ポケモンリーグ 準決勝 第一戦
ポケモンリーグ、四日目が終わった。
ついに本戦に入った。オーカは一回戦、二回戦共に問題なく勝ち進み、準決勝まで進出した。
それは、他の三人も同じだ。サツキ、カルミン、メルの三人もまた、苦戦することなく準決勝まで上がっている。特にサツキは強く、ここまで初めの一体だけで勝ち進んでいるようだ。その程度の芸当は、オーカもしてきたが。
しかし、準決勝からは六対六の総力戦になる。相手もここまで勝ち進んできた強者だ、昨日のように容易には進まないだろう。
「みんな、いよいよ準決勝だ。だけど恐れることはない、僕たちはここまで、きちんと練習を積んできた。それはけして僕たちを裏切ることなんてない」
これから、準決勝が始まる。
控え室で手持ちたちと相対し、オーカは演説する。集中したいからと、両親たちには観戦席に行ってもらった。だから恥ずかしがることなく、言葉を紡いだ。
「相手はメルさんだ。あの人には恩もあるし、実力はわからないし、とても戦いにくい相手だと思う……でも、僕たちは止まらなくていい。僕たちは僕たちの全てを以て、ただ優勝を掴みにいこう」
メルのバトルは、自分の試合の合間合間に見ていた。彼女はなにもせず、ただポケモンたちが戦うのを眺めているだけ。彼女が何を考えているのかは全くの未知数で、なにを持っているのかが本当にわからない。
ポケモンたちが強すぎて彼女が指示する必要さえなかったのを見て、彼女自身が動いたときどうなるのか想像もつかなかった。そこが、メルと戦う時の恐ろしい点であると思う。
だがオーカには自慢のポケモンたちがいる。オーカがバトルをやめたいと思ったときも、側にいてくれた自慢の親友たちだ。
オーカはここで、自身の潔白と実力を証明してみせるのだ。
そのためには、たとえ恩があろうともメルも倒していく。
「お前たちを信じているよ。さあ、行こう!」
+++
外で、観客の騒がしい声が聞こえる。
ポケモンリーグになど本当は出たくなかった。何故顔写真をエントリーシートに貼らなければならないのだろう。それがスクリーンに出され、マサラ出身であると公表されるだけでもフェルメールにとっては危険なことだというのに。
これまでずっと、家に半ば軟禁されるような状態で過ごしてきた。それが自分にとって最善であると知っていたからだ。こんな風に人前に姿を現せば、降りかかってくる危険を自分の力で退けることなどできないと知っていたからだ。
だが、フェルメール――メルはここに来た。
どんなに危険な目に遭おうとも、自分の身を守れる自信を得るために。どんな危険な目に遭おうとも、ポケモンたちが守ってくれると示すために。
長い旅だった。体の弱い彼女にとって、未知と危険に満ちた旅路だった。
倒れたことなど一度や二度では済まない。危険な目にも遭った。誘拐されそうになることなど片手の指では足りないほどあった。
それでもメルは、無事にここまでたどり着いた。
親の保護がなくとも、ここまでたどり着くことができた。
この経験はメルにとって大きな自信になった。
ポケモンたちへの絶大な信頼になった。
「……みんな、ありがとう。ついにここまで来た」
メルはきっと、弟を探しに旅に出ることができる。弟の居場所の手がかりは手に入れた。もうこの旅に残すことはない。
だから、ポケモンリーグに出る必要は本当はない。それでも出たのは、心配性な母へのわかりやすい証明であるだろうと思っただけだ。
ここまで強くなったのだと。
自分の足で歩いていくことができるのだと。
彼らと一緒にいれば、メルは大丈夫だと。そう示す材料として。
「この二ヶ月、本当によくやってくれた。おかげでわたしはここまで来ることができた。お前たちが戦ってくれたおかげで、守ってくれたおかげで、わたしはここまで無事に生きてこれた。感謝している」
