ポケモンリーグ 準決勝 第一戦 その2

オーカとメルのバトルは、依然流れが読めないでいた。ヤドキングとサイドンの対決はドロー。現在争っているピカチュウとシードラはピカチュウが優勢だった。だが、メルがいつ動くか読めない分、いくらでも流れは変わるだろうと思われた。

しかし。

「メルは何故指示をしないんだ? きちんとやったら今よりも強いだろう、あれは」

「するわけないでしょ、メルはトレーナーじゃないのよ」

メルがぽつりと呟いたことに、瞬時に対応するポケモンたちのポテンシャル。きちんとトレーナーが引き出せば今よりも格段に強くなるだろうと言えた。

そんなグリーンの疑問を、ブルーは否定する。そもそもメルはトレーナーではないのだと。

メルは実際に目もよく、機転も利き、聡い。その能力はトレーナー向きではあったが、本人が使うつもりがない以上、やはりトレーナーではなかった。

「ポケモンたちは、メルの危険を退けてただけ。それでここまで戦えるようになる方が、まずおかしいんだけど」

「メルを守ろうとすると、どうしてもそんな強くなり方をするらしい。甥も似たような状態でレベルを上げていた」

ポケモンたちは彼女に降りかかる危難を退けているだけ。彼女自身はバトルなど本当にしたこともないという。

それであれほどポケモンの能力が引き出されるとは、人間学習装置のような娘だと思う。

「よ、お待たせ!」

「レッドさん! 娘さんは?」

「そろそろ一人になりたいってんで、置いてきた」

背後から男の声がして、一斉に振り返る。

黒髪にラフな格好をしたレッドと、同じくカジュアルな服装のカスミ。その後ろに、上品な少女がいた。

「久しぶりね、ちょっと太ったんじゃない?」

「久しぶりの挨拶がそれかよ。ブルーは……まあ相変わらずそうだな」

「レッドさん、その子は?」

「ああ、この子は」

「ユリカと申します。初めまして」

「タケシとエリカの娘さんよ」

紹介された少女がうやうやしく礼をする。両親の名を聞いてその上品さに納得がいった。

レッドの娘の幼なじみだという。両親の方は、リーグの運営に携わっていて観戦席には来れないらしかった。

「しかし、今年は大人数ねー。イエロー、隣の人は……」

「甥のマサミくんです。オーカの応援に来てくれてて」

「……」

「挨拶くらいしたらどうだ」

「……」

何年も会っていない上に、元より交流がない家族の間では面識がないもの同士も多い。

特にマサミは、マサキが忙しいせいでグリーンたち以外は知らないはずだった。すっかり反抗期に入った甥は、愛想悪く一瞥しただけで返事さえしない。昔は素直だったはずだが。

「悪いな、愛想がなくて」

「いいよ。いやしかし、グリーンに似てるな」

「それはどういう意味だ?」

「すいませんおばさん、遅れました!」

「!?」

どたどたどた、と足音うるさく男が乱入してくる。

全員がぎょっと顔を向けた先に、柑子色の長髪を一つに結んだ、筋肉質な男がいた。その顔は、その昔戦った敵によく似ている。

隣に座る妻が、体をこわばらせたのがわかった。

「カケルくん、遅かったじゃない」

「昨日夜勤だったんですよ。今どこまで行きました?」

「二人とも一体アウトって感じだな。遅れたこと、メルが知ったら拗ねるぞ」

「まじで拗ねそうなんで内緒にしててください」

ブルーたちと親しげに話すカケルと呼ばれた青年。それを見ていれば別人であることは明白なのに、警戒を解けない程度にはよく似ていた。

生き写しという言葉が、これほど似合う親子もそうはいないだろう。

「イエロー」

「……大丈夫です」

カケルと言う青年の面影は、妻の過去を刺激するには十分らしい。青年の父親だろう――ワタルと戦った記憶は、いつまでも褪せず彼女の中にあることは知っている。その感情をなんと名付ければいいのかわからないまま、ただなんとなく拒絶感を伴って存在していることも。

