ポケモンリーグ 三位決定戦 その2

テレビの中で、カルミンとメルのバトルが続行されている。メルの優勢は未だ覆らず、サツキははらはらと画面を見つめていた。

サツキはまだ、カルミンの勝利を信じている。しかし――予想以上に、メルのポケモンが強い。そのことには焦っていた。オーカと互角に戦っていた以上、彼女のポケモンが十分強いことはわかっていたはずなのに。

――差が、大きい。

「カルミンくん、なかなか強く出られないわね」

「レベルが段違いに高いからな、あの娘のポケモン。いくらトレーナーが動かないからといっても」

両親はそう冷静に分析していた。ジムリーダーとして実際に戦った二人の評価は、おそらく正しい。

メルのポケモンたちは、トレーナーが動かないのをカバーしてみせるだけの強さと機転を持っている。それを前提にして戦ってきたポケモンたちは、それだけ強さを持っているのだ。しかし、だからといってカルミンが大いに劣っているとは、サツキは思っていない。

トレーナーが動かないということは、それだけポケモンたちに隙があるということだ。たとえメルがその隙を埋めるために動くことがあるとは言ってもだ。

「サツキ……まだ彼が勝つと思っているの?」

「勝つよ、まだわかんないもん。あたしは信じてるもん。みんなは! カルミンがあたしたちの中で一番努力してきた人だって知らないからそう言えるんだよ……!」

サツキだけが知っている、彼の過去。サツキよりも、オーカよりも、メルよりもきっと彼は、リーグのためだけに努力を重ねてきた人だ。ずっと前から、この夏の旅のために。

そんな彼の努力が、ここで裏切られていいはずがないのだ。現実は非情だなんて思いたくない。サツキは信じたいのだ、彼に少しでも神が報いてくれることを。

「ねぇ、カルミンくんにはつけてあげないの? あの……代名詞?」

「なにそれ?」

「ああ……サツキはいなかったっけ。オーキド博士のおじいさんが、昔俺につけてくれたんだよ」

おもむろに母が問うのに、サツキが振り返る。父の代名詞は「戦う者」だったらしい。父の旧友たちと昨日一緒に観戦していたから、そんな話になったという。

「サツキはな、“変わる者”だ」

「そんな話してたの? やだ、恥ずかしいからやめてよ」

「ちゃんとオーカとかメルにも付けたんだぞ」

「パパの昔話に巻き込まないでよ」

少し面白いと思いながら、天邪鬼に反発する。父が自分の話をしていたというだけでもむず痒くて仕方がない。嫌がるサツキに父は面白そうに笑う。

それを静かに見ていたユリカが、そっと聞いてくる。

「サツキなら、彼になんて付けるの?」

「え、カルミンに?」

「おじさまがつけるより、あなたが付けた方がしっくりくると思うの」

この中で一番彼を知っているのはあなたでしょう、とユリカが言う。それは間違いないが、父と同じことをするのが恥ずかしくて言いよどむ。

しかし、なにも知らない父に付けられるよりは自分が、と意地が働いた。彼の代名詞は決まっている。

「掴む者、だよ」

夢を掴むために、努力を惜しまない姿勢。それをサツキは何度も見てきた。

バトルが好きで、トレーナーが好きな彼はジムリーダ-などに精通し、対策をするのに十分な情報を持っている。イーブイを探すときも、三日かけて情報収集をするなどその行動力は目を見張るものがあった。

カルミンは、夢を掴むために多大な労力が割ける人。そしてきちんと、掴むことが出来る人だと信じている。たとえ優勝は叶わなくなってしまったとしても――その努力は、報われるべきなのだ。

「カルミンは、ちゃんと夢が掴める人。そのために、誰よりも努力ができる人。あたしは、知ってるんだよ――――……」

+++

凍らされたサンドパンを下げる。

ここまで、カルミンが正確にしりぞけられたのはカブトプス一体のみ。対してカルミンのポケモンは既に半数が戦闘が難しい状態になっている。敗戦濃厚の流れに、カルミンは焦る。

――どいつもこいつも、バトルのプライドなんかで人を図らないで欲しいわ。

そう吐き捨てたフェルメールは、少し不機嫌そうにカルミンの出方を待っている。きっとこれまでも散々、バトルとリーグへの熱意のなさに言われたことがあったのだろう。

カルミンは、彼女のバトルは好きではない。だがここまで圧されている以上、彼女があくまでも勝つつもりであることに対して認識を改めなければならなかった。

彼女は強い。

必死にバトルの腕を磨いてきたカルミンたちよりもずっと、彼女のポケモンの方が強い。トレーナーの存在なくとも戦えるように育てられてきたらしいポケモンたちは、本当に厄介なものだった。

