ポケモンリーグ 準決勝 第二戦

準決勝、第一試合が終わった。

サツキはずっと控え室のモニターで見ていた。一挙一動を逃さぬように。ポケモンだけではない、オーカ自身にも。

彼女は強い。それが多大な練習量の上にある実力であることは見ているだけで十分にわかる。無言のやりとりができるように、いつでも定型の攻撃に移れるように、ポケモンたちとの意思疎通が図られている。サインもおそらく、定型の数だけある。

それだけの練習量を重ねているオーカが、メルに勝つのは必然だった。

メルは指示をしない。ポケモンは強いが、それだけでバトルで勝とうとするのは甘い。今まで当たった相手が弱かっただけにすぎない。

トレーナーとしての質。その差で勝敗がついたのがよくわかる試合だった。

「……みんな、オーカが勝った」

サツキはここまで来て、今まで以上に重圧を感じている。ポケモンリーグの準決勝だから、というのはある。だがそれだけではない。オーカと勝負するのが目前だから、というのもある。だがそれだけでもない。

次の試合が、カルミンとだからだ。

さっきの試合で、オーカがメルに怒りを見せたのがわかった。当然だ、真面目な彼女はメルのやる気のなさを許さない。このポケモンリーグという舞台において、不誠実であることを許さない。サツキに向けた怒りと同じものを、彼女はメルに向けたはずだ。メルは、やはり興味がなさそうに返していた様子だったが。

あの様子を見ていて、次は自分の番だと思っていた。否、怒らせるようなバトルなどするつもりはない。しかし、カルミンやオーカの求める域に達していなかったらどうしようと、今更ながらに思うのだ。

オーカのバトルが始まった頃から、両親たちは観戦席へと追い返した。

一人になりたかったから。

きっとカルミンも一人だと思ったからだ。

孤児院への怨嗟を抱え、レッドへの憧れだけを動力源に、普通の子供などとは比べものにならないほどの努力をしてきたはずの、カルミン。

彼の感情を分かちあうことはできない。それでも、少しでも彼に近付きたくて、サツキは一人で次の試合への待ち時間を耐えた。

カルミンの望むようなバトルがしたい。

カルミンが望んだようなあたしになりたい。

サツキは彼の生い立ちを知ってしまっている。だからこそ、カルミンに対して妥協は許されないのだ。彼の焦がれるような夢を知ってなお、サツキはここで勝たねばならない。

――リーグで、俺と戦って勝ってほしい。

――俺から破りに行くんだ。

ハナダでした約束。予選でされた宣戦布告。どちらも大切に抱えて、彼と対峙しなければならない。

彼の夢に、生い立ちに、同情などせず、全力で。

それはやはり、気持ちが重かった。それでも勝たなければならなかった。それが約束でもあり、サツキに許される唯一の道だからだ。

サツキは勝たねばならない。カルミンと、オーカとの約束を守るために。

「次に戦うのは、オーカだ。もうあたしはハナダでカルミンと戦ったあたしじゃない。カルミンのこと、全部知ってるよ。――でも、あたしは勝つことだけを確信してる!」

ポケモンたちに宣言する。

カルミンの親友――カラと目を合わせて、高らかに。

彼の今までを知っているカラは、彼を負かせなければならないことが辛いかもしれない。サツキも同じ気持ちだ。あれほど夢に真っ直ぐな彼が、敗れる姿は見たくない。

だが、勝つのはサツキだ。

容赦などしない。それが救いであることをサツキは知っている。

父に全力を以て敗北させられたとき、サツキは一種のすがすがしささえ感じていた。悔しくても、悲しくなかった。

相手に同情し、相手の望む勝利を渡すだけが優しさではない。サツキはもう、知っていた。

父から譲り受けた絶縁グローブをつけて、拳を握る。

「カルミンは前哨戦にすぎない! みんな、油断せず――きっちり勝っていくよ!」

+++

ポケモンリーグ、準決勝。

カルミンはシード組だったが、それでも、昨日の二試合を勝ち抜けたことにさえ感動をしていた。

今、自分はかつてのレッドと同じ舞台に立っている。その事実がたまらなく心臓を奮わせた。緊張など感じず、ただ、感動と興奮でねじがどこかへ飛んで行ってしまったような感じだった。

