タマムシシティ その2

ユリカとのバトルのあと、サツキはポケモンたちに平謝りだった。

特にオニドリルのオーちゃんの荒れ具合は酷かった。無理もない、自分でもあんなに酷いバトルは初めてだったのだから。

ポケモンたちはトレーナーを信頼しているから戦ってくれる。それをトレーナーから裏切るような態度は怒られて当然なのだ。

長い付き合いのミーちゃんはともかく、メーちゃんも不安そうな顔でサツキを見るし、オーちゃんと一緒にピーちゃんも荒れるし、非常に大変だった。

だがそれを見て、一層危機感が増してくる。

サツキがこのままでは、今にポケモンたちにも迷惑をかける。

対戦相手を不快にさせるだけではなく。そうなったらいよいよバトルなんかできなくなる。

「大丈夫……ちゃんと掴める」

――リーグっていうのは遊びじゃない。

――人を馬鹿にした戦い方をする。

――よく考えておくんだ、リーグに挑むべき姿勢について。

――リーグは、自分のために勝利を目指す者だけにその道を開くわ。

今まで、何人もの人に言われた、バトルの悪い癖とリーグへの姿勢。

その言葉の意味は、だいぶ理解してきた。

サツキがリーグを目指す理由。それはオーカと戦うため。

自分が行きたいわけではない。ただ引きずられているだけの理由。そんな理由では、リーグに対して真摯じゃない。これだけの理由ではリーグで勝っていくことはできない。

自分のために、自分だけのバトルをすること。それが要求されているのだ。

その最後の壁を、乗り越える勇気だけが湧かない。

「掴めるけど、まだ行けない――……」

昨日、未完成のままユリカの前に立ったのは最後の一つを掴むためと、ここから変わってみせるという宣言のためだ。

みっともない姿を見せたが、ユリカに真意は伝わっているはず。だからこそ、早く最後を掴まなければならない。

ならないのに、わかっているのに、その一つを掴むことに躊躇する。

自分のために勝利を目指す、他の誰かを蹴落とす、その行為ができるようになることが怖い。

「ユリカにけじめつけなきゃ。ここまで来たんだから……。でもなぁ……」

口を閉じる。

もう言いたくなかった。“でも”。

言うべきじゃなかった。気分が塞ぎこんでくる。

「……なーに、してんの」

「…………カルミン」

悩んでいるところに、頭から声がかかる。

顔を上げると、いつもよりどこか大人しい、蜂蜜色の髪の少年カルミンが立っていた。

「……悩み事?」

「カルミンも?」

「え?」

「なんか元気ないよ」

明るくしようとして失敗した感じに違和感を覚えて聞いてみるも、カルミンは曖昧に笑ってはぐらかす。

サツキもそれ以上は聞かないで、空いた向かいの席に座るように促した。

「あー、うん。まぁ別れてから色々あったんだよ」

「そっかー」

「そんでさ、昨日なんかすげーお屋敷行ってなかった? ちょっと見かけたんだけど」

「あれ、そうなの? 声かけてくれたらよかったのに。昨日は幼なじみの家に行ってたの。カルミンなら知ってるかもね、ユリカって言うんだけど」

「えっ、ユリカ!?」

せっかく座ったのにまたガタッと立ち上がって、落ち込んでいた風だったのが一気に吹き飛んでしまった。

「ユリカって、去年のリーグ四位のスーパーお嬢様? まじ? あの草タイプ使いですっげー量の攻撃撃ってくる? 幼なじみ?」

「落ち着いてよ……それであってるから」

強いトレーナーが好きだと言っていたから、もしかしたらと思って名前を出してみたのだがとんでもない食いつきようだ。

カルミンが追ってるのはジムリーダーに止まらないらしい。でもユリカは美人だから、強さだけが理由じゃないかもしれない。