「ああーっ! あなた、あのときの!」

「ん? ああ、一年ぶりか」

「ここで会ったが百年目! 勝負なさい!」

「ユリカちゃん、落ち着いて」

青年を見たとたん、ユリカが立ち上がり叫ぶ。なにやら因縁の多いらしい青年だ。

妻を隠しながら青年を観察していると、やがて彼と目があった。そして、妻に目を留めた青年がなんとも言えない表情になる。

「初めまして。……お久しぶりです」

「…………はい」

そして青年の発した言葉に、グリーンは驚かされた。イエローが青年と会ったという話など聞いたことがなかったからだ。

二人の会話に驚いているのはブルーたちも同じだった。

イエローは心苦しげに目を伏せて、青年を見ようとはしない。そのまま、か細く言葉を紡いだ。

「あの……ごめんなさい。あの時、あなたのお父さんのこと……」

「いいです、その話は四年も前に解決しました。それよりもすみません、俺はあなたたちの娘さんに接触しました」

「……オーカに?」

「トキワの森の能力について、指導を少し」

トキワの森の能力。オーカがずっと悩んでいた。

思えば、オーカのバトルはすっかりと落ち着いている。旅の中でコントロールの術を自力で身につけたのだと思っていたが。

そういえば、セキチクにやたらと滞在していた時期があったか。

「父がなにをしたのかは知っています。その息子の俺が、接触してはならなかったのもわかっています。……すみませんでした」

「いい。顔を上げろ、お前と父親は別だ。それよりも能力について協力してくれたなら感謝する。俺たちではどうにもならなかった」

直角に腰を曲げる青年に、グリーンは声をかける。

少し柄の悪そうな顔つきをしているが、中身は真面目な青年らしい。彼の父親とは面識もないが、なんとなく中身は似ていないのかもしれないと思った。

かつて人間を滅ぼそうとした男の息子とは、思えなかった。

「ま、まあまあ。カケルくんもそんなに真面目にならなくていいのよ。ほら座って、試合はまだ続いてるんだから!」

「……うす」

「……あ、見てください。ポケモンが変わっていますよ」

「……どうなるか、だな」

合流でのごたごたとした会話を打ち切って、ようやく全員が試合に目を向ける。

二人のポケモンは、いつの間にか別のポケモンへと入れ替わっていた。

+++

「ピカチュウ、10まんボルト!」

「カブトプス」

第二戦、ピカチュウとシードラのバトルはピカチュウが制した。シードラが戦闘不能寸前に至ったところでメルが下げ、次鋒のポケモンが10まんボルトを受けきる。

あと一歩のところでオーカの勝利だと思ったが、向こうも判断が早い。

メルが即座に次のポケモンを繰り出す。銀の鎌が特徴な甲殻類――カブトプスか。相性はよくも悪くも普通。水タイプを持つカブトプスだが、10まんボルトを受けてもものともしていないあたり、少し厄介かもしれない。

10まんボルトを耐えきり、カブトプスが動き出す。抜かるんだ地面の上を、驚きのスピードで突進してきた。しかし、ピカチュウの素早さはこうそくいどうで底上げされている。

そう簡単に捕まるはずは…………。

「!? ピカすけ、止まるな!」

捕まるはずは、ないのだが。

ぴたり、ピカチュウの動きが止まる。まるで蛇にでも睨まれたように。その顔は恐怖に染まり、オーカの声にも反応しない。

それを逃さなかったカブトプスが、ピカチュウに迷わずつじぎりをお見舞いした。それで緊張が解けたのか、立ち上がったピカチュウが恐ろしげに距離を取る。

「ピカすけ、どうしたの……」

「怖かったのよ。カブトプスは目つきが悪いの」

メルがそう笑ったのに、オーカはぴんとくる。

“にらみつける”。

元はただ相手を恐れさせ、少し隙を生ませて防御を下げるだけの技だ。しかし、強いポケモンに限ってはそうではない。

ただの“ほえる”、“にらみつける”などの威圧で相手を恐怖で動かなくさせることも、可能だと言う。話には聞いていたが。

メルは、指示をしない。

それなのにこんな芸当もできるなんて。

「……やりますね、こんなことも出来るなんて」

「そうよ、わたしのポケモンたちは強いの。でないとわたしを守れないから」

褒めると、メルはその無表情を得意げに変える。

その口振りから察するに、彼女は本当にバトルに介入しないのだと思わされる。それなのに何故、彼女はポケモンリーグに来たのだろうか。今こうして戦っていても、彼女から勝利への渇望は感じない。

少しだけ、苛立ってくる。なんてもったいないのだろうか。

「ええ、サイドンも、シードラも、カブトプスも、本当に強いです。でも、メルさんは? あなたはどうしてさっきから指示をしないんですか? ポケモンリーグで、勝ちたいんでしょう?」

「別に?」

「は?」

「わたしはトレーナーじゃないから」

その発言に殴られたような気分になる。

トレーナーじゃない? それなのに何故リーグにいるのか。ここにいる意味はなんなのか。

彼女に破れ、ここに来られなかった者がいるのに。本当に頂点を目指していた人間が、こんなふざけた調子でリーグに来ている者に負けていいのか。

「ふざけないでくださいっ! ここはポケモントレーナーの祭典だっ!! トレーナーでないなら何故あなたはここにいるんだっ!! 目的が済んでいるのに、どうして!!」

「わたしのためにこんなに頑張ってくれたポケモンたちを、讃えてもらいたいのはおかしなこと?」

メルが悠然と微笑む。

「わたしはトレーナーではないけれど、ここまで戦ったポケモンたちは相応の名誉を与えられてもいいと思うの。わたしをリーグの準決勝まで連れてきた事実は、揺るがないんだから」

「……そんなあなたに、負けたトレーナーがいるのか」

「そうね。わたしのポケモンたちより弱かったんだから、仕方ないわね」

ギリ、と歯ぎしりが鳴る。

メルの言うことはわからないでもない。ポケモンバトルは実力勝負。最悪、彼女のようにトレーナーはなにもしなくても勝てることもある。それが、ポケモンのレベルと技術のぶつかり合いというものだ。

だが。だが!

