クチバシティ その1

「どーしようパパ、助けて~!」

『あはは、ほんっとどーしようもねえなあ~』

 画面の向こうの父に、サツキは懇願する。

まともに取り合ってくれないで、笑うばかりの父だが藁にもすがる思いだった。

 クチバシティに着いた夜、サツキはこうして父に電話をしている。

重大なことに気付いてしまったのだ。

『まさか、ピカチュウ以外みんな電気に弱いなんて、お前クチバジムどうすんの?』

「だから聞いてるんじゃん!」

 そう、現在のパーティー構成について。

 水タイプのミーちゃん、メーちゃん。電気タイプのピーちゃん。そして昼に捕まえたばかりの飛行タイプのオーちゃん。

見事に、電気タイプに弱いポケモンばかりなのだ。唯一まともに戦えそうなのはピーちゃんだけなうえに、そのピーちゃんだって電気タイプはこうかいまひとつ。決定打どころか主力にだってなれない。

 明日はクチバジムに備えて特訓をしよう、と計画を練っていたところで気付いてしまったことだった。

クチバジム、ジムリーダーのマチスは電気タイプのプロフェッショナル。最悪に、相性が悪い。

 オーカ、カルミンとの約束を果たすためにはここで躓くわけにはいかないのに。そう焦って、サツキは父に泣きついたのだ。

 旅に出る前に言われたことの手前、あまり気が進まなかったが、背に腹は変えられない。

『んー、でもなあ。あまりヒントはやれないし……』

「お願い、ほんとになんでもいいの。教えてパパ」

『大好きって言ってくれたら教える』

「パパ大好き大好き愛してる! ね、おねがい!」

心のこもっていない言葉を早口にまくし立て、神を拝むように手を合わせた。

すると、パソコンの隣、物質転送機になにか黒い手袋が現れる。

 指先のない形のグローブ、かと思ったら、指先部分はなにか透明な布でできている。不思議なものだった。

「パパ、なにこれ?」

『絶縁グローブ。電気を通さない特殊なグローブだよ。俺があげられるのはこれだけ』

「……ぶかぶかなんだけど?」

『仕方ないだろ、俺でも指あまるし』

 貰いものなんだよ、と父が笑う。

『使い方は自由だ。バトル施設よりジム戦ってのは自由なものだし、型にはまらなければきっとなにか見えるよ』

「うん……ありがとうパパ。やってみる」

『不安そうな顔するなって。周りを使うのは得意だろ?』

 使えるものは全部使って。ひらめきを大切にバトルをすること。

昔、初めてバトルをしたときに、唯一父から教わったことだ。

『大丈夫だよ、サツキなら。それにジム戦くらいで躓いてたら、リーグになんて出れないしな』

「うん……うん。ありがとうパパ。明日一日考えてみる!」

 おやすみ、パパ。と挨拶をして、通話を切る。

くるり、背後を振り返れば、部屋で各々暴れ回る手持ちたち。

ミーちゃんにつっかかるピーちゃん。ベッドで飛び回るメーちゃん。飛び立とうとするたびに天井に頭をぶつけているオーちゃん。

それをまたピーちゃんが笑って、ミーちゃんが諫めて、喧嘩になっている。

 まったく、人が悩んでいるのに自由なポケモンたちである。

「もー、うるさーい! ねるよー!!」

+++

 クチバシティは港町だ。

漁業よりは輸入業の盛んな町で、活気が満ちあふれている。

あちこちで輸入されてきた荷物が運ばれ、輸出される荷物が船に積まれていく。

この船での輸出入を取り締まっているのも、ジムリーダーのマチスだ。

 こんな、いろんなものが出たり入ったりする町のジムリーダーが外国人のマチスというのも、なんだか象徴的である。

マサラやハナダ以上に人の多いこの町は、ほんの少し都会な感じがしてサツキはなんだかわくわくした。

「うーん、バトルの練習できそうな広いとこ、ないかなあ……。……あ、ここがジムか」

 その町の中、特訓場所を探しているとそびえ立つポケモンジムへと行き着いた。

中をのぞき込んでみると、なにやらたくさんのゴミ箱と、奥に大きな電撃の門がある。不思議なジムだ。

