ポケモンリーグ 三位決定戦 その1
準決勝から一夜が明けた。
興奮して眠れないかもしれないと思っていたが、よほど疲れていたのかぐっすりと眠り、気持ちのよいほどの朝を迎えることになった。
本日行われるのは、三位決定戦と決勝戦の二つ。カルミンが出るのは午前中に行われる、三位決定戦だ。
泣いても笑ってもここで決まる。まだ落ち込みきるところじゃない。カルミンには、やりたいことがたくさんあるのだ。完璧じゃなくていいから、形にしたいことが山ほどあるのだ。こんなところでは終われない。
――今日の相手は、フェルメール……か。
ポケモンリーグ予選最終日に、サツキに助けを求めた彼女を思い出す。あの三位入賞を果たしたブルーの娘。準決勝のバトルを思い出しても、母親同様なにをしてくるのか全く読めないことはわかっている。
とてもかわいらしい、女の子だった。非実在的な透明感と、儚さに包まれ、触れれば壊れてしまいそうな。何も映さない瞳で興味なさそうに一瞥されたのは忘れられそうにない。
そんな彼女と、戦うことになる。
あの、ポケモンリーグに思い入れなど一つもなさそうな彼女と。
「ポケモンリーグで勝つのは、俺だ…………!」
カルミンの瞳は燃える。
泣き腫らし赤い目が、さらにカルミンの瞳の赤を際だたせた。
+++
「試合午後からなんだから、観戦席で待ってたらいいのに」
「まぁいいだろ、昨日はあっち行ってて、結局そばに居られなかったしな」
サツキの控え室に、両親とユリカが訪れる。正確にはサツキもまだここにいる必要はなかったのだが、静かなところにいたくてここに来た。控え室に置かれた大きなテレビでは、バトルフィールドの整備が行われている。
今日行われるのは、三位決定戦と決勝戦。サツキが出るのは午後の試合だ。だが、最後の調整をすることなく、サツキはここにいた。
カルミンの試合があったからだ。
「彼、今日はどうかしらね」
「勝つよ。カルミンは絶対」
隣に座ったユリカは、サツキの言葉を聞くと無表情に髪を揺らした。
カルミンとメルでは、どちらの方が強いか、サツキにはわからない。メルの底が見えないからだ。彼女がその気になったとき、どれほどの真価を見せてくるのかがわからない。
だがサツキはカルミンの勝利を信じていた。
彼は、この日のためにたくさんの努力をしてきた人だ。夢のために、目的のために、不断の努力ができる人だ。彼の強さを、サツキは信じていた。
「サツキ……あのカルミンって子とどういう関係なんだ?」
「パパうるさい」
「なんだよぉ……」
昨日からずっとサツキとカルミンの関係を疑ってくるやかましい父親を一蹴し、サツキは今か今かと入場を待つ。
――カルミン、きっと勝つって信じてるから!
+++
ワァァァァァ!!