バトルは熱意だけでは勝てない。

実力差の前に熱意などは関係がない。

それを、明確に突きつけられている。ポケモンリーグに熱意があろうがなかろうが、勝利こそが事実だ。

いい加減カルミンはその事実を受け入れて彼女を侮るのをやめなければならなかった。彼女がここまで勝ち進んできたことを認め、実力の差を理解しなければならなかった。

「……っ」

カルミンは、強いトレーナーが好きだ。だから多くのトレーナーを見てきた。彼らはみんな、ポケモンを愛し、強くなるためにあらゆる方策を考え、試し、研究し、そうやって強くなった人たちだった。

こんな、フェルメールのような熱意のない天才を見るのは初めてだった。

ぎり、と歯ぎしりの音が耳に刺さる。

彼女は強い。

しかしカルミンは、尊敬するトレーナーたちを思い浮かべてはそれを理解することを拒絶したがった。

認めたくない。この女の実力を。

努力が才能に劣ることを。

「行くぞ、ルーラ!」

四体目、ガルーラのボールを投げる。大きく、そして雄大な母親のその背中はカルミンの苛立ちを少し抑えてくれる。彼女はフェルメールをじっと見つめた後、カルミンを振り返って大きく頷いた。それが意味することはわからなかった。

フェルメールは感動なくガルーラに目をやるがなにも言わない。シードラも構わずこちらの様子を見ている。どう動いても対処できるように、だろう。

カルミンは大きく深呼吸をして、苛立つ神経を宥めて、一つの結論に至る。

――この女は、トレーナーじゃない。

――尊敬するべき点など、ない。

「ねこだまし!」

決意を新たに、ガルーラへ指示を飛ばす。ガルーラはその大きな体でロケットのように飛び込んでいくと、シードラの目線の先に飛び込んでパン!! と手を叩く。それに怯んでいる隙に間髪なくピヨピヨパンチを叩き込んだ。脳を的

確に揺らし混乱状態に陥れる。そこでさらにメガトンパンチをお見舞いすればシードラはいともたやすく地面に叩きつけられ、大きく跳ねた。

フェルメールが無言で選手交代をするのを、じっと見る。彼女のバトルに悔しさは見受けられない。ただ、ポケモンが負けそうな時に一瞬映る恐怖が不思議でしょうがなかった。

彼女は、なにをそんなに恐れているのか。自分の身をとにかく守ろうとしている。そう映るフェルメールの動作はやはりトレーナーのものではなかった。

「リザードン」

「ねこだまし!」

「待たせたわ」

この調子で畳みかけようとガルーラが再びねこだましを出そうとしたところで、ぶわりと炎に包まれる。さっとガルーラが後方に転がり逃げたところで、炎の中からリザードンが現れた。咆吼と共に姿を現したリザードンは、血気盛んな様子で笑う。その禍々しさはそれまでのフェルメールの手持ちとは一線を画していた。

――このリザードン、雰囲気が違うな。

フェルメールを守るために、あるいはフェルメールにいいところを見せるために戦っていたそれまでのポケモンとは違い、戦うために戦いたがっているようなリザードン。一番この場に相応しいように見えた。

リザードンはその巨体でまっすぐに飛んでくる。大きな口を開き、牙を見せつけガルーラを飲み込もうとする。それを待ち構えたガルーラがメガトンパンチで迎え撃つも、愉快そうに笑って追撃してきた。空中に吹き飛ばされた体を

瞬時に立て直し、落下の勢いのままに鋭い爪をガルーラに立てる。ギャアと悲鳴を上げるも、ガルーラはまだやれそうだった。

近くまで寄ってきたのをいいことに、ガルーラがピヨピヨパンチで頭蓋を揺らす。しかし、リザードンは二、三回かぶりを振ると平然と立つ。攻防を楽しむように邪悪に笑うそのリザードンに、カルミンも笑う。

――多少はバトルを好きなポケモンもいるようだな。

フェルメールのポケモンたちはどれもポケモンリーグに思い入れがなさそうな様子だったが、リザードンだけは違う。彼だけは明確に楽しんでいる。リーグの間ずっと見ていたが、実際に戦ってみればより強烈にそれを感じた。

