22.トラオム
昨日降った雨が土に溶け込んで、普段から濃い自然の匂いが家の中まで溢れかえっている。ユリカの部屋から庭を見ると、美しい牡丹の花が涙を流して咲いていた。
ユリカの家は常に花が咲いている。屋敷の当主エリカが草タイプの専門家であることや、華道の教室を開いていることなどにも由来する。それとは別に石庭などもあり、この家の庭はいつ見ても美しいものだった。
その美しさをユリカは理解こそすれ、再現することはできないのだが。
「雨に濡れるわよ」
「濡れないよ、止んでるもん」
そんな中庭で、幼なじみのサツキは花壇に向けてしゃがんでいる。ユリカはその後ろ姿を見ながら縁側で茶をすすった。六月の朝に、雨上がりとなると少し寒かった。
朝から着替えもせずに花壇で花を摘む彼女は、なにをしようというのか、牡丹と百合、サツキを一輪ずつ、それから小さな花々を手にかかえている。花束には少し、見映えが悪そうか。
「どうしたの、花なんて」
「まぁ、見てて」
剣山借りるよなどと、箪笥の肥やしになった華道の道具をサツキは勝手に取っていく。ユリカが使ったのはもう一年以上昔の話だ。
今よりもっと子どもだった頃、サツキのお気に入りはユリカの習い事を一緒にやることだった。とにかくなんでも着いてきて、弓道やら剣道やら、華道やら舞踊やらとやりたがった。運動ならばユリカの方が得意だったが、芸術ごとはいつでもサツキの方が上手だった。
もう何年もやっていないはずなのに、花を生けるサツキの手付きは美しい。時々悩んで手を止めながら、思い通りの形を作っていく。
華やかに咲いた牡丹を下に起き、そこから小さな花が螺旋を描いて上に伸びていく。最後に咲くのは、凛とした百合の花。そこに寄り添うようにサツキを添えて、彼女は手を止めた。
「できた」
「タイトルは?」
「ユリカ」
六月でよかった、とサツキは雨に濡れた花を見る。
牡丹と百合とサツキ。
ユリカを作る、花たち。
「夢を見たの」
「夢を」
「生け花の夢。この花が出てきた。イメージ通りにはできなかったんだけど、……ユリカみたいだなって思ったから、やってみた」
自信作。そうサツキが珍しく言う通り、たしかに飾られた花は美しかった。ユリカらしくもあるだろう。
「じゃあ、この牡丹は何? 芍薬はないわ」
「牡丹はねぇ、ユリカの技が爆発してるところ」
「ずいぶん優雅な爆発ね」
「ユリカの技は綺麗だもん」
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんなユリカに求められる像などではなく。
凛と頂点を飾る百合にサツキが寄り添い、そこから数多の技が放たれ爆発を起こす。ユリカのバトルスタイルを表しているのだと、サツキが語るのに思わずくすりとした。
なるほどこれはユリカだ。サツキがいなければユリカは咲かず、牡丹の爆発だって起こせない。
「ああ、そうね。素敵だわ」
「そうでしょそうでしょ」
「これ、飾る前にお母様に見せていい?」
「えー、だめ。恥ずかしいじゃん」
あたしが当然にユリカの隣にいるのなんて。ユリカには隠しもしないその独占欲を理由に拒否するのがおかしくて、さらに笑った。
だったらなおさら見せてやらなければいけない。サツキが帰ったら家中に見せびらかしてやる。サツキが作ってくれたのだと。ユリカのために、ユリカを表して、サツキを欠かさず添えたのだと。
「悪い顔してる」
「ふふふ……やだ、してないですわ」
「それ持って帰ろうかなあ」
「だめよ、これは私の」