途中、交差点の信号待ちを極力少なくしようとして、道を間違えてしまった。すぐに気が付いたが戻るのもどうかと思い、次の交差点で復帰しようとするも、渡れず、ドンドン山中へ、それならこのままと道なりに、目的地が一層遠くなり、帰って検討すると30分はロスした様だが、それでも知明湖(一庫ダム)右岸の国道173に出ました。後は一本道です。
今日は調べる石の数が少ないと思うので、時間は大丈夫でしょう。
R173栗栖交差点から北880mの四辻を北に見る
国道173号から白木谷丁石道への分岐交差点です。何時もはここを右折でしたが今日は直進です。お天気が気になります。
因みに、「月峯寺白木谷丁石」はこちらを参照下さい。
行者山経由の剣尾山としました。剣尾山へは何度か登っているのですが、丁石のある道からしか登っていませんでした。よってこの経路は初めてです。出発地点の道標と、上部の旧月峯寺跡の六地蔵の間が未踏区間です。ヒョットすると丁石が残っていないか期待も込めて出発です。その前にトイレを済ましに、いきなり引き返します。
「山辺行者山の道標」に着きました。例の如くピンボケだったので、古い写真を載せて置きます。
六地蔵から剣尾山頂上までは何度か通っているので、写真も撮る必要は無いと思い進む。が
11:15分、下見谷丁石道(茶沸かしコース)の延長との合流点、このアングルの写真が暗かった事を思い出し、撮り直しておく。
すると、他にも確認しておきたい事を思い出し、しばらくルートを外れ、月峰寺跡をウロウロします。例えば、鐘楼跡を西に巻いて、本堂跡に上る道が今でも残っていないか等ですが、ここでは関係ないので割愛します。興味のある方は「剣尾山白木谷道丁石一覧」を見て下さい。ここで10分間ロスします。
11:50分、展望と軽い昼食を済ませ、今日の第一目的地に向かいます。
13:09分、横尾山に向け出発します。後は帰るだけです。
滞在時間26分となるのでしょう。掃除が無かったのに時間が掛ってしまったようだ。
砂防ダムの上部を渡渉し、少し登ると舗装路に出る。
この後、上山辺に寄り道をし、最短距離で帰ろうか悩みつつ帰路についた一日でした。
国境を示す二基を考えてみよう。
国境碑等は基本もめごとを避ける為のものであろうが、もめたから建てたものであろう。道標を見歩いている私には余り興味がなく、よく見える位置に置くのは、為政者の権威を示すようで取上げたくはないのだが、「摂津国内」という範囲を知るうえでは重要である。ただ、ほとんどが明治以降のものであり、近世のものは無いかも知れない。これは廃藩置県により必要性が生まれたと考えれば納得出来そうである。近世では村間の諍いはよくあった様だが、国境の必要性は無かったとしたい。この他、尼崎藩領の境界を示すものがあるようだが、藩の支配領域は国とは無関係であったのでしょう。
又、郡、町、市などの境界も少しではあるが載せた。順不同ですが、一覧を挙げておきます。