オーカは理屈はわかっていても許せなかった。ポケモンリーグはトレーナーの祭典。彼女はポケモンに栄誉をというが、それは違う。ここまで共に歩んできた、ポケモンとトレーナーの絆を讃えるための賞なのだ。単なるポケモンの強さを讃えているのではない。

彼女にトロフィーを渡すわけには、いかない。彼女には恩があるが、それとこれとは別だ。

そんなふざけた態度で、ポケモンリーグを勝ち抜こうなんてことはオーカには許せないのだ。

「ポケモンだけで勝とうだなんて、そんな甘い考えはここでへし折ってあげます。あなたに勝たせるわけにはいかない!」

「好きにしたら」

「そうさせていただきます。ピカすけ! 駆け回れ!」

オーカの指示に、ピカチュウが駆ける。カブトプスの周囲を法則性なく。スピードの上がった状態のピカチュウを捕らえることは困難だ。カブトプスは彼女を目で追おうとするが、追い切れていない。

ピカチュウはただ駆け回っているわけではない。

オーカの指示やサインを見て、きちんと実行している。 くさむすびでカブトプスの周囲を囲い、相手の動きを封じる下準備だ。これに引っかかったら、駆け回っている間に溜めた電気をほうでんして終わり。訓練してきたパターンの一つだ。

オーカが得意なのは、相手の動きを封じた上での一撃必殺。そのためのサインは、ポケモンたちと共有している。

並のトレーナーでは、これに気付けない。優勝者のカケルでさえ、気付くのが遅かったほどだ。

「ピカすけ!」

「カブトプス、足下に気をつけて」

「!」

ピカチュウがカブトプスを誘い込むように、フェイントをかける。しかし、メルの言葉にカブトプスは動かないまま、大きく地面と平行に鎌を振った。

ぶつぶつぶつっ、と音を立てて結んだ草がちぎれていく。なんてことのない動作で。

ピカチュウを下がらせて、警戒する。

――気付かれただと。

時々メルが言葉を発すると、オーカの計画が崩される。どれも指示ではけしてない。それなのに、ポケモンたちは正確に対応をしてくる。

彼女が気付くのは、まぐれではない。やりにくい。

トレーナーではないなどと、なんの冗談だろうか。そこらのトレーナーよりよほど勘がいいではないか。

「よく気付きましたね。普通は気付かないんですよ」

「そう。相手がよほど鈍感だったのね」

拳を握る。

煽りに乗るな。冷静でいろ。トレーナーが冷静でなければポケモンたちも乱れる。

きっとメルを睨みつけて、言葉を飲んだ。ただ目がいいだけだ、やりようはいくらでもある。

カブトプスが、ぶんぶんと鎌を振りピカチュウを追いかける。しかしピカチュウの素早さに追いつけず、その鎌は無念にも空を切るのみ。

この間に次の手を考えなければ。少しの間、ピカチュウは時間を稼げるはず。

「ぼーっとしていて大丈夫?」

「ピカチュウ!」

いたちごっこをしているはずだった二匹。しかし鎌の振りがだんだんと大きくなっていることにオーカは気付かなかった。

カブトプスの鎌が地面のぬかるみをすくい、マッドショットとして撃ち出そうとしていることになんて、微塵も気付かなかったのだ。

泥の弾丸を受けたピカチュウが、地面に落ちる。そこをすかさずカブトプスが狩ろうとするが、間一髪、アイアンテールで切り抜けた。

「鈍感なのは変わってないのね」

「…………」

――あなたは力に頼りすぎなんだわ。

スオウ島で言われた、あの言葉。

トキワの森の能力に頼りすぎて、なにも見えていないという指摘。指摘が痛すぎて、思わず黙り込む。

トキワの能力はなんとかなっても、そういった弱点は簡単には直らないか。

「ピカすけ、下がれ。……ゴーすけ!」

弱点技を受け、疲弊したピカチュウを下げる。そして、黒い陰のようなポケモン、ゲンガーを場に出した。ステルスロックが、しつこくポケモンたちにダメージを与えてくる。

これでまた使用ポケモンが並んだ。

絶対に負けたくないのに、トレーナーではないという割に彼女の能力が高すぎる。オーカのトレーナーとしての弱点も見抜かれている。やりにくい。

『オーカ、どうする?』

「まずはきっちりカブトプスを落とす。シャドーボール!」

脳内に響くゲンガーの声に、肉声で答える。相変わらずオーカの思考を読み、意思を飛ばしてくるゲンガーだったが、無言の意志疎通を図るような真似はしたくない。それこそがオーカの矜持だ。

ゲンガーが放つシャドーボールの嵐に、カブトプスは上手く避けていく。左右に避けて、だんだんと後ろに下がっていく。しかし、そのまま行けばアウトラインに差し掛かり、避けられなくなるだけ。