「すっげー、サツキそんな相手とも友達なのか。あっ、カスミさんとエリカさんが仲いいしそういうこと?」

「そういうこと。年が近いから、姉妹みたいに育てられたんだ。一番の親友だよ」

母親同士の仲がいいことまで知っているとは、一体どれだけジムリーダーに詳しいんだろう。

改めて思うが、まったくカルミンは変態的である。

「昨日ユリカとバトルしてね。ボロボロに負けちゃって。いっぱい怒られた」

「……それで悩んでたのか」

「ううん。ユリカに怒られたくて昨日は行ったの。悩んでるのは……バトルとリーグのこと」

「ああ……」

以前、カルミンにも無意識に手加減をして怒られた。

あのときのことも、申し訳ないと思っている。そしてあのときカルミンに怒られなければ、きっとサツキは気付けなかったと思っている。

だから今までの一つ一つを思い出して、悔やんで、悩んで、変わるための鍵を探していた。

「どうするべきかはわかるんだけど……踏ん切りがね、つかないの」

「……」

カルミンに、こう言うのは悪いとも思う。

本当は自分でなんとかするべきなのに、辛いと誰かに頼りたくなる。こんな弱い自分だから、こんな問題に引っかかる。

「――……あのさ、ちょっと息抜きしようぜ」

「えっ?」

俺難しいこと言えないし、色々言ったけどサツキになにかしてやれるかって言ったらできないから。

カルミンが困ったように笑う。

だから息抜きしよう。

「今さ、タマムシにイーブイが出るらしい。二匹」

「イーブイ、ってあの? 珍しいね」

「そう、珍しいだろ? 俺その噂聞いてからずっと探しててさ、結構範囲が絞れてきたんだよ。上手く行けば今日見つけられると思う。どう、俺とサツキで一匹ずつイーブイ捕まえない?」

イーブイといえば、八種類の進化系が存在するこのうえなく珍しい種族だ。

かなりの稀少種で野生を見ることはかなり少ない。こんな町中にイーブイがいるというのは、少し想像がつかないが。

「でも大丈夫、それ……誰かのだったりしたら」

「だったらなおさら見つけた方がいいじゃん。一緒に行こうぜ」

言われてみれば、確かに。

うーん、と悩むサツキにカルミンが一言。

「同じポケモン二人で持ってるとか、なんか仲良しっぽくてたのしくね?」

+++

結局、イーブイ探しに協力することになってしまった。

曰く、タマムシデパートの方での目撃者が多いらしい。

「どうも話を聞いてると人目を避けてる割には町から外に出ないんだよ。多分バトルができないか、バトルをできる状況にないんだと思う」

「すごい……何人に聞いて回ったの?」

「数えてないけど二日聞き込みに費やした」

「すごいね」

イーブイのためだけにそこまでの労力をかけるか。相変わらず、カルミンの熱意と行動力には感嘆してしまう。

なんというか、わかりやすい。

「パパがエーフィ持ってるからってそこまでやるの」

「レッドさんのためならたとえ火の中水の中」

どうせそんなことだろうと思った。

サツキは大きくため息をつく。一緒にいたのは数日くらいだが、ハナダで一緒に過ごしているうちに彼のモチベーションを保つものは大抵の場合レッドか図鑑所有者物語なのは嫌と言うほど理解していた。

ちょっと気を抜くとそんな話しかしないのだから。

「あー、で。多分なんだけど、飯をデパートとかで出るゴミを漁ってるんじゃないかなって思うんだ。基本的に人が沢山いるところで見つかってるのな。でも大通りじゃなくて裏路地の方で、見たって言うのはほとんどデパート付近のマンションに住んでる近隣住民なんだよ」