だからこそ、何故リザードンがフェルメールの元に好んでいるのかは不思議だった。

「ルーラ、きしかいせい!」

ガルーラの体力もきつくなってきた頃だと、カルミンはきしかいせいを命じる。最後の力を振り絞り、ガルーラは吶喊する。リザードンもきつくなって来た頃だろうと踏んで、相打ちに持ち込みたかった。

距離を詰め、巨体をロケットのようにして飛び込むガルーラに対し、リザードンはかえんほうしゃで迎え撃つ。ガルーラが炎で飲み込まれた直後、どかりと大きな音を立てて両者がぶつかり合い、もんどり打つ。どちらが勝つか、と

様子を伺っていると、両者ともゆっくりと体を上げ始めた。しかし、ガルーラよりも先にリザードンがその牙を剥いたのをカルミンは見逃さなかった。

「戻れ、ガルーラ!」

「……」

間一髪のところでガルーラを下げ、なんとか敗北を免れる。リザードンがカルミンを見て、飢えた獣のように次を待っているのにぞっとする。リザードンも体力の限界が近いだろうと言うのに、そんなことを気にせずただ戦いたいと

いう意思だけが伝わってきた。

とんでもない戦闘狂だな。カルミンはその執着心に感服しながら、次のポケモンを選ぶ。すると、フェルメールが珍しく口を開いた。

「リザードン、戻って」

まだやる気のリザードンに命令する。鈴を転がすような甘い声で、感情の籠もらない言葉で、淡々と。リザードンはその言葉に不服そうに振り返った。その間にカルミンは次点を場に出すも、向こうの判断が出るまで攻められないでいた。

「戻って」

フェルメールの判断は正しい。ガルーラの度重なる攻撃にリザードンは満身創痍だろう。それでもなお戦う意思があるのは、そのタフさには関心するがトレーナーとしては下げるべきだ。二者の間で、無言の攻防が繰り返される。

カルミンは黙って結論を待っていた。ここで攻めるのは、ポケモンリーグという場に相応しくない。

フェルメールはさらに言葉を紡ぐ。

「わたしは負けたくない」

お前のためだけにここで負けるのは嫌だ。そんなはっきりとした意思表示。リザードンはフェルメールを見つめていた。

やがて、折れたのか納得したのか、のしのしと彼女の元に戻っていくと、サイドンと入れ替わりにボールへと収まった。

「バトルに興味がなくても、負けるのは嫌なんだな」

「……。負けるのが好きな人間なんて、いないわ」

フェルメールたちの様子を見ていて、ぽろりと感想を溢すと彼女は怪訝そうに返す。確かにそうだけど、と思いながら、やはりこの浮世離れした少女の考えることはよくわからなかった。

場にはプテラとサイドン。リーダーの風格を持つ二体は、それぞれ胸を張りお互いに牽制をしていた。

コハクから復元されたこのプテラ。普段の様子からどうやら昔は群れのリーダーかなにかをしていたらしいとカルミンは思っている。そのためか、普段は冷静で寛大な争わない性格である。そんなプテラが張り合うならば、きっとサ

イドンもそういった器なのだろう。

二体は互いに睨み合い、より力を持つのは自分であると主張している。プテラのためにもここは勝利を納めたい。

「テーラ、げんしのちから!」

先に動くのは再びカルミンの側だ。巨大な岩が宙に現れ、サイドンを押し潰さんと襲いかかる。サイドンはそれに焦るでもなく、額の角で冷静に砕く。しかしサイドンの視界が岩で隠されている隙に背後に回ったプテラがすかさずア

イアンヘッドをお見舞いする。

サイドンはそれによろけるが、すかさず体勢を立て直しプテラを貫くようにストーンエッジを行使する。床から巨大な土の針がプテラの心臓をめがけて生えてくるが、間一髪急所を免れた。しかし、羽に直撃したためにプテラは地面

に不時着する。

その隙を逃さずサイドンはタックルを噛まし、プテラを押さえ込むとその大きな体の全体重をかけてふみつけた。

しかしプテラも大人しくやられてはいない。踏みつける足をつかみ、爪で引っ掻く。その傷口からどくどくを送り込んで相手が逃げようとしたところで踏みつけから逃げだし、距離を取って羽根を休めた。

