

「どうか、私を見守りください……」

誰にも見られないうちに。旅立つ前の短い時間を祈りに費やす。すがりつくように。

カルミンは祈る。

優しく笑う彼女を思い浮かべて。ナイトメアである自分にさえ分け隔てなく差しのべてくれた手を、ついに抱き締めることができなかった体を、好きだと告げて口付けることもできなかった唇を。

彼女との思い出だけが、カルミンを生かしている。

「シーン様…………」

せめて思い出を抱き締めることだけは赦してほしいと祈る。たった一人、カルミンだけの女神へ。

二度と会うことはしないから、と。