禊
ポケモンリーグが終わってから、半年以上が経った。一昨年は能力のためにジョウトに行っていたり、去年はポケモンリーグのために旅に出ていたりと忙しなかったせいで、ここまでなにもしない期間はあまりにも久しぶりだった。
桜は散ったが花は次々に咲き誇っていく中で、オーカは今日十一歳となる。身長も去年より少し伸びて一三○cmの大台に乗っていた。毎年この日に測る身長が楽しみのひとつでもある。
とはいえ、身長を測り終わると夜に食事に行くまでは暇だ。勉強は午前中に終わらせてしまったし、午後はどうしようかと悩む。そんな時、ピンポンと家のインターホンが鳴らされた。
誰だろうと覗いてみると、カメラに映し出されているのは、かつて遊んでいた三人の友人たち。オーカの能力でいざこざが起きてからは、すっかり疎遠になっていたはずだった。
それが一体、どうしたのか。ポケモンリーグが終わったあとでも、彼女たちと話すことはなかったのに。不思議に思いながら、オーカは玄関を開ける。
「……こ、こんにちは。どうしたの?」
「オーカちゃん、誕生日おめでとう!」
顔を出すなり、声を揃えて祝われる。
突然のことにきょとんとしているところに、ずいとなにか袋が差し出された。
「え、なに……?」
「えっと……」
「あ、謝ろうって思って」
「うん……」
押し付けられた袋を抱いて、気まずそうな三人を見る。
三人の中で、特にオーカとよく遊んでいた彼女が、話し出す。
「オーカちゃん、あの……ごめんなさい。オーカちゃんが本当に強いこと、わかってたのに、あんなこと言って」
「……」
「三人でリーグ見てたよ。オーカちゃんはずるなんてしてなかった。ずっとしてなかった。ちゃんとずっと、強かった。だから、本当はすぐに謝りたかったんだけど……」
その言葉は、ずっとオーカが求めていたもの。
オーカが能力などに頼らずとも、正しく強いと証明すること。それこそが旅に出た一番の理由だったことを思い出す。
サツキとの戦いで燃え尽きて、すっかり忘れていた、すべてのはじまりはそこだった。
「なにかお詫びにあげたいねって、三人でお金集めてたら時間かかっちゃって……」
「だから、誕生日になるまで待ってたの」
「開けてみて、三人で選んだんだ」
促されて、押し付けられた袋を見る。かわいらしいライムグリーンの不織袋、それからそれを閉じる濃緑のリボン。そっとそれをほどいて、中を開けてみる。
大きいわりに軽くて、なにかと思っていた。その中身は。
「わあ、かわいい……!」
出てきたのは、三〇cmほどの大きなスピアーのぬいぐるみ。かわいらしくデフォルメされたスピアーにはやはり濃緑のリボンが巻かれていた。
「なにあげるか悩んだんだけど」
「でもオーカちゃんならやっぱりビーすけだよねってなって」
「うん、頑張って探したんだよね。……喜んでもらえるといいんだけど」
「すごくうれしい! こんな大きいの、いいの?」
大好きなスピアーに、オーカの好きな緑色。それで喜ばないなんてない。
素直な笑顔を見せるオーカに、友人たちはほっとした表情をして続けた。
「喜んでもらえてよかった。……それは、あたしたちなりのお詫び。許してなんて言わないよ、でも……ごめんなさい、ひどいこと言って」
言い終わって、三人が一斉に頭を下げる。その光景の悪さにオーカは慌てた。謝って欲しいなんて思ったこと一度もなかったからだ。
オーカはただ、強さが本物だとわかってもらえたらよかった。能力に頼らず正しい強さを持っていると認めてもらえたならそれでよかったのだ。能力を見て不安になるのは、当然のことだと思うから。
それがこんな風に仰々しく謝られるとは。慌てて頭をあげてもらって、オーカは弁明する。
「い、いい。いいよそんなの。怒ってないから」
「でも……」
「仕方ないよ、仕方ないんだ。だって僕も嫌いな能力を、みんなに好いてもらえるなんて思わないから」
あのことがあるまで、オーカは能力があることを当然としか思っていなかった。コントロールが出来ていないことを不思議にも思っていなかった。だからあれは、避けられないことだったと思っている。オーカが強さを求めるならば、なおさらなくてはならない出来事だったと今では思っている。
だからオーカが求めるなら、謝罪などではない。
「だから、そんなに謝らないで。……また僕とも遊んでくれる?」
友人たちはみんな、バトルをしない人だ。だから同じ視点を求めるなんてしない。ただ、また以前のように遊んでくれたら、それはなお良かった。
三人は顔を見合わせてから、笑顔で返してくれる。
「うん!」
「もちろん! 今日からだって!」
「オーカちゃん、今日は遊べるの?」
「あ、じゃあ待って。これ置いてくる!」
抱えたままのぬいぐるみを持って、一旦扉を閉める。誰かと遊ぶだなんて久しぶりだ。最近はずっとバトルしかしていなかったから。
部屋に向かう中で、腰につけたビーすけのボールが揺れる。そうだね、やっとここまで戻ってこれたよ。
「あれオーカ、それどうしたの?」
「友達にもらった! 遊んでくるね!」
ベッドにぬいぐるみを横たえて、オーカは走って玄関に戻る。晩御飯までに帰ってきてね、と久しぶりに聞く母の言葉を背に、再び扉を押し開けた。