「でも、誰もどこに行ったかは見てないと」

「そう! だから今日俺は、デパートやマンションのゴミ捨て場を見張ってようと思ってたわけ!」

どーよ俺の推理、と得意げに話すカルミンをいまいち素直に褒めたくないが、情報から見ればサツキもその線が一番だろうと思う。

町に住む野良ポケモンがゴミを漁るのはよくあることだ。それを見越して餌を置く人もいるし、初めてのポケモンをそこで自力で捕まえた子もいるなんて話も聞く。

「ちなみにここが、一番目撃情報の多いマンション」

「いいのかなあ、勝手にうろちょろして」

「いいんだよ、マンションの中じゃないんだから。行くぞ、ゴミ置き場はこっちだ」

カルミンに連れられるまま、いくつかのマンションのうちの一つの裏手に回る。

比較的高級でセキュリティのしっかりしたマンションの多いデパート近郊では珍しく、オートロックのないところだ。

裏手には屋上まで続いている非常階段もある。

「ここに隠れよう。イーブイがゴミ置き場に来ても、あそこからは見えない」

「ほんと、よく調べたね……」

マンションの裏手、この近辺の集合ゴミ置き場らしいところを隠れ見れる場所に二人でしゃがみこむ。

死角とは言っても小さな物陰なせいで、いくら密着しても向こうに見つかるんじゃないかとサツキは少し心配だった。

「今が十一時で……いつも目撃されるのが十二時くらいだから、大体一時間くらいでヤマが当たれば来るはずだ」

「当たらなかったらどうするの?」

「そりゃ、また夕方に別のとこ行くしかないだろ」

「……いくら気分転換って言ったって、あたしずっとは付き合えないよ」

急いでるんだから、これでも。

不満を口にするサツキに、カルミンは絶対にここだと自信ありげに笑って見せた。

+++

そうやって隠れてから一時間。

ひたすらにおしゃべりをしたり、新しく捕まえたポケモンを見せあったり、時にマンションの住民に見つかって笑ってごまかしたりしていたらあっと言う間だった。

そろそろだ、と二人身を乗り出して、件のゴミ置き場を見る。

「……来るかな」

「絶対来る」

息を飲んで見つめる。

裏通りに人はなく、現れるならば絶好の機会。

サツキは半信半疑で、カルミンは興奮を抑えるような様子で、瞬きもほどほどに熱心に見つめた。

「…………!」

来た!

