妙見山奥ノ院堀越峠より

堀越峠の道標

奥ノ院前階段

妙見山奥ノ院の額

1.始めに

今回は北からのアプローチとなります。京都府亀岡市方面から、又は大阪府能勢町倉垣方面から、妙見山奥ノ院を目指す場合の参道になるかと思います。東西に走る府道732号(亀岡能勢線)の堀越峠(標高380m)を起点にほぼ南に11丁、高低差150m程で到着します。峠からだけ見れば、本道、今谷道、の3ルート中最も緩やかな勾配では無いか。
 前回の調査時に奥ノ院南東の鞍部から少し下ってみたのだが、丁石は見つけられなかった。今回は事前に1丁毎にマップ上に印をつけた上で、該当候補地を重点的に探すべく。堀越峠より登ってみた。

本日の出発点道標を南に見る。突当って左(東)へ

2.今日の起点

倉垣側(西)から登る事にしました。国道477号と府道732号の交差点は倉垣橋交差点と呼ばれるようです。ここを出発点としたいのですが、府道を少し西に下り280m地点に筋違いの四辻が有ります。南北の細い道が東西にズレて四辻を形成しており、南へは小さな橋が架かる道、少し西にプレハブ小屋風の建物を廻り込むように北に向かう道に入り込み、小屋の北側の小さな空地に、立派な石が建っています。中央には「南無妙法蓮華経」とひげ文字で書かれていますが、下側左右に「右、清正宮…」「左、妙見山是より五十丁」とほぼ読めないと思いますが書かれています。つまり道標なんですね。「倉垣橋西の題目塔道標」としました、何回か来ていますが何時も緑色をしているのは苔のせいでしょうか、擦っても落ちません。詳細は左のボタンから参照

倉垣橋西の題目塔道標の西面

同、西面下部左「左、妙見山…」

但し、この道標は奥ノ院を案内せず、妙見山を案内しています。奥ノ院を案内していたら2,630m(24.1丁)としたかもしれません。南の府道に突当り左折(東)からスタートです。

若宮八幡から南西を見る

府道732号を東へ200m、信号の手前80mの左(北)側に広場があります。かってここに「シイの御神木」があったと案内板が建ちます。本当は横の石が気になったのですが何もなかった。

倉垣橋東の小祠を東に見る

3.倉垣橋東の小祠

倉垣橋の交差点を渡ったら、道南側の歩道を行くこと280mに右(南)に分岐する道があり、南東角に小さな祠が有ります。何を祀っているのか分かりませんがその後ろを南に登る道があり、これが奥ノ院本道の「三丁」丁石の上部に繋がっていると思われる。しかし道標や丁石は無かった。
 倉垣から奥ノ院を目指すなら、南の真如寺から登る本道より短く、これから行く堀越峠からの道より短いルートとなり、参道候補として捨てがたい道であるが今日は少し様子だけ見て引き返しました。

堀越峠から東を見る

4.堀越峠

此処から先は幾度か曲がりながらではあるがほぼ直線的に860mで峠に到着します。自動車がよく通る道で、坂もきつく、谷も陰気な感じであまり楽しくありません。峠に近づき傾斜が緩むと正面に三ツ辻が見えます。よく見ると小さな道標が擁壁の角の上に建っています。後ろの現在の標柱の方が気づきやすいでしょう。
 府道は道なりに左(東)へ続きますが、これを右に別れる道が目的の参道に成ります。

辻南東の道標と現標柱

5.堀越峠の道標

これは丁石で無く、道標の要件を備えています。距離が書かれておらず、北東面(府道に面した側)に「左指差し像」が刻まれています。参考にさせて頂いてる『能勢の道しるべ』や『ガイド能勢町』に載っていない所を見ると新しいものかも知れませんが今日最大の収穫です。詳細は「地黄堀越峠の道標」を参照下さい。

下調べでこの峠は11丁強の位置にあると思われたので、20m先の想定11丁丁石辺りから1丁毎に注意深く探しながら進む事にします。
 結論から言いますと、一基も見当たらなかった。

道標北西面

峠を北に見る、右杉原へ

5.歌垣山登山口

道標を見た後、この峠の回りを探ると、府道を東に50m程下った北側に「歌垣山登山口」があり、これを西に登り返した道が、峠の擁壁のすぐ上に見え、古くは切通道がもう少し高い部分を通っていたのではないかと思われます。現地形図で標高385mとあり、明治の地図でも戦前の地図でも同じ高さの様にも見えこの頃からは変わっていないかも知れない。ただ、戦前の地図では南への道(参道)の分岐が少し東に寄っているとも見え、参道が西に付け替えられたものかも知れない。今は峠からスムーズに進入できる状態に成っている。