ポケモンリーグに出る必要は、もうない。
それでも出るのは、母への顕示と、ここまで戦ってきてくれたポケモンたちへ栄誉を与えたいため。
メルの自慢のポケモンたちは、その権利があるはずだ。
「そんなお前たちに、わたしは期待している。お前たちは勝利を勝ち取ることができる。わたしはそう信じている」
目の前に大きな存在感を持って立つメルの騎士たちは、落ち着いた面もちでメルの言葉を聞いていた。
静かに。だからメルは、最大の期待を彼らに寄せた。
「さぁ、準決勝だ。お前たちの勝つところを、どうかわたしに見せてくれ」
空気を震わせる、低い咆哮が控え室を包んだ。
+++
「グリーン、イエロー、こっちよ!」
カントー中、ジョウト中の人間が注目する、ポケモンリーグ。その観戦席でブルーは旧友たちを呼ぶ。
かつては美少年だったグリーンは、年老いても未だ色気を持ち、かねてより幼い容姿だったイエローは未だ少女のような雰囲気を持っている。こうして会うのは一年ぶりだろうか。
「席取ってもらってありがとうございます、ブルーさん」
「いいのよ、全然!」
「お久しぶりです、グリーン先輩。先日は娘がお騒がせしました」
「ああ。気にするな」
普段はあまり連絡も取れないが、こうして集まればすっかりあの頃に戻った気になれる。何年経っても、彼らと会えるのは楽しみでならない。
今はここにいないレッドも、そのうちに来るだろう。娘の付き添いで控え室にいるはずだ。彼とはもっと会っていない、最近はどうやら太ったらしいが。
かつてを思い出して懐かしんでいると、グリーンの後ろにもう一人青年がいるのが見える。昔のグリーンにそっくりな――だがそれよりも美麗な――青年が、無口にグリーンに続いて席に座る。
「久しぶりね、マサミくん! 相変わらずイケメンね、デートしない!?」
「…………」
「あらら、無視されちゃった」
「子供で遊ぶな」
「ほほほ、お姉さんからのお誘いはまだ早かったかしら?」
「もういいオバサンだろうが」
「なんですって!?」
マサミと会うのも一年ぶりだった。昨年よりもさらに美しくなった気がする。
彼とはポケモン図鑑を作るときにパートナーとして働いたが、それなりの期間を一緒にいたのに最後まで心を開いて貰えなくて悲しい限りだ。
いつもこんなに無口なのかと言えば、オーカやポケモンにはとても優しく笑うのだから驚きである。ブルーには人でも殺せそうな荒んだ目をするのに。
「そういえば、マサキたちは?」
「連絡はしたが、仕事らしい。姉さんも付き添いだ」
「相変わらず忙しいわね。年々捕まらなくなってない?」
「マサキさん、時代に合わせて本当に色々なことができますからね。国内にいないことも多いみたいです」
マサミの両親であるマサキたちは、今日も仕事であるらしい。昔から忙しい男だったが、働き盛りに入ってからますます引く手あまたになっている。妻であるナナミもあちこちについて回っているというのは、ブルーもよく聞いていた。
――まだ息子さんだってそこまで放置してていい年齢じゃないでしょうに。
マサミは背も高く、頭も良く、大人びていて成人しているようにさえ見える。それでもまだ十五歳だ。甥っ子のようにかわいがっているカケルの十五歳の時を思えば、こんなに放置していていいものだろうかと少しだけ心配になった。
娘に手がかかりすぎるせいか、ブルーが過保護なせいかはわからないが、そこは上手く理解できない。とはいえ他人の家のことだったので、ブルーはそれを口には出さないでいた。
「姉さん、始まるよ」
「! いよいよね……」
騒がしい空気に、ジジ、とノイズが走る。
マイクが入った合図だった。
『それでは準決勝第一戦――選手の入場だ! 小さな体に騙されてはいけない。多彩なステージメイクが素敵なスナイパー、オーカ!』
ワアアアアアア!!