自分は今ポケモンリーグに出ている。ここを勝てば決勝に進める。多くの人間はできないような体験をしている。孤児院の連中などには奪われない経験をしている。

この一瞬一瞬を記憶に残そうと必死だった。興奮で吹き飛びそうなのを、必死に抱えて大切にしていた。この場にどれほど立ちたかったことか。自分の、自分だけの経験を、どれだけ求め続けていたことか。

この場に立った事実。それは誰にも奪われない。予選ではインタビューまでされてしまった。その記録はカルミンという存在を永久に閉じこめてくれるだろう。

準決勝からは本格的にテレビで放映される。カルミンの姿は、多くの人間の中に残る。

自分だけのものを。自分だけの経験を。誰にも奪われないものを。何物にも変えられないものを。

求め続けてきた。今。それは着実に叶えられている。

カルミンは今、確かにレッドと同じ道にいる!

「いいかお前ら! 次の相手はサツキだ、今までとは違う、間違いなく強い相手だ!!」

興奮のままに、手持ちたちに呼びかける。

よく知った名前の登場に、各々顔を引き締めた。その中に、同志であるガラガラはいない。カルミンが逃がすために、サツキに預けた。そのことに後悔はないが、この大舞台に戦友が共にいないのは、一抹の寂しさを感じる。

よく知った相手が、敵になる。

それは熱いような、悲しいような、なんとも形容しがたいものだった。

――リーグで、俺と戦って勝ってほしい。

カルミンは、ハナダでサツキにそう望んだ。その気持ちは今も偽りはない。レッドの娘である彼女には、特別でいてほしかった。

だがカルミンも負けるつもりはない。その約束を破るべく、全力で立ち向かうつもりだ。

「サツキは、多分俺たちより強いと思う。――だけど! だからって諦める俺たちじゃない! 全力で、勝ちに行く!」

カルミンには夢がある。憧れがある。この気持ちを胸に抱いていれば、どんなに苦しかったときでもがんばってこれた。この強さは、誰にも負けない。

「俺は、俺たちは、ジムリーダーになるんだ。だからここで、まずは優勝する! レッドさんだって、十一歳で優勝して、十四歳で試験を突破してるんだ、俺たちにできないことない!」

レッドの背中を追いかけて、ついにはジムリーダーになる夢もできた。

カルミンは立ち止まらない。

止まるところを、知らない。

「行くぞ!」

おう!! とポケモンたちが同調してくれる。

彼らがいれば、きっとどこへでも行けるのだと確信していた。

+++

準決勝第二試合の準備が進められている。

ユリカは、サツキの両親に連れられて観戦席に来ていた。レッドたちの友人に囲まれている状況は非常に居心地が悪く、黙って試合を見ることしかできない。

似たような立場らしい男が二人ほどいたが、美麗な男は黙りこくり、去年のリーグでユリカを負かした宿敵カケルは楽しそうに、前試合に出ていた美少女の母親らしい女性と話していた。