追いつめながらそれを待つ。メルが動かないことを祈りながら。

「さいみんじゅつ!」

一瞬を見て、オーカは次の指示をした。

しかし。

同時に顎を狙ってつじぎりを繰り出したカブトプスによって防がれてしまう。目を合わせて使う技なだけに、避けられやすいのが難だった。

だがここで大人しく引き下がるわけには行かない。畳みかけようとしたカブトプスにゲンガーのシャドーパンチが命中する。

二匹の体格差はゆうに五十cmを越える。その高さから繰り出されるシャドーパンチに、カブトプスは大きく地面で跳ねた。そこを逃がさずに今度こそさいみんじゅつを決める。

「……かかった。あくむ!」

眠ってしまったカブトプスをサイコパワーで作った透明な棺桶に入れる。その中にいる間、カブトプスの体力はじわじわと削られていくことになる。

起きない限り悪夢からは逃れられず、そして起きたとしても逃げられない。ゲンガーが一番得意とする戦法だった。

「カブトプス」

「終わりだ、あくのはどう!」

ドス黒い闇が、旋風となってカブトプスを襲う。逃げ場はなく、眠ったカブトプスは為すすべもなく闇に取り込まれた。

かと思われた。

「!? ゴーすけ!」

「ジバコイル、そいつは頼んだぞ」

カブトプスがいた場所に姿はなく、予想外の方向から攻撃が飛んでくる。

銀の円盤型のポケモン、ジバコイル。昨日彼女が母親から逃げるために使っていたポケモンか。ゲンガーが倒れている間に、エレキフィールドが張られる。

厄介だ。ゲンガーは体力が減らされている上に、相手に優位な場が展開されるとは。こちらも利用しようにもピカチュウも疲れている、それはできない。

しかし。電気は火もつきやすいものだ。

「ゲンガー戻れ、ディすけ!」

すばやくこちらもポケモンを変える。黄金色のウインディが、電気に覆われたフィールドに現れた。攻撃してこようとする岩を軽々と跳ね退けて、ウインディは凛と立つ。

周囲の光をきらきらと反射する様子は、本当に美しい。従兄からもらった自慢の一体だ。

「……綺麗ね」

「ふふん、いいでしょう。ディすけ、はじけるほのお!」

電気に覆われた地面に向かって、炎が撃ち出される。美しく輝く炎はぼうっと周囲に引火し、電気と反応して大きく燃え上がった、繰り返し、ジバコイルの逃げ場をなくしていく。

はがねタイプを持つジバコイルに、この環境は辛いだろう。対処をされる前に逃げ場をなくしてしまおうと、攻撃を続ける。

しかし、ジバコイルが地面に撃ったトライアタックで、それが一旦止められてしまう。運良く氷を引いたか。

トライアタックのために後退したウインディに、ジバコイルが突進してくる。近距離で放たれるきんぞくおんに思わず耳を塞げば、そのまま至近距離でのほうでんを許してしまう。

「く、ぅ……!」

トレーナーにまでほうでんが迫ろうとするのを、ウインディが捨て身で庇う。その目にはまだ余裕がある。信じて、オーカは指示を出した。

安易に距離を詰めるとは、やはり、ポケモンだけでは詰めが甘い。

「逃がすな、かえんほうしゃ!」

近くに寄ってほうでんをするジバコイルの隙を縫って、かえんほうしゃを放つ。攻撃中は避けることが難しいものだ。

背後の、鎮火され切らなかった炎までも巻き込み、エレキフィールドも相まって火力が上がっていく。

このまま押し切りたい、行けるか。

「ジバコイル、そのまま行って」

「!」

炎の中。きらりと光る。

気付いてすぐに攻撃をやめさせるも、逃げきることはできなかった。

電気を纏ったジバコイルが、炎の中かまわず突進してきたのだ。

「…………」

結果は、相打ち。

どちらも地面に伏せて、目を回している。同士討ちの場合、試合は続行。二人はポケモンを下げて、次のポケモンを繰り出した。

「ビーすけ」

「ニドキング」

場に現れる二体のポケモン。どちらも二人が最も信頼しているポケモンだった。

――向こうも終わらせたがっている。

直感する。ここで切り札に近いポケモンを出してくると言うことは、そういうことだ。

メルはスオウ島でニドキングからけして離れようとはしなかったし、ニドキングも絶対に離れることはなかった。あのニドキングこそがメルの手持ちで最も強いということは、想像に難くない。

お互い、あと一匹は残している。それでもここでこのポケモンを出したのは、このやってやられてにうんざりしているということだ。

「ニドキング、疲れてきたわ」

「疲れたなら棄権してもいいんですよ?」

「ニドキングならきっと終わらせてくれるわ」

「お望みなら僕が終わらせてあげますよ」

疲弊を訴えるメルに、ニドキングは雑に腕を上げる。まるで黙って待っていろとでも言うように。

どこまでもこちらを舐める態度をしてくる。オーカは苛立ちを感じながら、スピアーと打ち合わせる。

「気を引き締めて、ビーすけ。多分あれがメルさんの一番のポケモンだ。同じ毒タイプだから毒は効かない。こちらはパワーも劣る。だけどビーすけ、僕たちには誰にも負けない技術がある」