耳が破れそうなほどの歓声の中心。小さな女の子がステージを歩く。麦わら帽子に、深緑のジャンパースカート。その表情は可愛らしいが、力強さと冷たさを感じる。グリーンとイエローの娘、オーカだ。
小さな彼女は歓声に押しつぶされることなく、背筋を伸ばしてしっかりと立つ。その立ち姿は感嘆をこぼしてしまいそうなほどに綺麗だ。
『対するは、ポケモンリーグに舞い降りた天使! 彼女に言葉はいらない、ただ、立っているだけでいい――マサラの妖精、フェルメ――――ル!』
入場口から、娘が現れる。
瞬間、オーカの時とは比べものにならない歓声がポケモンリーグを溢れさせた。
当然だ。誰の娘だと思うのか。
臙脂色の髪を揺らし、熱気に上気した頬で、桃色の唇を緩く開く。銀の目はあまりの歓声の大きさに揺れて、可愛らしいが、少し疲れが伺えた。
やっぱり。こんな場所にいて環境の変化に弱いメルが無事でいられるわけがない。既にバテてきている。
「……ちょっと疲れてるな」
「当たり前よ、メルにこんな場所立てるわけない」
メルが家出をしたときは気が気でなかった。ただでさえその可愛らしさのせいで危険な目に遭うことが多いのに、彼女は体も弱いのだ。だからこそ、ブルーはメルの健康管理に心血を注いでいたのに。
いなくなってすぐ、レッドを介してジムリーダーたちに来たら報告してほしいと伝え、無事だけは把握していたが。旅の中ですぐに体が強くなることなんてない。ポケモンリーグの熱狂に当てられるほど、あの子の体は弱いのだ。
今すぐ近くへ行って介抱してあげたい。だが娘は逃げ回ってリーグが終わるまで絶対にブルーの前へ姿を現さないつもりだ。
「まったく……帰ってきたらお説教よ……」
ブルーの失った少女時代をメルにはけして味わわせたくないと、ずっと大切にしてきた。
そんな彼女が、かつてのブルーと同じように、家出をして、ポケモンを連れ出して、今リーグの舞台に立っている。この一致に誰が正気でいられるだろうか。
人の気も知らず、無表情に彼女は舞台に立つ。ブルーはただその姿を見つめる。
勝とうが負けようが構わない。
ただ、無事に帰ってきてほしい。めいっぱい怒って、そしてめいっぱい抱きしめて、一刻も早くメルが存在することを確かめたかった。
+++
本戦は予選とまた違うバトルフィールドが用意される。予選と違って、中心に一つ、大きなフィールドがあるだけのものだ。観客席はそれを囲むように作られ、四方八方から見られることになる。
席も本戦からはチケット制になる。オーカの両親も、友人たちと一緒に見ているはずだ。もちろん、従兄も。
そんな大勢の人間に見つめられ、緊張しない人間などほとんどいないだろう。
緊張と高揚に、オーカはいつもよりはっきりしない思考を自覚していた。しかし、念入りに調整を重ねてきた今までの自分を信じている。だから冷静になることを努めているだけでいい。
「メルさん、よろしくお願いします。前にも言ったとおり、遠慮なく、勝たせていただきます」
「そう」
メルに宣戦布告をするも、手応えがない。前の時もそうだったが、彼女は戦う気があるんだろうか。ここはポケモンバトルの祭典、ポケモンリーグだというのに。
対峙するメルはこの観客の中でも淡泊で、時々歓声に耳を塞いでいるほど変わりがない。その熱意のなさは、舐められている気がして気に食わなかった。
「準決勝、六対六で、どちらか一体でも戦闘不能になった時点で勝敗が決まります。両者、用意!」
審判の合図と共に、オーカたちはボールを構える。
何を出してくるか。
「はじめ!」
「いけ、ピカすけ!」
「サイドン」
どしん、と地を震わせ、メルのポケモンが現れる。
灰色の体に、立派なドリル。セキチクのサファリで捕まえたあのボスサイドンか。
対するオーカの初手はピカチュウ。これは旗色がよくない。
「あなたががんばるのは勝手だけど。わたしのポケモンたちは強いから」
「それはこちらも同じです。行きます! ピカすけ、なかよくする!」
ここはあまり突っ込まず、相手の能力を落としていくほうが賢明だろう。群のボスをやっていたサイドンだ、その強さはお墨付きと言っていい。メルの指示がなくとも、十二分の能力を発揮できるはずだ。
ピカチュウが素早くサイドンに駆け寄り、巨体をよじ登る。肩まで上がった彼女はぎゅうと抱きついて頬ずりをした。その姿はかわいらしく、サイドンも一瞬戸惑ったような顔をする。