歓声の方に向かって、カルミンは歩いていく。昨日はわくわくしたこの道だったが、今日は酷く落ち着いた状態で歩いていた。
落ち着いているとは、少し違うかもしれない。
神経が研ぎすまされているのだ。絶対に勝つ、という覚悟を持ってカルミンはフィールドまでの道のりを歩いていた。
歓声は昨日に比べて大きい気がする。きっと、相手があの美少女だからだろう。
「フゥ――――……」
入り口まで来て、カルミンは深呼吸をする。そして警備員に促されて入場すれば、すぐにアナウンスは流れた。
『さぁやって参りました最終日、三位決定戦の始まりだ! はじめに入場するのは、昨日サツキ選手と熱い試合を繰り広げました、熱い大地の男、カルミン――――!!』
歓声の中、カルミンは定位置まで移動する。この口上はどうやって考えられているのだろう、と他人事のように思った。
――思ったより冷静でいられてるな。
カルミンは自分の精神状況を他人事のように考える。昨日の敗北をもっと引きずるかもしれないと思っていたが、ポケモンリーグではそこまで休まる暇がなかっただけかもしれない。
冷静に分析していると、やがて割れるような歓声と共に、目の前に臙脂色の少女が姿を現した。
「そしてやってまいりました! 彗星の如く現れた、可愛すぎるポケモントレーナー! 彼女は勝利の女神となれるのか!? 我らが妖精、フェルメ――――ル!!」
大きな歓声を背に、まるで意にも止めない様子で現れた少女は無表情にカルミンの向かいに立つ。見れば見るほど美しく、こんな場でさえなければカルミンももっと言葉を交わしたいと思っただろう。彼女がもう少し、ポケモンリーグになにかしらの感慨を抱いていれば、なおさら。
美少女の銀の目はただカルミンを映すだけで、そこになんの感情も見受けられない。昨日の試合でも、一昨日の試合でもそうだった。彼女は、ポケモンリーグにも、バトルにも、なんの興味を示していないのだった。
「予選最終日以来……だな。覚えてる? サツキと一緒にいたんだけど」
「…………。誰? 知らないわ、あなたなんて」
声をかけてみると、彼女は少し身じろぎした後、初日と同じように興味なさそうに切って捨てられる。そんな予感はしたが、近づき辛い美少女だった。
だが、カルミンはもう少し彼女に質問がしたかった。
「一つ聞いていいか?」
「…………」
「あんたはなんでポケモンリーグにいるんだ?」
ポケモンリーグに、微塵の興味も感慨も示さない彼女。
そんな彼女がこのリーグにいる理由が知りたかった。
質問を受けた彼女は、まるで退屈したかのように目を細める。
「あなたにその話をする必要があるの?」
「知りたいんだよ。だって、あんたトレーナーじゃないだろ」
「リーグに出るための手順は踏んだわ」
彼女は、バッジを全て集めたシード組だった。手順は踏んでいて、三位決定戦に残るまでの実力者なのは確かだった。だから文句などないだろう、とばかりに返す彼女に、カルミンは面食らう。
形式上はそれでいいかもしれない。だが、そんな人間がポケモンリーグに居ていいのか、カルミンにはいささかの反感があった。それなのにサツキの時のような怒りがわかないのは、きっと彼女が全てわかり切った上で、なにかの理由でここにいるからだった。
そして、その理由はカルミンが聞いたところで教えてはくれないだろう。
「……そうか。なんであんたみたいなのがいるのかわかんないけど――トロフィーは俺がもらうぜ!」
「…………そう」
無表情な彼女は、一応の返答はしてくれる。
それを合図にボールを手にとって、準備をした。
「それでは三位決定戦。両者、用意!」
はじめ! という号令と共に、二人はポケモンを場に出す。カルミンの初手はエーフィ、対する彼女はカブトプスだった。
フェルメールは指示をしない。それは過去のバトルを見ていてわかっている。ならば、彼女の出方を伺うだけ無駄だ。
「イブ、でんこうせっか!」
先手必勝、とばかりに走り出す。それにフェルメールは指示をすることはなく、カブトプスは動揺することなくでんこうせっかを防いでみせた。
準決勝までの試合で見ていたとおり。ポケモンたちは指示がないことを前提に動いている。フェルメールは見ているばかりで、動く気配はない。そして彼らは、フェルメールを危害から守るような動きを見せる。
彼女はトレーナーじゃない。バトル上ではポケモンたちに守られているだけの、“おや”にすぎない。
初手で確信を得た。よくこれで勝ち抜いてきたと思いつつ、それだけポケモンのレベルが高いというのもわかる。一体、彼女でなければ誰がポケモンたちを鍛えてきたのだろうか。
「サイケこうせん!」
エーフィのサイケこうせんを軽々と避けたカブトプスは、果敢に懐へと攻めてきてきりさくを狙ってくる。サイコキネシスによってその腕を止め、投げ飛ばした後シャドーボールで追撃する。
ここまでは順当に戦えている。立ち上がろうとするカブトプスにメガドレインでトドメを刺そうとしたとき、フェルメールが口を開いた。
「カブトプス」
鈴を転がすような甘い声が、カルミンの元まではっきりと聞こえた。
なにか指示が来るか、と身構える。
「がんばって」
――がんばって?