本当は、試合の直前までサツキと一緒にいたかった。

去年のリーグでサツキがそうしてくれたように、彼女を抱きしめて送り出したかった。

しかし、ユリカが準決勝第一試合からここにいるのは、サツキの意思だ。

――準決勝は、一人になりたいの。

――きっとカルミンも、一人だから。

ユリカは、今回のサツキの相手――カルミンのことを知らない。名前だけは聞いていたが、サツキの言った言葉の意味を知らない。だが、そうお願いされたら聞くしかなかった。

旅の中で出会った、サツキが変わろうと思ったきっかけ。

そんな相手が、どんな男なのか。ユリカは知りたかったが、知りたくもなかった。

「次はサツキとカルミンくんね」

「ああ、あの子か。なんかすごい子だったよなぁ」

「あれでしょ、“サインください”! って。彼有名人だものね。レッドのファンらしいじゃない」

「そうなんだよ。おっ、噂の子が来たなって思って迎えたら顔見るなり泣かれてさ」

隣でレッドとカスミ夫妻がそう話し出すと、オーキド博士や美少女の母親もこぞってうちにも来たと盛り上がり始める。宿敵カケルもだ。

たしかサツキ曰く、強いトレーナーが好きだという話だ。そういえば、両親からもおもしろい子がいるという話は聞いた。その彼だろう。

「落ち着くまで結局一時間かかってさ。あれには驚いた」

「さすが。うちに泊まりに来たときもガチガチだったしねぇ」

「は? なにそれ聞いてないんだけど」

「言ってないもの。男の子泊めるとうるさいし」

「当たり前だろ! お泊まりなんかまだ早い!」

親バカなレッドがカスミに突っかかっているのを聞き流していると、やがてフィールドの整備が終わる。人が出払って、バックミュージックが消え、そしてジジ……とマイクのノイズが入った。

始まる。

『――さぁ始まります準決勝第二戦、選手の入場だ! レッドを追いかけてきた未来のジムリーダー、カルミン!』

入場口から、歓声に呼ばれて少年が一人舞台に駆け上がる。赤いジャケットに蜂蜜色の髪。活発そうなその顔は、高揚と緊張に赤く染まっていた。

彼が、サツキのバトルを叱ったのだという。真正面から、ふざけるなと。今まで誰も言えなかった言葉を。

レッドも、カスミも、ユリカも。サツキのバトルの変容には気付いていた。だが、誰もそれを言わなかったのは彼女がバトルを極めようとしなかったからだ。必要がなかったから、言わなかった。旅の中で出会った彼は、サツキの事情などなにも知らない。だからきっと、そう言えたのだろう。

じり、と嫉妬がユリカの心を焼く。

『対するは、予選から怒濤の勝利を納めてきた幼き人魚。水のように移り変わるバトルは次になにを見せてくれるのか――夢幻のマーメイド、サツキ!』

サツキが呼ばれ、入場口から飛び出してくる。その表情は嵐の前の凪いだ海のようだ。その顔を見て、ユリカはもう心配はいらないなと、確信する。

サツキは本気の時、真剣な時、その顔から表情が消える。なにもかもを受け入れようとする時ほど、鏡となった水面のように落ち着いた顔をするのだ。

審判の合図と共に、両者がボールを取ったのが見える。

さぁ、なにを出す。

「はじめ!」

「――――!!」

ポケモンがついに、場に現れる。

サツキが出したのは、スターミーだった。

「……サツキ」

彼女は勝つつもりだ。ユリカは確信する。

こんな、一番目から最も信頼しているスターミーを出してくるなんて。彼女は勝つつもりだ。容赦なく。

カルミン少年の事情を、ユリカはぼかされた説明でしか知らない。だがサツキは、カルミンが優勝したい理由を聞いた上で、間違いなく勝つための選出をした。

――あの子は変わった。

きっとユリカが知っている以上に変わった。優しくて、それゆえに甘かった彼女が、勝つためのバトルをしようとしている。

ああ、とユリカは思う。

サツキの変わっていく過程を、やっぱり近くで見ていたかった、と。

+++

歓声の中、サツキはカルミンと対峙する。

この瞬間までに、何度カルミンと出会った日のことを思い返しただろう。

オツキミ山で声をかけてくれた時のこと。一緒にオツキミ山を抜けたこと。その後にハナダの川で一緒に遊んだこと。その日の夜にサツキの祖父の館へ泊まったこと。そこでカルミンの出自を聞いたこと。そして、初めてのバトルで、彼に怒られてしまったこと。