「じしん!」

しっかりと休憩を取ったところで、プテラは大きく羽ばたくと一気に落ちて地面を揺らす。毒によって弱らされたサイドンは耐えきれずに膝を付いた。そこをめがけてとっしんするも、まだ体力があるサイドンにまんまと捕まってし

まう。

取っ組み合いになった二体は均衡を保つ。毒が回ってきたらしいサイドンがやや劣勢かと思われた。しかし。

「……サイドン」

そこで、フェルメールが名前を呼ぶ。

カブトプスの時と同じだ。彼女に勝利を捧げんと一念発起したサイドンが、劣勢をものともせずにプテラを抱き込んで自分ごとかみなりに焼かれる。地面タイプのサイドンにそれは効かず、プテラばかりがダメージを負った。

弱点をついた攻撃にプテラが悲鳴を上げたところで、サイドンがふらつき、両者そろって地面に倒れる。そこでトレーナーたちは二体を下げた。

「…………っ」

カルミンのポケモンは、残り一体。対してフェルメールは三体残している。

ここで決めなければならない。どんなに劣勢でも、一体戦闘不能に追い込めば勝てる。まだ焦るときではない。勝ち筋は消えていない。

ぎり、と焦りから奥歯が鳴る。頭では勝ち目があるとわかっていても、こうも追い込まれると精神に来る。

サツキの時も、こうして優位を保ったまま負けた。結局、どんなにこの日のために準備をしていても実力が伴わなければここまでか。気持ちだけが勝っていても、勝負の前には無意味か。

レックスのように旅に出たかった。自由な世界で、自分の思う通りに歩いて。自分だけにしかないものを掴むために。たった一つ、誰にも奪われない“経験”を求めてここまで来た。

もう十分だろう。カルミンはバッジ八個を集めきることができた。

もう十分だろう。カルミンは三位決定戦まで登りつめることができた。

もう十分だろう。つかの間の謳歌はできた。将来の夢もできた。友達もできた。憧れの人に会えた。

もう十分だろう。

ここまで来れたら。

――などと、思う人間ではない。

「行くぞレキ! 俺たちは勝つ!!」

「ニドキング。あなたを信じているわ」

最後の最後まで、一縷の望みがあるのならば、諦めるなんて言語道断だ。

元は旅に出ることさえ絶望的だった。あの身一つしか所持することを許されない世界で、ただこの時のためだけに努力して、先生たちを説得して、外野を振り切って出てきたのだ。この短い旅のために、何年も積み重ねてきたもの

を、望みが断たれたわけでもないのに諦めるわけにはいかないのだ。

そんなカルミンを見てきたエレキブルは、その想いに応えようと大きく威嚇しながら勇んでいる。家族との別れを選んででも着いてきてくれた彼には、感謝してもしてきれない。

カルミンの中にはそんな、多くの感情が渦巻いている。やはりフェルメールには、負けられないのだ。

「レキ! じしん!」

相性は悪いが、お構いなしにエレキブルは攻撃に移行する。電気技を全て封じられているのは痛いが、それで戦えないわけではない。 大きく揺れる地面に、ニドキングは体を傾げる。踏ん張りながら焦ったように振り返ったのを見

て、このポケモンもフェルメールの護衛の一人と判断する。フェルメールはこけることなくしゃがみこんでいた。バトルをするにも、本当にやりにくいトレーナーだった。

その隙にも近寄ったエレキブルは容赦なくけたぐりを繰り出す。巨体が軽々と地に着いたのに追い打ちをかけようとするが、負けじとエレキブルを引きずり下ろし地面に叩きつけた。

そこから取っ組み合いになった両者は、上下を入れ替え入れ替え、掴み合い殴り合いを繰り返す。エレキブルがかわらわりをしたかと思うと、ニドキングはなしくずしに攻撃をしてくる。一切の誤魔化しのない殴り合い。トレーナーの介入がなければ、体力の限界までそれが続くだろうと思われた。

「おいおいニドキング、ここに来て毒なんて小手先の技使わせないぞ。ちょう

はつしろ!」

しかし、ニドキングが攻防の合間にエレキブルを毒牙にかけようとしているのを見てカルミンは挑発した。エレキブルが馬鹿にするように笑った瞬間、その牙の毒を仕舞い、ニドキングはやつあたりをしてくる。その威力はすさまじ