スピアーはその複眼をきゅるりと輝かせる。そうだ、スピアーはオーカのしたいことをよくわかっている。

ずっと勝つための技術を積み上げてきたのだ。その訓練の日々はオーカを裏切ることなどない。

あんなポケモンバトルを舐めた女になど、オーカは負けない。

「いくよ! こうそくいどう!」

ブン、と短い羽音だけを残し、スピアーが消える。こうそくいどうを重ね、通った道しか見えないほどになっていく。

こうなるとオーカにも居場所がわからないが、それはさして重要ではない。訓練を重ねてきたオーカはもう、ポケモンと繋がれないことに恐れはないからだ。大切なのは意識の共有。どうしたくてその指示を出しているのか、ポケモンたちと共有ができていること。

「つるぎのまい!」

「綺麗ね。でもちょっとうるさいわ」

「シザークロスで切り払え!」

メルの言葉に、ニドキングがうちおとそうと岩を投げてくる。しかしそんなものは予想済みだ。シザークロスによってそれらを断ち切ったあと、岩の陰に隠れてスピアーは急降下する。

ニドキングの図体では、一度こけると起きあがるのが難しい。そこを突く。

「アクロバット!」

「きゃあっ」

スピードを殺さず、ニドキングの膝を迷いなく貫こうとした。背後にいるメルの悲鳴が上がるのも構わずに。

しかし。ニドキングは目に止めるのも難しいほどの素早さだったスピアーをがっちりと掴んでいた。

軽いスピアーの体がたやすく放り投げられ、そこへすかさずにどげりがされる。

「ビーすけ! …………うっ」

ギャオオオオ!!

地面に伏せるスピアーに目をやろうとした瞬間、ニドキングの咆哮に思わず止まる。

そこから感じる、強い怒り。なんだろう、なにを怒っているのだろう。

攻撃をしたこと? ちがう。

ただ漠然とした怒りが、オーカの中に入ってくる。こういうことは、コントロールが可能になったあともよくあった。ポケモンの強すぎる感情は、オーカの意思に関係なく能力に接触しようとしてしまう。

そこでようやく、ニドキングがメルを庇っているのだと気付く。そうだ、あのニドキングはいつだってメルの側にいた。彼女を守るために。メルがバトルに巻き込まれそうになったことに怒っているのか。

トレーナーはポケモンと共に戦う者。あんな風にポケモンに庇わせながらなど言語道断だった。やはり彼女は、自分でも言うとおりトレーナーではない。

「お前がトレーナーを大切にするのは勝手だけどね。今僕は、プライドをかけたバトルをしているんだ! よそ見をするなァ!!」

びゅん、と羽音を震わせて、スピアーがその二本の象牙色の針を音速で貫く。ニドキングの弱点、エネルギーの集中するその場所、腹へと。

オーカに気を取られていたニドキングは、その針をまんまと受ける。勢いのままに倒れたその先のメルに怪我をさせないよう、尻尾をバネにして大きく宙を飛んで見せた意地は見事だが。

スピアーはたしかに、強い種族ではないかもしれない。

だが、体格差だけで押し通せるようなバトルは存在しない。

「ニドキング!」

どぅんと大きな音を立てて、ニドキングが落下する。駆け寄ったメルを押し退けて立つが、あと一発も食らえば瀕死になるのは避けられないだろう。

メルは静かにニドキングをボールに戻す。その様子はどことなく悲しさや不安を感じた。しかし次のボールを取った瞬間、メルはかつて見たことのないような、怒りを露わにした顔をしてみせた。

――そうだ、その顔だ。

「ようやくやる気になりましたね……!」

「リザードン、焼き払って」

静かに指示をしたメルの言葉に呼応して、赤い竜が炎と共に現れる。あまりの炎の量に、反応したスピアーが逃げるのも間に合わず飲み込まれてしまう。

赤い竜――リザードンが地を踏む。

ようやく順番が回ってきた彼は、にぃ、と恐ろしい笑みを浮かべた。

「フシすけ!」

オーカもポケモンを入れ替え、リザードンとフシギバナが場に現れる。リザードンが意地の悪そうな顔をしたかと思うと、フシギバナが嫌そうな顔をした。

二匹は父の研究所のポケモンだった。仲がいいのか悪いのかはともかく、よく一緒にいるのを見かけていた二匹だった。最後の一体として対面するとは、変わった縁もあるものである。

あのリザードンは、ヒトカゲの時から優秀なトレーナーの言うことしか聞かなかった。父の言うことは聞いても、オーカや母の言葉は絶対に聞かなかったのだ。そして、その頑固さにふさわしい強さを持ったポケモンだった。

そのリザードンが、メルの元にいる。それだけで警戒するのには十分すぎる。ましてやメルはついに怒りを表に出した。

最後の一体のバトル。ここで相性程度覆せずに、誰が優勝するというのか。

「フシすけ、はっぱカッター!」

あのリザードンは好戦的な性格だ。ゆえに、まどろっこしい戦法を嫌い、パワーでねじ伏せるのを好むところがあった。

そんなリザードンがはっぱカッターを焼きながら突進してくることは予測済み。フシギバナの正面に着地し、その長い爪で空を切りさく。その勢いで生まれた空気の刃、エアスラッシュがフシギバナに直撃する。