この試合までの間、何度も何度も思い返した。そしてかつてと同じバトルはしていないと、何度も信じた。

あの日は、サツキにとって特別なものだ。

カルミンに報いたかった。レッドが好きで、ここまで走り続けてきた強い彼に。

「残念だな、サツキと準決勝で当たるなんて」

「そうだね。決勝で戦いたかった」

決勝戦では、オーカと戦おうと約束している。だからここでカルミンと当たったことは、サツキには幸運だったかもしれない。だが彼とも決勝戦で出会いたかった。できることなら、彼がトロフィーを手に入れるところを見たかった。

ここで敗北すると、三位決定戦に勝たなければトロフィーは手に入らない。カルミンの熱狂的なリーグへの想いを聞いたサツキは、彼にトロフィーをあげたかった。

だが、サツキは勝つ。残念な話だが、彼には三位決定戦でがんばってもらわなければならない。

それがカルミンとの約束と――オーカとの約束を守る、絶対条件だった。

――約束を破るのは、悪いこと。

「でもカルミン。君と戦えてうれしい。見てね――あたしの本気!」

「悪いけど、こっちも負けるつもりはないからな!」

はじめ、と審判の合図と同時に二人はボールを放り投げる。

場に現れたのはスターミーとプテラ。相性はこちらの方が優位だ。だが、スターミーとプテラでは体格の差が大きい。相性だけでなんとかできるかは、少し怪しかった。

「いくぞテーラ、かみなりのキバ!」

「ねっとう!」

突進してくるプテラに対し、ねっとうが降りかかる。しかしそのダメージも省みず、プテラはスターミーに噛みついた。直接電流を浴びたスターミーは衝撃にびくびくと痙攣をするも、そのまま至近距離でのハイドロポンプをお見舞いする。

遠く吹き飛ばされたプテラは地面には落ちない。空中で翼を広げて飛んでみせる。まだ初手。効果抜群の技を受けたところで怯んだ様子は見せなかった。

「もう一度、かみなりのキバだ!」

「甘い、同じ手は食わないよ!」

再びプテラがかみなりのキバを仕掛けてくるも、スターミーはびくともしない。フィールドは土で出来ている。サツキがほごしょくを使って優位を保とうとするのはわけもないことだ。

