ハロウィーンの来訪者
じっと画面の中を推移するグラフを見つめる。今日がおそらく決戦日。この株がどこまで上がるかでマサミの今後の活動方針が決まると言っても過言ではない。
十月末、世間ではハロウィンで浮かれている中、マサミは部屋に籠ってパソコンを見つめていた。
今日は手伝いのメルは来ない。仕事も来ないように電話を切っている。それくらい、集中したいことだった。これだけで何百もの金が動くのだ、普段の仕事のようなはした金を相手する余裕などなかった。
しんとした部屋の中、マサミは息を飲んでグラフを見る。そろそろ頃合いか。暴落する直前を見破る必要がある。時計の秒針を見ながら、エンターキーに指をかける。
三、二、一。
――――ぴーんぽーん。
「!?」
売却を済ませるのと同時に、インターホンが間抜けに響く。どくどくと鳴る心臓を押さえ付けながら、来訪客に舌打ちした。
――あと一秒早かったら危なかった。
グラフは既に暴落を始めている。今日発売の新作は、大きく値を左右させるだろうと読んでいた。上がるか、下がるか。マサミの賭けは勝利をあげた。
「ったく、誰やねん……」
来訪客には腹が立ったが、用事は済んだ後だからと気を落ち着ける。
しかし、今日は宅配便も頼んでいないが、と訝しみながら玄関へと進むと、反応が遅かったからか既にキュウコンが扉を開けようとしているところだった。
「こらロコっち、勝手に」
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」
「…………はぁ?」
誰かもわからないのに、と止めようとしたところで、聞きなれた甘く鈴のように高らかな声が耳に飛び込んでくる。それも、普段の言動からは想像もつかない言葉で。
開け放たれた扉の向こうには、小悪魔の美少女が立っていた。
カチューシャで作られた触角、蝙蝠の羽根が広がったケープ。パニエで膨らませたふわふわのスカート。いつものニーハイと、初めて見る黒のブーツ。
クロバットの仮装をした臙脂色の髪の美少女――メルは、かわいい服に身を包んで珍しく目を輝かせていた。
「なにしに来たん、お前」
「なにって、見ての通りタカリに来たんじゃないか」
「お前そういうの乗るんや……」
「今日は特別。誕生日だからな」
十二歳になった。ふふん、と胸を張るメルに、こいつも誕生日に舞い上がったりするのかと瞬きしてしまう。
聞けば衣装は母親謹製らしい。誕生日だから特別に着てやるのだそうだ。毎年、両親と祖父母、家族ぐるみの付き合いの家を回って菓子を強請っているという。
それでマサミの元にも来たらしい。プレゼントを貰えるかはともかく。
「さぁ、お菓子と誕生日プレゼントをよこすんだぞ。もちろん別々でだ」
「……あげなきゃどんないたずらされんの?」
「んー……………なんだろうな?」
好奇心で聞いてみるも、メルはいたずらにはさほど頭が回らないらしい。何してほしい? と聞くのは相手が相手なら犯罪に巻き込まれそうで少し心配になった。
「はぁ。わかった、なんか好きなもん買ってやるから」
「本当!?」
今日はもう大仕事は終了していて、それも勝利を治めたところだ。たまには家事の礼をしてやるのも悪くはないだろう。
彼女の趣味はさっぱり知らないが、普段の様子を見る限りそんなに物欲があるタイプでもない。適当なおもちゃでも買ってやれば満足するだろう。
「だからその格好は着替えてこい」
「ええ、面倒くさい……」
「嫌やぞ、そんな格好したお前連れて回るの。前に着替え置いてってたやろ、着替えろ」
「……ああ、あったなそんなの。わかった」
以前から度々着ていた女撃退用の勝負服。置きっぱなしにしていたのを忘れていたのか、すんなりと奥へ着替えに行く。
どちらにせよかなり目立つ格好だが、どうせ一緒にいれば目立たない方が難しい。
格好が着替えている間に、携帯を取り出して店を検索する。誕生日を祝うならどこがいいだろうか。