く、エレキブルは大きく宙に浮き、ついに取っ組み合いが中断された。

「そのやつあたりの威力……なんだよ、そのニドキングなついてないのか?」

普通、ここまで来るようなトレーナーのポケモンはなんらかの形でよくなついているものだ。フェルメールの他のポケモンはよく忠義を示していただけに、ニドキングだけがなついていないのは不自然だった。

しかしフェルメールは指摘に対してくすりと笑う。

「いいのよ、それで」

「よくそれでやってこれたな」

「その方が信用できるから」

カルミンの指摘を嗤う彼女は、ニドキングを愛おしそうな目で見る。バトル中でありながらどきりとしてしまうような甘い瞳を向けられたニドキングはというと、鬱陶しそうに視線をやってすぐに逸らしてしまった。

フェルメールというトレーナーは、本当に独特な人間だった。

「わたしを嫌いなニドキング。それでも勝ってくれるんでしょう?」

この世のかわいさを溶かし、圧縮したような、天使か妖精のような美貌の少女の、その甘ったるい呼びかけを振り切るようにニドキングはエレキブルに肉薄する。

勢いをつけてあばれるニドキングに、エレキブルは距離を取ろうとかげぶんしんを作った。闇雲にこぶしを振り回すばかりのニドキングはかげぶんしんばかりを殴り、この隙に動きを封じようとがんせきふうじを繰り出す。しかし、

それごと破壊してくるニドキングにエレキブルは捕まってしまう。

「く……レキ!」

力任せに吹き飛ばされるエレキブル。息も荒れてきてそろそろ限界が近そうだった。

だが、もう交代はいない。エレキブルでこの場を終わらせなければならなかった。正面突破は無理だ。相手は地面タイプだから、得意の電撃も効かない。

――こんなとき、サツキなら……。

タイプを変えるか。フィールドを変えるか。どちらもエレキブルにはできない。

――そんなに真っ正面からばっかり攻撃してたって当たらないよ!

ハナダで言われた言葉を思い出す。このまま正面からぶつかっても勝てない。なにか策はないか。混乱したニドキング、残っているかげぶんしん。それらを利用した、策は。

――いちかばちか。乗ってくれよ。

「レキ!」

相手に悟られないように、身振り手振りで指示を伝える。伝わったかどうかはわからない。信じて時を待つしかない。

暴れ疲れ混乱したニドキングは、時折自分を攻撃しながらも周囲のかげぶんしんに気を取られている。その凶暴な腕に捕まったらこちらの負けだが、千鳥足なニドキングに捕まることは、今はまだない。

問題は、フェルメールがこの作戦に気付かないかだ。彼女はじっとニドキングを見ている。彼女の一声で正気に戻らないとは限らない。エレキブルの本体はかげぶんしんに紛れて、時間をかけて準備をしていた。ここでバレるわけに

はいかない。

確実に、一撃で、終わらせるためのエネルギーがいる。

最後の力を振り絞って、じっとエレキブルは技を練っていた。

「……ニドキング、」

「っやれ、レキ! これで終わりだ、きあいだま!!」

フェルメールが気付いた、瞬間。

多数のかげぶんしんを吹き飛ばしながら、まっすぐきあいだまがニドキングへと向かっていく。直前になって正気に戻ったニドキングは、目を見開き逃げようとするが間に合わない。

時間をかけて育てたきあいだまは、全てを吹き飛ばして目の前を白く染め上げた。

「――――……っ」

「ニドキング!!」

衝撃が収まった頃。どさりと、ニドキングが地に伏せる。悲鳴のようなフェルメールの呼び声に彼は反応しない。駆けだした彼女はニドキングに寄り添って、それきりなにも言わなかった。