二人でぱくぱくと口を開く。

イーブイは来た。

濃い茶色の毛並みに、薄茶色のマフラーのようにもこもことした毛が首周りに発達した、小さくかわいらしいポケモン。

イーブイは写真やテレビでは見たことがあるが、本物は初めて見る。本当に珍しいポケモンなのだ、イーブイは。

イーブイはゴミ置き場から一つ袋を選び、歯で袋を咬みちぎって器用に中から食べ物を選び出す。

中がほとんど残ったコンビニ弁当を一つ取り出すと、小さな体に似合わぬ力強さで頭に乗っけてマンションの階段を登っていく。

「……この、マンションに入ったよね」

近隣では珍しい、オートロックのないマンション。

その階段はマンション内に入る方向に扉がついている。おそらく、非常階段だろう。

だとしたら、あのイーブイが行く先は屋上しかない。

「どうする、登る?」

「いや、飛ぼう。足音で気付かれて逃げられるのは嫌だ」

コンクリートは足音をよく響かせる。

イーブイは耳がいい。追いかけられていると気付かれたらなにをするかわからない。

「サツキ、体重何キロ?」

「えっ、四十五キロだけど……」

「ん? 俺より重くね?」

「えっ」

「まぁいいや持てんだろ。テーラ!」

ものすごく失礼な言葉を聞いた気がする。

そんなサツキのひっかかった顔も気にせずカルミンは捕まえたばかりというプテラを出す。

古代のポケモン、プテラ。改めて図鑑で見てみようかと思った矢先、ぐんと体が持ち上がる。

「うぉぇっ?」

「よーしテーラ、屋上まで頼むぜ!」

「ままま、待ってよわたしもオーちゃんいるから飛べるよおぉぉ!?」

肩と膝裏に腕を回されていて、いわゆるお姫様だっこのような状態でぐんと屋上へと拉致される。

「あんま大きな声出すなよ気付かれる」

「だったらこんなことしなけりゃいいんじゃないかな!?」

プテラがカルミンの肩を掴んで飛ぶせいで、腕を回して体を固定することもできず。

十二階建てのマンションの屋上が見えてきたところで、プテラは一時止まって階段から姿が見えないところへと移動する。

「大体、二匹もばさばさやったら気付いちゃうだろ。……イーブイはまだ戻ってないみたいだな」

「だからってさぁ……。もう一匹はいるの?」

「んー、よく見えない」

あまり上に出すぎてばれるのも、とギリギリ屋上の塀を出ないあたりでイーブイを待つ。

少ししてから、何者かがコンクリートを蹴り走る音がした。

イーブイだ。目配せをして、すぐに二人は屋上へと降り立った。

「見つけたぞイーブイ、お前をゲットしてやる!」

「ねえカルミン、なんかおかしいよ!」

立ってイーブイを見ると、確かに噂の正体らしい二匹がいる。

しかし、さきほど弁当をかっさらった方が物陰に庇う一匹の様子がおかしい。なにかにもがき苦しんでいるように見える。

それに、あれは――本当にイーブイだろうか。

「それは、うーん、捕まえてから考える! 行くぞ、テーラ!」

プテラがイーブイと対峙した瞬間、異変は起きた。

イーブイが姿を変えたのだ。

水色の肢体に人魚のような尻尾。魚のひれのような耳に白いエリマキ。

思わず図鑑をかざしてみる。

『シャワーズ。あわはきポケモン。

体の細胞のつくりが水の分子と似ている。水に溶けると見えなくなる』

「おかしい……なんで進化石がないのに進化したの……!?」

「難しいこと考えてられっか! プテラ、かみくだく!」

シャワーズが一.○メートルなのに対しプテラは一.八メートル。その体格差は歴然。

だがシャワーズは背後で苦しむイーブイを守ろうと果敢に挑んでくる。大柄さゆえに大雑把な攻撃になるプテラの細かな隙間を縫って背後に回り背中へみずのはどうを撃ち込む。

まだ手持ちに加わったばかりと聞いたプテラはバトル慣れしていないのか、弱点を突かれた攻撃に声を上げる。

だがその目はより鋭くなって、闘志に燃えている。

「こわいかおでビビらせてやれ!」

強面のプテラによるこわいかおに、サツキまで思わず体が強ばってしまう。それを至近距離で見せられたシャワーズはもっと恐ろしかったのか、追撃しようとしていた動きが止まる。