なんだそれは、と思った瞬間、カブトプスは立ち上がり素早くすなかけでエーフィの視界を塞ぎに来た。目に入るのは防いだが、気を取られているうちにカブトプスは高く飛び、背後へと回ってくる。
「イブ!」
首の付け根を的確に狙ったきりさくに、エーフィがギャアアアと声を上げた。ぞっとするほど容赦のない攻撃に、慌ててあさのひざしを命じる。少しでいい、回復をしておきたい。
フェルメールの一言でこんなにも奮起する理由はなんだ。簡単だ、あの美少女の言葉だからだ。カルミンは本能的に察した。きっとあのカブトプスはオスなのだろう。同族として察しざるを得ない。あんな美少女に応援されたら、いいところも見せたくなる。
――厄介だな。
フェルメールは指示をしない。フェルメールはトレーナーではない。だが、彼女の存在そのものが、ポケモンたちの鼓舞に繋がる。彼女は立っているだけでいい、彼女に勝利を捧げるために、ポケモンたちは動く。厄介だった。
――好きな女のためならなんでもできるってか? そんなもののためにポケモンリーグここまで勝たれたんじゃ、トレーナーの名が廃るだろ。
こちらには意地がある。リーグへの夢がある。実力という差の前に心持ちなど無意味だということはカルミンだって知っている。けれどここまで明確に夢を、意地をコケにされたら苛立ちもするものだ。
――絶対負けるもんか。
「イブ、サイコキネシス!」
首の傷を庇いつつ、エーフィは反撃を図る。しかし、すなかけの応用で煙幕を張るカブトプスを上手く捕まえられない。どこだとカルミンはフィールドをじりじり移動しながら探すが、砂煙でカブトプスの姿が見えない。おかしい、陰さえ見えないのはどういうことだ。
そこまで考えて、はっとする。
「イブ、下だ!」
狡猾に這い寄っていたカブトプスが、エーフィの足下に来たところでその鎌を大きく振るう。交差するように振るわれた鎌はエーフィに直撃した。シザークロスだ。
攻撃を受け倒れたエーフィは、もがき苦しむばかりで立てない。ボールに戻して、後続を繰り出す。
「ゴーちゃん!」
砂埃の舞う中に現れたジュゴンが、現れるなりアクアジェットでカブトプスの元へと急行する。突然のことに避けられなかったらしいカブトプスは大きく吹き飛ばされたが、まだ余裕があるらしく、よろめきながらも立ち上がる。
――イブの攻撃ダメージも残ってるはずなのに、しぶといな。
好きな女にそんなにいいところを見せたいか。その心意気は嫌いではないが、この場に置いては苛立った。お前たちだって、ポケモンリーグという舞台などどうだっていいくせに。
「畳みかけるぞ、しおみず!」
カブトプスはもう体力が限界に近いはずだ、そう判断してしおみずで畳みかけていく。げんしのちからで防ごうとするが全てには対応できず、カブトプスは疲弊していった。
さすがに限界と踏んだのか、フェルメールがカブトプスを呼んだところで――置き土産と言わんばかりに、げんしのちからで現した岩たちを投げつけて去って行く。ジュゴンはそれらを軽々と撃ち壊したが、小石といえど当たれば痛いのか少し顔を歪めた。
さぁ、次は。フェルメールをじっと見つめ、彼女の細い腕がボールを投げるのを待つ。
次点に彼女が選んだのは、巨大な金属の塊。磁石で出来た大きな腕を回し、一つ目をぎょろりとジュゴンへと向けた。ジバコイル――少し特殊な進化の仕方をする、一匹だった。
相性は悪い。後続にはサンドパンもいる。下げてもいいが、どうするか――そう考えたところで、ジュゴンがこちらにサインを送ってくる。
このままでいい。
彼がそう言うならば、その意思を汲もう。
「ゴーちゃん、しんぴのまもりで身を守れ。そしてアクアテール!」