 明日、ここに来る。そして勝つ。

 改めて意志を固めて、また場所を探そうと思ったとき、電撃の門へと向かう麦わら帽子の女の子を見た。

「オーカ……」

昨日、一緒に旅立ったはずなのにいつのまにかはぐれてしまって以来だ。

昨日の今日で挑むのは、よほど自信があるのか、事前に練習してきているのか。どちらにせよ、その旅のハイペースに感心する。

 彼女は、どんなバトルをするんだろう。

 むくり、好奇心が沸く。

ニビジムでその一端は見た。だがあのときは一対一の超短時間戦だったから、サツキはオーカのバトルを正しく見たことはない。

 見てみたい。

「……入って、いいかな」

 自動でないドアを、押せば扉が開く。

本当にいいのか。今からジムリーダーの手札を見てしまったら、それはずるいことなのでは。

 だが、だが、それ以上にサツキはオーカのことが知りたい。

 きちんと向き合うために、オーカのバトルを、その情熱を、この目で見てみたい。

 意を決して、扉を押す。

中の空気はなんだかビリビリとした。

「あれ、君は……」

「あ、あの。明日予約してるサツキなんですけど。……ジム戦、見学ってできませんか」

「見学? うーん、どうだろ」

 入り口に立っていた職員は、困ったような顔をして背後の門を見る。

その向こうでは銀髪の白人男性と、麦わら帽子の小さな女の子が今まさにバトルを始めようとしていた。

「ううん……まあマチスさんならいいって言ってくれるかな。チャレンジャーへ助言とか声かけとかして、邪魔しなければ構わないよ」

「ありがとうございます!」

大急ぎでお辞儀をして、門の近くへ走る。

 電撃によって閉ざされた門の向こうに広がるバトルフィールド。そこに大きな体格差のある二人が向かい合っている。

 銀髪の白人男性、マチスはエレブーを。麦わら帽子の女の子、オーカは金のガーディを繰り出して。

審判が大きく旗を上げる。

「これより、ジム戦を開始します。――はじめっ!」

 ばさっ、と旗の振りおろされる大きな音とともに、両者ポケモンが中央へと走り出す。

先手を打ったのはオーカだ。

「ディすけ、はじけるほのお!」

弾丸のように打ち出された炎が、エレブーの腕に当たって弾ける。エレブーにダメージがある風ではない。

 だが弾けた炎が二匹を囲うように分散しているのを見る。これはエレブーを閉じこめるためのものか、とサツキは判断する。

「エレブー、かみなりパンチだ!」

「はじけるほのおで寄らせるな!」

遠距離技を上手く使い、オーカはエレブーに近づかせない。

技を放てば放つほど、エレブーの行動範囲が狭められるというおまけ付きだ。けしてダメージが与えられる技ではないが、じわじわと伏線が張られているのが見えてくる。

 だが、ジムリーダーだって黙ってやられているわけではない。

「あくまで遠距離戦にするつもりか……でんげきは!」

ぶわ、と静電気の波がサツキまで襲ってくる。エレブーを中心にばばばばばと電気の弾ける音が破裂して、同時にガーディの悲鳴が上がった。

 “でんげきは”は、必ず相手に命中する技。どんなに遠くても、相手を認識してしまえば逃がすことはない。どんなに行動範囲を狭めても意味がない。

 その反撃にガーディが怯んでいる間もエレブーの攻撃は止まらない。

「かみなりパンチだ!」

「ディすけ!」

重く入る嫌な音がして、小さなガーディが跳ね上がる。無防備に落ちてくるガーディにエレブーは嫌らしい笑みを浮かべて、次の攻撃の準備をして待つ。

「もう一度、かみなりパンチ!」

だが落ちてきたのは、口の中に膨大な炎エネルギーを満たしたガーディだった。

「かえんほうしゃ!」

 エレブーのかみなりパンチがガーディの口につっこまれた瞬間、その炎エネルギーが爆発する。

口から漏れた炎はまたエレブーの周囲に燃え広がって、どんどんどんどん、動けなくしていく。

拳のやけどに気を取られてエレブーは気付いていなかった。だが、ジムリーダーはその伏線の数々に品定めするようにオーカを見ている。