「サツキ、今のうちにあっちのイーブイ見てきてくれ」

「わ、わかった」

今、シャワーズはプテラとのバトルで手一杯だ。

レベルも高いようには見えないし、ここはカルミン一人で大丈夫だろう。サツキは言われたとおりイーブイの方へと駆け寄る。

さきほどいた場所からは上手く見えなかったが、物陰に近づけば近づくほど荒い息づかいが聞こえてくる。もしかしたら病気かなにかしているのかもしれない。

心配になってきて、イーブイがいる物陰へと小走りになったとき、サツキめがけてみずでっぽうが飛んできた。

「サツキ!」

「大丈夫! 頼むよ、ピーちゃん!」

イーブイを守ろうと躍起になっているシャワーズが、プテラの目にすなかけをしてこちらへと走ってくる。

水タイプには電気タイプ。ピカチュウのピーちゃんが迎撃しようとした瞬間、再びシャワーズの姿が変わる。

「あ、あれは……!?」

ピーちゃんの放った電撃は、確かにシャワーズに直撃した。弱点をついた攻撃は並のダメージではなかったはずなのに、シャワーズは止まらない。

否、相手はシャワーズではなかった。

草を模した尻尾と耳。水色の肌は生成色へと変化して、攻撃に足を止めることなくこちらへと走ってくる。

見かけないポケモンに、もう一度図鑑を開く。

『リーフィア。しんりょくポケモン。

植物のように光合成をするため、リーフィアの周りは澄んだ空気に包まれている』

先ほどはシャワーズに。そして今度はリーフィアに。

イーブイの進化は、どれも特殊な構造をしていて条件を満たさないと変化できないはずなのに。

「一体君は……。ピーちゃん、でんこうせっか!」

再びサツキを攻撃してこようとするリーフィアをピーちゃんに食い止めてもらいながら、今度こそ物陰をのぞき込む。

「……――――――――!!」

ぞっとするような光景だった。

思わず口を押さえて後ずさる。

それは、おそらくイーブイであると思う。

だが異常な姿をしていた。奇形なんて言葉では言い表せない。常に不定の姿をしているのだ。

頭がシャワーズになり、尻尾はブースターとなり、胴体はサンダースとなり。そうかと思えば今度は顔がサンダースとなり、胴体がシャワーズになり…………。

正しい変化ができないまま、イーブイだろうそのポケモンは悶え苦しんでいた。

おそらく、イーブイからシャワーズになり、そこからリーフィアになってみせたあのポケモンと同じ能力の持ち主。だがこのイーブイは、それを上手く行えないのだ。

できそこない、と言ってもいいかもしれない。

「カルミン、どうしようこの子…………!」

「ごめん、待ってくれ! こっちもうすぐなんとかなるから!」

一人じゃ手に負えない、と助けを呼ぼうとするが、カルミンの方もバトルが佳境に入っていた。

プテラとピーちゃん、二匹を相手にするリーフィアも大分疲れてきているようだった。戦いながらもずっとこちらを気にしているのがわかる。

「テーラ、つばさでうつ!」

とどめにプテラの翼が腹に入り、地面に落ちたリーフィアは苦しげにうごめくも立つことができない。

それでも目は、イーブイのことを見つめている。

「いけっ、モンスターボール!」

投げられたボールへリーフィアが吸い込まれる。なかなか大人しくならないものの、出るだけの気力は残っていないらしい。しばらく暴れ回った後、力尽きるように動きが止まる。