カルミンがそれに気付くより先に、スターミーがこごえるかぜでプテラを凍らせ、さらにじゅうりょくを操って勢いに任せて地面に叩きつけた。

――自分を変える。相手を変える。周囲を変える。

それがサツキの最も得意なことだった。それを忘れられては困る。

「テーラ!」

「プテラに飛べないのは辛いんじゃないかな? ミーちゃん、暖めてあげよう。ねっとう!」

突然重くなった重力に加え、凍らされた翼でもがくプテラに容赦なく熱湯がかけられる。温度差に悲鳴を上げたプテラを、カルミンがすぐに引っ込めた。

まずは一体。

スターミーの余力はまだ残っている。もう一体持っていければ、後続がかなり有利になる。サツキはスターミーと目を合わせ、気を引き締める。

サツキは今日、勝つつもりだった。容赦なく、全力で。

父がサツキにしたように。彼に全力で立ち向かうつもりだった。

「く……っ。次はお前だ、ルーラ!」

カルミンはあまりに早くやられた一体目に苦い顔をしながら、次鋒を繰り出す。どっしりと大きな体に、腹には子供を抱えたポケモン、ガルーラだった。

サツキはそれに思わずやりにくさを覚えた。さすがに子供に危害を加えるわけにはいかない。

そう思案しているうちに、カルミンが再び攻勢を仕掛けてくる。正面から突撃してくる癖は、直ってはいないらしかった。

「ルーラ、ねこだまし!」

「!」

「ピヨピヨパンチ!」

指示をしようとしたところで、ガルーラのねこだましに怯んだスターミーが思い切りピヨピヨパンチを受けてしまった。

意識の確認をしたところ、混乱状態は免れたようだ。しかし、逃げられないようにガルーラに踏みつけられてしまい、さらに攻撃が加えられる。

重力のせいで動きが鈍くなってしまうのも原因か。対応に遅れるスターミーが、猛攻を受ける。しかし、相手を逃げられなくするのは自分も逃げにくいと言うこと。スターミーの動きが鈍くなれば、ガルーラはもっと動きにくいということを、サツキは知っている。

「ミーちゃん、れいとうビーム!」

ビッ、と音を立ててれいとうビームがガルーラの額を狙う。避けようとするガルーラより先にガルーラにたどり着いたれいとうビームが、その巨体を大きく吹き飛ばした。

背中から落ちたおかげで子供に怪我はない。少しの安堵と共に、サツキは攻勢に入る。

ぎゅるるるるとスピードを上げていくスターミーのこうそくスピンが、起きあがろうとしたガルーラを再び地につけた。重力が軽くなってきたのを感じる。効果が切れてきたのだ。

軽くなった勢いに任せて、スピードスターを至近距離でぶつけていく。けして逃げられない技を的確に親ガルーラに撃ち込んでいけば、限界が近いのはすぐに感じ取れた。

――子供の目の前でお母さんいじめるのも、気が引けるんだけどな。

できる限り、早く、正確に、子供に危害を加えないように親ガルーラを落としたい。そんな焦りが隙を生んだのか、ばん! と大きな音を立ててスターミーが宙を浮く。ガルーラのメガトンパンチだ。

「ミーちゃん!」

「ルーラ、アクアテール!」

「しまった……っ」

宙に浮いて無防備なところを、アクアテールで追撃される。ほごしょくでタイプを地面に変更していたのを逆手に取られた形だ。かろうじてスターミーはまだ立てるが、このまま続投するのは難しいか。両者の体力は同等と言ったところ。ここで下手に無理を打つのは、少し危険か。

ガルーラがとどめを刺そうとしているところで、間一髪サツキはスターミーを引っ込める。二体目をギリギリまで追いつめただけでも十分に仕事をしてくれた。心の中で感謝しつつ、サツキは二体目を繰り出しながら指示をする。

「オーちゃん、ドリルくちばし!」

「ぐっ、戻れ!」

オニドリルの鋭いくちばしは空を刺し、ガルーラはボールに引っ込む。しとめ損ねてしまったが、こんなに早くに終わってもつまらない。サツキは微笑みながら、カルミンが後続を出すのを待つ。

「次は、なにを出すの?」

「くそっ、容赦ねぇな……。次は、こいつだ!」

空気に、ぴり、と静電気が混じる。

現れたのは、黄色と黒の警戒色。たっぷりと蓄えられた体毛は、電気によってぶわりと揺れている。その背中からは二本の黒い触手が伸びており、電線に似たものを感じた。

赤い目がギラギラとこちらを睨みつけている。その顔は見たことがない。ないが、エレブーの進化形であることは予想できた。そっと図鑑を手に取ると、「エレキブル」と名前が表示される。

「……レキが進化したんだ」

「ああ、マサミお兄ちゃんが教えてくれたんだ。立派になったろ、あんなに小さかったのにさ」

ふたご島で再会したとき、エレキブルと出会ったのはエレキッドの頃だったと教えてくれた。まだ子供のエレキッドが、こんなに立派なエレキブルになった。その感慨深さは、サツキも赤ん坊のカメックスを育てているからよくわかる。

