山巓

一歩踏み出す。

一滴汗が落ちる。

炎天下の中、カルミンは何度目かのグレン火山を登る。けして険しい山ではなく、ハイキングにも向いた道は、それでも真夏では殺人級の厳しさだった。

グレン火山。標高約七五〇mほどで、斜面はなだらか。観光名所として様々な人が訪れ、ハイキングを楽しむ山だ。おおよそ三時間から五時間程度で楽しめるので、日帰りにも向いている。

グレン島を作り、グレン島を支え、そして最もグレン島を脅かしてきた火山。それこそがカルミンが今立っている場所だった。

そこを、登る。八月五日に。

去年もちょうど同じくらいの日だった。同じように暑くて、ジムの後だったからさすがに頂上まで登る余裕はなくて、麓をひたすら探検していた。

懐かしいあの日と同じように、カルミンはグレン火山を登る。それは一種の儀式だった。登頂するごとにこの土地で存在することを少しずつ許される、そんな気がして。

誕生日の今日に登るのも同じ理由だ。山の神に生を許されに行くのだ。

カルミンはグレン島のジムリーダーになることを目標としている。ただなるのではなく、このグレン火山に認められるトレーナーにならなければいけない。

他の土地ならばこんな風には考えなかったかもしれない。しかしこの山には神が宿っているのだ。だからカルミンは、生半可な覚悟でこの土地を背負うことは許されない。

一歩、また一歩、カルミンは山を歩き進める。朝から登って、ずいぶんと高いところまで来た。足は止めずに何度も水筒を口に付け進む。

暑い。辛い。苦しい。

そんな疲労を吹き飛ばす、あの山頂を早く見たい。

早く。早く。

山頂が見えてきて、さらに足が早まっていく。

溶岩と砂利が混じった道とも言えぬ道を、最後の気力を振り絞って登りきる。

瞬間、風が吹き抜けた。

「――――!」

もう、何度見た光景か。それでも何度心動かされるのか。

目の前に現れる、巨大な火口。大きな口を開け、カルミンを飲み込もうとその煙を強く吹き上げる。雄大な生命の鼓動を確かめて、カルミンは美しさに胸を打たれる。

何度見ても、どの山に登っても、このグレン火山ほどカルミンを惹き付けるものはない。他にも火山は多く存在するのに、これほど美しい山をカルミンは知らないのだ。

グレン火山には神が住まう。

山に登る度に、実感する。

それを肌で感じたくて、何度も登ってしまう。ポケモンの力も借りずに自分の足だけで。通っているバスも無視して、山と一体になるために。

大きく息を吸って、それから手を合わせた。

――認められるようなトレーナーになってみせるから。

――待っててくれ。

山に祈り、宣言をして顔を上げる。

このあとはジュンジとバトルの手合わせの予定だ。残念ながら長居するわけにはいかない。

火口を歩き、来た道とは逆側から降りようと足を踏み出した。そのとき。

ぶわり、大きな風が吹いて立ち止まる。風というよりは、なにかが上を通ったような。時々グレン火山に吹き込む、正体不明の風だった。

――神だ!

それをカルミンは火山の神と名付けていた。時々帰ってくる、グレン火山の神。今日こそその姿を見ようと空を見上げるが、既に去ってしまったのかなにも見当たらなかった。

代わりに、羽が一枚ひらひらと落ちてくる。

「……炎の羽……」

炎のように赤く色付いた羽。持つとほのかに熱く、熱せられたのではない確かな熱源を羽から感じた。

それを丁寧に胸ポケットへと仕舞い、カルミンは山を下り始める。

帰ったらなにか、アクセサリーなどに加工しよう。きっと神からの誕生日プレゼントに違いなかった。