「よし、ゲット……。……ボールに入ると、イーブイに戻るんだな」

「カルミン……」

「何、そんなやばいの?」

イーブイの収まったボールを拾いながら、カルミンは駆け寄ってくるとすぐにその顔が強ばる。

今の今まで、問題のイーブイはずっと変化を止められなかった。カルミンが来たこの瞬間も、変化をし続けている。

「どうしよう……」

「とにかく、ボールに入れていこう。出していくわけにいかないし……こっちのイーブイはボールに入ったら戻ったから、ボールの中にいる間は落ち着くかもしれない」

言われるままにボールに入れると、イーブイの様子が一旦落ち着く。

ボールの中にいる間ポケモンは進化しない。そんな作用のおかげかもしれない。

「ポケモンセンターに行って、頼れる人を探そう」

「う、うん……」

+++

大急ぎでポケモンセンターに戻り、二人でサツキの借りた部屋に入る。

ジョーイさんに頼ることを避けたのだ。人の大勢いるロビーであのイーブイたちを出すわけにいかない。できるだけ人目に晒したらいけないと、直感的に思ったから。

せめて体力的な回復だけでも、と部屋に備えられている装置にイーブイ二匹をセットしながら、カルミンが電話をかけた相手が出るのを待つ。

「あっ、お兄ちゃん! マサミお兄ちゃん、今大丈夫!?」

『やかましい! その気色悪い呼び方やめろって言ったやろ坊主!』

「えっ、マサミさん!?」

一体誰にかけるのだろう、と見ているとパソコンの画面に現れたのはオーカの従兄、マサミだった。

だが以前会ったときとは違い、その表情は険しくよりオーキド博士に似た鋭さを持っている。言葉使いもやや乱暴で、サツキは記憶との相違に少し戸惑う。

『あれ、サツキちゃん? なんで君が坊主と一緒におるん』

「友達だからだよ。つーか、そんなのどうでもよくってさ、ちょっと聞いてくれよ!」

カルミンが性急に説明をするものだから、その要領を得ない内容にサツキがいくらか補足を入れるも、マサミの表情はどんどん不機嫌になっていくばかり。

『おい、俺は忙しいんやぞ。ファンタジー語りたいんなら余所でやれや』

「ファンタジーじゃないって!」

「み、見てもらった方が早いかも……」

ごめんねと謝りながら、二匹のうち、メスの方のイーブイをボールから出す。

瞬間、またあの奇妙な変化が始まって、マサミの表情も変わる。

「マサミさん、この子の変化が止められないの……。どうにかできないかな」

『おい……どこでそんなイーブイ手に入れたんや』

硬い声に怯えながら、先ほどまでいたマンションのことを話す。カルミンがタマムシで聞き込んだことも合わせて。

するとぶぉん、と音を立てて物質転送機に石が二つ届く。

『ひとまずそいつをつけさせろ、かわらずの石や。その変化が進化の理論と同じなら抑えられるはずや』

言われたとおりネックレス状になっているかわらずの石をイーブイの首にかけると、さっきまでが嘘のようにイーブイの変化が止まる。

苦しげだった息が落ち着いて、ひとまずの課題はクリアしたようだ。

『もう一匹にもちゃんとつけとけよ。人前でそんな能力使ってみろ、お前ら共々誘拐されるか刑務所や』

「そ、そんな……」

「なあ、こいつらなんだと思う、お兄ちゃん」

カルミンの問いかけに、マサミは難しい顔をする。

その目線は、イーブイの右足のRの焼け痕に向かっている。

『……検討はつく。けど言わん』

「なんで!」

『ガキが首突っ込んでいいもんやない。そいつらは間違いなくきな臭い奴らが後ろにいる。知らん方が身のためや』

強い念の押し方に不安を覚えて、カルミンと二人顔を合わせる。

きな臭い奴らが後ろにいる。それはサツキにもわかる。

誰かの元にいたことは明白だ。だが、だとしても絶対に戻すわけにはいかない。

『保護するのは、別に構わん。放置した方がそいつらに悪い。けど危なくなりそうならすぐに親でもジムリーダーでも警察でも、大人に頼れ。それが怖いなら俺が預かってやる』

色違いポケモンのコレクターをしているマサミだ。彼の元にいるなら、イーブイたちは不自由なく生活ができるだろうと思う。

少なくとも、人目につくことは減る。

だけど。

イーブイが、サツキに甘えるように身を寄せる。

「……ううん。あたし、この子を連れていきます」

「俺も。元々イーブイ欲しかったんだし。なんかあっても返り討ちにしてやるよ!」

ぐっ、とカルミンが明るく答えるのにマサミは呆れたような顔をして見る。

『お前、あんま軽く物事考えんなよ。……まぁええわ。とにかく、忠告はしたで。俺にゃ守ってやれへんし、それ以上のことはしてやれんからな。困ったら叔父さん……あー、オーキド博士にでも頼れ』

「そういや、初めから博士に電話したらよかったんじゃね、もしかして」

「だってオーキド博士怖いじゃん……」

オーキド博士の名前が出る前にカルミンがマサミに連絡をしはじめたので黙っていたのに。

図鑑のやりとりのために連絡先は登録されているが、サツキは怖くてデータを送る以外に使っていない。そんなサツキの事情を聞くとカルミンはもったいねーっ、と騒ぎだす。

誰もがオーキド博士に憧れているとは限らないのだ。

「じゃ、ありがとなマサミお兄ちゃん。助かったよ!」

「すみません、マサミさん。忙しいところに」

『おう、石の金は取らんでやるわ。気ぃつけて旅せぇよ』

ぶつん。通話が切れて、サツキは大きくため息をつく。

なんだろう、マサミの雰囲気が前回会ったときと随分違っていて少し緊張した。

前はもっとひょうきんな感じがして、その鋭利な美貌に恐怖は抱かなかったのに。今回は意地悪そうな、冷たそうな雰囲気でオーキド博士に似た鋭利な美貌がやたら際だっていて怖かった。