静かになったフィールドに、審判の声が響く。

「ニドキング、戦闘不能! 勝者カルミン!」

宣言の直後、わっと歓声が巻き起こる。一瞬力が抜けそうになるも踏みとどまって、エレキブルに駆け寄った。

「レキ、よくやった。……俺たちの、勝ちだ」

エレキブルも、カルミンも、喜ぶだけの体力を残していなかった。実感がなかったというのが正しいだろう。

この試合、フェルメールがトレーナーであったら確実に負けていた。

トレーナーではない相手に負けたくないと思っていても、実際に勝ってみると上手く喜びに繋がらなかったのだ。それでも、二人は拳をぶつけ勝利を分かち合った。

数多の偶然の上の勝利かもしれない。だが焦がれていた夢の舞台に、末端でも名を残せたことは誇りだった。

「フェルメール、俺の勝ちだ!」

「そうね、おめでとう」

フェルメールに宣言しても、彼女は無感情にそう告げる。ニドキングが納められたボールを撫でるばかりで、彼女はカルミンを見ることさえしない。

敗北を悲しんでいるのかと思うと、そうも見えない。やはり彼女がどうしてここにいるのか、よくわからなかった。

「なあ、なんであんたはここに来たんだ?」

「……」

「ポケモンリーグでないといけない理由はなんだったんだ」

勝ったついでに教えてくれよ、と聞いてみる。しかし、ようやくこちらを見たかと思うとフェルメールは挨拶もせずに退場をしてしまう。

二度と会うこともない女だ。わかっていても、こうも会話さえしてもらえないと苛立ちもした。

もっと気持ちよく勝ちたかったな。でも勝ちは勝ちだ。カルミンはそう言い聞かせて、エレキブルをボールに戻し退場する。控え室に向かうその道すがら、向かいから一人誰かが走ってきた。

「カルミン、おめでとう!」

「サツキ!」

「見てたよ、ずっと、信じてたよ、あたし……!」

どかり、とぶつかるように抱きついてきたサツキは何故だか泣きそうで思わず笑ってしまう。それと同時に、わだかまった感情が晴れていくようだった。フェルメールは美しかったが、対面し続けるにはあまりに疲れるらしい。

感情が高ぶっているのか痛いほど抱きしめてくるサツキを宥めて、体を離す。今にも涙を溢しそうなのに肩を叩いて、カルミンは諭した。

「なんでお前が泣くんだよ-。わざわざ来てくれて、ありがとな」

「だって……。心配したんだよ、あたし……」

「……まぁ、向こうも強かったしな」

ギリギリの戦いだった。あと一歩ニドキングの回復が早かったら、きっときあいだまは失敗していただろう。いつカルミンが負けてもおかしくない試合だった。サツキも見ているのは不安だったに違いない。

しかし、これで三位決定戦が終わった。昼食を挟めば、ついに決勝戦――サツキとオーカの、因縁の戦いになる。

「俺は勝ったぞ。次はお前だ」

「――――うん」

サツキがリーグに来た理由。旅に出た理由。変わらなければ行けなかった理由。

そのオーカとのバトルが、ついに今日行われるのだ。カルミンとの約束を果たした彼女は、オーカとの約束を果たしに行く。

溢しかけた涙を拭った彼女は、凪いだ海のように穏やかで、嵐の前のような恐ろしさを秘めた目をしていた。

「見ていてね、カルミン」

「ああ、もちろん」

+++

控え室に戻って、メルはすぐにポケモンたちを回復装置に繋げる。

メルのポケモンリーグは終わった。そこに感慨はない、彼女にとってこの大会に大きな意味はなかったからだ。オーカやカルミン、あるいはサツキに何度ポケモンリーグへの思い入れのなさを責められようと、この大会に興味などな

かった。結果として入賞はできなかったが、メルのポケモンたちの強さを、母に見せられたならそれでよかったのだから。母もこの場には来ている。だからメルにとっての問題は、家に帰ってからになる。

しかし、ポケモンたちは。

ボールの中で休む彼らは、一様にして不満気な表情をしていた。ある者はふてくされ、ある者は悲しそうにし、ある者は残念がっていた。メルにはないその感慨を、彼らは確かに感じていた。

「お前たちは……勝ちたかった……?」

問いかけに、カブトプスが応える。ジバコイルとシードラは力強く肯定し、サイドンは己のふがいなさを悔いるように首肯する。

――あなたがトレーナーであれば、結果はわからなかったかもしれません。

昨日、オーカに言われた言葉を思い出す。メルはトレーナーではない。バトルに興味もなければ、できるならしたくもない。

だが、ポケモンたちもそうとは限らない。

「……」

自分に付き合ってくれている、彼らは。メルを守るためだけに戦っている彼らは、大会の間はたしかに勝利のために戦っていた。

発端はメルのわがままだ。しかし、それでも彼らなりに楽しみを見出していたのかもしれない。

「――……ありがとう、戦ってくれて」

そんな彼らに、メルは礼を言う。

リザードンとニドキングが、じっとメルを見上げた。

「お前たちは、本当に、強かったぞ……――」

小さな控え室に、メルの一言だけが響く。

その部屋の外まで来ていた両親が引き返す足音が、ポケモンたちと向き合っていた彼女の耳に入ることはなかった。