麻痺にかかるのを警戒したあと、ジュゴンは水を纏ってジバコイルへと突撃する。その尾は重くジバコイルを叩くが、相手はなんとも思っていない様子だ。追撃に近距離かられいとうビームを放っても、ジバコイルは動じることなくジュゴンを振り落とす。
落ちたジュゴンが体勢を立て直そうとしているうちに、ジバコイルの目がビビ、と光る。そして磁石の両手をジュゴンに向けると、超電力の塊を放った。
それは避けようと思えば可能だったはずだ。しかし、ジュゴンが逃げようとすると超電力の塊――でんじほうが追尾する。ロックオンをされたのだ。
「ゴーちゃん!」
いくらジュゴンがやる気だったからと言って、相性が悪すぎた。とっさにジュゴンを下げると、カルミンはサンドパンを放つ。
ポケモンたちがトレーナーの動きを知りすぎている。間違いなくポケモンリーグ上位に来るだけの実力が備わっているポケモンたちだ。これでフェルメールが指示をするようになれば、一体どれだけ恐ろしいことになるのだろうか。ぞっとしない。
「いくぞパン! すなあらし!」
「……きゃ……っ!?」
珍しく言うことを聞いたサンドパンは、その場をぐるぐると駆け、砂嵐を作り出す。視界は悪く、カルミンまで細かい砂で肌を叩かれ痛いが我慢だ。サンドパンの特性はすながくれ。砂嵐が起きている間、サンドパンはジバコイルの目をかいくぐって好きなように動くことが出来る。
今が好機、とサンドパンに発破をかけたところで――少女の悲鳴が上がった。
「いや……っ、なんとかして、シードラ!」
フェルメールの悲鳴が聞こえた直後に、ざぁぁと雨が降り始める。砂嵐が雨に流された後、その場にいたのはジバコイルではなくシードラだった。あまごいで天候を上書きされたらしい。余計なことを、とカルミンがフェルメールを見ると、彼女は怯えたような目でこちらを見ていた。
――女の子は砂って嫌いだよな。汚れたくないならバトルなんかしなきゃいいのに。
このバトルの場では、トレーナーも汚れるし、怪我をすることだってある。それが嫌ならバトルなんてしなければいいのに、どうして彼女はここにいるのだろうか。いい加減、お姫様の相手は面倒になってくる。
「汚れたくないならリタイアしとけよ」
「そんなんじゃない。風邪でも引いたらどうしてくれるの」
ややヒステリックに返ってきた返事にびっくりする。これまで無感動な様子しか見ていなかっただけに、こんな生きた答えが言えるのかと驚いてしまう。
しかし、風邪でも引いたらとは。つくづくトレーナーであることが不思議な少女だ。
「体でも弱いなら、なおさらここでやめとけよ!」
「やめない」
「ポケモンの足手まといになるトレーナーがポケモンリーグにいるべきじゃない」
「わたしのポケモンたちは勝ってきた。それだけでここにいる理由なんて十分」
フェルメールはバトルを開始する前と同じことを繰り返す。
そこにある絶対的な信頼は、これまで自身を守ってくれてきたから――だろうか。彼女がここにいる理由など知らないし、興味もないのに続けなければいけない理由もわからないが、やはり彼女は気にくわない。
「そうかよ。でも勝つのは俺だ。守られてなきゃ死んじゃうお姫様はさっさと家に帰って寝てろ! パン、やれ!」
自由にやっていいというお達しをもらったサンドパンは、つるぎのまいを踊ると素早くきりさきに向かう。シードラがバブルこうせんで迎え撃つのも気にしないで、勢いを殺さずに喉元へと飛び込んだ。
しかし。
「そのお姫様の護衛より、弱いのは誰?」
一瞬にして凍らされたサンドパンが、地面へと転がる。バブルこうせんの弾けた泡で濡れた体が、れいとうビームであっさりと凍らされてしまったようだった。