歌垣山登山口を西に見る。左奥に峠の辻が少し見える

本当はこの後、別の地点に寄り道したのですがそれは割愛して、この峠に戻って再出発です。

6.堀越峠道参道の入口

現地でこの指差しに従うと、府道を杉原に下ってしまう。道標の後ろへの道に進み、20mで11丁辺りになります。「本当か?」のご質問には、今谷道参道に建つ「一丁」丁石から地理院地図で109m毎に辿って下さい。水平距離ではダメではないか。確かにそうです。奥ノ院すぐ東の今谷道合流の峠の直下辺りでは60m/120m程の急勾配で、此の傾斜なら歩行距離は134m程度となり15m程の誤差が出ますが、他の部分では行程940mに対して3m程の誤差となりそうです。

何も見つからなかったので、地図と合わせて、丁石が置かれていそうな地点の前後の風景写真だけ載せておきます。

11丁辺りを南(登り)に見る

先ず、堀越峠の道標から20m辺りになります。11丁(1.200m)想定地点。
左(東)に沢が流れており堀越峠からは東流し杉原に下るようである。右側の側溝は西流し倉垣に向かっている。東西の分水嶺か。

丁辺りを振り返る

10丁を北に見る。西(山)側に能勢町の水道施設がある。

10丁、能勢町水道施設

10丁(1,090m)辺り

10丁辺りを振り返る

9丁を南に見る

9丁辺り、東の沢より水をとり水道施設に導くような溝が有る。

丁辺りを振り返る

8丁を南に見る

8丁辺り、少し谷がひろくなったか。左に堰堤がある。

丁辺りを振り返る

7丁を南に見る

7丁(763m)辺り。落葉は積もるが綺麗な舗装路である。

丁辺りを振り返る

6丁を南に見る

6丁(654m)辺り。少し先に何かが見える。

丁辺りを振り返る

6丁過ぎ、林道分岐辻

林道分岐の三ツ辻を南に望む。左(南東)は林道へ、右(南)は奥ノ院へ。是非とも道標の欲しい地点であるが見当たらない。古くは道が無かったのかも知れないと思いもう一度地図を当ると、左の道は、明治、戦前の両地図共に無いので非常に新しいものかも知れない。
 黄色の菱形標識は林道の名前と思うが「保安林」は読めるも道の名前は読めず。多分今谷道の十二丁丁石の北の四辻に出ると思われる。

5丁を南に見る

5丁(545m)辺り。林道と別れてもまだ舗装路であるが道幅は狭くなった。

丁辺りを振り返る

5丁過ぎ、保全林の案内板

林道分岐辻から南へ50m程の左手にある「生活環境保全林整備事業」案内板の地図拡大部。ここから参道は南西に方向を変える。

4丁を南西に見る

4丁(436m)辺り。

丁辺りを振り返る

3丁を南西に見る。50m程先から一気に急勾配になり、舗装も一部だけとなる。

3丁、緩い登り道もここまで

3丁(327m)辺り。先に壁の様な道が見える。

丁辺りを振り返る

2丁辺りを南西に見る。急勾配である。

2丁(218m)辺り。今谷道から来た時は、この辺りまで探したが引き返した。この時点で、この道筋に丁石が無い事は確定してしまった。

2丁辺りを振り返る

奥ノ院南東の鞍部を南西に見る。正面奥へ下る道は今谷道。

今谷道に合流

奥ノ院南東140mの鞍部に出ると車止めがあり、正面からの今谷道と合流し、右(西)へ折れる。
 車止めがあることは、堀越峠道は自動車が入る前提で整備されたものと思う。三丁過ぎからここまでは現状では少し難しいかも知れないが軽トラなら登れないことも無いかと思う。多分奥ノ院維持用の道であろう。

今谷道合流の鞍部を西尾根筋道から見下ろす。左(北東)から今登って来た道。右が今谷道参道。

今谷道参道の一丁丁石を西に見る

今谷道の一丁丁石

奥ノ院南東140mの峠の鞍部で今谷道参道と合流した後は一本になる。

今谷道一丁丁石を振返る

本道と合流、参道は一本に

奥ノ院門柱の下で、本道と合流し、右(北)に階段を登り奥ノ院へ

門柱の階段下から北を見る。本道の0丁地点。

奥ノ院寺務所前の境内を北に見る。今谷道の0丁地点。堀越峠道の0丁想定地点。

真如寺よりの本道の三丁丁石過ぎで合流する道を、西に見下ろす。

後書に代えて、倉垣参道の可能性

堀越峠道は以上ですが、「3.倉垣橋東の小祠」で述べた道が真如寺から登って来る「本道」と合流する地点ではないかと思う地点を紹介しておきます。この道が想定通りなら、倉垣から奥ノ院への最短参道と成り、堀越峠道は亀岡方面からだけの参道と言うことが出来る。
 倉垣からの道は明治の地図で小径(破線)として明確に書かれているが、その取り付き口を見ると上記の小祠ではなく、現在の倉垣橋交差点の南40m辺りの国道477号から東に別れ薬師堂を通って奥ノ院北西尾根に取り付く様に見える。調べてみる価値はありそうだ。