エルフの長い時間

もう何度目かの春が来た。"白鳩の商人"マサミ・ソレイユ=イグリーズはそれが何回目なのかを数えるのをかなり昔にやめてしまった。百を越えたあたりで面倒になってしまったのだ。

今日も変わらず人々から排斥されてきたナイトメアや蛮族たちの世話をしながら生きていく。それに変わりはないので何年が経ったと数えるのも馬鹿馬鹿しいことだった。

そんな春の日に、珍しい客が来た。

甘い桜色の髪に全てを見通す銀色の目。華奢な体にエルフにしては低い身長。妖精のようにかわいらしい童顔の彼女。"妖精使い"フェルメール・アイリリスは、無表情にマサミの前に立つとじっとりと見上げてくる。

「どうした、珍しいな」

ひとつの地域に根付かず、ふらふらと冒険者としてあちこちをさ迷い歩いていた彼女。マサミも何度か依頼をしたことがあり、その妖精使いとしての腕前はよく評価している。

だが不思議なことに彼女は一人だった。妖精使いである彼女が一人で行動することはほとんどないはずなのに。

そう疑問に思ったところで、彼女の目がどこか揺らいでいることに気づく。

「もう、疲れてしまったの」

「ん」

「みんな死んでしまったわ。サツキも、ユリカも、……カケルさんも」

彼女がかつて共に旅をして来た仲間たちの名前を並べて、そして疲れたともう一度溢す。

それを聞いてから、ああ、彼女と出会ってもう二百年ほどが経っていたのかと振り返った。

マサミはもう何百年と生きていて、エルフ以外の初めに知り合った人族たちはとっくに死んでしまっている。あんなに可愛がっていたオーカがもう何年前に死んだのか思い出せないほどに。

そんな時期が、メルにも来たのだ。知り合いたちが次々と死んでいく時期が。生まれて初めて世界を教えてくれた人々が、自分を残していなくなってしまう時期が。

「だから、少しここに置いてほしい」

あれだけ無表情だった彼女がどこか泣きそうになりながら請う。その頭を軽く撫でて、マサミは笑った。

「いくらでもいればいい。"白鳩の商人"は、そういうやつのための居場所だ」

ちょうど護衛がいなかったんだ、などと嘯けば、メルはありがとうと切なく笑った。