フシギバナの巨体と鈍足さで、攻撃が避けられるとは思っていない。これは甘んじて受ける。

この隙にフシギバナのつるはリザードンの背後へと伸ばされ、いくつかの種を飛ばした。リザードンはまだ気付いていないようだ。

「はなびらのまい!」

「リザードン」

格闘戦を挑もうとするリザードンの視界を遮るように、はなびらの吹雪がぶわりと広がる。後退せざるを得ない彼を追いつめるべく、フシギバナはその舞を激しくする。

厄介な羽を縛るまで、……三、二、…………一。

「全部燃やして」

「!」

やどりぎのタネが発芽しようとした時、リザードンが自らを火に包み、そのまま突進してきた。はなびらの盾さえ燃やしながら、フシギバナにのしかかりその猛火の餌食にする。ごおお、と音を立てて燃えるのは凄惨で、フシギバナの悲鳴が上がった。

慌ててギガドレインを命じると、ようやく炎に包まれたリザードンが離れ延焼が止まる。

――やどりぎが気付かれていた。

普通、あれはつるのムチにしか見えない。だからやどりぎのタネが発芽して羽を縛るまでは気付かれないことがほとんどなのに。

まさか、自らを炎に包んで、ダメージを受けることも厭わずに攻撃してくるだなんて。

「――……なるほど、フレアドライブですか」

フェルメールは、指示をしない。

だが彼女は、バトルから目は逸らさない。

何度オーカが己の得意なバトルをしようとしても、彼女は対処をしてみせた。

きちんと見ている。そして、全て、見抜いている。

それがメルの、フェルメールの強さか。

「リザードン、早く終わらせて」

+++

「……二人の雰囲気が変わったな」

「なんて言ってるのか、ここからじゃなにも聞こえないわ」

ブルーとグリーン、二人で呟く。

ついに試合は終盤。メルとオーカの手持ちもついに最後の一体となった。リザードンとフシギバナは一進一退の攻防を繰り返していて、かつてのレッドとグリーンの戦いを思い出す。

メルの表情が変わった。焦りが見える。今まで絶対に守り通してくれたニドキングが倒され、最後の一体になって、このままでは自身を守ってくれる存在がいなくなってしまうからだろう。

彼女はそんな子だった。世界に興味がないくせに、あまりに世界に危害を与えられやすくて。

淡泊で堂々としているが、けして恐怖を持っていないわけではない。ポケモンたちが守ってくれると信じているから立っているだけで、それがなくなった時の世界がどれほど恐ろしいかをメルはよく知っているから、今を焦るのだ。

