三輪休和(みわきゅうわ)

教育・文化

「休雪白」を生んだ萩焼人間国宝

【生没年】明治28(1895年)- 昭和56(1981年)

【享年】 87 歳

【誕生地】阿武郡椿郷東分村(萩市椿東)

【墓】萩市椿東

旧萩藩御用窯三輪家の9代雪堂の次男として生まれる。本名は邦広。幼少のころから祖父雪山、父雪堂について陶技を学び、昭和2年(1937)三輪窯を継承して10代休雪を襲名した。 高麗茶碗の研究を重ね、伝統の萩焼の作風に温雅な趣に富む独自の「休雪白」と呼ばれるわら灰釉の施法を生み出すなど、数多くの名作を発表し、萩焼の名声を高め、その発展に貢献した。 昭和31年(1956)山口県指定無形文化財萩焼保持者に認定され、昭和45年には萩焼保持者として初の人間国宝(重要無形文化財萩焼保持者)に認定された。 昭和42年(1967)隠居して休雪名を実弟の節夫に譲り、自らは「休和」と号した。隠居後も技法の研究を熱心に続ける一方、美術工芸を学ぶ郷土の子弟育成にも貢献し、昭和45年から毎年萩市に贈った寄付金は、「三輪休和芸術文化奨学金」として活用されている。

(C)萩博物館

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