「マサミさん……あんなに悪そうな人だっけ?」

「元からあんなじゃん」

「え?」

「え?」

認識の違いに首を傾げる。

しかし怖そうだったとはいえ、イーブイたちのためにかわらずの石をくれたのだから優しい人だ。

サツキは怯えたことに心の中で謝りながら、イーブイに顔を向ける。

「それにしても、この二匹仲いいね」

「まぁ、オスの方がメスのこと守ってるっぽかったしな。カップルかな?」

「兄妹とか?」

かわらずの石の効力で落ち着き元気になったメスのイーブイに、必死に守っていたオスのイーブイが嬉しそうにじゃれついている。

しかし、この二匹の関係がなんであれ。

「別々にするの、可哀想……」

「って、言ってもなー。二匹も手持ちに入れるのきついって」

現在、サツキもカルミンも四匹ずつ。二匹も入れると手持ちの幅がなくなってしまう。

イーブイは多くの進化先があるとはいえ、これからリーグに挑むならばこれから手持ちに加えるポケモンもよく考えなければならない。

こうも特殊なポケモンだと、ボックスに入れておくのも怖いものがある。

「ね、君。あたしと一緒に来る…………?」

メスのイーブイに、サツキは優しく語りかける。

先ほどの、変化の失敗によって恐ろしい姿になっていたイーブイ。その右足のRの形に焼けた痕。

イーブイの背負っているものがわからず不安もあるが、だからこそ一緒にいてあげなければ、とサツキは思う。

受け止めきれるかわからない。それでも、さっきサツキに甘えてくれた、その気持ちは抱き止めたかった。

「あっ、図鑑が……」

目線を合わせようとしゃがんだ拍子に図鑑が落ちて、そのパネルをイーブイが触れる。

すると好感度ゲージの画面が開き、そこにはイーブイのアイコンの隣、青いバーが画面中央ほどまで伸びていた。

こんなことが、ピーちゃんのときにもあったなと思い出す。

青いバーは信頼度。野生のポケモンがどれだけトレーナーを信用しようとしているのかがわかる。そう教えてくれたのはマサミだ。

イーブイは、サツキと一緒に来ようとしてくれている。

「一緒に行こう、イーブイ」

差し出した手に、イーブイが顔をすりつける。

それに不満そうな顔をしたオスのイーブイが、噛みつこうとしたところをカルミンが捕まえた。

「よーし、じゃあこっちは俺とだな! いてぇ噛むなよ、悪いようにはしないって」

「そのセリフ悪役っぽいよ」

カルミンから逃れてなんとかメスのイーブイを取り戻そうとするオスのイーブイだったが、すっかりサツキに体を預けているのを見てどこか観念したように大人しくなる。

とはいえ、強引なカルミンに恨みがましい目線は送っているが。

「じゃー、飯食おうぜ! そのあと一緒に特訓しよう!」

「そーだねえ。お腹すいた」

気付けば一時を回っている。

結局バトルでイーブイたちもご飯を食べていない。全員を引き連れて、二人は食堂へと移った。

+++

あれから、午後は二人でバトルの特訓をしがてらイーブイたちのケアをして。

再び晩ご飯を共に食べてあとは寝るだけとなった頃。

「そういえば、カルミン調子戻ったね」

「え?」

「朝は、なんか遠慮してるみたいだったから」

今朝はサツキも悩んでいて聞いてあげられなかったこと。落ち着いたら聞こう、と思っているうちにカルミンがすっかり元に戻ったので、今の今まで言いづらかったのである。

「ああ、いや。悪い夢見たのを引きずってただけなんだ」

「悪い夢?」

「サツキと会ったら、吹っ切れた」

少し、カルミンが切なそうに笑う。

その夢に触れていいのか悩んでいると、切なげな表情などなかったかのようにカルミンは話を切り替える。

「それで、サツキはこのあとどうすんの?」

「あたし? しばらくタマムシにいるつもり。ユリカに勝たなきゃほんとにジム戦はしてもらえないだろうし、ユリカにもう一度会いに行くのを、あまり間開けたくないから」

もう一度行くと約束した。だからこそ、サツキは意地でもこの問題を乗り越えないといけない。

ユリカに立ち向かうことを後回しにはできないのだ。そうしないために、昨日はユリカに会いに行ったのだ。

覚悟を決めたからこそ、サツキは焦らないといけない。

「あとは本当に、あたしの心構えの問題だから……」

「そっか。……特訓の時、バトルの仕方なんか変わった気がした。サツキはちゃんと、乗り越えられると思うよ」

カルミンの赤い目がサツキを捕らえる。

以前目を逸らしたその目から、今は逃げようなどとは考えない。

「俺はサツキを信じてるから」

カルミンや、ユリカや、オーカ。

父や母も。色んな人が、サツキに変わることを期待している。

そしてサツキも、変われることを願っている。

バトルが変質した原因は気付いた。そのためにはどうしたらいいのかも、気付いている。

本当に、あとは自分の考えを変えるだけなのだ。

戦う相手に失礼なバトルをしないために。ポケモンたちを困らせるようなバトルをしないために。

「うん。ありがとう」

ぐっとズボンを握りしめて応える。

できる限りを足掻こうと、心に決めて。