「オーカの……バトルが、なんだか変わりましたね」

「ああ。伸びやかになった」

「そうなの?」

「もっと苦しそうにバトルをしていたんだ」

グリーンとイエローがしみじみと言う。

そういえば、カケルがオーカに指導をしたと言っていた。その関係だろうか。

子供を産んでからはすっかり世間話をする暇もなくて、どの家もどんな子育てをしてきたのかよく知らない。

「そういえばさぁ、俺らにオーキド博士がつけてくれたやつあるじゃん」

「なによ突然」

自分の子の番でなかったために静かだったレッドが突然話し出して、全員にハテナマークが浮かぶ。妻のカスミも驚いた様子で、黙って見たらと窘めた。

それを無視して、レッドは続ける。

「あれを子供たちにつけるなら、なにかなぁってさ」

「あー……」

例えばブルーなら、化える者。シルバーなら、換える者。

子供の頃に、オーキド博士がつけてくれた代名詞。進化の知識に長けた二人は、漢字を変えて同じものが名付けられた。

今の今まで忘れていた。ここ二十年ほど、大きな事件に巻き込まれることもなければ、バトルをすることもなかったから。

思えば、子供の頃は嘘のように世界の危機がひっきりなしに降りかかっていた。今もどこかで、世界の危機を防ごうと走り回っている者たちがいるのだろうか。

「いいんじゃない、面白そう!」

「懐かしいですね、代名詞だなんて……。僕が癒す者だし、オーカも?」

「いや、育てる者だろう」

「ばーか、俺らと同じものつけてもなんも面白くないだろ!」

自分のものをつけようとする親バカさを発揮してみせたグリーンたちにレッドが怒る。グリーンが不服そうにしたのが面白くて思わず吹き出してしまった。

「意外と娘好きよね、グリーン」

「いやでも、育てる者だし子供も好きかもしれない」

シルバーの言うとおりかもしれない。態度は悪いが、面倒見だけは悪くないのだ。

ブルーが図鑑を作るために研究所に行っていた時、ちょうどオーカはジョウト地方へ行っていたせいで親子がどんな会話をするのかは見たことがない。少し、気になった。

「オーカちゃんはこうして見ると、技を組み合わせるのが上手いわよね」

「ああ。元々隙を狙って弱点を突くのを好むんだ。今回は上手く行っていないみたいだが」

バトルフィールドでは、依然二人のバトルが続いている。

オーカが技を組み合わせてはリザードンの動きを封じようとしているのに対し、メルがヒントをこぼすことでリザードンが易々と処理してしまう。

いたちごっこのようなバトルが続いていた。

「それもそうだ。メルには隠し玉なんて通じない」

そんな風に親たちが盛り上がっているところで、カケルがぽつり、呟く。

「あいつは、興味がないくせに全部見てるんだ。いつだってバトルなんてするつもりもないくせに、どんな動作も見逃さない」

そう、カケルが評する。

メルは、世界に興味がない。

だが彼女はいつだって全てを見通している。平等に、興味なく、事実だけを見ている。そんな子供だった。それがバトルにも影響しているのだった。

彼女はトレーナーではない。それでも見た事実を伝えることはある。その事実が、相手トレーナーにとって酷く厄介でもあった。

それを、表すなら。

「――――見抜く者、ってところかしら?」

銀の目は全て見ている。嘘も隠し事も通じない。

そんな彼女の性質を端的に表すならば、“見抜く”という言葉はぴったりと当てはまっていた。

「それならオーカは、バトルメイクが上手い。計算したバトルを、実現させるだけの技術がある。まるで吸い寄せられるみたいに技が当たるときのバトルは、すごく綺麗や」

「……なんだ突然」

「お前しゃべれたのか!」

「こらカケルくん」

「…………」

カケルの評に釣られたのか、突然マサミが話し出す。カケルが驚いて言った言葉を窘めるも、ブルーも感想は同じだった。

マサミがこの場で喋ると思わなかった。ただ必要がなければ話さないだけのグリーンと違って、人嫌いの気がありそうな彼は、きっとなにも言葉を発してくれないのだろうと思っていた。

次を言うか、と全員が待ったところで、マサミはまた口を閉ざしてしまう。

カケルとの相性は間違いなく悪そうな子だ。気分を害してしまったかもしれない。

「……なんだあいつ?」

「難しい年頃なのよ」

「お前もあんなだったぞ」

「えー」

あそこまで酷くなかった、などと宣う甥っ子。反抗期は父親にだけ向いていたかもしれないが、元々柄も悪いので結構近寄りがたい雰囲気だったのを彼は知らないらしい。

今思えば、よくそんな反抗期のカケルにメルは懐いていたと思う。我が娘ながら肝が据わっている。

「ま、まぁマサミくんの言うとおりですよね。オーカは頭がいいから、どうすればこうなるって、ちゃんとわかっていると言うか……」

「基本を正しく組み合わせられる、と言ったところか。例えるなら――――描く者」

バトルを描く。勝利を描く。まるで舞台の演出のように、相手の弱点を正しく突いていく。

性格を表したかのような画一的なバトルは、読みやすいところもある。しかし、基本を正しく組み合わせ、相手を逃げられないようにしっかりと土台を組むというのは容易に真似できるものではない。

それを美しく表した、言葉だと思う。

「描く者と見抜く者」

「勝つのは、どっちかしらね」

二人のバトルは依然続いている。

最後の一体。ミスは許されない。

ブルーは、シルバーは、グリーンは、イエローは――ただ、固唾を飲んで見守った。

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フシギバナとリザードンの勝負は互角。

どちらのパワーも技量も優れている。ポケモンたちの純粋な強さで言えば、きっとこのまま勝負はつかないだろう。

ならば、トレーナーの技量でこの勝負は決まる。オーカはそう考えていた。

先ほどから、仕掛ける技のことごとくをメルに見抜かれ、処理されてしまっている。どうやって彼女を出し抜いて舞台を構築するかが問題だった。草タイプのフシギバナでは、メルに見抜かれる限り全ての仕掛けが燃やされてしまう。

どうする。まだかろうじて体力が残っているメンバーに交代して、舞台の構築を図るか。

「……リザードン、あなたのライバル、逃げるみたいよ?」

「!?」

ぴく、と手が止まる。

リザードンの強い怒りが、びりびりと伝わってくる。ぢり、と能力がこじ開けられるような感覚と共に、『俺と戦え!!』というリザードンの声が聞こえた。

ああ、と思う。

この二匹は、研究所時代からよく喧嘩をしていた。

フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。この三匹は研究所の中でも特別な存在で、常に三匹で隔離をされていた。サツキのゼニガメが生まれるまでは二匹でずっと一緒にいたはずだった。

フシギダネは他のポケモンたちとも仲がよかったが、ヒトカゲはどのポケモンにも興味を示さなかった。フシギダネ以外の、どんなポケモンにさえ。

ああ、と。思う。

この二匹は昔からのライバルだったのだ。リザードンはこの時を待っていたのか、昔から。

ベルトから手を離す。

このまま終わりまで行く。

「フシすけ、勝つよ!」

フシギバナが咆哮を上げる。いつもは大人しい彼が、少しだけむきになっている。それだけ彼も、やる気なのだ。

それに応えるべく、オーカは考える。メルは下手に仕掛けを作ると気付いて対処をしてくる。あまり直接的に仕掛けるのはよくないだろう。

必要なのは技のかけ算。

メルでさえ気付かないような、技同士の網を作って逃がさないこと。

「あまいかおり、なやみのタネ!」

リザードンをいなしていたフシギバナが、その花から甘い香りを放つ。それにくらりと来たのを見計らって、なやみのタネを植え付ければ、驚いたリザードンが羽であまいかおりを吹き消した。