しかし、サイドンは一瞬メルを見て、すぐに顔色を戻した。
「下がれ!」
サイドンの腕が大きく振り上げられると同時にピカチュウが飛び降りる。その重たい腕が振るわれる様はまるで鈍器のようだ。
アームハンマーか、ピカチュウに当たらずに済んでよかった。
トレーナーが指示をしないことはわかっていた。だがこうして対面すると本当にやりにくさを感じる。次になにが来るのか、なにも読めない。相手のポケモンの動作に注視していればいいのだろうが、絶対にメルは動かないという確証もないからそれは出来なかった。
サイドンがメルの様子を伺っているのも気にかかる。彼女は指示をしないのに、何故ポケモンたちは彼女を気にするのだろう。昨日の試合を見ていても気になったところだった。
「ピカすけ、――――戻れ!」
サイドンが大きく足を上げたのを見て、ピカチュウを手持ちに戻す。瞬間、フィールドが強く揺れる。思わず座り込むほどの強さに、サイドンの強さを思い知る。
やはり、ピカチュウには荷が重い。
地震が止むのを待つ最中、オーカは次のボールを手に取る。
「次はお前だ、ヤドすけ!」
相手がボスなら、こちらは王を。
のったりと立つ、象牙色の冠を頂いたヤドキング。彼が普通のヤドキングとは違うということは、なんとなく気付いている。
スオウ島に住んでいたヤドキングが、オーカのヤドンを「希有な方」と称したこと。それはずっと気にかかっていたが、おそらく彼もまたヤドンの王のような存在だったのに違いない。
オーカに能力なしでポケモンと対峙することを教えてくれた、大切なパートナー。彼の力を信じていた。
「ヤドすけ、あくび!」
ヤドキングが大きく口を開け、あくびをする。それをしっかり見てしまったサイドンもまた、釣られてあくびをした。
サイドンが眠るまで約三分。メルはどう出る。
「……」
「わるだくみ、そしてみずのはどう!」
眠ってしまえばこちらの勝ち。その前に交代されても、戦力を削ったとしてこちらに有利に動く。
わるだくみによって威力の増したみずのはどうは、きっちりとサイドンの急所――腹部を捉えて飛んでいく。
「サイドン、腹は隠しなさい」
「!」
メルがついに、口を開いた。
サイドンはその指示に従って、周囲に岩を浮かべる。ステルスロック――それらがサイドンを守る盾となり、みずの波動はステルスロックの一部を破壊するに留まる。
通常は相手方の周囲に浮かべて、交代の度にダメージを与える技。それをこんな使い方をするとは。否、そもそも今のは指示だったのだろうか。
メルはただ一言、腹を隠せと言ったのみ。それにこんな対応ができるサイドンの能力がすごいと言うのだろうか。
メルの底が見えない。この対応は普段から教え込んでいるから試合でもできるのか、それとも指示しなくとも動けるほどポケモンたち単体の能力が高いのか。
自分の意思のみで動くというならば対野生に似ている。だがトレーナーがついている分、どこで介入がされ動くのかがわからない、奇妙な緊張感がそこにあった。
ただ間違いなく言えるのは一つだけ。
相手は強い。
「ヤドすけ、とおせんぼうだ!」
とはいえ、あと三十秒もすればサイドンは眠る。そうなれば勝ったも同然だ。
サイドンにとおせんぼうして、交代を防ぐ。逃がしはしない。ここでしとめる。
ステルスロックがやや邪魔だが、それごと攻撃してしまえばいい話だ。あの岩の盾のせいで、サイドンは自分の行動範囲を狭めたと言ってもいいのだ。
「ヤドすけ、なみのり!」
「……下ががら空きね」
波に乗り、ステルスロックごと飲み込んでやろうと画策する。そうすれば眠ってしまったサイドンはされるがまま、波に飲まれて倒れるはず。
しかし。
「!! ヤドすけ!」
地面から鋭い岩が、まるで剣山のように飛び出してきた。波の勢いはそのままに岩に刺されたヤドキングは、大きな流れに飲まれていく。
ストーンエッジか。
波が引くのを、拳を握って待つ。やはり、相手の動きが読めない。暗雲に向かって拳を突いているような、そんな感じがする。
波が引き、ヤドキング、サイドンの両者が姿を表す。どちらも地に伏していたが、やがてゆっくりと起き出した。まだ動けるか。しかし、これ以上は危険だ。
そう判断したのは向こうも同じだったのだろう。オーカもメルも手持ちを下げる。
