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久坂文(楫取美和子)(くさかふみ(かとりみわこ))

萩地域

吉田松陰の妹

楫取美和子

【生没年】天保141843年)- 大正101921年
【享年】 79 歳
【誕生地】長門国萩松本村(萩市椿東)
【墓】防府市桑山(大楽寺)

杉百合之助の四女。吉田松陰の妹。はじめ文(文子とも)と称し、のちに美和子と改称した。安政4年(1857)、15歳のときに久坂玄瑞と結婚するも、元治元年(1864)禁門の変で夫が落命し、22歳の若さで寡婦となる。同年9月、玄瑞の生前に養子としていた楫取素彦・寿子夫妻の次男道明(久米次郎)が家督を継ぐと、文は彼を支え久坂家の復興に努めた。ところが、道明は明治12年(1879)に楫取家を継いだ。
なお、時期は不明だが、毛利元徳の夫人安子に女中として仕え、元徳の嫡子元昭の誕生後はその守役として仕えたといわれる。
明治14年(1881)群馬県令の任にあった素彦の妻、姉寿子が逝去し、明治16年、41歳のときに素彦と再婚。群馬を去った後も貴族院議員などの公務で多忙な素彦を支えた。明治30年、素彦が明治天皇第十皇女貞宮の御養育主任に任じられると、貞宮に御付として仕えた。晩年は防府市で過ごした。

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