少し収穫が有ったので、報告します。
西高野街道で初見の道標。
大阪市内に戻り、未確認であった地蔵道標の碑面文字が読めた。
ついでに、尼崎市(摂津国)の一基、写真を撮り直したので、ここに一緒にしておきます。
帰路、堺東を目指さず、下高野大橋で大和川を渡ろうと考え、進路をやや東に取ります。
が、久しぶりなので道を間違え、一本西の道を北上してしまい、歩道が車道と完全に分離された橋を渡ってしまう。後で調べると行基大橋とありました。ここも何度か通っているが、やはり東の旧街道を通りたくて堤防上を進みます。
下高野橋北詰を北に折れ。下ると、なつかしい地蔵堂と出会います。休憩がてら覗くことにします。
「東住吉区矢田6の道標」としたものです。
この後、茨田中学校へ向いましたが、例のごとく工事中で無駄足でした。
この日はここで終わり。
後日ですが、此方も近所を通った折、撮影したものを揚げておきます。
尼崎市、JR塚口駅北東の道標です。雑草が枯れており、少しは見易くなったと思われます。
少しだけ解説。
昭和五年三月の建設とあり新しい部類です。現在地はJRの塚口駅ですが、案内する「西北、塚口」は何処でしょう。
今昔マップ on the web 昭和4年地図では、北西に塚口の集落、南東に上坂部の集落に繋がり南の尼崎と、南東神崎から大阪で、矛盾は無さそうです。
詳細は「JR塚口駅北東の道標」を参照下さい。
以上、終り。
何もかも手動で設定できるカメラが欲しい。
動画にすべきか。少なくとも50年先の媒体を考えると、やはり紙しか思いつかない。