まだ、イーブンだ。どちらの王も優れていた。
「ピカすけ、攻めるよ!」
「シードラ」
再びピカチュウを場に戻す。
濡れたフィールドと、対面する水タイプ。都合がいい。
先ほどすぐに下げられたことが不満だったのか、ピカチュウもやる気に満ちている。ステルスロックによって多少ダメージは受けたが、ここはすぐに終わらせてしまいたい。
「ピカすけ、でんじは、そしてこうそくいどうを重ねろ!」
地面の水たまりを通じて、シードラが対応する前にでんじはが相手を縛る。シードラがでんじはに痺れているうちにピカチュウはこうそくいどうでスピードを上げ、ぐるぐるとシードラの周りを駆ける。
エレキボールは相手より素早さが高いほど威力が上がる技。
でんじはで相手の素早さを下げ、こうそくいどうで自身のスピードを底上げすれば、もはや敵などいない。
「シードラの弱点は背鰭の中心! 今だピカすけ、エレキボール!」
高速で駆けるピカチュウが、指示の瞬間ぴたりと動きを止め、空中を跳ぶ。尾にそれまで溜めていた電撃を集中させ、球体にしたものを彼女は迷いなく飛ばした。
それは吸い込まれるように、シードラの背鰭の中心へと飛んでいく。寸分違わず、指示通りに当たったことにオーカは練習の成果を感じて思わず拳を握った。
オーカのバトルは、計算と精密なコントロールの上にある。
これができるのは、トキワの森の能力のおかげなどではない。ポケモンたちが共に血のにじむような努力をしてくれていたからだ。
それをオーカは、この旅の中で確信していた。もう迷うことなどない。全ては、オーカの実力でここにいるのだ。 弱点部位に攻撃を受けたシードラが吹き飛んでいく。体も痺れ、ダメージは小さくないはずだが、まだ動けるようだ。
「しぶといですね……次でしとめます」
+++
「アニー様、テレビをつけましょう、テレビ!」
病院の個室。真っ白な部屋の中、アントワープがベッドの背もたれを立てて本を読んでいるところに男は飛び込んできた。
茶髪の長い髪をハーフアップに結んだ黒ずくめの男。胸にRの文字が赤く輝く服を着た彼は、アントワープ――アニーの世話役の一人、トーリだった。
興奮した様子でテレビをつけ、ガチャガチャとチャンネルを変えだす。そんなに急いで、なにか見たい番組でもあったのだろうか。だが、彼の好きな番組は今日はやっていないはず。
「どうしたの、トーリ」
「これだ! 見てくださいアニー様、お姉様が出ていらっしゃいますよ」
「……おねえちゃん?」
アニーはきょとんとする。
姉。存在だけは知っている、アニーの姉。二歳の頃に祖父に引き取られたアニーは家族の顔も知らなかった。どうしても関わりが欲しくて世話役たちにプリンを預けにいってもらったが、その時どうだったかという話も聞けていない。
そんな姉が、テレビに出ている。いっそ存在するのかさえ疑い始めていたアニーにとって、それは奇妙な感覚だった。
テレビに映されているのは二人の女の子。
片方はアニーとそう年も変わらなさそうな、金髪の女の子。彼女とピカチュウが一緒に映されていたが、こちらはアニーの姉ではないだろう。
そういえば、今はポケモンリーグの時期だったか。バトルなどできる体ではないアニーは見向きもしていなかった。
姉はここに出場しているのか。テロップには準決勝と書いてあった。
「ほら、アニー様」
「……この人が……」
やがてカメラが切り替わり、ぱっともう一人の少女がアップされる。
――この人が、お姉ちゃん。
テレビに映っているのは、臙脂色の髪に白い肌の、丸く大きな銀の目が大変にかわいらしい少女だった。ただ立っているだけで、その周辺が華やかになるような。
そして、非常に、アニーに似ている。
きっとアニーが女であったならこんな容姿だろうと思った。それくらいよく似ていた。
間違いない。彼女がアニーの姉だ。
「お姉様は今、準決勝まで勝ち残られているみたいです。一緒に応援しましょう」
「おねえちゃん……」
本当に、姉はいたのだ。
アニーはそのことに強い喜びを感じた。本当に姉はいたのだ。父は、母は、この世界に存在しているのだ。祖父以外の血縁が、きちんと存在していたのだ。
身を乗り出して、彼女をよく見た。
早くこの人に会いたい。会って話がしたい。
思わず涙がこぼれでるほど、ずっと恋いこがれてきた、アニーの家族。
「おねえちゃん、がんばれぇ――――っ!!」