フェルメールは少し不機嫌そうに、売り言葉に答える。
「どいつもこいつも、バトルのプライドなんかで人を図らないで欲しいわ」
+++
テレビの中で、少女と少年が戦っている。アントワープ――アニーはそれを食い入るように見ていた。昨日とは違い、今日は時間がわかっていたからバトルの始めからちゃんと見ることができた。
今のところ、姉の優勢だ。姉のポケモンたちはとても強くて、少年のポケモンたちを的確に退けている。まるでトーリたちみたいだな、と思った。アニーの付き人たちのように、姉を守っているポケモンたちだ。
「ねぇタツオミ、おねえちゃん勝つかな?」
「はて、まだわかりませんなぁ。でもお姉様もお爺様の孫なのです、きっとバトルの才能を受け継がれているでしょう」
「おじいちゃん、そんなに強いの?」
「ええ、とても。昔はジムリーダーも務めていたことがあったとか」
「おじいちゃん、すごーい」
付き添いのタツオミは、柔和な言葉でアニーに説明してくれる。祖父が強いということはよく聞いていたが、ジムリーダーをしていたとは初めて聞いた。
「じゃあ、ぼくもバトル強くなれるかな」
「きっと強くなれますよ。でもその前にお体を強くしなければいけませんね」
「退院したら、ぼくにバトルを教えてくれる?」
「もちろんですとも。あなたが望むのならば」
タツオミは垂れ目をそっと細めて笑う。手術はもう少し先だ。準備が整うまであとどのくらいかかるのかさえアニーは知らない。だけど、この手術で絶対に健康になれるのだと付き人たちは教えてくれた。だから退院したらなにをするのかを、こうやって話すのがアニーの今の楽しみだった。おかげで付き人たちへのお願い事が山のように積もっていた。
テレビの中では、依然として少女と少年のバトルが続けられている。砂嵐で画面が見えにくくなったかと思えば、ざぁぁっと雨で流されていく。一秒たりとも同じ場面のないバトルに、アニーはわくわくする。
いつか自分も、姉のようにポケモンリーグの場に立ったりするのだろうか。生まれてこの方外に出た記憶がほとんどないが、手術が終われば、きっと旅もできるようになるのだろうか。今こうして起き上がっていることさえしんどい体が、走り回れるほどの体力を身につけるようになるのだろうか。
遠い未来のような気がした。だけど近付いている未来だ。
「――――っう……くぅ……」
「! アニー様、痛みますか。すぐにお薬の準備を」
そうしてポケモンリーグを楽しんでいたところで、刺されたような痛みが体に走る。うずくまるアニーに手早く差し出された薬を無理矢理飲み込んで、横たわる。そうだ、いつだって自分は起きていることさえままならない。
手術の前に死んでしまったらどうしよう。もしかしたら手術の準備というのもアニーに希望を持たせるための嘘かもしれない。いや、こんな面倒くさい自分を見捨てて付き人たちや祖父が去って行ってしまったらどうしよう。
苦しみに耐えるたびにそんな悲しい予測ばかりがぐるぐると頭に浮かぶ。背中を撫でるタツオミの手の温かさに少しずつ痛みが和らいで行くと共に、そんな感情も薄れていくが。
「たつおみ……」
「大丈夫ですよ、アニー様。タツオミはここにいますよ」
ぎゅうと握られた手が、ゆっくりと体の緊張をほぐしていく。いなくならないで、と細く呟くたびにいますよ、と返してくれるタツオミの声に、ゆっくりとアニーの意識が眠りへと向かう。
――今日は全部見たかったのにな……。
――ごめんね、おねえちゃん……。
まどろみの中で姉に謝る。いつか出会う彼女は、タツオミたちのようにこうして優しくしてくれるだろうか。
最後まで試合を見ていることさえできないアニーを、優しく受け入れてくれるだろうか。