オニドリルには、相性の悪い相手だ。だがそんなことで怯む彼ではないこと、サツキはよく知っている。 だから、カルミン戦に出したのだ。

「そっか。それじゃあお手並み拝見と――いこうかな!」

「ああ! 行くぞレキ、でんげきは!」

「オーちゃん、ドリルライナー!」

ぶわ、と全身の毛が逆立てられる中で、オニドリルが電撃にも負けず果敢にそのくちばしを突き立てる。しかし、想像以上にエレキブルの毛の量が多かったのか手応えが薄い。それにいち早く気付いて撤退させれば、エレキブルのかみなりパンチから難を逃れる。

オニドリルの戦意はまだまだ落ちない。戦闘狂の彼は、どんなに相性が悪くても怖じ気ない。この力強さは、リーグという大舞台で特に頼もしかった。

素早いオニドリルを追いかけるように放たれるほうでんに、オニドリルが苦悶の声を上げる。サツキはいつでも飛び出せるような体勢を取って、じっとエレキブルの様子を見ていた。

「おいおい、いいのか? 相性ではこっちのがいいんだぜ。レキ! 10まんボルト!」

その指示を聞いた瞬間、サツキは飛び出す。オニドリルの前、エレキブルの正面に。

オニドリルはサツキの動作に次の指示を感じ、ぐっと上へと上昇する。しかし、既に放たれた10まんボルトはまっすぐサツキに向かってくる。それに対してサツキは腕を伸ばし、絶縁グローブを盾に腰をしっかりと下ろす。

「サ……――――ッ!!」

「ぐ……ぅっ。――――オーちゃん!!」

トレーナーとポケモンの目が、サツキに集中する、この一瞬。

オニドリルはエレキブルへと肉薄する。

「ドリルライナー!!」

頭上から急降下するオニドリルに対し、サツキに気を取られた相手は対処が追いつかない。必然、急所に技を受けたエレキブルは大きくよろけ、膝を着く。

そこにすかさずダメおしを指示するも、エレキブルを下げられ失敗に終わる。ここまでか、とサツキもまたオニドリルを下げた。

「…………なんてやつだ……」

「……ふ、ふふ……っ。カルミン、さぁ、次へ行こう!」

+++

「い、今のはなんでしょう、解説のワタルさん!」

「さ、サツキ選手がポケモンを庇い、その隙にオニドリルがエレキブルの頭上に回って攻撃したようです」

「そんなことが可能なんですか? ポケモンの技を受けて無事でいられるなんて……」

「もしかしたら、サツキ選手は絶縁物を身につけているのかもしれません。ただ、こんな使い方をするのは初めて見ました」

はぁ、とアオイはため息をつく。

たった今バトルフィールドで行われたことに意識が追いつかない。アオイより少し年上の少女が、躊躇いもなくポケモンを庇うために飛び出すだなんて。

元々サツキは選手の中でも特に印象深かった。半月前、トキワの森で助けてもらった人物だ、忘れられるわけはない。ただ、その彼女が今したことに驚いてばかりだった。

「なぁセイくん、すごかったなぁ今の! ……セイくん?」

興奮のあまり隣に座るセイに声を掛ける。しかし、彼は惚けた様子で画面を見つめて、返事をしない。今はテレビ中継中だというのに。

「セイくん、セイくんってば」

「っは、あ、うん。な、なに?」

「もう、しっかりして。中継中やで」

「ご、ごめん」

へらり、と曖昧な笑顔を浮かべると、セイは再び画面を食い入るように見つめる。まるでなにかに魅入られたようで、少し様子がおかしい。

セイとは、仕事が一緒になることも多い。だから、彼がポケモンバトルをろくにしないことも知っている。故に、この魅入られ方になんだか違和感があった。

確かに、今のは凄かったけど。

画面の中ではサツキ、カルミン両選手がポケモンを入れ替えてバトルを続けている。サツキの優位は、未だ変わらないでいた。

「アオイちゃん……すごい、すごいなぁ」

セイが、うわごとのように呟く。

なにかに取り憑かれたような雰囲気にアオイは違和感を持ちながら、ADによるCMに入るという宣言を聞いた。