これでまず、特性を消す。

リザードンが愚直にもかえんほうしゃを撃ってくるのをまもるで防ぎ、それに紛れさせてしんぴのまもりを展開する。やけど対策だ。

攻撃している間、リザードンからは炎に隠れてこちらが見えないのをいいことに、ドわすれも重ねてかける。

あのリザードンは火力は強いが、基本的に能力を上げると言うことをしない。オーカは昔をよく知っている。強いことを自負して技術をあまり磨くことはなかったことを。メルがあの調子ならば、そこはきっと変わっていないだろうということを。

トレーナーが育てないと言うことは、そういった弱点をそのままにしておくということだ。それはトレーナーの怠慢であり、メルの弱点でもある。

リザードン、お前はたしかに強いかもしれない。

だがフシギバナは、僕と共に技術を磨いてきたということを忘れている。

「パワーウィップ!」

かえんほうしゃが途切れた瞬間を狙って、素早くつるがリザードンを狙う。しかし易々と捕まれてしまい、リザードンはそのままれんごくを撃ち込んでくる。

しんぴのまもりでやけどは免れたものの、ダメージが痛い。捕まれているのをいいことにギガドレインで体力を回収する。

ある程度体力を回収したあと、つるをちぎってリザードンから逃げる。フシギバナの様子を見れば、用意は整ったようだ。

「さぁ、終わりにしよう。にほんばれ!」

「……ソーラービーム? そんな単純なもの……」

「僕がその程度のコンボで終わらせると思われるなんて、心外ですね」

ポケモンリーグの中心に、疑似太陽が昇る。カッと照らすそのエネルギーを吸い込んで、地中から、巨大な根が突き出す。

それらはまっすぐリザードンを狙う。やどりぎのタネの時のように焼き払おうとするも、今度は量も太さも違うために追いつかない。

想定通り。

「なに、……これ。なにもしてなかったのに」

「“ねをはる”。フシギバナが元々動かないから気付いていなかったようですね。根が地中を覆い広がりきるのを待っていたんですよ」

さすがのメルも、動作が見えないものは気付かなかったようだ。

なやみのタネでもうかは消した。反撃に走る余裕はないい。

根に捕まったリザードンは、もはや身動きもとれない。好んで大技ばかり使っていたせいでガス欠も近いはずだ。対してフシギバナは、まだ余力を残している。

体力はお互い消耗している。つまり、これで終わりだ。半減分を踏まえても、リザードンは耐え切らない。

「リザードンの弱点は腹の中心! 上方二○°、狙いよし、撃て!」

天気は快晴。

太陽の光をきちんと吸い込んだソーラービームが、ただしくリザードンに吸い込まれていく。

どぅ――――ぅぅん…………。

そんな、ソーラービームが当たった音が静かに会場に響いた。

技が当たり、爆風が晴れ、その先には、意識を失ったリザードンがいる。ゆっくりと地に下ろし、張った根を解除する。

そして。

『勝者、オーカ――――!!!!』

アナウンスが、流れる。

少し手こずったが、当然の結果だ。オーカはこんなところで負けられなかった。こんな、勝つ気のない相手に負けるはずがなかった。

「リザードン」

倒れたリザードンにメルが駆け寄り、ボールに戻したかと思うと丁寧に抱きしめた。淡泊な性格だが、意外にポケモンへの情はあるらしい。

そんな彼女へと近付いて、オーカは言う。

「僕の勝ちです。あなたがトレーナーであれば、結果はわからなかったかもしれません」

メルの目はとてもいい。指示のタイミングも完璧だった。だからこそ、彼女がトレーナーでないことが酷くもったいないと思う。

リザードンだって、正しく育てればパワーも技術も揃った恐ろしい相手になることはわかっているのだ。だから、メルの元にいるのが少しだけもどかしかった。

リザードンは何故、オーカにはなつかずメルについていったのだろうか。

「わたしはトレーナーになんてならない。バトルなんて、いらない」

ボールを大切に抱いた彼女は、そう言ったきり走り去ってしまった。

言葉の真意がわからなかった。バトルなんていらない。どういう意味だろうか。バトルなんていらないのに、どうして彼女はリーグに来たのだろうか。

メルにはカケルを紹介してもらった恩がある。それでも、この話でわかり合えることはなさそうだった。

「フシすけ、よくがんばったね。偉いよ」

息を荒らげるフシギバナに声をかける。頬を撫でれば気持ちよさそうに目を細めた。

決勝戦は午後だ。ゆっくり休んで備えよう。

次は、サツキの番。

――サツキさん、決勝戦で待っていますよ。