 もう、勝負はつくなとサツキは感じた。

「戻れ、ディすけ。これで終わりだ、ビーすけ!」

 準備が整ったのか、オーカはガーディを戻してスピアーを繰り出す。

炎のフィールドに仕立てたバトルコートは、虫タイプのスピアーには辛いはず。だからこそ、もう終わりにするのだろう。

 オーカの目には、一抹の焦りが見えていた。

「エレブー、ほうでん……」

「フラッシュ!」

エレブーが技を繰り出すより、オーカの指示が早かった。

 視界を白に染める強い光の中で、「きあいだめ」と指示の声だけが聞こえた。

次の瞬間、目が開いたときにはエレブーにその槍を向けていて、

「ダブルニードル!」

エレブーの頭部、その眉間のブイ字模様の中心を貫く。

 一点の狂いのなく、急所を貫いた。

 エレブーの動きを狭めようとしたのも、繰り出してすぐにフラッシュで目を眩ませたのも、このためだったのだ。

全て、一撃でとどめを刺すための伏線。

 やはり、オーカは強い。サツキは確信する。

頭を使うのが上手いのだ。自分の描く通りのゲームメイクができる技術と、それを実現させるポケモンとの連携。油断すればあっという間に流れをもっていかれてしまうだろう。

 オーカと対峙するには、やっぱり本気になれなきゃならない。サツキは己を振り返る。

 一歩は、踏み出せた。あとは答えを見つけるだけだ。

きゅっと拳を握る。

 負けたくない、はまだ遠い。

 だが戦いたい、は胸にある。

オーカと、戦いたい。オーカに挑まれたからではなく。自分の意志で、そう思う。

 だけど、そのためには。

「……サツキさん……っ?」

「……ごめん、見てた」

 ジムバッジを麦わら帽子につけて、立ち去ろうとしたオーカと向き合う。

 なにも気付いていなかったらしい、驚いた表情にはさきほどの真剣さはもうなかった。

「見てたって……いいんですか、そんなの」

「許可はもらったよ。見てみたかったんだ、君のバトル」

「……」

 オーカが緊張しているのがわかる。

サツキも、この言葉を言うのはためらった。きっとオーカは真面目だから、誰よりも理解しているのではないかと思うのだ。

自分が言えることではないと、思うのだ。

 だが言わなければならないと思った。

 ここでやっと、スタートラインが揃う。

「あのさ、オーカ。……なにをそんなに焦ってたの?」

「――!」

「バトルするの、すごく苦しそうだった」

 オーカのバトルは美しい。まるでそうあるべきと言うように、綺麗に流れがはまっていく。それがオーカの実力の高さだ。

だけど、バトル中のオーカの様子は、それを組み立てようと必死になっているでも、あるべき流れを凛と見つめているでもなく。

 早く、早く、終わらせなければと焦燥しているようだった。

 バトル中、オーカの目に走った焦りは気のせいではないと思うのだ。

 サツキは思う。

 オーカも抱えているものがあると。

「オーカは――――なにを怖がっているの?」

「放っといてください!」

「オーカ!」

 サツキを突き飛ばして、オーカが走っていく。

 傷つけてしまったかもしれない。そんな恐れがサツキをよぎる。

だけど言わないといけないのだ。言い聞かせなければならないのだ。

 それが二人の課題なら。

「ねえっ、バトルって……もっと楽しいものだと思うよっ!」

 扉の向こうに行ってしまう前に。

 全力を振り絞って、その言葉を吐いた。

オーカに届くように。自分に理解させるように。

 気付いてしまったのだ。自分たちは同じものだと。

 だから、”完成してから”でないとバトルをしてはいけないのだ。

気付いたからこそ、言わなければならなかった。オーカがサツキに『人を馬鹿にした戦い方をする』と言ったように。

 慣れないことに、心臓が痛い。

 だが、もうこの痛みから逃げはしない。

「あたしは、変わってみせるよ、――オーカ」